― Key ― 宝への道標 作者/梟 ◆y/0mih5ccU

第1章【2】



亜矢がさらに話をつづけた。
「そう、金印よ。金印みたいに、まず判子を押す部分みたいなところがあって、その上に、よく分からないけど、鳥が二羽すわっている形であったの」
 生徒たちが面白そうに目配せをし始めた。亜矢は緊張でこぼれた涙をさりげなく拭いた。生徒のうちのひとりが、先を話すよう促した。

「うん……二羽っていっても、種類は別々に見えた。ひとつは、鷲みたいな鳥で、もう一羽はなんだろう、普通の鳥。分からない、分らないわ」

「ほら、宝とは関係ねぇって、俺たちはこっちで進めようぜ」
 海斗が言った。友里と麻衣子は、どうやら海斗の意見を正しく思えたらしく、反論しなかった。


 そんな三人をよそに、亜矢は核心についたような口調で、演説のように話した。
「それだけじゃ、信じられないかもしれないけど――」
「なんかあったのか?」
 男子生徒が思わず言った。となりにいた女子生徒がその生徒の足を蹴り、だまらせた。
「うん、何か書いてあったの」
 しばらくして亜矢が言ったが、また黙り込んだ。まわりの生徒も緊張した様子で静かに話が進められるのを待った。
「なんて?」
 我慢しきれず、またさっきの男子生徒が言った。今度は、ふたりの女子生徒に頭をグーで殴られた。男子生徒はこんどこそ黙った。
「えっと……“Five messengers send.”」
生徒たちの頭上にはてなが浮かんだ。亜矢は、英語が得意だったので、すらすらを言ったのだ。
「あっ、ごめんね“Five”“messengers send.”“The guidepost”――“to the treasure”って」
「どういう意味か、わかるか?」
 誰かが小声で聞いた。みんなが首を振ったり、「知らない」と言った。

 一方、海斗たちは、今のを聞いて石化していた。海斗は完全に石化して、友里と麻衣子はたまに目配せしながら、海斗をじっと見ていた。
「どうしたの?」友里がおそるおそる聞いた。
「“Five messengers send”」
 海斗の英語を話す声は、プロそのものだ。
「“Five messengers send”。五人のメッセンジャーが送る」
「まさか」麻衣子が息をのんだ。
「それって、噂の五人のこと?」
 友里が自分に自問するように言った。麻衣子と海斗が目配せしながら、同意のことばを言った。
「っていうか、藤谷さん。それを持ってきてるかな」
 麻衣子が海斗と友里に小声で来てみた。友里ははっとした。いわれてみれば、彼女がみつけたなら、持ってきているはずだ。
「そうだよな」
「海斗、聞きに行ってよ」友里が言った。
「何で俺が」海斗は絶対拒否した。
「私、藤谷さんと話したことなくて……」友里が言った。
 藤谷亜矢は、友里にとっては可愛い憧れの存在で、話しかけることさえためらっていたのだ。
「俺はなおさらだ。男だし、話したこともない」
「あたしも絶対いやよ。あの子嫌いなの」麻衣子が言った。
「自分が可愛いからって、調子に乗ってる」
 友里は溜息をついた。麻衣子は昔、片思いの男子生徒を亜矢にとられていた。
「海斗いってよ」
「澤が行けよ」
「あたし嫌いなの、友里が行けば? 憧れてんでしょ」
「でも……」
「そうだよ、むしろ好きなら仲良くなるチャンスだろ」
 友里の顔は真っ赤になっていた。仲良くなるチャンス……そう言われて、決心した。
「分かった。聞いてくる」
 そういって、勢いよく席を立った。椅子がゴロゴロッと音をたてたので、みんなが友里のほうを見た。
「あ……なんでもない、です」
 そう言って友里はまた座り込んだ。海斗と麻衣子が小声で自分に文句を言っているのを、ぼんやり聞いていた。そのとき、亜矢のほうから「それ持ってきたの?」という声が聞こえたので、三人がいっせいにそのほうを見た。

「それが、持ってきてないの」亜矢がしょんぼり言った。
「何だよ、それ」誰かが悪態をついた。
「違うの、嘘じゃないの!」亜矢が慌てて言った。
「それ、持っていこうとしたんだけど、判子の部分が埋まってるような感じで、抜こうとしたんだけど、抜けなかったの」

 それにすばやく反応したのは、友里だった。
「それじゃ、まだその場所にあるって事よね」
「ああ、休み時間にでも行くか」海斗が言った。
「だめ、放課後に行こう。抜けたら目立つし」麻衣子が言った。

 その時、亜矢のまわりの人だかりは、今はもう誰ひとりいなくなっていた。持ってきてなかったために、みんなが嘘だったのだ、と断言したからだ。元々噂といわれ、本気で信じる者は少なかったし、亜矢がその証拠を持ってきていなかったので腹が立ったのだろう。
 亜矢はばかみたいにその場に立ちすくんだ。今までみんなの信頼をよせていた亜矢がこんなにも急に信頼されなくなるとは……噂とは、恐ろしいものだ。今やみんなが亜矢を嫌な目つきで見ている。亜矢はついに泣き出して、教室を飛び出した。

 それを見た友里が、席を立った。
「やめとけ、こういうのは関わると面倒だ」海斗が地図を見つめながら言った。
「でも……」
「いいから、普段の行いが、この結果よ」麻衣子がさも当然のように言い捨てた。そして、「その空地はどこなの?」と海斗に話しかけた。
「私、藤谷さんのところに行く」
「おいおい、マジかよ」海斗はど肝を抜かれたような表情をした。
「ほんと優しいねぇ……」麻衣子がおばちゃん口調で言った。

 友里は、そんな二人を残して教室を出た。