複雑・ファジー小説

さみしいかみさま
日時: 2017/12/08 18:59
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=776.jpg

 
 
 みんな誰かの代わりなんだよ、ねえ、かわいそうなかみさま。






 掛け持ち掛け持ち。一夜漬けで上手くいくのは野菜だけだ、という川柳を見たことがあります。本当にそう思いますね!




知らないかみさま >>01-02
知りたいかみさま >>03-04
泣かないかみさま >>05-06
泣きたいかみさま







 同名の歌がありますが、イメージソングはこちら。
【Green a.live/YUI】




ついっつぁ→asagaoyasumi

 



Page:1 2



Re: さみしいかみさま ( No.2 )
日時: 2017/12/04 15:51
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 瑞樹くんと昼食を共にするようになってから2週間ほど経った頃、ついに文化祭が始まった。
 一日目、なんと彼は学校に来なかった。まあ、1年生は展示だけで、学校に来たってやることは2年生の劇を観たり、3年生の模擬店の食べ物を食べたりすることぐらい。おまけに、私たちのいつもの居場所である中庭は、軽音のライブや生徒会主催のイベントに使われていて、とても騒がしかった。
 文化祭は2日間。その後土日を挟んで体育祭があるので、彼は明日も来ないのだろうか、と残念に思った。クラスのまあまあ仲の良い子と、それぞれのクラスの展示を回ったり、吹奏楽部の演奏を見たりしながら、私はどこか物足りない気持ちだった。
 朝、家を出る前に、母が私に「彼氏と回ればいいじゃない」と笑顔で言ったことを、私は覚えている。もちろん私に彼氏はいない。ここ数年で、まともに話した異性は瑞樹くんだけだ。それに、彼は、なんと言うか異性、という感じがしなかった。
 彼は、骨格的には間違いなく男性ではあるのだけど、どこか女性的というか、中性的な雰囲気がある。だからこそ、私は彼に話しかけることができたし、ああやって楽しくお昼を食べることも出来たのかもしれない。
 そんなことを考えながら、文化祭一日目は淡々と過ぎていった。
 
 
 二日目、彼は学校に来た。朝礼の後、中庭の方を覗いて、ぐっ、と眉を顰めたあと、私の方を見た。昨日、一緒に行動していた子は、部活の仕事があるとかで、すぐに出ていってしまった。私を静かに見つめるその瞳はやはり黒くって、うるうると、淋しげな輝きを放っている。

「……一緒に回る?」
「うん」

 こくり、と頷く姿はやっぱり猫みたいで、私はふふっ、と笑ってしまった。
 回る、と言っても、昨日のうちに展示は大体全部見てしまった私はもう1度校舎を彷徨くのが億劫で、彼も興味なさげに空を見ていたので、どこか静かなところに行こう、と思った。
 といっても、この文化祭中に静かなところなんて存在しなくて、結局教室に戻ってきてしまった。
 洋風に飾り付けられた私たちの教室の展示は、もう誰も見に来ない。私のように、一日目に全部回ってしまった人がほとんどなのだろう。案外、ここが一番静かなのではないか、と一通り彼を連れ回した後に気づいたのだった。
 彼は教室に戻るなり、展示の後ろの黒いカーテンを押しよけ、無造作に置いてある椅子に座り、また空を見上げた。今どきの学生のように、暇つぶしにスマホを操作することもなく、彼はただ静かに時を過ごしている。そもそもスマホを持っていないのでは、と感じた。彼が電子機器を使っているイメージが、どうしても思い浮かばないから。
 彼と廊下を歩いているとき、周りからの視線を感じた。正確には、彼の隣を歩く私を訝しげに、また嫉妬混じりに見つめる視線だ。美しいものにはそういった汚い感情を向けられないのだろう。自分が惨めに思えてくるから。悪意は私にだけ込められていた。
 私が彼と昼食を食べていることを知っている人は恐らくいない。中庭で食べている人はたまにしか見かけないし、私たちはその片隅で食べているので、よっぽどのことがない限り、見つからないと思う。だから、私が彼の隣を歩いているのが心底不思議だったのだろう。私もそう思う。
 一度、それとなく聞いてみたことがあったけど、彼はまた、唇を綺麗な三日月にして、「秘密」としか言わなかった。私がその表情に弱いことを知っていてやっているのだ瑞樹くんは。うーん、あざとい。
 何にせよ、彼と過ごす静かな時間は嫌いではなかったし、むしろ綺麗な顔をじっくりと見ることができて楽しい。美人は三日で見飽きるなどと言う言葉は誰が言ったのだろう。美人も美少年も、いつまで経っても見飽きません。
 ずっと見ているのも何だか恥ずかしいので、私は鞄の中から本を取り出し、文字を追いながら、時々彼へと目線を向けていた。

