複雑・ファジー小説

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【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金
日時: 2019/04/24 00:28
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=996.png

〈青空に咲く、黒と金〉——黒銀の聖王&錯綜の幻花

 国を救いたい、国を守りたい。若き王の胸に宿るは、熱き思い。
 彼は愛する祖国を、武力で侵略されてしまったから。
 そんな彼の異名を、黒銀の聖王といった。

 長く生きられなくても、だからこそ、精一杯生きたい。若き族長の胸に宿るは、ささやかな願い。
 彼は二十歳まで生きられないという、宿命を背負っていたから。
 そんな彼の異名を、錯綜の幻花といった。

 絡み合う運命は、王と族長を出会わせる。そして二人で挑んだ数多くの難題。育んだ絆はいつしか、互いをかけがえのない存在へ、相棒へ、半身へと、変化させていく。
 出会いの果てには、必ず死が待っていると、知っていても——。
 これは、島国、神聖エルドキアに伝わる英雄譚。黒銀の聖王と錯綜の幻花の歩んだ、歴史に連なる足跡の物語。

「俺は、王だから。この国を、絶対に守りぬく」
「僕は幻の花。美しく咲いて、美しく散るのさ」
 青空に咲く、黒と金。青空に咲いた、聖王と幻花。
 描かれる美しき物語を、ご覧あれ。

*****

 以前に書いた作品をリメイクしたうえ、本編の前日譚に組み込みました。ファンタジーです。私、流沢藍蓮の主力シリーズの一作品です。
 本編が始まるのは前日譚が終わった後です。
 基本的に二日に一回更新、他の小説群と同時更新していきたいです。三本連立になってしまった……。
 物語本編は序盤、二人の主人公それぞれの物語に分かれます。side.Rは黒銀の聖王、side.Eは錯綜の幻花の物語です。二人が出会ってから初めて、真に本編が開始したと言えます。それまでは、一応「本編」と書いておりますが、藍蓮からすれば前日譚みたいなものです。
 では、前日譚から、開始!

*****

 Contents

前日譚 偽りの救世主メサイア >>2-12
 序章 「救世主」の使命 >>2-4
 二章 幻の花 >>5-7
 三章 破滅の果てに >>8-12

本編 青空に咲く、黒と金 >>13-
 第一章 崩れ落ちていく——side.R >>13-18
 第二章 罪色の花——side.E >>19-
 第三章 出会うべくして >>
 第四章 始まる物語 >>
 第五章

*****

 同じ字をたくさん使うと荒らし扱いになってエラーが出るらしい……。私、同じ字をたくさん使うのも視覚的な表現だと思うのですがね。
 >>10には同じ字をたくさん使って一種の視覚表現を行っていますが、たまにそっくりさんを混ぜています。それはエラーで撥ねられないためにあえて混ぜたものであり、誤字ではありませんのでご注意ください。
※URLは前日譚の表紙……の、つもりです。

 ※復帰記念に再会しました!
 ……当分は以前に書きためていた分を放出することになりそうです。

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.6 )
日時: 2018/08/22 14:47
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

  ◆

 縁とはつくづく奇妙なものだ。オレはエクセリオとの初めての出会いから、繰り返し彼と出会うことになった。それまではただの「有名なだけの他人」同士だったのに、エクセリオはオレを見かける度に声を掛けてくるようになった。
 今日も。
「メルジア!」
 オレの「本当の名」を呼んで、近づいてきた黄金の影。こいつだけがオレを「救世主」と呼ばないんだ。こいつだけがオレを「メルジア」と呼び、本当のオレを見てくれる。メルジア・アリファヌスなんて本名、時にオレですら忘れそうになるのにな。
 その日、オレはまた「救世主の仕事」として雑用みたいなことをこなしていた。
 エクセリオは言う。
「ねぇ、メルジア」
 明るく笑って。

「どうして『救世主』なんてやっているの?」

 どこまでも無邪気に。
「メルジアがやっているのは、ただの雑用じゃん」
 その言葉は、オレの心に深く突き刺さった。
「『救世主』って、もっと違う生き方だと僕は思っていたのにな」
 無邪気に笑って、何のためらいもせずにエクセリオはオレの心を抉った。
 エクセリオが言ったのは、ずっと前からオレの心にくすぶっていた疑念と不信。そんな疑いを抱いてはいけないのに、エクセリオの言葉はオレの暗い思いを再燃させた。
 そうだ、本来の救世主ならばこんな雑用ばかりの生活なんてしないはずだ。何かあったら真っ先に犠牲にならなければならないのが救世主としての在り方ならば、救世主の幸せはどこにある? 犠牲になることに幸せを感じろというのか? ただひたすらに献身し、自らを省みるなということなのか? 救世主は要はただの、わざわいを押しつけるための便利な——
(駄目だ、考えてはいけない!)
 オレが「救世主」としての在り方に疑問を持ってしまったら、オレ自身が破滅する。なのに奴は不思議そうな顔をするのだ。
 悪気のない悪意。
「ねぇ、どうして? 教えてよ!」
「……黙れ」
 心の葛藤。打ち克ちたいから、オレは無邪気なだけの彼に言葉の刃を向けた。
「そんなのどうだっていいだろう! オレが『救世主』であることは生まれつきなんだ! そんなことにつべこべ言うな!」
 ……八つ当たりだとわかっていた。エクセリオは一瞬、虚を突かれたような顔をした。その顔が暗く沈む。
 オレに出会う前のエクセリオもそんな顔をしていた。悲惨な過去。両親を失ったばかりで寄る辺なく、それでも苦しいのを、悲しいのを悟られたくないから無理して笑っていた。
 壊れた笑顔。
 しかし沈んだ顔でも、エクセリオは笑っていたんだ。
教えてくれ。どうしてお前はそこまでして笑う?
 その顔が、痛ましくて。八つ当たりした自分が、腹立たしくて。居たたまれなくなったオレは、ついにその場から走り去った。
「メルジアー?」
 エクセリオの声が、罪のない声がオレを追いかけて心を切り裂いた。

