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第九話 勝利と引き換えに
気づけばもう九月になる。そんなことをカシミールで不動と奈津姫は話していた。
京香はそれと聞いて、唇をかみ締める。
(時間の流れは速すぎる。残酷なくらい……)
コアラーズとの試合に勝利した後、ビクトリーズは埼玉の地域リーグでも練習試合でも連戦連勝。またイリュージョン全国大会は、草野球自体社会人がほとんどという理由から年末から正月にかけて行われる。つまり県予選が六月七月に終わっても、全国大会は12月となりかなり間が空くのである。
商店街は破竹の勢いで埼玉リーグを優勝。知名度があがり商店街はローカル番組で取り上げられるようになった。今週には、芸能人がテレビ取材で訪れたりするようにまでなっていた。
「それでは、まだ商店街の土地は集まってないのだな?」
白髪の白人老男性が山田に言った。この老人の名はゴルトマン・シャムシール。鬼道グループの傘下に入った旧イリュージョングループの社長であり、現在は鬼道イリュージョングループの北米支社長である。
「は、はい。申し訳ありません……」
「残念だよミスター山田。必要であれば日本支社に協力させる。とにかく今年中にメドをつけるんだ。いいね」
「は、はい。お任せください」
ゴルトマンが複数の護衛と共に店長室を出て行った後、窓から辺見が侵入してきた。
「おおっ!? 辺見!? って待てよ、お前は試合に負けて逃げ出したんじゃなかったのか?」
「なあに、逃げたんじゃねえよ。ちょいと勝つために頭数を揃えてきたのさ」
「頭数? 負けたのはお前以外の奴が悪かったと言いたいのか」
「そうさ。紹介するぜ、ザ・トリオだ!」
男三人が部屋に入ってきた。男はそれぞれ音村楽也、ハインリヒ・フリッツ、歩星呑一と名乗った。
「なんだこいつらは?」
「ちょいと昔の知り合いでな。今度こそ明王の野郎は潰す! それでさっきの話なんだが」
「はてなんのことかな」
「けっきょくこの土地にはなにがあるんだ?」
「なぜお前に話さなくちゃいけないんだ?」
「ああそうかい。おいお前らちょっと下の売り場で暴れてこ……」
「ちょ、ちょっと待て待て! 本当のことをいうと、私も何も北米社長からは知らされてないんだ。『商店街に何かが埋まっている』らしい」
「ふーん。世界的なスーパーグループの経営者が欲しがるお宝ねえ。殿様の埋蔵金、古代の超兵器、違うな。こりゃ面白そうだ」
「とにかく他言は無用だ! 商店街に関してはもう作戦がある。お前たちにも協力してもらおうか」
その後、商店街の集会所にて。
「というわけで、まとめるとスーパーは『商店街の総テナント化』と『商店街を潰して駅前の名店街に編成しなおす』ということを提案してきた。『駅の前に大型のビル店舗を作るから、商店街にある店はそこに引っ越さないか?』とな。建築は向こうでやって、俺たちは有料で場所を借りるらしい」
米田が佐藤に渡された書類を、集会所にいる商店街の人間全員に配る。それを読んで、商店街のボスであるさちが、
「だけどこまではタダで商売してきたのに有料になるってのはねえ」と文句をたれた。
「でもタダで店が新しくなるのでしょう?」と言ったのは京香である。
各々悩み、会議したが、奈津姫が言った言葉が決定打になった。
「私は絶対に反対です。そんなことをすれば商店街がなくなってしまいます。全部イリュージョンに頼るのは不安ですよ」
これに権田が同意した。
「その通りだな。いまさら彼らを信用することなどできない。俺は奈津姫に賛成だ」
満場一致で『イリュージョンは信用できない』ということで決まり、スーパーの提案は断ることになった。
佐藤は米田からの連絡を受け、結果を山田に報告した。
「そうか、断ってきたか」
「はい。かなり好条件だと思ったのですがこれまでのいきさつもあって、商店街の同意を得ることはできませんでした」
「いいやそれでいいんだ。この提案が通ったらあいつらを痛い目にあわせられない」
「へ?」
「いいか佐藤。これはこっちの誠意を見せただけなんだよ。この先多少強引に商店街を潰してもマスコミに言い訳が立つ」
「もし仮に」店長室には辺見も居合わせていた。「あいつらが提案を受けていたらどうするつもりだったんだ?」
「決まっているだろ。実際の交渉のときに条件を少しずつ悪くしていくんだよ。その過程で商店街が分裂すれば言うこと無しだ!」
不動が自主練習しか無い日は、いつも京香が昼ごはんを作ってくれている。
食後、京香が不動に、「今日のご飯どうだった?」ときいた。
「うん? どうって言われても、別にうまいけど」
それでも貴子のご馳走に比べてしまうと、どうしてもな、と不動は心の中でつぶやく。
「実は私、料理作れないんだ」
「何言ってんだよ。さっきもちゃんとした料理になってたぞ」
「ああ……あれは市販のお惣菜にちょっと手を加えただけ。誰でもできるレベルだよ」
「じゃあ、ほんとに作れねえってわけか」
「何よ、その目? わかった、なにかリクエストしてみて! すぐに作ってみせるから!」
「じゃあ、オムライスで」
「また地味に難易度の高いものを……」
それからしばらくして、京香がテーブルに料理を置いた。
お好み焼きが黒こげになった物体が皿のうえにおいてある。
「おいおい、ちゃんと頭の中のネットで作り方調べてるんだろ? なんでこうなるんだよ……」
「も、問題は中身だよ中身。美味しければ何の問題もないんだから」
「う、うーん。味はオムライスと言えなくもねえかもな。……いや、なんとも言いがたいな。さいきんオムライスなんか食べてねえし」
京香はうむむ、とうなる。
「まだ修行が足らないみたいだね。精進するよ。だから……見捨てないでね?」
「あ、ああ」
今日のこいつは何か変だな、と思いながらも気にしないことにし、不動は自主練習に向かうことにした。
不動はチームの合同練習を終えて、ジモン、ディノと共にカシミールに向かった。ジモンの上機嫌に話す声を聞いて、カンタが二階から降りてきた。
「おっちゃんにジモンさんでやんすか! お疲れ様でやんす」
「そういや、おめーは少年サッカーとかやらねえのか?」不動がカレーを食べながらきく。
「それがでやんすね、信じられないことにこの近くに少年サッカーのチームが無えんでやんす。オイラ中学いったらぜったいサッカー部でやんす! そして高校に入って国立を目指すでヤンス!」
「そうか。ま、せいぜい頑張れや」
「そしていつか、おっちゃんみたいな選手になってやるでやんす!」
「そいつは楽しみだな」
一段落した奈津姫が、手を拭いて不動に話しかけた。
「今日はジモンさんやけに上機嫌ですけど、よそのチームと試合でもあったんですか?」
「いや、紅白試合があってな」
不動が答えると、ジモンが続けた。
「そうそう、それでヘタレどもにガツーンと喝を入れてやったんだ。玄武のやつなんてよ、俺からゴールを一本も奪えねえから半分泣きそうになってたぜ。奴らときたら本当にだらしねえ、あんなんじゃ、次またイリュージョンと戦っても勝てねえぜ」
不動と奈津姫黙って聞いていたが、ディノが「ジモン」と呼んで横槍をいれた。
「イタリアにはこういう言葉がありマス。?『裏切り』は喜ばれても『裏切り者』は疎まれる\\