「何の本、読んでるの」

 突然ぽつり、と彼が呟いた。前触れもなく質問を投げかけてくるのはもう慣れてしまったので、私は動揺を見せることなく、それに答える。

「太宰治さんの『人間失格』。ほら、この前の現代文のテスト、太宰治さんだったじゃない? それで興味が出てきて、買ってきたの」
「へぇ、見せて」

 窓の外から目を離し、彼は私に目線を寄越す。私が彼に本を見せると、彼はしばらくその文字の羅列をじっ、と見つめたあと、ふぅ、とため息をついて私の方に戻した。

「駄目だ。読める気がしない」
「本を読むの、苦手なの?」
「うーん、そうだね。僕は神様だから」
「まーたそんなことを言う」

 くすくす、と笑うと、彼も笑みを浮かべて、また窓に視線を戻した。

「楽しい文化祭だね」
「そうね」

 窓の外から見える中庭は、沢山の人で賑わっている。また来週になれば、あの場所は私たちの場所になるのだ、と言い聞かせて。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.3 )
日時: 2017/12/05 20:46
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: 知りたいかみさま

 
 
「事件事件。この世の中は平和すぎて鈍ってやがる。なまくら刀ばっかだ。何か事件持ってこいよ!」

 スマホにも同じ言葉を打ちながら、俺は吠えた。そのまま送信ボタンを押すと、ツイートが表示される。アカウント名は「鈴村 廉造」。もちろん本名だ。プロフィール欄には「ライター」とある。俺はネット記事を書いて稼いでいるので、間違っちゃいない。フォロワーは200人ほどで、フォロー数は500。なに、今に世界が俺を求めてくるさ。
 とはいっても、最近は芸能ニュースがほとんど無く、テレビを見てもネットを漁っても、めぼしいものはない。困った困った、と俺は芸能人についての記事を諦め、何か事件は無いのか、と適当に検索をかけ、面白そうな事件を探していた。
 最近の事件だとあまり捏造できないので(世間は面白おかしいものを好むのだ)、古い事件を遡り、ネタを探す。スマホは画面が小さすぎるので、俺はいつもパソコンで作業をしている。
 スクロールで検索結果を流し読みしながら、俺は「お?」と動きを止めた。「宗教団体『青花会』少女を虐待」という新聞記事だった。自分自身、宗教には入っておらず、これからも入るつもりはないが、「少女を虐待」の方に目がいった。よくわからないが、少女を虐待した、ということは、どういったことをされたのか想像がつく。その想像を、ちょいと大袈裟にしてやれば、読者は食いついてくるはずだ。この世の中は、ロリコンが多い。

