複雑・ファジー小説

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ラージ (完)
日時: 2016/04/28 18:09
名前: 全州明 (ID: GrzIRc85)

目次

第1話 「コンクリートの向こう側」 
第2話 「落下地点のその先」 >>01-02 >>07
第3話 「あるはずのない過去」>>08-09
第4話 「適応環境」>>10-11 >>16 >>20-22
第5話 「再発」 >>23-24
第6話 「楽しげな日々の中で」 >>25-26


 第一話 「コンクリートの向こう側」


 部屋のテレビは、もはやどうでもいい情報を永遠垂れ流す、騒がしい箱と化していた。
 リモコンも、電源ボタン以外使わなくなっていた。
 どのチャンネルも、どの番組も、家から一歩も出ない僕にはあまり関係が無い。
 毎日に変化が無いせいか、最近では曜日や日付どころか、昨日と今日の区別すら、つかなくなっていた。その上時間の感覚も薄れ、気付けば朝になっていたし、夜になっていた。
 時間が経つにつれ、僕の日常から様々なものが失われていった。
 食事は扉の前に置かれるし、一階のトイレに行く時以外、部屋から出ることもなくなった。
 かゆくなった時くらいしか、頭を洗わなくなった。
 痛くなった時くらいしか、歯を磨かなくなった。
 髭を剃らなくなったし、髪も切らなくなった。
 一日中パソコンをいじっているだけの生活になっていた。
 散らかったゴミででこぼこになった地面。汗の染みついた枕。しわくちゃのベッド。点けっぱなしのテレビとパソコン。
 この部屋に、綺麗なものなんてない。夢も希望も、何も無い。
 それらが僕を虫食むしばむせいか、体はいつもどこかしらの不調を訴えてくる。
 突如睡魔に襲われて、いつのものように、僕は後ろに倒れ込む。
 ベッドは部屋の半分を占めていたから、倒れ込めば大抵そこにはベッドがあるのだから。
 いちいち振り返ったりなんて、する必要は無い。
 でもそこに、ベッドはなかった。それがなぜかなんて、考える暇もなかった。
 マズいと思って振り返ったときには、床に散らばったゴミが、もう目前まで迫っていた。
 僕は反射的に目を閉じた。
 しかし頭を打つことも、怪我をすることも、痛みを感じることすらも、無かった。
 ほほを風が掠めた。僕はまだ、落ち続けているらしい。
 恐る恐る目を開ける。世界は、白で埋め尽くされていた。
 風はしだいに強くなり、僕を手荒く包み込んでくる。あまりの強風に、呼吸が妨げられる。
 苦しい。息がつまりそうだ。
 風は止むことを知らず、尚も容赦なく吹きつけてくる。
 乾いた目が痛い。体はとうに冷え切って、ビクとも動かない。
 このまま死ぬのだろうか。
 それも悪くない。あのままあの部屋で、ありふれた最後を遂げるよりずっといい。
 視界は、相も変わらず白で一杯だ。どこもかしこも真っ白で、何も無い。
 空っぽだ。本当に、空っぽだ。
 だけどあの部屋とは違う。ここにはどこまでも続くような奥行きがある。そして比べ物にならないくらいの開放感がある。
 でも寂しい。あまりに何も無さ過ぎて、世界に僕しか居ないみたいだ。
 途端に襟首から来た脱力感に襲われる。体がずんと重くなり、たまらずうめき声が漏れる。
 真っ白で何も無い世界で、縦とも横ともつかない角度で落ちて行く自分を、僕は遠く離れた場所からぼんやりとながめていた。それは夢でしかあり得ないことだった。
 思わず笑みがこぼれてしまう。
 今笑っているのは、一体どっちの僕何だろう。
 足元に、落ちて行く僕の背中が見えた。そこには鏡があるらしかった。けれどそこに映り込んでいたのは、昔の自分だった。髪だってひげだって長くない。肌も服装も綺麗だ。なのにつまらなそうにする、なのに不機嫌そうにする、そんな僕が。
 鏡との距離はあっという間に縮まって、ついには今の自分と昔の自分が鏡を通して背中合わせになった。
 甲高い、酷く耳障りな音がして、鏡は見るも無残に砕け散り、破片が風を受けて花びらのようにひらひらと落下し始める。
 そして鏡の向こうには、夕焼けに包まれた、暖かいのどかな町並みが広がっていた。

 ————強風は、心地のいい微風そよかぜに変わり、僕は静かに目を閉じた。

Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.17 )
日時: 2015/04/08 18:17
名前: 白猫 (ID: hU7A6qqd)

すいません・・・

なんか間違えて送ったようです・・・

Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.18 )
日時: 2015/04/08 19:14
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: .1MHnYLr)

なんか、怖いですね。それ・・・・
———— ←っていちいち変換しないといけないのに・・・・

Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.19 )
日時: 2015/04/09 22:48
名前: 白猫 (ID: hU7A6qqd)

ですよね〜

すいませんでした

Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.20 )
日時: 2015/04/12 10:31
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: .1MHnYLr)

