複雑・ファジー小説

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Seventh Knight —セブンスナイト—
日時: 2018/11/29 01:02
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 始めまして、閲覧ありがとうございます。清弥と申します。

 感想や意見を求めて三千里。「なろう」でも別名「セブンスナイト —少年は最強の騎士へと成り上がる—」として上げておりますが、何分あちらのサイトではあまり受けない内容でしたのでこちらにも掲載させて頂きます。
 内容はご当地主人公の異世界ファンタジー。拙い部分も多々ありますが、お付き合い頂ければ幸いです。

(以降、あらすじ)
 人間と魔族と禍族《マガゾク》が蔓延る世界。そんな中で、禍族に住んでいた町が襲われたことをきっかけに緑の少年……ウィリアムは大いなる力を手に入れる。
 これは、『緑の騎士』と成った少年が七色の騎士たちと織り成す『七色の騎士《セブンスナイト》』の物語だ。



序章 —セブンスナイツ—
 >>1>>4
1章 —力求める破壊の赤—
 >>5>>20
2章 —救済探す治癒の藍—
 第1話「悪夢」 >>21
 第2話「その後とこれから」 >>22
 第3話「『藍の騎士』との出会い」 >>23
 第4話「再会のための別れ」 >>24
 第5話「服を脱げ」 >>25
 第6話「本当の全力」 >>26
 第7話「"余物"と呼ばれた物たち」 >>27
 第8話「生物を殺すということ」 >>28
 第9話「矛盾した能力」 >>29

1章_力求める破壊の赤 —その瞳に宿すのは— ( No.15 )
日時: 2018/08/29 21:45
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

リアルが忙しくて完全に忘れていました、申し訳ないです。また投稿を再開しますのでぜひ見ていってください。




「おぉ! ブランドンさんが帰ってきたぞッ!」

 『赤の騎士』であるブランドンが住まう街……エレノア。
 その正門へと近づく馬車を見つけた衛兵は、誰が従者席に座っているのかを見て歓喜の声を上げた。
 禍族や魔族と戦う正義の味方、『騎士』が帰ってきたのだから喜ぶのも仕方がない。

 けれどきっと、街の衛兵さえもが喜ぶのはそれだけが理由ではないのだろう。

「おうガジルさん、今帰ったぜ!! お勤めご苦労さん!」
「いえブランドンさんこそ、お疲れ様でした!」

 ブランドンは白く眩い笑みを浮かべ、温かみのある声と喋り方で衛兵を労う。
 一つ一つの言動や行動だけで、街の人々から圧倒的信頼を得ていることは想像に難くなかった。
 誰だって英雄が話しやすく取っつき易い存在だったら嬉しいものである。

「その方たちが新しく成った『騎士』とそのご友人ですか?」

 不意に言葉を振られ、ウィリアムとエンテはびっくりして言葉を詰まらせながらも頷く。
 そうですかと明るく温かい笑みで受け入れられ、どうしようもなく恥ずかしくなってしまう二人。

「では『騎士』の方たちとそのご友人をいつまでも待たせては申し訳ないので、どうぞ通ってください」
「良いのか、そんなんじゃ衛兵失格だぞ?」
「そんなこと言うんならブランドンさんだけ通しませんよ?」

 げっと顔を急に歪めるブランドンに、衛兵はニヤついた顔で言葉を続けた。

「良いんですか? 愛しのご家族に会われなくて」
「ぐ、ぐぐぐ……。すまん。お前は衛兵の鏡だ、今後も続けてくれ」
「えぇ、ブランドンさんの頼みなら喜んで」

 一連の流れを見ながらウィリアムとエンテの二人は思う。
 あぁ、こんな性格の人だからこそ誰もが接しやすく、すぐさま受け入れられるのだと。

(自分が『騎士』だと驕らない……素晴らしい人格者だな、ウィリアムよ)
(俺も見習わないと)

 今まで見た『騎士』の中で/とは言っても『赤』と『青』だけだが/ブランドンが一番の人格者のようにウィリアムは感じた。
 ライアンも十二分に人格者ではあるが、彼はどちらかというと“上に立つ者として”の人格者だろう。
 それとは別に、“下の者が接しやすい”という人格者がブランドンなのである。

「すまんが、お前ら降りてくれ」
「……? どうしたんですか?」

 内心でバラムと決意を固めていたウィリアムは、ブランドンの言葉で我に返った。
 どうやら降りてほしいらしいが、どうしてだろうかと首を傾げる。
 意味も解らず降りたウィリアムとエンテに、衛兵が軽く頭を下げながら説明を行い始めた。

「すみません、ですが先日の町を禍族が襲撃した件で——」
「——かなり急いでたからな、馬車が壊れてないか確かめるそうだ」
「そういえばすぐ来てくれたもんな、ブランドンのおっさん」

 ウィリアムは戦闘後すぐに気を失って知らないが、エンテには禍族が倒されて一時間後にはブランドンは到着していた記憶がある。
 早馬を使い潰してもそんな早く到着するはずもないのだが、そこは『赤の騎士』の力で無理していたらしい。

「馬に方角だけ指示して、俺は後ろで火吹かしてたからなぁ」
「よく馬車壊れませんでしたね……」

 当然、早馬だけでは間に合わない為ブランドン自身がファルガを展開し火を逆噴火していたらしい。
 それによって馬の負担も減るし、速度もかなり早くなるがよくそれで馬車が壊れなかったなと溜め息をついてしまうウィリアム。

「ま、壊れるリスクがあったがそれ以上に人の命の方が大事だからな」
「————」

 ブランドンが使う馬車はかなり速度を重視している為、その分だけかなり金がかかっているはずだ。
 下手をすれば人の命よりも。
 けれど、それを知ったうえで彼は助けると言う。

(目標はデカい……か)

