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貴女と言う名の花を
作者: 彼方  (総ページ数: 34ページ)
関連タグ: 恋愛 
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10~ 20~ 30~

*3*

と。アイビーが急いた様子で戻って来た。
「お待たせさせてしまい、申し訳ございません」
「構わないけど、何をしに行ってたのよ?」
するとアイビーは、後ろで隠し持っていたものを私に差し出した。
「お嬢様は花などがお好きなので、花言葉にも興味がお有りかと思いまして。花の絵と名前、それから花言葉が載った本を取ってまいりました」
「はなことば?何なのそれ」
私が尋ねると、アイビーは立て板に水の説明をした。
「花言葉とは、それぞれの花や樹木、草などの特徴、特性に基づいて象徴的な意味を持たせた言葉のことでございます。例えば、薔薇は愛、オリーブは平和、といった様に、花には様々な意味が込められているのです。その本は、そういったものがまとめられております。その本が、お嬢様のお気に召されれば幸いでございます」
花には様々な意味が込められている、か。なんだかわくわくしてきた。
「面白そうね。……私は今からこれを読むから、もう行っていいわ」
言うなり、私は本を開き、目を落とした。
「はい。失礼いたします。また何かご用があれば、お呼びください」
アイビーはそう言い、一礼して静かに去って行った。

なんとはなしにページをめくっていく。
「……へぇ」
私は思わずそう呟いた。
燃えるように赤い色の、鶏のトサカを思わせるような「ケイトウ」の花言葉は「色褪せぬ恋」「情愛」など。その激しい色合いにぴったりな花言葉だ。
青に近い薄い紫の、小さめの控えめな百合の形の「アガパンサス」は「恋の訪れ」なんていう素敵な花言葉。
また、素敵な花言葉だけではなかった。桃色や紫、青などの色がある、小さい花がたくさん集まり、丸い形になっている「アリウム」は「無限の悲しみ」なんていう絶望的な花言葉。

面白い。読めば読むほど面白い。「あぁ、なるほど」という花言葉がある一方で、「え、こんな花言葉!?」という花言葉もあったりする。
夢中で読んでいるうちに、ふと、一つの花が目に留まる。
「シラー」。青っぽい紫色で、花弁は先が尖っていて、外に反っている花だ。花言葉は__、
「……寂しい」
……あれ、寂しいって何だっけ。
寂しい、なんてよく使う言葉だけど、よく使う言葉ほどちゃんとした意味は分からないものだ。

腰掛けているベッドの近くにある本棚へ歩み寄る。そして、辞書を手に取って開いた。私は暇な時、よく本を読んでいるので、分からない言葉が出てきた時のため、辞書は本棚にいつも置いてある。
パラララッ、と紙と手が擦れる音が響く。
あった。
ええと、意味は「あるはずのもの、あってほしいものが欠けて満たされない気持ちだ」「人恋しく物悲しい。孤独で心細い」か。

__あれ?
あるはずのもの、あってほしいものが欠けて満たされない気持ち__、
それはまさに、私がずっと抱え込んでいた感情のような気がする。
家族は父親しかいなくて、その父親すらまともに会ったことはない気がする。恋人もいなければ、友達もいない。外へ行ったことはなくて、知っている世界はこの部屋だけ。
私の事を本当に分かってくれるのは私しかいない。
家族と休日出かけたり、友達と仲良く喋ったり、いつかは恋人を作って愛し合ったり……そんな、「普通」が私には一切ない。

__ああ、気付いちゃった。私の中に巣食っていたこの感情の正体。
もやもやした、どこか空虚な感情が何なのか。
そっか、私はいつもいつも「寂しかった」んだ。
家族でも恋人でも友達でもいい。誰か、分かり合える相手が欲しかったんだ。
分からなかった時は「この空虚な感情は何だろう?」としか思わなかったのに。気付いちゃうと、どんどん膨れ上がって私を苛んでいく。

寂しい、寂しい、寂しい。
心に大きな穴が空いていて、絶えず風が吹き込んでいるみたいだ。涙が知らないうちに溢れる。
私はいつもいつも、こんな感情を抱えてたんだ。じっと見つめたのはこれが初めてかもしれない。

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