複雑・ファジー小説
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- 絵師とワールシュタット 【完結しました!】
- 日時: 2014/03/02 20:42
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: KE0ZVzN7)
- 参照: http://blog.goo.ne.jp/ryuka_nyalary/e/45a493c3516c311cfcf5cb871ca31766
絵師とワールシュタット
Maler in Wahlstat
荒れ果てたワールシュタットに、絵師が現れた。
乾いた風にその長いマントを靡かせながら、鉛色の空を瞳一杯に仰ぐ。
色彩の死んだ灰色の世界では、異様に派手な絵師の恰好が自棄に目立った。
とにかく、おかしな絵師である。そもそも、絵師であるかどうかすら疑わしい。けれど、大きな行李とも言えぬ四角い荷物を常に携えていたものだから、それが画材道具に見えて、周りの人間からは常に絵師と呼ばれていた。
……実を言うと、彼女は一度も絵を描いたことはないのだが。
いや、さらに実を言うと彼女、女であるかどうかも疑わしいのだ。
ただ、その真っ黒な濡れカラスの羽根のような髪がとても長く、ぐるぐると巻いてターバンに仕舞っていたから、みんなは女だと思っていた。けれども、優しさの一切感じられない冷めた薄緑色の瞳は、ひとかけらも女性らしさを宿していないのだった。
絵師は少し丘になっているところに辿り着くと、ワールシュタットの絶景をちらと見やって、小さくくしゃみをした。絵師のマントが風に翻る。絵師は、とても可笑しな恰好をしている。前述した通り、派手なのだ。
どうやら普通の者ではないことは確からしい。変わり者の流浪民のようにも見て取れるし、否、最近はめっきり見掛けなくなったイスラム商人のようにも見える。いや、遥か東方の騎馬族なのかもしれない。
まるで鮮血を浴びたような深紅のマントに、砂漠色の東洋風のズボン、鈍く光る真っ黒なベルト、更には小さな瑠璃色の石のついたターバンを頭に巻いていて、その耳にはピカピカ光る、金色の大きな三角形の耳飾りが重たげにぶら下がっている。
手に持っている例の四角い荷物には、表面に大きく「?」の一文字が銀色で彫られていた。極めつけが、その陶器のような白い顔を毒々しく飾る入墨である。まるで泣いているかの様に、両眼から頬の下まで細い黒い線が引かれ、その上を丸い幾何学模様が涙のように右に一つ、左に二つ描かれていた。
ワールシュタットに、再び強い風が吹く。
細かい砂が巻き上げられて、思わず絵師は目を細めた。マントが千切れんばかりに見えない腕に曳かれる。
ここは、世界の果て。人々はここを、ワールシュタットと呼ぶ。
Wahlstat、かつて死体の山と名の付いた呪われた土地である。
◆◇目次◇◆
★絵 >>1 (絵師)
>>16(エルネ&絵師)
■>>1 第一編 少年と絵師
■>>2 第二編 少年と国王
■>>3 第三編 少年と砂漠
■>>4 第四編 少年と兵士(1)
■>>7 少年と兵士(2)
■>>8 少年と兵士(3)
■>>9 第五編 少年と平和
■>>10 第六編 青年と追憶
■>>13 第七編 青年と故郷
■>>17 第八編 青年と悪魔(1)
■>>18 青年と悪魔(2)
■>>19 第九編 青年と戦い(1)
■>>20 青年と戦い(2)
■>>21 第十編 絵師と青年(1)
■>>24 絵師と青年(2)
■>>25 最終編 絵師とワールシュタット
●○作者あいさつ○●
新たに小説をはじめました、初めましての方も、以前お会いした方も、ryukaと申します。
この作品は、10〜20記事ぐらいで書き終わる短編小説になると思います(゜∀゜)!
コメントとかいただけると嬉しいです。ではでは始まり始まり……
—— 舞台は海を越え、大陸を遥々西へと向かう。
その遠路の先にあるという、砂漠に囲まれたとある時代の、とある国のおはなし。
- Re: 絵師とワールシュタット ( No.6 )
- 日時: 2012/12/19 22:45
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: geHdv8JL)
>>愛深覚羅さん
初めまして、そして読んで下さりありがとうございます!!
じょっ、上手だなんて……(照) なんだか照れちゃいます。
ご声援に沿えるよう、執筆頑張って行きます(`ω´*)!
