複雑・ファジー小説

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Seventh Knight —セブンスナイト—
日時: 2018/11/29 01:02
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 始めまして、閲覧ありがとうございます。清弥と申します。

 感想や意見を求めて三千里。「なろう」でも別名「セブンスナイト —少年は最強の騎士へと成り上がる—」として上げておりますが、何分あちらのサイトではあまり受けない内容でしたのでこちらにも掲載させて頂きます。
 内容はご当地主人公の異世界ファンタジー。拙い部分も多々ありますが、お付き合い頂ければ幸いです。

(以降、あらすじ)
 人間と魔族と禍族《マガゾク》が蔓延る世界。そんな中で、禍族に住んでいた町が襲われたことをきっかけに緑の少年……ウィリアムは大いなる力を手に入れる。
 これは、『緑の騎士』と成った少年が七色の騎士たちと織り成す『七色の騎士《セブンスナイト》』の物語だ。



序章 —セブンスナイツ—
 >>1>>4
1章 —力求める破壊の赤—
 >>5>>20
2章 —救済探す治癒の藍—
 第1話「悪夢」 >>21
 第2話「その後とこれから」 >>22
 第3話「『藍の騎士』との出会い」 >>23
 第4話「再会のための別れ」 >>24
 第5話「服を脱げ」 >>25
 第6話「本当の全力」 >>26
 第7話「"余物"と呼ばれた物たち」 >>27
 第8話「生物を殺すということ」 >>28
 第9話「矛盾した能力」 >>29

序章_セブンスナイツ —始まり— ( No.1 )
日時: 2018/09/16 19:23
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 走る、走る、走る。
 走り続けている少年は、たった一つの場所を目指していた。

 地面を揺らすような轟音が奥から響く。
 その音の発生源こそ、ひたむきに走る少年の目的地なのである。

「助け、なきゃ」

 まるで物語で語られるような言葉を、走り続けたことによる息切れとともに吐き出した少年。
 体中からもう無理だと拒否反応が発生しているが、この周りの状況は少年に休むことを与えようとしない。

 再び、轟音。
 この音が鳴るたび、誰かが死んでいるのかもしれないのだと思うと少年にはどうしようもなかった。

(護らなきゃ)

 歯を噛み締めて顔を上げれば、そこには巨大な影が一つ存在している。
 実体があるのかどうか定かではない曖昧な構造体の塊によって、超巨大な人型が形成されていた。
 信じられないほどに現実味のない生物のようなナニカを、それでも少年は恐れず逃げずに睨みつけて走り出す。

 急がなければならない。

「がぁっ……!」
「ッ!」

 急がなければ、大切な友人を、その親を、無垢な街の人々を守れなくなる!

 ようやく現場に躍り出た少年が最初に目にしたのは、彼の友人が巨大な影の手に吹き飛ばされ家屋に突っ込んだところだった。
 頭が真っ白になる、こんなことが合ってはならないのだと本能が叫ぶ。
 気付けば少年は怒り心頭で安直に影へと真っ直ぐに突っ込んでいってしまった。

 傷ついた友人を助けるために怒りで敵へと突っ込んでいくその姿は、まるで物語の英雄そのもの。

「あぁああああああ!」
「——————ッ!!」

 ——しかし、あまりに無力だった少年にとって英雄というのは荷が重すぎた。

 一薙ぎ。
 たったそれだけで少年は吹き飛ばされ、体のいたる所が切り裂かれて潰れてへし折られる。

 これが無力で無謀な少年の結末だ。
 勇気というには勝算のない戦いに挑み、いとも容易く負けてしまうという結末。

 当事者ならば、誰もが思うだろう。
 仕方がない。
 諦めた方が良い。
 無理だったのだと。

 あぁ、それでもこの少年は諦観に身を溺れさせることはしなかった。
 ただひたすらに抗い続けている。

 ——どうしてこうなるのか。
 ——どうしてここまで残酷なのか。
 ——どうしてこんなに弱いのか。

 何故、何故……と。
 崩れる家々とどこかで引火したのか燃える町を見て、朦朧とした意識の中で少年は自嘲した。
 「どうして」などという言葉は所詮逃げているだけなのだ、と。

 ——判っているし、分かっているし、解っている。
 ——何故こうなるのか、何故残酷なのか、何故……俺が弱いのか。

 結局的に言えばすべて自分が悪いのだと少年は思う。
 自分が弱くなければこんな被害を出さずに済んだのに、自分が弱くなければ友人を傷つけずに済んだのに、自分が弱くなければ彼の父親だって死なせなかったはずなのに。

 自分が強かったら、”彼女”も無駄死にせずに済んだはずだったのだ。

 故に少年は願う。

 ——何より強い力が欲しい。
 ——あらゆる人を救いたい。
 ——良い世の中を創りたい。
 ——大切な友人を助けたい。
 ——すべて自由を与えたい。
 ——誇れる人物になりたい。
 ——なにより、すべての人を護りたい。

