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【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】
日時: 2016/11/17 17:25
名前: ナル姫 (ID: bkADf4XB)

 緑雨りょくう
  ——新緑の季節に降る雨。《季 夏》

  引用:デジタル大辞泉


足をお運びいただきありがとうございます。
タイトルを見てお察しいただけましたかと思います通り、当小説は明星陽炎様のFate/stay night二次小説『人間未満の聖杯戦争』の転生物、現代社会人パロディとなります。
ですので、『人間未満の聖杯戦争』主人公である七紙時雨、ディルムッド・オディナが主人公、教会組が主要人物となります。その他、新たにオリキャラとかちょいちょい出てきたりします。
魔術も無ければ魔法もない、そんな普通の世界で恋して喧嘩して泣いて笑って、最後はやっぱり好きだよ——みたいな、
恋 愛 夢 小 説 だ と は 思 わ な い で く だ さ い 。

関係性としては八割九分家族してます。普通の恋愛夢小説を期待していた方々、ごめんなさい。(菩薩顔)



たまーに暴力表現だったりシリアスだったりありますが、だいたい平和してます。
年齢としてはサザエさん方式になっております。深くツッコんではいけない。

  ※尚、この小説は『人間未満の聖杯戦争』の ネ タ バ レ を含みます。
  ※ネタバレ箇所になるページには、目次に*マークをつけます。


さてまともな挨拶もままなりませんが、とりあえず最低限のネチケットとルールを守り読んでくだされば嬉しいです。

それでは彼らの日常喜劇、お楽しみくださいませ。

目次は>>2

Page:1 2 3 4 5 6



Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.6 )
日時: 2016/11/19 23:59
名前: ナル姫 (ID: EI9VusTL)

「ところが、大学生の一件が入った……そして倒壊の危険との判断がなされパトカーの見回り経路になり、子供達も自粛、それにより噂も廃れ、その内パトカーの見回りからも外れていた……ということですか」
「そうだ、だからヘルメットを積んできた」
「なるほど、助けに行ったくせに鉄材に殺されては堪りませんね」

 ディアルムドは苦笑しながら片方のヘルメットを受け取り、しっかりベルトを締めた。

「気をつけていくぞ」
「はい」

 二人は右手に懐中電灯、ディアルムドは左手に置いて行かれた少年の分のヘルメットを手にして、廃病院へ入った。

   *

 病院は入り口に南京錠が掛かっていたが、当然鍵などない。しかし昔子供達が入った名残だろう、恐らくバットなどで一階のガラスの多くは割られていたため、破片に気をつければ中に入ることは容易だった。

「取り残されたのがいるのはどこだったか」
「地下一階の、耳鼻科の診察室あたりです」
「……あそこか」

 寺林が苦虫を噛み潰すように言う。どうかしたんですか、と嫌な予感を抱きながら尋ねると、行けばわかると返された。
 星が明るく照らしてくれてはいたが、やはり気味が悪い。しかし、想像していたよりはずっと中は綺麗に片付いている。ただ、時々単三電池や金属バット、鉄パイプなど、探検しに来た子供が持ってきたであろう物も置き去りにされていた。
 地下に繋がる階段に着き、ゾワッとした感覚に襲われた。思わずうっと声が漏れる。

「どうした?」
「いえ……なんでも」

 ディアルムドとて、現れたのが魂の一部であるとはいえ妖精王の子供だ。そういったものの気配を感じ取るのは意識せずともできるし、その気配の善し悪しだってわかるものはわかるし、見えるものは見える。
 魔術も何もない癖に……とは思うが、魔術と霊的なものは根本的に関係がないのだろう。
 階段を降りると星の明かりが消え失せ、いよいよ懐中電灯の灯りだけが頼りになる。

「……湯原くん、湯原宏樹くん、無事かー?」
「おーい坊主ー、助けに来たぞー?」

 妙な息苦しさを感じる。寺林は何も感じていないのか、スタスタと先に進んでいった。奥に進むほど空気は重くなっていくような気がしたが、弱音など吐いていられない。言葉には出さない代わりに、ヘルメットを持った左手に器用に懐中電灯を預け、右手で十字架を切った。
 ……ふと、そういえば、湯原という名字に何か覚えがあった気がした。だが、脳は正直それどころではない。

