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作者: 雪林檎 ◆iPZ3/IklKM (総ページ数: 33ページ)
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*3*
Episode 2
「おはよ!!泰陽っ!」
朝早くから、苺香(いちか)が元気よく挨拶して来る。
つややかな黒髪が見える。
ーーー高嶺だ。高嶺千雪。最近、彼女は無表情だけじゃなくて笑顔もするようになった。
苺香ってそういえば高嶺の……
「お前って高嶺と幼馴染だよな。なんで一緒にいないの」
そう言ったらさっきまで楽しそうに笑って、桜太(おうた)と話していたのに、ビクッと
体をこわばらせ、急に口を閉じて寂しそうに目を伏せた。
そして、
「誰から聞いたの?」
と、俺をにらみつけて、先に校門をくぐって行ってしまった。
あの苺香が、あんな冷たい顔をするなんて。高嶺と幼い頃なんかあったのか?
高嶺に同じことは聞けない。今、楽しそうに笑っているのに壊したくないから。
どうしよう。
「ねぇねぇ苺香。高嶺千雪って泰陽たちといると嬉しそうだよね」
「泰陽のことが好きな女子は、ベタベタしないようにしているのに」
「なんなの?私、あの子嫌い」
私の周りで高嶺千雪。私の幼馴染の悪口を言っている。
あの子の悪口。最近、あの子は楽しそうに笑っている。
昔と違って、毎日何かと闘っているような表情は見せなくなった。
嬉しい、一方、泰陽のおかげで笑顔が増えたけど泰陽のことが好きな女子が
あの子のことを妬ましく思っている。
それにしても泰陽はどこから、私とあの子が幼馴染だと知っていたんだろう。
今まで中学に進学して以来しゃべってたことがないのに。
あの子が話すとも思えない、冷静沈着なしっかり者だから。
まぁ、泰陽は交流関係が広いから知っていたのかも。
さっきビックリして当たっちゃったなぁ。
あやまとこう。自分でも怖かった、あんな声と表情が出るなんて。
人間って怖い。
――体育館
「あれ、なんで高嶺さん棒立ち?」
女子は、バスケだというのに当の高嶺は棒立ちで固まっている。
苺香が中心となって、ボールをパスしながら点数を取っている。
「まぁ、仕方ないですよね。高嶺さんみたいな体育嫌いな子は」
体育は、固まっていなけければ……みんなのチームワークを私が壊すわけにはいかないしな。
「苺香!パスッ!!」
「うぇいっ!」
汗を流して、みんな楽しそう。
……私も混ざりたいなぁ。でも、下手に動くと
『高嶺っ、まともにボール取れないくせに動くなよっ!!』
ビクッ!!
『そーだ、そーだっ。邪魔だろうがっ!』
うぅ触りたいなぁ。
「今度はうろたえだしましたね」
隣で楽しそうに、高嶺を見ている桜太が言う。
本当に高嶺は体育が嫌いなのか?嫌いだったら、あんなに混ざりたそうな顔をするか?
よし、試してみようか。
「苺香、いいか?」
さっきまで忙しそうにしていた苺香が走ってくる。
「うい」
ごにょごにょ……
「えっ!!やだよーっ!」
そこをなんとかっと手を合わすと、仕方なさそうに高嶺の方にボールをもっていく。
苺香ちゃんに何をいいました?と首を傾げる桜太に俺は見ててみなと言う。
太田さんが、綾瀬君に何かを言われて気まずそうに私の方に近づいてくる。
どうしたんだろう。
太田さんが私の目の前で迷ったように固まる。
ねぇ苺香どうしたの?、なんで立ち止まってんの?と言って太田さんに呼び掛ける。
「高嶺さんっ!パスっ!」
え、なんで?私に?
