複雑・ファジー小説
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- Seventh Knight —セブンスナイト—
- 日時: 2018/11/29 01:02
- 名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)
始めまして、閲覧ありがとうございます。清弥と申します。
感想や意見を求めて三千里。「なろう」でも別名「セブンスナイト —少年は最強の騎士へと成り上がる—」として上げておりますが、何分あちらのサイトではあまり受けない内容でしたのでこちらにも掲載させて頂きます。
内容はご当地主人公の異世界ファンタジー。拙い部分も多々ありますが、お付き合い頂ければ幸いです。
(以降、あらすじ)
人間と魔族と禍族《マガゾク》が蔓延る世界。そんな中で、禍族に住んでいた町が襲われたことをきっかけに緑の少年……ウィリアムは大いなる力を手に入れる。
これは、『緑の騎士』と成った少年が七色の騎士たちと織り成す『七色の騎士《セブンスナイト》』の物語だ。
序章 —セブンスナイツ—
>>1 〜 >>4
1章 —力求める破壊の赤—
>>5 〜 >>20
2章 —救済探す治癒の藍—
第1話「悪夢」 >>21
第2話「その後とこれから」 >>22
第3話「『藍の騎士』との出会い」 >>23
第4話「再会のための別れ」 >>24
第5話「服を脱げ」 >>25
第6話「本当の全力」 >>26
第7話「"余物"と呼ばれた物たち」 >>27
第8話「生物を殺すということ」 >>28
第9話「矛盾した能力」 >>29
- 1章_力求める破壊の赤 —誕生せしは『緑の騎士』— ( No.5 )
- 日時: 2018/06/24 20:57
- 名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)
「『緑の騎士』の席が埋まっただとッ!?」
「はい」
大理石で作られた楕円形の机に座る、中年の男性が神官風の装いをした女性の報告に驚きの声を放つ。
それは他の机に座る中年や老年の男性たちも同じだった。
長年埋まることが無かったセブンスナイツの“緑”を司る、『緑の騎士』がようやく埋まったのだから、仕方がないのだが。
「——静まれ」
だが、騒がしくなった会議を中でも若い男性が一瞬で黙らせる。
楕円形の机の議長席に座る男性は、神官の装いをした女性に視線を向けると「それは確かか」と確認した。
「はい。巫女様が異様な“力”の高まりを感知いたしましたので」
「疑う訳ではない、が魔族の可能性は?」
再度問う若い男性に、神官の装いをした女性は「それは無いと思われます」と顔を上げ即答。
「“力”の高まりが発生したのが、先ほど報告した禍族が現れた街ですので——」
「——危機に迫られ『騎士』となったか」
歴史上、何度も『騎士』に誰かが選ばれるので、その傾向にも一定のものがあることがわかっていた。
先代『騎士』に直接託され『騎士』となる者。
命の危機に陥り力を望んで『騎士』となる者。
『騎士』を目指した果てに『騎士』となる者。
稀にだが“力”に認められ『騎士』となる者。
今回の場合は命の危機に陥った故に、『騎士』に選ばれたのだろうと若い男性は察する。
「了解した。して出現した禍族の対策は行ったのか……説明して頂けるな?」
「その地区担当の『赤の騎士』ブランドン・ドルートに対処を任せています。また、現れたであろう『緑の騎士』の保護についても、彼に委任しています」
神官の装いをした女性の言葉を聞き、議長席に座る若い男性は“巫女”の対策の速さと的確さに内心で驚嘆した。
(流石は長年、禍族対策を一任されている組織『巫女族』ではある、か)
『巫女族』。
それは普通の人々では到底感じるが出来ない“力”を感知することが出来る、特殊な一族の事を指す。
中でも“巫女様”と呼ばれる老年の女性は、『セブンスナイツ』が生まれた瞬間から存命していると聞かされている。
豊富な対禍族の経験を持ち、故に今現在では緊急を要する禍族が出現した場合のみではあるが、独断採決が可能なほどだ。
もちろんそれ以外に関してはある一定以上の発言力を持てないよう、調整はしている。
また独断採決を行った場合、その後『巫女族』の行動は正しかったのか会議で判断されることでバランスを取っていた。
「では、緊急を要した為の独断採決に賛同の者は起立」
楕円状の机に座る人々がほぼ同時に起立し、『巫女族』の英断に拍手を送る。
その中で“座りながら”拍手を見送った若い男性は、拍手が鳴り止むと言葉を続けるため口を開けた。
「全員一律賛同。我らが『連盟国家・エンデレナード』は『巫女族』の独断採決に賛同しよう」
『連盟国家・エンデレナード』。
元々数多くあった国家が、禍族と魔族という同じ敵に対抗するため創り上げた“ひとつの国家”である。
連盟国家として会議に参加するのは国を治めていた中年、老年の代表たちと——
「私も君たちの独断採決に賛同しよう」
——その会議を治める、実質的なエンデレナードの王である30半ばの若い男性だ。
議長であり王として在る彼はここまで言ってようやく、他の代表たちと同じように立ち上がり拍手を送る。
ここまでしてようやく、ひとつの国家が認めた結果になるのだ。
「……ありがたく存じます」
『巫女族』の一人である神官の装いをした女性は、ただその拍手を一身に受けていた。
「んだとテメェ!俺に逆らおうってんのか!あァ!?」
その怒り狂う男を何度見たのだろうか。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
その泣き喚く女を何度見たのだろうか。
——その映る光景達を何度見たのだろうか。
無駄だ。
そう思っているのに、そう分かっているのに“僕”は手を伸ばす。
「や、めて」
「あ?何か言ったか糞餓鬼」
震える声で制止しても男は聞かないし、果てにはこっちにまで被害を食らう。