 目の前の人こそが、ウィリアムやエンテが目指すべき背中なのだと再確認する。

「じゃあこの馬車と馬のことはこちらで」
「あぁ、頼むぜガジル」

 ガジルと呼ばれた青年は「えぇ」と微笑んで頷き、街へと入る三人に向けて手を振って見送った。

「あらブランドンさん、お帰りなさい」
「おう、マーシャのおばさんも元気通りで安心したわ!」
「ブランドンのおじちゃん、また今度お話聞かせてよっ!」
「お兄さんだろォ! だが良いぜ、坊主。今回もいい話が転がり込んできたからな!」
「おぅブランドン! 今日は良い鹿が取れたんだ、また分けてやるよ!」
「いつもありがとなゼンの旦那! 後で取りに行くぜ」

 大通りをブランドンが歩くだけで、その街は一気に盛んになる。
 あまりの騒ぎに今日は何かの祭りではないかと思えるほど、人々はブランドンに話しかけていた。

(これは、すごいな)

 予想以上のブランドンの人気っぷりに、ウィリアムたちは感嘆のため息をしか出ない。
 まるで街全てがブランドンの帰りを喜んでいるかのように脈動している。

 その中でウィリアムたち二人は借りてきた猫のように体を硬直させながらブランドンの背中を追う。
 いつまで続くのだろうかと周りを見ていたら、不意に声が止んだ。
 ブランドンが大通りを抜け住宅街に入った瞬間に声が消え去ったのである。

「びっくりしただろ? 二人とも」
「はい、すごく」
「そりゃびっくりしたけど、なんでいきなり静かになったんだ?」

 当然のエンテの問いにブランドンは顔を苦笑で歪めた。

「さすがに住宅街まで騒いでたら迷惑だろ、そこらへんはちゃんと考えてくれてんのさ」
「……良い人たちですね」

 住宅街まで行けば、病に倒れている人も居るだろうし夜間の労働に疲れ今も寝ている人がいるだろう。
 起こしてしまっては不味いと街の人が遠慮しているそうだ。
 正直そこまで関係が完成されていると、流石のウィリアムたちも驚きを越えて無感情になってしまいそうになる。

「ま、いい奴らだけどそれは置いといて——」

 ブランドンは大きく伸びをすると、ウィリアムたちに半身で振り向き奥を指し示した。
 大きな背中で隠れていた通路の奥には、周りより一回り大きな家が建っている。
 屋敷ほどには大きくなく、普通の家ほど小さくも無い家。

「——ようこそ、これが俺の家だ。上がってってくれ」

 これが、『赤の騎士』ブランドンの家だったのだ。




「今帰ったグフッ!」
「お帰りーー!!」

 正面玄関の扉を、頬を緩ませてブランドンが開けた瞬間に何か小さな物体が腹に直撃するのを、後ろの二人は確認する。
 高い声で叫びながらブランドンの腹に突撃したのは、小さな少女だった。

「あらあらお帰りなさい、貴方」
「おう、ただいまネリア」

 騒ぎを聞きつけて、家の奥から顔を出したのは雰囲気柔らかそうな女性。
 美人でもなく非常に可愛いこともなく、それでも暖かな雰囲気を漂わせる彼女の笑みにブランドンは頬を緩ませた。
 確認するまでも無く分かる、彼女がブランドンの妻なのだと。

「パパ、ラネにはー?」
「お、悪い悪い。ラネ、ただいま」
「おかえりー!」

 強く強くブランドンの体を抱きしめて、ラネと呼ばれた幼い少女は柔らかな顔を満面の笑みで描く。
 暖かな雰囲気を持つ妻と、明るい雰囲気を持つ娘に迎えられるブランドン。

(“家族”、か)
(うむ、良いものだな)
(……あぁ)

 きっと、本来の家族とはこういうものなのだろうとウィリアムは思う。
 暖かくて諸手を上げて安心できる……そんな居場所なのだと。

「っと、紹介が遅れた。ネリア、ラネ、今日はお客さんがいるんだ」
「おきゃくさんー?」

 ウィリアムとエンテは、一気にこちらに視線が向いたことを感じ硬い笑みで答えた。

「こっちの緑の坊主が『緑の騎士』と成ったウィリアム」
「初めまして、ウィリアムと言います」
「んで、こっちの茶色の坊主がウィリアムの友人のエンテ」
「ちわっす」

 二人の若い少年を見てネリアは目を数回瞬きさせ……目を少し細め、すぐさま淡い笑みで「こんにちは」と挨拶を返す。

「どうぞ中へ、ごゆっくりしてくださいね」
「どうぞー」

 ウィリアムは彼女が起こした一瞬の空白に疑問を覚えながら、エンテと共に家に入ったのだった。

 なお、その後すぐウィリアムとエンテはラネに突撃され腹を抱えることになる。




 時は過ぎ夜が訪れる。
 久しく顔を合わせていなかったブランドンとネリアは、その時間を埋めるように酒を交わし合っていた。
 今はウィリアムやエンテ、ラネも寝入り起きる気配はない。

 一口、グラスに入ったワインを口に含んだネリアは、味を確かめるように下で転がすと音も無く飲み込む。
 その目には淡い感情が流れていた。

「——貴方。ウィリアム君は、その……『緑の騎士』なのよね?」

 歯切りを悪くしてそう問うネリアに、ただブランドンは頷く。
 ただそれを見て、ネリアは顔を落とした。

「きっと戦うのよね、貴方と同じく」
「アイツらはもう戦ったし、戦うことは止めないだろうさ」

 “アイツら”。
 それだけで、もうウィリアムだけでなく『騎士』ですらないエンテも戦ったのだと察するネリア。

 現実は酷いものだとネリアは思う。
 また“彼と同じように”傷付く人が増えるのだから。

 だから、だからせめて確認したかった。

「後悔はしてないのね、貴方?」
「あぁ、それに決めるのは俺らじゃないさ」

 ブランドンの体が若干震えているのをネリアは見逃さない。
 言葉の上で肯定していても、きっと心までは肯定しきれていないのである。

 そっとネリアはブランドンを抱きしめた。
 安心してほしいと、振るえなくてもいいのだと。

「私は死なない。私たちの娘も、ウィリアム君も、エンテ君も」
「……俺が、守って見せる」

 二度と失うものか。
 ブランドンの瞳に静かな火が宿った。

 ——否、違う。
 初めから宿っていた火が、大きくなり始めたのだ。
 誰にも……ネリアでさえも消すことは叶わなかった、“殺戮の赤”が。

1章_力求める破壊の赤 —望んだ力を叶える能力— ( No.16 )
日時: 2018/08/31 08:29
名前: 清弥 (ID: /PtQL6mp)

