複雑・ファジー小説

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アンソニー (完結)
日時: 2017/02/10 22:23
名前: 夜枷 透子 (ID: hf2.ND4p)



永遠って、なんでしょう?

Re: アンソニー ( No.2 )
日時: 2016/12/11 14:59
名前: 夜枷 透子 (ID: cGvMnxlr)


 アンソニーについてわかったこと。
 学年は私よりひとつ上の二年生。両親が関西出身なので、本人も訛っている。祖父が異国の人で、クォーターだという。聴いたことはないけれど、ピアノが弾ける。アンソニーというのは祖父の名前で、本人は「蓮太郎」という。だけど、私はアンソニーと呼ぶことにした。アンソニーという響きが好きなのと、そう呼べば、彼が嬉しそうに振り向くからだ。
 爪を噛む癖があって、そういうときは大抵、考え事をしている。いつもヘラヘラ笑っているけれど、たまにどこか遠くを見ているのだ。目を細めて爪を噛む。カチ、カチ、カチ。無理やり切り離された爪をポリポリ噛んで、そのまま飲み込んでいる。

「アンソニーって学校にあんまり来ていないの?」

 お弁当を一緒に食べようと言われたので、みんなの視線がねちゃねちゃまとわりつくのを無視して、二人で食堂の片隅に向かい合わせで座った。アンソニーは学校でも有名人らしい。私の位置からは食堂全体が見渡せるのだが、上の学年の人たちがアンソニーを指さしているのが見える。「お、来てるやん」という声も聞こえる。普段、学校でアンソニーを見かけない。休み時間に話そうと思って、二年生の教室を見に行ったけれど、いなかった。だけど昼休みになるとこうしてひょっこり顔を出すものだから、神出鬼没なのだと思う。
 私はお母さんの手作りのお弁当、アンソニーは自作のサンドイッチだった。ピンク色のクリームがパンに挟まっている。なんだ、それは。
 口に頬張りながら、アンソニーは「うん」と短い返事をする。

「どうして?」
「どうしてって……来る必要がないからや」
「勉強とかしないの?」
「ぼくを誰や思ってんの。おかしいな、きみ。勉強やせんでも、わかるもんはわかるんや」

 どうやら成績が良いらしい。
 人は見かけによらないものだな……。

「学校やおもんないわ。なんちゃない。いらんことばっかりやわ」
「勉強が嫌いなの?」
「…………同族嫌悪やな」

 言って、サンドイッチを頬張る。シャキシャキとレタスの音がする。
 同族嫌悪。
 アンソニーは人間が嫌いなのだろうか。あんなに孤独を埋めるに好都合な生き物を嫌うなんて。かといって、好きにはなれないけど。

「それなに?」

 クリームを指さす。ピンク色というのがなかなか食欲を減退させるけれど、本人はおかまいなしだ。口の端についたクリームを舐めとって「明太子」と答える。明太子か。それならパンにも合うだろう。意外と普通の材料だった。

「アンソニーは私の友達になってくれたんだよね」
「そうや」
「私を好きになってくれたってこと?」
「かもなぁ」

 相変わらずはっきり答えない人である。だけど私も白黒つけようとする意固地さは持ち合わせていないので、けっきょくその答えに納得する。アンソニーとは気が合うのだ。もしかしたらふみちゃんよりも。

「アンソニーと寝る気はないんだよ」
「そんな気なくてええわ。ぼく、女の子とできへんのに」

 おっとこれは。私はじっとアンソニーを見つめる。視線に気づいて、むこうもこちらを見返してくる。熱い視線の交わりなのに、お互いが一歩でも踏み込まないように心得ている。距離感があるから楽なのかもしれない。アンソニーの優しい目が「それ以上なにか言ってみろ」と脅している。私は微笑み返し、最後の卵焼きを頬張る。




「アノンって、なんで槙先輩と一緒におるん?」

 その日の帰り、教室から出ようとすると、ふみちゃんに捕まった。
 彼女が言う槙先輩、というのがアンソニーのことであると理解するのに数秒かかった。

「友達だから」
「友達になったん?」

 頷いて見せる。
 ふみちゃんは呆れ顔だ。
 彼女とは入学式のときに初めて話した。特に乱れてもいない前髪を整えるのが癖で、目が大きく、鼻が低い。几帳面で丁寧な性格なので、クラスでは「まじめ」に分類される子だ。持っていたペンケースが色違いのもので、それで話したのがきっかけ。それからはなんとなく一緒にいる。