「ここだ」

 歩みを止めた寺林が上の方を照らすと、確かに耳鼻科診察室と表札がかかっていた。

「彼は室中でしょうか」
「廊下にはいねぇ、入るしかねぇが……頭上注意な」
「……? ……はい」

 ドアノブを回し、寺林がドアを前に押す。木製のドアだ、相当古い。ぎぃぃ、と嫌な音がした。中に入る前に、そこから見えた光景にディアルムドはギョッと目を見開いた。

「うわっ!?」

 血の跡だ。もうずっと前のものだろう、大量の血が床にこびり付いている。なるほど、大学生の頭に鉄材が直撃したのはここのことだろう。
 診察室の中には色んなものがあった。やはり忘れ物か、ここにも鉄パイプが置いてある。今回の件と言い、パトカーの見回り経路になり噂が廃れたとは言え、入る子供もゼロではないのだろう。

「ったく、どこにいんだ餓鬼は……おっ」
「見つけましたか?」
「あぁ、気絶してるな。ディアルムド、救急車呼べ」
「はい」

 スマートフォンを取り出す。圏外ではなく安心し、119に掛けようとしたその時、上からガコンという音が響いてきた。何事だろうと上を見上げると、接続の脆くなっているパイプが落下を始めていた。このままでは、寺林に直撃する。

「っ——!!」

声が出る前に、反射的に体が動く。両手に持っているものを全て床へ投げ捨て、子供が置き去りにした鉄パイプを落ちてきたパイプ目掛けて振りかぶった。

「っ、らぁっ!!」

 ガンッ、と派手な音を立て、パイプは寺林とは逆の方向へ飛んだ。ようやく寺林が、危機が迫っていたことに気がついたらしい。鉄パイプに打たれて変形したパイプを見て呆然としていた。
 ディアルムドはバッとパイプが落ちてきたところを見上げた。だが、そこには何もいなかった。

   *

 その後改めて救急を呼び、男子生徒は病院へ運ばれた。ディアルムドと寺林は、再び寺林の車に乗り込む。

「気分は悪くねぇか?」
「……良くはないです」
「……まぁ、あんなことがあったしな。つかお前、霊感でもあんのか? 初耳だぞ」
「……霊感については微妙です。と言うか言ってないですからね」

 それもそうか、と寺林が苦笑する。

「お前、交番まで何で来た?」
「バイクで」
「バイクは交番に預けておいて明日取りにいけ。今日はこのまま送っていく」
「……すみません」

 時刻は午前二時を回っていた。明日も出勤命令が出そうだなぁと思いつつ、流れる景色を眺めていた。
 車から降り、寺林に礼を述べて頭を下げる。まだまだ未熟だ等と思いつつ、教会の方に顔を向けると、何故か教会の明かりがついていた。家の明かりがついていたのなら誰かがまだ起きている、で良いのだが、こんな夜遅い時間に信者でもいるのかと思いつつ家に上がり、教会に向かった。
 キリスト像の前に、修道服を着て祈る時雨がいた。他に誰もいない。

「……時雨?」

 声をかけると、顔を彼に向けて彼女は笑った。そして、彼の方へ駆けてくる。

「おかえり!」
「……こんな時間に何してるんだ」
「何だよ、シスターが気分で祈っちゃ悪いかよー」
「そういうわけじゃ……」

 そこまで言ったところで、スーツの端を小さく握られていることに気づいた。あぁ、と理解する。
 ……何か嫌な予感でもしたのだろう。実際——……。

「……ただいま」

 ポンポンと子供をあやす様に頭を撫でた。

「補導長かったな」
「まぁ……な」
「どんな子だった?」
「プライバシーの保護」
「ちぇー」

 どんな子だったのか、それくらいプライバシーの保護には含まれないとはわかっている。それでも時雨は言えないことがあるのだと察して聞くのをやめた。補導なんかなかったんだろうな、とも分かっているのかもしれない。

「ふぁぁ……疲れた。寝る」
「ん、おやすみ」
「お前も早く寝ろ」
「ぼくだってもう寝るよ」
「そうか……おやすみ」
「うん」

 無事で良かった、そんなことを思いながら、時雨は自室へ戻った。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.7 )
日時: 2016/11/20 19:09
名前: ナル姫 (ID: a1/fn14p)

 翌日の朝——と言ってももう十一時頃だが、起きてきたディアルムドに時雨はホットミルクを差し出した。時雨は既に仕事を始めていたが、ディアルムドが起きてきたためわざわざ一度上がってきてくれたらしい。ギルガメッシュは何処かへ出かけたようだ。

