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【完結】「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜
作者: すずの  (総ページ数: 39ページ)
関連タグ: 推理 恋愛 生徒会 
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10~ 20~ 30~

*14*

 若井はそれに気付いていない。
 指に纏わりついている果汁をぺろぺろ舐めると、黄色い歯をのぞかせる。
「お前、こいつと付き合っているのか?」
 こいつ、のところで押田さんを顎で指す。
 唐突に、何の前触れもなく一言、ぽろっと零れただけの言葉だったが、まるでビデオの停止ボタンを押したかのように、ぴたりと止まった。彼らの顔が真っ青になり、空気が張り詰める。それぞれの額から嫌な汗が流れたのを、私は見逃さなかった。橘さんのフォークに突き刺さったマンゴスチンがぼとりと床に零れ落ちた。
「何を言っているのよ、そんなわけないでしょ」
 明らかにさっきの声色とは違い、声が震え、瞳からは動揺の色が窺える。そして、チラチラと見やるさきには、橘さんの姿があった。口に運ばれなかったマンゴスチンをじっと見つめるだけの橘さんを、視線で気にかけている。
 これってもしかして――。
「そうなんだろう? 嘘なんてついたってバレバレだぜ」
「いい加減にしてよ。もう私に付きまとうのはやめて。これ以上すると、警察に訴えてやるわよ」
 瀬戸さんの語気が強くなる。
「警察ってなんだよ、そんなこと言うなって。俺は見たんだ。お前達が誰もいない時にここで抱き合っているところを」
 さっと顔色が青ざめる二人。橘さんは、まるで電池を抜かれた時計のようにじっと動かない。
 やっぱり、これってもしかして――。
 若井の唇の端がゆっくりと持ち上がり、黄色い歯がちらりと垣間見える。
「はったりだ、なんて言っても無駄だぜ。俺はちゃんとこの目で見たんだからな。部活仲間で芽生える恋ってやつか? 押田のどこが気にいったんだ? こんな暑苦しいこいつのどこがよかったんだよ? なあ」
 押田さんが瀬戸さんと若井の間に割って入った。背が高いのは若井の方だが、体つきは押田さんの方ががっしりとしている。
「もう美桜に付きまとうのはやめろよ」
 睨みつける押田さんの殺気に、へらりと嘲笑うだけ。
「なあ、お前は知らないだろうが、俺は知ってるんだぜ。瀬戸美桜は、中学の時に――」
 若井は言葉を言い終えることが出来なかった。
 気付くと、体当たりされた若井はロッカーにぶつかり、盛大な音をたてて床に崩れ落ちていた。
 この一瞬、私達は一体何が起こったのか、認識するのにほんの少しだが時間がかかったが、惣志郎だけが、ゆっくりと橘さんを見据えている。まるでこうなることを予期していたかのようだ。
 押田さんも瀬戸さんも私も、驚いて口がぽかーんと開いたままである。
「帰ってください。帰れ」
 今まで聞いたことのない、腹に響くようなドス声だった。
 私達が見てきた橘さんから、そんな声色が出てくるなんて、想像もつかない。
 へこんだロッカーを支えに、ゆっくりと立ち上がる若井。
「お、お前、なんなんだよ……! 誰だ!?」
 不意打ち過ぎて、怒りと驚きが混ぜ合わさったような複雑な表情を見せる。
「さっさと帰れよ、出て行け。このクズ野郎。お前なんかいらないんだよ」
 罵倒される度に顔が徐々に赤く染まり、血が逆流しているのがよくわかった。瞬間、雄叫びをあげて猛然と橘さんに襲い掛かる。
 あ、やばいと思った時はもう私の体は動いていた。
 橘さんの目の前に躍り出ると、ハッという掛け声のもと拳を薙ぎ払い、腹部にバンチを一発叩きいれる。
 みぞおちにめりこんだ私の拳は、受け身の体勢をとっていない河岸にダメージを与え、ぐはっという情けない声と共に、涎が口から零れ床に倒れた。
 またもや惣志郎以外、私の姿に驚きを隠せず目をまん丸とさせている。
「アンタ、生徒会の目の前で暴力沙汰にするつもりか! 大学に行けなくなるんじゃなくて、天宮から追い出されるよ!」
「愛華ちゃん、彼、気絶しちゃってるから。それに、頭の打ちどころが悪かったら、こっちが暴力沙汰になってたよ。やりすぎだ」
 げげ、それはまずい。
 惣志郎が台所からゆっくりやってくると、若井の前にしゃがみこみ、頭から血が出ていないか確認する。
 うんと、ゆっくり頷いた後、みんなのほうに振りむく。どうやら出血はしていなかったようだ。私はほっと胸を撫で下ろしてしまう。生徒会がそんなことをしてしまえば、今までの努力が水の泡だ。
「この件は生徒会のほうで総務部の先生に報告させて頂きます。怪我はありませんか?」
 惣志郎はお得意の爽やかスマイルで彼らに尋ねるが、緊張していた糸が切れたように、口が半開きで呆けていた。
 こりゃだめだと肩をすくめる数秒前、瀬戸さんがはっと我にかえりぎこちない笑顔を作る。
「いえ、あの、大丈夫です。それよりすいません、あなた達にこんなところをお見せしてしまって――ちょっと!」
 瀬戸さんは橘さんがすっと横を通り過ぎるのを見逃さなかった。
「涼!? ちょっと待ってよ! あなた、手に怪我してるじゃない」
 すかさず瀬戸さんが怪我をしている方の手首を掴み、目の前につきつける。確かに、細い線が入っていて血が出ている。
 橘さんは自分の傷に一瞥しただけで、表情は何も変わらない。
「……さっきの話、本当なのか」
 抑揚ない、静かな声で橘さんが瀬戸さんに問うた。
「さっきの話は本当なのかと聞いている」
「ねえ、ちょっと待って。ちゃんと話をさせて」
「質問に答えて欲しい」
 嘘なのか本当なのかどちらなんだ。
 若井の時と空気の張りつめ方が全く違った。見てはいけないものを見たようなものを見た――そんな気がして途端にばつがわるくなる。
 橘さんは沈黙が数秒続くと、後ろにいる押田さんに視線をさっと移す。
「おい、押田。どういうことだ。美桜に何をした」
 押田さんの額に冷汗が一筋、流れたような気がした。
「と、とりあえず手当てをしないと――」
「いいよ、別にこんなの」「手当しないと――」「いいってば」「私をかばった時に」「いいって」
 橘さんは瀬戸さんの手を振り払い、部室を出て行く。
「ちょっと待って、涼!」
 追いかけようと足を踏み出した瞬間。
「美桜! 橘はああいう奴だ。もういいだろう?」

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