複雑・ファジー小説

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【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金
日時: 2019/04/24 00:28
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=996.png

〈青空に咲く、黒と金〉——黒銀の聖王&錯綜の幻花

 国を救いたい、国を守りたい。若き王の胸に宿るは、熱き思い。
 彼は愛する祖国を、武力で侵略されてしまったから。
 そんな彼の異名を、黒銀の聖王といった。

 長く生きられなくても、だからこそ、精一杯生きたい。若き族長の胸に宿るは、ささやかな願い。
 彼は二十歳まで生きられないという、宿命を背負っていたから。
 そんな彼の異名を、錯綜の幻花といった。

 絡み合う運命は、王と族長を出会わせる。そして二人で挑んだ数多くの難題。育んだ絆はいつしか、互いをかけがえのない存在へ、相棒へ、半身へと、変化させていく。
 出会いの果てには、必ず死が待っていると、知っていても——。
 これは、島国、神聖エルドキアに伝わる英雄譚。黒銀の聖王と錯綜の幻花の歩んだ、歴史に連なる足跡の物語。

「俺は、王だから。この国を、絶対に守りぬく」
「僕は幻の花。美しく咲いて、美しく散るのさ」
 青空に咲く、黒と金。青空に咲いた、聖王と幻花。
 描かれる美しき物語を、ご覧あれ。

*****

 以前に書いた作品をリメイクしたうえ、本編の前日譚に組み込みました。ファンタジーです。私、流沢藍蓮の主力シリーズの一作品です。
 本編が始まるのは前日譚が終わった後です。
 基本的に二日に一回更新、他の小説群と同時更新していきたいです。三本連立になってしまった……。
 物語本編は序盤、二人の主人公それぞれの物語に分かれます。side.Rは黒銀の聖王、side.Eは錯綜の幻花の物語です。二人が出会ってから初めて、真に本編が開始したと言えます。それまでは、一応「本編」と書いておりますが、藍蓮からすれば前日譚みたいなものです。
 では、前日譚から、開始!

*****

 Contents

前日譚 偽りの救世主メサイア >>2-12
 序章 「救世主」の使命 >>2-4
 二章 幻の花 >>5-7
 三章 破滅の果てに >>8-12

本編 青空に咲く、黒と金 >>13-
 第一章 崩れ落ちていく——side.R >>13-18
 第二章 罪色の花——side.E >>19-
 第三章 出会うべくして >>
 第四章 始まる物語 >>
 第五章

*****

 同じ字をたくさん使うと荒らし扱いになってエラーが出るらしい……。私、同じ字をたくさん使うのも視覚的な表現だと思うのですがね。
 >>10には同じ字をたくさん使って一種の視覚表現を行っていますが、たまにそっくりさんを混ぜています。それはエラーで撥ねられないためにあえて混ぜたものであり、誤字ではありませんのでご注意ください。
※URLは前日譚の表紙……の、つもりです。

 ※復帰記念に再会しました!
 ……当分は以前に書きためていた分を放出することになりそうです。

Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.21 )
日時: 2019/04/28 23:20
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