「真夏の昼に……」
「いいじゃん。疲れ取れるし。腸にいいらしいぞ。はちみつ入れる?」
「頼む」

 そんなやり取りをしていると、クーがリビングへやってきた。背負っているリュックサックを見ている限り、恐らくバイトに行くのだろう。クーはにやりと二人に笑いかける。

「いいねぇ、まさに夫婦じゃねぇか」
「クーさん殴るぞ?」
「悪い」

 即座に謝るクーを見て苦笑、やはりここは心が休まるな、などとらしくもないことを考えていた。

「御子殿はバイトですか?」
「あぁ、夕方には帰る。ディアル、出勤ってなったら連絡くれ」
「はい」

 時雨からマグカップを受け取りながら頷く。数回息を吹きかけて一口飲んだとき、家の電話がなった。クーは既に家から出ており、信者様かな、と時雨が電話を取りに行った。

「はい、言峰聖堂教会です。あ、はい……はい、おります。代わりましょうか? ……はい、少々お待ちください」

 猫をかぶったときの時雨の声と、言葉から相手を判断。……職場だ……と絶望的な気持ちになる。無言のまま、差し出された受話器を受け取りマグカップをテーブルに置いて、保留ボタンを消した。

「……はい」
『やっと起きたのか』

 受話器から聞こえた気難しそうな声に顔をしかめる。…………寺林からの電話ならどれほど良かっただろうか……なんてことに思いを馳せながら、すみませんと謝った。そして、やっとということはスマートフォンの方にも何件か不在着信があるのだろう。
 相手は生活安全課課長——第四次聖杯戦争時に自分をランサーとして呼び出し、今ではもう気にするのも馬鹿臭いのだが……自害を命じた主だ。彼は日本人として生まれ変わり、現在の名は橋金圭佑である。髪や瞳の色の僅かな違いを除けば、見た目といい性格といい紛れもなくケイネス本人だろう。転生してなお命じる側と命じられる側として縁があるとは、当然ながら考えていなかった。

『昨晩の報告書は見た。廃病院に行ったのは貴様と寺林だけだな?』
「はい。巡査には交番に残って貰ったので」
『そうか、ご苦労。で、今から最短で何分で来れる? いや、30分で来れるな? 署で待つ』
「ちょっ、まっ、30分!? ちょ、待ってください課長! 課長ぉぉぉぉお!!」

 ディアルムドの悲痛な叫びも虚しく、電話は切られてしまった。ツー、ツーという音だけが耳に響き、ディアルムドは諦めて電話を切る。バイクで行くのにも道路を走るだけで20分程掛かるというのに。というか、バイクの所在は昨晩行った交番だ。

「何、また無理強いされたの?」
「あぁ、すぐに着替えて行ってくる」
「じゃぁミルク飲んじゃうよ?」
「そうしてくれ。それと、御子殿に連絡を入れておいてくれると助かる」
「りょうかーい」

 ドタバタと支度を始めるディアルムド。慌ただしいなぁなんて思いつつ、時雨はクーにLINEを入れた。夕飯は一人で取ることが多いディアルムドだ。クーが、一人で夕飯を作ることになったときの落胆の顔を思い出すと少し笑う。

「行ってくる」
「いってらっしゃい」

 ディアルムドを見送り、時雨は残ったミルクを飲むと教会へ戻った。そこには、綺礼と話す一人の主婦がいた。彼女には見覚えがある。何を話しているのかと思い、猫かぶりモードで近づいていくと、彼女が時雨に気がついた。

「あら、時雨ちゃん。久しぶりね」
「はい。二年ぶり……でしょうか」
「えぇ、もうそのくらいね。中々来る機会がなくて……二番目のお兄さんとディアルムド君は元気?」
「はい。次兄は相変わらずで、ディアルムドは今年の初夏に正式に警察官になりました」
「え、ディアルムド君が!? まぁまぁ驚きねぇ……全然知らなくて。今日はお仕事?」
「本当は休日だったのですが、たった今呼び出されて職場に」
「そう……本当に警察官って大変ねぇ……。……あら、ごめんなさい、私もそろそろ帰って支度しなくちゃ」
「何かご用事なのですか?」
「えぇ、ちょっとね……またね、時雨ちゃん。お二人によろしく頼むわ」
「はい、どうかまたいらしてください——湯原様」