「おーし。つうことで緑の小僧、お前の『騎士』としての特訓始めるぞ」
「お願いします」

 ウィリアムたちがエレノアに来てから二日目。
 その日は朝早くから起こされ、街にある訓練場にブランドンとウィリアムは来ていた。

 どうやらエンテは別の人……この街の衛兵が行う訓練に付き合う形となっているようで、ウィリアムとは別行動をしている。
 また、『騎士』が訓練するため何が起こるか分からないので、訓練場はウィリアムとブランドン以外誰も居ない。
 下手に『騎士』が本気を出したら訓練場自体が崩壊しかねないから、当然と言えば当然だろう。

「ま、『騎士』っつっても基本は普通の人間と変わらない。結局、自分の肉体が全てだからな」

 ブランドンもウィリアムも『騎士』ではあるが、扱う武器は大剣と大楯だ。
 逆に普通の人とは違い、状況に適した得物を選べないという点ではこちらの方が不利だと言える。

 その武器を扱うのは超強化されたとはいえ、ただの肉体。
 扱う本人が使用法を誤ればどれほど強くても簡単に死ぬし、向ける相手を誤れば味方でさえも殺してしまう。
 あくまで『騎士』というのは扱う武器であり、自意識で勝手に動く存在ではないのである。

「んでもって『騎士』の肉体の強化っていうのは、元あった肉体に応じて強化量が変わる……そこまで分かるな?」
「はい」

 もう少し分かりやすく説明するならば、『騎士』の肉体の強化は“足し算”ではなく“掛け算”だということだ。
 元々の肉体にある一定の分だけ“足す”のではなく、元々の肉体の力を何倍かに増やしているのである。
 つまりは元々の肉体が強ければ強いほど、『騎士』の強化の恩恵も十二分に得られるのだ。

「そこまで分かってるなら、訓練の内容もわかるだろ? 一つは肉体を鍛えることだ」
「えぇ、俺もそこまでは想像できてます」

 けど、とウィリアムは周りを見渡す。
 『騎士の力』はそれぞれの得物……つまりは|風之守護《ウィリクス》や|火之殺戮《ファルガ》を展開しない限り発動しない。
 つまりは素の状態のウィリアムやブランドンは、ただの一般人程の能力なのだ。

 だから、何故体を鍛えるのにわざわざ訓練場を貸し切ったのか、ウィリアムに何か他に理由があるようにしか思えないのである。

「一つ、ということはまだあるんですよね? 『騎士の力』を行使しないと出来ないような訓練が」
「そうだ。体を鍛えるのも大事だが……『騎士』にとって最も重要なことをお前に教える」

 それだけ告げると、ブランドンは“印”がある右手をかざして叫ぶ。

「燃えろ、“|火之殺戮《ファルガ》”!」

 火が周りに現れ、右手に集って形を成す。
 燃える火を象った大剣を両手で握り、ブランドンは肩に担いだ。

「今からお前に教えるのは、『騎士』が持つ得物……つまりお前の大楯のような武具の扱い方だ」
「扱い方、ですか?」

 首を傾げるウィリアムに、ブランドンは「そうだ」と頷く。
 だがウィリアムには目の前の大剣が、大剣以上の事を為し得るようには思えない。

「まぁ見てろよ、俺のは比較的判り辛いがお前なら悟れるはずだ」

 笑ってそれだけ言うと、火を象った大剣の刀身をウィリアムから見て後ろ側へ持っていくブランドン。
 いわゆる、大剣を持って走る時の構えだ。

 何をするのだろうと真面目な表情でウィリアムはブランドンを見続ける。

「“|火よ、吹き進め《ジェット・オン》”ッ!」

 次の瞬間、ウィリアムの瞳に映ったのは“空を飛ぶ”ブランドンの姿。
 大剣の鍔の部分から火が吹き出し、それを推進力として空を飛んでいるのだ。

「“|殺戮よ、伸び裂け《ロングレンジ》”ッ!」

 空を火で飛びながらブランドンが次に行ったのは、大剣の“刀身を伸ばす”ことである。
 2mほどまで伸びた刀身はそのまま振るわれるがままに、ただ空を裂く。

 目を大きく開け固まるウィリアム。
 それを苦笑で見届けながら、ブランドンは火の勢いを緩め地面に着地した。

「“|殺戮よ、縮み裂け《ショートレンジ》”」

 最期に、着地したブランドンは2mほどの刀身になった大剣を元通りに戻し“ファルガ”を消す。

「とまぁ、こんな風に得物には必ず二つの能力があるわけだ」
「……ちょっと待ってください、目の前の現実が受け入れられないです」

 流石に現実では在り得ないことにウィリアムは思わず眉を潜めた。
 一般人としては確かに正しい反応なのだろう、だが——

「——『騎士』みたいな存在がまず不可思議そのものだしよ、別に今更気にすることじゃないだろ?」
「…………ぁ」

 長い時間をかけて、“考えるだけ無駄”という結論に収束したウィリアムであった。

「それもそうですね、確かに今更でした」
「おうよ」

 今更気にすることが無いのなら、あとは話を進めるだけだろう。
 別に理論を理解していなくても力が使えれば……もっと言うならば“皆を護れれば”ウィリアムにとって問題ないのだから。

「それでブランドンさん。さっき、“必ず二つの能力がある”と言っていましたよね?」
「あぁ、『騎士』と成るとき俺たちが欲した力によって、扱える能力は変わる」

 ブランドンの扱う能力は“火を噴射する能力”と“刀身の長さを変える能力”で間違いないはずだ。
 しかし、ウィリアムは自身が何の能力を持っているか全く理解していないどころか、欠片も知らない。

