複雑・ファジー小説
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- ナルシスト美少女の冒険記
- 日時: 2017/07/21 08:51
- 名前: モンブラン博士 (ID: mOILM.Mp)
久しぶりに新作を公開します。
今回はアクションファンタジーです!
- Re: ナルシスト美少女の冒険記 ( No.28 )
- 日時: 2017/08/16 17:42
- 名前: モンブラン博士 (ID: mOILM.Mp)
スターが滝川達を連れてきたのは道場の裏側にある格闘場だった。
弟子達が闘うことで互いを高め合う目的で作られたこの場所は広さにして百畳はあり、その中央には白いマットに三本ロープのプロレスリングが一つ設置されている。
「もしかして川村君達はあのリングの上で闘うのかな」
「察しがいいね。その通りだよ」
「こんなに広いのだからリングじゃなくて、もっと自由に闘わせたらいいんじゃないかな」
「普通はリングの上で闘うことにしているのだけど、それはそれで面白いかもしれないね。では、君の案を採用してリングを除くとしようか」
スターが軽く指を鳴らすとリングは消滅し、格闘場は殺風景な場所へと早変わりした。
「さあ、これで二人とも思う存分闘えるね」
スターの呼びかけに頷いた二人は、格闘場の中央に向かいあって立つ。
スターは魔法でテーブルと椅子を出現させ、簡易の観客席を作り出した。
テーブルの上にはゴングが置かれており、それが鳴らされた時が決闘の合図となる。
試合開始の前にスターがルールの説明をする。
「時間無制限。武器の使用、反則は自由。どちらかの相手を完全に倒せば試合終了。わかったかな?」
二人が無言で頷いたので了承したとスターは判断し、試合開始のゴングを高らかに打ち鳴らした。
けれど、試合が開始されても川村と滝川は動く気配を見せようとはせず、膠着状態を保っている。
一方観客席では——
「フッ……メープル。ボクの膝の上に手を置いてどうしたのかな。
ボクの美しさに魅了されて一緒にダンスでも踊りたくなったのだろうけど、今は試合を観戦したいんだ。悪いけど、後にしてくれないかな」
「いえ、そうではないのですが、少し川村さんが心配になって……
川村さん、大丈夫でしょうか?」
「ミルフィーユの実力は未知数だけど、大勢の幽霊騎士を相手にしても全く引く様子を見せなかった川村君のことだから心配ないと思うよ」
「そうでしょうか。私、少し心配です……」
「ボク達が応援すればきっと川村君は勝てるよ。
だから一緒に応援しよう」
「はいっ!」
滝川の答えにメープルは安心したのか、じっと川村を見守ることにした。
試合が開始して間もないのに声援を送ったらかえって試合に集中できず、迷惑になると思ったのだ。
暫くの膠着状態の後、先に攻撃を仕掛けたのは川村猫衛門だった。
鞘から愛刀・斬心刀を引き抜くと強く一歩を踏み出し、その勢いを利用して真上に跳躍する。十メートルほどの高さまで舞い上がると、そこで上昇を停止させてミルフィーユを見下ろした。
「斬心刀・風車斬り!」
刀を構えて縦に猛回転し、そのままの体勢でミルフィーユ目がけて超高速で落下していく。
真上からの斬撃がミルフィーユの頭頂部に炸裂する寸前、彼女は斬心刀の鋭利な刃先を片手で受け止めていた。
「拙者の刀を片手のみで防ぐとは……ッ」
「それは違うよ。私の左手をよく見てみてよ」
彼女に言われて片手に視線を移した川村は仰天した。
何とミルフィーユは片手の人差し指と中指だけで落下の威力の加わった川村の体重と斬心刀を受け止めていたのだ。
猫衛門は必死に力を込めるが、どれほど力を加えても二本の指でガッチリと挟まれた愛刀は振り下ろすことも、引き抜くこともできない。
更に恐るべきは中華風の衣装を纏った可憐な少女は、刀ごと川村を自分の後方に大きく振り上げ野球ボールを投げるかの如くに刀と一緒に思いきり彼を投げ飛ばしたのだ。
「きゃああッ!」
「危ない!」
ミサイルのように真っ直ぐ向かってくる川村の背中。
滝川はそれからメープルを守ろうと彼女を地面に思いきり押し倒して命中を避けようとする。
そんな彼女の前に悠々と椅子に腰を下ろすスターは、余裕の表情で突っ込んでくる川村をキャッチし、闘技場へと舞い戻らせた。
「ミルフィーユちゃん、投げる時はちゃんと人がいないか確認してから投げようね」
「会長さん、ごめんなさい!
