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*15*
押田さんが、瀬戸さんの手首を掴み、引き戻すと、びっくりしてこけそうになった彼女を慌てて支える。
瀬戸さんは唇を噛み、橘さんが出て行くのを横目に押田さんの腕から逃れようともがく。
「だけど、怪我して――」
「そっとしといてやれよ」
「私が向こうに行ってほしくないのはわかるけど、今は――」
「わかっているんだったら行くなよ!」
押田さんが後ろから瀬戸さんを抱きしめ、きゃっという小さい悲鳴が聞こえた。
「ちょっと何してるの? みんないるのよ? 離して――」
瀬戸さんの抵抗に、押田さんは微動だにしない。
「行くなよ……行くな」
いつも明るく大きな声で喋る押田さんからは想像も出来ない、真剣な声だった。
瀬戸さんは、その声に目を見張った後、膜に涙がじわじわと溜まっていき、俯いてしまった。
……何かとんでもない現場を見てしまったかのような、なんとも言えない気持ちになる。
すっかり出ていくタイミングというものを逃してしまった、というやつか。
数秒間、いや、私にしてみれば何時間ともいえるような沈黙の後、ようやく押田さんが瀬戸さんを離した。
押田さんは私達がまだいることに気付いたのか、ぎこちない笑みを作り必死に弁明する。
「あ、あははは、悪いなあ、こんなところ見せちまって……今日はこれで勘弁してくれるか?」
実際の口調は疑問形で終わっているが、気持ちは絶対に「早く帰れ」と命令系になっているに違いない。
「……あ、そ、そうだよねえ。僕達も長居しすぎたよねえ、ね、ね? 愛華ちゃん」
「そ、そうねえ、今日はこれでお暇させていただきますぅ」
押田さんのぎこちない笑みの裏にある本音がちらりと垣間見え、私達は転がるように部室を出ていった。
私達が部室から出て行くまで、何も言わず俯いたままの瀬戸さんの手を押田さんはずっと握りしめたままだった。