二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

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As Story〜過去分ちょっと修正
日時: 2012/11/12 00:39
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)

初めまして!
書き述べると申します。


 この作品は以前、シリアスのカテゴリーだったのですが、第七話からはこのサイトに投稿されている他の方の作品の内容を混ぜ込ませていただくことになりましたので、このジャンルに引っ越してきました!

カキコ内二次(合作じゃないですよ)……結構珍しい様な気もします。

混ぜ込む作品は——
『Enjoy Club』(作:友桃様)
です!


1点注意していただきたい事が……。
冒頭でも触れておりますが、もともとシリアス・ダークの作品なので、そのカテゴリー特有の表現があるかも知れません。できるだけグロい表現は使わないつもりであはりますが……。


更新の間隔が2か月空いたりすることがよくありますが、寛大な御心で受け入れてくださいますと大変有り難いです!


【最新話直前の状況】
 犯罪組織の先手を打つべく、警察が技術の粋を尽くして開発した時空間走査システム。システムは無事起動したが、早速時空間を移動したと思われる人間の反応を示した。一時、フロアは騒然とするが、反応の正体は、本稼働前に引き揚げ損ねたテスト用人員だった。そして初回の走査処理を終える直前、2012年1月の期間に、42件にも及ぶ正体不明の反応。正真正銘の時空間犯罪者の可能性が限りなく高かった。




【お客様(引っ越し前の方含みます)】
  アメイジング・グレイス様
  アサムス様
  友桃様
  通りすがりの者です。様



【目次】

 1話 >>1

 2話 >>2-3

 3話 >>4-5

 4話 >>6-11

 5話 >>12-13

 6話 >>14-19

 7話 >>21-25

 8(1)話 >>29-31

 8(2)話 >>38 >>41 >>44 >>46 >>48 >>51 >>53 >>58 >>60-61 >>63-64 >>70-75

 9話 >>81-82 >>87-88

 9(2)話 >>90-91

 9(3)話 >>95-96

 9(4)話 >>98-100

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As Story 〜3〜 ( No.4 )
日時: 2012/11/12 00:23
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)

二〇一二年一月二十日 共同住宅共用廊下——


 外は静寂と冷気によってバイオリンの弦のように張りつめていた。
 光曳は玄関を出るとすぐに右に折れ、階段へ向かった。この男の自室のある棟は、南に面する辺と西に面する辺からなるL字型をしており、例の道路は南に面している。そして階段は、L字型のそれぞれの両端と角の部分に合わせて3箇所にあり、角には2基のエレベータも設置されていた。

 1m20cmの幅があり、真新しい照明灯が配置された廊下は、体の大きな光曳が駆けた時に多少蛇行しても、全く問題なかった。一番の問題は本人の体力だった。

 棟の端にある階段に何とか辿り着いた時、大男の息はすっかり切れていた。仄暗い空間に、光曳の吐く息が自身の顔の周りに滞留していた。両足を大きく開き、前かがみになった状態で膝に手をつき、佇んでいた。肩が激しく上下していた。

 俯いたまま目線を後ろに向け、全力疾走してきた道程を顧みた。3基の照明灯が自宅の玄関までに配置されている。男の自室に一番近い照明灯が普段より遠く感じる。更に彼方へ視線をあげると、突き当りの壁が見えた。あそこを曲がればエレベータがある。だが……やはり遠い。

 息切れもおさまりつつあり、目の前の階段を降りようとした。

「待て、1階まで降りるのか?何段あるんだ?」 心の中で自問自答した。地上まで9階分降りなくてはならない。テンションが上がってしまい、つい自分の足で颯爽と駆け下りられると思い込んでいたが、やはり錯覚であったようだ。

 深夜の冷気と圧倒的な階段の距離によって頭を冷やされた光曳は、棟の中心部分に歩いて行った。今は、エレベータまで行くのも億劫であったが、意識が完全に覚醒してしまい、今さら床に就いても眠れそうにない。それに、白光が現れた地点とその周辺の状況を確認したい気持ちは強くある。