- Re: 絵師とワールシュタット ( No.7 )
- 日時: 2013/06/09 23:18
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: P4ybYhOB)
……今でもその時を思い出すとぞっとするんだ。
はじめにお父様、次にお兄様、と次々に毒酒を飲み、苦しそうに血を吐いた後、みんな虚ろな目をしてぐったりとするんだ。僕だけはそれを尻目に、毒杯を床に叩きつけて、着実に生き延びる打算と準備を始めていたというのに。
王室を出るとき、床に倒れたお母様が、まだ生きていた。そしてそっと僕を見上げると、血で真っ赤になった唇を微かに動かして言うんだ。『みすぼらしいわね、裏切り者。』ってさ。
実は僕はお母様の子じゃないんだ。十年前に死んだ、第二貴婦人の子なのさ。しかも第二貴婦人は庶民の出だ。あまりにも美人だったから、お父様が勝手に大叔父の養子にさせて、貴族に仕立てあげてしまったらしい。
……まぁそれで、お母様はあまり僕を良く思っていなかった。なにせ自分の子じゃないし、それに僕は半分しか貴族の血が流れていないのだからね。嫌われるのも当然だ。
僕は悪魔だった。
その時、その一瞬だけ、ひどく冷たい感情が僕を支配したんだ。ひどいことに、僕は半死のお母様を蹴り上げた。これでもか、ってほどに何回も何回も蹴りつけた。そうして言ってやったのさ、『おまえの方がみすぼらしいぞ』ってね。
ああ、君が僕を軽蔑するのも仕方がないと思う。でもね、聞いて、
僕はきっと本当に生まれながらの悪魔なんだ。蹴って、罵って、痛めつけて、それで僕は最高に楽しかったし愉快だったんだから。
生まれて初めて振るってしまった暴力に、快感しか感じなかったのだから。
「……ははぁ」
赤々とした炎に、バラージュが小枝を投げ込みながら言った。
「皇子の御乱心だな。話はもういい、十分楽しませてもらった。どうせ今んとこが一番話の盛りなんだろ」
「ばれちゃった?うん、まぁそうだね。それに僕ももう眠いや」
「俺もだ。眠い」
バラージュがその大きな体を地面に預けた。
「そうだ、寝る前に提案がある。あんた俺と一緒に来ねぇか?とりあえず命の保証も衣食住の保証もないけどよ、一人よりはマシだろう」
「……どこへ」
揺らぐ眠気の中で、自分の声がやけに小さく聞こえた。
「この砂漠のずっと向こうにさ、」
低いバラージュの声は、やけに不思議じみて聞こえた。まだ自分が起きているのか、もう夢を見ているのか、いまいち曖昧だ。
「—— 国があるらしい。背の高い、黒髪の民族が治めている国だ。そこは誰でも受け入れてくれる国なんだ。漂流した奴も、追われた奴も、行方が知れない奴も、みーんなそこで暮らしてるって話だ」
穏やかな声がゆっくりと続いた。「そう、きっと居なくなった奴はみーんなそこにいるんだよ」
「黒髪……」エルネは夢うつつに呟いた。「僕、知ってる。たぶんその国の人」
「ほんとか!?」
バラージュが勢いよく身を起こした。「知ってるのか、連絡はつくのか。ああ、やっぱり夢の国は本当にあったんだ!!教えてくれエルネ、その人は今どこにいるんだ!俺も連れて行ってくれ!!」
しばらく間があった。
星が、夜空に瞬いていた。
そしてエルネが話し出すのを、バラージュは息を飲んで待っていた。
「絵師だ、」
エルネはもう眠くって眠くって仕方無かった。
疲れ切ったまぶたの裏では、あの不思議な絵師の、白い横顔が浮かんでいた。
「たぶん女。綺麗なひとだった」
- Re: 絵師とワールシュタット ( No.8 )
- 日時: 2013/04/14 23:28
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ECnKrVhy)
それから。
エルネとバラージュは、来る日も来る日も歩き続けた。
バラージュの隣にいつもいる、狼のような獣は、名をメルカと言った。メルカは、ときどき野鳥を仕留めては、バラージュにたっぷり褒められ満足して、人間たちと獲物を半分に分け合った。
しかし来る日も来る日も、景色は変わらない。
荒涼とした肌色の砂漠の穏やかな山々は、昼は灼熱、夜は極寒だった。
それでも、バラージュは来る日も来る日も夢の国を語り続けながら、生き生きと輝く瞳で歩き続けた。
エルネは正直不安だった。
あの絵師が、どこか知らない異国から来たことは間違いないだろう。しかし、それがバラージュの語る夢の国なのかは不確かだった。もし彼の幻想郷は存在しなくて、やはりただの儚い夢であったならば、彼はどれだけ落ち込むだろう。絶望するだろう。
けれど、バラージュにとっては、そんなことどうでも良いのだった。
彼はただ、夢の国があると信じて、歩き続けるだけで幸せだったのだから。
それから幾日幾月が過ぎたころだろうか。
その日は、珍しく空が見飽きた瑠璃色では無くて、美しいあかがね色に染まった日だった。
「……水の匂いがする」