  ◆

 エクセリオの才能は化け物だ。少なくともオレはそう思う。
 日を追うごとに彼の力はどんどん強くなっていった。一度に同時に操れる幻影の数が増えていった。
 魔法素マナを操るには「魔力」と呼ばれる、消耗型の特殊な力が必要になる。それは扱う魔法の規模によって消費量が変わっていく。魔力の所持量は生まれつき決まっていて、決して変わることはない。魔力を消費すると精神的に疲弊する。が、消費し過ぎて魔力が底を尽くと、消費対象を失った魔法は己の身体すら破壊してしまう。そこまで行く例はごく稀だが、実際に魔法を使い過ぎて身体のあちこちが破裂した人間もいたらしい。オレはそこまでの無理なんてしたことがないが。
そして魔力は休めば回復する。個人差があるが回復にはそれなりの時間がかかる。
 オレが信じられないのは、エクセリオが全然魔力切れを起こさないことだった。
 「実体のある幻影」だぞ? 十歳まで持ち続ければ「神憑き」にすらなれるレベルの力だぞ? それで作りだした幻影を何体も同時に操るんだぞ?
 確かに扱いを覚えればどれくらいで魔力切れを起こすのか分かるようになるから、魔力切れを起こさないように注意することはできるだろう。しかし彼ほどの魔法の持ち主ならば、すぐに魔力切れで倒れてもおかしくはないのに。それなのに、オレは奴が魔力切れで倒れたところを見たことが無い。おそらく、凄まじい量の魔力を持っているのだろう。
 オレだって確かにそれなりの魔導士ではあるが、「神憑き」になるには全然足りないし何より、他人よりもたくさん炎を操れるだけでそんな能力、エクセリオの「幻影」に比べれば簡単に霞んでしまうものなんだ。
 そしてある日、エクセリオのその稀有なる才能が村の皆に知らしめられる事件が起きた。

 エクセリオは生まれつき身体が弱かった。外に出るにもすぐに病気をする虚弱体質だった。現にオレと話している時に急にぶっ倒れて焦ったことも何度もあった。エクセリオは身の内に膨大な力を持っていたが、その代わりのように身体が弱かった。特に寒さの激しい冬の日なんかは、彼が外に出ることさえも稀だった。だからオレは彼のために、お見舞いに本を持って行った事も何度もあった。
 それは本来ならば彼が外出することなんてない、ある寒い冬の日のことだった、
 隠されたこの村に、目的を持って侵略者がやって来たのは。
 時刻は早朝。まだ誰もが眠っている時、
 それは起きた。
「うわあああぁぁ!」
 上がった悲鳴。その頃、オレは安らかに眠っていた。その声に目を覚ませば、視界に映ったのは炎の赤。
(敵襲? またか、またなのか!)
 どこからばれるのかまるで分からない。アシェラルの里は、人の寄りつかない高山の中にあるのに。
 外に出てみたら、轟々と音を立てて村が燃えていた。
 炎。
 それは、オレの力。
 ただし一言言及しなければならない。オレは確かに炎を操るが、それは呼び出すこと専門で、自分で呼び出した炎以外は消すことが出来ない。
 つまり。
 この状況で、「救世主」はまるで頼りにならない——。
 なのに。
「救世主さま、お助け下さい!」
 それなのに。
 村の人々は皆、一様にオレに縋ってくる。オレは何も出来ないと知っているだろうに、オレが「救世主」だから奇跡を起こすとでも思っているのだろうか?
 精々できることは放火した犯人を見つけて倒すことくらいか。考えている間に火は広がっていく。
「くそ! 誰か水使いはいないのか!?」
 思わず叫んだオレの隣で。
 居るはずのない人の声がした。
「出来たよ。もう、お終いさ」
 笑った小さな声とともに、一瞬にして火は掻き消えた。
「……エクセリオ」
 オレは「彼」の名を呼んだ。
 あの現象を見る限り、エクセリオが放火の犯人としか思えないのだが? 彼が現れた瞬間、あれほど辺りを覆い尽くしていた炎は消えた。
 オレは彼に難しい顔を向けた。
「どういうことだ、説明しろ」
 詰め寄っている間に皆の声。「どこも焼けていない!」「ならさっきの炎は何だったんだ!」
 エクセリオは笑う。笑う、笑う、無邪気に笑う。
 その唇が、言葉を紡いだ。
「僕は朝早く起きて何かおかしいなって思った。よく見たら外の人間が何人かいた。そいつは何が目的かわからないけれど村に火をつけようとしてた。だから僕が」
 先んじて、と言おうとしたエクセリオはそこで小さなくしゃみをした。そこに至ってオレは、彼が寝間着のままだと気が付いた。小さな身体が寒さで震えている。
 このままだと病気になるな、と思ったオレは、自分の羽織っていた黒のマントを脱いで、そっとエクセリオに差し出した。サイズの差もあって彼にはぶかぶかだったが、エクセリオは礼を言ってありがたそうにそれを体に巻きつけた。
 彼は気を取り直して説明を続ける。
「先んじて、物陰で幻影を使って偽物の炎を起こしたのさ。すると奴らはびっくり仰天! 小さないたずらのつもりだったのかなぁ? でもその人達には、起こした炎がごうごう燃え盛って広がっていったように見えたんだよね。そのまま固まっていた人たちを捕まえるのは簡単だったよ」
 言って、彼が軽く腕を振れば。途端、不意に現れた、「実体のある幻影」のロープで縛られた幾つもの人影。
 オレは驚いた。奴は、エクセリオは。
「『実体のある幻影』だけでなく、通常の幻影も操れるのか……!」
 それも、本物とほとんど遜色のないくらいにリアルに。
「僕、役に立てたでしょ?」
 無邪気に笑った金色の影。オレはそれに戦慄した。
 誰もが彼のその力を見ていた。誰もが彼の「実体のある幻影」を見ていた。
 エクセリオがゆらりと手を振れば、現れる、本物そっくりの幻影。
 前から気づいていたはずなのに。