 棟の中心に着きエレベータを待つ間、俯き加減に現場の状況を想像していた。程なくしてエレベータが到着した事に、驚きの気色をあらわにしていたが、そのまま急いで中に乗り込んだ。

 この男がエレベータ等に驚いたのには理由わけがあった。
 この棟は25階建てながら横幅のある構造をしているため、戸数が非常に多いのだが、男の目の前にエレベータは2基しかない。その上人が乗るカゴの部分は中低層と同程度の大きさなので、昼夜を問わず満載状態でのべつ幕なしに稼働している。更に分が悪いことに、この体格である。漸く空きがある機が到着したとしても、無理に乗った途端けたたましく鳴り響くブザーに追い出されたことは数知れない。

 だが先程は、ボタンを押すと朝飯前に3枚切りの食パンを3枚平らげるよりも早く来たうえ、カゴはもぬけの殻だったので、ちょっと驚いたのである。

 男の内なる声を代弁しているうちにエレベータは到着し、当の本人はエントランスホールの外に出るところであった。
例のポイントは棟のL字型の外角側、エントランスは内角側にあるため、建物を出て即目的地というわけにはいかない。L字型の建物の先端まで迂回し再度L字の中心に向かう必要があった。

 光曳はエントランスホールの出口をくぐり、建物の北の端へ向かっていた。L字の建物の内角側を裏側とすると、建物の裏側には敷地内公園が広がっていた。

 敷地内の公園と言っても、その規模は地区の近隣公園の倍以上はゆうにあり、遊具も大がかりなものが多数ある。例えば、光曳の右横には、丸太で組み上げられた砦型で高さが5m以上ある遊具がある。その上端から50m先のクッション付のポールまで、人がぶら下がれる強度を持った綱が掛けられたロープが張られており、子供たちは綱に捕まり、下まで一気に滑空するのである。ターザンごっこと称して、子供らが最上段から矢のように滑空する様は、大の大人でも息を飲むほどの壮観さがある。

 光曳も小学生の頃、クラスの女の子の前でかっこつけようとしてブレーキをかけずに滑り、時速30km強——ママチャリの全力疾走に匹敵する——でポールのクッションに激突し、救急車で運ばれた苦い経験がある。毎年似たような事故が発生しているのだが、町長のご意向とかでこの砦は撤去されずに済んでいる。

 そろそろ例の道路に接している曲がり角に着く頃であった。付近の街路灯がいつもの不快な音を立てつつ自らの足元を照らしていた。

 道路が近づくにつれ、我知らず顔に緊張がはしる。砂地の敷地内公園が近くにあるので、道路付近もアスファルトにも砂利や砂が混じっていた。

 じゃり……じゃり……ざざっ。曲がり角に着き、男は一旦歩みを止めた。遠巻きにポイントを確認するため、白光のあった辺りを見上げた……。

「お……」




As Story 〜3〜 ( No.5 )
日時: 2011/08/03 12:58
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: ZUkStBmr)

 男は思わず息を飲んだ。満天に散らばる無数の星々がその薄い眼に飛び込んできた。


——こんなに綺麗な星空が見られたなんて……


 恍然としてその場に立ちすくみ、声にならない声を発するのが精いっぱいだった。眼前に広がる天空の絵画に今まで気が付かなかった事への悔恨、そして筆舌に尽くし難いその壮麗さへの感激を超えた嘆きのような感情が、二次元にしか興味を示さなかったオタクの中から噴き上がってきた。

 光曳は身も心も天に魅入られ、あまり広くはない歩道の上で大きな体をゆっくりと回し、幼い子供のようにはしゃいだ。愛らしいとか清楚といった類の形容詞とは対極の概念を体現したような男が、泥酔しているわけでもないのに笑いながら真夜中の道端で横旋回を繰り返しているのである。人通りが無いとは言え——いや、無いだけに尚更不審極まりない。

