複雑・ファジー小説
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- 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金
- 日時: 2019/04/24 00:28
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=996.png
〈青空に咲く、黒と金〉——黒銀の聖王&錯綜の幻花
国を救いたい、国を守りたい。若き王の胸に宿るは、熱き思い。
彼は愛する祖国を、武力で侵略されてしまったから。
そんな彼の異名を、黒銀の聖王といった。
長く生きられなくても、だからこそ、精一杯生きたい。若き族長の胸に宿るは、ささやかな願い。
彼は二十歳まで生きられないという、宿命を背負っていたから。
そんな彼の異名を、錯綜の幻花といった。
絡み合う運命は、王と族長を出会わせる。そして二人で挑んだ数多くの難題。育んだ絆はいつしか、互いをかけがえのない存在へ、相棒へ、半身へと、変化させていく。
出会いの果てには、必ず死が待っていると、知っていても——。
これは、島国、神聖エルドキアに伝わる英雄譚。黒銀の聖王と錯綜の幻花の歩んだ、歴史に連なる足跡の物語。
「俺は、王だから。この国を、絶対に守りぬく」
「僕は幻の花。美しく咲いて、美しく散るのさ」
青空に咲く、黒と金。青空に咲いた、聖王と幻花。
描かれる美しき物語を、ご覧あれ。
*****
以前に書いた作品をリメイクしたうえ、本編の前日譚に組み込みました。ファンタジーです。私、流沢藍蓮の主力シリーズの一作品です。
本編が始まるのは前日譚が終わった後です。
基本的に二日に一回更新、他の小説群と同時更新していきたいです。三本連立になってしまった……。
物語本編は序盤、二人の主人公それぞれの物語に分かれます。side.Rは黒銀の聖王、side.Eは錯綜の幻花の物語です。二人が出会ってから初めて、真に本編が開始したと言えます。それまでは、一応「本編」と書いておりますが、藍蓮からすれば前日譚みたいなものです。
では、前日譚から、開始!
*****
Contents
前日譚 偽りの救世主 >>2-12
序章 「救世主」の使命 >>2-4
二章 幻の花 >>5-7
三章 破滅の果てに >>8-12
本編 青空に咲く、黒と金 >>13-
第一章 崩れ落ちていく——side.R >>13-18
第二章 罪色の花——side.E >>19-
第三章 出会うべくして >>
第四章 始まる物語 >>
第五章
*****
同じ字をたくさん使うと荒らし扱いになってエラーが出るらしい……。私、同じ字をたくさん使うのも視覚的な表現だと思うのですがね。
>>10には同じ字をたくさん使って一種の視覚表現を行っていますが、たまにそっくりさんを混ぜています。それはエラーで撥ねられないためにあえて混ぜたものであり、誤字ではありませんのでご注意ください。
※URLは前日譚の表紙……の、つもりです。
※復帰記念に再会しました!