   *

 結局指定時間より30分程遅れて署に着き、散々小言を言われたディアルムドに任せられたのは、予想通り昨夜の少年少女、そしてその親の取調べだった。
 何しろ必要最低限のことしか聞けておらず、ディアルムドはあの後、気分の悪さからあとのことを全て寺林に任せてしまった。とは言え夜遅く、取調べはまた明日に、という流れだったらしい。
 橋金から聞いたことは、昨日保護した少年はまだ目を覚ましてはいないが命に別状はなく、残りそうな傷もないこと、そして、彼の母親が午後三時頃にに署に来るということ、それから交番に来た少年少女の名前だった。

「それと、あの廃病院の件は県警に報告、後に取り調べられるが恐らく倒壊する前に壊されるだろうな。それまでは巡査の見回り経路に再組み込み、子供達が入り込まないように要注意させる」
「了解しました」
「少年と母親の取調べは一時までに済ませ、二時までに照らし合わせを終わらせろ。それと、場合によっては貴様が保護された少年の母親に対応しろ」
「はい」

 なぜ自分なのか——ということについては訊いたところで答えないだろう。橋金には記憶がないようだが、ディアルムドは別だ。彼という人物をよく理解している。……理解しているところで嫌われていないかと言われれば、全くそんなことはない。寧ろ何故か目の敵にされているのは、恐らく自分が出世街道を進んだために、同じように若くして巡査を飛び越え署に上がってきたディアルムドが気に入らないのだろう。ソラウまで同じ職場にいたらそれこそ修羅場であったと、その点は運命に感謝している。

 そんなことを考えつつ、取調室へと足を運んだ。部屋の中には、既に少年と母親——相田敦と恵美子親子がいた。二人はガラス越しに自分に気づくと、元々明るくなかった顔を更に強張らせる。あまり二人を緊張させないよう微笑んだが、どうやら効果はない。
 英霊のときと同じ顔でなくてよかったと思うことも多々、同じならもう少し上手く行ったかもしれないと思うことも多々、複雑な心境で彼は扉を開いた。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.8 )
日時: 2016/12/02 11:37
名前: ナル姫 (ID: xJkvVriN)

「ええっと……とりあえず自己紹介をさせて頂きます。冬木警察署生活安全課少年係、言峰ディアルムドと申します。名字でも名前でも、覚えやすい方で覚えてくださって結構です。そちらのお名前を確認させて頂きます。まず、相田敦(あいだ あつし)君、それとお母様の相田恵美子えみこ様、相違ないでしょうか?」

 手元の資料を見て確認する。二人は頷いた。取り調べなど初めてだろう。緊張するのも無理はない。

「ありがとうございます。それでは、えー……」

 躊躇いがちに恵美子へディアルムドは顔を向けた。

「説明があったと思いますが、とりあえず敦君の方から始めたいと思いますので、お母様は一旦休憩室で待っていて貰っていて宜しいでしょうか? 終わり次第、お呼び致しますので」
「……どうしても駄目でしょうか」
「……申し訳ございませんが、そう決まっておりまして……休憩室は、このお手洗いに続く通路を進んで左手側にございます」
「……」

 手振りをつけて説明すると、恵美子は諦めたように取調室から出た。その様子を見たディアルムドは、さて、と少年に向き直る。

「まず、色々教えておかないといけないな。君達の友達は無事だ。気を失ってはいたが命に別状はないし、大きな怪我もなかった」
「本当ですか!」
「あぁ。……あまり思い出させたくはないのだが……あの日のことを詳しく教えてくれると助かる。何時に家を出たとか、どうしてあの場所に行ったのか、とか」
「……光や、美津に聞いてないんですか?」

 光、美津というのは女の子達の名前だ。今別の警察が聞いているけれど、とディアルムドは困った顔をした。

「証言の一致が、一応必要なんだ。だが、それで誰かを罰するということはないから、素直に答えてくれればいい」
「……はい」

 彼はポツポツと話し始めた。

「……前日に、部活動で、三人に会って……その帰りに、美津があの廃病院の話を持ち出したんです。それで盛り上がって、明日の夜、アルファーの前で待ち合わせしようってなって……」
「アルファー……あぁ、あそこから一番近いコンビニだな。……あそこに関する噂は、美津ちゃんから聞いていたのか?」
「噂……? あぁ、大学生の霊が出るって噂ですか? 勿論聞きました。最初は、何も問題起こしてないって聞いてつまらないなって思ったんですけど、その大学生の話を聞いて……」
「それで、四人で行くことになった……か。家を出たのは?」
「……アルファーには八時に待ち合わせで、行きも帰りも徒歩だから……七時半くらいです」
「ご両親に止められなかったのか?」
「……丁度、父さんも母さんも深夜遅くまで帰らないって言ってたから。父さんは仕事で、母さんは飲みに行って」