 当の本人もこれほどまでに頭上の星空に感激していることに驚いていた。確かに満点に散りばめたように無数の瞬きが見えるが、小学校の林間学校のキャンプ場で見た時の方が絢爛豪華であったように思える。星空に感激した刹那に気を緩めた途端、中で張りつめていた様々な感情が堰を切ったようにあふれ出てくるような感覚だった。

 一時の間満天の絵画と一体となった後、男はとても晴れ晴れとした表情をしていた。全ての目的を完遂したかのような……。


——このまま帰っていいんじゃないか?


 やにわ発せられた内からの声で現実に引き戻された光曳は左右に頭を振り、唇を真一文字に引き締めると、キっと前を睨んだ。いつの間にかポイントに4,5mというところまで接近していた……。ゆっくりと呼吸をして気持ちを落ち着ける。もう少しで結論が出ようとしていた。

 ポイント周辺の状況は、街灯が無くてもだいたい把握できたが、路面を仔細まで確かめたかったので、殆ど街灯の光が僅かにかかっている道路の中心に寄って行った。

 たばこの吸い殻、吐き捨てられたガムが変色してできた黒いシミ、変色したレシート、何故ここに落ちているのか不明な子供用の靴……。ポイントの10m四方を路面に以外にも、沿道の建物の壁や歩道のガードレール、路肩の金網など、可能な限り精緻に調査したが、目ぼしいものは何一つ見当たらなかった。

 こうなることは十分に覚悟していたつもりであったが、実際に目の当たりにすると光曳は肩を落とさずにはいられなかった。


「っくしょん!」


 高ぶっていた気持ちが急速に委縮しはじめ、今更ながら丑三つ時の肌を切るような冷気に気が付き、静寂を突き破る派手なくしゃみをした。マンションの壁で発生した山彦が僅かに響いた。

 肌の起伏がはっきりと見えそうなくらい鳥肌を立てている両腕を、ダウンコートの袖越しにさすりながら歩道に引き返し、その場にへたり込んだ……。

「寒ぃーし、さっさと帰ろ」

 自分に言い聞かせるようにそれを発すると、やおら立ち上がろうとした……。


 ん? 突然背後から迫る気配を察知し、その場から飛び去りつつ体を翻した。

 慎重に目を凝らしてみると、何やら黒い物体がうごめいている。黒猫の子供が一匹、目の前にちょこんと座っていた。寒さに震え、憐憫の情を誘うようなか細い声を絞りだしている。丸く大きな黒目は真っ直ぐ男の眼を見つめていた。

 首輪はつけておらず、野良猫であるらしかった。捨てられたのか、生まれつき野良なのかはわからない。光曳はそれよりも、背後の子猫に全く気が付かなかった事を歯がゆく感じていた。


——畜生、人間に媚びまくってそうなこの猫いつの間に近づいたんだ?


 光曳はいまいち煮え切らない表情であった。さっきの気配、こいつじゃないんじゃないか? この程度の猫なら気配があってもたぶん振り返ったりしない。もっと鋭い、気配なんてもんじゃない……。殺気のような……。


——カチャン。


 どこかで聞いた覚えのあるような音がした。耳を澄まさずともはっきりと聞こえた。

 光曳は眼をすぼめ、音のした方向を見据えた。マンションの周囲に植えられた高木の列のひとつから痩身な人影がゆっくりと現れてきた。
バリバリ、バリ……。 落ち葉を踏みしめ、足元の低木を押し払い、ゆっくりとこちらに近づいてくる。その距離、約10m。人影から発せされる威圧感のようなものに気持ちがしり込みし、肉体から神経をすべて抜かれたように固まってしまった。

