複雑・ファジー小説

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【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金
日時: 2019/04/24 00:28
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=996.png

〈青空に咲く、黒と金〉——黒銀の聖王&錯綜の幻花

 国を救いたい、国を守りたい。若き王の胸に宿るは、熱き思い。
 彼は愛する祖国を、武力で侵略されてしまったから。
 そんな彼の異名を、黒銀の聖王といった。

 長く生きられなくても、だからこそ、精一杯生きたい。若き族長の胸に宿るは、ささやかな願い。
 彼は二十歳まで生きられないという、宿命を背負っていたから。
 そんな彼の異名を、錯綜の幻花といった。

 絡み合う運命は、王と族長を出会わせる。そして二人で挑んだ数多くの難題。育んだ絆はいつしか、互いをかけがえのない存在へ、相棒へ、半身へと、変化させていく。
 出会いの果てには、必ず死が待っていると、知っていても——。
 これは、島国、神聖エルドキアに伝わる英雄譚。黒銀の聖王と錯綜の幻花の歩んだ、歴史に連なる足跡の物語。

「俺は、王だから。この国を、絶対に守りぬく」
「僕は幻の花。美しく咲いて、美しく散るのさ」
 青空に咲く、黒と金。青空に咲いた、聖王と幻花。
 描かれる美しき物語を、ご覧あれ。

*****

 以前に書いた作品をリメイクしたうえ、本編の前日譚に組み込みました。ファンタジーです。私、流沢藍蓮の主力シリーズの一作品です。
 本編が始まるのは前日譚が終わった後です。
 基本的に二日に一回更新、他の小説群と同時更新していきたいです。三本連立になってしまった……。
 物語本編は序盤、二人の主人公それぞれの物語に分かれます。side.Rは黒銀の聖王、side.Eは錯綜の幻花の物語です。二人が出会ってから初めて、真に本編が開始したと言えます。それまでは、一応「本編」と書いておりますが、藍蓮からすれば前日譚みたいなものです。
 では、前日譚から、開始!

*****

 Contents

前日譚 偽りの救世主メサイア >>2-12
 序章 「救世主」の使命 >>2-4
 二章 幻の花 >>5-7
 三章 破滅の果てに >>8-12

本編 青空に咲く、黒と金 >>13-
 第一章 崩れ落ちていく——side.R >>13-18
 第二章 罪色の花——side.E >>19-
 第三章 出会うべくして >>
 第四章 始まる物語 >>
 第五章

*****

 同じ字をたくさん使うと荒らし扱いになってエラーが出るらしい……。私、同じ字をたくさん使うのも視覚的な表現だと思うのですがね。
 >>10には同じ字をたくさん使って一種の視覚表現を行っていますが、たまにそっくりさんを混ぜています。それはエラーで撥ねられないためにあえて混ぜたものであり、誤字ではありませんのでご注意ください。
※URLは前日譚の表紙……の、つもりです。

 ※復帰記念に再会しました!
 ……当分は以前に書きためていた分を放出することになりそうです。

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.11 )
日時: 2018/08/27 09:45
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


  ◆

 翼を失って、オレの生活はますますひどくなった。
 エクセリオは命が助かったばかりか、傷一つ残らないらしい。オレだけだ、オレだけに消えない傷が残った。オレだけなんだ、オレだけだ。
——どうしてオレが。
 どうして、大人たちに言われたとおりに「救世主」として生き続けたオレなんだ。どうして、どうして、どうして! どうしてオレなんだ、どうしてオレが。こんなにも、こんなにも、苦しまなければならないんだッ!
 そしてオレは思ってしまう。それは、思ってはならないことだったのに。あいつとの日々を全否定するような言葉なのに。襲い来る無慈悲な現実の前、オレの中にわずかに残っていた友情や絆なんて言葉は、いとも簡単に崩れ去る。オレの心は、叫んだ。
——どうして、エクセリオじゃないんだッ!!
 こんなに苦しむのが、どうして、エクセリオじゃないんだッ!!
 翼の傷がひどく痛み、疼く。オレはもう、二度と空を飛べない。
 そしてオレはとうとう、「存在しない者」となった。