「『青花会、という宗教団体についての事件を発見。よし、これから情報収集をするぜ』っと」

 ぶつぶつと呟きながら、俺はスマホの画面をタップする。唯一の友人に指摘されて気づいたのだが、俺は文字を打つとき、口でも同じことを呟く癖がある。やめようとすると逆に何も打てなくなってしまうので、もう諦めた。そもそも、俺は今一人暮らしなので、周りを気にする必要は無い。天才はいつも孤独だ。俺はこの孤独の中、生きてゆかねばならない運命なのだ。
 調べていくと、これは三年前に起きた事件で、青花会、という小さな宗教団体の中で、1人の少女が「神様」と呼ばれ、虐待を受けていた、というものだった。内部で通報があり、その後警察の調べが入ったことで事が露見し、幹部など数名が逮捕されたらしい。少女の名前は未成年であるためか公開されていない。ただ、週刊誌と見られる記事の画像には、「金髪碧眼で、アメリカと日本のハーフの美少女」であると書かれていた。ますます面白い記事が書けそうな予感がしてくる。
 記事を書き始める前に、俺は青花会についても調べた。美少女を神と崇め、虐待したのだから、どういう規則があり、何をモットーにして活動していたのか気になったのだ。青花会は既に解散し、公式ホームページは封鎖されていたが、幸運なことに、パンフレットを写真に収めてブログに投稿していた人がいたため、俺はそれを読み込んだ。

「うわ、何だこれ。気持ちわりぃ……」

 思わずそんな言葉が飛び出る。
 まず、青花会は、青い瞳を持つ者を聖なるもの、神としていたらしい。「混じり気のない、純粋な蒼き瞳の唯一神の下に、我々は日々を過ごす」とある。それが少女だったのだろう。素直に気の毒だな、と思った。
 他にも色々と誓約はあったが、性に纏わるものが非常に多かった。思わず気持ち悪い、と感じてしまったものがいくつもあり、例えば「初潮を迎えた女子は、司教に必ず報告をし、神の祝福を受けること」というのは非常に意味不明だと思う。世の中には、女性の月経に興奮を感じる者がいるそうだが、俺はそうではない。「精通を迎えた男子は、己の欲望を理解し、抑制しなければならないため、満20歳まで教会の立ち入り、また神との面会を禁ずる」というのは、気持ち悪いを通り越して狂気を感じた。
 逆に、男女の交わりについてはむしろ奨励されており、「子を成し、神に捧げよ」という恐ろしいものから、「満30歳までに結婚できなかったものは、その後結婚をしてはならない」という理不尽なものまであった。

「よくこんなんで人を集められてきたな……青花会の何が良かったんだ?」

 ふぅ、とため息をつくと、俺はぼんやりとパンフレットの画像を見つめる。一つ、疑問が浮かび上がってきたのだ。俺はスマホを手に取り、文字を打ち込み始める。

「青花会には、『混じり気のないもの』を良しする節が見受けられた。とすれば、神、と呼ばれるものが『ハーフ』であることは、矛盾しているのではないだろうか」

 そこまで書いて、一旦送信する。
 そうなのだ。青花会は、『純』や『穢れのない』、『同じ』といった言葉をしきりに使っていた。ブログには青花会の教会を訪れた、とあったが、そこには「青い瞳のの少女が崇められていました。多分、外国の女の子かな」とある。そして、見にくいが、「入会資格」の欄に、「日本人であること」と書かれていた。

「ハーフとは、純なものではない。むしろ、青花会では、穢れたものとして扱われるのではないだろうか。つまり、神がハーフの少女であることはおかしい」

 その理由は思いつかなかったので、とりあえずそれを最後のツイートにして、記事を書こうかとパソコンに向き直ったとき、ぴろん、とスマホが通知を知らせた。
 「hsnさんがあなたをフォローしました」という通知だった。鍵垢のようで、フォローリクエストを送っておく。フォロー欄が0なのが気になったが、俺と繋がるためだけに作ったアカウントなのかもしれないので、気にしない。読者が増えることは良いことだ。
 しかしまたぴろん、とスマホが震え、画面を見ると、「hsnさんからメッセージが届いています」とあったので、もしや応援メッセージかと思い、わくわくしながら返信を見る。

『青花会のことについて、あなたに詳しくお話しましょう。場所はあなたのアパートの前の公園で、明日の16時に。ブランコが片方無い公園ですよ。忘れずにね』

 思わず締め切っていたカーテンを開き、外を見た。住宅地の中に、確かに公園があった。ブランコは……? 片方が、確かにすっぽりと抜けている。
 ぞっ、とした。俺は住所を特定できるようなものは何も上げていないし、強いていえば本名くらいだろうか。だが、こんな名前の人間は日本に大勢いる。だとしたら、何故。