 光曳は何とかして目線だけを動かし、人影から音の出そうなものを探し出した。人影の手でちらりとかすかに街灯の光を反射したそれを見つけるのは極めて容易だった。その瞬間、光曳のこめかみから顎の下にかけて緊張の汗が1粒、左の頬を斜めにつたって下に落ちた。眼も唇も固く閉ざし、ただその瞬間が来るのを待つしか許されなかった。



沈黙を守る人影の右手に握られた自動式拳銃オートマチックの銃口が、光曳に向けられていた。




As Story 〜4〜 ( No.6 )
日時: 2012/11/12 00:25
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)

二〇一二年一月二十日 共同住宅敷地脇——


 黒い影の右手に突き刺すような視線を向け、光曳は徐々に接近してくる足音に全神経を集めていた。底の固い靴を履いているのか、人影が一歩近づくたびに立てる甲高い音の振動が、光曳の触覚を伝わってくる。
 極度の緊張で、左胸が酷く疼いた。「うぅっ」自ら発した呻き声で我に返った光曳は、弾けるように立ち上がった。一瞬、視界の焦点がぼやけ人影が左右に振れる。その間ももう一つの足音は冷たく乾いた音を響かせながらゆっくりとした足取りで進み、光曳との距離を詰めていった。
 既に3メートルまで縮められていた人影との距離を広げようと、光曳は体の向きを変えずに後ずさろうとした。が、後ろに左足を突き出した瞬間に柔らかい何かが踵の上のあたりにに触れた気がした。
 体の重量を左足で支えるつもりで一歩目を踏み出したのにその踵が宙に浮き、体勢が大きく後方に傾ぐ。「うあっ」巨大な図体からは想像もつかないようなか弱い声を発し、左にそびえるコンクリートの壁面から更に弱まった悲鳴が跳ね返ってきた。
 人影から逃げるチャンスを逸した光曳は、諦念の混じった苦笑を浮かべながら我が身に降りかかる重力に身を預けた。

 どうぅんっ——。アスファルトの凹凸の間に詰まった砂塵が、巨体を中心に放射状に吹き上げられた。誇りに混じっていた石英の粒子が月光に照らされて、プチ・ダイアモンドダストのようにちらちらと舞っている。
「お前、まだいたのか——」仰向けからふと右に視線を向けると、光曳の足をもつれさせ、退路を断った張本人が目の前にちょんと座っていた。それは漆黒の毛に覆われた全身が闇に溶け込み、全開になった2つの瞳孔のみが白い点となって宙に浮かんでいた。

 通りの途絶えた道路の静寂を破る固い足音が、転倒した光曳の足の傍で止まった。
「逃げろ」傍らにいる黒猫に声をかけたが、動くどころか呑気なあくびを返してくる。「わたしをを助けて見せろ、ってことですかぁ?」おどけるように黒猫に小声で話しかけ軽く笑った後、覚悟を決めて斜め上方にあるはずの人影の顔を睨んだ。その人物は眼のみが露出するバラクラバと呼ばれるフルフェイスの覆面を被り、更にその目を大型のサングラスで覆っていた。覆面の奥の表情を読み取ることはおろか、言葉の通じる相手なのかも定かではなかった。しかし、目の前まで接近されたことで2点明らかになったことがあった。一つはデカいということ、二つ目は……、改めて確認したくなかった。

 気持ちを落ち着けようと光曳が数回に呼吸を深くした。吐息の音に合わせて白い靄が対峙する二者の間に広がる。猫は、動く気配を見せていない。
 光曳は叩きつけるような心臓の拍動を感じながら、後頭部に両手を組んであてがった。何とかして立ち上がるチャンスを見出そうとしたが、覆面男はさっきから微動だにしていない。
 あいつに意図が伝わったのか?土下座でもしないとダメか?—— 光曳は答えの確認しようのない問答を幾度も繰り返した。そして、急に動いて相手を刺激することの無いよう極めて慎重に立ち上がろうとしたその時——