 あまりに強欲でアホらしくなるような数多くの願い。
 多くを望む者に与えられるのは破滅のみであり、悲しきかな、巨大な影の腕が少年の上に降りかかり少年の命は消え失せる——

「すべてを護りたいか」

 ——はずだった。

 無力で、無謀で、ただの一般庶民だったはずの少年の願いに答える”声”がある。
 男性っぽく、しかして無機質なその声に少年は考える暇なく全力で肯定した。

 俺は力欲しい。

「力を持って何を為す」

 目の前の友人を、すべての人を、護る。

「なにゆえ力を望む」

 俺に力がないから、力が欲しい。

「どのような力を欲する」

 すべてを護れる、力が欲しい。

「良いだろう。汝の願い、汝の叫び……受け取った」

 その声は無機質ながらも少し感情が込められているように思えた。
 どんな感情なのだろう、と少年は無意識のうちに模索し……すぐに察する。

 これは祝福だ。
 これは喜びだ。
 これは慈愛だ。

 ——これは希望だ。

「我が力は風。汝求むるは守護。故に汝に与えよう」

 少年が無意識に伸ばした左手の甲に、何かの紋章が突如として眩い光を放って現れる。
 それは盾を中心として風が巻き起こる、風の盾の紋章だった。

「『緑の騎士』の証を。汝の力と成る『|風之守護《ウィリクス》』を」

 風が吹く。
 穏やかなようで、何もを拒む絶対の風が。

「——————ッ!」

 圧倒的な力に気がついたのだろう、巨大なる影は少年へとすべての注意を向けて近寄ってくる。
 この少年を前に今すぐ殺さなければならないのだと察したのだ。
 何故ならば——

「さぁ叫べ。汝の力、守護によって存分に”護る”が良い!」
「舞え、”|風之守護《ウィリクス》”ッ!」

 ——すべてを護らんとする、英雄がそこに現れたのだから。




 セブンスナイツ。
 この世にはそう呼ばれる、それぞれ虹の七色を宿した七人の騎士たちがいた。
 彼らは人知を超えた力を持ち、普通の人間ならばマトモに歯向かえないような敵……|禍族《マガゾク》や|魔族《マゾク》と対抗し続けている。

 そして今、長い間埋まることのなかった風を司る『緑の騎士』の席が埋まる。
 彼は一般庶民が故に無力で、無謀で、無茶苦茶。
 けれどその想いは、願いは誰よりも純粋で真っ直ぐで……何より正しかったのだ。

 彼の名はウィリアム。
 齢16歳にて『緑の騎士』となった、思想高き庶民である。

「護ってみせる!」

 紋章輝く左手に大楯を持った『騎士』の少年の戦いは、ここから始まる。

 これは一人の英雄に憧れた少年が本当の英雄となるまでの物語だ。

序章_セブンスナイツ —穏やかな日々— ( No.2 )
日時: 2018/06/24 20:56
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

 ここはよくある世界の、よくある街。
 人々は多少の禍に震えながらも、日々を強く生きていた。
 だからこそこの街は常に保たれており、だからこそこの街は平和なのだ。

「バロンさん!店の在庫のチェック、確認してきました!!」

 緑色で染まった短めのショートウルフを揺らし、鮮やかな緑の瞳をした少年も、その平和な街で働く1人の一般人だった。
 少年は羽ペンと洋紙を手に、店の奥から出てきてこの店を建てた商人の姿を探す。

「おう、サンキューなウィリアム。お前が来てくれてから、大分私も助かっているよ」

 店番をしていた、ふくよかな中年男性の商人のバロンは緑の少年……ウィリアムに気が付くと彼が手に持っている洋紙とペンを受け取る。
 そして、在庫の数量を纏めた洋紙を確認して「ふむふむ」と呟くと頭を掻いた。

「なるほど、色々足りなさそうなものが増えてきたな……」

 少々在庫の状況が心配なバロンに、ウィリアムは同意する。

「そうですね。ですけど、もう少しで次の行商人が来ますし多分大丈夫ですよ」
「あぁ……そうであることを祈るばかりだな」

 商人にとって、客が求めている物を在庫が無いから売れない……という事態は客の信用を奪うためしたくない最大の行為だ。
 こりゃ前の行商人の時に買うべきだったな、と苦笑いするバロンだが、後悔先立たずと言わんばかりにウィリアムに洋紙とペンを返す。

「すまんな。お前さんみたいな働き盛りの若いもんに、文字ばっかり見せちまって」
「いえ、大丈夫ですよ。元々俺が頼んだんですから」

 申し訳なさそうに眉を潜めるバロンに、ウィリアムは優しげに微笑んで洋紙とペンを受け取った。
 その際に、この店の商人であるバロンのサインが書いてあるのを確認し、またウィリアムは店の奥で作業に戻ろうと脚を進めようとする。
 だがその前に、バロンがウィリアムに声を上げた。