 エクセリオの心を乗せた、二羽の鳩。それは間もなく、襲撃の全貌をその目に捉えた。
 鳩の耳は人間のものとは違い、キャッチできる音が違う。しかしエクセリオは鳩の幻影で作られた身体を勝手につくりかえてほぼ人間と同じ音を捉えられるようにし、また、鳩の喉から人間の言葉が出せるようにした。
 鳩の目で、二羽の鳩の目で、エクセリオは、見る。
 小さな村、山の奥深く、高所にあるこのアスペの村に、
 雲霞うんかの如くやってくる、数多の人間たちの姿を。
 規模が、違う。規模が、違った。これまでエクセリオが経験してきた襲撃とは、規模が。
 これまでは多くても十人程度だったというのに、
 この多さは、何なのだろう。
 その中で、鳩の瞳は見覚えのある暗緑色を捉えた。暗緑色は手に剣を握り、人間たちと戦っているようだった。その顔が少し苦痛にゆがんでいる。よく見れば、彼の暗緑色のマントの肩が裂け、そこから赤い液体が流れだしていた。赤い液体は彼のマントを染め上げていく。
 幻影の鳩は、エクセリオの声で言葉を投げた。
「リュエン!」
「……ッ、いきなり現れないで下さい!」
 不意の声に、人間と切り結んでいたリュエンの体勢が崩れる。しかし驚いたのは人間も同じようで、人間は不思議そうな眼を幻影の鳩に向けた。ごめんごめんと幻影の鳩はエクセリオの声で謝る。
「当の僕から伝言さ。いいかい、今すぐ戻りなさい、というか戻れ。状況説明を頼もうか? その上で作戦会議だ、オーケイ? 今、僕の近くにはアウラしかいないんだよ。もしも僕らに何かあったとして、アウラだけで僕を守れるのかな?」
 リュエンは、頷いた。
「承知した! で、カイオンは?」
「生憎と僕も知らないんだよ。一緒じゃなかったの?」
「……探すか」
 一瞬、リュエンの顔に不安げな色がよぎった。
 リュエンとカイオンは幼馴染だ。三歳年上のリュエンはいつも、あらゆるものを拒絶する雰囲気のカイオンを、まるで弟のように大切に扱っていた。
 そのカイオンが、行方不明。この混乱した状況下で。
 とりあえず、と幻影の鳩は、言う。
「戦線離脱、さっさと僕本体の所に来て。僕の幻影はカイオンを探す。参考までに聞くけど、アイナさんは、どうした?」
 アイナ・アインタス。彼女は前族長ルェルトの妻だ。
 再び襲いかかってきた人間と冷静に剣を交えながらも、リュエンは淡々と答えた。
「死んだ」
「そう」
 対するエクセリオの答えも、淡々としたものだった。
「ま、メルジアを殺した前族長夫婦が死んでも、特に感慨は湧かないけれど。
 ところでリュエン、今、抜けられる?」
「隙を作ってくだされば」
「任せて」
 リュエンの言葉に、幻影の鳩は頷くような仕草をした。
 次の瞬間、
 現れた、幾十の花の幻影。それは何もない虚空から突如ふわりと現れ出でて、濃密な、本物の花の香りを辺りに撒き散らした。
 実体のある幻影。エクセリオの幻影は、人の五感に働きかける。ゆえに見破れない、わからない。日頃から人や物をよく観察している彼の作り出した幻影は完璧で、どこにも不自然な要素なんてない。彼の幻影は魔法素マナで作られているから唯一、魔法素マナそのものを見ることができる「イデュールの民」ならば彼の幻影を見破れるだろうが……。彼らは迫害によって離散し、今はもう、滅多に会えない人種になってしまったから問題ない。
 リュエンと切り結んでいた人間は、花の幻影に目を丸くして動きを止めた。その瞬間、リュエンが背の翼を大きく広げて、飛翔、戦線を離脱する。その身体に追いすがる矢は、エクセリオが生み出した幻影で受け止めてリュエンを守った。
 リュエンは自分の傍らに寄り添う、幻影の鳩に呟いた。
「改めて思うが……エクセリオ様の幻影は、すごいな」
「当然でしょ?」
 声からは無邪気な笑いが感じられる。
 じゃ、行くよ、と幻影の鳩は言った。
「もう一方に飛ばした別の鳩がカイオンを見つけたみたいだ。みんなすぐに合流できるさ」

  ◇

Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.22 )
日時: 2019/04/30 09:59
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