ヒュッ……。耳朶じだをなでるそよ風よりも小さな風切音がしたような気がした。極めて小さな音である。少しでも息が乱れていたら、その呼吸音でかき消されてしまいそうなくらい小さな音が……。
 その音の出どころを確認するために、聴覚の記憶を手繰り寄せる必要はなかった。凍りついた大気が二人を取り巻いていた。二人の巨漢は息を絶っていた。覆面男の丸太のような腕が伸び切り、その先に握られた減音器サプレッサー付SIG P220の銃口は、中腰になった光曳の眉間に食い込む程に押し当てられている。

 光曳が黒猫に見せたあの勢いは全くなくなっていた。最早覆面に目線を合わせる事すら叶わない。当の黒猫もさすがに尋常ではない事態の気を感じたのか、毛を逆立て、威嚇するような鳴き声を発していた。しかし、覆面が黒猫を一瞥すると、たじろいだように後ずさり、体を丸めてこの対立の傍観者を決め込んでいるようだった。

「何をしている……」

 覆面男が言葉を発した。抑揚が無いが、しゃがれて低く落ち着いた声で、聴く者の下腹にずしりとのしかかるような気迫がある。「な、な、何って……」光曳は中腰のまま狼狽した。全身の震えがP220を介して覆面に伝わってきた。

「質問に答えろ。何をしている」

 冷や汗を垂らすしかなかった。覆面が日本語をしゃべったことに動転し、更にこの質問である。どう答えても撃たれるに決まっている。光曳は完全に言葉を失ってしまった。

「見たのか……?」

 脊髄反射のように光曳が目線をあげた。それを制するかのように覆面がP220を握る拳に力を入れる。光曳が大きく鼻で息を吸い込み、腫れぼったい目を全開にした。脇で寝そべっていた黒猫が身の危険を感じ、今度は声も出さずに、覆面が現れた辺りの方向へ一目散に駆けだした。夜の梟のように静かな退避だった。
 覆面は全てを察し、光曳を凄まじい形相で睨みつけた。声無き怒号で光曳の全身に電撃がはしる。

「見たんだな……、死ね」
「ま!待て……」
「ひぃぃ!ねこぉ!」

 最後まで抑揚の無かった覆面の声、光曳の動転した声、そして何者かのうわずった、力の抜けるような声が深更の静寂を打ち破った。

——死ぬ!

 光曳は反射的に目を閉じた。
 だが、最期の声を耳にした途端、覆面の巌のような指がトリガーから外れ、一方の手を己の額に当てていた。うんざりした表情をしているのがバラクラバ越しに見て取れた。
「糞野郎、また喚いてやがる。今度は猫アレルギーか?この仕事のカタつけたらぶっ殺してやる」覆面がぼそりとつぶやいた。

「ここで待ってろ!お前を片付けるのは後……」覆面が一瞬声の方を向いた後、光曳に怒鳴りつけるのと、光曳が突進したのは同時だった。
光曳は低い姿勢で覆面の膝に突っ込むと、全身全霊の雄叫びと共に大男の両足を持ち上げてひっくり返した。




As Story 〜4〜 ( No.7 )
日時: 2011/06/24 18:21
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 4pf2GfZs)


 覆面の本能が後頭部の直撃を交わしたが、背骨を強かに打ち、刹那意識が薄らいだ。そして、激昂と共にP220を我が身の脇に立ってるであろう光曳に向けた。「野郎!シロブタの癖に逆らってるんじゃねえ!」

 そう言い放ってから覆面男は呆然とした。己の全重量を右エルボに託して巨体を宙に躍らせている猛牛が、覆面の視界を覆いつくし、自由落下を始めていた。
 僅かに安全装置の確認の遅れた覆面がこれを避けられるはずもなかった。