——こいつの力は本物だ。

 改めて理解し震えた心。
 その時蘇った、彼の力を初めて目の当たりにしたときの恐怖。
 「救世主」はまるで役に立たなかったのに、外部からの少年が、大して苦労もせずに村を救った。
 やがて彼は村にて、「小さき英雄」と持てはやされるようになる。
 その栄光と反比例するように、「救世主」たるオレは人々に軽く見られるようになっていった。

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.7 )
日時: 2018/08/23 07:54
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


  ◆

 オレには知りたいことがある。
 ある日、オレはエクセリオに訊ねた。
「なぁ、お前、どうしていつも笑っているんだ?」
 あの日。エクセリオがはじめて村に来たあの日。彼は両親の遺骨を抱えてやってきた。
 両親を殺され、悲しくないはずがないのに、それでも笑っていたエクセリオ。無邪気に無垢に、天真爛漫に笑っていたエクセリオ。その言葉にオレは確かに傷つけられたが、悲しいことがあったというのにこの笑顔は、この無邪気さは、なんだ。オレはそれが不可解でならない。
 するとエクセリオはその顔を一瞬だけ曇らせた後、無理に笑っているような笑顔を作った。
「父さんも母さんも、ずっとずっと笑顔でいなさいって僕に言ったんだ」
 自分が死ぬ間際も、ずっと、とエクセリオは呟いた。
「だから僕は笑顔でいるんだよ。むくで無邪気で、素直でいるんだよ。でも本当は僕、すごく悲しい。悲しくて悲しくて胸が張り裂けそう。でも、父さんが母さんが、『笑顔でいなさい』って僕に言ったんだ。だから僕は笑うよ、悲しくても、辛くても、ずっと。そうしないと、壊れちゃうから」
 オレは、エクセリオの抱えた闇を知った。
 エクセリオが両親の死を忘れて笑っているだって? とんでもない。両親の死という出来事は幼いエクセリオの心に非常に大きな傷を残し、エクセリオは笑うということでしか、自分を守ることができなくなっていたのだ。笑顔の、意味。エクセリオの笑顔の、意味。それにはそんな狂気じみた闇が隠されていたなんて。
 迂闊だった、とオレは思った。こんなこと、聞くんじゃなかった。
 親友なのか敵なのか、いまだよくわからないエクセリオ。それでも、知らない方が良いこともある。
 笑うエクセリオ。しかし真実を知ったあと、オレにはその姿が非常に痛ましいものであるように感じた。見ていられなくなって顔をそむけたオレを、不思議そうなエクセリオの声が追いかける。
「どうしたの、メルジア。僕は平気だよ! 笑顔でいれば、悲しいこともつらいことも、忘れられるんだから!」
 無垢に、笑う。無邪気に、笑う。天真爛漫に、この世の悲しみを知らないかのように笑う、エクセリオ。
 それを見ているのが、オレは悲しかった。

  ◆

 それから数年、時が経った。身体の弱いエクセリオは相変わらず病気ばかりしたが、彼の操る幻影の力は、どんな時でも衰えを見せなかった。寧ろ日ごとに強くなっていく気さえした。
 そして、ついに「運命の日」が訪れた。
 オレがエクセリオに初めて出会って三年後。エクセリオの十歳の誕生日がやって来た。

 十歳。それは人の身に余る力を持つ者が「神憑き」であるかを判定する歳だ。十歳になる前に力が消えていればその子は「過去の神童」で終わる。それは一時期持てはやされるものの、いずれは消える名声だ、栄光だ。そういった子がそのまま大人になった場合、一種の昔話として語られる程度の現象。それ自体も珍しいことには珍しいが、「神憑き」の比ではない。
 「神憑き」は才能が長く維持される代わりに歩む道は修羅の道。どう足掻いても「神憑き」の子は二十歳まで生きられない。に十歳になる前に病か事故か、はたまた殺されるか。何らかの原因で必ず死んでしまう。そうなるように天が采配しているかのように、絶対に死ぬのだ。
 エクセリオの才能はどう見ても人の身に余る力。だから彼は「過去の神童」か「神憑き」のどちらかになるのだが、果たして。
 彼が十歳を迎えた夜、皆の前で、その才能が残っているかが測られた。