 エクセリオの小さな家の、居間にあるテーブルの前。エクセリオ、アウラ、リュエン、そしてカイオンは合流した。リュエンは肩から血を流し、カイオンの右の翼は折れていた。激戦だったらしい。そんな二人の傷を、アウラがせっせと治療する。アウラに直接戦闘力はないが、彼女に医術の心得はあった。
「情報の提供、頼むよ」
 早速とでも言うかのように、エクセリオは口を開いた。
「今回のこれは普通の襲撃じゃない。一体何があったのさ?」
「……異種族狩りだ」
 それに答えたのは、身体中傷だらけのカイオン。全身を這う痛みに顔をゆがめる年下の幼馴染を見て、「無理するな」と声を掛けてからリュエンが言葉を引き継いだ。
「人間たち、いよいよ本格的な戦争を始めるらしい。その際に邪魔な異種族を撲滅しようって算段なのだとよ。で、我ら翼持つ民アシェラルが狙われた。奴ら、本気だぞ。だからあんな大軍勢で来たんだ」
「異種族狩り……」
 エクセリオは悲しそうな顔をした。
「僕らは普通の人間とほとんど変わらないのに。ただ背に翼を持つだけ。なのに、どうしてそんなひどいことをするのかなぁ?」
「知らぬ。ただ、我らは彼ら人間からすれば異端だ。そして異端は蔑まれ、排除される。違うか?」
 それが人間のさがだから。
 そっか、とエクセリオは頷いた。
「ならば人間の性に、僕らがどうこう言うことはできないね……。
 じゃ、作戦会議だ。僕らはどうすればいいのかなぁ? どれが最良の選択なのかなぁ?」
 逃げましょう、とアウラが言う。
「このままここにいても、人間たちに殺されるだけ。だから逃げましょう。最悪、この島の外へ!」
 逃げれば生き残る道は広がる。逃げなければ十中八九、殺される。
 先祖代々住み続けたこの村、アシェラルの秘境、アスペを捨てても。
 生きなければ、生き延びなければ、話にならないから。
 そうだね、とエクセリオは進路を定める。
「逃げよう。逃げて、逃げて、逃げて、新しい道を探そう!」
 進路は決まった、定まった。
 エクセリオは、自分を捕らえ続ける過去の幻影に、心の中で問うた。

——ねぇ、メルジア。
 これで、よかったんだよね……?

 答える者は、今やこの世にいないけれど。

  ◇

 他のアシェラルを見捨てても、エクセリオだけは逃げ延びる。それが一同の立てた作戦だ。何もアシェラルはアスペにしかいないというわけでもないし、最悪、この村を捨てても族長さえ生き延びればアシェラル再興の余地はある。秘された村、天空の村アスペは十中八九、壊滅するだろう。しかしそれでも、族長さえ生き延びれば。
「だからオレたちは、使い捨ての駒だ。存分に利用してくれよ」
 決意を秘めた瞳でカイオンがそんなことを言う。
「オレとリュエンはあなたとアウラを守る。世話係が、あなたをよく知る世話係がいなければ、あなたの身体に何かあったとき対応できないからな。そんなわけで、オレたち戦闘要員はそんな二人を守るために命を賭ける」
 エクセリオは泣き笑いのような表情を浮かべて、それでも抵抗するように言った。
 強気なことを口では言うけれど、本当は失いたくなかったから。
 ぶれる心、弱い心。だってエクセリオはまだ、十四歳なのだ、たった十四歳なのだ。
 メサイアと初めて出会ったのは彼が十四歳の時。その時のメサイアは十四歳のくせに今のエクセリオよりずっとしっかりしていたけれど。
「……死にそうになったら、逃げてもいいんだよ?」
 対するカイオンの言葉はにべもない、一言。
「できるか」
「……そう」
 この異常事態で、カイオンの見せた瞳はどこまでも澄み渡っていて、綺麗で。
 それは死を覚悟した者の見せる、決意の瞳、決意の青。
 それを見て、エクセリオは悲しく笑った。
「わかったよ。……じゃあ、行こう」

  ◇

Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.23 )
日時: 2019/05/02 05:45
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


