完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*39*
「どうかな? 浴衣」と京香が言う。「奈津姫のを貸してもらったんだ」
「いいんじゃねえか?」不動は一瞥しただけで言った。じっと見ることに恥ずかしさも感じたからだ。むろん、不動自身は洋服の代えですら一着しかないため、和服などは持っていない。
その後は四人で屋台をまわり、食べ物や飲み物を買うなどして楽しんだ。
不動は奈津姫、カンタを家まで送っていき、京香と共に自宅に帰った。
「明王、リビングにいてもいいけど、今から私お風呂に入るから、ここからは立ち入り禁止だからね?」
「へいへい」
しばらく不動はソファーで横になりながら、玄武の書店で買ったサッカー雑誌を眺めていた。冷凍食のオムライスがあったことを思い出し、不動が電子レンジを起動したとたん、家の電気が落ちた。どうやら停電らしかった。
「非常用電源が作動してないね……ごめん明王、ブレーカー見てきて」
「おい、そんな格好でうろつくんじゃねえよ」
「え。何か見えた?」
「ああ」
暗闇の中だが、むしろ電気に慣れていない不動の目は京香がリビングに入ってきていたことに気づき、完全に視界に入っていた。
「胸にでけーパネルが開いてるのがな。おまえ、サイボーグ、ってやつなのか」
「……バレちゃったか」
不動が電気を回復させると、京香はすでに着替え終わっていた。
「今までうまくごまかしてたけど、やっぱりバレちゃうよね」
京香はソファーに座りながら笑って缶ジュースを飲んだが、声音はわずかに震えていた。
「なんでそんな体になったんだ? 事故とかか?」
「秘密」
「ま、別にかまやしねーけどな」
「ごめんごめん、本当のことを言うよ。鬼道財閥って知ってるっけ?」
「世界的な大企業だな。鬼道ペンギンズの親会社で、兵器なんかも作ってるんだっけか」
「そう。私ね、そこで実験的に開発してた『軍事用サイボーグ』なんだ」
「軍事用? 鬼道のやつ何考えてんだ……いや、まだ社長は鬼道の父親か」
「ま、サイボーグっても少なくともわたしは大したことはできないんだ。これをみて」
そう言って京香が机の上に置いたのは携帯電話だった。
「これと同じでさ。人間の姿をした携帯端末が私。私の開発コンセプトは『敵地のコンピューターネットワークに侵入する破壊活動用サイボーグ』なんだって。でも致命的な欠陥があって、ネット侵入用のサイボーグは私で最後らしいよ」
「致命的な欠陥?」
「コンピューターの進歩に私が追いつけないんだ。そもそも『ネット操作専門のサイボーグ』って発想自体が失敗だったんだよね。だって、サイズが限られる上に、脳との接続の関係でプログラムの仕様変更が難しくなるから。結局普通の戦闘サイボーグに携帯端末を持たせたほうが実用的なんだ。あ、でも特技は無線でネットに繋げることだよ。画面が無くても脳で映像を認識できるから、ネットサーフィンはし放題。あとキーボードが無くてもコンピューターを操作できるよ」
「軍事衛星をハッキングとかもできんのか?」
「無理無理。あちらの防衛は日進月歩だから。でも、こんなことはできるよ」
不動の携帯が鳴る。着信は京香からになっているが、京香は携帯電話には触れていない。
「お前がかけてるのか? これ」
「合成音で通話もできるの。無線にも割り込めるしけっこう便利だよ」
「思ってたサイボーグとは違うんだな。もっと戦闘に特化してんのかと思ってたが」
「そういうのももちろんいるよ。でも私は失敗作。サイボーグってお金がものすごくかかるらしくて鬼道の開発者も困っちゃったのよ。それで最後は実験台……低音や衝撃にサイボーグの機能がどの程度耐えられるかのテストだね。何回死んだと思ったことか」
さすがの不動も京香の異世界のような話に、言葉を失う。
「このままじゃいつ死ぬかわからない……。そう思って多くの仲間たちと一緒に研究所を逃げ出したの。彼らとはもう別れてしまったけどね」
「待てよ。その話だと、お前はこの町の人間じゃ無いのか?」
「そう。私たちの仲間の中に記憶を操作できる子がいたの。その子は成功作なんだけど、私たちの扱いを見て仲間になってくれたんだ。その子に色々手伝ってもらって、この街に架空の『十山京香』って人物を作ってもらったの……」
「じゃあ」
「うん。奈津姫とは昔からの友達じゃない。そういう風にしてもらっただけ。私最低だよね。だましてるのと同じだもんね」