「エクセリオ・アシェラリム」
 族長さまの声が、アシェラルの儀式場にしんしんと響く。
 これまでの歴史を紐解いてみるに、アシェラルに「神憑き」が誕生した試しはない。
 エクセリオがその日に生まれたことはわかってはいるが、具体的にどの時間に生まれたかまでは不明である。そのため「神憑き」判定の儀式はその日をまたいだ深夜、行われた。
「力を、見せよ」
 もしもエクセリオが「神憑き」ならば、見せられる力も何もあったものではないだろう。そして今この場所で嘘をつく理由もない。
 エクセリオは頷いて、いつもやるようにして両手を広げた。その幼い顔が緊張で固まる。
「行くよ……」
 オレも緊張した。願わくは、彼が「神憑き」ではあらんことをと。

 しかし、
 虫の予感は、
 本物だった。

「……僕って」
 呆然とした顔で呟いた、金色の少年。
 彼が軽く腕を振ったとき、現れたのは変わらぬ幻影。
 エクセリオが選んだ幻は、自分自身。彼の目の前には彼そっくりな幻影が立っていた。
「……動いて。僕に触って」
 震える声で命じれば、その幻影はエクセリオに触れた。

 エクセリオに触れられた。

 すり抜けずに。しっかりとした質感を持って!
「判定! エクセリオ・アシェラリムは『神憑き』である!」
 族長さまの声が遠く聞こえた。オレはそれから続く言葉を聞き取ることが出来なかった。
 嘘だろう、あり得ない。オレの頭は現実を受け入れることを拒否するが、どこかで「やっぱりな」と思っている自分がいた。あいつの才能、溢れんばかりのその才能! やっぱりな、あいつは「神憑き」だったんだ!
 これで全てが決まった。エクセリオはオレより優れたアシェラルだ。で、このアスペの村は実力主義だ。オレは間もなく落とされるだろう。——堕とされる、だろう。
 心の中に絶望が広がっていくのを感じたがどうしようもない。親しく付き合ってくれ、オレを「救世主メサイア」と呼ばずに素直に「メルジア」と呼んでくれたエクセリオ。それは確かに嬉しかったが、この瞬間、何かが決定的に変わった気がする。何かが決定的に壊れた気がする。
 一つ。エクセリオは十中八九、オレの居場所を奪っていくだろう。
 そして一つ。オレが「親友になるかもしれない」と僅かに期待した彼は必ず早死にする。
——なあ、エクセリオよ、錯綜の幻花よ。
 お前が「神憑き」でさえなかったら、全て丸く収まったのに、な。
 くも運命は残酷で、オレたち神ならぬ身は、それに翻弄されるしかないのか。
 なぁ、そうなのか? そうなるしかないのか? なぁ!
……誰か教えてくれよ。

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.8 )
日時: 2018/08/24 09:51
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

  
  ◆

〈三章 破滅の果てに〉

 力ある者はアシェラルの族長に。それがここの法則だ。オレは覚悟していたさ、覚悟していたともさ。エクセリオが「神憑き」であることがわかった時点で、オレは族長候補から外されると。
 だがな、わかっているのと実際にその通告を聞くのとは話が違うんだよ。
 エクセリオが「神憑き」とわかってから一週間後、オレは族長さまに呼び出された。

「我の後継ぎから貴公を除名し、エクセリオとする」
 告げられたのは、決して変えられようのない事実。決定事項。オレは黙ってその言葉を聞いていた。
「理由は、わかるな? よって貴公はこれより『救世主』の任を解かれ、ただ人と成り下がる」
 反論の余地はない。反論しても意味はない。オレは自分の心の内に絶望が広がっていくのを感じていたが、黙ってそれを受け入れるしかなかった。
「貴公の炎の魔法など、の『錯綜の幻花』に比べれば弱々しいにも程がある。強き者は村長に、これ我が村の決まりなり。あとから生まれた者に負けたということは、貴公はそれまでの男だったというわけだ。
——『救世主』メサイア。貴公の時代は終わったのだよ」
 そしてオレは、奈落に落ちた。

 オレは「救世主」だ。「救世主」だった。オレは「救世主」として育てられ、それ以外の生き方を何一つ教わらなかった。オレは生まれたときから歩むべき道を定められていた。オレには「救世主」として生きる以外の選択肢はなかった。なのに今のオレは「救世主」じゃない。オレの居た座はエクセリオによって奪われた。エクセリオはなりたくて「神憑き」になった訳じゃないからあいつに罪はないが、あいつの態度に罪があった。
——なぁ、エクセリオよ、無垢で無邪気な天才よ。
 何故、お前はそうも笑っていられるんだ? 人を突き落として就いた地位なのに、突き落とした当人に対して。いくらそんな過去があったとしても、お前は異常だよ、エクセリオ。
 あれからもずっと、あいつはオレに笑いかけてくる。無垢に——無邪気に。だからオレはあいつを憎んだ。
 「救世主」以外の生き方を知らぬオレは散々蔑まれ、嘲笑われ、人々の憎悪の対象になってさえいるのに。それでもあいつはオレに変わらぬ態度で笑いかけてくる。オレはそれが、その神経が信じられない。だからオレはあいつが憎くてたまらなくなった。幸せだった時はもう、終わった。
 それでも、どうしてだろう? オレはあいつのことが嫌いになりきれずにいた、憎みきれずにいた。
 あいつだけが、エクセリオだけが、オレを親友と呼び、オレを本当の名で呼んでくれるから。
 ああ、胸が苦しい。喉の奥が焼けるようだ。焼けるような煩悶が、葛藤が、オレの中を吹き荒れてオレを粉々にしようと暴れ回る。
 憎いはずなのに、憎みきれずに。好きなはずなのに、好きになりきれずに。
 いっそ、最初からエクセリオがオレをオレの名で呼ばず、オレに敵対する態度を取ってくれていたらどんなにか良かったのに、とオレは思った。そうすればこんなに苦しくなかった、こんな思いを抱かずに済んだ。最初から、オレを憎んでさえいてくれれば、オレは、オレはッ!!
 でも、現実はそんなに甘くはないんだよ。エクセリオはオレを蹴落としながらも、悪気のない悪意で、オレを純粋に信じているような眼をして、話し掛けてくるのだ。そのたびにボロボロになったオレの心は葛藤のあまり血を流し、オレの中を激情が吹き荒れる。二律背反、対立する気持ち。だから苦しく、だから辛い。
 オレの心は疲弊しきっていた。それでもエクセリオはオレの傍に寄って来て、笑うのだ。オレはこの気持ちをどうすればいいのかわからずに途方にくれた。
 そして、冬が来た。