『あ、住所をばら撒かれたくなかったら、絶対に来てくださいね。来て下さるだけでいいんですよ。あなたの知りたい真実をしっかりとお教えしますから。ね』

 続いて送られてきたメッセージを見ながら、俺は、果たして信じていいものだろうか、と考えた。え、Tシャツの背中がびしゃびしゃだって? そんなことはない。気のせいだ。

『待ってるよ』

 くそう。面倒なことになっちまった。大人しく、芸能ニュースを書いていればよかったと、俺は今更ながら後悔した。

Re: さみしいかみさま ( No.4 )
日時: 2017/12/06 20:24
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 結局、俺は公園に向かうことにした。住所をばら撒かれたらそりゃ困るし、引っ越す余裕もないので、阻止しなければならない。行くだけでいいのだ。行って、会って、情報を聞き出してすぐに帰り、青花会についての事件の記事をさっさと書き上げよう。そしてまた、芸能ニュースを書き上げるのだ。
 公園はアパートのすぐ前なので、指定された時刻よりも10分も前に着いてしまった。まだ16時前だというのに子供はおらず、辺りは閑散としている。ブランコが壊れてしまっているのが原因なのかもしれない。他にも、遊具は全て錆びてしまっている。そういえば、向こうに新しく公園ができた、とうちの隣に住む幸せそうな家族が話していたな。みんな、そちらで遊んでしまっているのだろう。それを見越して、彼女、もしくは彼がこの公園を指定したのだとしたら。冷や汗が出る。まさか、な。
 ベンチに座り、コーラを飲んだ。俺の血はコーラでできていると言っても過言ではないほど、コーラは俺の生活に欠かせないものだ。唯一の友人にはコーラ依存症じゃね? と言われたが、彼にはこの魅力がわからないのだ。全人類はコーラを飲むべきだ、と心から思う。

「わぁ、豚みたい」

 ごくごくごく、と本日3本目のコーラを飲んでいると、突然前から声を掛けられ、コーラを噴き出しそうになった。先程まで誰も公園にいなかったはずなのに。動揺を隠すようにしっかりとペットボトルのキャップを閉めてベンチに置くと、俺はそいつを見た。状況から判断する限り、こいつが俺に脅迫のメッセージを送ってきた奴だろう。帽子を目深に被り、 黒のパーカーにジーンズ、という怪しい格好をしている。目元は隠れて見えないが、黒髪に肌は真っ白で、日本人らしくなく、鼻は高かった。

「ねぇ、鈴村 廉造さん。あなたは青花会について調べているの?」
「そ、そうだ。いや、そんなことより、お前、何故俺が住んでいる場所を……」
「そんなの簡単ですよ。あなたが今までに投稿していた写真や呟き、まあ、端的に言うと位置情報を辿って。あなたが間抜けだ、としか言えないけど!」

 くすくすくす、と男とも女ともつかないような声で笑う。位置情報……? そういえば、写真を投稿するときは気をつけろよ、と唯一の友人が言っていた記憶がある。なるほど、今度からしっかりと気をつけよう。時すでに遅し、なんてことは言わないでくれ。
 ふぅ、とため息をつき、俺はそいつに問いかける。

「で、俺に青花会について何を教えてくれるっていうんだ?」
「そうだなあ。そうだねえ。全部、かな」
「全部? お前はあの事件の、青花会の関係者なのか」
「うーん、そんなところかな」

 こんな状況でありながらも、記者魂が奮い立ち、俺は心の中でばんざーいと手を上げる。もしかしたら、今回の記事は最高傑作になってしまうかもしれない。入ってくるであろう収入の額を計算しながら、俺は胸を高鳴らせた。

「まず1つ。青花会は無くなっていない」
「何だと? 幹部の人間は全て捕まり、おまけに神、と言われていた少女も保護されたんだぞ?」
「保護、ねえ。まあ、そうとも言えるか」