「槙先輩なぁ、つるむんやめときや」
「どうして」
「ちょっと変わってるって噂あるし……。あんまり学校にもこぉへんし」
「あの人、ちょっとどころじゃないよ。かなり変人だよ」
「わかってるやんかぁ」

 それでも魅かれるものがあるのだ。他人の制止を振り切って、近づきたい、手を伸ばしたいと思えるなにかが、アンソニーにはある。ふみちゃんにはわからなくて、私にはわかるもの。きらきらしたなにか。

「アノンは槙先輩が好きなん?確かに顔はきれいやもんなぁ……」
「興味があるの」
「興味本位で近づいたらあかんと思うで」
「それほど危険なの?」
「危険ってわけちゃうけど、ちょっと心が病んでそうやん」

 関わらない方がいいと警告しているのだ、ふみちゃんは。
 きっと彼女はアンソニーの噂をいろいろと耳にしているのだろう。入学を機にこちらに引っ越してきた私にはわからないけど、昔からアンソニーは目立つ存在らしい。
 知りたい。
 素直に思う。
 だけど、それは他人から聞くことじゃない。

「ふみちゃん、明日は一緒にお弁当、食べようか」
「せやね」

Re: アンソニー ( No.3 )
日時: 2016/12/18 02:25
名前: 夜枷 透子 (ID: cGvMnxlr)



 その日の夕方、私は急にアンソニーに呼び出された。
 彼は携帯を持っていない。唐突に私の家のインターホンを鳴らす。古いアパートの二階。階段をあがってすぐ右。夕ご飯を食べ終えた私は、のそのそと玄関へ行く。そのあいだ、扉の向こうから「アンソニーやでー」と大きな声が聞こえてくる。近所迷惑だ。
 アンソニーという妙な先輩と友達になったことを、家族は知っている。
 はじめ、母さんは「こっちの人って変な人が多いの?」と警戒していた。だけどアンソニーの見た目とか、意外に外面はいいところとか、そこにすっかり警戒心を緩めてしまっている。ちなみに私の家族は母さんしかいない。ずっと昔からそうなのだ。
 サンダルを履いて、扉を開ける。
 アンソニーがいつもの笑顔で立っていた。

「ちょっと散歩せぇへん?」

 変なキャラクターもののティーシャツを着ていて、迷彩柄の七分丈のパンツを履いている。私は淡い水色のワンピースを着ていて、そんな二人が散歩するのはとってもおかしく映るだろう。
 奥でテレビを観ている母さんに声をかけてから、外に出る。少しだけ涼しい。
 風が吹いてアンソニーの柔らかい髪を揺らしている。その髪に触れてみたい。私は少しだけドキドキしながら、なにも言わない彼の横顔を眺めて歩いた。
 アンソニーが私を連れ出すことに、特に意味はない。
 私は意味のないことをするのは嫌だけど、アンソニーとの時間は好きだった。たまに立ち止まって「あそこ、猫糞が落ちとる」とか「めっちゃカレーの匂いやな」と呟く。私は「そうだね」とひとつひとつに簡単な返事をしながら、アンソニーの透き通った瞳を見る。
 外国の血を引く彼の容貌。
 祖父の異国の名を語って、自分自身を見せようとしない。
 謎めいた彼を拒むことは簡単だろうな。

「今日が終わるね」
「しけたこと言うなぁ」
「アンソニーは今日が終わって悲しくならない?」

 私はとても悲しくなる。
 朝になったら、絶対に昨夜は訪れない。すべてが過去になる。そして新しい日になって、それがまた過去になって……その繰り返しだ。

「明日のぼくはたぶん笑ってるやろうから」
「だから?」
「悲しくはならんなぁ」
「……アンソニーが泣いたのっていつ?」
「うーん……友達が亡くなったときやな」

 友達が、いたのか。
 そっちに驚いた。
 固まっていると、おでこをぺちっと叩かれる。痛い。

「なに固まってんねん」
「いやぁ……亡くなったのかって……」
「せやな、まぁ、悲しかったなーあのときは」

 ぜんぜん悲しくない顔である。本心の置き場所が見つからないのか、感情と表情に違和感がありすぎる。アンソニーには、きっと心がない。
 そして、私も。

「悲しいときがあると、そこだけ、映画を観ているような気になるの」
「…………」
「自分のことなのに、作り物の記憶が流れていっている感じ……。そのとき自分が本当に悲しかったのかさえ、わからなくならない?」
「…………」
「遠く、遠くの、笑えない話。悲しいことも、辛いことも、ぜんぶ昔の話だったんだよって……アンソニーも、そんな気持ちになる?」
「…………」
「なんで黙るの?」
「え、聞いてなかった」