 嘲られ、蔑まれる日々はまだましだったのだと、失ってからオレは気が付いた。
 事件の後、オレが仮に住んでいた家は取り壊され、そこは地ならしされて更地になった。オレがそれに文句を言おうが、誰もオレに反応してくれない。オレが相手の肩などを掴めば、「幽霊がとり憑いた」と大騒ぎして、「除霊」と称してひどい目に遭うようになった。
 オレが道端に立っていたら、石ころか何かのように蹴とばされて見向きもされず、声を掛けても反応しない。
 背中の激しい痛みと闘いながらも、オレは不意に悟った。
——ああ、もう「救世主」なんて存在しないんだな、と。
 蝶よ花よとエクセリオばかり可愛がられて。その陰で一生懸命生きていた救世主はもう、存在しない。
 涙が、零れた。オレの中で激情が吹き荒れる。報われなかった思いが、一方的に踏みにじられた幸せが、ズタズタにされて千切れ飛んだ心が! 叫んだ。
 い、いいい要らなかったのなら、救世主なん、て、要ら、要らなかったのなら! さ、最初か、ら、な、なななな何も、期待、するなよ。望むなよ、オレに何かを願うなよッ! だか、ら——無駄に期待された、から! こんなにも、こんなにも辛いんだよ! 最終的に「存在しない存在」にするくらいなら! オレに「普通の人間」としての立場をくれよ、オレに「普通の人間」として生きる権利をくれよ、なぁ! 「救世主」なんて要らない! 馬鹿みたいだ! 救世主なんて——誰も、誰も! 望んじゃいなかったんだ! かえって誰かが不幸になるだけじゃないか、なぁ!? なんでオレをそんなものにしたんだよ! なんでオレにそんな不幸を背負わせたんだよ! 自分たちの不幸を肩代わりする体のよい生贄の子羊が欲しかったってだけだろう! 大人はいつだってそうだ、自分の都合ばかり押し付けて! 生贄にされる相手のことなんて、露ほども考えたことなんてなかったんだろう、あぁ!? オレはそんな奴らのために利用されたのか! そんなに醜い奴らのために悲しみを、痛みを、苦しみを味わったのか! 味わわされたのか! なぁ! オレは自分の人生をそんなものの為に浪費なんてしたくない! なのにさせられた! なぁ、一体どうしてくれるんだよ! どうしたらオレは救われるんだよ!! 「救世主」は救いなんて望んじゃいけなかったのか!? ふざけるなよッ、なぁッ!!
 悲しかった、悔しかった、苦しかった、辛かった、いきどおろしかった、憎かった、腹立たしかった、虚しかった、そして幸せな奴らが羨ましくて、妬ましくて、疎ましくて、忌々いまいましくて、狂おしいほどに壊してやりたいとさえ思って、狂った。
 今やオレは「存在しない者」だ。いくら悲しかろうが辛かろうが、この思いを打ち明けられる人なんていない。オレはこんなにも歪み、醜く染まった惨めな心を抱えながら、まだまだ先の長い人生を生きるのだろうか。——生きなければならないのだろうか。
 荒れ狂う感情が心を支配し、理性を奪う、冷静さを奪う、正しい判断能力を奪う。
 「メルジア」と、唯一オレの本名を呼んでくれたエクセリオの声ももう聞こえない。オレは負の感情に支配され、狂った。壊れかけていた心が、ついに完全に——壊れた。
 狂った先にあるものは? 狂った先に何を見出す?
 オレは虚ろな目で宙を見つめた。見つめる先にあったのは、オレが生まれたときに記念に作られた天使の像。「救世主」誕生を祝う、奇跡の像。幸せを、平和を、約束してくれるはずだった女神の像。……クソッタレの天使の像。何も叶えてくれなかった、ただ微笑むことしかできないただの像。ご利益なんてあったものじゃない。
 結局、それは幸福なんかもたらしてはくれなかった。
 そしてオレは、破滅する。
 今も破滅してはいるが、さらに、さらに。取り返しのつかない域まで。そうして大人たちに見せつけてやるんだ、あなたたちが「救世主」と呼んだ少年に、一体何をしたのか。
 エクセリオも憎いけれど。大人たちもまた、この憎悪の一端を担っているのは、確かで。
 だから、教えてやる、見せつけてやる。
 オレは小さな決意を固めると、幽鬼のようにゆうらりと、実に頼りない足取りでその場を後にした。
 オレは、死んだ。オレは、死んだんだ。否、オレは死んだんじゃない、死んでいたんだ。そうさ、生まれたときから死んでいた。「救世主」になったときから死んでいた!
 ああ、泣きたいよ。この運命を呪いながらも、子供みたいに大声で泣きたい。
 神様なんて存在しない。神は万人を助けてくれるわけではない。
 そんなの、下らん理想論なんだ。
 だから、オレは————