京香は視線を落とす。
不動は椅子を立ち上がった。京香はソファーに座ったまま目を閉じて、「それで、私の正体を知って、明王はどうするつもり?」ときく。
「そうだな、まずは……」
不動が向かったのは電子レンジだった。ボタンを押して先ほど入れたオムライスを加熱させる。「あんぱんとオレンジジュースを買って来い。急いで駆け足、10分以内な」
「ちょ、いきなりパシリに降格? ひどいよ……」
「なんてな!」
不動は腹を抱えて笑い出す。
「冗談?」
京香は安堵のため息をつくと、不動につられて笑った。
「明王」突然名前を呼んで、京香は微笑む。「ありがとう」
不動は呆気にとられて目を丸くしたが、照れ隠しか、フンと鼻を鳴らして後ろを向いた。「俺の台詞だっての」
「え?」
「なんでもねえよ」
チームが練習している間、権田は抜けて米田に近づいた。
「どうした権田。落ちつかねえ顔してよ。今度の試合は商店街にとっても大事な試合なんだぜ?」
辺見が言ったとおり、イリュージョンカップとは関係が無い、スーパーコアラーズとの練習試合が組まれた。当然、サッカーでアピールする商店街としては練習試合でも負けられない。そこに試合を申し込んできたということは、スーパーとしても今回の勝負で早めに商店街の勢いを殺そうという狙いである。
「勝てる確率は高いですよ」権田は平然とした態度で答える。「でも正直納得のいかないことは多いです」
「その節は本当にすまなかったな。まさか俺もキャプテンの変更があるとは思わなかった」
「それもそうですが、問題はチームの現状です。勝つ確率は高まったとはいえ、商店街以外の助っ人3人が圧倒的な主力で、昔からチームに居た人たちが存分に試合に出れなくなったのですからね。さらに監督もキャプテンも他所からきた人です。こんな状態で勝てたとしても商店街の勝利とは言いがたいんですよ。玄武や丸井もそう言っています」
「確かに、確かにな。しかし助っ人の彼らだって商店街のために戦ってるんだぜ? 給料が出るわけじゃねえ。その点ではお前らと何も変りはねえんじゃねえか?」
「ええ、わかってますよ。彼らに感謝はしています。しかし、このままでは良くないということも考えてます」
「お前の言いたいことはわかるがな」
「ええ。イリュージョンカップ全国大会出場が決まったのですから。まずは勝利、ですよね」
権田は一礼し、練習に合流した。
(まだまだ権田も若いな。権田がチームをまとめてくれるもんだと思っていたが、案外やべえかもな)
米田は顎に手をあてて目を細める。
配達を終えて公園のベンチでで缶コーヒーを飲みながら不動が休んでいると、貴子が背後から現れた。
「今日もお疲れ様、明王さん」
「ああ。お前は学校の帰りか」
「うん」
貴子は両手に食材の詰まったレジ袋を持っていた。
そこに、公園の前を通りがかった亮平が、2人を見つけて駆け寄ってきた。
「2人ともなにしてんのさ。あ、姉ちゃん、荷物俺が先に持ってといてやるよ。今日はサッカー部のみんなと飯食べに行くから、晩飯いらないぜ! じゃあな!」
亮平は荷物を抱えながら走って行った。顔はまだ少年だが、不動は亮平に大して快活な青年という印象を持っている。
「しかしすげえ量の荷物だな」
「お父さんも亮平もすごく食べるからね。それに今は明王さんもいるから、料理も大変なんだよ」貴子は不動の隣に腰掛けた。「もう料理のネタがすぐ尽きちゃうから、こないだ玄武書店で料理の本買っちゃった」
「ああ、美味しいとオヤジも亮平も喜ぶだろうしな」
「あれ、明王さんは喜んでくれないの?」
「俺? そりゃ嬉しいねえ。前は木の実とか草のてんぷらとか、魚ばっかだったからな。サッカーにも精が出るってもんだ。感謝してるぜ」
「嬉しいな。今日はハンバーグだから楽しみにしてて! さ、早く帰ろう。日が暮れないうちにさ」
山口商店につくと、親父が腕を組んで仁王立ちで店の前に立っていた。貴子が先に店の中に入り、不動も続こうとしたが、親父が腕で遮った。
「遅い」
「そうか? ちょっと休憩してたからな」
「どうしてそんなに遅くなる。お前、貴子と一緒に帰ってくる時が多いな。……お前、手ぇ出してないだろうな?」
オヤジが不動をにらむ。不動は慌てて否定した。
「はあ!? おいおい何もねえよ。誓ってもいいぜ」
「最近、あいつがお前を見る目がなぁ。……まあ、いい……」
なあ お前の背に俺も乗せてくれないか
そして一番高いところで置き去りにして
優しさから遠ざけて