「ウィリアム、今日はもうここまでだ。お前も若いもんなら、外で体を動かして来い」
「え、ですけど……」

 本来まだウィリアムにはやるべき仕事がある。
 驚くウィリアムに、バロンは「良いから良いから」と洋紙とペンを近くの机に置かせて無理矢理外に連れ出す。

「お前は働きすぎだ、少しは息抜きして来い」
「————」

 バロンは、働いている同い年の中でもかなりウィリアムを酷使してしまっている自覚が在った。
 だからこそ、息抜きも多くしてほしいという願いがあったのである。
 それを分かっていたウィリアムは、申し訳なく思いながらも渋々と頷く。

「分かりました、では失礼します」
「おう、禍族《マガゾク》には気を付けてな」

 手を上げて送り出してくれるバロンに、ウィリアムも手を上げることで答えると街へと走り出した。
 その後ろ姿を見て、バロンは目を細める。

「齢16歳にしては人間が出来すぎだな」

 バロンは店に戻りウィリアムが書いた洋紙をもう一度確認した。
 そこには綺麗に書かれた文字の数々。

(文字なんて、どこで覚えたのやら)

 この店でウィリアムが働いているのは、単純に“文字が書けるから”と“単純計算が出来る”からだ。
 けれど、それは近くの村で生まれた少年にしては出来過ぎな話。

(計算や文字は商人や貴族でもないと、学ばないっていうのにな)

 もちろんバロンはウィリアムが自らを偽っているとは思っていない。
 彼は非常に接しやすい好青年であるし、仕事に向き合う姿勢は真剣そのものだ。
 ただ、村で生まれ育った人にしては教養が完璧に近いほど出来ている。

(アイツがどっかの貴族でも驚かないな、私は)

 目上に対する態度も完璧で文字も単純計算も出来る。
 他人の経緯などバロンは気にするタイプではないのだが、それでも少し気になってしまうのが人の性だろう。

「さーて、アイツが居なくなった分働かないとな」

 頭に浮かんだ疑問を一度大きく伸びをすることで吐きだし、バロンは自らの仕事に戻った。




 バロンが自らの仕事に戻っている頃、ウィリアムはぶらぶらと街を探索していた。
 と、そこに見知った顔を発見してウィリアムは手を上げる。

「よっ、エンタ」
「お、ウィリアムじゃねぇか。どうした、今日は仕事早く終わったのか?」

 茶髪の髪を揺らして、活発で人懐っこそうな雰囲気を持つ少年であるエンタはウィリアムの挨拶に答えた。
 エンタの問いにウィリアムは頷くと、今日は早く終わらして身体を動かすように言われた旨を話す。

「ふーん、バロンさんがそう言ったのか」

 少し意外そうに口を尖らせるエンタは「確かに」と、すぐに顔を意地悪い笑顔に変化させる。

「お前休憩中もずっと本を読んでるしな。そんなんじゃあ何時かちょっとした拍子に腕が折れちまうぜ」
「はいはい、ご注意どうも」

 意地悪く笑う時は大抵エンタが説教してくることは知っているので、ウィリアムは生返事で流すのがいつもの流れだ。
 だが、今日違うのはウィリアムが早く仕事が終わったことだろうか。

「じゃあ行くぞ」
「は?」

 それ故か何故か、エンタは手招きする。
 どこに行くのだろうかと首を傾げるウィリアムに、エンタは「決まってるだろ」と楽しそうに顔を歪めた。

「訓練場だよ」
「えぇ……」

 至極嫌そうな表情になるウィリアム。
 元々本を読むことが好きなウィリアムだが、その代わりと言っては何だが運動をしたくない病にかかっている。
 体を動かす、という行為自体が嫌なのだ。

 嫌そうな反応をすることを予想していたエンタは、そんな顔するなよと脚を進める。

(行くしかない……か)

 面倒だなとウィリアムは思いながら、仕方なく友人の背中を追うことに決定し脚を進めようとして——

「舐めてんのかこのアマァ!」
「きゃあッ!」
「ッ!」

 ——悲鳴が鼓膜を揺さぶるのを感じた。

 考える暇なく、ウィリアムは先ほどの声がした方へ走り出す。
 後ろで「おい待てよッ!」と誰かの声がしたが、知ったことではないと全力疾走。

 前を歩く人々をすり抜け、前から歩いてくる人々を避けてウィリアムは声のした場所へ辿り着く。

「ひ、ヒィッ……!」
「おい、良いだろう別に安くしてもさァ?」

 顔が知らない男が、街で果物を売っている女性を蹴飛ばしているのが視界に入る。
 ただ怯えることしか出来ない女性に、男は青筋を立て殴ろうと右腕を振り上げ——

「あァ、何の真似だ餓鬼」
「…………」

 ——その腕を受け止めている、誰かも知らない少年を睨み付けた。

 睨み付ける男の視線を一直線に受け止め、それでもウィリアムは普段よりかなり低い声で男を静止させる。

「止めろ」
「あ?」

 だが、変に振りかざす正義感ほど男がイラつきやすいものはない。
 邪魔をした少年を先にぶん殴ろうと、男は標的を女性からウィリアムへと変える。

「おい餓鬼、俺は定価よりも高い果実を売ってたこのアマに制裁を下しただけだ。文句言われる筋合いはねぇぞ」

 男にそう言われ、ウィリアムはチラリと果物を売っている店の立札を読む。
 けれどその値段は果物の平均的な値段そのものだった。
 眉を潜め反論しようとしたウィリアムの腹に、男は迷いなく蹴りをぶち込んだ。