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.12 )
日時: 2018/08/28 08:40
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


  ◆

 翌朝、一つの死体が見つかった。それは冬の冷気の中で凍りつき、ぞっとするほどに美しかった。その顔には皮肉げな笑み。その足元には、「これが『救世主』の末路だ」と、血文字で殴り書きされた木の板が転がっていた。
 天使像の腕に縄を掛けて首を吊っていた少年。その名前を、誰が覚えていよう。その思いを、その生き様を。誰が知ろう、誰が解ろう。
 その叫びが、誰に届こう。
 メルジア・アリファヌスはもういない。赤髪の炎使いは、もういない。
 鬼神のような形相で、運命を呪いながら死んでいった少年はかつて、「救世主」と呼ばれていた。
 偽りの「救世主」。望まれなかった「救世主」。利用され尽くした挙げ句に追い詰められた「救世主」。
 その実態はただの一人の少年に過ぎなかったのに、何故。何故、このような悲劇が起こったのだろうか。
 「救世主」はもういない。否、最初から存在しなかった。「救世主」は偽りだった。そんなものなんて——存在、してすらいなかったのだ。
 
 そしてそれから何年も過ぎ、大人たちは当たり前のように日々を過ごす。誰も覚えてはいない。誰もそのことを知らない。誰も「メルジア」なんてわからない。誰一人として、破滅した「救世主」のことなんて気にも留めない。彼らは全てをなかったことにして、いつも通りに生活を続ける。昨日も今日も、そのまた明日も。一人の少年がいなくなっても。その少年を、破滅させても。
 誰が、覚えていよう。その名前をその姿を、「彼」の優しさを使命感を、真面目さを、葛藤を。——その生き様を。
 こうして忘れられていく。こうして全ては風化していく。
 そして今日も時は流れる。

「メルジア……」
 エクセリオは小さくその名を呟いた。
 彼を倒して得た地位。彼を破滅させて得たその地位は、エクセリオにとっては強い強い罪悪感とつながる。
 失ってから初めてわかった、大親友だと思っていた彼の本当の気持ち。
 エクセリオは、両の手で自分をぎゅっと抱き締めた。かつてエクセリオを優しく抱き締めてくれたメサイアは、メルジア・アリファヌスは、もういない、けれど。
「みんながあなたを忘れても、僕だけは決して忘れない。そしてずっとずっと、償い続けるんだ」
 少年の死は、エクセリオの心に深い傷を残した。
「僕は、忘れないよ、メルジア」
 死んだメサイアは一通の遺書を遺した。それはエクセリオに宛てられていた。そこに書かれていたのは恨みの文章、エクセリオに対する恨みの文章。エクセリオが才能を持って生まれたことは罪ではないが、エクセリオはその言葉によってメサイアを傷つけ、最終的に破滅に追い込んだ。
 悪いのは大人たちかもしれないけれど。
 エクセリオもまた、メサイアを追い詰めたのは確かで。
 エクセリオは己の言動を省みる。「どうして出ていかないの」無邪気さから放った純粋な台詞。しかしその台詞がメサイアをこれ以上ないほどに傷つけたのだと、メサイアが死んだ今ならばわかる。エクセリオがいたせいで、メサイアは居場所を失った。その張本人たるエクセリオがそんな台詞を放ったならば、激怒して当然だろう。そしてその激怒がメサイアに罪を犯させ、彼を狂わせ、破滅に追い込んだ。メサイアはエクセリオを愛していたのかもしれない。しかし憎悪が、葛藤から生まれた激情が、エクセリオへの愛を上回ったのだ。もしも生まれた場所が違っていたのならばきっとこうはならなかっただろう悲劇。しかし残酷な運命は、最悪の形で二人を別れさせた。
 エクセリオは、ぽつりと呟いた。
「……メルジアを殺したのは、僕だ」
 『お前なんか生まれなければ良かったのに』
 それは遺書に記されていた、メサイアの本心。遺書にこもっていたのは憎悪。
 友達だと思っていた彼からのその言葉は、エクセリオの心に深く深く突き刺さり、決して抜けない棘となって彼を苛んだ。そしてそれはこれからもエクセリオを、苛み続けるのだろう。
「ごめん、ごめんよ、メルジア。ごめん……」
 今、自分の犯した罪に気がついてももう全ては後の祭りで。死んだ救世主は戻ってこない。
 偽りだった救世主。名ばかりで、その実態は人々の不幸の掃け口だった救世主。
 エクセリオは涙を流した。
「ごめん、なさい……」
 その償いは、永遠に続くのだろう。短い命、「神憑き」。彼が償える期間は非常に短いけれど。そもそもどうやって償えばいいのかすらわからないけれど。彼はその間ずっと、その死を背負い続けるのだろう……。死に怯えたエクセリオを慰めてくれたメサイアは、もういないのだから。エクセリオは一人になった。独りに——なった。
「僕は、逃げない」
 しばらくして、エクセリオは毅然とその顔を上げた。その瞳に浮かんだのは、小さいがしかし揺るぎのない、確固とした決意の炎。
 エクセリオはその表情のまま人型の幻影を呼び出すと、それを使ってメサイアの亡骸を天使像から降ろした。そして別の幻影に穴を掘らせると、亡骸をそっと穴の底に横たえさせて土をかけた。その顔は首が絞まったことにより赤黒く膨らんでいて、それでいて凄絶なまでに美しかった。
 エクセリオはメサイアを埋葬した。その墓標として、近くで見つけたはしばみの枝を挿した。
 メサイアの、メルジアの、偽りの救世主の、エクセリオの破滅させた大親友の墓標の前で、彼はもう戻らないのだと冷たい現実を突きつける土盛りの前で、エクセリオは祈るように両の手を組み合わせる。
 そして、誓った。
「僕は族長になるよ、メルジア」
 それは、
「あなたを蹴って就いた地位だ、罪悪感はある。でも僕は族長になる」
 悲しみから、苦しみから、
「僕にはやりたいことがあるんだ。それは、」
後悔から、身を灼き尽くすほどの罪の意識から、
「族長になって——この村の腐った意識を、変えてやることさ」
 逃げない誓い。
 エクセリオは、宣言した。