男は怯えながらも真っ直ぐ見つめる“僕”に苛立ったのか、腕を振り上げ思いっきり殴りつけた。
「やめてぇ!それでもあの子の父親なの!?」
「テメェが勝手に産んだ子だろうがッ!」
小さな体には到底、敵わない男の暴力によって視界がぐらつく中で“僕”は手を伸ばす。
泣きじゃくる“母”に、手を伸ばしたのだ。
どうして男はこんな酷いことをするのだろう。
どうして母はこんな酷い目を受けるのだろう。
どうして僕は見ながら何も出来ないのだろう。
あぁ、そうか。
きっと——
「僕が……」
——瞬間、頬に衝撃は走る。
「……えっ?」
「よう、ようやく起きたか坊主」
ヒリヒリする頬をウィリアムは擦りながら、目の前に居る見知らぬ男性を見て現状を理解しようと頭を回した。
「え、と……?」
「おおおお!ようやく起きたかウィリアムッ!!」
だが頭を回そうとしたウィリアムの邪魔をしたのは、彼の友人……エンタである。
嬉しそうに頬を緩ませ、男性を退けてベッドを食い込まるほどに体を前へ傾けてキラキラとした瞳でウィリアムを見た。
「良かったぜ、お前全く目を覚まさないからメッチャ不安だったんだぞ」
「——ぁ」
ここまで聞かされ、ウィリアムはようやく思い出す。
禍族がいきなり現れ町に攻め込んできたこと。
それを食い止めるため、エンテと彼の父親が立ち向かったこと。
無残にもエンテの父親が殺されエンテも殺されそうになったこと。
——そうして、町の人々やエンテを護る為に自身が『緑の騎士』となったこと。
「そっか、俺が倒したんだ……」
「思い出したか、緑の坊主」
エンテとは違う声がしてそちらに顔を向ける。
そこには目を覚ました瞬間、視界に映った黒髪黒目の珍しい色をした男性が立っていた。
無精髭をゴツゴツとした手で弄りながら、男性はウィリアムに真っ白な歯を見せながら笑いかける。
「自己紹介が遅れたな、俺は『赤の騎士』を任されたブランドン・ドルート。緑の坊主と同じ『騎士』だ。よろしくな」
ガハハと大きく口を開け、機嫌良く男性……ブランドンは朗らかに笑う。
一瞬どうして『赤の騎士』がこの場に居るのかとウィリアムは真面目に考えるが、すぐさま禍族の対策なのだと理解した。
「ではブランドンさんはこの町に出現した禍族の対処に?」
「あぁ、そうだ。ま、といってもお前さんが倒しちまったがな」
全く良くやるよと、手を伸ばしてブランドンはウィリアムの頭を乱暴に撫でる。
ゾクリ。
脳裏に浮かびあがるのは“あの男”。
頭を撫でる手があまりに硬く大きかったからか、ウィリアムは自身の背中に寒気が這いよるのを感じ——
「ッ……!」
「————」
——無意識に、頭に手を置く大きな手を跳ね除けた。
その行動があまりにも意外で、ブランドンは大きく目を見開き硬直してしまう。
「ぁ……。す、すみませんっ!」
「ん?頭を撫でられるのが女みたいで嫌なだけだったんだろ?分かるぜ、俺も頭を撫でられたら女扱いかよって怒るしな」
「ま、誰も俺の頭なんざ撫でねぇけどな」とブランドンは気にした様子もなく、変わらず白い歯を見せながら笑った。
「だからよ、気にすんな」
「……はい」
ウィリアムはブランドンに目を背け小さく頷く。
気を遣われたのだと理解したからこそ、感謝よりも申し訳なさが勝っていたから。
明るさを落としてしまった雰囲気を取り戻す為、エンテは大きく伸びをしてウィリアムに話しかけた。
「なぁウィリアム、腹減ってねぇか?俺腹が減ってさ」
「お、良いね。仕方ない、頑張った二人におじさんがおごってあげようじゃないか」
来いよとエンテは意気消沈してしまったウィリアムに手を伸ばす。
徹して明るく接しようとするエンテと、あくまで傷付いていないと笑いかけるブランドンにウィリアムは心から感謝する。
「……あぁ、行くよ」
救われた気がして、エンテの手を取りウィリアムはベッドから抜け出した。
なお、補足するならウィリアムが寝ていた場所は治療院。
つまりはコッソリ治療院を抜け出しご飯を食べに行ったウィリアムはもちろん、連れ出したエンテとブランドンも職員にキッチリ怒られたのは、また別の話だ。
- 1章_力求める破壊の赤 —『騎士』になり得る条件— ( No.6 )
- 日時: 2018/06/25 20:42
- 名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)
「で?『赤の騎士』様がこの町に来たのは本当に助ける為“だけ”なんですか?」
「それもある。が、多分国が最も重視しているのは——」
「——俺の保護……ですよね?」
あぁ、そうだとブランドンはウィリアムの言葉に頷く。
真面目な会話だ。
……それが“全員の頭にタンコブ”さえなければ。
ブランドン、エンテ、ウィリアムの三人でこっそり治療院を抜け出し昼飯を食べた後、またこっそり戻ろうとしたのを止めたのは治療院の職員。
頭に青筋を立てて、傭兵の息子と騎士の二人の頭を思いっきり殴りつけたのだった。
あの場の中では、戦いに身を置く人ですら職員に逆らうことは出来ないのかもしれない。
ともあれそのまま引きずるような形で部屋に連行された三人は、出入口である扉の廊下側に監視を置かれた状態で真面目な話をしていた。
恰好がつかないが、流石に状況整理は最も重要な案件だから当然である。
「そうだ。『緑の騎士』として覚醒したお前さん……ウィリアムは確認の為、王城へ招待されてもらう」
招待なんて可愛い言葉を使うが、ウィリアム自身に拒否権はない。
それがどこかの貴族などではまだ分からないが、招待しているのは王城である。
普通に考えて断るなんてあり得ないどころか処刑ものだ。
「それって、拉致と何が変わらないんです?」
「拉致ほど酷くはないぞ。お前さんが抵抗しなければな」
結局、拉致と変わらないじゃないかとウィリアムが思いながらため息をつく。
だがそれでも、確かめたいことがあった。
「……なら、俺が今から抵抗したらどうしますか?」
「——ほう?」
同席しているエンテはこの会話の瞬間、一気に部屋全体の温度が下がったような気になる。
エンテの父親であるアルタから訓練中に幾度も“殺気”を受けたが、これほど濃密な圧力は初めて受けた。