ボスンッ! 115kgの負荷がかけられたエルボが、お手本の如く鮮やかに覆面のみぞおちに刺さった。

 覆面の口から消化中の補給食が吹き出し、バラクラバと男の顔面の隙間に飛び散った。胃酸の悪臭が大気中に散らばることもできず男の鼻を激しくつんざいた。不幸中の幸いか、グラスの向こうで白目を剥いて失神した大男の嗅覚に、この臭いが伝わることは無かった。

 覆面にエルボをお見舞いしたはいいものの、光曳も体側を地面に強かに打ち付けた際の激痛で、呻きながらのた打ち回っていた。1メートルにも満たない高さから落ちただけなのだが、115kgという巨体が災いした。
 ふと視界の前方に、覆面の手が目に入った。手にはP220が握られている。覆面が動き出す気配は見られなかった。形勢逆転にはまたとなチャンスである。裏を返せば、この機を逸すると、光曳の命がないということでもあった。
 光曳は胸の中で咆哮をあげ、拳銃を握る手に向かって匍匐前進した。一歩足を進める度に針で神経を直接刺したような痛みが打撲傷を負った右半身全体にほとばしる。
 長い……。たった2、3メートルの距離なのだが、足がいうことを聞かず、思うように前進できない。何よりいつあの男が起き上がるかわからないのである。あと一歩のところで肉体が追随できずもがく自分があまりに情けなかった。ふと、2時間前に同じような状況を経験したばかりであったことを思い出した。あの時は14歳の少女のイラストがターゲットであったが。光曳は不謹慎にも口元が緩み、張りつめていた緊張が抜けてしまった。途端に悶々としていた何かが光曳の中で吹っ切れた。
 逸る気持ちから速く進もうともがくのをめ、静かに移動することを最優先に前進した。街灯が二人を舞台のスポットライトのように照らし出す。光曳がじりじりと身動き一つしない人間にすり寄って行く様は、戦争映画で仲間を殺害されたシーンに似た光景であった。
 容易に拳銃に手が届く距離まで接近した。音も立てずに吐く息の靄が、光曳の口の隙間から漏れ出すように現れ、闇に溶け込んでいく様が繰り返されている。眼前には力なく放り出された覆面の右腕がある。光曳は顔の向きを変えずに横目で右を見た。バラクラバとサングラスのせいで男の表情が把握できない。代わりに食物が腐敗した臭いが嗅覚をつき、危うくむせ返りそうになった。念のため大男の眼前で手をかざしてみたが、全く反応がない。
 光曳は覚悟を決めて慎重に封面の手に収まっているP220に手を伸ばし始めた。男の体のの動きとP220を何度も繰り返し見つつ、手は自分でも動いているのかわからなくなる程にゆっくりとした動きだった。心臓の音も抑えんとばかりにもう片方の手は無意識に左胸を抑えていた。今し方この男の仲間と思しき人物の声がした方向で、まだ猫とやりあっている音がしていた。今の光曳の状況では耳に入るはずもないが。

 二人のはるか上方に浮かぶ街灯から、蛍光灯がじりじりと静かにうなりをあげている。接触が悪いのか、時折蛍光灯が明滅を繰り返す時があった。その度に光曳は激しい明度の変化で目を眩惑された。そして、その時はきた。
 光曳の左手の人差し指が、男が気絶しつつも握りしめているP220に一瞬触れた。ほぼ同時に街灯の明滅が始まった。連続写真のように光曳が宵闇に映し出される。光曳は銃身を鷲掴みにして奪い去ろうとしていた。覆面男の手からP220が引きはがされる。

——よしっ! 光曳は胸の中でガッツポーズをつくった。あとはP220を握りしめた左手を自分の体に手繰り寄せればよかった。そして、P220への握力を込めなおそうとした刹那——。

