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貴女と言う名の花を
作者: 彼方  (総ページ数: 34ページ)
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第六章*濃色のキク*

「お嬢様、昼食をお持ちしました」
そんな声と共に持って来られた昼食は、前とは違い、豪華な食事だった。
が、
「……スープとパン半分だけでいいわ。後は下げて頂戴」
何故か最近食欲が湧かない。それにやたらと咳が出るし、怠いし、風邪でも引いたのだろうか。私は体が弱くて小さい頃からよく体調が悪くなるから、こういうことは慣れっこだからいいけれど。
「そう……ですか。では、夕食までに、もし食欲が戻られましたらお呼びください。いつでもご用意いたします」
そう言ったアイビーの顔は、何かを悟ったような、どこか悲しそうな色を浮かべていた。
なんでそんな顔をしているの、とは聞けなかった。何故か聞くのが怖かったから。聞いたら何か、知りたくなくて目を背けている何かを知ってしまうような予感がしたから。
「ええ。ありがとう」
私が一言お礼を述べると、
「いえ。では、僕はこれで失礼いたします」
アイビーは一礼して、部屋の外へと歩いて行った。
私は、長いため息を吐いた。

最近やたらとむしゃくしゃする。慢性的に感じている空虚感と焦燥感が、最近更に増して感じるのは気のせいだろうか。日に日に体調が悪くなっていくのも何か関係があるのだろうか。
風邪だといいけど、何かが違う。何かがおかしい。風邪はある日突然悪くなって、数日で治ってしまうものだと思う。けど、今の私は突然、じゃなくて少しずつ、少しずつ、緩やかに体調が悪くなっていっている。
まるで、ゆっくりと死へと続いている螺旋階段を下りてるかのような。今の私は気付き始めてるんじゃないだろうか。かつん、かつん、と靴音を響かせて下りていくと、ゆるゆると、でも着実に近付いてくる「死」という出口に。

ああもう、駄目だ駄目だ。私は悲観的な感情を振り払うかのように、激しく首を振る。どうしても、小さい頃から、体調が悪くなると弱気になる癖が治らない。
そんなわけない、いつも「もう死ぬかな」なんて思ってもすぐ良くなってるんだから、今回もそんなわけない、と心の中で何度も唱える。
もっと楽しくて、明るいことを考えなきゃ。ふと窓を見た。
……そうだ、何で忘れてたんだろう、花があった!と私は思わず顔を綻ばせた。でも私はすぐ顔を曇らせる。
そうだった。私は「あなたの愛を疑います」なんていう花言葉の、白いゼラニウムの花を置いたんだった。
「彼」がここまで見ず知らずの私に優しくしてくれてても、結局今まではただの興味本位で、突き放されて興醒めして、もう返事が来ない……なんてこともあり得る。というか、そうなるとしか思えない。だから、期待はしちゃ駄目、と言い聞かせながら、それでも少し胸を弾ませながら窓の外、白いゼラニウムのそばを見る。
そこには____、

濃い紫の花が置いてあった。
黄色くて丸いおしべとめしべを中心に、 細く短くて、赤っぽい紫の花びらが、放射状に広がっている。
今までこんな暗い色をした花は、「彼」は選ばなかった。____暗い色の花が、良い意味の花言葉なはずはないだろう。やっぱり、愛想を尽かしたのだろうか。水に黒いインクを垂らしたように、じわじわと、でも着実に絶望感が広がっていく。
この花の花言葉の意味を知りたい。 ああでも知りたくない。____だって、この花の名前を知って、花言葉を調べれば、そこで私と「彼」との交流は終わってしまうだろうから。
……でも、ここで悩んでいても、仕方ない。まだ悪い意味だと決まった訳ではないんだから。そう自分を鼓舞して、アイビーを呼ぶ呼び鈴に手をかけた。
すうっと息を吸い、ふーっとゆっくり吐き出す。…大丈夫、もう覚悟はできた。私は、ゆるゆると呼び鈴を鳴らした。

「お呼びでしょうか、お嬢様」
アイビーがいつも通りの微笑を湛えて跪いた。私は、濃い紫の花を指差して言った。
「アイビー、これ、なんて言う花なの?」
するとアイビーは、ちらっと見てすぐに返答した。
「これは、濃色の菊ですね」
私は、アイビーがあまりにも速く返答するので、少し驚いた。
「あら、随分速く答えるのね。もしかして、のうしょくのきく、だったかしら、をここに置いたの、アイビーなの?」
少しいたずらっぽく笑いかけると、アイビーは珍しく焦ったように否定した。
「と、とんでもない!ええと……、僕はこれでもルルディ家に仕える執事の一人ですから、花の名前くらいは____。……どうかなさいましたか、お嬢様?」
きっと私は、未知のものを見たような顔をしていたのだろう。ルルディ家?……そんなもの、聞いたことがない。
「ルルディ家、って……、何?」
アイビーは、信じられないといった色を浮かべ、沈黙した。そして、恐る恐る私に尋ねた。
「まさか…………、旦那様から何一つとしてお聞きになってないのですか?……ご自分の苗字すらも____っ?」

……ああそうか。物語で、偉い人や裕福な人は、 「苗字」とやらを名乗るものだと読んだことがある。私の家はすごく広いらしいのだから、苗字があってもおかしくはないのかもしれない。広いといっても、この部屋と庭以外、見たことがないけれど。

「ええ。お父様から聞いたことがあるのは、エリカという名前と、私はここから出てはいけないということ。その二つだけよ」
アイビーは、衝撃を受けたような表情になった。
「そんな……。いくらお嬢様のことを____だからと言って、それはあんまりですよ、旦那様……っ」
誰に聞かせる訳でもない、アイビーの囁きは、小さ過ぎて、途中が聞こえなかった。
「私のことが、何?」
私の声で、アイビーは我に返ったようだった。
「あ、いえ、何でもありません。お気になさらないでください」
「そう。……それより、ルルディ家?とは、どういう家系なの?」
それを聞くと、アイビーは安堵したように微笑んだ。そんなに、詮索されたくないようなことを呟いていたのだろうか。
アイビーは、ふるっと笑って語りかけるように言った。
「では、お話致しましょうか。由緒ある『ルルディ家』の歴史を」

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