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.9 )
日時: 2018/08/25 11:33
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


  ◆

 その年の冬は大雪だった。エクセリオはその雪の中、酷い風邪を引いて家から出られなくなってしまった。
 エクセリオが住んでいるのは、彼の両親が昔住んでいた家だ。その家はちっぽけな彼にとってはあまりに大きすぎる。時々、次期族長候補のために他のアシェラルがその大きすぎる家を手入れするらしいが、あいつもオレと同じ、基本、一人だ。
 幼くして両親を亡くして、広すぎる家に一人住む。あいつは一人で暮らし続けるオレに、自分と似た空気を感じ取ったのだろうか。
 そして今、あいつは病気だ。でも見舞ってくれる人なんてほとんどいない。次期族長候補になったのに? なんて雑な扱いなんだ。やっぱりこの村はどうかしてるよ。
 そう思った、オレ。でもオレは違う、この村の、他の無慈悲で情を持たない大人たちとは違うんだ。だから、オレはバスケットにパンや果物を入れて、大雪の中、あいつの家まで歩いた。オレは炎、火炎を操るメサイアだ。オレに限って言うならば、雪だろうがなんだろうが関係ない。降り積もる雪も、オレの歩くそばから溶けた。
 やがてたどり着いたのは、大きな木造の家。誰もいない。そこには冷たい空気が漂っていた。オレはその入り口をノックするが返事がない。そういえばオレがエクセリオの家に来たのはこれが初めてだったなと思いつつ、「メサイアだ、見舞いに来た」と声を掛け、中に入った。鍵は掛かっていなかった。
 大きな家だ、造りはよくわからない。族長さまの弟、つまりエクセリオの父とやらは、それなりに資産を持っていたのだろうか。きょろきょろしながらオレは歩いた。すると、しんしんと雪の沈黙が辺りを覆う中、オレの耳に届いた微かな、しかし確かな、声。
「メサイア……?」
「エクセリオ……!」
 弱々しい声に導かれ、その声のした部屋に向かうと、火の落ちた暖炉の設置されているひと部屋のベッドの上に、エクセリオが横たわっていた。今は、冬の夜だ。その中で暖炉もつけず布団一枚で寝ているとは、身体に障る。実際、部屋の中はぞっとするくらい寒かった。体調が悪いってのにこんな部屋に寝かせるとは、つくづく村の大人たちも薄情者である。こいつは曲がりなりとも次期族長候補だぞ? ……オレを意図せずして蹴落としたことは、この際、置いておく。
 オレはエクセリオを気遣って、炎の魔法で暖炉の薪に火をつけた。いつからあったのか、手入れ係が入れたのか知らんが、暖炉の中にはたくさんの薪があった。
 暖炉に火がつけば、少しは暖かくなった部屋の中、赤くぼんやりとした光に、横たわるエクセリオの顔がうっすらと照らされる。その顔は蒼白で、額からは汗が流れているのにエクセリオはぶるぶると震えていた。オレは思わず声を掛けた。
「おい……大丈夫か?」
 その額に手を当てると、熱かった。エクセリオの瞳は涙で潤んでいた。どう考えても普通の状態ではない。
「雪を拾って冷たいタオル作ってやるから少し待ってろ」
 見てられない。オレがエクセリオにそう声を掛けて部屋を出ようとすると、オレのマントが引っ張られる感覚がした。見ると、エクセリオが必死の顔で身を起こし、オレのマントの端を掴んでいる。エクセリオはすがるように弱々しく言った。
「お願い……行かないで」
 オレはそんな聞き分けのない子供みたいな、いや実際まだ子供のエクセリオに、諭すように言った。
「すぐに戻る。いなくなるわけじゃないから安心しろ。というかお前はまだ寝てろよ。無闇に身を起こすと身体に障る。頭とか、今、すごい重いんじゃないか?」
 どうしてだろう、こうやって気遣っている時、オレのエクセリオに対する憎悪は消えていたんだ。
 オレは自分の心を省みる。今、オレの中にあるのはいたわりと心配だった。あんなに、悩んでいたのに。あんなに、葛藤していたのに。どうしてだろう、今は、今だけは、あいつを憎いと感じないんだ。
——オレにも人の心が残っていたか。
 そう思うと、安心した。オレは壊れかけているけれど、病人を、弱っている人に憎しみを抱くほど、壊れてはいないんだ。もしもこのまま状況が平和に過ぎ去れば、オレはまだきっと、戻ることができる。
 エクセリオはオレの言葉に返答する。その声もかすれてがらがらになっていて、息をするのも辛そうだ。無理するな、とオレは声を掛けた。
 エクセリオは、言う。
「重いよ、辛いよ。でもそれ以前に……怖いんだよ。だから傍にいて、メルジア」
 何が、とは言わなかった。そしてエクセリオはオレに頼んだ。
「ね、僕を暖炉の前まで運んで。そして隣にいてよ、ね」
 オレは言われたとおりにエクセリオの華奢な、羽根みたいに軽い身体を暖炉のそばまで運んでやると、その隣にそっと寄り添った。するとエクセリオはオレの肩に、その小さな頭を預けた。「お、おい……?」戸惑いながらもオレが不器用にその小さな身体を抱き締めてやると、その全身が震えているのがわかった。でも、その震えは病気のせいだけではないように感じた。エクセリオはオレにぎゅっとしがみついて、固く目を閉じて唇の隙間から声を漏らした。