(バラム。お前は俺の持つ能力、知ってるのか?)
(……すまん、何故か思い出せん。確かに前は知っていたはずだが)

 『騎士の力』であるバラムならば知っているのではないか、そう考えてバラムに問うウィリアム。
 だが、バラムから返ってきたのは“思い出せない”という言葉だ。
 “知らない”ではなく“思い出せない”のは何故なのか、眉を潜め原因を考えようとしたウィリアムの鼓膜に声が届く。

「とりあず、緑の小僧。お前も試してみろ」
「え? あ、はい。でもブランドンさん、俺は何の能力を持っているか知りませんよ?」

 ブランドンはウィリアムの疑問にすぐさま苦笑いをすると、「俺も初めは知らなかったよ」と答えた。
 初めから知っているという大前提がまず間違っていたことに、ウィリアムは驚きで大きく目を見開く。

「そうなんですか?」
「あぁ。無意識的に判るもんでもないし、誰かが教えてくれる訳でもない……というか、お前“声”が聴こえるならソイツに教えて貰えばいいじゃないか」
「試しましたけど、“思い出せない”らしいです」

 まさか“思い出せない”なんていう間抜けな言葉で返されるとは思っていなかったのか、ブランドンはずっこけ掛ける。
 おっちょこちょいにも程がある、そう思われても仕方がないだろう。

「んじゃまあ、能力探しからだな」
「流石にヒント無しじゃ判らないんじゃ……?」
「お前が望んだ力を叶えるために能力がある。それを頼りに探せ」

 その言葉に、ウィリアムは無意識に“印”のある左手を見つめる。
 盾を中心に風が巻き起こる状態を描かれた“印”に、ウィリアムは自身が何を望んだのかを思い出す。

(全てを護る、力が欲しい)

 全てを護る力、それを叶えるための能力。
 一体それが何なのか、考えても考えてもウィリアムの頭には出てこない。
 ただ、とりあえず試してみないことには始まらないと、ウィリアムは左手をかざして叫んだ。

「舞え、|風之守護《ウィリクス》ッ!」

 体中に力が張り巡る感覚と共に、ウィリアムの周りに風が巻き起こる。
 かざした左腕に風が巻き付き、一つの形を成した。

 創り上げられた大楯を構えてウィリアムは思う。
 一体何が自身の願いを叶える能力なのか。
 一体何が全てを護れるという能力なのか。

(例えば、盾が巨大化する……とか)
「何か強く“力”を感じたなら、それがお前の能力だ。良く考えろよ」

 反応なし。
 何かひらめくような感覚も無ければ、盾が大きくなるような雰囲気もウィリアムには感じられない。
 盾を巨大化させる能力ではないらしいと悟る。

(じゃあ風が俺自身を纏うとか)

 これも反応なし。
 風が巻き起こることも無く、ただそよ風が外から流れ込んできただけだ。
 虚しい風だったのは言うまでもないだろう。




 以降、何度も想像しては“力”を感じれず、予想以上に初手から躓いたウィリアム。
 ブランドンはその姿を見ながら、ただ筋トレをしていた。
 未だウィリアムが能力を得るのは先の話になりそうである。

1章_力求める破壊の赤 —襲撃— ( No.17 )
日時: 2018/09/01 22:44
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 ウィリアムとエンテがそれぞれに特訓を始めてから一週間ほどが経ったある日。
 いつも通りに『騎士』が持つ能力が何なのか考えていたウィリアムの鼓膜に、轟音が響いた。

「————ッ!?」

 特訓を筋トレしながら眺めていたブランドンにもその轟音が聞こえたらしく、その音に顔を驚愕で歪めながら音の方角へ振り向く。

「な、んで——」
「——こんなにも早く、現れやがるッ!」

 唐突に、誰もが平和を謳歌していた街に起きた死の影。
 まるで世界の裏側から来たかのようなどす黒い漆黒で塗りつぶされた巨体に、ぽっかりと空白が開いた瞳らしきもの。
 全長5mほどもある巨大な人型の|禍族《マガゾク》が、またウィリアムの目の前に現れた。

「ウィリアム、来い!!」
「は、はいッ!」

 驚くほどにその顔を“恐怖の怒り”に変えたブランドンは、怒声を上げながら禍族の元へ全力疾走する。
 あまりの焦り方にウィリアムは一瞬眉を潜め……すぐに気が付く。

 あそこは“妻と娘が居る住宅街”なのだ。
 遠く詳細には分からないが、それでも今禍族が居る場所は住宅街にほど近い。

(出現する場所に悪意がありすぎる……!)
(ウィリアム、ここは『赤の騎士』を先に行かせた方が良いのでは?)

 バラムの提案にウィリアムは速攻で肯定すると、前で走るブランドンに声を張り上げた。

「ブランドンさん! 先に能力で行ってくださいッ! 後で向かいます!」
「——! あぁ、悪い、先に言ってるぞッ!」

 即座に|火之刃斬《ファルガ》を展開したブランドンは、火を噴射する能力……“|火よ、吹き進め《ジェット・オン》”を起動し空に飛び立つ。
 それを走りながら見届けたウィリアムは、遠ざかっていくブランドンの背中に心の奥で妙な違和感を覚えながら、それでも走り始めた。

「舞え、“|風之守護《ウィリクス》”」

 ウィリアムも自身の得物を展開すると超強化された脚力で屋根へと飛び、誰も居ない不安定な足場の中駆ける。
 走りながら通路へ視線を向ければ、衛兵が混乱している住民たちを必死に誘導している姿が目に映った。

(エンテ、あいつも避難してくれるとありがたいんだけど)
(そんなことをする奴でもないのは百も承知だろう? ウィリアムよ)

 確かに、とウィリアムはバラムの言葉に苦笑して前を向き……気付く。
 漆黒で創られた禍族の周りに、火が飛び散っているのを。

(もうブランドンさんは到着したのか!)

