複雑・ファジー小説
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- 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金
- 日時: 2019/04/24 00:28
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=996.png
〈青空に咲く、黒と金〉——黒銀の聖王&錯綜の幻花
国を救いたい、国を守りたい。若き王の胸に宿るは、熱き思い。
彼は愛する祖国を、武力で侵略されてしまったから。
そんな彼の異名を、黒銀の聖王といった。
長く生きられなくても、だからこそ、精一杯生きたい。若き族長の胸に宿るは、ささやかな願い。
彼は二十歳まで生きられないという、宿命を背負っていたから。
そんな彼の異名を、錯綜の幻花といった。
絡み合う運命は、王と族長を出会わせる。そして二人で挑んだ数多くの難題。育んだ絆はいつしか、互いをかけがえのない存在へ、相棒へ、半身へと、変化させていく。
出会いの果てには、必ず死が待っていると、知っていても——。
これは、島国、神聖エルドキアに伝わる英雄譚。黒銀の聖王と錯綜の幻花の歩んだ、歴史に連なる足跡の物語。
「俺は、王だから。この国を、絶対に守りぬく」
「僕は幻の花。美しく咲いて、美しく散るのさ」
青空に咲く、黒と金。青空に咲いた、聖王と幻花。
描かれる美しき物語を、ご覧あれ。
*****
以前に書いた作品をリメイクしたうえ、本編の前日譚に組み込みました。ファンタジーです。私、流沢藍蓮の主力シリーズの一作品です。
本編が始まるのは前日譚が終わった後です。
基本的に二日に一回更新、他の小説群と同時更新していきたいです。三本連立になってしまった……。
物語本編は序盤、二人の主人公それぞれの物語に分かれます。side.Rは黒銀の聖王、side.Eは錯綜の幻花の物語です。二人が出会ってから初めて、真に本編が開始したと言えます。それまでは、一応「本編」と書いておりますが、藍蓮からすれば前日譚みたいなものです。
では、前日譚から、開始!
*****
Contents
前日譚 偽りの救世主 >>2-12
序章 「救世主」の使命 >>2-4
二章 幻の花 >>5-7
三章 破滅の果てに >>8-12
本編 青空に咲く、黒と金 >>13-
第一章 崩れ落ちていく——side.R >>13-18
第二章 罪色の花——side.E >>19-
第三章 出会うべくして >>
第四章 始まる物語 >>
第五章
*****
同じ字をたくさん使うと荒らし扱いになってエラーが出るらしい……。私、同じ字をたくさん使うのも視覚的な表現だと思うのですがね。
>>10には同じ字をたくさん使って一種の視覚表現を行っていますが、たまにそっくりさんを混ぜています。それはエラーで撥ねられないためにあえて混ぜたものであり、誤字ではありませんのでご注意ください。
※URLは前日譚の表紙……の、つもりです。
※復帰記念に再会しました!
……当分は以前に書きためていた分を放出することになりそうです。
- Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.16 )
- 日時: 2019/04/20 19:43
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
一目散に逃げる、とにかく逃げる。
自分を守ってくれた王宮から。自分の愛する兄を置いて。
二人は逃げなければならなかった。この国を、神聖エルドキアを、守るために。
暴徒化した国民たちが、いつか誰を殺してしまったのか気付き、新たな指導者を求めるその日まで。
セーヴェスは死ぬ、そしてクレヴィスは王位を棄てた。ならば残る王族は、十五歳のラディフェイルと十歳のエルレシアのみ。第三王子には王位なんて渡らなかったはずなのに、運命の必然か、この瞬間、ラディフェイルの双肩に、国の未来は託された。
崩れ落ちていく。平和が、幸せだった毎日が。
ラディフェイルの頭に浮かぶは、走馬灯。戦争が始まる前の、楽しかった日々。もう戻らない、遠い日の幻。
「……俺は、王だ」
ラディフェイルは呟いてみた。その言葉、その重み。まさか幼いエルレシアが王になるということなんてあるわけがないから。