 万事うまくいくなんて、そんなの夢物語だ。いくら綿密に立てた計画でも、それは意図しないところから崩れていくもの。
 生き延びるために、生き延びるために、
 飛び立とうと、したのに。広げた翼は何故、空を掴まなかったのか。
 それはアスペの村の端の崖の上でのことだった。飛び立つには、高所から飛んだ方が上手くいくから。
「エクセリオ様!」
 何かに気づき、焦ったようなカイオンの声。それを認識する間もなく、
 エクセリオの背中に、熱さが走った。
「あっ……」
 気が付いたら、
「エクセリオ様ッ!」
 落下していた身体。エクセリオはとっさに翼を広げて態勢を整え、空を飛ぼうとしたが、
 飛べ、なかった。
 翼の感覚が、なかった。
 彼が代わりに感じたのは、激痛。
 耐え難いほどの、気の狂いそうな激痛。
 エクセリオは、激痛の中、気付いた。

——僕は翼を落とされた。

 アウラのリュエンのカイオンの声がエクセリオを追いかける。しかしそれを許さじと飛んだのは人間たちの怒号。
 エクセリオは落ちていく。傷付いて、翼を失って。
「邪魔だ、クソッ!」
 カイオンの苛立たしげな声。その声を聞いている間に、落ちるエクセリオの身体は、
 大地に、叩きつけられた。
「……ッ!」エクセリオの口から押し殺した悲鳴が漏れる。翼を落とされ、高所から落ちて。元から病弱だった少年の身体はボロボロだった。
 そして感じたのは、痛み。翼を落とされたことによる、痛み。その激痛の中、気の狂いそうなほどの激痛の中、エクセリオは昔、自分と同じように翼を落とされたメサイアのことを思った。あの日、彼が翼奪われたあの日、彼もまた同じ痛みを味わったのだろうか、と。それはこんなにも、こんなにも、激しく燃えるようで狂いそうなほどの激痛だったのか、と。
 エクセリオは落ちていく。地に叩きつけられただけでは飽き足らず、高山の不安定な崖を、ごろごろと、転がり落ちるように。
 痛みのあまり鈍感になった耳が、かすかな音をとらえた。それはリュエンの、カイオンの、アウラの、必死の声。
「エクセリオ様ッ! どこですか、どこにおられるんですかッ! 聞こえるのならば返事してくださいッ!」
 崖から落ちて、鉱山の木々にその姿は遮られて。今、エクセリオの姿はどこにもない、誰にも見えない。
 身体を蝕む激痛を堪えながら、落ちる身体を止められずにいながらも、それでもエクセリオは声を発そうとしたけれど、
 息の詰まるような衝撃が、彼にそれをさせなかった。
 やがて落下は止まり、エクセリオはボロボロの身体で道のない森に横たわる。ああ、死ぬのかなと彼は思った。人間にやられて死ぬなんて、あまりに間抜けだ滑稽だ。しかし間近に迫った死の息吹を、彼は明確に感じ取れた。
「げほっ……」
 力なく横たわる彼は大きく咳をした。少年の胸を熱さが通り抜ける。彼が咄嗟に口に当てた手には、真っ赤で粘りついて、鉄錆の匂いを発する液体がべったりとついていた。
 吐血。ああ、死ぬんだな、死ぬのは嫌だなと思いながらも、彼の身体は冷えていく。やがて彼の手足の感覚がなくなり、彼の意識を白い靄が覆い始めた。
 ああ、死ぬんだな。死ぬのは嫌だな。
 これじゃあちっとも償えないじゃないかと思う少年の思いとは裏腹に、
 意識蝕む白い靄に覆われて、彼は闇に溶けていった。

Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.24 )
日時: 2019/05/04 12:24
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