……当分は以前に書きためていた分を放出することになりそうです。
- Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.2 )
- 日時: 2018/08/18 07:44
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈前日譚 偽りの救世主〉——メルジア・アリファヌス
アシェラルの民。それは背に翼持つ一族。
二万年の昔、一人の少年が神に空を願って、その願いが聞き届けられて翼を得たのが一族の起源とされている。
彼らは謎めいていて、一般の人間の前にはほとんどその姿を現さない。
しかし人は彼らを見つけると、その背の翼欲しさに迫害するという。ゆえに彼らは人間と関わらない。
彼らの住まう村もずっと、秘匿され続けてきた。
「錯綜の幻花」と呼ばれる英雄がいた。彼は「実体のある幻影」を生まれながらにして操る力を持っていた。彼はアシェラルの民であり英雄だった。しかし、彼の過去にはどうしても消せない傷があった。
彼は今でもその時のことを鮮明に思い出せるのだ。深い深い悔恨の念と共に。彼は図らずも、一人の人間をこれ以上ないほどに破滅させた。下らぬ無知と偽善によって——。
「救世主」と崇め奉られた少年がいた。彼は生まれながらにして、凄まじいほどの炎の力を持っていた。彼はアシェラルの民であり救世主だった。しかし、彼の人生はあまり楽しいものではなかった。
なぜなら、彼の幸せは「悪気の無い悪意」によって壊されたからだ。
持ち上げられて突き落とされた一人の少年。彼は「錯綜の幻花」の身近にいたアシェラルだった。
これから語られるは「錯綜の幻花」エクセリオと、「偽りの救世主」メルジア・アリファヌスの物語。
墜ちていく星と昇っていく星。まるで対照的だった二人の少年の物語を、
——ご覧あれ。
▼
〈序章 「救世主」の使命〉
オレはメサイア、十四歳だ。名の意味は救世主。本当の名はメルジア・アリファヌスというんだが、誰もがオレをメサイアと呼ぶ。誰が「メルジア」を覚えてくれているのだか。まぁそれはオレの定めなのかも知れないな。オレがどうこうできる問題ではないんだ。
オレはアシェラルの民の族長候補だ。アシェラルの民は聞いたところによると、オレのいるこの小さな村アスペからしか族長は選ばれないそうだ。そして代々族長候補は一人だけしか選出されないことになっている。よってオレが次の族長になるのはほぼ確定したようなものなんだ。オレは将来を約束されていた。オレの先に、暗い影なんて一切無かった。
アシェラルの民では代々優れた魔法の才を持つ者が族長になる。そしてオレは非常に優れた炎の魔法を持っていた。だから族長になれたのさ。オレの力は圧倒的で、村ではオレに敵う者なんて誰一人いなかった。そんなオレのあだ名は「救世主」。その由来にはオレの力の強さとあと一つ、オレがアシェラルの創始者の生まれたとされる日に生まれたことも関係している。誰もがオレを「救世主」と呼び、誰もがオレに「救世主」になることを望んだ。だからオレはひたすらに「救世主」であろうと頑張った。ゆえに通称は「救世主」だ。
今日だって。
「メサイア様—!」
道行けばかかる声。何事かとオレは振り向いた。
オレの視線の先にいたのは一人の娘。彼女は困ったような顔をしてオレに近づいた。
「昨日、雨降ってましたよね? それでですね、私誤って薪を家の外に置いてしまって、それで薪に火がつかなくて困っているんですよ。だから」
「解った」
オレは頷き、彼女に「どこだ?」と問うた。彼女は慌ててオレを件の家に案内する。
そうさ、オレは「救世主」。全てのアシェラルを救わなければならない存在ゆえに、どんなに小さなことでも頼まれれば必ずしなければならない。ああ、やってやるさ、この力の続く限り。オレはその生き方しか知らない。どんなに他の存在になりたいと願っていても、「救世主」という立場から逃れるすべをオレは持たない。だからオレは変わることを願ってはいけない。変化を望むは罪なのだ。オレは「救世主」としての以外の生き方を知らないんだから。それ以外は教わらなかったんだから。
だからオレは今日も淡々と「仕事」をこなす。午後には族長さまからの講義を受ける。
実際「救世主」なんてそんなものさ。全然大した存在なんかじゃない。
それにオレの炎の力は少しばかり——破壊に向きすぎている。現実世界じゃあまり役に立たないんだ。それこそ戦争でも起きない限りは、な。
- Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.3 )
- 日時: 2018/08/19 11:02
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
少女について行って薪を燃やす。多少湿っていてもオレの炎ならば関係ない。大して苦労はせずに仕事をこなし、そろそろ時間かなと思って族長さまの家へと向かう。
その途中で、嘆きを聞いた。
「————ッ!」
言葉にならない声だけの叫び。身も凍るような魂の叫び。
何だ、一体何があった? オレは急いで、声のした方に走り出す。
そこで見たのは。
「一体なんだってんだ! 何でこの里が人間にばれる!?」
「翼を奪え!」
襲い来る人間たちと、狂乱するアシェラルの民。一人のアシェラルが地面に倒れ、背中から血を流している。そこに本来あったはずの翼は、根元から切り取られていた。
オレは愕然とした。何故、何故だ? 何故、この閉ざされた里に外部の人間が?