 含みのある笑みで頷く。そいつはふと、俺のコーラを手に取り、口に含んだ。あ、間接キス、と感じたが、そもそも女なのか、男なのか判別できない。胸はあるようにも見えるし、無いようにも見える。顔は整っているように見えるが、まだ少年と呼べるような顔立ちなので、男だろうか。中性的な人間っているもんなんだな。

「そしてもう1つ。あなたの想像は正解にかなり近い」
「……どういうことだ?」

 そいつは顎に手を当てて、唸り始める。

「んー、僕はずっと、ネットで青花会について話している人なんかを探していたんだけど、みんな大体少女の虐待についてを面白おかしく書いてるだけで、つまんなかったんだよね。でも、あなたは違った。あなたは気づいた。あの事件に隠された、本当の真実に」

 そいつは突然右目に指を突っ込み、次の瞬間、もう片方の手で帽子を取った。さらり、と黒髪が揺れて、そいつの顔が露になる。

「初めまして、鈴村さん。僕の名前はほしの。神様でした」

 真っ赤な唇を三日月の形に歪め、微笑んだそいつの右目は、透き通った空の色だった。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.5 )
日時: 2017/12/07 21:34
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY
参照: 泣かないかみさま

 
 
 彼女と会うまで、全てがモノクロに見えていた。それは、黒のカラーコンタクトレンズをしていたせいなのかもしれない。そんなことは絶対ありえないのだけど、祖母につけなさい、と言われて始めたそれは、存在しない副作用で、僕を蝕んでゆくような感じがした。
 人になって、人に紛れて、もう3年が過ぎた。黒髪にして、黒目になって、人に溶け込めると思っていたのに、僕は未だに人になりきれず、1人しか友だちがいないのだった。
 人に話しかける方法がよくわからない、というのが問題だったのかもしれない。僕は人ではなかったので、何も言わなくても、目線を向けて念のようなものを送れば、相手が何でも与えてくれた。ご飯も、服も、花も、「ともだち」でさえも。
 あのときの「ともだち」と、今僕の隣でカロリーメイトを食べる相川さんとは、全然違うのはわかる。友だちは、僕にその口で敬語は使わないし、その手で食べ物を食べさせたりしない。人になってまだ経験の浅い僕だけど、それは理解していた。
 友だち、と呼べる人は、相川さんだけ。祖母が、「友だち、と言うのは、一緒にお昼ご飯を食べる人のことなんよ」と言っていたので、彼女はしっかりとした友だちだ。そして、僕の顔が好きらしい。別に人の視線には慣れているので、いくらでも見てくれて構わないのに、といつも思う。外見は、いずれ失われる。時の流れと共に消えてゆくものに、意味は無いから。
 相川さんと友だちになったのは、彼女が僕に話しかけてくれた、ということもあるし、何より、僕に「人としてのルール」を教えてくれたから、というのが大きい。今までにも僕に話しかけてくれた人はいたけど、みんな、何かしら見返りを求めてきた。僕と話したことを自慢する者、僕の外見を褒め称える者。誰も、僕の中身を見てくれやしないのだ。もう、たくさんだった。僕はもう、神様じゃない。
 けど、彼女は違った。確かに、僕の外見に興味を持っていたけど、彼女は僕を助けてくれた。そして、教えてくれたのだ。

『人を助けるのに理由はいらない』

 と。普通の人ならば、それは小学校で習うことらしい。だからなのか、祖母は教えてくれなかった。祖母と暮らすようになったのは今から3年ほど前で、その頃僕はもう中学生だったので、祖母は僕がそのことを知っていると思っていたのだろう。
 相川さんは、僕の落としたコンタクトレンズを探す手伝いをしてくれた。彼女が来るまでにも何人か僕のことを見つけた人はいたけど、助けてはくれなかった。不思議だ。小学生でも知っていることなのにね。
 だからこそ、僕に手を差し伸べ、大切なことを教えてくれた彼女には、僕のこの瞳を見せてもいいと思った。日本人らしくない、この青い瞳を。