 闇の中で、彼は夢を見た。自分しかいない、自分の姿しか見えない空間に彼はいた。その空間の中の彼は無傷で、ただ、翼だけがなかった。しかし痛みは感じられなかった。
その中で彼は、どこからとも知れぬ声を聞いた。
『エクセリオよ、運命に呪われし子よ』
「だ、誰ッ!?」
 声に反応し、エクセリオは無明の闇を見透かさんと目をすがめるが、いくら目を眇めても何も見えない、何もわからない。この不思議な世界の中では、エクセリオだけがすべてだった。エクセリオしか、目に見えるものは存在しなかった。
 上からか下からか、前からか後ろからか右からか左からか。重力すらもあやふやになってくるような空間の中、不思議な声が再度響く。注意して聞けば、それは女性の声のようにも聞こえた。その声は笑うような響きを帯びていた。
『そんなに怯えるでない。我はこの世界の双子の運命神が姉、ファーテだ……と言って、そなたは信じるか?』
 突飛な、あまりに突飛な話。しかしエクセリオは知っている、話として聞いている。この世界「アンダルシア」には、人間臭い神々がいるのだと。そもそもアシェラルの始祖とされるフィレグニオだって、神に空を願って翼を与えられたという逸話がある。この世界において、神とは近しい存在なのだ。
 エクセリオは、その目に不信を浮かべて空間に問うた。
「……あなたが神様だというのならば、その証拠を見せてほしい」
『我が信用ならないか』
 声は面白がるように言って、しばし間があってまた声がした。
『よかろう。ならば我がそなたの過去について、語っても構わないが? 運命神は全ての被造物の過去を創らぬ。されど一部の存在——そう、「神憑き」などの過去や未来は、例外なく我ら双子が創るのだよ。そしてそなたのその罪色の過去を創ったのも、この我に他ならない。だからそなたについては何もかもを知っている。話せば理解してくれるだろうか?』
「な——んだって?」
 その言葉を聞いて、エクセリオは愕然とした。
 身に負った罪も、メサイアの死も。すべて運命神によって創られたものだというのか。最初から決まっていた運命なのか。メサイアが、あの優しかったメサイアが破滅したのだって——運命だったと、そう、この神を名乗る女性が決めていたのか、定めていたのか。
 それを思うと、エクセリオの中に怒りが湧いてきた。その怒りは、理不尽に対する怒り。彼が生まれてこの方感じたことのないような、純粋で燃えるような、まるでメサイアの炎の魔法のような、赤々とした怒り。
 エクセリオは湧いてきたその怒りの大きさに戸惑いつつも、怒りを言葉にし、叫んだ。
「ならば、ならば神よ! あなたが神だというのならば、何故僕にメルジアに、こんな不幸を背負わせたんだ! 不幸なんて別にわざわざ創らなくてもいいじゃないか、あなたは万能の運命神なんだろうッ!? こんな不幸を背負うのは、何も僕じゃメルジアじゃなくてもいいじゃないか! それを——何故ッ!!」
 その叫びを聞いて、運命神を名乗る声は一つ、トーンを落とした。