「がぁッ……!」

 「定価より高い」という言葉でウィリアムの視線を男から逸らし、その間に隙だらけの腹を蹴りこんだのである。
 油断しきっていた腹に入れられた蹴りは、見事にウィリアムの鳩尾を突いた。
 体中を支配する吐き気と腹痛で動けなくなったウィリアムの頭を、男は何の躊躇も無く足を乗せる。

「真面目な餓鬼が一番嫌いなんだよ、俺は」

 痛みでもがくことしか出来ないウィリアムは、怒りと悔いを溜め込んだ瞳で男を睨む。
 その純粋にして真正面な視線を浴び、男は更に青筋を浮かび上がらせた。

「おいおいおいおい、お前今の状況わかってんのか?そんなどっかの英雄みたいな正義感振りかざしてもな——」

 男はニヤリと嘲笑う。

「——結局、力なんだよ。この世界は」

 男の言葉を聞いて、ウィリアムは多少なりともそれに賛同する。

 力が欲しいと思った。
 護れる力が欲しいと思った。

「—————か」
「ぇ……?」

 不意に脳を揺らす声が聞こえ、ウィリアムは瞳孔を大きく開ける。
 その聞こえた声が、鼓膜ではなく直接脳に働きかけたように思えたから。

「テメェ、何してやがる——!」
「ごふッ……!」

 ふと誰かがそう叫ぶのが聞こえた瞬間、ウィリアムの頭に足を乗せていた男は息を吐きだしながら殴り飛ばされていた。
 いきなり男が殴られたのを見て、ウィリアムは一体誰がしたのかと視界を巡らせて殴った張本人を見つける。

「エンタ!」
「よう。ボコボコじゃないか、ウィリアム」

 指を鳴らしながら挑発的な笑みを浮かべてみせるエンタ。
 だが、その笑みも男に顔を向けた瞬間には背中が凍るほどの真顔になっていた。

「おいワレ、俺のダチになにやってんだ?あァ?」

 そう告げただけ。
 だとしても仲が良いウィリアムでさえ硬直してしまうまでの怒りが、その言葉には詰まっていた。

(……流石傭兵の一人息子)

 エンタは、昔中々に評判があった傭兵の一人息子。
 故に幼い頃から父親から一対一でも禍族と戦えるようあらゆる武術を習い、それを十全に使いこなす為の戦術を学んできた。
 傭兵仕込みの威圧は、この場の温度が低くなったのではと思えるほど重く強い。

「エ、エンタ!?傭兵アルタの一人息子の!?」
「おい無視してんじゃねェぞワレ。俺の話を聞けやオラ」

 圧倒的なまでの威圧に一回りも年を食っているであろう男は、歳に似合わず10代の少年に怯えだす。
 そしてこの空気に耐えられなくなったのか、「す、すみませんでしたッ!!」と叫びながら走って逃げて行った。
 男が完全に見えなくなった瞬間、エンタは人が変わったように焦ってウィリアムへ駆け寄る。

「おい、大丈夫か!」
「あ、あぁ……」

 あまりの変わり様を見て、心の底からエンタと仲が良くて良かったと安堵するウィリアムだった。

そして始まりへ ( No.3 )
日時: 2018/09/16 19:24
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

「——いててて」
「本当に大丈夫か、ウィリアム?」

 あの後、誰も助けに入らなかった所を誰よりも先に入り込んだウィリアムと、男を撃退したエンタは女性に感謝され果物を幾つか貰った。
そして怪我を負ったウィリアムの治療の為、街に唯一存在する治療院へ向かって治療したのがここまでの流れである。

 氷で包んだ布を鳩尾にあてながら、ウィリアムは痛みと気持ち悪さに顔をしかめた。
 蹴られた場所が最悪にも鳩尾だったので、内臓が損傷している可能性があったため冷やす為に氷で包んだ布を貰ったのである。

「ったく。今度合ったら、アイツの口に手を突っ込んで歯をガタガタ言わせやる」
「止めろよ、俺もあの女性も結局軽傷で済んだんだし」

 傭兵というのは元々信用が命である為か性格が人情に深い傾向が強い。
 とはいってもその分一度印象が最悪になったのなら、また印象を良くするのにはかなりの努力が必要なのだが。

 エンタの中々怖い一言に驚き、ウィリアムは収めようとするが男への傭兵の息子の印象はかなり酷いものらしい。
 普段はウィリアムが制止したら止まるエンタなのだが、今回ばかりはウィリアムに反対した。