体中が震えあがるのをエンテは止められずに、ただ二人を見つめるしかない。
「おい坊主、少しばかりおじさんに対して失礼じゃないか?」
「まだあなたが『赤の騎士』だという証拠を見せてもらっていませんので」
ウィリアムの挑発にもとれる言動にブランドンはただ口角を釣り上げる。
確かにまだブランドンは『赤の騎士』だという証拠を見せていない。
だから信じるに値しないのだと、ウィリアムは言っているのだ。
「そういやそうだったな、悪い悪い」
「——いえ、面倒なことをしてもらい申し訳ありません」
瞬間、二人の間から圧力が消えるのをエンテは感じて腰を抜かす。
あれは“殺気”ではない。
ただ『騎士の力』を少しばかり解放しただけなのはエンテも理解していた。
けれど……いやだからこそ『騎士』の凄まじさを改めて実感する。
(ただの“力”をぶつけ合っただけでこれかよ)
プラス“力”を解放したのは『騎士の力』のほんの少しだけ。
はっきり人種が、住む世界が違うのだとエンテは嫌というほど痛感した。
「んじゃ、これでいいかい緑の坊主?」
「はい、ありがとうございます」
“力”の解放を止めたブランドンが、白い歯を顕わにしながら右手の甲を見せる。
そこに描かれるは炎とそれを纏う剣の紋章。
「では、一応俺のも見せましょうか?」
「いや良いさ。俺は『緑の騎士』がお前だってこの茶色の坊主から聞いたしな」
禍族との戦闘のとき、ウィリアムが『緑の騎士』となったのを朦朧とした意識でエンテは見ていた。
考えても普通じゃない“緑色の風”を宿し、左腕に匠が作ったのだと一目で分かるほど意匠を凝らした大楯を身に着けて、立っているのを。
結果、ウィリアムは禍族に勝利して見せた。
“あの”運動を嫌がり本ばかり読みふけって、ただ口だけの正義感を持つ青年が。
(悔しくないと言えば、嘘になる)
エンテだってただの青年。
小さいときは『騎士』にだって憧れたし、今も『騎士』に成れたらいいなぁと心のどこかで思っていた。
元々、傭兵の息子であり戦うことに関しては誰よりもエンテは才能がある。
(……でも、なんでだろうな)
悔しい。
嫉妬もしている。
ウィリアムに見知らぬイラつきもしている。
——けれど、エンテは彼が『騎士』に選ばれて納得もしていた。
苦笑しながらエンテは緑の青年を見る。
(アイツは俺に持っていないものを持っていた)
それは“覚悟”だ。
それは“意志”だ。
それは“決意”だ。
ただ何となく『騎士』になりたいと願っていたエンテに対して、ウィリアムはきっと心から“人を護りたい”と想っていた。
自分の力が足りずとも、自分に関係ないことだとしても、ウィリアムは常に弱者を護ろうと行動する。
力が強くても“心”が弱いエンテ。
力が弱くても“心”が強いウィリアム。
どちらが『騎士』に選ばれるのなら、それは間違いなく|心が強い者《ウィリアム》だ。
(俺はただ応援しよう、アイツの心の在りようを)
内心、決意するエンテの鼓膜を不意に誰かが揺らす。
「——おい、エンテ!」
「んぁ……?」
誰だと思い目を向ければ、眉を潜めウィリアムがこちらを見ていることにエンテは気が付く。
「で、どうするんだよお前は」
「俺?」
話聞いてなかったのかよと溜め息をつき、ウィリアムは首をブランドンへ振る。
「お前も付いてくるのか?王都に」
「————」
その問いにエンテはすぐには答えられなかった。
今までなら即答で行くと決めていただろうが、今は行きたい気持ちと行きたくない気持ちがせめぎ合う。
それは単純に、ウィリアムに嫉妬してしまう自分を見たくなかったから。
拳を握りしめてエンテはせめて作り笑いをする。
「いや、良いよ俺は。町の復興もしなきゃなねぇし、それに——」
「——エンテ」
震える声で紡がれる“言い訳”を聞き、ウィリアムは冷めた声でエンテを制止した。
ただ呼ばれただけなのに、エンテは怒られた子供のように顔を伏せて目を合わそうとはしない。
「俺の持つ“力”に嫉妬してるのか、お前」
どうしようもなくウィリアムの言葉は、エンテの心を表す。
それを認めたくなくて、認めたら負けたような気がしてエンテは首を横に振る。
「……してねぇよ」
「嘘だな」
間髪入れずウィリアムはエンテの否定を否定した。
大きくため息をついて、「お前とどれくらい友人やってると思ってるんだよ」とウィリアムはやれやれと首を振る。
何となくそれにイラついたエンテは顔を歪め叫ぼうとして——
「知ってるよ、お前の“願い”」
——ウィリアムの言葉に、文字通り言いかけた醜い叫びが消散するのを感じた。
「『騎士』、目指してるんだろ?」
「…………」
“目指していた”ではなく“目指している”。
エンテはため息をついて笑う。
もちろん笑う相手はウィリアムではなく、自分自身に。
(コイツ、知ってたのかよ)
勇敢に禍族や魔族と戦い、常に前を向いて戦う七人の戦士……『セブンスナイツ』。
それに憧れない男子なんて世の中に殆どいない。
戦いに身を置く家庭に生まれ、戦いの残酷さを知ってなおその憧れは消えないだろう。
ウィリアムの言葉を聞いて、ブランドンは黙って目をつむる。
(きっとこの二人は、もう『騎士』の席は全て埋まっていることを知らない)
全て埋まっている中、誰かが死亡しエンテが『騎士』になることなんて殆ど在り得ない確率の話だ。
今現実を話し「君には無理だ」と教えてあげるのが“大人の役目”。
(……そんなのクソ食らえ)
だからブランドンは「ちょっといいかな」と前に出る。
「ウィリアムが『緑の騎士』となったことで、『セブンスナイツ』の席は全て埋まった」
「ッ……!」
知りたくなかった現実を知り、その表情を悔しさで塗りたくるエンテ。
友人のその表情を見てウィリアムはブランドンに声を上げようし、「けど」という『赤の騎士』の言葉で口を閉じた。
「けど、お前さんにはまだ“可能性”がある」
「————」
“可能性”。
あくまで可能性だが、それでも可能性だ。
信じなければ一生その“可能性”が現実に成り得ないし、努力しなければ“可能性”すら失う。