でも川村とか言ったっけ? 君はこれで分かったんじゃないかな。
私がどれぐらい強いのか」
地に倒れ伏す川村を冷たい目で見下ろすミルフィーユ。
しかし川村はすぐさま立ち上がって間合いを取ると、その場で斬心刀を二回振る。それにより発生した二つの青い斬撃の衝撃波がミルフィーユに襲い来る。二つの斬撃を華麗な側転で躱し、中国拳法のような独特のポーズをとった。
「まだまだでござる!」
次々に放たれる斬撃波は高速回転する丸鋸のようにミルフィーユに迫る。しかし彼女はそれを顔色ひとつ変えずに上半身だけの動きで全て受け流していく。幾度か川村の斬撃とミルフィーユの回避の攻防が続くと、ミルフィーユが川村に問いかけた。
「君はさっきから刀ばっかり使っているけど、格闘の方は得意じゃないの?」
「それはどういう意味でござるか」
「そのままの意味だよ。君は武器にばかり頼って生身で闘うことができない卑怯者かと聞いているんだよ」
「拙者は卑怯などではない! この試合は武器の使用は許可されているでござる。従って拙者の戦闘方法はルールの範囲内——」
突如、ミルフィーユの姿が川村の視界から消えた。
「ぬ!? お主、何処へ姿を晦ましたでござるか。
隠れてないで正々堂々と姿を現すでござる!」
ミルフィーユの姿が見えなくなったのは川村一人ではなかった。
客席にいる滝川やメープルも突然消えた彼女に困惑していた。
滝川は目をゴシゴシと擦ってもう一度格闘場を見てみる。
しかし、それでもミルフィーユは見当たらない。
「可笑しいな。ボクは錯覚でも見ているのだろうか。
ほんの数秒前まで確かに川村君の目の前にいたミルフィーユの姿が見えなくなっているのだけれど」
「滝川さん、実は私もそうなんです。僅かの間に一体何が起きたと言うのでしょう。ミルフィーユさんは勝負を諦めて格闘場を去ってしまったのでしょうか?」
メープルの疑問に答えたのはスターだ。
「君達、上を見てごらん」
「上?」
言われたとおりに顔を上げて空を見ると、そこには空中を浮遊しているミルフィーユが居た。両掌から炎を発射して宙に浮かんでいるのだ。
「君の刀が反則でないと言うのなら私も能力を使わせてもらうよ☆」
「能力でござると?」
「そ。私は会長さんの修行によって、身体を炎に変化させたり、炎を自由に操る能力を獲得したんだ。それじゃあいっくよー! 能力奥義『火炎弾』!」
ミルフィーユは左手で飛行のバランスを取りつつ、空いている右手で炎の弾を連続発射。
川村はその名の通り猫のような柔軟性で火炎弾を回避していくものの、弾丸が命中した箇所の地面には黒く焼けた凹みが作られていく。
「こんなものに命中したら、拙者は身体を貫かれ黒焦げになって命を落とすでござろうな」
「これでも一応、君に敬意を払って威力は弱めてあげているんだから感謝してよね」
「生憎、お主に感謝をするような舌は持ち合わせてはいないでござるよ」
「私の強さを認めてくれるのなら攻撃を止めようかと思ったけど、そうはいかないみたいだね。あまり強情を張ると大怪我しても知らないよ?」
「これから魔王軍との戦いに挑むというのに怪我を恐れていたら闘えないでござろう」
「それじゃあ君の気が済むまで相手をしてあげるよ。地上でね」
- Re: ナルシスト美少女の冒険記 ( No.29 )
- 日時: 2017/08/16 17:44
- 名前: モンブラン博士 (ID: mOILM.Mp)
彼女は地上に降り立ち能力を停止し、固めた拳の骨をポキポキと鳴らす。
「その様子だとお主は拙者と肉弾戦をするつもりでござるか」
「正解☆」
にこりと微笑んだかと思うとミルフィーユは瞬時に間合いを詰めて川村の腹に強烈な肘鉄を見舞った。
完全に油断していたこともありモロに受けた川村は腹を抑えて後退する。しかしミルフィーユはダメージを回復させる隙を与えるほど甘い相手ではなく、彼の顔面を掌底の猛ラッシュが襲ってくる。
避ける間もなく撃ち込まれる掌底の嵐に川村は反撃することさえままならない。
「アチョッ」
鋭いソパットが腹に食い込み、川村の華奢な体躯に鉄の棍棒のような威力の蹴り技が次々と炸裂する。