セーヴェスが背負い、その役目のために命を散らさねばならなくなった、あまりにも重い役目。
「俺は、王だ!」
走りながらも、ラディフェイルは決意を新たにする。
そして目的地もわからぬ逃亡劇の途中、ラディフェイルは、
「ぐっ……!?」
刺された。
◇
戦争は、終わったはずなのに。
「兄さま!?」
エルレシアの悲鳴。ラディフェイルの身体が崩れ落ちていく。
突如彼の中を突き抜けた鈍い痛みは、腹を突き抜けて熱さとなる。
一瞬、己の身体に感じた異物感と、それが引き抜かれることで生まれる脱力感。
ラディフェイルの、疲労と痛みに揺らぐ視界の端、血濡れた剣が見えた。
がくりと彼が膝をつけば、腹が真紅に染まっていた。
「終わりだ、神聖エルドキア第三王子、ラディフェイル・エルドキアス」
そんな声が遠く聞こえ、踵を返して去っていく気配がした。ばれて、いた。ばれて、いたのだ。
ラディフェイルの全身から力が抜け、彼は辺りに血を撒き散らしながらも倒れ、動かなくなった。
「兄さま! 嘘、嘘よ、兄さまぁ!」
エルレシアが彼にしがみついて泣きだすが、ラディフェイルは身体を動かすことが難しくなっていた。
受けたのは、致命傷。
痛みの中で、激痛の中で、抜けていく力、脱力感の中で、
神聖エルドキア第三王子、ラディフェイル・エルドキアスは、
——生きたいと、思った。
せめて、戦いが終わるまで。
引き下がる訳にはいかなかった。
このまま死ぬ訳にはいかなかった。
どうしてすぐに王子とわかったのだろう。しかしそれは些細な問題だ。
尽きぬ疑問の果てにあったのは、死の恐怖。
全くわからない世界へ行くことへの本能的な恐怖と、まだ何も終わっていないのに自分だけが先に逝く恐怖。
だから。
ラディフェイルは、動かぬ身体を無理して動かす。地に指を立て、意地でも立ち上がろうとする。
何も成さぬままであの世へ逝くことを、彼は決して許せなかったから。
ぽつりぽつりと雨が降る。それをぼんやりと眺めながらも、彼は明確に意識する。
——生きたいと、思った。
せめて、戦いが終わるまで。
たとえ泥沼の中、這いつくばってでも。
王子としての誇りなんて、とうに捨て去っても。
引き下がる訳にはいかなかった。このまま死ぬ訳にはいかなかった。
たとえこの国が終わるとしても、せめて、この目で、その黄昏を、しかと見届けたかった。
兄の遺したこの国、背負うと決めた重荷。ラディフェイルには、生きなければならない理由があった。
ラディフェイルは、
——生きたいと、思った。
この戦場にいる誰よりもずっと。しかし、
ラディフェイルの全身から力が抜ける。その紫紺の瞳から、輝きが失われる。
エルレシアの悲鳴が、世界をつんざいて響き渡った。
それでもそれでもラディフェイルの心は、死しても尚、生を求めていた。
——生きたい。
生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい——。
狂いそうなほどに強い生への叫びを、魂の叫びを、上げたのに。
悲しいかな、その肉体は、既に死んでいた。
◇
暗闇の中、「彼」は、微睡みから目を覚ます。
——呼ぶ声が、したから。
戦いが終わるまで、生きたいと。生きたいと、生きたいと、生きたいと、何よりも強く。
けれどもその声はすぐに途絶え、「彼」の目には一つの遺体が映っていた。
しかしその願いは、気まぐれなる闇の神を、動かすに至った。
小さな島国は荒れ狂う暴動の中。
飛び交う悲鳴、そして怒号は、いつの時代にもあったもの。
だからいつもの「彼」ならば、そんな小さな願いなど有り触れたものだと言って気にも掛けなかっただろうに。
声が、聞こえたから。
——生キタイ。
魂を底から揺さぶるような、本能的な生への叫びが。
それが聞こえたとき「彼」は、一つくらいは奇跡を起こしてもいいような気がした。
雨の大地に、鴉が舞う。「彼」は赤眼の鴉に姿を変えると、一つの遺体の前に飛んでいった。
雨の大地に、「彼」の眷属たる鴉が舞う。
こんな日には、奇跡の一つくらい起こしてみたって、いいだろうと「彼」は思う。
何があっても生きることを決して諦めようとしない人ほど、美しいものはない。
「彼」は、思うのだ。
ならば、せめて——散りたい時に散れるように、してやりたい、と。
——声が、した。
生きたいか、とそれは問うた。