その答えは、人間の言葉から解った。
「ラッキーだな! 道に迷ってアシェラルに遭遇! 翼は高く売れるんだよなぁ!」
——成程。
道に迷った愚かな人間たちが、偶然この場所を見つけて襲撃したというのか。
ならばオレは「救世主」の名にかけて、これを撃退しなければならない。
視線をめぐらせ、状況を確認する。やって来た人間は十人。随分多い。何かの一団だろうか?
人員はほとんど男で構成されているが、中には女もいた。女は不安そうな顔で、男たちの後ろに隠れている。全員が全員、侵略者であるという訳ではなさそうだ。三人の男は女を後ろに庇ったまま、その場から動こうとしない。
つまり実質、敵は六人。
「救世主さま!」
「おお、我らが救世主さま、お助け下さい!」
逃げてきたアシェラルがオレを見つけて必死に呼びかける。任せろとオレは頷いて、男たちの前に立ち塞がった。
オレの目の前には翼を奪われたアシェラルがいる。オレはそっとそのアシェラルを抱きかかえると後ろに横たえて、これ以上の怪我を負わないようにした。抱えたアシェラルはまだ息があるが重傷だ。すぐに他のアシェラルがそいつを受け取り、巻き込まれないように後ろに下がった。
そうだ、これはオレの戦いだ。「救世主」と侵略者の戦いだ。そしてこういった場合、「救世主」は絶対に勝たなければいけない。「救世主」は全てを救い、守る絶対的な存在なのだから。
立ち塞がったオレを見て、男の一人が声を掛けた。
「何だ貴様は? 貴様一人で俺たちに立ち向かおうというのか?」
その顔に浮かんだのはあからさまな侮蔑と、どういたぶってやろうかと思案する嗜虐心。どのようにここに来たにしろ碌な奴じゃないなと思い、オレは相手を嘲笑うように鼻を鳴らして答えた。
「『救世主』メサイア、この村を護る者。アシェラルの次期族長候補にして炎使い。あんたらみたいな屑を倒すのならば、オレ一人で十分だ」
オレの挑発に、男は顔を真っ赤にした。単純な奴だ。
「ふざけるなよなぁ! 救世主ヅラしやがって! 馬鹿にしてんのか!!」
「最初から救世主だ、救世主ヅラなどしていない。ああ、勿論馬鹿にしているとも。気付かなかったのか? だとしたら本当に正真正銘の馬鹿だな」
オレが言い終わるか言い終わらないかの間に。
一閃。
男がオレの目の前で剣を振った。しかしそれはオレに当たる寸前で空振りした。オレの赤い髪が切られて風に吹き散らされた。
男の目には、狂気と怒気。
「馬鹿にするんじゃねぇ! 俺はこの腕の一振りでてめぇを殺せるんだ」
「ならばこっちは、この腕の一振りで貴様を火達磨に出来る」
言うが早いか。
オレは地を蹴って奴と距離を取り、即座に魔法素を組んで式を作り、それを一気に崩壊させた。
——そうさ、魔法はこうやって放つ。
途端、現れた炎は男を包み込み、男は一気に生ける焚き火と化した。
この世界、「アンダルシア」には魔法素と呼ばれる目に見えぬエネルギー物質があり、オレたち魔導士はそれを感覚的に組み合わせて「式」を作り、組んだ「式」を一気に崩壊させて空間に歪みを作り、それを魔法とするんだ。
魔法素にはそれぞれ「属性」があって、干渉できる事象が「属性」によって異なる。例えば、属性「火」は「火」に関する事象を起こすことができるが、「水」を操ることはできないというわけだ。
魔導士は目に見えず、触れることも出来ない魔法素を生まれつき組み、そして「式」を破壊する力がある人たちのことなんだ。魔法素をどう感じるかは人それぞれだから、詠唱も何もアドリブだ。自分で自分の「式」をイメージできれば何を唱えたって構わない。魔法は理論じゃない、才能がものを言う。魔導士の世界即ち才能の世界だ。オレのこの「炎」も生まれつきの才能によるものだしな。
オレは何も唱えなかった。ただ身に着いた感覚だけで魔法を使い、男に向けて放った。慣れれば詠唱なんざ要らないんだよ。
「うがぁぁぁ……熱ぃ、熱ぃよぉ。水、誰か水、を……!」
苦しみ悶える男。だがな、オレは言ってやった。
「翼を奪われたアシェラルが、どれだけ苦しむのか分かっているのか?」
「助けて……助け……」
そうさ、あんたが先程翼を奪ったアシェラルはきっと、その痛みに永遠に苦しむことになるだろう。翼はアシェラルにとっては手足と同じくらい大切な器官。それを易々と奪っておいて、助けてくれなんてよく言える。オレが気付くのに遅れたばっかりに、あいつは一生不自由なままだ!