 ちなみに、彼らを笑う奴らも、馬鹿にする奴らも、誰一人としていない。
 最初からそうなんだ。特にこの町は。誰も馬鹿にしないし、誰も笑われない。
 まぁ、それが普通なんだけれど。
「あ、橋丘先生だ!」
 岡田が唐突に前からやってきた白衣の男の人を指さした。
「橋丘先生? 誰?」
 僕は首を傾げ、正直に言う。
「お前知らないのかよ、ほら、あれだよ、脳の研究してる人」
「脳の研究?」
「正確には、空想と妄想について研究している脳科学者だよ」
 橋丘先生は僕らにそう説明してくれた。でも、やっぱり僕はこの人を知らない。
「空想と妄想はどう違うんですか?」
 僕は疑問を口にした。橋丘先生は、少し考え込むような素振りを見せてから、こう答えた。
「空想と妄想の違いは、気付いているかいないかなんだよ。
 空想は、自分が今空想していることに気が付いているし、次の日、昨日は空想していたなと覚えている。
 ところが妄想は、してもいないことを、次の日していたと思い込んでいる。本当はしていないのに、した記憶があって、したと思い込んでいて、本当はしていないことに気がつかない。これが妄想だ。
 妄想は、精神疾患の一つなんだよ。脳が自己防衛のため、自分の立場を有利にするため、嘘の記憶を植え付けるんだ。
 それもとことん、都合のいい記憶をね」
「へぇー」
 岡田は生返事をした。多分内容がいまいち理解できなくて、話しについていけないんだろう。
 でも僕はもう一つ、聞きたいことがある。だから悪いけど、後少しだけ、置いてけぼりになっていてもらおう。
「それじゃあ先生、自分から目を覚ますには、どうすればいいんですか?」
 僕は、次また悪夢を見たときのために、聞いたつもりだった。でも先生は、僕の質問の意図を、履き違えたらしかった。
「君はもう、目を覚ましているはずだよ? ただそのことに、君が気付いていないだけで」

Re: ラージ [夢だからこそ、出来ることがある〕 ( No.22 )
日時: 2015/09/24 18:02
名前: 全州明 ◆6um78NSKpg (ID: IQBg8KOO)

 岡田と橋丘先生に別れを告げて、僕は再び帰路を歩きだす。
 その途中、右へ行くべき二差路を、左に行った。
 遠回りなんてもんじゃない。この道では、間違いなく家に帰ることができない。
 でも、僕の足は留まることを知らず、その速度は、しだいに速まって行った。
 住宅が立ち並び、道路は緩やかなカーブを描いていた。
 昭和の時代特有の懐かしさがあって、夕焼けが似合いそうな場所だった。

 その後も道なりに進んでいくと、一際目立つマンションを見つけた。
 他に高い建物が無いわけではないのだけれど、そのマンションだけが、独立した空間に佇んでいるようで、場違いなようにも見えた。間違いない。この建物は、前もどこかで見たことがある気がする。もっと言えばこの道も、この街並みも、単にそういう雰囲気なだけかもしれないけれど、久しぶりに来たような、懐かしさを覚える。
 それが何故かはわからない。わからないから、僕は駆け出した。あのマンションの中に入れば、何か思い出す気がした。それは、確信にも近い期待だった。

 でもその期待は、すぐに裏切られる形となった。
 マンションの中には入れなかった。そもそも入口が見当たらなかった。
 表に回ってみると、そこには異様な光景が広がっていた。
 マンションの表半分は、真っ青なビニールのシートがかぶせられていたのだ。
 近くにあった看板を見ると、『建設中 四月十四日完成予定』と書かれていた。
 それは明らかに異様で、異質で、考えられないことだった。
 ぼんやりとしか覚えていないものの、僕は確かに、以前、このマンションの中に入って、エレベーターに乗ったはずだ。そこで誰かに会って、何か話をしたような気もするけれど、その先はよく覚えていないけれど、あの時確かに、ここは完成していたはずだ。でなければ、僕が中に入ることも、エレベーターに乗ることも、できたはずが無いんだ。
 でも、どこからどう見ても、この建物は今、建設途中で、まだ完成していないように見える。
 上部の骨組みが未完成のままむき出しになってるし、シートの隙間から見える壁も塗装されていないところをみると、改修工事というわけでもなさそうだ。
 じゃあなんで? どうして? 僕が前来た時は、こんな風じゃなかったはずだ。
 考えれば考えるほど訳が分からなくなって、やがて頭の中が真っ白になった。
「ねぇ、あなたもここに引っ越すの?」
 後ろから声をかけられた。元気な女の子の声だった。
 いきなりのことに驚き、肩をびくりと震わせてから、おそるおそる振り返ると、そこには少し大きめの茶色いコートを着込んだ、細身の体に長い黒髪の、活発そうな女の子がいた。
 顔はかなり整っていて、まだ少し、あどけなさが残っていた。
 身長から察するに、僕と同じか、少し下くらいの年に見えた。
 「ねぇってば」
「え? あぁ、ごめん。僕は、たまたまここを通りかかっただけなんだよ」
「……そっか。それじゃあまたね」
 女の子はちょっぴり残念そうにそう呟いて、音もなく姿を消した。
 隠れられるような物影は、どこにもなかったけれど、大して気には止まらなかった。


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