「逆だぞウィリアム。軽傷で済んだのは不幸中の幸いってだけだ。特にお前はもうちょっと当たり所が悪かったら内臓が破裂してたらしいじゃないか」
「うっ……」

 痛いところを突かれ、言葉に詰まるウィリアム。
 苦虫を噛み潰したような顔をする友人を見て、エンタは「お前さ」と溜め息をつく。

「なんでそんなにアイツを庇うんだよ」
「————」

 本来ならばウィリアムは被害者の側だ。
 暴行を受けていた女性を助けようとしたのは、褒められはするものの批難はされないだろう。

 どの視点で考えても悪いのはあの男でしかないのに、何故ウィリアムがあの男を庇うのか。
 それがエンタには分からなかった。

「……だってさ」
「だって?」

 暗い顔に声を震わせ、ウィリアムはその理由を告げようと言葉を続け——

「俺が」

 ——直後、巨大な爆発が起きた。

「ッ!?」
「何が起きたッ!」

 言いかけた言葉を飲み込んで、ウィリアムはエンタと共に爆発音がした方へ顔を向ける。
 向けて、見たことを後悔した。

 それは悪だ。
 それは闇だ。
 それは死だ。

 全ての悪、全ての闇、全ての死を体現したような“黒”で曖昧に姿を為した怪物。

「……|禍族《マガゾク》!!」

 人の形をしているようで、していない。
 人の形に似ているようで、似ていない。
 あれは最早、生物ですらないだろう。

 二足歩行で歩きながら、曖昧な境界線で輪郭を現す化け物。
 異様なほど手足が長く唯一、瞳と口だけが“白”で塗りつぶされていた。
 まるで怖い童話を聞かされた子供が、想像力を掻きたてて書き上げたような“ナニカ”。

 ——それが、禍族という存在だった。

「ウィリアム!」
「……!?」

 肩をエンタに揺さぶられウィリアムは意識を取り戻す。
 いつの間にかあの歪な造形を見て、考えることを止めてしまっていたようだった。

「俺は父さんの元へ戻って、禍族と戦う準備をしてくる。お前は周りの人を非難させろ、良いな!!」
「ちょ、まッ……!」

 手を伸ばすが遅い。
 ウィリアムには到底追いつけない速度で、エンタは走り出してしまった。
 空を掴む手をウィリアムは握りしめて大きく深呼吸をする。

(慌てるな、まだ禍族はこの周囲に居ない。とりあえず被害が拡大する前に避難させないと!)

 そう考えるウィリアムだが、その手は強く握りしめられすぎて血を流していた。

 判っている。
 分かっている。
 解かっている。
 自分がやるべきことを、自分が為すべきことを。

(それでも!)

 この惨劇を目の前にして自分に出来ることは、避難誘導だけなのか。
 結局、ウィリアムは現状を良くすることは出来ない。

「俺が……弱いから」

 弱いから現状を改善出来ない。
 弱いから人々を護れやしない。
 弱いから人々を救えやしない。

(まだ、禍族はこの周辺まで来ていない)

 禍族が突如現れたのは、爆発音的に街の端の方だ。
 中心部近くであるここに禍族が到着するには、まだ猶予は残されているだろう。

(……そこで、食い止められれば)

 そう。
 その為にエンタは戦場に行った。
 一対一でも戦うことが困難な禍族を相手に。

(助けなきゃ)

 気付けば、ウィリアムは避難誘導しろという言葉を置き去りにして走り出していた。




 走る、走る、走る。
 走り続けている少年は、たった一つの場所を目指していた。

 地面を揺らすような轟音が奥から響く。
 その音の発生源こそ、ひたむきに走る少年の目的地なのである。

「助け、なきゃ」

 まるで物語で語られるような言葉を、走り続けたことによる息切れとともに吐き出した少年。
 体中からもう無理だと拒否反応が発生しているが、この周りの状況は少年に休むことを与えようとしない。

 再び、轟音。
 この音が鳴るたび、誰かが死んでいるのかもしれないのだと思うと少年にはどうしようもなかった。

(護らなきゃ)

 歯を噛み締めて顔を上げれば、そこには巨大な影が一つ存在している。
 実体があるのかどうか定かではない曖昧な構造体の塊によって、超巨大な人型が形成されていた。
 信じられないほどに現実味のない生物のようなナニカを、それでも少年は恐れず逃げずに睨みつけて走り出す。

 急がなければならない。

「がぁっ……!」
「ッ!」

 急がなければ、大切な友人を、その親を、無垢な街の人々を守れなくなる!