 急いで加勢しなければとウィリアムは慌て、全力で禍族の元へ向かった。




 同時刻、偶然にも住宅街の近くの大通りで休憩を取っていたエンテは、禍族が現れるのを間近で確認していた。
 その後すぐさま自身では太刀打ちすら出来ないと判断して、批難誘導の方へ移っていたのである。

(まぁ、ブランドンのおっさんとウィリアムが居れば倒せるんだろうけど……)

 しかしながら避難をしなくても良いという結果にはならない。
 相手が5m近くもある巨体なら、近くの一般人がとばっちりで死んでしまっても文句が言えないのだ。

「エンテ君、君はブランドンさんの奥さんと娘さんの誘導に回ってくれ! 急いでッ!」
「う、うっす!」

 避難誘導をしていたエンテに指示を出したのは、衛兵の中でも隊長格の中年の男性だ。
 何やら妙に焦った様子で指示され、エンテは驚きつつも頷きブランドンの家の方へ走り出す。

(なんでブランドンのおっさんの家族だけを名指しに……?)

 ブランドンの家周囲の人を誘導、ならまだ意味は分かる。
 けれど、さきほどの隊長格の人が言ったのはブランドンの家族“だけ”だ。
 まるでブランドンの家族に何かあったら、一般人がどれほど死ぬことより不味いことが起きるとでもいうのだろうか、とエンテは考える。

(……なんか嫌な予感がする)

 齢16歳にして完成された肉体を全力で稼働させ、エンテは急いでブランドンの家族の元へ急ぐ。

「ネリアさんッ!」
「……エンテ君!」

 大人顔負けの速度でブランドンの家にたどり着いたエンテは、外に出て心配そうに禍族を見上げるネリアを見つける。
 急ぎ駆け寄ると、息が荒いことすら気にせずネリアに避難することを勧めた。

「ネリアさん、批難を!」
「……えぇ、分かっているわ。でもそれより前にエンテ君かウィリアム君に伝えたくて」

 この時間が限られた状況で何を伝えるのだろうかと首を傾げるエンテ。
 しかし、その後語られた真実に徐々にエンテは表情を硬くしていったのだった。




「ブランドンさんッ!」
「らぁッ!!」

 禍族と戦うブランドンの元へ辿り着いたウィリアムが見たのは、以前と同じ表情のブランドンだ。
 ——いや、あれよりも酷い。

(まるで、羊みたいだ)

 ガタガタと震える身体を押さえつけ、脳に焼き付いた恐怖を取り除かんと必死に狂う羊の姿。
 それが今のブランドンだった。

 村の近くで出現した禍族のときはまだここまで狂ってはいなかったはずだと、ウィリアムは思い返す。
 以前と何が違うのか……そう考えたウィリアムの脳はすぐに原因に行き着く。

(家族、その存在か)

 狂う原因が掴みかけたウィリアム。
 だがその鼓膜にブランドンの叫びが聞こえた。

「がッ……!」

 思考を切り捨て現実に戻れば、戦っているブランドンの腹に禍族の巨大な腕が直撃する姿を目に映る。
 衝撃波さえ生み出しながら吹き飛ばされるブランドンに、ウィリアムは慌ててクッションになろうと受け止める姿勢になった。

「ぐっ!」

 凄まじい速度のブランドンがぶつかり、あまりの重たさに呻きながらも超強化された肉体でウィリアムは勢いを殺す。
 どうやら受け止めきれたようだと安堵したウィリアムは、けれど受け止めたブランドンの体に力が入っていないことに気付く。

「ブランドンさんッ!?」
「…………」

 まるで反応しないブランドン。
 だが、呼吸はしているようで静かに体を上下しているのがわかった。
 とりあえず大事には至っていないようで安堵したウィリアムは、気を失ったブランドンを床に寝かす。

「……ブランドンさん。貴方がどれだけ苦しい思いをしたのか、それは俺には分からない」

 異様な禍族への“恐れ”。
 その恐れから生まれた鬼のような狂気。
 今回は、周りに家族が居ることで更に“恐れ”が増えたかのようにウィリアムは思えた。

 ウィリアムはそっとブランドンの右手を握る。
 右手に在る、その“印”を。

「でも、一つだけ分かることが在ります」

 ウィリアムの中には、常に優しく器の広いブランドンの姿があった。
 人々の『騎士』として、人々の『英雄』としてあれ程の人格者はまずいないだろうと、そう思えるほど。
 ——優しすぎて、器が広すぎたのである。

 だから、ウィリアムには分かった。

「貴方は『騎士』に成るべきではなかった」
「あぁ、俺もそう思うぜ」
「————」

 だから、不意にブランドンの右手から発せられる声にウィリアムは即座に対応できなかった。

 あぁだが、ウィリアムの脳はそれを簡単に処理してウィリアム自身にこう伝える——

「——貴方は、『赤の騎士の力』……そうですね?」
「おおよ、良く分かったな“素質ある者”」

 “素質”。
 それが意味することは、きっと『|七色の騎士《セブンスナイト》』のことなのだろう。
 “巫女様”から教わっていたウィリアムには、それがすぐに分かった。

「どうして貴方が俺に?」
「ちょいと見せてやろうかと思ってな」

 ニヤついた顔が脳内に思い浮かぶような声色で、『赤の騎士の力』は話し……急激にブランドンの右手が赤色に光りはじめる。
 ウィリアムの視界全てが赤色に染まる時、『赤の騎士の力』はこう締め括った。

「“我が宿り主”の記憶って奴を」

1章_力求める破壊の赤 —偽章_力求める殺戮の赤— ( No.18 )
日時: 2018/09/02 20:02
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 その男は、普通の平民だった。

「貴方、元気な男の子よ!」
「やったじゃないか!」

 その男は、平和に暮らしていた。
 心優しい父と、元気な母に見守られながら普通に生きていくはずの人生。

 けれど——

「逃げろ、ブランドンッ!」
「生きて……!」

 ——幼い彼を置き去りに、両親は禍族に殺された。

 禍族に両親を殺された日……彼は村を焼き尽くす火を見る。
 このときを境に、彼の人生の歯車は狂い始めた。
 だれよりも深く、強く、禍族を恐れるようになったのである。