「——僕は罪から、逃げないッ!」

 その顔にはいつもみたいな笑顔がない、無垢さがない、無邪気さがない。
 代わりのようにあったのは、張り詰めた強い決意。
 図らずも一人の人間を破滅に追いやってしまった真白き心の天才は、罪というものを、大人たちの悪意というものを、知ってしまったから。もう無垢で無邪気だった頃には、戻れない。彼は人間の闇を知った。
 エクセリオは誓う。自ら破滅させてしまった親友の墓前で、冷たく残酷なまでに明確な、罪の証の目の前で、己の魂に誓う。逃げずに罪を背負い続けることを、安易な逃避には向かわぬことを。
「メルジア、僕は一生を掛けて、あなたに償うよ。決して長くはないけれど、この命のある限り……!」
 そのためには。
 まずは村を変えなければならない。
「僕は行くよ、メルジア。あなたの屍を乗り越えて、あなたの死を背負って、前へ」
 雪の中、エクセリオは立ちあがって踵を返す。最後にもう一度祈りを捧げるような仕草をすると、エクセリオはいなくなった。
 雪はしんしんと降り続く。間もなくその背中は見えなくなった。
 去りゆくエクセリオの後ろにゆうらりと、まるで彼を見送るように立ち上がった半透明の赤い影は。「救世主」を強制的に演じさせられた、名も無き少年の影は、 
 
 罪を背負った天才の、思いの見せた幻影だったのだろうか。

  ◆

 こうしてこの物語は幕を閉じる。悪意によって滅ぼされた少年と、無邪気すぎるゆえに無意識の内に相手を追い詰めた少年。二人の間には切れない絆が、確かな友情が、確実にあったのに。どうしてだろう、歯車は壊れ、全ては狂わされた。

 「救世主」なんて、必要なかったんだ。
 最初から——最初から。

〈偽りの救世主メサイア——Messiah of False 完〉

Re: SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.13 )
日時: 2018/08/30 08:51
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈青空に咲く、黒と金 本編〉——黒銀の聖王&錯綜の幻花