 なるほどな、と言いながら書類に書き記していく。そして、一番重要なことを聞いた。

「……警察は、霊能的、非現実的な証言は宛にしない……できないのだが、君たちが大慌てで逃げてきた原因、つまり君たちが見たものを聞かなければならない。何を見たのか話してくれるか?」
「……出たんです、その大学生の霊が……耳鼻科診察室に入って、でもここで死んだらしいって聞いてたし、床に血もあったし……奥には行かないほうがいいって言ったんですけど、宏樹が奥の方に行っちゃって……こっち来いよって言ってたの、躊躇ってたら、宏樹の後ろに、顔がぐちゃぐちゃになった幽霊が……それで俺達、もう宏樹のこと頭になくて、必死になって逃げて……」

 彼は言ううちに涙目になった。

「……」

 それで走って交番まで逃げてきたと言うことか、とディアルムドはペンを走らせながら考えた。時間的にはおかしくない。自転車も何もない状態。あのコンビニから病院までは歩いて30分と言ったところだ。迷うような道でもない。それで中を散策、耳鼻科で霊を見て走って逃げた……あの交番から病院までは歩けば二時間はかかる。あの距離をずっと走るのは不可能だろうが、少し走ったなら一時間くらいで着くだろうか。

「病院内にいたのはどのくらいの時間だ?」
「……そんなに長くもなかったです。真っ先に耳鼻科に行こうとしたんで……一時間半くらいだったんじゃないかな」

 一致する。どうやら嘘はついてなさそうだ。

「最後に一つだけ。警察に行こうと提案したのは誰だ?」
「俺です……」
「……そうか、どうもありがとう。また、何かあったら話を聞かせてもらうかもしれない。出来る限り応じてくれると助かる。それと、もう倒壊危険の場所に行くのは止めるんだぞ」
「……はい、わかりました。……あの」

 何だろう、と思い彼の方を向く。彼は、ディアルムドに頭を下げた。

「宏樹のこと……本当にありがとうございました!」
「……!」

 ……礼を、言われた。少し驚いた。これが仕事だから、礼などないと思っていた。思わず溢れそうになる笑みは、留めることができなかった。

「……あぁ、どういたしまして!」

   *

 その後、母親からその日の夜のことを聞いた。確かに父親はその日深夜まで仕事であり、母親も友達に誘われて飲みにいったとのことだ。

「でもまさか、あの場所に行くなんて……」
「高校生ですからね……意外と行動力ありますよ。あれから息子さんの身に何か異常ございますか?」
「いえ、友達の安否が気になっていて沈んではいましたが……異常はありませんでした」
「それは良かった。どうもご協力ありがとうございました。すみません、こんな時間まで引き止めてしまって」

 時計の短針は、もうすぐ1を指そうとしていた。何とか指定時間通りに終わらせたなと思いながら相田親子を見送り、自分のデスクに戻る。これから、女子学生の話を聞いてきた刑事と照らし合わせだ……が。

「……」

 さすがに空腹である。昨晩二時半くらいまで起きていて、夕飯の後摂った栄養といえばホットミルク一口分程度である。そう考えると、どんどん集中力が低下していくような気がした。溜息を一つ吐き出そうとしたところで、スコーンと額に硬い何かが直撃した。

「あだっ!?」

 軽い音を立てて落ちたものを見ると、カロリーメイトの開封前の箱だった。

「朝飯食ってねぇのか?」

 投げた本人であろう、寺林がファイルを片手に笑っている。ディアルムドは落ちたカロリーメイトを拾った。

「……昨日の今日でこれ額に直撃させるとか冗談悪いですよ」

 ありがたく頂きますと言って、ディアルムドも笑った。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.9 )
日時: 2016/12/02 11:39
名前: ナル姫 (ID: xJkvVriN)

 寺林とディアルムド、そして同じく少年係の女性刑事の三人での照らし合わせが始まった。

「じゃぁまず、それぞれの担当を」
「俺のところは里崎美津(さとざき みつ)さん、それと母親の里崎可奈かなさんだ」
「相田敦君、それと母親の相田恵美子さんです」
「それで私のところが代々木光(よよぎ ひかる)さんと、父親の代々木翼つばささん、間違いないわね」
「はい」
「おう」