だからラディフェイルは迷いなく、「生きたい」とそれに答えた。
せめて、戦いが終わるまで。この戦争が、終わるまで。この国が、平和になるまで。
ラディフェイルは、
引き下がる訳にはいかなかった。このまま死ぬ訳にはいかなかった。
だから。
『面白い。ならばその願い、叶えてやろう!』
雨の大地に、奇跡が起きる。
漆黒の鴉が、赤眼の鴉が、ラディフェイルの遺体にすがって慟哭するエルレシアの前、舞い降りる。
そして、
姿を、変えた。
- Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.17 )
- 日時: 2019/04/22 20:16
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
この時、エルレシアは一瞬だけれど確かに見た。言葉では、表現できない。ただそれは大きく黒く、そして圧倒的に深い闇をその身の内に秘めていた。まるで闇の神様のような、見る人を呑み込みそうなほどに濃い闇を。「彼」は、その一瞬の後には漆黒の男の姿になった。しかしその姿は男だったが、輪郭がはっきりしない、全身影みたいな姿だった。エルレシアはまだ彼の正体を知らなかったが、その姿には見る人を畏怖させる力があった。だからエルレシアは知らず、死んだ兄にすがることも忘れてその姿に見入り続けた。
「彼」は、口を開く。
「……願いを、受けた。契約は、成った」
「彼」は死せるラディフェイルの額に手を触れた。
雨の大地に、奇跡が起きる。
死んだはずなのに、致命傷を受けて、命を落としたはずなのに。
その瞼がふるふると震え、紫紺の瞳に光が宿った。エルレシアが歓喜の叫びをあげて、うれし涙を流しながらも兄の身体にしがみつく。ラディフェイルはその様をぼんやりと眺めていた。その瞳が優しげに細められる。
それは紛れもない奇跡。雨の日に起こった、紛れもない本物の奇跡。
蘇ったラディフェイルの唇が震え、言葉を紡ぐ。
「……俺は、生きられたのか」
ラディフェイルはゆっくりと身を起こす。その身体から、あの致命傷は消えていた。
ラディフェイルはわんわん泣くエルレシアを不器用に撫でてやりながらも、目の前に立つ異質、謎の「彼」に誰何した。
「そんな奇跡を起こした、あんたは……誰だ?」
「この世界アンダルシアが闇神、ヴァイルハイネン」
にべもなく来た返答は、ラディフェイルの予想を大きく上回るもの。
闇神ヴァイルハイネンを名乗った男は、固まるラディフェイルに言うのだ。
「我は被創造物たる人間を愛する奇妙な神、神々の中でも異質なる存在。我は人間を愛し、人間の生に共に寄り添うことを望む者。……声が、聞こえたのだ。『生きたい』という、声が。だから我は気まぐれに、助けてみようと思ったのだ。信じられないか? ならば死んだはずの貴殿がなぜ今生きていられるのか、それを考えよ」
エルドキアの王族も学ぶ、神々の物語。神々の実在する世界で、この世界「アンダルシア」で、本当にあった物語。遥か昔、時という概念すらなかった時代、世界創造とともに生まれた七の闇神、闇の七柱神。そのうち五神は世界の安寧を保つために闇に埋もれたが、ヴァイルハイネン、ゼクシオールの双神だけは、天に残った。
闇神ヴァイルハイネン。今、ラディフェイルの前に立つ存在は、最古の神々の一人だった。そしてこの神は人間を愛し、時に人間のためにその悠久とも言える時間のほんの一瞬を費やし、その人間の一生に寄り添うという、話。遥か昔、「蒼空の覇者」フィレグニオが、彼に願って翼を得、翼持つ民「アシェラル」の創始者となったように。闇神の奇跡は見渡せば、世界各地に散らばっている。
その奇跡が、ラディフェイルの元に舞い降りた。闇神の気まぐれが、ラディフェイルの方を向いた。
彼の眷属たる、赤眼の鴉とともに。
死者復活なんて、普通の人間ができるわけがないのだ。
ラディフェイルは驚きに目を見開いた。
そんな彼に、ただし、と闇神は言う。
「『この戦乱が終わるまで』貴殿はそう願った。この国に平和が訪れるまで、と。ゆえに貴殿はその願いの通り、戦乱が終わって平和が訪れたら死ぬさだめ。そもそもが、死者を強引に生き返らせたのだ、貴殿は今や生ける死体、我ができるのもそこまでだし、貴殿も平和になったその先を見ることまで、願う余裕はなかった」
ラディフェイルは生き返るけれど。
