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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*51*

 御影は、吉祥天を椅子の上に座らせた。虚ろだった目は悲しくもいつもの彼に戻りつつある。宿命だ。
 埋葬をするのかと尋ねると、小さな落ち着いた声で彼は応えた。

「死の概念は無いんだ」

 椅子に腰掛けた白い吉祥天は、静かな、子供のみたいな寝息が聞こえるように。

「だから、埋葬も葬儀も無い。寿命が来れば塵となって消える、この上なく幸せな死だと。それに、僕たち力のあるものは、死ねないようになっている」
「じゃあ吉祥天は……」
「例外だ。僕たちが死ぬことがあれば、それは、力のあるものによって殺された時だけで、それでも、死体が残ることはない」

 彼は、吉祥天の横に添えられていた、白い花を弄ぶのをやめた。

「世界は綺麗好きだね」

 そうして諦めたように少し笑って、棺を作ろうと言った。

 世界は残酷だ。何より、心がない。それに気づかないで、上っ面の願望の幸せを唱える人々がどんなに愚かか。
 そうだろう。炉端を歩く人々を見ろ。愚者の顔は幸福に満ち溢れて。どうしようもなく癪に障る。
 どうしても彼らに目が行ってしまうので、私は傘を前に傾けた。黒い裏側の生地は、何にも染まらず純白だ。

*

 カンカンと、釘を打つ音がずっと聞こえている。
 彼が作業をしているのは、私の傘を取り出した部屋の中だった。気持ちの整理もしたいと彼は私を廊下に残して、埃っぽい、薄暗い、著しく居心地の良くない部屋の扉を閉めた。彼が部屋に篭ってからもう、かなりの時間が経っている。
 冷たい廊下に腰を下ろして、白い壁にもたれ、彼を待ちながら膝を抱え物思いにふける内、私は知らず知らず眠ってしまった。

 小さくたたんで腕で抱えていた足を、何か柔らかい物が触れていた。
 いつの間にか、木を叩く音は消えていて、私の心持ちも少し、楽になったような気がする。
 その心地よい感覚で目を覚ました私は、傍らに寄り添っていざ眠らんとしている猫を見た。眠たそうな細い目をして、こちらに一別もくれないその猫は、懐かしき、吉祥天の猫だった。そういえば吉祥天の建物の中に見かけなかった。擦ったあとの冴えた目改めて見ると、随分大きくなったものだ。あの子猫が。汚れていた毛並みは、美しい黒さをしている。
 背を撫でようとしたとき、私は猫の傍に小さな花を見つけた。白い花。それは、吉祥天のとなりに落ちていたものと同じ種類の。

 花を拾い上げ、猫の眠りを妨げて抱え上げ、御影が篭っている部屋の戸を二度、叩いた。彼はすぐに出てきた。

「これ、この子」

 差し出す白い花に、彼は驚きもせず答えた。表情に乏しい。切れ切れに、ゆっくりと思考を繰り返しながら、言った。

「吉祥天の……。何か、知っていることは分かる。分かるんだけど、分からなくなった。誰に何を聞けばいい。何のための予知だ」

 なんと声をかけていいか分からず、しばらく時計の規則正しい音と屋根を打つ雨音が薄暗い廊下に響いた。

「予知ができたってできなくたって」

 意図しない、重い声が出た。

「今必要なのは特異な力なんかじゃなくて、ごくありふれた行動力でしょ」

 彼の黒い目に、少し光が写りこんだ。ため息を吐いて、彼の手が猫を軽く撫でる。

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