 それが齢、7歳の頃の話。

 両親が死んだ後ブランドンは、幸運にも少し離れた街で商人をしていた叔父に拾われることになった。
 ただブランドンを受け入れる際に悲しい瞳をしていたことを、彼は明確に覚えている。

 自身を守ってくれる人はいなくなった。
 無条件で受け入れてくれる人はいなくなった。
 それによりブランドンは、不器用な自分でも生きていける“傭兵”への道を目指すことになる。

 商人の叔父から文字や簡単な計算を習い、仕事を手伝いながら合間を見つけては常に体を鍛えていたブランドン。
 同い年の子供たちと遊ぶことすら忘れ、ただ将来生きていく術を高めていく彼を止める者はいなかったのだ。
 ——叔父でさえも、彼が行っていることは正しいのだと信じていたから。

「ねぇねぇ、何してるの?」
「え……?」

 そんなブランドンが12歳になった頃、彼女は現れた。
 琥珀色の髪を揺らし、同じく琥珀色の瞳を興味げに見つめる少女。
 両頬に付いたそばかすが、妙にブランドンの頭に残っている。

「何って、特訓だよ」
「特訓?」

 7歳にして両親を失ったブランドンにとって、他の誰もが赤の他人であり自分とは関係ない者なのだと考えていた。
 自分の身を守れるのは自分のみ。
 他人の身を守れるのは他人のみ。

 その結果が、幼い頃とは打って変わりかなり目つきが鋭くなったブランドンの姿だった。
 同い年では考えられない程の目に見える筋肉に、見る者を恐れさせる目つき、果てには何を考えているのか分からない無表情っぷり。
 いつの間にか心広く受け入れてくれた叔父でさえ、ブランドンに恐怖するようになっていたのだ。

 しかし、目の前の少女は違う。

「私も特訓、やっていい?」
「……駄目」
「なんで?」

 何度否定しても、何度睨み付けても、彼女は気後れせず話しかけてくる。
 正直、多感な年だったブランドンにとって彼女の存在はウザい以上のものではなかった。

(教えてやったら黙るか、ついてこられるとは思えないし)

 ブランドンは結局否定することすら面倒に感じ、渋々彼女に教え始める。
 大人でさえも顔を歪めるほどの異様な特訓内容に、少女が付いてこられるはずもないのだから。

「はぁッ……! はぁッ……!」
「だから言っただろ、駄目だって」

 結局彼女はものの数分でダウンし、荒い息だけを吐いていた。
 やろうと思えば喝を入れ、吐くまでやらせてもいいのだがブランドンにとって重要なのは、彼女を近寄らせないことなのでそのまま諦めるように勧める。
 けれど——

「まだ、やれる……!」
「————」

 ——けれど、彼女は諦める事をしなかった。

(なんでっ)

 女性と言うのは、男がやるようなむさ苦しいことは嫌じゃなかったのか。
 女性と言うのは、家事をしたり子どもの世話をする者ではなかったのか。
 ならばなぜ、目の前の少女は立ち上がるのか。

「……あぁ、そうかよ。知らないからな、どうなっても」

 妙に胸がざわつくのを感じて、イライラしたブランドンは少女を苛め抜いた。
 少女はどれほど息を荒くしても、吐いて吐きまくって胃酸しかでないようになっても、体中が泥と汗と涙でドロドロになっても、ただ言われた通りに行う。
 気が付けば、ブランドンは少女を恐れるようになった。

「な、なんなんだよお前! 何がしたいんだよ!」
「な……んで、って……」

 息すらまともに出来ず、ただ床に突っ伏しながらも立ち上がろうとする少女に、思わずブランドンは声を震わせて問う。
 脚を、いや体全体を生まれたての小鹿のように震わせながら、彼女はブランドンを真っ直ぐ見つめた。

「君の事が気になったから」

 妙に、すんなりと少女は声にする。
 喋ることも辛い癖に、息を吸い込むだけで肺が痛い癖に、少女は真っ直ぐ一声でそう言った。

(気になった……から?)

 女性が男性に言う“気になる”。
 その意味は対人関係に疎いブランドンでも分かった。

「お前、それだけの為にッ!?」
「そ……れだ、けじゃ……な、いよ」

 胸のざわつきが段々大きくなるのを、ブランドンは感じる。
 泥、汗、涙……普通の女性なら汚いと断言するそれらを全身に付けた少女は、それでも笑った。
 満面ではない、今の体力で満面の笑みなど出来るはずもない。

 ——けれど、その笑みは儚くも強くて。
 ブランドンは顔全体を真っ赤にして、慌てて少女に駆け寄り看病した。

 それからというもの、少女とブランドンは常に一緒に居るようになった。
 彼が鍛錬を始めれば少女もそれに付き合い、少女の身体ではキツイようなことも異常な精神力で耐えて見せる。
 また、少女が来てからブランドンにも変化が訪れていた。

「ほらブランドン、一緒に行きましょっ」
「あ、あぁ。待ってくれよ、エレナ!」

 エレナと呼ばれた琥珀色の少女が手を差し出せば、ブランドンはそれに着いていくようになったのである。
 常に特訓し仕事の手伝いをすることしか知らなかったブランドンにとって、彼女が教えてくれる“普通”は非常に楽しかった。
 出店の食べ物を食べ、街を歩き……ただそれだけなのに、特訓するよりも充実しているような気分になるブランドン。

 歪に捻じ曲がったブランドンの在り方を、エレナが丁寧に直し真っ直ぐにしてくれたのである。
 徐々に人付き合いが上手くなっていった彼は、同い年からもその身体能力から慕われるようになり、大人も話しかけるようになった。

 非常に平和な日々。
 誰にも穢されることが無い、純白の日々“だった”。

 白く輝く日常に、全て覆う影が宿る。

「禍族だッ!」
「逃げろぉーー!」

 またもや彼の人生を狂わせたのは、禍族だった。
 当時21歳のブランドンは、凄腕の傭兵として腕を見込まれ住民が逃げるまでの間の時間稼ぎを行うことになる。
 酷く最悪な役目だが、それは周りから押し込まれた役目ではない。