「昼食、それだけで足りるの」

 ふと思考から離れて、いつも疑問に思っていたことを聞いてみた。いつ見ても、彼女はカロリーメイトばかりだ。ただでさえ細いのに、死んでしまうのではないか、と思う。

「……足りたらいいんだけどねぇ」

 むぐ、とカロリーメイトを口に含んで彼女は呟いた。お腹を抑えてため息をつく彼女に、口許が緩む。こういう仕草ができてしまうし、似合っているものだから、女の子は可愛らしいのだ。何度、女の子に生まれたいと思ったことだろう。そうしたら、僕はずっと、あの場所にいられたのかな。
 別に、あの場所にずっといたかった訳では無いのだ。今、こうして、人として生きるのは好きだから。
 けれど、どうしても、人にはなりきれない。今だって、メロンパンとクリームパンを食べている。普通の人は、昼食にこんなものは食べないらしい。でも仕方ないじゃない?
 だって、僕はかつて、神様だったんだから。
 僕は、静かに問いかける。

「神様って、呼ばれたことある?」

 ええ。ありますとも。
 
 

Re: さみしいかみさま ( No.6 )
日時: 2017/12/08 18:58
名前: 小夜 鳴子 ◆1zvsspphqY

 
 
 文化祭が始まったその日、僕は学校を休んだ。祖母の体調が悪く、朝から寝坊したからだ。僕は昔、神様であったので、誰かに起こされなければ起きることができない。それは3年経っても治ることなく、まだ僕は完全な人になりきれないのだ。

「ごめんねぇ。起こしてやれなくて」
「別に大丈夫。どうせ、今日は文化祭だし」

 けほけほ、と咳をしながら謝る祖母に、僕は味噌汁を飲み干して首を横に振る。祖母ももう若くない。体調が悪いのに、こうやっていつものように朝食を作ってくれるだけでありがたかった。

「本当は、いつも昼食も作ってやりたいんだけどねぇ」
「そこまではいいよ。それに、今でも味噌汁とご飯で限界だから」

 ごちそうさま、と祖母から昔、教えてもらった通りに手を合わせ、僕は立ち上がる。
 ずっと僕の食事はパンばかりで、その他のものをほとんど食べたことが無かった。そのせいで、他のものを食べると、はじめの頃はよく吐いてしまっていた。今は、訓練のおかげで味噌汁や白ご飯なんかは食べれるようになってきたけど、それが限界だった。だから、僕の昼食はいつもパンだ。いくら相川さんに咎められようが。

「今日はどう過ごすんだい?」
「んー……文字を読む練習でもしようかな」
「それはいいことだね。屋根裏部屋にたくさん本があるから、どんどん読みなさい」
「ありがとう。ばあやはしっかりと休んでいてね」

 祖母がお盆を下げ始める。ごほごほっ、という嫌な咳が、どことなく、僕の心をざわつかせた。
 
 屋根裏部屋に行くと、僕は椅子に座り、本棚から本を手に取った。正直、内容はどうでもいいのだ。それが本でさえあれば。
 ページを開くと、白い紙の上に黒いインクでびっしりと文字が印刷されている。僕はしばらくの間、それを根気強く見つめ続けた。
 神様だった頃、一通りは文字の読み書きや計算の仕方を教わった。けれど、本は読んだことがなく、人になって初めて本を手に取ったとき、これは何だ、と聞いて、祖母を困らせてしまったことを、今でも覚えている。
 物語、という言葉の意味がわからなかったのだ。
 僕にとって、現実、という世界だけがただ一つの物語であり、他の物語など、知る由もなくて。そして、虚構、というものも理解できなかった。無いものをあるように書く、人特有の思考が。
 「本を読めてこそ一人前の大人」と教えてくれた祖母の言葉に従い、これまで何度も本とにらめっこしてきたけれど、1度も読み切れた試しがない。精々、文庫本の半分ほどまでだ。
 本の文字を辿っていくと、頭に入れた端からどんどんと拡散していって、物語が構築されない。学校の国語のテストも散々だ。
 もちろん今日も、ふう、と溜息をついて本を机に投げ出してしまう。