P220が左手から逃げた……。
 正確には別の手にP220のグリップを掴まれ、圧倒的な力によって光曳の左手から剥がされたのだ。

「しまっ!……」街灯に照らし出された静寂の舞台を突き破る絶叫は最後まで続かなかった。右方向に逃げるP220を取り返そうと光曳が上体を起こした瞬間、覆面が体を左に返しながら丸太のような左腕を突出し、顔より太い白首の喉笛を握りしめた。

「がぁっ……あっ……」肺から呼気が漏れる一方で、吸気ができない。大男がのどを掴んだまま立ち上がり、光曳を乱暴に立ち上がらせた。

——デカい……。

 覆面のがたいの大きさは際立っていた。光曳の頭頂部が男の顎の高さにあり、二の腕はジャケットの袖のしわが伸びきるほどに膨張している。こんな猛獣みたいな野郎に喉を本気で掴まれたら……。心臓が縮み上がる感覚がした。顔面が蒼白になり、まさに窮鼠となった光曳は怒号を発し、男の手を振りほどこうとした。男の腕を叩く、至近距離から蹴りを入れる、体をよじらせる。だが、大男は全く動じなかった。意識が混乱しているせいか、巨人の足元を例の植栽へ駆け抜ける小動物の影が見えた気がした。

「うおぉりゃぁ!」
 地響きのような雄叫びで光曳が反射的に視線を戻すと、己のかかとが数ミリ浮いていた。朦朧とした意識の中にあって、尚も豚男に激しく抵抗され、再び光曳の体が地に着く。だが、抵抗が功を奏したのも束の間、覆面は更に聴覚が潰されるような雄叫びをあげ、光曳を持ち上げようとした。あまりの大爆音で街灯の蛍光灯が小刻みに振動した。マンションの1階の住戸でも幾つか部屋で明かりが点けられ始めたが、鬼気迫る咆哮に恐れをなし、窓を開ける物好きはいなかった。



As Story 〜4〜 ( No.8 )
日時: 2011/06/24 18:26
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 4pf2GfZs)


 斜め上方45度に掲げられた腕の先には、最早男に抗えるほどの力も意識もない115kgの巨漢が干物のようにぶら下がっていた。それでも、光曳の視覚は、男の頭越しに植栽の方へかけていく複数の影を映していた。視界に靄がかかって、動物なのかボールのような物なのかさえ判別がつかない。あいつら、脂ののった死肉でも喰らう機会を窺いに来たか?なんか香ばしい匂いまでしてきたぜ。これは人が死ぬ時に発する臭いなのか?、他人事のように胸の中でぼんやりとつぶやいた。
「悪ぃな、眼鏡。アンタがここに何しに来たかざっと検討はついてんだよ」

 覆面は右腕が握り締めている首の頸動脈の拍動が、完全に消え失せつつあるのを見計らって喋りはじめた。
「こんな時間にここに来るなんて、理由は一つしかねぇよな?お前は見たんだろ?あの光を。それで何か痕跡がないか気になって来ちまったんだよなぁ?
 俺たち運び屋は日の目を見ねえ稼業だ。お客に堅気のやつなんかいやしねえ。だからいつも蝙蝠みてえに暗くなってから動き出すのよ。だが、あんたはたまたま俺たちを見かけちまった。運が悪ぃ奴だホントによぉ。だから大人しくしてりゃ記憶を消すだけで済ませてやろうと思ったのによ。こうなるまでになっちまったのはお前自身のせいだぜぇ」
白々しい憐憫の情を眼鏡男に向けながら、卑猥な笑い声を立てた。