 ようやく現場に躍り出た少年が最初に目にしたのは、彼の友人が巨大な影の手に吹き飛ばされ家屋に突っ込んだところだった。
 頭が真っ白になる、こんなことが合ってはならないのだと本能が叫ぶ。
 気付けば少年は怒り心頭で安直に影へと真っ直ぐに突っ込んでいってしまった。

 傷ついた友人を助けるために怒りで敵へと突っ込んでいくその姿は、まるで物語の英雄そのもの。

「あぁああああああ!」
「——————ッ!!」

 ——しかし、あまりに無力だった少年にとって英雄というのは荷が重すぎた。

 一薙ぎ。
 たったそれだけで少年は吹き飛ばされ、体のいたる所が切り裂かれて潰れてへし折られる。

 これが無力で無謀な少年の結末だ。
 勇気というには勝算のない戦いに挑み、いとも容易く負けてしまうという結末。

 当事者ならば、誰もが思うだろう。
 仕方がない。
 諦めた方が良い。
 無理だったのだと。

 あぁ、それでもこの少年は諦観に身を溺れさせることはしなかった。
 ただひたすらに抗い続けている。

 ——どうしてこうなるのか。
 ——どうしてここまで残酷なのか。
 ——どうしてこんなに弱いのか。

 何故、何故……と。
 崩れる家々とどこかで引火したのか燃える町を見て、朦朧とした意識の中で少年は自嘲した。
 「どうして」などという言葉は所詮逃げているだけなのだ、と。

 ——判っているし、分かっているし、解っている。
 ——何故こうなるのか、何故残酷なのか、何故……俺が弱いのか。

 結局的に言えばすべて自分が悪いのだと少年は思う。
 自分が弱くなければこんな被害を出さずに済んだのに、自分が弱くなければ友人を傷つけずに済んだのに、自分が弱くなければ彼の父親だって死なせなかったはずなのに。

 自分が強かったら、”彼女”も無駄死にせずに済んだはずだったのだ。

 故に少年は願う。

 ——何より強い力が欲しい。
 ——あらゆる人を救いたい。
 ——良い世の中を創りたい。
 ——大切な友人を助けたい。
 ——すべて自由を与えたい。
 ——誇れる人物になりたい。
 ——なにより、すべての人を護りたい。

 あまりに強欲でアホらしくなるような数多くの願い。
 多くを望む者に与えられるのは破滅のみであり、悲しきかな、巨大な影の腕が少年の上に降りかかり少年の命は消え失せる——

「すべてを護りたいか」

 ——はずだった。

 無力で、無謀で、ただの一般庶民だったはずの少年の願いに答える”声”がある。
 男性っぽく、しかして無機質なその声に少年は考える暇なく全力で肯定した。

 俺は力欲しい。

「力を持って何を為す」

 目の前の友人を、すべての人を、護る。

「なにゆえ力を望む」

 俺に力がないから、力が欲しい。

「どのような力を欲する」

 すべてを護れる、力が欲しい。

「良いだろう。汝の願い、汝の叫び……受け取った」

 その声は無機質ながらも少し感情が込められているように思えた。
 どんな感情なのだろう、と少年は無意識のうちに模索し……すぐに察する。

 これは祝福だ。
 これは喜びだ。
 これは慈愛だ。

 ——これは希望だ。

「我が力は風。汝求むるは守護。故に汝に与えよう」

 少年が無意識に伸ばした左手の甲に、何かの紋章が突如として眩い光を放って現れる。
 それは盾を中心として風が巻き起こる、風の盾の紋章だった。

「『緑の騎士』の証を。汝の力と成る『|風之守護《ウィリクス》』を」

 風が吹く。
 穏やかなようで、何もを拒む絶対の風が。

「——————ッ!」

 圧倒的な力に気がついたのだろう、巨大なる影は少年へとすべての注意を向けて近寄ってくる。
 この少年を前に今すぐ殺さなければならないのだと察したのだ。
 何故ならば——

「さぁ叫べ。汝の力、守護によって存分に”護る”が良い!」
「舞え、”|風之守護《ウィリクス》”ッ!」

 ——すべてを護らんとする、英雄がそこに現れたのだから。

序章_セブンスナイツ —担う力は護る為— ( No.4 )
日時: 2018/06/24 20:56
名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)

「——現れろ、ウィリクス!」

 紋章が光る左手をウィリアムは天高く伸ばし、叫ぶ。
 風が吹き荒れながら紋章の持ち主を囲み、それはやがて1つの形へ成ろうと変化し始めた。

 天に伸ばした左手が宿したのは大楯。
 ウィリアムの髪や瞳と同じ、緑色を主軸で彩られた風の守護を象徴する盾である。

「これが、『騎士』の力……!」

 禍族や魔族と真正面から戦える力を持ち、今までの人間の歴史を支え続けた『騎士』の力にウィリアムは驚きを隠せない。
 それほどまでに濃密な力だった。

(さぁ、我が宿り主よ。汝の力を持ってこの窮地、人々から護って見せろ)

 脳に直接伝わる低く渋い言葉にウィリアムは見惚れていた意識を取り戻すと、すぐさま周りを確認する。
 目の前にはエンテが居るが、今はその近くに居る『緑の騎士』であるウィリアムに禍族の注意は向いていた。