蹴りの風圧によって川村の袴が開けてその白い素肌が露わになるが、彼の上半身はミルフィーユの蹴りにより、かなりの数の紫色のあざが出来ていた。
「アチャーッ!」
止めとばかりに顔面を狙って放たれたつま先蹴りを川村は辛うじてキャッチし、受け止めた右足を捻って彼女の身体を旋回させて押し倒す。
普通ならここで馬乗りになり打撃を食らわせるところではあるが、なぜか川村は動きと止めて適度に後方に下がって間合いをとると、素早い動作で立ち上がってきた彼女に問うた。
「お主、拙者に手加減しているでござるな」
「手加減? なんのことかな」
「とぼけても無駄でござる。お主が本気を出していないことは拙者にはお見通しでござるよ」
「どうしてそう言い切れるの。君は相当にダメージを受けているのに」
「何故なら、お主はこれまでの拙者との闘いでスター流奥義を使用していないでござるからな」
「……」
「スター殿の弟子ならば最低一つか二つは身に着けているスター流奥義をお主は発動していないでござる。それは拙者の体調を気遣ってのことでござるか」
「べ、別に君の体調なんて気にしていなんだから!
ただ奥義なんか出さなくても倒せると思っていただけだよ。
でもそこまで君が私の奥義を受けたいって言うのなら出してあげてもいいけど?」
顎をプイッと背けて言うミルフィーユであったが、彼女が川村を心配していることは明らかだった。
彼女の言葉や態度を見たメープルは穏やかな笑顔を浮かべ。
「闘い方が容赦なかったのでミルフィーユさんって血も涙もない冷酷な人なのかと思っていましたが、本当は優しい人だったんですね」
「メープル、その発言は彼女を傷つけていると思うよ」
「え? そうなんですか!?」
「メープルって天然だったんだね……」
そんなやりとりが客席で行われているとは露とも思わないミルフィーユは、拳を握りしめて川村を睨む。
「それでは君の望み通りにスター流奥義をお見舞いしてあげるよ!
スター流奥義がひとつ、『クラッシュクロー』!」
彼女は右手を焼けた鉄のように燃えるように赤く変化させて、急速に間合いを詰めて川村の顔面を掴もうと試みる。彼女は人間離れした握力で川村の顔面を粉砕する算段なのだ。
しかし猫衛門は冷静に刀の柄を掴み。
「この試合、お主の敗北でござる!」
神速の抜刀でミルフィーユの傍を駆け抜ける。
「スター流最大奥義がひとつ・『華麗米カレーライス斬り』!」
ミルフィーユは米の字に斬撃を食らって地に倒れ伏し、試合終了のゴングが鳴らされても気絶したままだった。勝利を収めた川村は刀を鞘に納め、後ろを向いたまま優しく言った。
「お主は強い女子でござった。拙者の先ほどの発言は撤回するでござる」
- Re: ナルシスト美少女の冒険記 ( No.30 )
- 日時: 2017/08/20 14:05
- 名前: モンブラン博士 (ID: mOILM.Mp)
「ミルフィーユも仲間になったし、早速ラシック王国を取り戻しに行こう!」
メープルと決闘でボロボロになったミルフィーユと川村の前で滝川は握った右の拳を高々と空へと突き上げた。しかし三人の反応は薄い。
「フッ、君達はわからないようだね。こういう時はボクと同じように腕を上げて『オーッ』と言えばいいのさ」
「いえ……それはわかるのですが」
おずおずと切り出すメープルに川村が続けた。
「何の策も持たずに敵地へ突入するなんて自殺行為でござるよ」
「彼の言う通り。弱い癖に言うことだけは一丁前なんだね、君も」
三人は自分達の戦力と相手の実力を秤にかけて、今の自分達が不利な状況に置かれているのかを理解していた。人数がたった四人しかいない上に四人中二人は何の格闘技術も持たない素人である。如何に川村とミルフィーユが達人と言えども三〇〇〇を優に超える大軍相手では無謀としか思えなかった。
「滝川殿、折角スター殿の道場に来たのでござるからここは修行を重ねて力を付けてからの方が賢明でござるよ」
「修行なんかしていたらラシック王国を救うのに何年かかるかわからないだろう。それにボクは美しくて強いから何の問題もないよ」