「AB(アビー)!た、助けてくれえ!」覆面がひとしきりしゃべった後の充実感に満ちた静寂を、芯のない頼りなさげな声が無遠慮に打ち破った。
 アビーと呼ばれた覆面男は、勝利に酔いしれるひと時を台無しにされ、怒りの形相をむき出しにして声のする方向を睨みつけた。
「るせえ!」頭上で伸びている男をはたき落とし、ジャケットの裏に隠れているホルスターに手をかけた。
「CD(コード)!いつも仕事の邪魔ばかりしやがって!今日こそその腐ったバナナみてえな頭ふっとっばしてやる」
 くうを切る音と共に構えた手の先にはS&W M500が構えられていた。拳銃としては世界最大の銃だが、この男が手にすると一般人がP220やM9といった標準サイズの拳銃を構えているのと同じように見えてしまう。
「ま、待ってくれ、アビー撃たないで!う、撃つな!」 『CD』というコールサインが与えられている頼りなさそうな出で立ちの若い男が唾を散らしながら裏返った声を発し、咄嗟に前方に両足を突出し疾走を止めようとしたが、慣性に抗いきれず前方につんのめってアビーの強靭な体躯に激突した。鈍い頭痛に朦朧としながら目線のみ上にやり、恐る恐る相棒を窺う。隆々とした筋肉を纏った体躯と憤怒の形相——目しか見えないが——で愚者を見下ろす様は、勇猛と威嚇の相を見せる仁王尊のようである。悪いことは重なるものである。コードが逃げきた辺りにあるイヌツゲの植栽から4,5匹の野良犬、野良猫が湧いて出てきた。

 アビーが光曳をしばいている間、コードはあの茂みに声を潜めて事が終わるのを待っていた。厄介事は全てアビーに任せていればいいはずであった。だが突然、茂みの向こうから黒猫が現れたのである。
コードは極度の動物嫌いで——アレルギー反応はないが——、犬猫の類がどんなに周囲の人間に楽しそうにじゃれていても、自分には牙をむいて襲い掛かってくる気がするのだ。
 眼前に現れた黒猫は果たせるかな、慈悲を求めるふりをするために鳴きはじめた。騒々しい人間の生活が止まり声も体もデカい相棒以外は静寂の中に沈むこの空間では、猫の鳴き声が拷問のように鼓膜を叩き続けた。咄嗟に装備に補給食のタブレットがあるのを思い出し、それで黙らせられると考えた。思惑通り猫はタブレットを貪るようにかじり始めた。こいつは見た目は貧相だが味は超のつくほど一級品なのである。だが、再三にわたり事態は悪化した。タブレットが超のつくほど美味ゆえ、その匂いを嗅ぎつけた野良どもが寄ってきてしまったのだ。己の四面楚歌を悟ったコードは、相棒の足手まといになってしまうのがわかっていながら、見す見す姿を晒す事態になっていたのである。

——だけど、いくらなんでも銃を……——

 後ろからは追手が迫り、向かいからはパートナーに銃を向けられるという、予想だにしない挟み撃ちに、混乱と狼狽を極めていた。

「さ、さっきのは、な……」コードが顎をがちがち鳴らしながら声を発したが、あっさりアビーに遮られた。
「ダマれ!役立たずめが。なんでお前はいつも俺様の足を引っ張りやがる!不満があるなら拳固で来い!!」 殴り合いになる前にやるべきプロセスが幾つも飛ばされているが、大局的には的外れではなかった。すくみ上がるコードに覆面がたたみ掛ける。
 「だいたい何だそれは!」「ひぃぃ」 人差し指の代わりにM500で顔を指されたコードが反射的に身を反らし、息を飲んだ。コードの顔は死に直面した恐怖で一層蒼白になり、瞼の際いっぱいに涙をためている。だが、コードは覆面の叱責の趣旨がつかめなかった。
 この2分少々の間に、コードの脳みそにあまりに多くの事象が雪崩れこんできて錯乱していることも原因の一つではあるが、主たるものでは無かった。
 眉間に皺を寄せ怪訝な表情を返してきたコードに、覆面の男は怒りを通り越し、俄かに顔が青ざめてきた。

「なぁ、おい。」

 人が変わったように物静かに子供に言い聞かせるように話しかける。アビーの豹変ぶりに意表を突かれたコードが目を丸くした。





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