「死ぬのが、怖いんだ」
 エクセリオは唐突にそんなことを言った。オレにしがみつく力が強くなる。その姿は、まるで藁にでも縋ろうとする、今まさに溺れようとしている人の姿にも見えた。それだけ、必死そうだったのだ。オレは心配げな顔をして、エクセリオを覗きこんだ。
「エクセリオ……?」
 エクセリオは震えながらも、答えた。
「死ぬのが、怖いんだ。僕、二十まで生きられないんでしょ。今、辛いよ苦しいよ。このまま死んじゃうのかな、それは怖いよ。怖くて怖くてたまらないから、どうしても震えちゃうんだよ……」
 発されたのは、エクセリオの本音。
 エクセリオ。「神憑き」であることが判明したこの天才には、常に死の気配が付きまとうようになった。エクセリオはいつも笑い、口では気丈なことを言って強気な態度を取るけれど。本当は、怖かったのだろう、とても怖かったのだろう。
 まだ、この世界でやりたいことはたくさんあるのに。
 自分だけが誰よりも先に、誰も知らない未知の世界へ旅立たねばならないことが。
 オレはこれまで、自分の視点でしか物事を考えていなかった、考えられていなかった。エクセリオがどう思っているかなんて考えたことも無かった。オレは自己中な救世主だった。自分中心の視点でしか、物事を見ることができなかった。
 しかし、
 こうやって聞いた、エクセリオの本音。
 それはあまりにも悲しくて。
 誰だってそうだ、誰だって死は怖い。けれどエクセリオは余命が定まっている。いつ死ぬかわからないからのんびり生きている他の人たちとは違うのだ。その恐怖は、その不安は、どれだけのものか。
 オレは震えるエクセリオを強く抱き締めた。するとエクセリオもその細い身体で精一杯の力を出して、オレにしがみついてくる。オレはその頭を撫でてやりながらも、優しく慰めるように言った。
 オレは救世主じゃなかったのかもしれないけれど。
 それでも、少しでも誰かの救いになれるなら。
「大丈夫だ、エクセル。炎は命、命は燃えるもの。たとえお前の命の灯が消えそうでも、オレが燃やしてやる、オレの炎で永らえさせてやる。だってオレは『炎』のメサイアなんだ、燃やすことは得意なんだよ」
 その炎はいつしか、自分自身を焼き尽くして灰に変えるのかもしれないけれど。
 現に、オレの心はずっとずっと不安定だったんだから。
 それでも今は違う。今の炎ならば、熾火おきびみたいに優しく穏やかな炎ならば、きっと誰かを暖められる。
 オレはエクセリオに、気分転換のための話を持ち掛けることにした。
「病は気から、という。少し落ち着けよ、幻の花。
 気分転換に話をしようか。エクセル、オレたちアシェラルの民の始祖の話……知ってるか?」
 ううんとエクセリオは首を振る。そうか、とオレは頷いた。
「まだ教わってないんだな。じゃ、話をしようか。綺麗な、この大空みたいに綺麗な、どこまでも澄み渡った物語だよ」
 そしてオレは語り始める。
「昔々、それは今から二万年ほども昔。戦乱で荒れた世界に、一人の少年がいた。その名はフィレグニオ。彼は戦の日々の中でも空だけはずっと綺麗だという理由で、空に憧れて空ばかり見ていた。戦いなさい、何をぼうっとしているんだと周りは言うけれど、それでもフィレグニオ少年は空ばかり見ていた——」
 それは、神に空を願い、願いを聞き届けられて空を飛ぶ翼を得た少年の物語。未来、彼の子も背に翼を持つようになり、彼は全てのアシェラルの始祖となる。こうして翼持つ一族、アシェラルの民は誕生したんだ。
 そんなフィレグニオ少年の本名は、フィレグニオ・アシェラリム。偶然か、必然か。エクセリオの名字と同じ名字を持つ。
 オレは、語る。語る、語る、物語を、語る。冬の夜、暖炉の光が複雑な陰影を生み、辺りをぼんやりとした光で照らしだした。
 気がつけば、エクセリオの震えはおさまっていた。話が終わるころにはエクセリオはオレの肩に頭を預けたまま、眠ってしまっていた。落ち着いたのだろうか、その顔にはもう恐怖がなかった。オレはそんなエクセリオを見て微笑むと、彼を起こさないようにしながら慎重に自分のマントを外し、毛布代わりにエクセリオに掛けてやった。
 久しぶりに訪れた穏やかな時間。オレの心は複雑だったけれど、この瞬間だけは確かに、満たされていた、満たされていたのだ。
 感じたのは、多幸感。
 この幸せが、この穏やかな時間が、永遠に続けばいいのに。オレはそう思っていたけれど。
 永遠なんて、存在しないんだ。
 それをどこかでわかっていて、だからこそこの時間が失われることを恐れる自分がどこかにいた。
 冬の夜はゆっくりと過ぎる。冬の夜は静かで、辺りは沈黙に包まれる。
 オレは暖炉の炎を見ていた。今、この部屋には暖炉のパチパチと爆ぜる音と、エクセリオの静かない寝息以外の音は一切存在しなかった。
 オレは炎を見ていた。オレみたいな炎を、オレそのものみたいな、鮮やかな炎を。
 ある冬の一日の夜が、静かに過ぎようとしていた。

