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神様とジオラマ
作者: あまだれ ◆7iyjK8Ih4Y  (総ページ数: 65ページ)
関連タグ: ファンタジー 能力もの 
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10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~

*33*

 病室を出ると、狐面を付けた青年が立っていた。先ほどよりも更に輪をかけて生気のない佇まい。
 どうしたのかと尋ねると、彼は心底嬉しそうに笑って、呂律の回らないふやけた口調で応えた。辛うじて聞き取れたのは、「昇格」「あとひとつ」「やった」である。随分と恍惚としている。薬でもキメたのか? どこまでも怪しい仕組みだ。
 青年は私をあやしい足取りで出口まで案内した。多くの人とすれ違った。その大半が、学生。
 春にしては冷たい風が私の頬を掠めた。更けた夜の光を狐面が妖しく映している。

「帝釈天様が願い事が決まったらまた来いとおっしゃっていました」

 彼は言った。私は無言で頷き、逃げるようにその建物を去った。

*

「それで、その帝釈天ってのはもう一度君を招いたんだね?」

 御影は尋ねる。見てきたものを洗いざらいすべて話したあとだった。

「そう。……もう一度行くべきなの?」

 本心だった。心の底から出た言葉だった。奇妙な信仰が帝釈天という少女を取り巻いている。たかが女子中学生の言葉を信じきって。あそこにいた人々は、帝釈天が死ねと言えば、きっとそのまま死ぬだろう。
 彼は笑った。

「行くべきだね。仕方ないじゃないか、仕事は仕事だよ」
「……嫌」
「僕も行くからさ」

 洗いざらいといったが、私は古本屋のことは口を噤むことにした。
 この街に古本屋はあるか、と問うと、顔色を変えて無いと答えたからだ。どう伝えていいか分からなかった。唯一、彼が知らないことだ。そう思う。
 夜も遅かった。御影は寝るように私に言ったが、奇怪なことが多すぎて、快眠が得られるはずもない。ベッドの中で溜め息を吐いた。

*

「決闘だ」

 御影は深緑色のネクタイをきっちり締めて言った。

「は?」
「決闘だよ。夢は持ったかい?」

 それはあまりに唐突で、寝起きにはきつい。
 いつも通りの黒いシャツに、ネクタイ、お堅いベスト。ネクタイの質が良い。随分とよそ行きだ。

「はは、冗談さ。駒に夢なんか要らないね」

 まだ日も出ていない、眠れぬ夜に終止符を打とうとベッドから出て、階段を下りてきた次第である。まったくもって理解できない。これから行動だって?

「まずはその眠気を覚まそうか? コーヒーを淹れよう」

 私はきっとこの世の終わりのような顔をしている。

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