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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*29*

 トワイライト。ムーンライト。親近感だろうか。今に日が地の果てに落ちようとする瞬間の光、東に上る月の大きさにそぐわぬ弱い光。藍色に飲まれまいとする緋色の中、金星の輝き。そういったものが、私は好きだった。
 黒い影になる遠くの鉄塔、街路樹。灯り始めた街灯の光を、春の宵の分厚い大気が拡散する。春の匂いを肺一杯に吸い込み、喫茶店を出た私は帰路を辿った。

*

「成果、あったみたいだね」

 玄関まで出迎えに来た御影は満足げに言った。彼は下ろしたばかりらしい、薄手の灰色のコートを着ている。どこかへ行くのだろうか。私が特に何も言わず、部屋の中に入ろうとすると、彼がそれを止めた。

「休む気? お仕事はまだあるんだけど」
「……あー」

 我ながら気の抜けた声が出た。御影が電気を切り、革靴を履いて出てくるのを扉を抑えながら待つ。カフェインを散々摂取したというのに、温い空気が眠気を誘っている。

「これから向かうのは彼らの、そうだな、拠点だ。カミサマのお住まいだね。……それ、貸して」

 扉もなく鉄の洒落た柵があるのみの素朴なエレベーターで、地に着くまでの余暇をうとうとと過ごしている私の手にあった冊子を取って、ふんふんと言いながら彼は読んでいる。軽い音を立て、箱は静かに停止した。

「面白い?」
「全然」

 まあ、そうだろう。道を歩きながら随分と楽しそうに冊子を読んでいるので、皮肉を少し含んで尋ねたのだが。返された冊子を、ぱらぱらとめくる。『シュウキョウホウジン“帝国”』、『幸運ニ憑キ入信スベシ』、『帝釈天様ノ有リ難キ御言葉』……。赤、緑、黒のみの濃い色彩。無駄に大きな見出しが目に付く。
 帝釈天とはまた強そうな。インドラと言ったほうが分かりいいだろうか。雷を操る神である。天と地を繋ぐほどの巨体というのだ、是非見てみたいものだ。

*

 夜も深まりつつある街の中をしばらく歩くと、『帝国』本社ハコチラヨリ、そう書いた看板を発見した。随分真新しい。ペンキ塗りたてかと思うほどの鮮やかな赤色が三日月の光を受けて輝いている。
 スラム街に近いのだろう。周りの建物も淡白にシンプルになっている。街灯の数も随分減ったようだ。
 看板の前で立ち止まっていた彼が何かを見上げたので、視線を追ってみると、黒々とそびえ立つ巨大なビルが少し先にあった。窓もなく、光は一切漏れていない。
 遠くから眺めることしかしていなかったので真偽は分からないが、街の端の高い鉄塔と同じくらいの高さがあるように思えた。

「ここだね」

 なんて趣味の悪い。私は玄関らしきガラスの両開きの扉を見て思った。抽象画のような模様が描かれていた。いくつもの丸が連なり、目玉を連想させる。色彩は相変わらず赤、緑、黒。
 御影は目を細めて唸った。

「思ったより何も見えないなあ……無駄足か」
「勘弁してよ……」

 欠伸が出た口元を覆う。子供はもう寝る時間だろう。業務時間外だ。

「やっぱり乗り込まないとだめだね」

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