バラージュが、錆びた心の奥底から溢れだす興奮を静かに抑えながら言った。「近いぞ!!」
「おい、待てったら!」
エルネの声も聞かずに、バラージュは夢中で走り出していた。その横で、メルカが嬉しそうに吠えながら飛んだり跳ねたりしながら、やはり主人について走って行った。
- Re: 絵師とワールシュタット ( No.9 )
- 日時: 2013/04/14 23:09
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ECnKrVhy)
■少年と平和
はたしてその夢の国はあった。
Pes Xarakumy
広大な砂漠の淵、その国は“常緑の国”と呼ばれていた。
そこは、長身黒髪、薄緑色の瞳をもった民族が治める国であった。
多く、異国の者も住みついており、様々な人種を見受けることができた。貿易で栄えた常緑の国は、旅人や、得体の知れない異邦人さえも温かく受け入れる。三年間の兵役に就けば、市民権も得られた。
そしてエルネとバラージュは迷いなく兵職に志願した。とりあえず、市民権が欲しかった。
はじめ兵職と聞いて、ひどく過酷な生活を強いられるのだろうとエルネは想像した。が、決してそのようなことはなかった。兵舎で出る食事は最高であったし、どれもこれもエルネの国では見たことが無いような瑞々しい果物が添えられていた。毎日風呂という —— 温かい水を張った部屋に入ることもできた。今まで風呂など入る習慣の無かったエルネたちは、はじめは熱した水になど体を浸すのを気味悪がったが、同僚の兵隊たちに無理やり入れられてからは気が変わった。存外に、気持ちがいいのだ。
それに、週に一回は、喜劇団や雑技団、遊女たちまで兵舎にやってきては兵隊たちの娯楽を催した。兵職の訓練は今まで皇子だったエルネには少しきつかったが、それでも兵舎での生活は今までで一番楽しかった。
やがて三年の月日が経った。
市民権を与えられ、常緑の国の民として生きることが許された。
これから街に出て商売を始めようと、果樹園へ行って農夫になろうと、何をしても自由である。
だが、エルネは兵舎に留まった。なんだかんだ言って、兵職が自分に一番似合っているような気がしたのだ。
あの温室育ちのエルネ皇子は、三年間の兵役の後に、逞しい一人の兵隊として、十分にやっていけるだけに変貌していた。
ちなみにバラージュと言うと、街で絨毯職人の見習いを始めると言って、兵舎を出て言った。
妻子を持って、いつか幸せになるのだと、そうエルネに最後、言い残して言った。
そんなバラージュの後ろ姿を、エルネは兵舎の屋根から手を振って見送った。
春の、麗らかな日差しの中、
別れの時は、いつになく空が綺麗な朝だった。
- Re: 絵師とワールシュタット ( No.10 )
- 日時: 2013/04/14 23:10
- 名前: ryuka ◆wtjNtxaTX2 (ID: ECnKrVhy)
■青年と追憶
常緑の国は、豊かな国だった。
その豊かさを支えているのは、言うまでもなくその強靭な軍事力によるものだろう。
周辺諸国よりずば抜けて優秀な人海戦術を会得した兵士たちは強かった。一人が戦うのではない、大勢の兵士が、一つの軍隊として戦うのだ。
そしてエルネたち兵士は、国の英雄だった。
命を懸けて刃を振るうその姿は、確かに見事なものだった。生命と生命の駆け引きに、そのスリルに、兵士たちはさらに輝いて見える。
果たして来たるは、出兵のとき。
きっとエルネ達が帰りに通るであろう凱旋門を、エルネは他の兵士と共に、軍靴の音を揃わせて響かせて悠々と敵国へと出かけた。
途中、子供たちが籠一杯に収めた色彩鮮やかな花びらを、エルネたちの頭上に降らせた。澄んだ青空に、清純な花が、とても綺麗に見えた。
好いた女が、エルネのことを手を振りながら見送っていた。名前を呼ぶと、彼女も精一杯細い声を振り絞ってエルネの名を呼んだ。
泣くな、必ず帰って来るよと、できるだけ優しい笑顔で答える。うまく、笑えたかどうかはわからない。
人々に見送られて、遥か砂漠の彼方を目指す。
徐々に、見送りの人垣は少なくなっていく。それに伴って、ああ、ついに出陣なんだなという感覚がリアルになる。
ふと、そんなとき。
人垣の向こうに、誰かがいて、確かに目が合った気がした。
風変わりなターバンを頭に巻いて、そこから覗く見事な長い黒髪。
男か女か、まるで性別の分からない中世的な顔立ち。冷めた淡い緑色の瞳。頬に刻まれた禍々しいいれずみ。
あっ、と思わず声を上げる。
しかし、次の瞬間、まばたきをした後には、もうその人の姿はどこにも無かった。
どうしてか、エルネにはその人が誰なのか、どうしてこんなにも目を奪われたのか、まったくわからなかった。
けれど、どこか、空虚な気持ちだけが残っていた。
ずっと探していた誰かを、ずっと求めていた誰かを。
今のいまこの瞬間に、まるで永遠に失ったような。
—— そんな気がして。