「きっと諦めるのが一番楽だ。普通の人ならきっと諦めるだろう」
ブランドンはそこまで言って、俯くエンテの両頬をガッチリ掴み無理矢理引き上げた。
「茶色の坊主、お前さん“も”諦めるのかい?」
「嫌に決まってますッ!」
煽るように語られた質問にエンテは即答で答える。
顔を怒りで染め、ただ一心に憧れる『騎士』の姿を瞳に映した。
それを聞きたかったと、ブランドンは笑う。
「なら諦めるな。常に憧れの背中を追い続けろ。『騎士』に必要なのは“力”じゃない」
力なんて、『騎士』になってしまえば幾らでも手に入る。
運動したくない病にかかっていたウィリアムでさえ、禍族と同等以上に渡り合えるほど強くなったのだ。
一番必要なものを示すように、ブランドンは親指で自身の胸を叩く。
「“意志”だ」
「————」
言葉を聞いたエンテの表情は知っていると語っていた。
確かにエンテは何故ウィリアムが『騎士』となったのか、よく把握しているのだろうなと思う。
ウィリアムが気を失っている間に、そこらへんの話はエンテから聞かせてもらっていたのである。
でもエンテが把握しているのは、あくまで“ウィリアムが選ばれた理由”だ。
“自身が選ばれる可能性のある理由”ではない。
「お前さんは、何故『騎士』になろうと思った?」
「……俺の、憧れだから」
確かに憧れなのは確か。
だがその“憧れ”へと発展した理由があるはずなのだ。
それを把握できなければ、きっとエンテは『騎士』になる可能性はないとブランドンは思う。
「何故、憧れた?勇敢だからか?護ってくれるからか?それとも——」
「——強かったから」
エンテは自身の両手を見て、強く握りしめた。
「あの時、助けてくれた『騎士』はただ強かった。親父でも歯が立たなかった禍族を、一瞬で薙ぎ払って見せたんだ。だから俺は『騎士』の強さに憧れた」
「あぁ、それでいいさ」
強いからカッコいい。
強いから憧れる。
存外、男の“憧れ”なんて基本そんなものだろう。
特に傭兵の息子なら、強さが憧れとなるのは必然と言って良い。
なら、その“強さへの憧れ”は可能性になりうる。
「お前さんは強くなりたい。そうだろう?」
「はいっ」
ブランドンはさっきとは打って変わって力強いエンテの返事に、頬を緩ませると両腕にウィリアムとエンテを巻き込んだ。
「なら決まりだ、緑の坊主と茶色の坊主は連れてく。これは決定だ」
「……はいッ!」
治療院に響き渡るような二人の返事にブランドンは大きく笑う。
王都への招待チップは、この二人で決定だ。
——なお、その後うるさくて職員にまた殴られた。
- 1章_力求める破壊の赤 —出発前— ( No.7 )
- 日時: 2018/06/26 23:20
- 名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)
「それでは、お世話になりました。バロンさん」
「若いもんが細かいこと気にするものじゃない。安心して行って来い、ウィリアム」
ふくよかな身体を持つ商人であるバロンは、ウィリアムの申し訳なさそうな表情に苦笑する。
同い年の青年ならもっと我が儘で自由奔放なのに、どうしてこの緑の青年は責任を負おうとするのだろうかと。
「——はい。ではバロンさん、お元気で」
「あぁ、いつでも顔出しな。私は待ってるぞ」
お辞儀したウィリアムは店から出ようと体を向け、扉を開けると再度こちらに顔を向け小さく頭を下げる。
本当に律儀な青年だと、最後までバロンをその背中を見て思っていた。
ウィリアムが目覚めてから1週間ほど。
数々の迷惑をかけた治療院からOKサインを貰ったウィリアムは、さっそくエンテと共にブランドンに王都へ連れてもらう予定だ。
その前に今まで良くしてくれた人々に挨拶に回りたいとウィリアムが言い出した結果、現状に至る。
「お、挨拶しっかりしてきたか?緑の坊主」
「はい、しっかりと」
外で待っていたブランドンが店から出てきたウィリアムに笑いかけた。
「しっかり済ませとけよ。もうこの町に戻れる機会はそうないかもしれないからな」
「ありがとうございます」
『緑の騎士』となってしまったからには、それ相応の責務が付いて回るのが現在の状況。
当然だ、今もなお禍族や魔族からの被害が無くなった訳ではないのだから。
今の状況を重々承知しているウィリアムは、ブランドンの忠告に小さく頷く。
真面目に聞くウィリアムにブランドンは二度三度首を振ると、「それでいい」とどこか曇った笑みで言った。
謎めいた表情に首を傾げるウィリアムの鼓膜に、何かが届く。
「……もう、会えないかもしれないからな」
「————」
あまりに重く、あまりに意味が込められた呟きに聞いた本人は押し黙る。
暗い表情をして口を閉ざした緑の青年を見て、ブランドンは今の呟きが聞かれていたのだと知り短く鼻から息を吐きだした。
「良いか、お前さんはもう今では『騎士』だ。禍族や魔族に唯一対抗できる存在である『騎士』になった以上、お前さんにも民を護る“責務”がある」
酷く真面目な顔でブランドンは、まだ未熟な『騎士』に現実を叩きつける。
今までのままで居ることは出来ないのだと。
お前が『騎士』となった瞬間に、“普通”と言う言葉は消え去ったのだと。
誰もが憧れる『騎士』になったからこそ、全ての命がその背中に圧し掛かるのだ。
きっとその重圧は生半可な青年が受けていいものじゃない。
けれど——
「分かっています」
——この青年には、その常識は通じない。
儚げなのにどこか高く在り続けるその青年の瞳に、ブランドンは飲み込まれそうになる。
そして気づく。
彼の瞳に映る“意志”は普通ではないことに。
「……今更な忠告だったな、すまない」
「いえ、ブランドンさんの言葉を聞いて身を引き締めました」
ブランドンは思う。
どうしてこの青年は、ここまであっさり自身に与えられた“責務”に対し従順であるのだろうかと。
(まぁ、知ったばっかの俺にはわからねぇことか)
身を翻し、ウィリアムにブランドンは「行くぞ」とだけ告げる。
自身の後ろを歩く、不思議な緑の青年のことを頭の片隅で考え続けながら。
