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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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*52*

「誰か、猫の言葉が分かる人はいないの」

 私は少し嬉しく思い、冗談が半分を占める言葉を呟いてみた。それなのに御影は考える仕草をして、また少し黙り込んだ。
 さらに、彼からは期待もしなかった言葉が飛び出した。

「そういえば」


 黒い雲の隙間から淡いオレンジ色の空が除く夕暮れだった。
 たたんだ傘をぶら下げて、猫を抱えてあるく。彼が言うに、猫の言葉が分かるかと聞かれればそうではないが、感覚を読み取ることに長けた人物が居るらしい。
 抱え上げた猫を包んで、水たまりを踏みながら歩いた。

*

「あら、御影さん」

 彼が尋ねたのは驚いたことに、駄菓子屋だった。ミスマッチである。奇抜な色のほかに駄菓子と彼との間に接点は無い。
 店の奥から出てきた白いワンピースの女性は、こんばんは、と丁寧に挨拶をした。御影は手を上げ、私も礼をする。

「少し見ない間に随分綺麗になったね」
「そうかしら」

 微笑んではいるものの。彼女の表情が少し気にかかった。少し無理をしているような。自然でない。しがらみがあるような。どれが正しいだろう。
 考えていると、女性がしゃがみ、私に向けてにこりとした。

「かわいい猫ね。あなたのお名前は?」
「夕月……です」

 小さく付けた、ですは聞こえただろうか。私の目の前の笑顔には、暖かさの影に、少し疲れが見えていた。

「そう。私はオトナシよ。音が無いで、音無。よろしくね」

 なんと答えていいか分からず、私はもう一度軽くお辞儀をした。なんというか、少し、苦手な感じだ。白い、無知の善人の雰囲気を隠しきれていない。どう接していいか分からなくなる。

「それで、本題なんだけど」
「…………」

 音無は立ち上がって、警戒の色をした目で御影を見た。

「露木くん居る?」
「……今は、居ません。」彼女は息を吐いてから答えた。
「それは残念。どこに行ったか知ってるかな?」
「分かりません。私が教えてほしいくらい。御影さん、御影さんは何か知らないの」

 緊迫。音無は答えを急いている。

「そう言われても。なにがあったの?」
「露木くん、居ないんです。ずっと、どこかへ行ったまま……」今にも泣き出しそうな様子で。

 事は深刻なようだ。私の腕の中で猫が鳴いた。それでも、彼女に諦めは見えない。

「本当に何も知りませんか」

 悲しき健気さである。他人事のように、そう思った。

「……それなら、今日はお引き取りください。忘れたわけじゃないのよ。私貴方のこと、あんまり、信用してないの」

 しばしの沈黙をはさんで、彼女はか細い声で告げた。信用。間を置きながら、慎重に選んだ言葉。

「そうするよ、すまないね」

 御影はあっけらかんとしている。猫が鳴いた。

*

 帰路、私は尋ねた。

「音無、さん……と、何かあったの」

 その何かについて、御影はさほど気にしてはいない様子ではあったが、彼は軽く困ったような顔をした。

「少し前の話だけどね」

*

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