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*6*
着いてしまう前に、軽く我が弟の説明でもしておこうか、と暑さでどうしようもない頭を一生懸命回転させる。
前々回、「奔走注意報! となりの生徒会! 再」で我が弟が登場していることを覚えてくださっている読者の方がいれば、この上ない幸せである。
我が弟、翔は天宮中学校に現在、在籍している三年生だ。
中学校三年生の受験生が、どうして高等学校のサッカー部に来ているのか? という疑問にお答えするために、書くスペースを割こうと思ったのである。決して翔の為、という私の愛故の行動ではないことをここで明記しておく。
高校生と一緒にサッカーの練習をしているくらいだから、その実力は結構高いらしい。中学校のサッカー部ではエース的存在だ。スポーツと言えば柔道しか頭になかった私は、サッカーに対してあまり興味がなく、ルールさえ知らないから、応援を見に行ったって、退屈すぎてあまり楽しくなかったというのを今でも覚えている。
しかし、翔の表情からみて、やっていて楽しいんだろうということは感じることが出来た。気持ちを全身で表現しているところは、我が弟ながらあっぱれだが、それ以外も頑張ってほしい。
本来、受験生というものは、スポーツに時間を費やしていいものではない。その時間は、勉強に使うべきものであり、まだ天宮の入学が決まっていないのにも関わらず、高等学校のサッカー部に入り浸りになっている現実。
しかし、そんな行動をするのには理由があるらしい。スポーツ推薦というものだ。
スポーツ推薦というものは、名の通りスポーツで優秀な成績、将来が有望とされる選手のみに適用されるものである。我が弟は、それで入学を決めるつもりらしい。おかげで、全く面識のなかったサッカー部の男子から「来部の弟」ということで話しかけられるようになった。彼らによると、あの実力ならスポーツ推薦で通るのは間違いないらしい。一先ず安心、だからといって、勉強をしないでいい理由にはならない。
中学校の時に勉強の理解度をもっと深めていれば、と高校に入って後悔するのは目に見えているのに、このままでは――果たしてどうなることやら。我が弟の未来が心配である。
二棟からグラウンドまで歩いているだけで、じんわりと背中や額に汗がにじみ出す。今すぐ冷房の利いた生徒会室に帰りたい気持ちを抑えていると、部室棟の横にある冷水機の前で翔とサッカー部のジャージを着た人間を見つけた。
その途端、翔の元に猛ダッシュで走って行き、体当たりを喰らわす。
うげえ! というみっともない声を出し、そのまま体は重力に従って前向きに倒れていった。
無様に倒れている我が弟を見下す姉。
「何すんだよ! 馬鹿姉貴!」
すぐ立ち上がり、私にずいっと歩み寄り睨みつける弟。
目の前に立たれると、翔と私は対して差がないことに、改めて気付かされる。いつのまにそんなに大きくなっていたのか。成長期というものは恐ろしい。
「これから自転車を貸そうとしている姉に向かって、馬鹿とはなによ、馬鹿とは! これから隣町まで走って買いにいってくるのね!?」
「それとこれとは別だろ!? いきなり体当たりなんかするかよ、普通! 有り難いって思っていた気持ちなんて吹っ飛ぶだろ!」
すると、さっきまで翔と談笑していたジャージ野郎が、間に割って入って来た。
「まあまあ二人とも! こんなところで兄弟喧嘩すんなよなあ。翔は来部から離れろ」
ギリギリと歯ぎしりをさせ、今にも飛びかかってきそうな、まるで野犬のような弟をなだめているのは、サッカー部、三年生の部長押田俊である。
いつも爽やかな笑みを湛(たた)え、女子の視線を全てかっさらってしまうような人である。ちなみに、男子から羨ましがられるその体質を当の本人は全く気付いていない。罪な男である。
「でも、翔、これはしょうがないぜ? お前がゲームに負けたんだからよ。俺達に向かってあんな啖呵切って、買ってこないとなるとお前の立場がねえ。さっさと鍵貰って買ってこい。待っててやるから」
そして、我が弟を気遣うように背中をポンと叩いた。まるで彼の方が本当の家族のようだ。
「貸して下さい」
弟は肩を落とし、頭を下げ反省していますよという雰囲気を前面に押し出してくる。
これで勘弁してやってくれ、と訴えてくる彼の目に免じて私は渋々自転車の鍵を弟の手にポトリと落とした。
すると、さっきの態度はどこへやら、すぐさま駐輪場の方面へ走って行く。走りながら、
「んじゃ、行ってくるよ! すぐに帰ってくるからな! ありがとな! 馬鹿姉貴!」
ヒラヒラと手を振りながら颯爽と駆けていく弟に、ワナワナと拳を震わせ「馬鹿姉貴じゃなーい、こらー!」と絶叫する。
ったく、いつも調子に乗るんだから。その内、犬のうんこでも踏んで、電柱に当たって自転車にでも轢かれろ。
「いいじゃねえか、元気な弟でよ。ずっと家に閉じこもってる陰気な奴より全然良いと思うぜ?」
となりにいる押田さんが小麦色に焼けた健康そうな腕を組み、うんうんと、深く頷く。
しかし姉の苦労も知らず、あんなに生意気だと、もうどうにでもなれ、という諦めの出現を認めざるを得ない。本当に困ったものだ。
「あいつもなかなか良いプレーをするんだ、別に肩を持つつもりはないが、まあちょっと聞けよ」