「——あぁ、それとこれ。冥土の土産だ、もってけ親父」
風が舞う中で一人、エンテは墓の前に酒を置く。
見た目からしてかなりの安物の酒なのだが、これが大好物だったことエンテは良く覚えていた。
自身の父親のことだ、忘れるわけがない。
エンテの父親は先日の禍族との戦いで死亡した。
負けなしの傭兵だと信じ切っていたエンテにとって、なぜ父親が死に自身が生き残ったのか……それが未だ分からずにいる。
(きっと、親父が生き残ってた方が皆助かっただろうな)
常にエンテは父親と比べられ、常にエンテは期待されていた。
負けなしの傭兵、アルタの一人息子。
戦いに身を置き禍族とも何度も戦って生き延びてきた親父の血を受け継ぐ者として、エンテはアルタを越えることさえ願われていたのである。
きっと誰もが“期待”の瞳で見つめる人生を歩んできたエンテにしか、知らない辛さがあったはずだ。
未だエンテはアルタの足元にすら及ばないだろう。
——あぁ、でも。
「俺、親父を越えるよ」
小さな子供……特に男の子なら誰でも憧れる称号。
『騎士』。
「親父より腕っぷしはたりねぇけど、“意志”では負けないつもりだ」
酒ばっかり飲んでいた男なんかに負けてたまるか。
腕っぷしばかりの巨大男なんかに負けてたまるか。
“心”だけは、そんな舐めきった生活を送っていた父親には負けたくなかった。
「俺は『騎士』になる。アンタが出来なかったこと、成し遂げてみせるぜ」
虚空へと腕を突き、墓に拳を向けるエンテ。
その瞳には今まで宿ることのなかった、確かな“意志”が静かに燃えていた。
「んじゃま、行くとしますか」
数時間後、町をぐるりと囲む壁に北と南にだけある二つ門の一つ、北門へとウィリアムたちは集合していた。
大きく伸びをするブランドンの傍らには、目を疑うような機能性重視の馬車がさも当然化のように配置されている。
流石は『騎士』様、ということだろうか。
「この見るからに高そうな馬車で行くんすか?」
「あぁ、『騎士』は七人しかいないからな。各地に点在しているものの、離れた場所に行かなければならない時はコイツを使うのさ」
当然の話だろう。
『セブンスナイツ』は名の通り七人しかいない。
だが、急に出現してくる禍族相手では国全てを瞬時に護れるわけではないのである。
禍族の対処を少しでも早くする為に、『騎士』には国力を費やして作られた馬車と早馬が数匹贈られるのだ。
その速さは普通の馬車と比べ、約1.7倍の速度を出せる計算らしい。
もちろん早馬を使い潰す……という条件ではあるが。
「ま、ここから王都はそこまで遠くない。何せ王都と大陸中央に在る各町への、通り道だからな」
『連盟国家・エンデレナード』は巨大な大陸から成っている。
大陸北側中央に存在する王都を中心とし、東、西、大陸中央に町が広がっているのだ。
この町は言うならば、大陸中央と王都を繋ぐ休憩所だろう。
「大陸中央……ですか」
「あぁ、“最前線”だな」
ウィリアムが大陸中央という言葉に反応し反復すると、ブランドンは目を細め事実を口にする。
現在、エンデレナードが支配する領土は大陸の中央少し下からより北側。
つまるところ大陸の約2/3を領土としている。
だというのなら、残りの1/3はどこが支配しているのか——
「——“魔族”との、決戦の地とも言われてる場所だな」
「あぁ」
大陸の中央少し下から南側、大体大陸の1/3を支配しているのは『魔族』だ。
『魔族』とは、禍族とまた別の種族でありこの大陸に多く在った国が『連盟国家・エンデレナード』となった元凶でもある。
宿す力は禍族と殆ど変らないが、人間と同じくらいの知性を持つ分には魔族の方がよほど厄介だ。
現に圧倒的に数が少ない魔族たちは、急に大陸最南端から現れてたったの1年で大陸にある一つの国を支配。
その後一つ、また一つと支配していったが、『騎士』による抵抗で何とか1/3で留めている状況だった。
「今も『セブンスナイツ』、“最強の騎士”が魔族の侵攻を食い止めているはずだ」
「え、ずっと戦い続けてるってことっすか?」
侵攻を食い止める、イコール戦い続けているという思考の単純さにブランドンは苦笑する。
エンテが考え知らずというのは、元々ウィリアムは知っていた為「そんな訳ないだろ」と砕いて説明を始めた。
「その『騎士』は最前線を任せられた直後に、魔族も恐れるほどの力を示したんだと思うぞ。そうしたらアイツやべぇ……ってなって姿を現すだけでも、十分魔族に対する抑制力になるだろ?」
「あぁ、なるほど。所謂俺の親父と同じ感じか」
確かにあの人も姿を現すだけで、大抵の悪さした奴は逃げ出すから間違っちゃいないとウィリアムは顔を歪める。
つまりは恐怖心を植え付け、二度と馬鹿な真似を出来ないように見張っているのが現状だろう。
「『騎士』様—!準備整いましたぜ!」
準備が完了したと伝える声に、ウィリアムとエンテは現実へ戻ってくる。
どうやら荷物の積み込みや馬の支度が完了したようだ。
「じゃあ行くぞ、小僧ども」
ブランドンは首で馬車を示すと、自身は従者席に座り直接馬の調子を確かめはじめる。
馬車を持っている『騎士』とは思えない行動に、一瞬二人は言葉を失うがすぐに顔を見合わせ両肩を竦めた。
「ま、ブランドンさんだしな」
「正直やると思ってたぜ」
ウソだな、とウィリアムは口角を上げると一足先に馬車に乗りこむ。
「は?本当に決まってんだろうが!」
「そこまで考えられないだろお前」
「あァ!?」
「うるせぇな静かにしろ小僧ども、おら行くぞッ!」
喧嘩する兄弟と、それをしかりつける父親。
少なくとも事情を知らない人からはそう見えただろう。
少々……というよりかなり騒がしい出発だが、それも悪くない。
ウィリアムはエンテに頭を殴られながらそう思った。
- 1章_力求める破壊の赤 —聴こえる声— ( No.8 )
- 日時: 2018/06/27 21:22
- 名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)
「——え、お前さんは“声”を聴いたのか?」