 国を救いたい、国を守りたい。若き王の胸に宿るは、熱き思い。
 彼は愛する祖国を、武力で侵略されてしまったから。
 そんな彼の異名を、黒銀の聖王といった。

 長く生きられなくても、だからこそ、精一杯生きたい。若き族長の胸に宿るは、ささやかな願い。
 彼は二十歳まで生きられないという、宿命を背負っていたから。
 そんな彼の異名を、錯綜の幻花といった。

 絡み合う運命は、王と族長を出会わせる。そして二人で挑んだ数多くの難題。育んだ絆はいつしか、互いをかけがえのない存在へ、相棒へ、半身へと、変化させていく。
 出会いの果てには、必ず死が待っていると、知っていても——。
 これは、島国、神聖エルドキアに伝わる英雄譚。黒銀の聖王と錯綜の幻花の歩んだ、歴史に連なる足跡の物語。

「俺は、王だから。この国を、絶対に守りぬく」
「僕は幻の花。美しく咲いて、美しく散るのさ」
 青空に咲く、黒と金。青空に咲いた、聖王と幻花。
 描かれる美しき物語を、ご覧あれ。

  ◇

〈第一章 崩れ落ちていく〉——ラディフェイル・エルドキアス

 帝国暦三九八六年、四月。
「我ら帝政アルドフェックは、神聖エルドキアへの侵略戦を、開始する!」
 一方的に発された宣戦布告、そして始まった侵略戦。
 この世界「アンダルシア」には北大陸と南大陸の主に二つに分かれ、帝政アルドフェックは北大陸の中央に位置する。対して神聖エルドキアは、北大陸から少し南東に行ったところにある島国である。海を隔てている分侵略も容易ではないはずだが、アルドフェックは周辺の国々を侵略によって支配して十分に力をつけたため、エルドキアに攻め入ることが出来たのだ。
 当時の神聖エルドキア王、エヴェル・エルドキアスはこの侵略に対し、断固として抵抗することを宣言した。神聖エルドキアは誇り高き国、神の国。ゆえに、簡単に落ちることなど許されない。彼らには選民思想があった。
 エヴェルはこの防衛戦にあたって、新たな法を発布した。曰く、
「誇り高き我らが民よ、侵略に屈するな、全力で抗え! 命捨ててもこの国を守れ!」
 というものだった。そして国民はその法に従って必死で戦った。もともとエルドキアは神の国と自称するだけあって精鋭ぞろいの国、アルドフェックの有象無象に負けるわけも無かった。アルドフェックは数が多いだけで中身のない国、エルドキア国民は侵略者をそう侮っていた。
 しかし実態は、違ったのだ。

「……オレを、舐めるな」

 突如現れた南大陸から来た傭兵、「隻眼の覇王樹」デュアラン・ディクストリを始め、アルドフェックの武将はもちろん、兵士までもが一筋縄ではいかない相手だったのだ。こうなると後は人海戦術、同じくらいの戦力同士ならば数が多い方が圧倒的に有利。攻めるよりも守る方が有利といえど、エルドキアの優位は完全に消え去った。
 それでも、王は法を撤回しなかった。
 撤回できなかったのだ。誇り高き民の頂点に立つ王が、その誇りを捨て去って降伏することなど。十五歳になったばかりのラディフェイルにだって、それはわかってはいたけれど——。