「甘えるんじゃない。さっさと死ね」
オレは一気に火勢を強くした。苦しませずに殺してやる。有り難く思え。
傍から見ればこれはちっとも「救世主」じみてはいないだろう。いっそ悪魔の所業にすら見えるはずだ。だがな、仕方がないんだ。オレの持っているのは破壊の力。破壊の力で誰かを救い、何かを守るには悪魔のようになるしかないんだよ。それはとうの昔に割り切っていた。
オレはアシェラルの「救世主」だ。他の目なんて気にする暇はない。
そうやって生ける焚き火をじっと眺めていたら。
あることを失念していた事に気が付いた。
「隙あり! よくも、よくもヴィンをやってくれたなぁ!」
「救世主さま!」
怒声、悲鳴。
反射的に身を翻したが、己の右腕に確かに感じた熱さ。それは燃えるようで、やがては狂いそうなほどの激痛に取って代わる。
「く……くあぁ……!」
オレの右腕には、無残な傷があった。オレは思わず右腕を抱きかかえてうずくまる。
失念していた。敵は一人ではなかった。
オレが倒したのはまだ、六人中の一人だけだったのに。
うずくまるオレ。それを好機と見て、残った五人が一気にオレに襲い掛かる。「救世主さま!」との悲鳴。しかし誰も助けに来ることはなく、いたずらに叫ぶだけ。
ギラリと光る、五本の剣。対するオレは大きな怪我を負って。
こんな状況では、魔法素を組むのに集中できるはずがないのに。
死にたくなかったから、生きたかったから、オレは、
「燃えよ! はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!」
燃えるように痛む右腕。痛みを実際の炎に変えて。
激痛と熱さが、これ以上ないほどにオレの意識を明瞭にした。
そして。
「うわぁ! 熱いぞ!」
「ぎゃああああああ!」
轟ッ、と音を立てて突如燃え上がった炎。それは炎の至近距離にいたオレ自身の肌も焼いたが、その炎は男のうち二人を包み込み、三人をオレから遠ざけた。
オレは低く、唸るように叫ぶ。
「オレに……近づくなぁッ!!」
さらに舞い上がった炎。
激痛のあまり遠のきそうになる意識を、懸命に繋ぎ止めて。
オレは全てを焼き尽くさんと燃え上がり、今まさに自分の制御を離れようとしている轟炎の中、力を振り絞って立ち上がった。
「燃えよ!」
叫んで、傷ついて麻痺しかかった右腕を振れば。先程の火炎で辛うじて難を逃れた男二人に火の玉が飛ぶ。
悲鳴。霞んだ目で眺めやれば、女と彼女を護るように立っていた男三人も、逃げるようにして村を出ていく。
人道的に言えば、本当はこの四人を見逃すべきなのだろう。現にオレもとっくに限界を超えている。しかしここはアシェラルの秘境。この場所を知った外部の人間を、生きたまま逃がすわけにはいかないから。
傾く身体。それでも完全に倒れる前に、火の玉一つ、飛ばし、燃え上がる。それが一気に四人にぶち当たって燃えだしたのを見た時、ついに身体が限界を迎えて。地獄のように燃え盛る炎の中、オレは自分の意識が急激に闇に包まれていくのを感じた。
なぁ、みんな……。
——オレは、あんたたちの救世主に……なれた、よ……な……?
- Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.4 )
- 日時: 2018/08/20 10:31
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
▼
身体が、熱かった。特に傷を受けた右腕の辺りが。いや、全身が熱を持っていた。燃えるようだった。
朦朧とする意識の中、オレは自分がふかふかしたベッドの上に横たえられているのをぼんやりと理解した。
「お目覚めになられましたか」
遥か彼方から聞こえてくるような声。意識が混濁して、誰の声だかまるで判別がつかない。ただ声の調子から女性であることは分かった。
「救世主さま、よくぞ我らを守ってくれました。貴方のお陰で我らは救われたのです」
その言葉は本当に嬉しそうで、心からオレを讃えているように聞こえた。
だが、どうしてだろう。その言葉の裏に、声に。かすかな軽蔑が混じっているように思えたのは。
オレはあろうことか、こう感じてしまったのだ。
『あなたが傷ついてくれたおかげで、今日も我らはのうのうと暮らせます』と言っているように。
そうだ、確かにこの体制に不可解さを覚えることもあった。何故オレだけが「救世主」と呼ばれ、そのあだ名を盾に何でもやらなければならないのか。それをおかしいと思ったこともあった。
だがな、オレは「救世主」以外にはなれないゆえに、そういった疑いを持ってはいけないんだ。
それにやりがいだってある。誰かを守り、何かを護る。それはオレにとっての喜びだった。「救世主」として生きることは辛いこともあるが、オレはそれにやりがいを感じていた。
だから笑って、小さく答えた。
「当然のことさ……」
そしてオレの意識は再び落ちる。
あの翼奪われたアシェラルは死んだらしい。色々と手は尽くしたが間に合わなかったようだ。その結果、オレにはやらなければならないことが出来た。
あれから三日後の夜。まだ傷の治りきらぬボロボロの身体で、オレは立ち上がって歩き出す。
この村では土葬はしない。死者は皆、炎で燃やす。アシェラルは天の一族。地に埋められるなんてあってはならないことだから。
で、燃やすと言ったら? 当然オレだ。炎を操るオレしか適任はいないのさ。だから向かったんだ、火葬場へ。ボロボロの身体を引きずりながらも。
向かった先で見た嘆き。死んだのは男アシェラルで、その遺体に一人の女アシェラルがすがって泣いている。恋人か、家族か。オレは村の全員を把握しているというわけではないからよくわからないが、大切な人なのだろう。
足を引きずるような足音に気づき、彼女はオレを見た。
「救世主さま……」
濡れた瞳がすがるようにオレを見る。オレは深く頷いた。
「これから、燃やす。だから離れろ」
言葉に素直に従って、女アシェラルは泣きながら離れた。
オレと、遺体と。近くにあるのはその二つだけ。炎は危険だから皆、遠巻きにして近寄らない。
くずおれそうになる身体を叱咤して、オレは炎を呼び出すために式を組んだ。通常の、攻撃用の式ではない。だってこれは火葬の炎、鎮魂の炎なのだから。
「炎の神ヴォルディオスよ、今、一人の天の民があなたの元に還る。我願う。彼の者の魂を受け入れ給え、あなたの腕で燃やし給え、罪を悪を、受けた苦痛を浄化し給え——!」
荼毘にふすときの専用の言葉を唱えれば。轟、と音を立てて燃え上がる炎。それは夜の中にたとえようもなく美しく照り映えた。
