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*29*
翌日。練習を終えた不動は、仕事で入った金で商店街に買い物に来ていた。
京子とカンタが駄菓子屋に居た。不動が声をかけると、カンタがお菓子を不動に分けた。
「へ。わりいなボウズ。ガキの施しはうけねえぜ。みろ、これを!」不動は一万円札を広げて見せた。
「お、おっちゃん!? ついに盗みを……!」
「バーロー! んなことしねえよ! さいきん仕事が見つかってな。俺もこうして商店街に買い物に来たってわけだ」
「あら、明王じゃない。この間女子高生と歩いてるのを見かけて以来ね」
「げ、見てたのかよ。あのガキのとこで働かせてもらってんだ」
「ふーん。ま、どういう関係なのかは興味ないけどね。興味、ないけどね!」
京子は腕を組んで怒っているようにも見えた。不動は京子が不機嫌になる意味がわからないと言った様子で、カンタと目をあわせて肩をすくめた。カンタが鼻で三回息を吸った。
「おっちゃん、なんかおっちゃんからカブトムシの匂いがするでやんす」
不動がはっとすると、京香も便乗して「そうねくさいわ」と鼻をつまんで言った。
不動は頭をかきながら、
「これでも毎日洗ってるんだがな」
「どこで?」と京香が尋ねる。
不動は間を置いてから、「川で」と気まずそうに答えた。
「そんなんじゃちゃんと洗えないわよ。商店街のヒーローが川で体洗ってるなんて……」
京香は鼻をつまむのをやめて顔をしかめる。実際には京香のところまでは匂っていなかった。
「おっちゃん、身だしなみはちゃんとしないとダメだって母ちゃんが言ってたでやんすよ」
不動は返す言葉が無いので、舌打ちしてこの場を離れようとした。が、京香が呼び止めた。
「私の家のシャワー、貸してあげるよ」
不動が振り返ると、京香は普段の穏やかな表情に戻っており、本心から言っているように見えた。
不動の返事を待たず、京香はカンタを置いて不動の手をひき、駄菓子屋を去って行った。
不動がシャワーを浴び終えて風呂場を出ると、京香が足元にバスタオルを壁にかけて置いてくれていた。
「今下着とか洗濯してるから、後で持っていってあげるよ。上着だけ着てて」
遠くの部屋からそう言う京香の声がした。不動は言われたとおりにし、ダイニングに腰掛けた。遅れて、隣の部屋から京香が入ってきた。京香はそそくさと冷蔵庫から缶のオレンジジュースを取り出し、不動に手渡した。
「悪いな。にしても、使ってない部屋がけっこうあるぞ。ずいぶん広いよな、お前の家」
京香はマンションに住んでいたが、一人暮らしには広すぎるほど部屋数があった。京香は明王の向かいに腰掛けると、
「広すぎるくらいなんだよね。良かったらここに一緒に住む?」
京香があまりにも平然と言うので不動は耳を疑ったが、思わずオレンジジュースでむせてしまった。
せきこむ不動に、京香は続ける。
「勘違いしないでよ。使わない部屋がもったいないからだからね。あ、部屋は貸すけど食事は自分でなんとかしてね」
「話がうますぎねえか? 俺としちゃ助かるがよ」
「もちろん条件はあるよ」
京香は人差し指を立てて、テーブルに身を乗り出して言った。
「私の下僕になりなさい!」
「ああ、面白くない冗談だな」
「あれ。けっこう本気だったんだけどな。でも、本当に守って欲しいのは三つかな。ひとつは、私物は自分の部屋だけに置くこと。二つ目は二階の奥の部屋と一階の私の部屋を覗かないこと。三つ目はあの女子高生と会うときは私に連絡すること。いいわね。破ったらみんなにあなたがここに住んでることバラすからね」
「あ、ああ。三つ目おかしくねえか? いいけどよ」
「えっと、それじゃあ、これからよろしくね明王」
「うまい話には裏があんだろ? ま、文句はいわねえよ。よろしく頼むぜ」