「兄上」
 漆黒の髪、闇を宿した紫紺の瞳、漆黒のマントに漆黒のブーツ。マントには銀の鷲の刺繍が入っており、それが彼を夜空のように見せる。
 全身黒づくめのラディフェイルは不安そうな顔で、一番上の兄、セーヴェスに問い掛けた。
「国は、これからどうなるんだろう?」
 わからない、と、優しげな緑の瞳を曇らせてセーヴェスは答える。その胸元で、エメラルドのペンダントが揺れた。まるで彼の瞳みたいな、優しく穏やかな光をたたえたエメラルド。
「民を思うならば降伏した方が良いだろう。このままいけば、僕らきっと全滅する」
 でもね、と彼は言う。
「それは本当に民を思うことに繋がるんだろうかって、僕は思うんだ。それで民の命は救えても——国の象徴たる王が帝国に頭を下げるなんてことがあったら、民の心は破壊される。難しい問題だよ、ああ、難しい問題だ」
 セーヴェスはその綺麗な顔を、難しげにゆがませていた。
 ラディフェイルも不安だったが、今一番、不安を感じているのはこの兄だろうと彼には容易に想像がつく。セーヴェス・エルドキアス。彼はこの国エルドキアの第一王子で、次に王となる者だから。王位から離れた、第三王子のラディフェイルとは違うのだ。
 それでもラディフェイルは不安だった。彼はこの国を深く深く愛していたから。
 そんな弟の頭を、セーヴェスは優しく撫でる。
「大丈夫だよ、大丈夫だ、ラディ。もしも何かあったとしても、この僕が何とかするから。最悪、降伏することになって民から愚王と罵られたって、その責はすべて僕が受けるから。生贄がいれば万事解決なんだよ。そして僕はその、生贄にふさわしい」
 嫌だ、とラディフェイルは兄の身体を抱き締めた。
「俺は、嫌だ。兄上が、誰よりも優しい兄上が、国のために犠牲になるなんて!」
 しかしセーヴェスは、仕方のないことなんだよ、と言って、ラディフェイルの身体を引き離した。
「僕は誇りを保つことよりも、降伏をして少しでも多くの命を救うことに尽力するね。そうしたらきっと恨まれるだろう。でも、それで、いい。それが王としての僕との在り方、王としての僕の最良の選択なんだから」
 その緑の瞳には、凛とした揺らがぬ意志。ラディフェイルのちゃちな言葉では、否、他の誰のどんな言葉でも、そよとも揺らがぬ確固たる意志。
 外見は優男でも。
 宿した意志は、強烈だった。
 セーヴェスは、言うのだ。
「それが、僕の生き方だから」
 だからごめんよ、と、彼は泣きそうな顔で、ラディフェイルに言った。
 戦況は思わしくない。すでに国民の三分の一は戦場で命を散らしたという。国が崩壊するのも時間の問題だ。それでもエヴェルは法を撤回しない。
 セーヴェスは、囁いた。
「僕は、国のためならば悪魔になるよ」
 その次の日、兄弟の父、エヴェルは死んだ。
 毒殺だったらしい。

  ◇

Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.14 )
日時: 2019/04/17 23:27
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


「俺は、疑いたくないけれど——」
「駄目、兄さま。その先は言わないで」
 エヴェルが死んで、セーヴェスが臨時で即位して王になった。そしてセーヴェスはエヴェルの法を撤回、降伏する方面に持ち込もうと、アルドフェックに交渉し始めた。するとそれに怒った国民が暴動をおこし、国は荒れに荒れた。
 そんな中で、ラディフェイルと五歳下の妹エルレシア、そして第二王子、十八歳のクレヴィスは王宮のある部屋で話し合っていた。
 ラディフェイルは、父を毒殺したのはセーヴェスであろうと推測していた。その推測を裏付けるようにクレヴィスが発言する。
「悪いがエルレシア、父上を殺したのは十中八九、兄上だぞ。兄上以外、父上を殺す理由のある者がいるのか? それこそアルドフェックの刺客でも来たならば別だが、アルドフェックは今のところ、王宮にまで侵入したことは、ない」
 ラディフェイルは思い出す。前日の、セーヴェスの言葉を。『僕は、国のためならば悪魔になるよ』。その言葉と、決意のこもった揺るがぬ瞳。そして言った、『ごめんよ』。
 いやいやをして否定しようとする十歳のエルレシア。でも現実は、そう甘くはない。セーヴェスがエヴェルを殺した、おそらくこれは真実だ。
 国を良くしようとして、
 悪魔になった第一王子。
 そして悪魔はいつか殺される。衆目の前、晒されて。
 別の道はなかったのだろうかとラディフェイルは思ったが、既に賽は投げられた、今更死者が蘇るわけでもないし、あとは成り行きを見守るしかないのだろう。
 そしてクレヴィスはセーヴェルみたいに優しくはなかったから、ラディフェイルを慰めることはしなかった。エルレシアに対してもそれは同じだった。
 ただクレヴィスは、現実を突きつける。
「戦いが、始まるぞ」
 内憂外患、外からはアルドフェック、内からは怒り狂った国民。二つの脅威が王宮に迫る。
「覚悟を決めろ。悪いが僕は自分のことに精一杯なんだ、弟妹を守る余裕なんてない。全て終わって皆が無事であったのならば、その時再会を祝おうじゃないか」
 言って、踵を返して立ち去ろうとするクレヴィス。その背にラディフェイルは声を投げた。
「何処へ、行くんだ?」
 決まっているだろう、と、淡々とクレヴィスは答えた。
「逃げるんだよ、この王宮から。王位は棄てる。暗礁に乗り上げた船にいつまでも乗っていたら、こっちが溺れるだけ。僕は溺れたくないからな。……降伏は、アルドフェックに受け入れられるだろう。でもその代わり、僕ら王族は誇りを踏みにじった者として、国民から絶対に許されない。生き延びたければ今すぐ逃げろ。忠告できるのはそれだけだ。僕は自己保身に入る。臆病なんて言うな、人間は結局のところ皆、自分本位な存在なんだから。……ついてきたいなら、いますぐ動け。僕なら安全な場所を教えてやれる」
 それだけ言って、クレヴィスはいなくなった。
 おそらくもう二度と戻ってくる気はないのだろうとラディフェイルは思った。
 そしてラディフェイルもエルレシアも、動けなかった。
最後、二人の視界から消える前、クレヴィスは後ろを振り返った。そして誰もついてこないのを見ると、諦めた顔をして今度こそ本当にいなくなった。
欠けていく。一人、二人。最初に父、次に兄。ラディフェイルの周囲から、次々に家族が欠けていく。
まだ十五歳に過ぎないラディフェイルと十歳に過ぎないエルレシアは、そんな様をただ呆然と見送るしかできなくて。
「……俺は、無力だ」
 悔し涙を流しながらも、ラディフェイルは拳で王宮の柱を殴った。
 エルレシアは呆けた顔をして、突っ立ったままその様を眺めていた。