 こいつ。
 思いきり後頭部を殴ってやった。アンソニーが蚊に刺されたような顔で振り返る。思わず笑ってしまった。

「アンソニーが、友達が亡くなったとか言うから、センチメンタルな感じになっちゃったじゃん」
「ぼくのせいなん?」
「そうだよ。あーもう!」
「けど、きみ、あの調子やと、きみのほうもえらい目にあったような言いぐさやな」

 アンソニーの指摘に答えない。昔の話を語るほど、私はまだ、私自身の現状を把握できていないし、過去を清算できていない。するつもりもないし、その資格も持ち合わせていないし、なによりできないんだけど。逃げているだけだと言われた。わざわざ高校もこっちに決めて、誰にも見つからないところまで引っ越して、母さんを巻き込んだ。子どもの私では手に負えない事態になって、大人の母さんたちでも、どうすることもできなかった。
 足掻く力すらなかった。
 そこまで絶望したから、こうして笑えている。
 もう、あそこまで底辺に落ちることはないだろう。

「笑えているのなら、それでいいじゃん」

 アンソニーが「せやな」と言って笑う。
 アンソニーの影に触れることはしなかった。彼も私には触れてこなかったから。

Re: アンソニー ( No.4 )
日時: 2016/12/18 15:21
名前: 夜枷 透子 (ID: cGvMnxlr)



第二章「キミとアンソニー」



 父と母は、飲酒運転の車に突っ込まれ即死だった。
 そのとき、ぼくはまだ2歳で、祖母の麗子さんと祖父のアンソニーと一緒に、自宅で二人の帰りを待っていた。当時の記憶はないし、写真でしか顔の知らない二人のことを思い出して、涙を流すこともない。
 麗子さんは絵の方面において多彩な感性を持っているようで、個展を成功させたり、有名な芸能人が彼女の絵を欲しがったりしていた。
派手で、きれいで、お喋りが上手な麗子さんは、一般的というものから少しずれていた。
 髪の毛は超短髪で、白く、両耳に大きな翡翠色のピアスをつけている。長身で、手足が長いので服も男物を着ることが多かった。そのくせ顔立ちと声と振舞いは女性らしいので、よく初対面の人に驚かれる。
 麗子さんがアンソニーに恋をしたのは、留学先の異国の土地。
 紳士的で面白いアンソニーは、周りの女性からモテモテだったそうだ。さすがぼくの祖父である。そんな彼が初めて口説けなかった女性が麗子さんらしい。自分に惹かれない麗子さんに、アンソニーのほうがゾッコンで、何度もアプローチをしたという。そのときすでに、彼には奥さんがいたけれど、麗子さんと関係を持って、その結果、母さんが産まれた。麗子さんが日本に戻ってから妊娠が発覚し、アンソニーに伝えると、秒速でこちらにやってきたのだ。凄まじい行動力だ。
 物心がついてからの一番古い記憶は、アンソニーがピアノを弾く傍ら、麗子さんがうっとりした表情で高らかに歌うというものだ(ぼくは小学生にあがるまで、アンソニーがピアニストであることを知らなかった)。
 真っ黒いグランドピアノを、撫でるような指先で奏でるアンソニー。「あなたは最高ね」と笑い、その額にキスをする麗子さん。
 両親がいなくても、ぼくは悲しくならなかった。
 この二人がいればそれでよかった。


 ぼくがふつうじゃないと知るのは、小学校のときだ。


 習っていない漢字が書ける。新聞の紙面が読める。一度のぞいた辞書の事柄はすべて覚えている。耳に入った音を譜面に起こせる。カメラみたいに、録音機みたいに、ぼくの脳みそは働いた。
 見たもの。聴いたこと。覚えたこと。……いや、覚えようとしていないのに、勝手に脳にコピーされているような感覚。
 アンソニーのピアノだって、数回聴けば、ある程度弾ける。
 幼稚園も保育園も通わなかったぼくは、小学校に入学して、たちまち周囲に溶け込めなくなった。というか、ぼくと麗子さんとアンソニー以外の世界があることを、知らなかった。
 人、人、人、人、人───。
 人!