 全てが漆黒に染まる身体を宿しながらも、真逆の色を瞳に移す化け物はウィリアムへと視線を向ける。
 あまりに生命として在りえてはならない形状をした化け物の視線に穿たれ、恐怖に呑まれるのも仕方がない。

「……借りるぞ、エンテ」

 だが、ウィリアムは逃げることをしなかった。
 当然の如くウィリアムの中には恐怖が存在したが、最早それは彼の勇気を踏み潰す重りには成り得ないだろう。
 彼の勇気の出所は正に“恐怖”から湧き出ているのだから。

「護って見せる!」

 勇気を奮い立たせる為、弱気な心を吹き飛ばす為、心の底から自身が何よりしたかったことを叫ぶウィリアム。
 その言葉に反応したか否か、最もウィリアムに近かった禍族が目も追いつけぬ速度で不意に近づき、異様に長い手を『騎士』に振るう。
 普通ならばその速度に反応さえ出来ず、憐れ首を飛ばされていることだろう。

「……ッ!」

 それが“普通”ならば。
 世界に7人しかいない『騎士』に選ばれた青年が、普通であるはずがない。

 禍族が振るった漆黒の腕は、構えられた大楯に受け止められた。

(予想以上に重い!)

 踏み込みが甘かったせいかウィリアムは自身の体が浮き上がるのを感じ、慌てて地面を踏みしめ直す。
 ただ一度振るわれた腕を盾で防いだだけ。
 なのに、補強されているはずの床は簡単にはじけ飛び荒れた土を露わにした。

 人間では到底再現することが出来ない所業。
 それをいとも簡単にこなしてしまうのが、『禍族』と『騎士』だった。

「——————ッ!!」
「おっも……!!」

 自身の攻撃を防がれたことに腹を立てたのだろう、禍族の攻撃が一気に激化する。
 何度も何度も先ほどよりも重い攻撃が行われ、その度に大楯は壊れてしまいそうな低い悲鳴を上げた。

 どれほど質の良い盾でも、これほどの攻撃を受ければ一瞬で破壊されるだろう。
 一重に『騎士』の力を具現化した盾だからこそ、耐える事が出来るのだ。
 というより、まず本来ならばマトモに訓練すらしていないウィリアムが盾で攻撃を受ける事すら無謀である。

「このままじゃッ!」
(安心せよ、我が盾は宿り主であるお主の心情によって創られたモノ。故にお前が挫けることが無ければこの盾は砕けることはない)

 確かにこのまま耐え続ければきっと町の被害を抑えることが出来るだろう。
 確かにこのまま耐え続ければきっと町の人たちを護ることは出来るだろう。
 ——けれど、このままならば町の人たちは救われない。

 ウィリアムが望んだのは人を護る力だ。
 同じ位に彼が選んだのは人を救う力だ。
 ——けれど、このままならば町の人たちは救われない。

「倒さ、ないと……」
(——————)

 呟く言葉に、『緑の騎士』の力である彼は驚いたように押し黙る。
 意外だったのだろうかと、ウィリアムは振るわれる暴力に耐えながらも笑った。

(俺はアイツを倒したい。どうすれば良い?)
(……もし、挑んでお前が死ねば周りの人々は“護れなくなる”、良いのか?)

 それはつまり、挑んで負けて死ぬ可能性があるということ。
 当然だ、ウィリアムが持つ最強の護りを捨てるのと同じ意味なのだから。
 だから問われた問いに、『騎士』は微笑んで答える。

(死ぬのは怖いよ。でも——)

 人々の顔に笑顔が戻らないのなら、それは“護る”とは違う。
 人々を救ってこそ、初めて町の人たちを“護れた”となるのだ。

(——町の人を救えないのは、もっと怖い)

 ウィリアムの決心の言葉に、声はしばらく黙ると……大きくため息をつく。
 ため息が示すのは落胆なのか、憂鬱なのか、絶望なのか、期待外れなのか……はたまた“希望”なのか。

 けれどそれはウィリアムにとって重要ではない。
 分かったのだ、声が発したため息は“手伝う”という意志表示なのは確かなのだから。

(……禍族は幾つかの周期で強烈な攻撃を放っている。我がタイミングを知らせる、それに“完璧に”合わせて盾を全力で左上に振るえ)
「——了解!」

 勝ち筋が見えた。
 その事実はただ耐え続けるウィリアムの心に炎を灯す。
 護るのだと、救うのだと叫ぶ力が体の奥から湧き上がるのを声は感じた。

 どうしてだろうか、と声は思う。

 何故ここまでこの宿り主は希望を見い出し、瞳に光を宿すことが出来るのだろうか。
 『緑の騎士』を宿す彼の力はあくまで“護りの盾”であり、敵を倒すことを前提としていない。
 きっと誰もが耐えることを選ぶはずだ。

 何故ここまでこの宿り主の声に、行動に惹きつけられるのだろうか。
 彼が言うのは、彼が叫ぶのは“妄言”であり、普通では可能性が低く叶うはずもない祈り。
 きっと誰もが救うことを諦めるはずだ。

