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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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 薬をやっている様子や、怪しい宗教に嵌っている様子もなかった。彼は心から、自分の幸福を信じている。どうしてそう思えるのだろう、俺には理解ができなかった。
 世にも奇妙な生き物を見るような顔になってはいまいか。なるべく表情を殺して平静を装った。

「ありがとうな」

 金堂は自然に礼を告げた。慌てて俺もお辞儀をすると、老人は笑い、軽く挨拶をして去った。
 金堂は気にもとめない様子だ。彼に洞察力を求めるのは無謀かと、軽く落胆しつつもなんとなく安心する。露骨に奇妙でない限り、自然と会話ができるのは彼の良さでもあるだろう。俺には無理だが。

「すげえ綺麗な娘だってよお」

 彼は弾んだ声で言いながら、飴玉を手渡した。

「会えるといいな」

 心にもないことが飛び出した。

 再び、歩きはじめる。
 太陽は真上に昇り、汚れ、ひび割れた道路に短い影を落としている。安らかな顔で眠っていた人々が起きはじめる。それでもまだ眠っている人間を、死んでしまってはいないかと心配になる。俺だけだ。人々はまわりのことなど目にも入れず、歩いている。

 彼らにもあの老人と同じような考えがあるのだろうか、俺は考える。そうだとしたら、彼らの晴れ晴れとした表情も説明がつくだろう。どこで教育を受けたわけでもないのに、彼らの心には、共通の幸福感がいつでもふてぶてしく居座っているのだ。それはどうして?
 共通の理念を植え付けるのにはいくつか方法があるだろうが、一番安易で現実的なのは教育だろうと思う。小さい頃から親に言い聞かせられる。教師や、長の立場にある人間に何度もすり込まれる。
 彼らの場合はどうだろう。彼らには誰か、語り部が居るのだろうか。
 直接聞いてみたい。しかし……彼らを前にして、顔を歪めない自信は無かった。どうしても彼らを対等の立場で見られないのだ。仕方がない。それなら、会話もしないほうがいいだろう。彼らのためでなく、俺が自己嫌悪に陥らないために。
 拠点に戻ったら、音無に聞いてみよう。御影でもいいが、彼はどちらかというと俺に近い存在に思える。

「なあ」

 しばらく軽い上り坂が続いていた。

「あれさ、ぽくねえ?」
「何っぽいって?」

 彼の視線の先を追うと、坂の上に人影が見えた。オレンジ色の布が光を浴びて、透き通って。

「ほら、あの爺さんが言ってた綺麗な娘」
「ああ……」

 坂を上る。彼女の姿がより鮮明に見えてくる。
 音無を彷彿とさせるような佇まい。だが、彼女は音無とは、どこか決定的に違う。
 彼女が遠い街並みに向けていた視線をこちらへくれた。

「…………まじで」

 隣で小さな声が漏れた。まあ、確かに、老人の言葉通りであった。
 まさか本当に出会うとは。俺は預言者か。これからは言葉に気をつけなくてはいけないか?

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