「もう、ぼく混乱するわぁ。めっちゃおるねん。同じような服を着た人間が、はいはいって先生の言うこと聞くねんで。たまらんわ」

 学校から帰ってきて愚痴るぼくに、麗子さんはゲラゲラ笑って、

「じゃあ、ピンクの服着て行ってこいや」

と言ったものだ。
 そして本当に、白のポロシャツをピンクの絵の具で塗りだしたものだから、ますます周囲から浮いた存在になった。ぼくが。それを堂々と着て行ったぼくもぼくだけど。
 異国の血を引いていたぼくは、瞳の色のことでもよくからかわれた。もうそれは無視しておいた。翡翠色の目だ。ぼくは気に入っている。

「麗子さん、ぼくは学校っていうもんが嫌いや。みんな、ひらがなとか算数とかしてんねんで。鍵盤ハーモニカって、あれ、オモチャやん。くだらんわぁ」
「おもろい子やなぁ」

 ニタニタと笑う麗子さんは、ぼくの話をうんうんと頷きながら聞く。そして一通り聞いたあと、少しだけ真剣な顔になって「苦労もするやろなぁ」とこぼしたものだった。
 そんなぼくらを、アンソニーはいつも「賑やかですね」と誇らしそうにしていた。
 苦手だった日本語もすらすら言えるようになって、麗子さんがいなくても困らなくなった。アンソニーはピアノを弾く以外は、コーヒーを飲んだり、本を読んだりして、麗子さんと対照的に静けさを好む性格をしている。ぼくの耳にふっと息を吹きかけて、こしょばすのが好きなのだ。ジョークも冴えていて、ふっとした一言が面白い。

「蓮太郎はものすごい才能がある。だからきっと孤立しやすいだろうね。ぼくのように」
「アンソニーも孤独なん?」
「ああ。いつだって孤独だよ。麗子がいるけど、彼女も孤独なんだ。人間はいつだって孤独なんだよ」
「それは寂しくならへんの?」
「ならないね。そのために愛する人ができるんだよ」

 孤独な人間同士が惹かれ合い、愛し合う。本当はひとりなのに、時間を共有することで、満たされていく。それはとても重度の病気みたいだ。

「蓮太郎もそのうち好きな人ができるんだろうな」
「ぼくは、孤独がええねん」
「ほう」
「あんなもんの一部になるぐらいなら、ぼくは、ひとりが気楽やわ」

 そんな話をよくした。
 ぼくはまだ7年しか人生を過ごしていないけど、なんとなく、自分の道筋を知っている気がした。浮いた存在であるなら、ぜったいに沈んでなんかやらない。「あんなもん」にぼくは支配されたくない。孤独を知って、その寂しさに絶望したくない。友達なんかいるか。
 ぼくの言葉に麗子さんは笑い、アンソニーも目を細めて「そうか」と呟いた。
 アンソニーが癌で亡くなったのは、それから2年後の夏。
 享年60歳だった。

Re: アンソニー ( No.5 )
日時: 2016/12/23 16:51
名前: 夜枷 透子 (ID: tDifp7KY)



 蓮太郎という名前が嫌いだったわけではない。
 だけど、祖父のアンソニーという名前をもらおうと思った。祖父とぼくは似ているから。アンソニーが死んだとき、ぼくの前で麗子さんが初めて泣いた。ぼくの両親のときですら泣かなかったと言われていた麗子さんの涙は、美しかった。
 アンソニーになったぼくは、学校でもそれを名乗ったため、ますます浮いた存在になった。物珍しさで声をかけてくる子もいれば、あからさまに無視をしてくる子もいる。
 ぼくからしてみれば、彼らはとても人間くさい。かわいそうなほどに。
 ああ、また馬鹿な連中がいるなと、彼らを見下しさえした。ぼくは孤独を知っているのだ。きみたちよりもずっと!
 学校の授業はとても面白くない。
 一度きけばわかることを、何度も繰り返して馬鹿みたいだ。テストなんてアホくさい。あんなもの、授業でやったことがそのまま出ている。答えを覚えていれば、だれにだって満点はとれる。
 ぼくは、6年生になるころにはすっかりひねくれてしまって、学校に行っても、ろくに授業を受けなくなった。

