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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*60*



 棺の中横たわっていた、吉祥天の眠るような、白い、透き通るような、美しい顔がとても鮮烈に目の奥に残っていた。

 どうにも、まだ思い出さなくてはいけないことがあるような気がする。
 俺は、露木の名を受けて、金堂や、御影や、陸や、少し違うがあの夕月という子と同類としてこの世に生きているが、それだけじゃない。少し特殊なだけの夕月とは違い、俺は根本的に違う。
 違うことは分かったのだが、どうだろう。本当にそれだけか?
 そもそも、何がどう違うというのだろう。俺はオリジナルより察しが悪くできてしまった。
 晴れたと思った霧は、歩み、進んだ今、また濃く濃く立ち込めている。

*

 拠点の扉を開けると、じっとこちらを睨む金堂と目があった。自然と、俺の動きが止まる。
 彼は出会ってから、何も変わっていない。本当に何も。音無があどけない少女から、聡明な女性へ成長するくらいの時間が経っているのに。

「考え事か?」
「おお、露木。気付かなかった」

 彼は少し目を逸らしてためらって、それから意を決し息を吐いて、ようやくそれを口に出した。

「吉祥天は」
「……ああ。綺麗に死んでいた。……幸せそうだった」

 金堂はそうか、とだけ言って、またどこか遠くを睨むような目つきをした。
 幸せそうだったと、そう思うのは、残されたものが自分たち自身を慰めるための感情だ。分かっていても。
 今更のように、俺を構成しているパーツのどこかが、抜け落ちてしまったような、さらさらと砂のように崩れていくような、そんな感覚を覚えた。

「なあ」

 沈黙で夜を更かすのを金堂はやめた。

「ちょっと前さ、一般人だったやつが急に覚醒する、みたいなことなかったか?」
「聞いたことあるな……たぶん、御影から」

 「最近多いんだよね」。緊迫感のない声を思い出す。台詞は続く。
 「それが、不思議で。両親も、その上も、ずっと繋がっているのに、急に病気みたいに力が覚醒するんだ。帝国っていう宗教が流行ったの、知ってるかな。実は、あれだってそうだった」。

「その、力を与える、ってやつの名前ってさ」

 名前。名前? 御影は、なんて言ったろう。「その男はさ、名乗るんだよ」。確か、その名前は。
 記憶の中の御影と、今目の前の金堂が、声を揃えた。

「『神様』」

 ってさ、と、御影が言った。だったよな、と、金堂が言った。

「そのカミサマってやつはさ、一般人を狙っていろいろ覚醒させてたみたいだけどよ。それ、もともと持ってる俺らにやったら、どうなるんだろうな」

 問いかけてはいるものの、彼は答えがわかっているような口ぶりだった。

「…………ああ」

 そうか。そうかもしれない。
 たぶん、死ぬ。神様が与える。与えられたものが元々それを持っていれば、吉祥天のように、指一本で。それが答えだろう。

「でも、どうして殺すんだ? 御影によると、俺や金堂が『世界の日常を保つ』ための存在なんだろ」
「そこだよなぁ」

 俺たちが居なくなれば、世界はどうなってしまうだろう。上手に回らなくなる。日常がなくなる。それはつまり。

「……神様は、世界を壊したいのか?」

 金堂が独り言を言うように呟いた。
 この世に在る万物は、神の創造物だ。その神の子が、世界を壊すように動いている。つまりはそれが、神の意志。
 そうでなくても、世界を保っている者がいなくなればいずれ、世界は終わる。
 俺は思う。
 きっと、七日で作られた世界は、あまりにも欠陥が多すぎたのだ。

*

 それは、次の朝だった。
 金堂が起き上がった音で目が覚めた。ぼやけた視界の中、遠くへ歩いていく彼の黒いスウェットが見える。どうしたのだろう。形のない不安がみるみる膨らんでゆく。
 俺は、すぐに体を起こした。嫌に遠くに見える彼は、玄関のドアを開ける。
 ドアが開いたのに、金堂は動かなかった。そして、目を覆って、顔を覆って、頭を抱えて、うずくまるようにしたかと思うと、その場に倒れ込んだ。
 倒れ込んだ。

 後悔には、行き場は無い。
 それに気がついたからと言って、行動を起こさなければ、現状は変わらないのだ。何か、行動を起こすべきだった。身に迫る危険は、わかっていたはずなのに。ずっと、俺には関係ないところにいると思っていた死が、すぐ隣へ歩み寄ってきているのを、わかっていたはずなのに。
 自分の無力さを、今、目の前に見ている。

 金堂はまだ息をしていた。生まれて初めて眠る赤ん坊のように、浅く、小さく。
 そして、寝言のように言った。

「見ろ。今、さっきの記憶、俺の。見ろ、見ろ……」

 繰り返す、か細い声。
 自分でも分からなくなるほど、動転した気を持ち直して、俺は、閉じかける金堂の目を、見た。

 見慣れた扉。俺よりも少し低い視線が揺れる。ドアノブを掴んで、扉を開く。眩しい朝が目に飛び込む。そして、あの、白い男……。
 今度ははっきりと、その顔が見えていた。男が指を、こちらに向ける。
 歪む視界、混ざる色。俺の顔。変に篭った、金堂の声。見ろ、見ろ。浅い呼吸。吸った息を吐く音が、聞こえなくなった。

 ああ。白い男が、誰に似ているのか分かった。自分だった。白い男は、自分だった。
 金堂の閉じた眼を見る。
 俺は、この世界で一番の愚者だった。

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