全てが終わって決着が付いたら、今度こそ本当に死ななければならない。
それでも、本来ならば今ここで死ぬはずだった命なのだ、だからこれはチャンスだ、気まぐれなる闇の神のくれた、唯一無二のチャンスなのだ。
ラディフェイルは、頷いた。頷いて、頷いて、深く深く平伏した。
彼の目の前に立つは紛れもない神、奇跡を起こせる存在だった。
そんなラディフェイルを見て、闇神はふっと笑う。
「契約は、成った」
次の瞬間、影そのもののようだった彼の姿が、変化する。
くっきりとした輪郭は稲妻のような鋭さを秘め、その瞳は血の色の赤、その髪はぬばたまの黒、鴉の濡れ羽色。漆黒の、あちこちに穴が空いたボロボロのマントを身につけ、その下のベストもシャツも漆黒で、ズボンも鋲を打ったブーツも漆黒、極めつけは漆黒の手袋に胸から下げた黒曜石のペンダント、腰に差された漆黒の金属の剣。闇から生まれたような姿、しかし先程までの人外の姿ではなく、確かに人間らしい姿で、闇神ヴァイルハイネンは改めてこの場に顕現した。その姿からはもう威圧感や畏怖感を感じられなかった。
「オレは、闇の剣士ハイン」
改めて彼はそう名乗る。
先程までの勿体ぶった口調を捨てて。
その顔に、不敵で挑戦的な笑みが浮かんだ。
「少年、あんたの命はこのオレが預かったが、オレはあんたと共に過ごしてみたいんだ。人間という存在の、その生き方に、生き様に興味がある。だからオレのことはハインという仲間として扱ってくれないか」
闇神ヴァイルハイネン、もとい闇の剣士ハインは、こうしてラディフェイルらの旅についていくことになった。
まだ状況を呑み込み切れていないラディフェイルらに、彼は笑いかける。
「ま、おいおい慣れてくれればいいさ。とりあえず、今のオレは神様なんかじゃないぜ。ただの、強い闇の力持つ剣士だよってことでよろしく頼む。人間の姿、人間の口調……慣れるのにそれなりに時間は掛かったが、これなら不自然じゃないだろう」
とある雨の日、一人の少年に奇跡が起きる。
そして少年はその奇跡を受け入れた瞬間、その運命を強制的に定められることになった。
ラディフェイル・エルドキアスは戦わなければならない。この国のため、神聖エルドキアの平和のために。
待っていても平和は訪れない、待っていても何も始まらない。だから。
ラディフェイルは立ち上がる。ゆっくり、ゆっくりと。誰の手も借りずに、一度は死んだ身体を動かして、自分の足で、自分だけの力で。
「……俺は、王だ」
それは、宣言。
「——俺は! 王だ!」
役目から、重荷から、
逃げない誓い。
こうして神聖エルドキアに、新たなる王が、誕生した。
◇
- Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.18 )
- 日時: 2019/04/24 00:26
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
降伏したことにより、戦乱は収まる。その代わりに暴動は起こる。
侵略戦に負けた国はアルドフェックの者たちに支配され、近いうちに体制が出来上がるだろう。
戦乱は、終わった。しかしラディフェイルはまだ、これを戦乱の終わりとして見てはいなかった。
セーヴェスの首が、大好きな兄の首が、民たちによって、彼が守ろうとした民たちによって晒されたのを見たとき、ラディフェイルは思ったのだ。
——まだ戦乱は終わっていない。
ヴァイルハイネンもそれをわかっていたようで。
「オレとの契約期間は、あんたが国を取り戻すまでだ」
と言ってくれた。
国は落ち、民は乱れる。こんな情勢の中で「俺は王だ」と名乗り出るのはあまりに愚策。
だから、ラディフェイルらは潜むことにした。
いつか民が支配体制に不満を抱き、自分たちの手で殺したセーヴェスを惜しむようになる日が来るまで。
願いは叶わなかった。戦乱に引き裂かれた兄弟が再会する日はついぞ来なかった。運命はそう、個人に都合よくはできていない。セーヴェスの死は必然の死だった。あの日、彼はもう二度と会えないことをわかっていて、それでも次の世代を担う者を生き残らせるために自ら犠牲になったのだ。
セーヴェスの首が晒されたのを見たとき、エルレシアは思い切り涙を流したが、ラディフェイルは泣かなかった。