『それは傲慢というものだし、何より不幸は世の摂理なのだよ、少年』
 声は、言うのだ。
『一つ。もしもこの世の中に幸福ばかりが満ち溢れたら、幸福というものは当たり前になり、それは価値を喪失する。その果てに残るのは怠惰と退屈のみが支配する世界だ。そんな出来損ないの世界に、我々はわざわざ住みたいとは思わない。
 一つ。富める者あればその裏には必ず不幸な者、貧しい者がいる。これもまた世の摂理だ。働く者と彼らを働かせている者、主人と奴隷。それくらいの格差はあって当然。格差がない社会など、誰もが幸福な社会など、存在しないし我はそれを理想郷と呼ばぬ。不幸も幸福も同じくらいあってこそ初めて、世界は成り立つのだと我は考える。
 一つ、そなたが不幸を背負わなければ、他の誰かが同じくらいの不幸を背負うことになる。そなたはそれでいいのかもしれない。自分に関係のない誰かがいくら不幸になったところで、自分の知ったことではないと考えるのかもしれない。しかしそれは傲慢、恐るべき傲慢だ。我はこの不幸を罪を、そなたがそなたであるからこそ、そなたに与えたのだ』
 その声は、諭すような調子を帯びていた。
 声に打ちのめされ、エクセリオはがっくりと膝をつく。
「ならば——ならば僕は、どう、すればいいの……?」
『自分の信じる道を生きよ』
 声は、言う。
『そうそう、言い忘れておったが、我がわざわざここまで来た理由を話していなかったな。そなたは二十まで生きられぬ、それは我ら神々が定めた律法なり。しかし教えてやろう。これは我ではなく弟のフォルトゥーンが定めたことなのだが——』
 声は、囁くように小さくなった。
『そなたに限って、**まで生きられぬ』
 知った答え、儚い命。運命神が告げた命は、あまりにも短くて。
 その目に絶望を浮かべる少年に、あわてたように声が言った。
『ああでも安心してほしい。我は運命神として予言しよう。近いうち、そなたには完全な贖罪の機会が与えられると、既に物語は動いていると』
 エクセリオは、虚ろな瞳で宙を見つめた。
「こんなに儚い命で……贖罪なんて、僕にできるの?」
 ああ、できるともさと声は力強く笑う。
『そなたがそれを贖罪ととらえるかはそなた次第だが……。さて、我はもう帰らねばならぬ。必要事項は伝えたぞ? エクセリオよ、神に呪われし子よ。我はそなたに不幸を与えたが、それでも我は信じているぞ。どんな運命も宿命も、抗う意志があれば変えられると。さぁ、我の定めた道を変えてみせよ!』
 その声を、最後に。
 エクセリオの意識は、現実へと戻された。
 ゆっくりと瞼を開けて、彼が最初に見たのは紫水晶アメシスト、否、紫水晶によく似た瞳だった。
 その瞳の持ち主は、漆黒の髪を持ち、銀の鷲の刺繍の入った黒銀のマントを羽織った少年だった。その胸元では、エメラルドのペンダントが輝いていた。
 その顔を見ると、エクセリオの胸の中に、どうしようもない懐かしさと耐えがたい感情が、何故だか溢れ出してきて。
 初対面のはずなのに。
 泣きだしそうな顔で、エクセリオは思わず呟いた。

