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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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 金堂を見ると、嬉々とした目で彼女に話しかけようと口を開いているところだった。
 その時だ。瞬間、彼の口が閉じた。それも反射的に、生理的に、そういった様子で。俺はどうしたかと聞こうと同じように口を開いた。聞かずとも、身をもって理解できた。
 水だ。水が、口から異の中に流れ込んでくる。口を閉じざるを得なかった。
 吐き出そうと、下を向くとさらに驚いた。またも水だ。エメラルドグリーンの色をした水が、地面を覆っている。驚いているうちにさらに水位は、足首から膝、膝から腹へと増してゆく。衣服は重く、体は軽くなっていく。
 思わず閉じた瞼を、生ぬるい水を眼球に被せることを覚悟で開いた。
 水が。この坂の上、遠目に望める街を飲み込んでしまっている。日光を受けて輝く水面は遥か、神様に近いところで揺らめいて。
 思い出したように、吐く息が泡になって天へ昇っていった。

 視界の端にさっきの娘が映った。手のひらを見つめて。俺は酸欠の脳で疑問に思った。俺の足は既に地については居なかったし、金堂も同じくそうだったが、彼女は何故立っているのか。
 脳裏にそれが過ぎった時、水の感覚が消えた。視界を覆っていた緑色が消えた。足元を見る。地についている。自分にかかる重力の重さがある。
 金堂を見ると、手で自らの喉を掴んでどこか別の世界を見ているような顔つきで、苦しんでいた。無様な。混乱の中、それだけははっきりとしている。彼の顔はおもしろい。
 苦笑いを零しながら、彼の肩に手を置いた。

「お、お?」

 彼は間抜けな声を出して、手を開いて閉じ、自分の体を触り、顔を触り、辺りを見回して、俺を見た。
 これは何だと聞かれるだろう。

「彼女のせいだろう」

 少し先の若い女を指して、俺は先に答えを出した。何となくではあったが。
 さっきから俺が感じている混乱は、俺の分じゃない。たかが水に呑まれる白昼夢をみたくらいで、もう落ち着いているはずの思考が二つに分かれている。片方は金堂を嘲笑い、片方は何も分からないと主張をしている。彼女のものだ。

「なあ、君。今のは君がやったのか?」

 瞬きの多い彼女は、泳ぐ目、きつく結ばれた口を開いて言った。

「……分からない」

 まあ、当然か。

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