「うん……暇やな」

 授業に出ないと学校というものはおそろしく暇だ。麗子さんは、行きたくないなら行かなければいい、だけど、私も暇じゃないのよ、オホホホと笑っていた。変な標準語を使いやがって。
 算数のプリントを延々と解くという面倒くさい授業は、ぼくには無意味なものだ。じっと椅子に座って、寝るか、ぼんやりしているか。ぼくは夜、寝るのが遅い。夜更かししながら麗子さんと語り合うのが好きだったから、日中は常に寝不足だった。先生もぼくの「才能」のことは知っているらしく、諦めているため注意すらしてこない。それがまた、他の同級生からの反感を買うのだろうけど、ぼくには関係のないことだ。
 涼しい。秋になって、だんだん過ごしやすい気温になってきた。

「せんせーい、プリントがもうないでー」

 だれかが言った。
 先生が印刷する枚数を間違えたらしい。すぐに戻ってくると言い残して、先生は教室から出て行った。一気に教室がざわざわする。あーうるさい。

「持田ァ、おまえ、なに鉛筆の先っちょ噛んでんねん!」

 そのざわめきのなかで、一際甲高い声が耳にこびりつく。
 うっすらと目を開けた。

「きっしょ!こいつ、めっちゃ芯、食ってるで!」
「うわぁ、ほんまや!きっもちわるぅ」

 ぼくの右後ろから複数の男子の声が聞こえる。顔を上げると、クラスのほぼ全員の視線が後ろの席に注がれていた。一瞬、ぼくを見ているのかと思って冷や汗が噴き出る。注目されることに慣れているけれど、その視線を浴びたことがないのだ。緊張もする。だから、みんながぼくを見ていないことにまず安心した。
 そのままゆっくり振り返る。
 ──ああ、あの子か。
 さっき男子が持田と言っていたので苗字はわかるけど、下の名前がどうしても思い出せない。
 ぼくと同じで、周りから浮いているやつ。
 孤独を好んでいるのかは、知らない。
 持田は確かに鉛筆を噛んでいた。細かい木のクズが机に散らばっている。透き通るほど肌が白くて、墨を被ったみたいに髪が黒い。隈が目立つのでいつも具合が悪そうだ。

「きっも、きっも、きっも!」
「持田きっしょー!」

 男子たちが声のボリュームをあげる。みんな笑っている。口元が緩んでいる。ぼくとは違って、彼女はいじめの標的にされている。見えない悪意が、じわじわと広がって、こうしてからかいの的にされている。

「うあーっ、アーッ、ああーっ!」

 突然、持田が奇声をあげた。
 涙を流しながら、男子たちにむかってノートや筆箱を投げつける。ひるんだ彼らを思いきり蹴り、自分の頭をぐしゃぐしゃに引っかき、驚くほどの力で倒れた一人を殴り続けた。何人かの女子が悲鳴をあげる。一緒にからかっていた男子たちは、教室の隅まで下がって、じっと仲間が殴られるのを見ていた。
 印刷から戻った担任が見つけて、止めに入る。
 鼻から血を流した男子は、隣のクラスの先生に連れだされた。
 男子から引きはがされた持田は、込み上げるなにかを抑えることもなく、「おえっ」とその場で吐いた。

Re: アンソニー ( No.6 )
日時: 2016/12/19 22:07
名前: 柚子雪みかん ◆ERZNJWqIeE (ID: 0dFK.yJT)

こんばんは。
初めまして、柚子雪みかんと申します。
2、3レス前から夜枷さんの文章に惹かれてお話読ませていただいていたのですが、やっと勇気を出してコメントに至りました。
アンソニーくんの飄々とした感じがミステリアスな文章によく表れてて素敵です。
これから彼を中心にどんなストーリーが展開していくのかも
楽しみですし、過去もまだまだ気になります!
更新頑張ってくださいね。また読みに伺います。

レス失礼いたしました。


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