「はい、渋い男性の声でした」
馬車を引く馬を操るブランドンは、ウィリアムの口から語られた事実に驚きを隠せずにいた。
なんと、『緑の騎士』と成るときに“声”を聴いたらしいのである。
しかしその驚きように、逆に疑問を隠せずに首を傾げるウィリアム。
それはそうだろう。
ウィリアムは『緑の騎士』となった際に“声”を聴いたので、それが普通だと思っていたのだから。
「ブランドンさんは、違ったんですか?」
「ん?あぁ。俺は気が付きゃ右手の甲に印があったからな」
どうやら“声”を聴くのはよほど珍しいか、今までなかったことなのだろうとウィリアムは見当をつける。
(そういえば、あれから全く“声”を聴いていないな……)
町が禍族によって襲われていたとき、ウィリアムが聞いた“声”は目覚めてからは聞くことが無かった。
あのときは互いに信頼し合い共に戦っていたのだから、あの後も普通にいてもおかしくはないはずなのだが。
「その……“声”?っていうのを聴くのは珍しいことなんすか?」
「あぁ。かなり珍しい部類だな」
当事者ではない為、よく会話の内容を理解できていないエンテは目をぱちくりとさせながらブランドンに問う。
その問いにブランドンは答えると、馬を繋ぐ綱から左手を離しエンテたちに見えるよう四本指を立てた。
「『騎士』となり圧倒的な身体能力を得ても人間の寿命は変わらない。故に歴史上『騎士』になった人間は多くいるが、大抵の場合その理由は四つに分かれる」
左手の立てた指のうちの小指、薬指、中指を折るとブランドンは示す数を人差し指一本にする。
「一つ、先代の『騎士』に託されて『騎士』となる者」
ブランドンの発する内容に少なからずエンテは衝撃を受けた。
何故なら『騎士』から『騎士』へ直接託すことが出来ると知れたのだ、驚かない訳がないだろう。
「二つ、『騎士』を目指した末に努力が実り『騎士』となる者」
「————ッ!」
これが最もブランドンが目指すべき『騎士』への道のり。
肉体的に強くなるということは、それだけ自身の精神に負荷のかかる修練を励んでいるということ。
鍛え上げられた肉体に比例し精神も強く、頑丈となっていくのだから『騎士』に選ばれても可笑しくない。
「三つ、命の危機に陥った先に儚くも力を望み、そしてそれが叶い『騎士』となる者」
「——俺、ですね」
ウィリアムの言葉に頷きつつ、「俺も最初はこれだと踏んでいた」と否定するブランドン。
そこで、順々に立っていった指が四本目……小指にまで到達する。
「ラスト。『騎士の力』に認められ『騎士』となる者」
初めはブランドンも三つ目、つまり命の危機によって覚醒した『騎士』だと思っていた。
けれど先ほどのウィリアムの言葉を聞けば、厳密には違うことが理解できよう。
「つまりは、だ。緑の小僧は危機に瀕し力を望む前に、『騎士の力』に認められていたことになる」
「……認め、られていた?俺がですか?」
ウィリアムにとってその話は到底信じられない話だった。
肉体的に強い訳でもなく、精神的に強いともいえない。
それは一番、彼自身が気付いていたこと。
「ウィリアムだからこそ、だろ」
「エンテ……?」
意味が分からないという風に眉を潜めるウィリアムに、意地悪く笑うエンテ。
「お前、人が暴力振るわれるとすぐに血相変えて現場に突撃してたからな。その辺の心持ちを認められてたんだろ?俺は大変だったけどな……急に動くお前の対処に」
「それ褒めてないじゃないか、説教になってるぞ」
エンテが意地悪く笑うときは大抵、説教をするときだ。
身に染みてよく理解しているウィリアムは、いきなり行動するなと説教の意味を込めた褒め言葉に嬉しくもならない。
大きなため息をつくウィリアムを見てブランドンは、「緑の坊主、そんなことしてたのか」と笑い飛ばしていた。
「大変だったんすよ。コイツ無駄に喧嘩慣れもしてない癖にすーぐ暴漢相手に突撃するし、んでもって結果はボコボコ。何回治療院にお世話になったか数えられないっすよ」
「仕方ないだろ、助けたかったんだから」
大ざっぱな見た目から反しての、エンテの苦労人さとウィリアムの面倒起こしさにブランドンは更に笑う。
初対面の印象とはそれほど二人はかけ離れていたからだ。
と、そんな風にのんびり旅を続けているウィリアムの脳に——
(んんっ……!おぉ、宿り主よ、目覚めていたか)
「え?」
——数日前に聴いた“声”が響く。
唐突に響いた“声”に、呆気な声を出してウィリアムは応じる。
いきなり呆けた声を出したウィリアムに、エンテとブランドンは首を傾げ「どうした?」と尋ねた。
「いや、えっと……目覚めました——」
「目覚めた?一体何がだ?」
あははと笑うウィリアム。
(“噂をすれば影がさす”ってやつか)
内心で伝えるかどうか一瞬迷ったウィリアムだが、すぐさま伝えることに決定すると苦笑いしながら頭を掻いて口を開く。
「——“声”が」
「えっ」
思わず先ほどのウィリアムと同じく呆けた声を出すブランドン。
だが、すぐさま脳を再起動すると……次は事実を理解してその顔を驚愕で歪めた。
(顔がせわしない人だな……)
クルクル変わる表情に流石のウィリアムも頬を引き攣る。
そして気が付けばブランドンが目の前を気にせずこちらに体を傾けているを見て、引き攣る頬を更に驚愕で大きく引き攣らせた。
「『騎士』となった今でも、“声”が聴こえるのかッ!?」
「え、あ、はい」
「今も“声”が聴こえるっていうのは凄いことなんですか?」
いまいち要領を得ないウィリアムとエンテは、驚愕の興奮冴えれないといった風のブランドンに驚くことかと問う。
首を傾げたながら問われた質問に、ブランドンはノータイムで「凄いことだ!」と返答して見せた。
あまりの驚きように、流石の張本人であるウィリアムも引かざるを得ない。
「歴史上、『騎士』に成る際に“声”を聴いた奴は少なくないが、『騎士』となった以降でも“声”が聴こえる人はお前さんが初めてだ」
逆に何故“声”が聴こえなくなるのだろうと頭を掻くウィリアムは、“声”を発している張本人に問うことにする。
(えーっと、“声”?さん?)