いつも通りの滝川の回答に三人は顔を見合わせため息を吐く。
その様子に滝川はある提案をした。
「そんなに心配なのなら今回は突撃は控えることにするよ。
だけど敵の情報を知るのは作戦を立てる意味でも今後は大切になってくる。だから情報収集をしてくるよ」
「お一人でですか? 私も付いていきます!滝川さんお一人では心細いでしょうから……」
「メープル殿が情報調査をするのであれば、お主らは変装した方が良いでござるな」
「変装すれば捕まる確率も減るからね。私が手伝ってあげるよ☆」
幸いなことにお洒落好きのスターが道場に様々なサイズの服を取り揃えていたので、衣装を用意するのにはそれほど手間はかからなかった。
ミルフィーユが選んだ服装に着替え終わった二人は更衣室から出てきた。彼女達は二人とも肘や膝なのが擦り切れたボロボロの服を着ている。
「これでは美しいボクの魅力が半減しちゃうじゃないか」
「目立たない恰好をして正体を隠すのが変装なんだから当たり前だよ」
「それはそうだけど……」
「メープルは文句ひとつ言わずに着こなしているのに、君は文句ばかりだね。これではどちらが年上かわからないよ」
そう言われては流石の滝川も返す言葉がない。
唇をギリギリと噛みしめミルフィーユを睨みつけるしかなかった。
仮にここで言い返そうものなら年上として馬鹿にされるのは明らかだったからだ。
「君達楽しそうだけど、ファッションショーでもするつもりなのかな」
「スター殿!」
「暇だったからちょっとお洒落でもしようと思ってここに寄ってみたら君達を発見してね。それで、何をしているの?」
川村とミルフィーユから話を聞いたスターは難しい顔をして腕組みをした。
「本当にするつもりなの? 私としては心配だからあまり勧めたくないのだけれど……」
「あなたが何と言おうとボクの気持ちは変わらない」
だが、スターがそう言っても滝川の決意は揺るがなかった。
実は彼女の心の奥底には焦りが生まれていたのだ。スター道場には川村やミルフィーユなどの手練れが多く存在する。
対する自分はと言うと戦力でも知力でも全くメープルの力になれるとは思ってはいなかった。
これまでの旅でもロディに川村と助けられっぱなしであった為に、次第に自分は役に立たない無力な存在と僅かに思うようになってきたのだ。
メープルは自分と同じように両親を殺され悲しんでいる。
同じ境遇である彼女は何としても助けてあげたい。力になりたい。
そして彼女の役に立つことで自分は無力な存在であるというマイナスの思い込みを払拭したいという考えがあったのだ。
滝川は口にこそ出さなかったものの、その瞳でもって熱意をスターに訴えた。スターは彼女の眼差しからその気持ちの強さを察し、その想いを尊重することにした。
「君がそこまで言うなら止めないよ。でも万が一のことがあっては危険だから私の執事をお供に付けてあげよう」
スターが指を鳴らして少し経つと、彼らの元に一人の少年がやってきた。
オリーブ色のオールバックにアンテナの付いたヘッドホンを耳にかけ、巨大な赤い蝶ネクタイと純白のスーツに同じ色の靴というド派手な格好をしている。
「紹介しよう。私の執事を務めているラグ君だ! 可愛いだろう?」
ラグと呼ばれた少年は丁寧にお辞儀をして。
「滝川様とメープル様。未熟者ですがお二人を一生懸命サポートしますので、どうぞよろしくお願い致します」
「君の態度は心地がいいね。気に入ったよ。これからよろしく頼くね」
「はい! 滝川様!」
瞳をキラキラと輝かせて素直に喜びを表現するラグの態度を滝川はとても気に入り、ラグをお供として加えた二人はラシック王国へと急いだ。
- Re: ナルシスト美少女の冒険記 ( No.31 )
- 日時: 2017/08/20 14:07
- 名前: モンブラン博士 (ID: mOILM.Mp)
人知れずラシック王国に潜入することに成功した滝川・メープル・ラグの三人は早速調査を開始する。
ラシック王国は王国の中央におとぎ話に出てくるような石作りの西洋風の城がそびえ立っており、そこを中心として円を描くように街などが作られていた。