「——俺がやります」
「ブランドン、お前良いのか!?」

 周りから反対されながらも、ブランドンはこの町の人々を護る為……エレナを護る為に立ち上がったのだ。
 禍族は達人の傭兵でもないと一対一で勝つことは不可能。
 まだそこまでの領域に達していないブランドンは、それでも時間稼ぎだけでも行いたいと、そう心から願ったのである。

「……気を付けてね」
「おう、待ってろ。禍族なんて一瞬で吹き飛ばしてやる」

 エレナと別れを済ませ、白く眩い笑みで答えたブランドンは禍族と相対した。

 巨大な禍族と戦うため使用したのは大剣。
 圧倒的な大きさから振るわれる攻撃に何とか対処しながらも、数十分の間ブランドンは時間稼ぎを行う。
 それは妙齢の傭兵ですら不可能な、凄まじい離れ業だった。

 けれど、十二分に時間を稼いだブランドンには“逃げる”と言う選択肢はない。
 逃げれば最期、追ってきた禍族が避難している人に襲うかもしれないからだ。
 禍族を倒せるほどの技量は無く、ただ時間を稼ぎ続けることしか出来ないブランドンに残された道はたった一つのみ。

 ——死ぬことだ。

「ah————ッ!」
「ぐッ!?」

 数十分もの間、時間を稼ぎ続けたことによる疲労から生まれた隙。
 それを逃さず禍族は手を突きの形にして、迷わず巨大な腕を前に振るう。
 体制をこの短い間で整えることは出来ないブランドンは、諦めたように体中の力を抜くとただ死を待った。

(エレナ、皆……せめて生きてくれ)

 だから、死を受け入れたブランドンは、何故いつまで経っても死が訪れないのか……それだけが謎だったのだ。

 目の前に、彼女が……エレナが貫かれる、その光景を見るまでは。

「ぇ?」

 信じられなかった。
 嘘と思いたかった。
 夢と考えたかった。

 けれど、現実は非常にも血の温かさでブランドンは思い知ることになる。

 これは実際だと。
 これは本当だと。
 これは現実だと。

「ぁ、ああああぁぁっ! なんで、なんでッ!」
「……ブラン、ドン」

 貫かれた彼女の体を支え、視界がぐちゃぐちゃになりながらも必死に彼女に縋り付くブランドン。
 今、守りたかったものがブランドンの腕の中で消えてゆく。
 どうして来たのか、どうして庇ったのか、どうして逃げてくれなかったのか。

「愛、してる……」
「なんで、なんで俺を好きになったんだよッ!」

 好きにならなければ、君が俺を庇うこともなかったのに。
 好きにならなければ、俺はただ死にゆくだけだったのに。
 好きにならなければ、君を失う辛さを知らずにいたのに。

 何故、君は俺を好きなったのか。

「そんなの、決まってるじゃない」

 腹に穴が開いているはずなのに、血が大量に出ているはずなのに。
 その体はもう限界のはずなのに、エレナは驚くほど流れるように言葉を吐きだした。

「努力してる君が、恰好よかったのよ。一目惚れしちゃうくらい」
「————」

 言葉が出なかった。
 今にも吐きそうなくらい辛くて苦しいのに、逝かないでと死なないでと口に出来なかった。
 それほど、エレナが美しくブランドンは見えたのである。

「だから」
「……エレナ、俺は——」
「——生きて」

 愛する人を、ブランドンは二度失う。
 守れなかった。
 また、守れなかったのだ。

 一度目は両親を亡くし、二度目は愛する人を亡くした。
 全て、全て“禍族”が居たが為に。

 力が欲しいと、強くブランドンは思った。
 敵を、禍族を、大切な人を奪う奴らを“殺す”力が欲しかった。
 もし、もし自身が『騎士』なら両親を、愛する人を失わずに済んだのではないか。

(俺は『騎士』になりたい)

 右手が赤く光り出す。
 その右手が持つ大剣が徐々に形を変えて、火を象る形に変化する。

 ——力が欲しい。
 ——全てを守れる力が。
 ——全てを殺せる力が。
 ——大切な人を、“二度と失わない為に”!!

 こうして、ブランドンは『赤の騎士』となった。

1章_力求める破壊の赤 —『緑の騎士』が望む力— ( No.19 )
日時: 2018/09/04 12:08
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

「——今のが、ブランドンさんの記憶」

 『赤の騎士』として在り続けたブランドンの過去を知り、ウィリアムは残酷さを噛みしめる。
 この過去を知ってしまえば、彼が禍族に対して“恐怖で狂う”訳も簡単に察せてしまう。

(さらに言えば、今の奥さんや娘を奪われてしまう可能性すらあるんだから、こうなるのも当然だな)

 ウィリアムは立ち上がると禍族を見上げた。
 過去を見たが、その時間はほんの一瞬のみらしく禍族は未だこちらに視線を向け続けているだけ。
 禍族が下手な事をしないように睨み続けるウィリアムの耳に、気絶しているブランドンのうめき声が聞こえた。

「おっと、宿り主が目覚めそうだ。その前に“素質ある者”、よく聞け——」

 調子付いた声色が、一瞬にして真面目になるのをウィリアムは感じ耳に意識を向ける。
 一言一句、聞き逃さないように。

「——もし宿り主が暴走したら、お前が“引き継げ”。良いな」
「“引き継ぐ”……?」

 それは何だと聞く前に、視界の端で禍族が右腕を振り上げるのを確認したウィリアム。
 驚きつつもウィリアムは即座に気絶しているブランドンの前に立つと、左手に装着している大楯を構えた。

 禍族が持つ圧倒的な腕力に体中の筋力を張りつめ耐えるウィリアムだが、下を向き踏ん張っていたのが仇となる。
 横から振るわれた左腕に気が付かなかったのだ。

「がッ……!」

 上からの攻撃を防ぐため、大楯を上に構えていたウィリアムにとって横からの攻撃は対処できない。
 いや、出来たとしてもそれは一人だけの場合だ。
 後ろにブランドンが居たため、そのまま攻撃を受けるしか他なかったのである。

 左腕の攻撃をもろに受け、ウィリアムは大きく左側へ吹き飛ばされた。
 地面に転がりながら何とか衝撃を殺し切るが、あまりの動けず痛みに悶える。

「ってぇ……!」
(痛がっている暇はないぞ、ウィリアムよ!)