(ふむ、宿り主が問いたいことは分かっている。何故『騎士の証』を得た者は我の声を聴けなくなるのか……だろう?)
話を聞いていたのか、すんなり質問の内容を理解している“声”に、ウィリアムは驚きながら頷く。
ウィリアムは禍族と相対した際、戦いたいと懇願した宿り主に溜め息をつきながらも“声”は的確な指示を出してくれたのである。
あの関係を続けられるのならば是非とも続けて行きたいと思えるほど戦闘のとき、息がピッタリだった。
だからこそ、それをしない……または出来ないことにウィリアムは疑問を持っている。
(単純に“資格”が無かった、そして宿り主にはある。それだけの話だ)
(“資格”……?何の話を——)
ガゴンッと馬車が止まる音がして、ウィリアムは意識を現実に引き戻す。
周りを見渡せば一泊するはずの村の近くに、“何故か”禍族が出現しているのが見えた。
まだ村には到着していないらしいが、すぐに村を蹂躙しだすだろう。
「この短時間に禍族がまた出現?何かが可笑しいな」
先ほどまで興奮していたはずのブランドンは、急に冷静になり現状を分析しながら従者席から飛び降りる。
「緑の坊主、お前さんも来い」
「ブランドンさん、俺は——」
「——待て」
ギョロリと、村の方しか見ていなかった禍族が急にブランドンたちの方へ顔を向けた。
ある意味無垢な瞳に見定められ、未だ禍族と一度しか相対していないウィリアムとエンテは背筋が凍るのを感じる。
「エンテ、お前はここで待機してこの馬車を見守っていてくれ。どうやらあの“化け物”は俺たちを狙っているらしい。——忌々しい」
「————ッ!」
最後の一言があまりに残酷で、あまりに憎しげ。
それ故にその瞬間だけウィリアムとエンテは、禍族よりも『赤の騎士』の方が恐ろしく感じた。
否、一瞬ではない。
禍族と相対したその瞬間から、『赤の騎士』ブランドン・ドルートはその表情を凍りつかせていた。
——狂鬼の笑みに。
ウィリアムとエンテにとって禍族との戦い二度目……その幕が上がる。
- 1章_力求める破壊の赤 —その手に持つは殺戮の剣— ( No.9 )
- 日時: 2018/06/28 21:34
- 名前: 清弥 (ID: n4UdrwWp)
狂鬼の笑みを浮かべたブランドンを見て、ウィリアムは驚きつつも慌てて飛び出した『赤の騎士』の背中を追う。
(ブランドンさんの目、あれは……)
おっさん臭くも優しく在った人が、禍族を見た瞬間に目の色を変える。
文字通り、狂うのだ。
そこまでの変わり様に、ウィリアムはブランドンの奥に潜む“闇”を悟らずにはいられない。
(恐怖している、ブランドンさんが禍族に対して)
異様なほどの狂いは恐怖が反転した結果。
つまりはそれほどの“恐怖”をブランドンさんは禍族に対して、与えられたのだとすぐに分かる。
だからこそウィリアムは焦った。
(早くブランドンさんに追いつかないと、何をやらかすのか……!)
狂気に染まった人ほど何をするのか分からない。
変なことを行う前に、ブランドンを落ち着かせるのは急務である。
「ブランドンさん——」
「——燃えろ、“ファルガ”ッ!」
追いつかない背中に手を伸ばし叫ぶウィリアム。
けれど、それに気が付かぬままブランドンは右手の甲にある“印”を掲げ高らかに唱える。
瞬間、ウィリアムは体中に熱が這いよるのを感じた。
(熱っ!これが……!?)
