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【完結】「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜
作者: すずの  (総ページ数: 39ページ)
関連タグ: 推理 恋愛 生徒会 
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*26*

 しかし、全く予想だにしなかった出来ごとが、僕を待ちうけていた。
 嬌声や肌と肌がぶつかる音、服がこすれる音で、例えどんなものかあまりよくわからなくても、見たことがなくても、あれは目の前をぱっと通りかかっただけなのにわかってしまったのだ。そして、その声の主が、瀬戸美桜だということもわかってしまったのだ。
 扉の奥から聞えてくるのは嬌声というよりうめき声に近かった。
 僕は一瞬で彼女が乱暴な扱いを受けていると悟った。嫌でも想像してしまう。裸で組み敷かれた彼女、それに圧し掛かる男子生徒。そうとも限らない。もしかしたら、教師かもしれない。ただわかっていることは、幼い彼女に乱暴する下衆野郎が中にいるということだけ。
 手と脇にじわじわと汗が噴き出すのを感じる。
 誰だ、そんなことをやっているのは。僕達の秘密の雑談タイムを邪魔するのは一体誰だ。よりにもよって今――僕の目の前で。
 瞬間、僕は頭で考えるよりも先に行動していた。
 いきなり扉を開け放ち、ずんずんと奥に進む。
 びっくりして行為をやめた名前もしらない男子生徒が、勢いよく振り向き、目を見開く。
「先生、呼ぶよ?」
 自分が予想していた声とは全く違う声が聞こえた。ひどく冷たさを含んだ声だった。我に帰った男子生徒は、挿れる寸前だったそれを抜き出しパンツと制服を中途半端に着て、こそこそと出て行った。
 彼は、きっと明日にでも消されるのではないかという不安が波のように押し寄せてくるかもしれないが、そんなことはしない。こちらまでめんどくさいことになるし、まず体育の時間にさぼっている事実から話し始めなければいけない。
 別にその時の男子の顔なんて今はさっぱり覚えていない。覚えるに値しないからだ。それよりも僕は、その後に見た彼女の姿のほうが鮮明に覚えている。
 彼女は、汗で金髪の前髪が額に張り付き、だらしなく口と足を広げ、はあはあと荒い呼吸を繰り返していた。そして、周りにはあの男子生徒が使う予定だったゴムがこれみよがしに投げ捨てられている。もしかしたら使う予定なんかなかったかもしれない。とりあえず、踵を返し、扉をしめ、ゆっくり彼女に近づき、そっと顔色を窺うように、覗きこんだ。
 僕は既に彼女の下呂を見ている。正直、これしきのことでは驚かなくなっていた。出ている体液がどこからのものなのか、その違いだけだ。だから冷静に今の状況を分析することが出来る。
 彼女は、焦点のあっていない目で僕を見ると、この状況を恥ずかしがる様子もなく、隠そうとする様子もなく、まるで僕がそこらへんに転がっている石ころのように認識し、何も反応しなかった。
 笑うでもなく、睨むでもなく、ただ呼吸を繰り返している。
彼女の体は物凄くスタイルが良いという訳ではなかった。体は少し小さいし、胸もある方ではない、おしりだってそんなに出ていない。だけど、彼女は、内面から溢れ出る、守って欲しいと必死に訴えかけるか弱さや不安定さが、そのまま形容されたかのように、一つ一つのパーツが、完璧ではなかった。未完成だったのだ。きっと一度でも彼女に触れてしまえば、その手触りに病みつきになるだろう。庇護欲を掻きたてられるのだ。今ここで、とても弱っている彼女を強く、強く抱きしめて、その首筋に痕をつけることは容易だ。
 だけど、僕がそうしなかったのは――さっき更衣室から出ていった男子生徒のすることと変わりがないからだ。僕は、肉欲の塊でしかない男共になり下がりたくはなかった。僕の中にあるまだまともな精神が必死に繋ぎとめてくれている。
何も言わない、まだ落ちついていない彼女に代わって服を集めてくる。
「風邪ひくよ。裸で寝転がっていたら」
 下着も制服もすべてどさっと置いてやる。
 僕の言葉を無視して、顔を反対側に向く。白い眩しいうなじ。綺麗な後れ毛。しかし、その隙間から見える大きな一本傷。その一本傷が、まるで耳まで裂けた怪物の口のように見えた。嘲笑っている。こちらを見て嘲笑っている。星回り――僕は彼女の言葉を思い出した。
 これがお前達のいう星回りだ。お前達はこれに一生を縛られ、生きていかなくてはならないのだ。それに対抗しうる力も、守る力も何も持っていない。お前達がそれを望んだからだ。考えることを放棄し、変えようとする努力もしなかった。それでいいんだろう? 自分の力ではどうしようもない、星回りに全てを委ねるんだろう? 
 彼女はまた仰向けになり、腕で顔を覆うと、涙声で呟いた。
「あいつ、むしゃくしゃしてるからってたまに乱暴にすることがあるの。まさか――学校でされるなんて思ってもみなかったわ」
 鼻をすする音が聞こえた。唇を強く噛みしめ、泣くまいとしている彼女を見つめる。
「馬鹿だよね。あなたには吐くところも見せちゃったし、こんなところも見せちゃったし。更衣室で会うのはもうなしね。私がどういう人か、これでもうわかったでしょ? いや、もう既にわかってた?」
 声が震えている。また唇を噛みしめている。
 彼女はこのままだと、きっと何回だってこういう目に遭ってしまうんだろう。きっとあの一本傷も、乱暴されて出来た傷なのだろう。彼女の体に、烙印のように押されていくのだろう。そして、僕が来ていなかったらどうなっていたかわからない。そう何回も丁度いいタイミングに何回も現れることなんて出来ないのだから、今度は、本当に何をされるかわからない。
 僕の唇が勝手に動いて言葉を発していた。
「ねえ」
 僕の声とは思えない、ひどく低い声が更衣室内に響いた。
「これが本当に星回りだって、言うの?」
 顔の表情はわからないけれど、彼女の体が強張ったのがわかった。
瞬間、うううとうめき声が聞こえた。「ううう」とか「おおお」と小さい声が聞こえる。僕はすぐにはわからなかった。この声の正体が何なのか。
 ――泣いているのだ。これは彼女の泣き声だ。あまり美しくなく、醜い泣き声だと思った。そして段々、声が大きくなり激しい慟哭に変わっていった。
 耳を塞いでも頭にガンガン鳴り響くような、悲痛な叫び声が更衣室に響き渡り、腕の間から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。
 時々、彼女の嗚咽に合わせてしなやかな肢体が小刻みに震える。
こんなにも哀れで悲しい彼女を、ただ僕が女だからという理由で、守れないのか、力になってあげられないのか――そう思うと、気がつけば、僕は彼女の手首を掴み、抱き起こすと、彼女の綺麗な卵型の顔を両手で挟み、荒々しく口づけをしていた。
 彼女が絡んでくると、自分で立てた誓いなんて簡単に消し飛んでしまう。今回も同じだ。
 だけどもう我慢なんて出来なかった。
 口づけをしながらも、幾度となく流れる涙は止まる気配を知らない。
 赤く蒸気する頬に、唇から洩れる熱い艶のある吐息、それとは対象的に小刻みに震える冷たい小さな肩。全てが僕を煽っていた。もうこのまま溶けてしまうのではないかと思うくらい、強く、強く抱きしめる。
「こんなのってないよ、おかしいよ……もう終わりにしよう。僕が終わらせるよ。僕がちゃんと守る。瀬戸さんのこと、ちゃんと守るから。だから、もう泣かないでよ」
 息が苦しいのか、掌で僕の胸を叩き、逃れようともがいている。慌てて力を緩めてやると、彼女は眉間にしわを寄せ、乱れた息を整えようと胸に手を当てた。僕の腕の中にいる彼女を、今度は優しく抱きしめた。時々、しゃっくりが口から飛び出す。涙で頬にへばりついている髪の毛を、優しくとっていく。俯きがちに伏せられた瞳から、まだ涙が溢れていた。
「僕に求めたらいい。全部、受け止めるから。だからもう泣かないで」
 自分でも驚くくらい穏やかな声で形のいい耳に囁くと、彼女は僕の首にかぶりつくように、またわんわん泣いた。
 泣かないでよ、と、大丈夫しか言えない自分に腹が立つ。このまま泣きやまないんじゃないかと心配するほど、疲れ果てるまで僕の腕の中で泣き続けた。
 