 女性刑事の早川は、肥満気味の顔——体もなのだが——を満足そうに緩め、笑顔で照らし合わせを始めた。

「まず、大まかな流れから。前日の部活動で四人は顔を合わせ、里崎さんから廃病院の話を聞いた。それで盛り上がり、明日の夜に行こうと言う話になった。里崎さんから、死んだ大学生の話は聞いていた。ここまでいいかしら」
「その通りだ」
「相違ありません」
「翌日の夜の待ち合わせ場所はコンビニのアルファー。そこから四人で歩いて廃病院まで行って、まっすぐ耳鼻科まで。そこで、逃げてきた三人は怖くて中に入るのを躊躇っていたけど、湯原宏樹(ゆはら こうき)君は中に入って行った、そこで大学生の霊を見て、三人は慌てて逃げた。そして、相田君の提案で交番へ来た……合ってる?」
「はい」
「大丈夫だ」
「疑問な点は?」

 ディアルムドが、全体的に問題はないのですがと声を出した。

「湯原君が倒れていた場所ですね。大方慌てていて逃げる方向を間違えたのだろうと思いますが……三人が霊を見たのは湯川君の後ろ、入り口で入るのを躊躇っていた三人から見える位置に湯原君はいたはずです。けれど、我々が捜索したときは、入り口から見えない位置に湯川君は倒れていました」
「それはそうだな。まぁそこは、本人に聞くしかねぇだろう」
「そうね……他に何かある?」
「特には」
「……にしても幸運だったな、あの坊主」

 寺林が資料を見ながら呟く。資料には、あの病院の耳鼻科診察室の構造と、湯原宏樹の倒れていた場所が記されていた。

「俺達の保護が遅れてたら死んでたぜ」
「俺の反応が遅れてたら寺林さんが死んでるじゃないですか」
「あぁ? いいんだよ俺は」

 そういう寺林に何らかの違和感を覚えるが、その正体が掴めない。警察官として市民を守って死んだのなら確かに名誉だろうが、鉄材が落ちてきて殉職——なんて目には遭いたくないのが普通ではないだろうか。

「……?」
「何にしろ、三人証言が一致したな。早く済んで助かった。あとは坊主の母親が来るのと、坊主が目を覚ますのを待つだけだな」
「えぇ、そうね。じゃぁ私はこれ、課長に出してくるわ」
「おう、頼んだ」

   *

 若干もやもやした気持ちで、ディアルムドは貰ったカロリーメイトを食べていた。寺林にはこの件について何か思うところがあるような気がする。しかし何をどう思っているのか、まるでわからない。まぁもっとも、わかったところで気持ちのいいことではないだろう。それにしても、自分は寺林のことを何も知らない気がした。

「…………」

 わからんなぁ、そんなことを思いながらうわの空で買った緑茶のペットボトルを開け、カロリーメイトを流し込んだ。時刻は二時半、湯原宏樹の母親が来るまであと三十分ある。わからないといえば、『湯原』の妙な既視感もわからない。
 ……スッキリしない。時雨に心当たりでも聞いてみようかと思い、署の外に出てスマートフォンの電話帳から時雨の名前を探そうとした、その時だった。

「……ディアルムド君?」
「え」

 この署の人間で、自分を名前で呼ぶのは寺林くらいだ。しかも君付けで呼ばれた。一体誰が……と思い反射的に振り返ると、何処かで見たような婦人が自分を見ていた。

「……えっと」
「やっぱりディアルムド君! まぁまぁ背も伸びて立派になって! 覚えてるかしら、湯原よ、ちょっと前までよく教会に行っていた!」

 数回、目をぱちくりと瞬きして、ハッと思い出した。そうだ、湯原とは自分達が高校生のときよく教会に来ていたクリスチャンの一人だった。

「すみません今思い出しました。そっか、妙にあの子の名前に既視感があると思った」
「……まさか、宏樹?」
「はい、湯原宏樹君です。湯原様、お子様がいらしたのですね。旦那様は何度かお会いしましたが……」
「あらっ、宏樹の事件の担当なの? もうごめんねぇ、迷惑かけて」
「いえ、仕事ですから。とりあえずこんなところで立ち話しているわけにも行きませんから、どうぞ署内へ。課長に取り次ぎますので」

 署の扉を開け、ディアルムドは橋金の元へ彼女を導いた。

「課長、湯原様がお見えです」
「む、そうか…………貴様何故外へ行っていた?」

 ビクッとディアルムドの肩が跳ねる。家内に電話しようとしていました——なんて言おうものなら何を言われることやら。ここは、家内から電話が来ていました、が良いだろう。実際そう言うと、物凄く不快そうな顔をするだけで何も言われはしなかった。