 なのに——

 ——どうして彼の瞳の輝きを見て、護れると思えるのだろうか。
 ——どうして彼の声と行動を感じ、救えると思えるのだろうか。

(今だッ!!)
「ッらぁ……!!」

 禍族の全力の一撃が来ると悟った声がそう叫んだ瞬間、ウィリアムは“全く同時に”両手で大楯を左上に振るう。
 今日初めて出逢い、今日初めて連携したのにその息は異常なほどピッタリだった。

 『騎士』の力で超強化された腕力によって振るわれた大楯は、振るわれた禍族の一撃でさえ利用して“禍族の体制を大きく崩す”。
 誰もが分かるほどに大きな隙。
 それを見逃さず、ウィリアムは振り上げた盾をそのままにジャンプし禍族の胸元まで迫ると、全力で大楯を振り下ろした。

「あああああぁッ!」
「Gar————ッ!」

 大楯の先端部分が見事に禍族に命中し、深々と突き刺さる。
 凄まじい生命とは思えない程の絶叫を上げ、体を滅茶苦茶に振り回すが禍族は痛みから逃れる術を知らない。

 けれど巨大な身体を振り回すことは、それだけで脅威と成り得るものだ。
 実際、胸元までジャンプしたウィリアムは吹き飛ばされまいと必死に盾にしがみ付いている。

「ぐ、うぅ!」
(宿り主よ、思い浮かべろ!!)

 振り回され慣性に苦しむウィリアムに、声が響く。
 その声には明らかに焦りが在り、同時に“希望”が在った。

(我を、“風”を使えッ!我が力を宿すお主には、それが出来る!!)
「か、ぜ……」

 ウィリアムは声の言葉に頷くと、目を閉じる。
 体のあらゆる器官をシャットダウンし……とある場所に行き着いた。

 『騎士』が『騎士』たる力の根源。
 身体能力の超強化や、『騎士』が持つ武具の具現化を行う根本部分である。

(あぁ、見つけた)

 その中に、一際大きな“力”を感じた。
 いや、違う。
 力の根源を表す『緑の風』という名の“力”を感じたのだ。

 鮮やかな緑色で巻き起こる風を、ウィリアムはそっと包み込む。
 時に穏やかで生命を癒し、時に荒々しく生命を侵す。

 ならば、今ウィリアムが望むのは“荒々しい風”。
 人を救い、人を護る為に敵を打ち砕く“風”を望んだ。

 優しく包み込んだ風が、不意に荒々しく巻き起こりウィリアムの左腕を……否、ウィリアムが持つ大楯を包み込む。

 はっとウィリアムは意識を引き戻すと、必死にしがみ付く大楯を荒々しい風が巻き付いていた。

(そうだ。まだ扱いきれていないが初めてにしては完璧だ、我が宿り主よ。それを突き刺さっている大楯の先端部分に集中させ——)
「う、ぉおおおおッ!」

 大楯全てに巻き付く荒々しい風を、ウィリアムは操作し先端部分に掻き集める。
 両脚を禍族の胸元に着け体を出来る限り固定すると、両腕で大楯を必死に押し込み始めた。

「Gaaa————!」

 痛みがいきなり増え、更に暴れ出す禍族に必死に抵抗しウィリアムは持ちうる限りの絶叫で言葉を放つ。

「——解き放てぇッ!!!!」

 まるで風船が割れるような音がして、一瞬にして禍族の体は木端微塵に砕け散る。
 真っ黒な肉片だけを当たり一面に咲かせて、呆気なく町を脅かした張本人は息を絶った。

「はぁっ、はぁっ……」

 弾け飛んだ風を制御できず、吹き飛ばされたウィリアムは尻を地面に落とし息を荒げる。
 初めての実戦で初めての禍族相手なのだ、そこまで動いていなくても息を荒げて当然だろう。
 しばらくして、ようやく息が整い始めたウィリアムは状況を理解し始めた。

「勝った、のか?」
(……あぁ、そうらしい。初陣にしてはあまりに博打が過ぎたが、まぁ良くやった、我が宿主よ)

 声の賞賛を聞き、ようやく禍族を倒したのだという実感が湧く。
 いつも力が足りず何もできず何も救えなかった自分が、町を救い護ったのだとウィリアムはようやく思い至った。

「は、はは……ははははははッ!」

 地面に背を預け燻る感情を吐きだすかのように、唐突に笑いだすウィリアム。
 恐怖、勇気、焦燥、義務感、責任感、緊迫感……その全てから今、ようやく解き放たれたのである。
 だからこそ——

「ははははははっ…………」
(宿主!?大丈夫かっ!)

 ——眠るように気を失っても、誰も責めることはないだろう。

 急に眠気が襲い掛かり意識を闇へ落とすその瞬間まで、頭には声がずっと響いていたのを、ウィリアムは覚えている。


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