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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*50*

 はずだった。

*

 持って歩くのがすっかり習慣になっていた傘は、本来の役目を果たせて幸福そうである。そう感じるのは私の心が浮ついているから。分かっていても、そう感じる。仕方がない。
 御影は隣でそわそわとしながら歩いている。今の彼に面白い会話ができる筈もない。
 背景に濡れた街を携え、傘から大きい雨粒が次々落ちる。淵にあしらわれたフリルは重く垂れてしまっている。無駄に凝った造りの分、濡れると重い。雨をはじくのが本来の役目であるはずだが、製作者はきっと、違う用途のほうをメインに作ったろう。それにしたって、こんなに洒落た装飾をしなくてもいいだろうに。
 そもそも、ふと思う。そもそも、この傘は誰が作ったのだろう。御影だろうか。

 そんなことを考えるうち、吉祥天のマンションに着いた。
 手をかけたドアノブ。御影の目立たずも震えていた手が急に落ち着いて、止まる。どうしたのだろう。とても、そう、不安定な表情が傘越しに見えた。
 私は次の言葉を待った。また何かを感じ取ったのかと、それは何かととりこぼさないように待った。彼の表情に、ふざけた気持ちは消えてしまっていた。
 それでも、彼の言葉は続かないし、ドアノブは回らない。

「悪い予感なの?」

 やむを得ず聞いた。彼の指先はまた、小さく震えはじめる。

「…………なんてことだ」

 彼はゆっくり、ドアから手を引いた。

「僕にはできない。頼む、君が扉を開けてくれないか」
「分かった」

 御影の濁色の心境は、理解できる。
 ドアを開けた先の、その、それを見て彼は、誰にともつかない言葉を落とした。

「恨むね」

 緩んでしまった口から。今まで耐えてきたはずの言葉だったろう。

「悪い予感は外れないんだ。どうして分かってしまうんだろうね」

 冷たい廊下の上で横たわっている、吉祥天を見下ろした。周りには血だまりも汚物も何もなく、ただ白い花が一輪添えられていた。眠るように安らかな表情をしているのが、せめてもの神の心遣いだろうか。
 いや、神は無能であろう。御影の表情を見れば、盲信に囚われずそう思える。

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