「はぁ……まぁいい。言峰、婦人に説明を」
「畏まりました」

 こちらへ、とディアルムドは湯原を招く。空いている取り調べ室を使うことになったが、彼女にも聞くべきことがあるため仕方がない。さて、どこから切り出そうかと思っていると、相手から口を開いた。

「ディアルムド君、正式に養子縁組を結んだの?」
「へ?」
「だって貴方の名字は、ウア……」
「あぁ……ウア・ドゥヴネ、です。そうか、お伝えしていませんでしたね。実はその……色々な都合から、時雨と籍を入れまして」
「えっ!? そうなの!? お昼前頃に教会に行ったんだけど全く知らなかったわ!」
「はは……まぁ、夫婦らしいことは何一つしていないのですけどね、正式に言峰姓を頂きました」
「良かったわねぇ……きっと色々役に立つわ。あら、ごめんなさい私ったら、色々聞かれるのよね?」
「いえ、予定より早く来ていただいたので問題ありません。……さて、では前日のことから説明させて頂きます」

   *

「こんな時間に友達の家に、なんて言うからちょっと怪しんでたけど……まさか肝試しに行くなんて」
「友達三人の証言は一致していますので、間違いはございません。疑問があるとすれば……」

 言いながらディアルムドは、寺林が持っていたものと同じ、耳鼻科診察室の見取り図をテーブルの上に出した。指を指しながら説明する。

「友達から見える位置だとすればここに宏樹君は倒れていると思うのですが、少しずれた……ここに倒れていたのですよね。まぁこの程度はほんの誤差ですので、あまり気にすることもないのですが、目が覚めて話が聞けるようになれば、宏樹君にも色々尋ねることになります。よろしいですか?」
「勿論、それにしても怖がりなあの子が……」

 全くもう、という風に、彼女は肩を竦めていた。

「……」

 ——怖がり……なのか?
 ——彼らの話では……率先して中に入った、みたいだったのに。

Re: 【転生】緑雨の空に、花束を【人間未満の聖杯戦争】 ( No.10 )
日時: 2016/11/24 13:56
名前: ナル姫 (ID: 3A3ixHoS)

 湯原が帰り、ディアルムドも帰宅が許された。だが外を見れば快晴の空から降り注ぐ熱気がアスファルト上に蜃気楼を作り上げており、景色が揺れて目に入る。とても外に出る気にはなれない。しかし何もせずにデスクにいると普通に出勤している署員に申し訳なく、とりあえず休憩室へ避難した。
 休憩室の自販機で缶コーヒーを購入した。椅子に座るのと同時に一口飲み、背もたれにぐったりと寄りかかる。警察学校で鍛えた体力には自信があるが、ここまで疲れているのは、内外の気温差と、この件に対する妙な違和感のせいか。

『怖がりなあの子が……』

『俺です……』

「……」

 考えていても答えは出てこない……いや、正確に言えば考えはある。辻褄も合うが、少々無理矢理なような気もする。果たして己の考えは非現実的じみてはいないか……とはいえ、証言がなければ考えても仕方なく、コーヒーを一気に飲みほしゴミ箱へ捨て、ディアルムドは帰る支度をした。

   *

「お、ディアルか、早かったな」
「ギル……帰っていたのか」
「銀行のATMで記帳しただけであるしな」
「……」

 四次の聖杯戦争時には、彼はまさに唯一無二にして絶対の英雄王であり、当時相見えたことは少ないとは言えそのオーラと強さは古代の王そのものだった。それが五次ではどういうことか、時雨と言峰神父を通じて親しくなり、そのときにはかなり現代に染まっていることが伺えたものだ。そして現代に染まるしかないこの現世、出かけた用事が記帳と言われてしまうと、不自然ではないのだが、何というかとても反応しづらい。

「なんだその顔は。何か言いたげであるな?」
「……別にそういうことではないが。というか俺は少し寝る」
「あぁ、休日出勤したのだったな。よく休むが良い……と、言いたいところだがディアルよ」
「何か用か?」
「我の気のせいならそれで良いのだが、寝たところで悩みというものは解消せんぞ?」
「…………」

 動きが止まってしまい、図星を突いたとギルガメッシュが確信する。にやりと口角を上げ、話なら聞いてやるが、と声をかけられた。

「そんな上の空では飯を作る手伝いすらままならんだろうに」
「……お前には敵わんな」

 ディアルムドは階段がある廊下へ続く扉を開けようとしたその手を止めた。リビングテーブルのギルガメッシュの向かいに座る。

「捜査が順調にいかんのか?」
「それだったら帰ってきてなどおらん……捜査は順調だ、理論的に考えて不自然な箇所もない。だが妙な違和感を感じてしまってな」
「詳しく話してみよ。案ずるな、他の誰にも漏らさん」
「助かる」