  ◇

Re: 【本編始動】SoA 青空に咲く、黒と金 ( No.15 )
日時: 2019/04/18 23:29
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


 降伏は、受け入れられた。アルドフェックはもうこれ以上、エルドキアを攻めないと約束した。外患は取り除かれた。
 すると気になってくるのは内憂の方だ。誇りを捨てた王を、国民は愚王、軟弱な王となじり、あちこちで暴動が起こった。
 そしてついに、その日は来た。
「逃げなさい、ラディ、エリシア」
 すっかりやつれた顔のセーヴェスが、そんなことを言った。
 怒り狂った国民が、その日、王宮に攻め寄せた。
「僕がすべての責任を取る、僕が生贄になるから。お前たちまで巻き込まれる必要はないんだよ。だからさっさとお逃げ」
 欠けていく家族たち。
 セーヴェスの瞳に宿る意志は、揺らがない。
 でも、何を言っても無駄だと知っても、ラディフェイルは言いたかった、伝えたかった。大好きな、この兄に。
「……兄上」
 ラディフェイルの隣では、幼いエルレシアがすがりつくような眼をしてセーヴェスを見ていた。
「どうしても、一緒に逃げることはできないのですか」
 当然だよ、と彼は言う。
「それが、王だから。それが、王としての在り方だから。でもね、僕は」
 セーヴェスのつよい瞳から、不意に雫がこぼれ落ちた。彼は両腕でラディフェイルとエルレシアを息が詰まりそうなほど強く抱き締めると、言った。
「この長くはない生、確かに幸せだったって思ってる。君たちというかけがえのない家族と過ごせた日々、忘れないさ。クレヴィスは逃げたけれど、あれは妥当な判断だしね。僕は、僕は——」
 零れ落ちた雫が、ラディフェイルとエルレシアの頭を濡らす。
「……確かに、幸せだった、よ!」
 言って、彼は二人から腕を離して、先ほどとは打って変わった鋭い口調で命じた。
「さあ逃げなさい、ラディ、エリシア。運があればまた会えるだろう! 僕のことはいいから、さあ早く!」
 セーヴェスは言うと、ラディフェイルの手に何かを押しつけた。それは彼がいつも身につけていた、エメラルドのペンダント。まるで自分の遺品を渡すような、行動。
 セーヴェスは叫ぶように命じた。
「逃げなさい!」
 誰が、誰が、その命令に逆らえるだろう。
 命じたその緑の瞳からは、涙とともに血も流れているように、ラディフェイルは感じた。
 そして二人は、落ち伸びる。
 残ったセーヴェスは十中八九、死ぬことになるだろうとわかっていても。
 ラディフェイルは、願わずにはいられなかった。
(神様、神様、運命神フォルトゥーン! 我らに再会を、兄上に幸運を!)
 叶わぬ願いだと知っていても、願わずにはいられないことがある。
 こうしてきょうだいは、家族は、引き裂かれたのだった。

  ◇


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