熱に思わず目を閉じて、それではいけないとすぐさま目を開けたウィリアムは見る。
“炎”。
それは赤で覆い尽くされた炎だ。
全てを破壊せんと、全てを殺さんと、ブランドンの周りには炎が群がっている。
「剣……」
「化け物を“殺し”に行くぞ——」
ブランドンの周りに群がっていた炎が、天高く掲げる右手に集まり一つの形を成す。
形成されるは“大剣”。
刀身を炎で覆いながら、周りに恐怖と殺戮をもたらす『赤の剣』だ。
「——『火之殺戮《ファルガ》』」
その両手に大剣を構えると、ブランドンは真っ向から禍族に挑みにかかる。
町を襲った禍族とは違い“獣のような形”をした禍族は、大振りで振るわれた大剣を余裕で躱して見せた。
(……とりあえず、ブランドンさんを助けないと)
(あぁ、忘れるなよ我が宿り主。汝が望んだのは“護る力”だ)
“声”から発せられる忠告にウィリアムは頷くと、左手の甲に在る“印”を掲げて目を閉じる。
意識を深層へと落とせば、すぐに『騎士の力』の源が発見できた。
深層に在る力に向けて左腕を突っ込むようなイメージを持って、ウィリアムは目を大きく見開き叫ぶ。
「現れろ、『風之守護《ウィリクス》』!」
普通では在り得ない緑の風がウィリアムを纏い、左腕に大楯を形成。
巧みな彫刻をされた緑色をした大楯を構えて、ウィリアムは今もなお戦うブランドンの元へ走り出した。
「ブランドンさんッ!」
「死ねェ!」
駆けつけるウィリアムを無視し、狂気に堕ちた『赤の騎士』は罵声を叫びながら炎の大剣を振るう。
しかし、闇雲に振るわれる大剣は獣の形をした禍族には当たることはない。
強化されているはずの『騎士』よりも、獣の形をした禍族の方が身軽で早いのだ。
(圧倒的に相性がブランドンさんに合ってない!)
ブランドンが振るうのは大剣であり、強化されている身体能力と言えども片手で安易に振るえる物ではない。
もちろんその分威力は高いだろうがそれも“当たれば”の話だ。
何より正気をほぼ失っていると言っても良いブランドンは、大剣の刃を当てるようにフェイントをかける事すら考えられないだろう。
「当たれやァ!」
「————ッ!!」
頭に血が上ったのか、完全にやってはいけない大振りで大剣を振るうブランドン。
それを軽くいなした禍族は、隙ありありのブランドンの体へその漆黒の爪を突き——
「目を覚ましてください、ブランドンさんッ!」
——すんでのところでウィリアムの大楯が防ぐ。
ようやくウィリアムを視界に入れたブランドンは、少し頭が冷えたのか攻撃を防ぐ緑の青年をただ見つめる。
ブランドンが無事な事を、視線を向け確認したウィリアムは攻撃に合わせ大楯を振るって禍族を吹き飛ばした。
そのまま隙を見せたまま停止しているブランドンに目を向けることなく、禍族の対処へと自ら向かっていく。
(俺……は?)
呆然と禍族と相対する『緑の騎士』を見続けるブランドンの頬に、誰かが唐突に思いっきり殴りかかった。
「いい加減にしろよ、ブランドンさ……いや、ブランドンッ!」
「エン、テか?」
その瞳に濃い“怒り”を込め睨み付けるエンテ。
怒りを灯した瞳のまま右手に拳を作り、エンテは自分の胸を叩きつけた。
「アンタが言ったんだろうが。“『騎士』に必要なのは意志なんだ”って」
「————」
幾年も若い青年に言われ、ようやくブランドンは気付く。
先ほどまでの自分は『騎士』の姿ではなかったのだと。
「……あの姿で戦うのならその『騎士』、俺に寄越せよ」
お前よりも高い志で、お前よりも高い“意志”で戦えるのだと。
『騎士』にではないエンテは、『騎士』であるブランドンにそう告げる。
(あぁ、そうだ。俺は『騎士』失格だ)
高い志を持ち、強き“意志”で立ち向かう。
それが『騎士』だというのに、先ほどまでの自分はまるで『騎士』足り得なかった。
だが——
「すまない、お前さんに『騎士』を贈るのは今じゃないよ」
「知ってるっすよ、ブランドンさん」
——だが、それでもやり直そう。
恥ずかしいところを見せてしまったウィリアムに、同じ位カッコいい所を見せなければならないのだから。
歯を見せて朗らかに笑うブランドンに、エンテは肩を竦めて苦笑する。
「エンテ、お前さんに感謝を」
「礼ならウィリアムにしてやってください。俺は誉れ高き『騎士』を殴った身っすから」
冗談を言い合ったブランドンとエンテは互いに拳をぶつけ合う。
認め合う仲間であるかのように、強く、強く。
そして次の瞬間、エンテの目の前からブランドンは姿を消していた。
「ぐっ……!」
振るわれる巨大な爪を何とか大楯で防ぐが、無理したせいかウィリアムは体制を大きく崩してしまう。
出来た隙を逃すはずも無く、振るわれた爪を前にウィリアムは目を閉じ——
「その手を退けろォ!」
——炎を感じた。
刀身に濃密な赤の炎を宿した大剣で、迫る爪を剛力によって弾き飛ばしたのはブランドン。
口を開け真っ白な歯を見せて笑う彼の姿に、ウィリアムは心からの安堵を覚えた。
「いよっし、大丈夫か緑の坊主」
「はい、大丈夫です」
ブランドンは伸ばした大きな手で腕をつかみ、尻もちをついていたウィリアムを強制的に立たせる。
服が引火する様子も無く肩に炎を纏う剣を担ぐブランドンは、もう片方の手で無精髭を弄り「どうしたものか」と頭を悩ます。
悩んだ末、こちらを警戒して近づかない禍族を睨み続けているウィリアムの肩を叩いた。
「緑の坊主。もう一度でいい、俺を助けた時にした“パリィ”……攻撃を弾くヤツをしてほしいんだが、出来るか?」
一度でいい。
それが意味するのは、“一度で倒す”ということだ。
本当の『赤の騎士』の本領を見られるのだと、ウィリアムは口角を釣り上げながら右手で大楯を触る。
(タイミング調整、任せたぞ)
(うむ。もうこれで三度目だ、タイミングを計るのは任されよ宿り主)
頼もしい“声”を聴き、安心して大楯を構えるウィリアム。
大楯を構えることが了承の合図なのだとブランドンは気付き、一言「頼んだぜ」とだけ口にする。
「——さぁ、反撃開始だ」