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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*40*

 あのビルの屋上から落ちて三ヶ月が経ったということは、音無を知って三ヶ月ということになる。彼女は俺が知りたいことを持っている、そう根拠のない確信があったため、気が向くと駄菓子屋に立ち寄るようにしている。ああ、これも言い訳だろうか……俺にはわからない。

「今日は行きたい場所はあんのか?」
「そうだな……」

 彼は俺が生返事をすると機嫌を損ねる。そうまでして考えたい事ではなかった。考えなくてはいけないのに寧ろ、遠ざけたいような。

「街の外れを見てみたい。貧民街の方……案内は?」

 彼の視線が泳ぐのをやめてこちらを向いた。曖昧な笑い方をして。

「帰ってくるのを目標にしよう」
「カタジケナイ」

*

 貧民街へ行くのは簡単である。中心街と逆の向きに歩けば良い。夜になれば街の灯りがこちらまで届くから、道しるべにはなるだろう。
 と、俺はそう思ったから足を踏み出すに至ったのだが、金堂は何も考えていないようだ。いつもと同じ軽い足取り。安いスウェットの擦れる音。呑気だ。
 それにしても。
 このあたりは随分浮浪者が多い。死人のような顔色をして、汚れた麻の布を被って狭い道の脇に肩を寄せ合って眠っている。彼らはどうして生きていられるのか、不思議に思うくらいに貧しく。
 この街は鳥も人も獣もみんな、汚れた体を抱えてなお、安らかな顔をしている。
 色の褪せた暖簾。泥水を被った雨をしのぐための布。そんな商店が軒を連ねてはいるものの、灰色の肌をした彼らが売っているのは……なんと言うべきか。見たこともないような茶色の物体や緑色の粒、あれは石だろうか。金堂が軽々としたペースで前を行くから、じっくりと眺める暇もなく、また彼らには観察できる隙がなかった。
 雑に整列した骨董品を横目に、光る大きな目でこちらを睨む子供を尻目に。


「やあ、そこの、お兄さんがた」

 そうやってしばらく歩いていると、杖をついた老人が一人、こちらへ近寄ってきた。

「何か用か?」

 シミだらけの肌、垂れた皮膚。作業着のような、オレンジ色だったであろう、ぶかぶかの縒れた汚いシャツ。破れたジーンズ。それでもまだ余裕があるのだろう、彼は最下層の人間ではないのだろう、と俺は思った。

「いやね、今日はとても良い日じゃあないか」

 歯のない口がにこやかに微笑んだ。俺は薬か何かを押し付けてくるのでは、と警戒したものだが、そんなことを一欠片も連想させない声色で彼は言う。

「さっきそれは綺麗な女の子がいてね……。これをもらったんだ」

 彼はポケットをまさぐり、その中身を嬉しそうに見せた。金堂は彼の手の中を覗き込んで言った。

「アメじゃんか、よかったなあじいさん」

 無邪気な反応は金堂の優しさであろう。または本当に無意識か。俺には出来ない。
 小さな飴玉が三つ、皮の余った老人の手の平に収まっているのが見えた。

「今日は良い日だから、君らにも分けてあげようと思ってな」

 そのうちの二つを、遠慮しようとする金堂の手に握らせて、老人は目を細めて言った。

「ああ、幸福じゃなあ」

 空を見つめる目の奥に、盲信にも似た光が映っていた。

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