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.10 )
日時: 2018/08/26 12:03
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

  ◆

 永遠なんて、存在しなかったんだ。あれ以降もエクセリオは無邪気な言葉でオレを笑い、悪気のない悪意でオレを傷つけた。本人にその気持ちはないのだろう、しかし確かに確実に、エクセリオの言葉のナイフはオレを突き刺して心をズタズタに切り裂いた。オレは幸せだったあの日を想い、思うほどに、苦しんだ。悪気のない悪意。エクセリオに悪気はないのに、その言葉に行動に込められた無邪気な悪意のせいで、オレは大親友を、憎んだ。
 そして事件は起きた。

 エクセリオと冬の一日を過ごし、しばらくしてから大人たちの態度はさらに悪化した。オレは自分の家から追い出され、家を失い路頭に迷った。最初の数日は野宿をしてその日を過ごしたが、誰も使わなくなった古民家を発見してそこに寝泊まりすることにした。そこはあちこち壁や天井に穴が空いていたが、少しは雨風を凌げる分、野宿よりはマシだろう。
 でも、大人たちって醜いんだな?
 オレが「救世主」でなくなった時から大人たちは手のひらを返したように態度を変えた。崇拝は嘲笑に、尊敬は侮蔑に、期待は憎悪に。何もかもが一転し、オレは栄光から破滅へと突き落とされた。
 皆、オレが「救世主」であった頃はオレにすり寄ってきていたのに、候補がエクセリオに変わった途端、皆が皆エクセリオにゴマすりやがるんだ。人を散々持ち上げといて、その人が落ちたらこのザマか、ハッ。人間の醜さを見たような気がした。アシェラルはもっともっと、誇り高い一族だと思っていたのにな? それもオレが「救世主」であるために刷り込まれた都合の良い情報か。
 この古民家には既に石を投げられた回数数知れず、ゴミ捨て場にされたことも両手の指では数え切れない。放火されたことだってあるんだぜ? 信じられるか? だがな、これが現実なんだよ! これが「救世主」として崇められて捨てられた——メルジア・アリファヌスの現実なんだよ、クソがッ!!
 そうやって物思いに耽っていたら、背中から掛けられた無邪気な声。
 しかしその言葉は、オレの内から憎悪の炎を呼び出すには十分すぎた。