彼は、思ったのだ。いつの日かこの国にようやく平和が訪れたとき、自分が死ぬ前に一度だけ、兄を思って涙を流そうと。それまで涙は取っておくと。
ラディフェイルはエメラルドのペンダントを握りしめる。セーヴェスと別れる前に彼がくれた、彼の遺品。まるで彼の瞳のような、美しい緑をしたエメラルド。
いつかいつしかいつの日か。この国に平和が訪れたとき、作られるであろうセーヴェスの墓に。このエメラルドを埋めようとラディフェイルは思った。
でも、まだ、その時ではないから。
「潜もう、時が来るまで」
こうして王は、民に紛れる。
◇
- Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.19 )
- 日時: 2019/04/24 00:27
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈第二章 罪色の花〉——エクセリオ・アシェラリム
ラディフェイルらの物語が始まってから五年後のこと——。
神聖エルドキアにある唯一の山、その奥の高い所にある隠された村、アスペに新たな風が吹き荒れる。
一つの家の、扉の外。
「僕は、何?」
エクセリオ・アシェラリムは呟いた。罪背負う無邪気な少年は、呟いた。
既にメサイアの、メルジア・アリファヌスの死から四年が経過している。その間に、前族長ルェルト・アインタスは心不全のため急死し、彼の家族は妻のアイナだけになった。そして前族長の死により、次期族長候補だったエクセリオは自動的に族長になった。かつて族長になるはずだった人物、名前さえ忘れ去られた人物、存在しなかった救世主、偽りの救世主の代わりに。
そんな彼のもとには世話係がつくことになった。桃色の翼、桃色の瞳、桃色の髪を持った娘アウラは、エクセリオの呟きに不思議そうな顔をした。
「僕は何、って、何ですか?」
エクセリオは、聞かれていたのか、とバツの悪そうな顔をした。
「いやさ、時折僕、自分がわからなくなることがあるんだよ。何のための族長、何のための命なのかなぁって、さ。……アウラは知ってるよね? メルジア——偽りの救世主、メサイアのこと」
メサイアが死んだ日、エクセリオは誓った。罪から逃げないと、一生を掛けて償うと。そのために村の意識を変えてやると。
村の意識を変えることは、エクセリオにはできなかった。だからエクセリオはアスペではない外部からもアシェラルを呼んで、村の重く淀んだ空気を入れ替えようと画策した。村の人たちはエクセリオに絶対服従だった。それがこの村の掟だったから。
エクセリオはエクセリオなりに、頑張って動いて改革をした。それでも、彼は時折思ってしまう。メルジアにはよく回る頭と野心があった、しかし自分にはない。ならば何故、自分はここにいるのだろう、と。
「僕はさ、メルジアに比べればずっと虚ろなんだよね。生きる希望も特になくって、ただ『生きている』だけの、壊れかけの幻影人形。だから、僕は自分に訊ねてみたんだ。『僕は何?』……って」
風に揺れる金色の髪、陽の光に溶けてしまいそうな、淡い金色の衣装。かつては希望に満ちて燦々と輝いていたその金色の瞳には今や、かつてのような無邪気さが抜け落ち、虚ろな暗い影が差している。
エクセリオはいまだ、四年前の過去に囚われたままだ。
「僕は、何!」
エクセリオの叫びに、アウラは答えることができなかった。アウラにもわからなかったのだ、何のために、今、彼がここにいるのか。アウラは自分の世話するこの少年が大好きだったが、この叫びに対しては、応える言葉を持たなかった。
「恩人、だ」
すると、不意にアウラの背後から声がした。アウラは気配を感じさせずに近づいた人影に、怒ったような目を向ける。
「びっくりさせないでください、カイオン」
「済まない。ただ、落ち込む主を放っておけなかったってだけだ」
現れた影は灰色の髪に青の瞳、灰色のマントを身に纏った、どこか鋭い印象を与える少年だった。その腰には、灰色をした無骨な剣が二本、差さっている。その背からは灰色の翼が生えていた。
カイオンは優しい調子でエクセリオに言った。
「あなたはオレを救ってくれたじゃないか。だから少なくとも、あなたはオレの『恩人』だよ」