 ディアルムドは簡単に事件の概要を説明した。ギルガメッシュは特になんの疑問も提示しない。

「何が違和感なのだ? 至って普通ではないか」
「湯原さんって覚えているか」
「覚えておるが? 二年ほど前よく教会に来ていた主婦であろう?」
「あぁ、倒れていた宏樹君はその人の息子でな。湯原さんが言うには、怖がりらしい」
「それが何だ、高校生ならば多少怖がりでも友人と廃病院に行くくらい当然であろう?」
「そうなのだが……それと、彼の倒れていた場所が、入り口からは見えない場所だった」

 ここまで言うと彼も、ぴん、と来たらしい。

「……ほう、なるほど、つまり貴様はこう言いたいのだな? 怖がりな癖に廃病院行きへ参加し、しかも診察室の中に入った湯原宏樹、そして倒れていた場所のずれ……しかし取り調べを受けた者は皆、湯原宏樹を嫌っている様子はない。ここから導き出される説は」

 ギルガメッシュは身を乗り出した。

「廃病院に行ったのは、五人だったのではないか——」
「…………」
「宏樹という奴は怖がりだった、だから廃病院に行くのにあまり賛成できなかったが、もう一人……権力者、いじめっ子的ポジションのやつがいた。そいつに四人は逆らえず、五人で行くことになった。宏樹と言うやつは怖がりで一番のいじめられっ子ポジションにあり、いじめっ子に後ろから押される形で診察室の中へ入った。恐らく、思いっきりそいつが宏樹を押し、宏樹が入り口から見えなくなったタイミングで、いじめっ子の後ろに霊が現れた。宏樹以外の四人は大慌てで逃げたが、怖がりな宏樹はその場で気絶。病院から離れたところで敦が交番への連絡を提案、しかしいじめっ子は自分は関わるのが嫌で、共に逃げた三人に自分の存在は明かすな、明かしたらどうなるか分かっているな等と脅して一人帰った。そして三人は事情聴取の前に話の辻褄を合わせ、警察に話した。そう考えれば納得がいく」
「……お前は読心術でも持っているのか? 良くも俺の考えていた事を違わず言ってくれる」
「くははは! 止せ止せ褒めるな照れるではないか! で、どうする? 綺礼に調べさせるか?」
「違和感に気づいたところで義兄を使って裏を取らせましたなんて、上に報告できるわけ無いだろう……」
「む、それもそうか。となると、高校生からの自白を待つしかないと?」
「俺一人で考えていたって仕方がないからな。やはり少し寝ておく」
「そうか」
「あ……そうだギル」

 今度こそ部屋に戻ろうと立ち上がったディアルムドは、再びその足を止めた。

「時雨にはぜっったいに言うなよ……」
「わかっておるわ」

 ギルの返事を聞き、ディアルムドは部屋に戻った。普段着に着替え、寝っ転がる。まぁ、彼の仮説が正しいとすれば、あとは四人目……いじめっ子に釘を刺されていない湯原宏樹の話を聞けばすべてわかる。そんなに案ずることはない——そう思うと眠気が襲ってきた。ぎりぎり意識のあるうちに、夕方には起きれるよう目覚ましを設定した瞬間、ふっと彼の意識は夢の中へ落ちていった。

   *

 ディアルムドを見送ったギルガメッシュは、スマートフォンを取り出した。ツイッターのタイムラインを追うも、面白そうな話などない。スリープ状態へ戻し、声を出した。

「ディアルは行ったぞ」

 すると、遠慮気味に教会へ続く扉が開いた。気不味そうに時雨が顔を覗かせる。

「聞いちゃ不味い話だった?」
「ディアルとしてはな。廃病院なんて、百物語したいなんて言い出したお前が好みそうな話ではないか」
「っていうかディアルは過保護すぎるんだよ。束縛の厳しい彼氏か!」
「旦那だから間違ってはおらんな」
「……そうだった」
「忘れるな」

 全くお前は、とギルガメッシュは溜息を吐き出した。余計なことはするなよ、と時雨に釘を刺す。勿論、それだけでは何の効果もないため、ディアルの邪魔になるからな、という言葉も忘れずに。


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