「どうして出て行かないの?」

 何の気も無しに掛けられた無邪気な言葉。それはエクセリオの言葉。オレの背筋に何か冷たいものが走ったような気がした。大好きな、友人なのに。彼はオレを突き落とした張本人。
 エクセリオは言うのだ。どこまでも無垢に無邪気に——残酷に。
「ねぇね、メルジア。今、とっても苦しいんだよね? ならさぁ、この村から出て行けばいいじゃん! 出て行けばきっと、苦しまないで済むよ!」
 オレはゆっくりと後ろを振り返った。そこには邪気の全く存在しない、純粋な笑顔があった。無垢で無邪気で純粋で。悪意や敵意は全くなくて。しかしそれ故に腹が立つ。善人ほどたちの悪い人間はいない。
「……エクセリオ」
「なぁに、メルジア。って、顔怖いよ? 僕、何か気に障ること、言ったかなぁ?」
「……どの口が、それを言うんだ」
 突如、心の底から炎の如く噴き上げてきた怒り。オレは溢れかえる感情に目の前が真っ赤になった。オレは怒鳴った。それはオレの、「救世主」メルジア・アリファヌスの心からの叫びだった。オレの心は落とされたことによって激しく血を流し、悶え苦しんでいた。エクセリオへの愛が憎悪が、絡み合った愛憎がオレを狂わせる。オレは血を吐くような思いで叫んだ。
「どの口が——どの口がそれを言うんだよッ! 出て行くのはお前の方だろう!? 後から生まれたくせに、何の努力もしないでオレが持っていたもの全て奪いやがって、挙げ句の果てに出て行けだと!? ——厚顔無恥にも、程があるだろうッッッ!!」
 オレの怒りに呼応して、燃え盛る炎が召喚される。それはエクセリオを焼かんと躍り狂ったが、オレは僅かに残った理性で辛うじてそれをエクセリオに向けないようにする。
 エクセリオは不思議そうに首を傾げた。
「でもここから出て行けば、居場所が見つかるかもしれないのに。メルジアが嫌な思いをするのはここだけでしょ?」
 オレは無理だとその言葉を否定する。
「無理だ、幻花。オレは他の世界など知らない。そして『救世主』としての生き方以外知らない。そんなので、外の世界で生きていけると思うのか? 本気でそう思っているのだとしたら、お前は馬鹿だ!」
「でもメルジア、最初から諦めるの? そこに希望を見出さないの? 可能性は完全にゼロって訳じゃないじゃない。諦めるのはまだ早いってば」
「——希望を奪ったのは、お前だろうがッ!!」
 炎。怒りに呼応して。オレはついにそれを抑えられなくなった。オレが感じた憤怒が、悲哀が、憎悪が。「炎」という他者を傷付け得る凶器となってエクセリオを襲った。エクセリオは思わず悲鳴を上げる。
「うわ、メルジア、何するの? 熱いよ……痛いよ!」
 いくらエクセリオの「実体のある幻影」といえども、あいつが防げるのもまた実体のあるものだけ。オレの「炎」はエクセリオの咄嗟の防御をかいくぐり、奴の身体に達した。肉の焼ける音、人肉の焦げる異臭がオレの鼻を突く。
 その時のオレは、笑っていた。狂ったように、悪魔の如くに。
——嗤っていた。
「ハハ、ハハハッ! どうした幻花! あんたの実力はそんなものか! ほらな、族長になるのはこんな弱い奴じゃないんだよ。オレの方が優れている! だからだからだから——オレが、メルジア・アリファヌスが、族長なんだよッ! お前なんかじゃないッ!!」
 歪んだ心が生み出した狂気。悶え苦しむエクセリオを見て、オレは高らかに笑っていた。
「お前なんか族長じゃない! この泥棒猫め、オレの前からさっさと失せろッ!!」
「痛いよ……苦しいよ……メルジア、助け……て……!」
 エクセリオは炎を消そうと必死で大地を転げ回るけれど。オレの炎を舐めてもらっちゃ困るんだ、そう簡単に消されるものではない。炎、炎、炎! 炎こそオレの取り柄だ! 炎だけがオレの強みだ! それ以外は何も持っちゃあいないが——炎はオレを、裏切らない!
 そうやって高らかに笑っていたら。
 オレの背後で、地獄の底から響くような、冷たく低い声がした。

「……救世主」

 族長さまの声だ、とオレは確信した、
 時。
「お前は一体何をやっているんだッ!!」
 火花。オレの頭の中が一瞬真っ白になった。続いて、激痛。頭に手を触れると、そこがねっとりと濡れていた。手に付いたそれは鮮やかな赤をしていた。それからは鉄錆の臭いがした。殴られたんだな、と気付くのに数秒。オレは視界の端で、エクセリオの炎が水の魔法で消火されているのを見つけた。水の魔法を使っているのは族長の奥さんだ。そこまで見て、オレは現状をようやく意識した。 
「救世主……偽りの救世主めッ! 次期族長に何をしたッ!」
 飛んできた拳。殴られて視界が赤く染まる。オレはそのまま地にくずおれた。痛い、苦しい! けれども、族長さんよ、一つだけ、言わせてもらおう!
 オレは怖かった。この後自分が何をされるのかと思うと怖くて怖くてたまらなかった。だがな、毒を食らわば皿までだ、もう問題を起こしてしまったのだから言わせてもらうぜ、ああ。そうでもしなけりゃ、何も報いることができないだろう。
 オレは必死で主張した。
「違う……違うんだ、族長さま! オレはただ、貴方に認められたかっただけなんだ!」
 エクセリオに対して憎悪が湧いたのは確かだけれど。オレの本心はただひとつ、族長さまに認められたい、もう一回認めてもらいたい、それだけなんだ。エクセリオばかりじゃなくて、もう一回、もう一回! これまでみたいにオレを、オレを! 褒めてくれれば、認めてくれれば、それでそれだけで良かったんだよッ!
 しかしそんなオレの思いなんて、わかってくれるわけがない。
 族長さまは憤怒に目をぎらつかせて拳を振り上げた。
「問答無用! お前は次期族長候補に対する殺人未遂という重大な罪を犯した! そして代々アシェラルでは、重罪人に対して行う罰がある! そうさ、お前は罰を受けるんだッ! お前なんて、お前みたいな出来損ないなんて——こうしてやるッ!」
 ぼんやり霞む視界の中、オレは族長さまがどこからか鉈を取りだしたのが見えた。ああ、殺されるのかな。オレはそう思ったけれど。
 現実はもっと残酷だった。
 一閃。鉈の凶悪な刃が閃く。しかしそれが落としたのはオレの首ではなくて。
——翼だった。
 激痛。耐えがたいほどに。これまで感じたことのないほどの、下手すれば正気を失ってしまいそうなほどの激痛がオレを襲う。視界が赤く染まり、痛みのあまり何も考えられなく、
——痛イ。
 痛イ、痛イ、痛イ。
 痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ、痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛庸痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛庸痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛イタイイタイタイタイ痛イタイ痛イ痛痛痛イイタ痛イタイ痛イイイタ痛イタ痛痛イイタイ痛痛痛イタイ痛痛痛痛イタイイ痛イ痛イ痛イイタイイイイイ痛イイ痛痛イタイイイ痛イイタ痛痛痛イイイ痛イイ痛イイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィィイ痛ィィィィィイィィィィィィィィィィィィ痛ィアィァイァイイァ…………

 気がつけば、意識は消えていた。
 耐えられるような痛みではなかった。

  ◆


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