ラシック城は滝川が世界史の授業で習った時に写真で見た古いヨーロッパの古城の十倍ほど大きさはあり、城の周囲は高い外壁に囲まれており、簡単には新入できないようになっていた。
城の前にも甲冑を着た門番が二人立っており、城を訪れる者を監視している。
三人は一旦借りている宿の部屋へ戻り、どのようにして城の内部を調べるか作戦を立てることにした。
部屋に戻った三人は扉の鍵をしっかりとかけ、自分達の会話の内容が外に漏れて怪しまれないようにとラグは部屋全体に防音魔法をかけた。
「これで例え窓を開けて会話をしても僕達の話の内容が外に漏れることはありません」
「ボクの美しい声が聞こえないなんて外の人はなんて残念なのだろう。
でも話の内容が漏れるとボクらが困る訳だから漏れない方がいいのかもしれないね」
「滝川さんって本当に自分自身が好きなんですね」
「メープル! それってボクがナルシストってこと!?」
「私から見た印象ですと滝川さんは紛れもないナルシストに見えますが、違うのですか?」
ニコッと笑ってさり気なく滝川を傷つけるメープルであるが、もちろん彼女にその自覚はない。彼女ははベッドの上に腰を下ろしたかと思うと、口を抑えて欠伸をひとつすると、そのままの姿で布団を被って深い眠りに落ちてしまった。時刻は午後十時。いつも夜は九時に寝る生活習慣を心がけているメープルにとっては眠たくなるのも納得の時間であった。
「眠り姫は深い眠りに落ちてしまったね。次に目が覚めるのは何百年後だろうか」
「僕の計算ではメープル様は午前七時には起床すると思いますよ」
「君には今のボクの冗談が理解できなかったようだね。受けると思ったのに……」
「冗談? なんのことでしょう?」
「分からないなら気にしなくてもいいよ。それより、どうやって城の中の情報を集めるか作戦を立てよう!」
「はいッ!」
元気よく返事をするラグに対し、滝川は何とも言えない微妙な顔をするしかなかった。
ラグの防音魔法は無線機の会話内容や電波も悟られないような効果があったので、滝川は安心して無線機を使ってスター道場に連絡を取り、今日調査した情報を道場にいる川村やミルフィーユに報告する。
「君達が教えた情報って街中歩けば誰でも気づくものじゃない?」
「確かに国に住む人なら誰でも知っている情報かもしれない。でも君達はラシック王国について知らない訳だから貴重な情報になると思う」
「成程ね。君達のことだからてっきりサボって遊びまわっているものだとばかり考えていたけど違うみたいだね。明日の情報も期待しているよ」
「ミルフィーユ、情報収集のプロであるボクに任せれば安泰だよ」
「君には特に期待してないよ。ラグとメープルは有能だから二人に迷惑をかけないようにしてね、無能なナルシストさん」
滝川が言い返すよりも早く無線は切れ、その後何度が応答を頼んだものの答える気配はなかった。
仕方がないので滝川は気を取り直してラグと一緒に作戦を考える。
「町人の恰好では城内に潜入できないかな」
「余程の事情がない限りは無理でしょうし、調べられるところにも限りが出てくるでしょう」
「私も……ラグ君と同じ意見ですぅ……」
「!?」
突然メープルが会話に入ってきたので、二人は肩を飛び上がらせた。
振り返ると、メープルは先ほどと同じようにすやすやと寝息を立てている。
「寝言か。流石のボクも少し驚いたよ。
それで、ラグ君にはどういう考えがあるの?」
「魔法を使った方がいいかと思います。僕の透視魔法で城の内部を透視して、城がどのような作りになっているのか調べます。それを基にして紙でスケッチを描いて地図を作るんです」
「成程。地図があれば城を奪還しやすくなるね」
「その通りです。そして城の裏門で警備をしている兵士に催眠術をかけて、城にいる兵士や武器の数などを把握します。
僕は三分間だけ時間を停止させる魔法ができるので、それを最大限使うんです。周りの時間は停止しても僕達は動くことができますので、何の問題もありません」
「いい考えだね。この作戦ならきっと全てうまくいくよ!