「……ただいま」
「お帰り」

 エクセリオのそんな言葉に、少年は力強く笑って応えた。
 エクセリオは、感じた。

——ああ。
——ああ、僕は。
——ようやく、めぐり会えたんだ——。

 会うべき人に。自分の贖罪を、捧げるべき人に。
 エクセリオは、その紫水晶の瞳を見つめた。するとその瞳は、やや不器用に微笑んだ。その笑みにつられるようにして、エクセリオは笑った。笑って、笑って、笑った。喜びに、笑った。歓喜に、笑った。胸の内からこみあげてきた幸せな感情に——笑って、笑って、笑った。
 メサイアを失ってからずっとぽっかりと空いたままだった心の穴が、今ようやく、満たされたかのような感覚をエクセリオは覚えた。
 かくして二人は、出会う。

  ◇

Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.25 )
日時: 2019/05/06 23:45
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


【第三章 出会うべくして】——ラディフェイル・エルドキアス

 彼が最愛の兄を失って、一度死んで生まれ変わって、闇の神様とともに市井に潜むようになってから、四年。まだエクセリオの物語が始まる前、しかし彼の物語は始まっている頃のこと。
 その風潮は、起こった。
「もう嫌だ、もう嫌だ!」
「アルドフェックの支配なんて、嫌だ嫌だ!」
 起こったのは、小さな、しかしたくさんの反乱。
 降伏後、アルドフェックは神聖エルドキアに圧政を敷いた。高すぎる税、国民の強制徴兵によって国は女と子供、老人ばかりになり、アルドフェック民が国に来たとあっては町村総出で迎えなければならない。しかしいくら弱き民が反乱を起こしても、指導者なくばそれはすぐに鎮圧される。神聖エルドキアの間では不平不満が高まっていた。誰もアルドフェックに逆らえなかった。逆らった者は見せしめに、血祭りにあげられた。それに逆らおうにも人がいない。侵略戦の際、国民の三分の一が戦死したのだ、そもそも人数が少ない、足りない。
 そんなエルドキア国民に、アルドフェック側は、言うのだ。
「さっさと降伏しないのが悪い。反抗心ある民は徹底的に叩きのめさねば、いつまた反乱を起こされるかわからぬからな」と。
 そしていつしか人々は思うようになる。
——セーヴェス様が、正しかったのだ、と。
 恥晒し、として自分たちで殺した王子、セーヴェス・エルドキアス。彼は最初から降伏を掲げていたが、誰もがそれに反対し、最終的に国を幸福に導いた彼を処刑した。それは、間違いだったのだ、と。
 しかし何を思っても全ては後の祭り、死んだ命は戻らない。
 だから国民たちは思うようになった、願うようになった。
 新たな指導者の、導きを——。
 たとえそれが、身勝手な願いだと知っていても。

「そろそろか」
 そんな風潮を知り、ラディフェイルは呟いた。
 ここ四年の隠遁生活の間に彼はだいぶやつれたようだが、その紫水晶の瞳に宿る光は変わらず、鋭く未来を見据えていた。彼の胸で、兄の遺したエメラルドが優しく光る。
 ラディフェイルは、その瞳の紫水晶に強い光を宿して、後ろにいるエルレシア、そして闇神ヴァイルハイネンことハインに問い掛けた。
「なぁ、もう潮時だろう? 民の不平不満は高まり、民は自分たちで殺した兄上を惜しむようになった。そして民は新しい指導者を望んでいる。ならば」
 ラディフェイルは、黒手袋に包まれた拳をぎゅっと握りしめた。
「この俺が、王として、指導者として、立つ」
 兄の叶えられなかった夢を叶えるために、兄の望んだ平和を、この国に体現するために。
 ラディフェイルは黒銀のマントを羽織った。市井に紛れている間は、その裏地を表にして羽織っていたマントを——エルドキア王家の証たる、マントを。黒地に銀の刺繍が施され、その肩に銀糸で鳥の王、鷲の描かれたマントを。
 羽織った途端、宿るは王者の風格。
 彼ははにかむように笑った。
「まぁ王冠も玉璽ぎょくじもないが、そんな王でもついていってくれるかな」
 当然だよ、と、エルレシアはそんな兄を見て、噛み締めるように言った。
「兄さま、すごい。本当に王様みたい」
 そんなエルレシアも、ずいぶんみすぼらしい身なりになってはいるけれど。
 ならば立て、と、すっかり人間の姿が板に付いたハインが、言った。
「時間はない。今この瞬間にも、不幸な民は増えているだろうから」
 ああ、とラディフェイルは頷いた。
 頷いて、胸のエメラルドを握りしめて、軽く瞑目する。

——兄上、見ているか?
——兄上の望んだ平和な世界が、もうすぐで、訪れるぞ——。

  ◇

 ラディフェイル・エルドキアス、王として立つ。

 その日、そんな知らせがエルドキア中を駆け巡った。
 彼はこう、宣言した。
「民よ、誇り高きエルドキアの民よ。王は立った、指導者は成った。我こそはと思う者、我に続け。我ら『エルドキア解放戦線』、今ここに、国を食い荒らす害虫アルドフェックに、宣戦布告する」
 民の待ち望んだ指導者が、正真正銘の王が、立った。
 それに誰が逆らえよう。

 この日、王が立った。
 この日、王が立ったのだ。

  ◇


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