一年前、エクセリオは一人のアシェラルを助けた。そのアシェラルは外部から来たアシェラルで、アスペに向かう途中で人間たちの襲撃に遭い、酷い怪我を負いながらも逃げてきたところだった。そこを偶然通りかかったエクセリオが助け、仕返しとばかりに幻影で人間たちを惑わせて全く違う方向に導いた。カイオンは瀕死の状態で、その全てをずっと見ていた。それ以来、カイオンは彼に忠誠を誓うようになった。
慰めるカイオン。そんな部下に、自ら部下になった、自らエクセリオの腹心の部下になった年上の少年に、エクセリオは不思議そうな目を向ける。
「なら僕は、何を目的として生きればいいの」
「生きることを」
今度はまた、別の声が割り込んだ。緑の髪に暗緑色の瞳をし、暗い緑のマントを羽織った長身の男。厭世的で老成した雰囲気を持った彼は、カイオンやアウラと同じくエクセリオの部下であり、彼に近しい者だった。
緑の彼——リュエンは、言う。
「長くはない命なんだろう、ならば生きることを目的とすればいいじゃないか。精一杯生きて、死ぬ。それが死んだ救世主への償いのなるのではないだろうか?」
「それはそうだけど……」
まだ悩むエクセリオに、難しいことはやめましょうとアウラが言う。
「とりあえず、好きなようにすればいいんじゃないですか? あなたは風、あなたは幻影。何も悩まず何にもとらわれず、自由に生きればいいんです。……さて、夏とはいえど、ずっと外に出たままではお身体に障りますよ」
アウラが強引にまとめ、エクセリオの背中を押して家の中に入れる。その後ろを、守るようにリュエンとカイオンがついていく。
メサイアの死から、四年。
罪背負う少年の傍らには、いつの間にか仲間がいた。
◇
- Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.20 )
- 日時: 2019/04/26 07:30
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
「エクセリオ様、エクセリオ様!」
「う……ん、何?」
アウラの緊迫した声に、金色の少年は目を覚ます。お逃げ下さい、とアウラは緊張気味の口調で言った。
「人間たちです、襲撃です! もう、一体何なんですか! アスペはいつか、村ごと移動しなければならない日が来るのかもしれませんね!」
襲撃、その言葉に、寝ぼけ眼だったエクセリオの意識は完全に覚醒する。
かつて、メサイアが生きていた時代にも、人間たちによる襲撃は、あった。
メサイアとの思い出が、悔やんでも悔やみきれない思い出が、エクセリオの原点たる思い出が、彼を突き動かす。
まだ幼さの残るその瞳に、エクセリオは真剣さを宿した。
「リュエンと、カイオンは?」
「既に迎撃に向かっております。しかし今回の襲撃、これまでのとは規模が違うみたいで……」
「呼び戻す。話を聞くよ」
鋭く言い放ち、エクセリオは素早く身支度をした。
その瞳に、その顔に、昨日のような寄る辺なさ、弱々しさは、ない。
エクセリオはエクセリオなりに、覚悟を決めたようだった。
彼は右手を横に広げ、手をひらいて、閉じる。すると現れる、灰色の鳩。
本物そっくりなそれは、本物と遜色ないそれは、エクセリオの作りだした幻影。エクセリオはそれを二羽作り出すと、家の窓から外に飛ばした。するとエクセリオの視界に、鳩の目から見た視界が二つ広がる。エクセリオの頭は三分割された。人間の本体と、二羽の鳩。それでもエクセリオは三つの身体を、何不自由なく同時に動かす。彼の情報処理能力は、人智を超えるほど速く、的確だった。
本体のエクセリオは、不安げに隣に立つアウラに問う。
「二人は、今、何処へ」
「村の入り口だと思います……」
「了解。僕自身が伝言を送ろう」
エクセリオの金の瞳には今、猛禽の如く鋭い光が浮かんでいた。その背中には、族長の風格があった。
逃げないって、誓ったから。精一杯、好きなように、自由に生きればいいと、かけがえのない仲間が教えてくれたから。だからエクセリオは、前に進める。
もともと弱い少年ではなかった。メサイアのことがショックで、それを引き摺って囚われていただけなのだ。
エクセリオは、静かに呟く。
「僕はエクセリオ・アシェラリム。翼持つ民アシェラルの、族長だ!」
死を背負い、死を越えて。後悔の道を歩く。それでもいつかその先に、贖罪の道が開けることを、信じて。
エクセリオは笑った。明るく無邪気に、無垢で天真爛漫に。——そして、獰猛に。
「——さあ、狩りが始まるよ」
その背にアシェラルの証たる、純白の翼が広がった。
◇