ボクなんかよりラグ君はずっと有能だね……」
先ほどのミルフィーユの言葉が心に響いていたのか、滝川はラグから目を伏せてしまった。その声は心なしかいつもより小さくなっている。
そんな彼女にラグは明るく声をかけた。
「滝川様、ミルフィーユ様のお言葉を気にしてはいけません!
今にきっと滝川様にしかできないことが出てきますから!」
「うん、そうだね。ラグ君、ありがとう」
少年執事に慰められ、彼女は左目から一筋の涙を流すと、自分の手をラグの右手に重ね合わせた。
と、その時。
冷たい——
ラグの手に触れた瞬間、彼の手の甲に強烈な冷たさを感じて咄嗟に手を放してしまう。彼の手からは人間の体温というものが全くと言っていいほど感じられず、その感触は手で雪に触っているのに等しいと滝川は思った。
彼には血が通っていないのか?
自分の横で穏やかな笑みを浮かべている少年執事。
出会ってまだ間もないが、彼には自分達に言えない何か重要な秘密を隠しているのではないか。そんな疑念が滝川の頭を掠めた。
- Re: ナルシスト美少女の冒険記 ( No.32 )
- 日時: 2017/08/20 14:09
- 名前: モンブラン博士 (ID: mOILM.Mp)
翌日、朝食を摂ったラグは早速昨日立てた作戦を実行に移すことにした。
まずは街のシンボルになっている高い電波塔に観光客を偽って昇る。
昇ると言っても直に昇ったのではなくエレベーターを使っている。
そこなら国の景色が一望でき、ラシック城の全体も把握しやすいからだ。
人が少ない時間帯を選んで行ったこともあってか観光客はまばらで活動しやすかった。
ラグは早速、双眼鏡と透視魔法をフル活用して頭の中に城の内部の構造を叩き込んだ。
そしてすぐに宿へ帰り大きめのスケッチブックに美麗な城の地図を次々と描き込む。人間とは思えないほどのスピードで地図を描き終えた少年執事は、完成したものをメープルに見せた。
「どうでしょう? 城の作りはこの地図と合っていますか?」
「はい! 全て同じ作りです。ただ一か所だけ気になる点が……」
「気になる点? どこでしょう」
メープルが指差した箇所を覗き込む滝川とラグ。
そこは城の一階にある通路の壁であった。
メープルによるとその通路は城の使用人でも滅多にしようしないとのことだ。理由は血の如き赤い絵の具で何やら解読不可能な文字が壁に書かれているせいで、不気味がって皆その道を通りたがらないと言うのだ。
そしてラグの描いた地図には壁に矢印を書いてその上に読みやすいように大きな字で文字を書き記していた。
「これは何と読むのでしょう。僕にも解読できません……」
「私のお父様もこの文字の解読に苦心していましたが、遂に解読できないまま殺されてしまいました」
ラグとメープルでも読解不可能。と言うことはこれは昨日ミルフィーユに言われた「無能発言」を撤回させるチャンスではないだろうか。
そう思って文字を見た滝川は驚愕した。
「これは日本語じゃないか!」
「日本語?」
「ボクがいた世界の言葉だよ」
スケッチブックに書かれていたのは紛れもない日本語だった。
滝川は得意気になって翻訳する。
「こう書いてあるね『隠し通路出口。入り口は街外れの古井戸』……隠し通路? なんで隠し通路がこんなところに!」
「ここの壁の文字の意味は隠し通路の出口だったのですね。
これでお父様の苦労が報われました。滝川さん、ありがとうございます!」
よほど嬉しかったのだろうか、メープルはハンカチで溢れ出る涙を拭いている。
「滝川様、やはりあなたは凄い方です!
ここは隠し通路と言うことは入り口を探せばそこから侵入することができますね」
「ラグ君の言う通りだ。これでラシック王国奪還へ一歩近づいた」
街の外れには地図に記されているように確かに古井戸があった。
しかし昼間にここへ侵入しては誰かに見つかり怪しまれる可能性もある。そこで三人はまず描いた地図のスペアを携帯の写真メール機能で送った。暫くして地図が届いたとの報告がきたのでほっと一安心した三人は夜中までたっぷりと睡眠をとることにした。そうすれば夜中に眠たくなることもないだろうから。
滝川は初めてラグやメープルに貢献でき、大いに褒められたこともあってか舞い上がっていた。
きっと城に侵入したら今以上の働きをしてみせると心に決めて、彼女はあっという間に夢の世界へと旅立った。