 彼女の泣き声が段々小さくなり、更衣室に久しぶりの静寂が訪れる。
 僕の腕の中で、呼吸を整える彼女の頭を優しく撫でる。
 さっきまで泣きじゃくる彼女をなだめるのに必死だったけれど、今は幾分か冷静に判断出来るようになっていた。
 彼女にばれないようにため息をつく。
 さっき僕はなんて言ったんだ。肉欲のまま、本能で動く男共を軽蔑したんじゃないのか。さっき僕は……彼女に何をしたんだ。
 彼女はまるで小動物のように体を震わせ、くっついてくる。
その時、僕は初めてまだ彼女が靴下だけ履いていて、素っ裸のままだということを知った。
 僕は思わず苦笑して、衣服の塊に手を伸ばし、引き寄せ、とりあえずブラウスを肩にかけてやる。
 あれほど恋い焦がれた彼女が今、僕の腕の中にいるというのに。
さっきこそこそと出ていったあの男子生徒と、同じにしか見えない。
「抱きしめてくれないの?」
 動きが止まった。うさぎのように目を赤くさせた彼女が中途半端に止まった僕の腕を不思議そうに見つめ、鼻声で問う。
「もっと強く抱きしめてよ。さっきみたいに」
 彼女の吐息混じりの鼻声が、僕の耳に囁かれる。
 言う通りに強く抱きしめると安心したように小さく息が漏れた。
「……痛くない?」
「ううん、全然痛くない。むしろ温かい」
 久しく聞いていない言葉だった。
「温かい?」
「うん、温かい」
 そうか、僕の腕の中は――温かいのか。
 少しの間、更衣室に沈黙が流れる。

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