舞い散る火の粉は死んだアシェラルの魂の燃える様。炎の赤は死んだアシェラルの魂の色。ああ、命が燃えていく。
炎は広がっていき、オレと死者を人々から隔てるカーテンとなって周囲を取り囲んだ。
燃える、燃える、命が燃える。魂が燃える。人生が燃える。静まり返った夜の帳に、紅に燃える炎の宴。冥府に旅立つ魂を送る、眩しく鮮やかな魂の宴。
オレは体の疲労も忘れて、自分の呼び出したそれに見入り続けた。
やがて火勢が収まって、静かに静かに夜が明ける。
死んだアシェラルは灰になり、オレはもう立っていられなくなり倒れた。
だが、やりきったという思いはあった。あれはオレだけにしかできないことだから。
だから何度でも働くのさ。だってオレは「救世主」だからな。
- Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.5 )
- 日時: 2018/08/21 08:29
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈二章 幻の花〉
「彼」が来たのはそれから半年が過ぎた頃のことだった。「彼」はオレよりも六つ下、つまり八歳の、見るからに儚げな印象を宿した少年だった。彼は無理して笑っているような笑みをその顔に貼り付けていた。
この村では滅多に外部からのアシェラルが来ることはない。他のアシェラルは他の里にもいるのだそうだが、秘匿された特別なこの村に、そういった「外部」が来ることは稀だ。だからオレは驚いた。「外部」の人間が来たのを知って。
族長さまから聞いた話によると、「彼」の両親はこの村の出なのだが、ある時好奇心の赴くままに二人して駆け落ち同然にこの村を出て、そのまま帰らなかったらしい。それから長い時が過ぎて戻ってきたのは二人の骨と、この少年。二人は人間に殺されて、その前に生まれて二人によって命を譲られた「彼」のみが帰ることが出来たという。
「本来ならば外部のアシェラルをこの村に入れることは許されないが、この少年の場合は特別だ。入れてやらなければアシェラルが廃る。我らは鬼の心を持っているというわけでは、決してない」
族長さまは言った。
「彼」は両親の死の間際にこの村までの道のりを聞かされ、それを頼りにたった一人で辿り着いたらしい。大したものだとオレは思いつつも、その悲惨な過去に思いを馳せた。
「彼」の名を、エクセリオ・アシェラリムという。
アシェラリム。それはアシェラルの中でも一部の者しか名乗れない、特殊な血筋の高貴な苗字。苗字に「アシェラル」を冠することが出来るのはほんの一握りの者だけ。オレだってメルジア・アリファヌスだ、そんなに高貴な苗字じゃない。族長さまの名も、ルェルト・アインタスだったから違う。
エクセリオの父は現族長さまの、非常に仲の良い弟だったらしい。明るく良く笑う人で、それでいて気紛れ。その妻となった人はこの村で生まれ育ったアシェラルの一般人。いつも穏やかで優しくて、水の魔法が使えたらしい。二人は幼いころからの知り合いで、ともに「外の世界」に憧れていたという。
やって来た新入りとその周辺について得られたのはそんな情報だ。族長さまは弟の死を知るなり、人前で号泣してしまった。それほど仲が良かったのだろう。
そしてオレは今日も今日とて、「救世主」としての、定められた仕事に勤しむ——、
筈だったのに。
「危ないよ!」
声。
突き飛ばされた身体。
何か重いものが落ちてきたみたいな大きな落下音。何だ、何があった?