 ウィリアムがバラムの声に答えて何とか体を起こすが、次の瞬間痛みを気にせず体中に力を込めた。
 未だ気絶しているブランドンを先に倒すべきと判断したのか、禍族がブランドンに対して再び右腕を振り下ろそうとしているのを見たからだ。
 しかし予想以上にあの打撃は体に負担を与えたのだろう、上半身を持ち上げることは出来ても立ち上がることは出来ない。

(また、俺は……!)

 全てを護ると、そう誓ったのに。
 また、誰かを失ってしまうのか。
 否、否!

「違う、だろぉッ!」

 大楯を装着している左腕を懸命に伸ばすウィリアム。
 始まりも同じ光景だった。
 目の前で大事な人を殺されそうになっているのを、ウィリアムはおぼろげに思い出す。

(けど、今は違う)

 あの時は何もできなかった。
 あの時は何の力もなかった。
 けど、今は力がある。

 一体その騎士は何のために、一体その大楯は何のために。
 一体自身が望んだ力は何の為に。

 ——決まってる、人々を護る為だ!

「——“|風よ、纏い護れ《プロテクト》ッ!!」

 確信が在った。
 自身の中にある『騎士の力』が渦巻き、大きく反応する。
 これが、ウィリアムの|望んだ力《人々を護ること》を叶える能力だ。

 左腕から放たれた風が今、腕が当たろうとしているブランドンに纏いつき、一つの結界と成す。
 風の結界……それがウィリアムの望む力を叶える一つ目の能力。

(一度使ったからか、俺の能力が何なのか分かるッ!)

 ウィリアムは風で体を支えながら立ち上がると、盾を大きく振り上げると地面に向けて叩きつける。

「こっちを見ろ! “|守護よ、人を護れ《ターゲット・セット》”!」

 右腕の攻撃を防いだ風の結界に、更なる追撃を加えようとした禍族が異様な速度でウィリアムへ向く。
 敵の注意を他の者から逸らしてただウィリアムへ向ける能力、それが二つ目の能力だった。

「ah————ッ!」

 振り上げた状態で停止した右腕を、禍族はそのままウィリアムへと目標を変え振り下ろす。
 巨体故かそこまでスピードに乗っていない攻撃に、戦闘経験が少ないウィリアムですら普通に躱せてしまう。
 右に避けて攻撃を躱したウィリアムだが、次の瞬間には体中に力を込め右側に盾を配置する。

「ッ……!」

 瞬間、配置した大楯から凄まじい衝撃が伝わってきた。
 予め姿勢を崩さないように力を込めていた為、何とか踏ん張ることが出来たウィリアムは小さく息を吐く。

(予想通り、上からの攻撃はブラフだったか)
(流石に同じ手は通用しないな)

 バラムの言葉にウィリアムは当たり前だと眉を潜めた。
 だが、次の瞬間には大きく顔を歪めることになる。

(“両手の振り下ろし”か!)
(防げ、ウィリアムよッ!)

 まさかの両手を使っての威力アップを図ってきた禍族に、ウィリアムは驚きつつもバラムの指示通り大楯を構えた。
 両手を使って威力を上げる、ということはその分パリィするときの姿勢も大きく崩れるということである。

「らぁッ……!」

 体中が軋み上がるのを感じながら、ウィリアムは禍族の攻撃を大きく跳ね返す。
 ほぼ最大火力の攻撃の反動がそのまま自分に跳ね返り、体制を崩す禍族を見逃すウィリアムではない。

 何度も行っている戦法だからこそ、その後の動きはスムーズだ。

 ウィリアムはそのまま左腕に装着している大楯に風を巻きつけると、体制を崩している禍族の胸元へ突撃する。
 大きく弓のように引き絞った左腕を、そのまま禍族へ放ち——

「Ga————ッ!」
「ッ!?」

 ——自身の体が大きく右へ曲がっていることに、ウィリアムは気が付く。
 次の瞬間、ウィリアムは右方向へ吹き飛ばされ近くに在った家を破壊する。

 たった一瞬だが肺の中の空気を全て持っていかれたウィリアムは、荒い息をついて何故こうなったかの理由を見つけた。

「う、そ……だろ」
「Ah————ッ!」
「Ga————ッ!」

 “禍族が二体”。
 今まで殆ど二体以上にならなかった禍族が今存在している。
 一体でもかなり危ない戦い方をしているウィリアムにとって、二体同時に相手をするということは絶望以外の何物でもない。

(ブランドンさんは……いや、駄目だ。あの人を戦わせてはいけない)

 どう考えても突撃して死ぬことは目に見えている。
 それならば、今自身が時間を稼ぐことに集中した方がウィリアムにはよっぽど得策に想えた。
 痛みをまだ訴え続ける左横の腹を擦り、怪我の状況を把握する。

(この感じは内出血と、骨が数本逝ってる。内臓が潰れてないだけマシか)

 流石の『騎士』の超強化だと言うべきだろう。
 一般人なら、内臓どころか体全部が潰れてしまっても正直驚かないほどの攻撃だったのだから。
 左横腹を右手で支えながらウィリアムは立ち上がる。

(なんでいきなり禍族が増えた……なんて考えてる場合じゃないか)

 どうやら、敵は完全にウィリアムだけに集中しているらしく気絶しているブランドンには見向きもしない。
 唯一それが不幸中の幸い、だろうか。

「こいよ、化け物ども……相手してやる」

 全てを護る為に、今……『緑の騎士』は敗北の戦いに立ち上がる。


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