完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*18*
「まず、この国で主に信仰されている神はご存知ですか?」
という問いに私は首を捻った。
「知らないわ。そもそも、宗教なんて興味ないもの」
アイビーは頷いて、続けた。
「そうですか。では、それも簡単に説明させていただきます。この国で主に信仰されているのは、草花に宿るとされている神です。これは、食物連鎖の頂点である人ではなく、底辺の植物こそ至上だとする考え方です」
「……何故?人が一番偉いのではないの?」
私が疑問を口にすると、アイビーは一瞬考えてから、すらすらと答えた。
「そうですね。確かにそのような考え方もございます。しかし、我ら人や動物がこうして生きていけるのは、元を辿れば草花があるからなのです。草花というのは、そう考えると生命の根本にある、と捉えられるのです」
そういう考え方もできるのか、と私は感嘆した。……でも、それが私の家系にどう関わっていくのだろうか。
「……続けてもよろしいでしょうか?」
私が考え込んでいると、アイビーが丁寧に尋ねてきて、私は慌てて頷いた。
「特に草花の中でも花は、特別な扱いを受けております。恐らく、繁栄の象徴だからなのでしょう。信仰が薄れてきた現在でも、行事には必ず花がありますし、花を置いていない家はないと言っても過言ではないほどです」
「……ふうん。つまり、この国では草花、特に花が尊いものとされていて、至る所に花がある、ということなの?」
私が噛み砕いて言うと、アイビーは出来のいい生徒を褒める先生のように頷いた。
「ええ。その通りでございます」
「……それが、どう私の家系に関わってくるの?」
私がさっき考えていた疑問を出すと、
「はい。それを今から説明させていただきます」
とアイビーは再び説明を始めた。
「この国では、花は必要不可欠と言っても過言ではないのです。実際、国中の様々な所で花が栽培されていますし、他国から輸入した花も多数あります。……では、そうして集まった花は、どのようにして人々の元へ渡るのでしょう?」
ここでアイビーは一度言葉を切った。ここまで一気に話したから疲れたのだろうか。そしてもう一度口を開いた。
「花には、各地から取り寄せそれを売るという職業があります。いわゆる花屋ですね。それを代々営んでおられるのが、お嬢様の一族である、ルルディ家なのです」
「……つまり、私の家は、花を各地から取り寄せてそれを売って、ここまで財産を得た、ということなのね?」
「その通りでございます。ルルディ家が花を売るということを生業とし始めた、つまり企業を立ち上げたのは、およそ五百二十年前で、世界でも有数の老舗です。お嬢様はご存知ないかもしれませんが、花と言えばルルディ、というほどなのです」
なるほどそれで、と私は理解した。私がアイビーにこの花を用意して、と言うと、遅くても翌日には必ず届けにくるのだ。少し不思議に思いつつも全く気にしなかったが……、私の家がそんな企業なら、それも頷ける。
「色々教えてくれてありがとうね、アイビー。……私って、結構無知だったのね。多分、今話してくれた宗教のことは、常識に値するものなんでしょう?」
「……ええ、まあ……」
歯切れ悪くアイビーが返答する。
「それに、自分の苗字すらも知らなかったんだもの。本当、自分に呆れるというか……」
私が思わず呟くと、アイビーがかぶりを振った。
「いえ。これは決してお嬢様がおかしいのではありません。旦那様がお教えにならないことがおかしいのです」
お父様、か……。今までに数えられるほどしか会ったことがなく、私をここに閉じ込めている張本人だ。私は、アイビーにずっと昔から気になっていたことをぶつけた。
「……ねえ、アイビー。お父様って私のこと、嫌っているの?」
私は正直、アイビーが「ええ」と答えても構わないと思った。だって、顔すらはっきりと思い出せないほどなのだから。
「……さあ。僕は存じ上げておりません」
そういったアイビーの顔は、考え込むような顔ではなく、悲しげな笑みだった。