振り返ったオレは、見た。先程までオレがいた場所に落ちてきたらしい巨大な木材と、その後ろに立つ黄金の影を。そして黄金の影の隣に立つ、全く同じ姿の存在を。
「何もなくてよかった。怪我はない?」
そう問いかけてきた少年は、最近話題の、
「……エクセリオ・アシェラリム?」
「そうさ、それが僕の名前。気軽にエクセルって呼んでいいよ?」
明るく無邪気に笑った黄金。彼がオレを助けてくれたのだろうか? オレはまじまじと落ちてきた木材とエクセリオの華奢な体を見た。
無理だ。彼みたいな弱々しい人間があの状況でオレを助け、自分も一切怪我を負わないで平然としていられるなんて絶対に無理だ。
オレは彼の隣に立つ、彼と全くそっくりな人影を見た。それはエクセリオと酷似した外見を持っていた。こいつはいったい誰なんだ? エクセリオに双子がいたという話も聞いたことが無い。
オレは疑問を解消するべく、エクセリオに問いかける。
「助けてくれてありがとう。ところでそいつは誰だ? あんたの双子か?」
双子の訳が無いと知りつつも、ついついそう訊いてしまう。そう訊かざるを得ない。
するとエクセリオは、得意がるように笑うのだった。
「これ? これは僕の幻影。僕は幻影使いなの。僕にそっくりでしょ?」
彼が踊るように手を振れば、まるで人間のように動き出す「それ」。
「しかもこいつは触れるの。そして物を動かすことも出来るんだ。君を助けたのは、僕が作りだしたこの幻影さ?」
実体のある幻影。唐突にそんな言葉が浮かんだ。
オレはその力を知って愕然とした。
こいつは——こいつの、力は。
様々なことに応用できるだろう。さっきみたいな人助け以外にも、こんな精度で人を再現できるのならば普通に人を騙せる。
無邪気に笑うエクセリオ。しかし彼は凄まじいほどの力をその身に宿していた。
いや、まだわからない。中には短期間で力を失う魔導士だっているんだ。エクセリオのこの力はもしかして、束の間の夢なのかもしれない。実際、人の身に余る力を持つ者のほとんどは幼少期にその力を開花させ、大人になるにつれてその力を失っていく。十歳になる頃にはほとんどみんな無くなる。エクセリオもそんなものなのかもしれない。だが時に、ごく稀に。その力を失わずに十歳を迎え、そのまま力を持ったまま成長していく者たちがいる。それはほんの一握りだが確かに存在する。そしてそういった者たちは皆、二十歳を迎える前に必ず何らかの原因で死ぬ。人の身に余る力に対して、運命の女神が制裁を下すのだとか。
そんな彼らは皆、こう呼ばれる。
——「神憑き」と。
神のとり憑いた子は圧倒的な力を約束されるが、その代わり未来を約束されない——。
オレはエクセリオが前者だと信じる。アシェラルに神憑きなど聞いたことが無い。どうせあの力も十歳になる頃には確実に消える。何も恐れることはない。
そう思い至って、オレは己の内に宿した恐怖に気が付いた。
アシェラルの族長候補は一人きり。それは一度決まると滅多なことでは変わらない。が、変わる例外があるのだ。それは、村に族長候補を凌ぐほどの才能が現れた時。族長と村の者全員の判断による多数決で決められ、そうやって族長候補が交代することもある。前に候補交代が起きたのは五十年前だと聞いている。つまり滅多にない訳だが。
要はオレの座も地位も絶対ではないということだ。そしてオレは、今の座を失うことが非常に怖い。今の座を失ったらきっと、オレは「救世主」でいられなくなる。「救世主」以外の生き方を知らないオレが「救世主」の座を失ったらオレは……オレは、どうなる……?
だがまだエクセリオが神憑きと決まったわけじゃない。だが彼が神憑きであった場合、オレは確実に落とされる。堕とされるのだ、絶対に墜とされる。
オレは目の前の少年のどこまでも無邪気な瞳を見た。彼はオレに危惧を抱かれていることには気づかないだろう。彼は思考の海に入ったオレを、不思議そうに見つめてくる。
まぁ、まだ決まったわけじゃあ、ないか。
オレは偽りの笑みを張り付けて少年に言った。
「ありがとう」
そして逃げるようにしてその場を立ち去った。
最初はただの不憫な少年としか思えなかったのに、その力を知った途端、オレには彼がどうしようもない壁に思えてきたのだった。
(大丈夫だ、まだ決まったわけじゃない)
そう自分を叱咤するも。
二年後、少年が十歳になる日のことを、怖くて怖くて仕方がなく思っている自分がいた。
◆