「僕は神様だったから、こんなの読めなくていいんだよ!」

 屋根裏部屋は狭いので、僕の声が盛大に跳ね返り、思わず耳を塞ぐはめになった。
 本をすらすらと読める人は羨ましい。だって、自分の人生以外の物語を、体験することができるのだから。


 

 
 
 2日目、祖母は大分調子がよくなったようで、僕を笑顔で見送ってくれた。高校は徒歩で行ける距離だ。
 教室に着いてSHRがあった後、中庭で静かに過ごそうと窓を見ると、大量の機材と学ランを着た人たちがうろうろとしていたので、肩を落とした。うるさいところは嫌いだ。あの日のことを思い出すから。
 喧騒から目を逸らして、相川さんの方を見る。一緒にいて、と視線をやったのだ。こういう風に見つめれば、みんな僕に従ってくれることを、僕は知っていた。

「……一緒に回る?」

 うん、と頷けば、彼女は仕方ないなぁ、とばかりに笑った。ほら。やっぱり僕はまだ、人になりきれていなかった。ふっ、と自嘲気味に口の端を上げたけど、彼女はそれに気づかなかったらしい。僕の手を引いて、歩き出した。
 色々と校舎内をさ迷い尽くした後、結局、僕らは教室に戻り、ゆっくりとすることにした。どこもかしこも人だらけで、途中、人酔いしそうだった。
 教室には誰もいなくって、最初からここにいればよかったじゃん、と思ったけど、一緒に行動してくれた彼女に失礼なので、言わないでおいた。
 僕と彼女は元々会話が多い方ではないので、このときもこうやって、互いに黙り込んでいた。
 こんな文化祭中はすることもないので、僕は空を見上げる。死ぬほど青い空は、今日も綺麗だった。
『神様の瞳はまるで湖のようでお美しいですね。私とは大違いです』
 そう言って、僕の目をくり抜こうとした「ともだち」がいたことを思い出す。彼女は、闇を実体化させたように真っ黒な瞳をしていた。普通の人からすると、僕のこの青い瞳は羨ましく思えるらしい。僕をいつも見つめていた沢山の茶色っぽい瞳の方が、まるで飴玉みたいで綺麗だと思っていたんだけどな。
 その「ともだち」は周りの大人たちに連れ去られ、その後、姿を見ることは無かった。彼女も僕と共にもう解放され、この世界で普通に生活をしているはずだ。いつか会って、何故あのとき、僕の目をくり抜こうとしたのか、話を聞きたいな、と思った。
 がさがさ、と音がして、彼女が本を読み始めたことに気づいた。窓に映っているのは黒っぽいカバーの文庫本で、彼女の小さな手によく似合っている。文字を追う真剣なその瞳は、窓ガラスと太陽光に透かされて、キャラメルのようだった。

「何の本、読んでるの」

 なんの前触れも無く、問いかける。

「太宰治さんの『人間失格』。ほら、この前の現代文のテスト、太宰治さんだったじゃない? それで興味が出てきて、買ってきたの」
「へぇ、見せて」

 窓の外から目を離し、僕は彼女の方に身を乗り出した。彼女が僕に本を向けてくれたので、僕はしばらくその文字の羅列をじっ、と見つめたあと、ふぅ、とため息をついて、やはり彼女の方に戻した。

「駄目だ。読める気がしない」
「本を読むの、苦手なの?」
「うーん、そうだね。僕は神様だから」
「まーたそんなことを言う」

 くすくす、と彼女が笑うので、僕も笑みを浮かべて、また窓に視線を戻した。

「楽しい文化祭だね」
「そうね」

 窓の外から見える中庭は、沢山の人で賑わっている。また来週になれば、あの場所は僕たちの場所になるのだ、と言い聞かせて。
 そしてまた、僕の神様でない日々が始まる。
 
 

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