「頑張ってっ!!」
太田さんが、私を応援してくれる。信じてくれる。
せっかくボールを渡してくれたのに、失敗するわけにはいかない。うん、頑張るね。
私は、ボールをバウンドさせて素早くかわしていく。
「わっ」
「ちょっと待ってっ!ちょっと待ってっ!体育できないんじゃないのっ?!」
ゴールだ。よし、
その瞬間、私は手元にあったボールをゴールに目掛けて投げた。
ーーーボン、ボン。
「……は、入ったっ!」
シーン。
あれ?私、一人だけで盛り上がってた?
だったら……恥ずかしい。
「た、高嶺さんっ!体育できたんだね!!」
「シュートすごく上手いね、習ってたの?」
いえ、イメトレをしてたんです。というとみんなは感心したように頷く。
そう、頭の中ではみんなと混ざってた。汗を流して楽しそうに笑ってた。
それを発揮できたのも、綾瀬君たちに出会ったから。
「ありがとう」
すると太田さんは、不思議そうにきょとんとしたらクスッと笑って言った。
「違うよ、高嶺さんにボールを渡してみたらって言ったの。泰陽だよ」
へぇそうなんだ、よくわかったなぁ。私がみんなとバスケやりたいって。
やっぱり、綾瀬君はすごい。私に出来ない事を軽々とやってしまうから。
楽しそうに笑って千雪を囲むみんな。
一方 苺香、そして千雪を妬ましく思う集団がいることを二人は知る余地もなかった。
ザーーっ
静か、に私はトイレを流す。
『ありがとう』
そう言った、千雪は。久しぶりに会話した、何年ぶりだろう。
さぁ、出ようと……
アハハ、パタパタ
友達の話す声が聞こえる、何の話だろう?
「――てかさー苺香のアレ、実際どうなの?」
ーーー私の話?
「うちらの前では、泰陽に言われたからボール渡したって言ってたけど」
「あー怪しかったよね、二人で笑ってたし本当は仲がいいとか?」
「つか苺香さ、自分の事かわいいと思っているよね?」
「わがままな性格だし、うざいしさ。可愛い系と美人系で合うとか思ってそう」
あーそれなと笑う声が聞こえる。どうしよう、どうしよう。
ちょっとしたことで言われるんだ。いつも、いつもーー。
ガチャッ!キィー。
嘘、隣に入ってた人いたんだ。聞かれた、恥ずかしいよーーっ。
『違うよ』
え、この声。千雪ーー?
「太田さんは、あなた達と同じように私の事きらいだよ。」
私が関わって太田さんが悪く思われるのは嫌だから。
みんなに囲まれて、笑っている太田さんがなくなるのは嫌だから。
「は?何を言ってんの?苺香の事かばってんじゃん、やっぱ仲いいんじゃん」
行こ、と一緒にいた子達を連れて出ようとする。
「違う、事実を言っただけ。仲なんて良くないっ」
撤回してっ!と私は腕を掴んで頼む。
何回、振り払われてもしつこく掴み直して言う″撤回して〟とーーー
トイレで、千雪と友達による口論が徐々に激しくなっていた。
制服を荒々しく掴んだり、千雪の呻き声(うめきごえ)も聞こえるようになっていた。
ここでいつもみたいに飛び出せない自分が恥ずかしい、悔しい。
あの時と同じだ。同じ道を辿っていく、嫌だ。
――9年前。
「なんか、千雪ちゃんって上から目線でやだ」
「それもそうだけど、わがままで自分がかわいいと思ってる苺香ちゃんもやだ」
「絶対に性格悪いよね。あの二人」
ど、どうしよう、私も言われてる。
『違うよ』
え、この声ーー?千雪ちゃん?
「私と苺香さんを一緒にしないでよ」
どうして?千雪ちゃんはそんな冷たい声で苺香さんだなんて言うの?
いつもは苺香ちゃんって、私のこと呼ぶのに?
私たちの悪口を言っていた子たちはパタパタとトイレを出て行った。
泣き声が聞こえる、いつも寂しそうに両親の帰りを待つ声と似ていた。
千雪ちゃん――。
「ごめんね、こんな庇い方でこれしか思いつかなかったんだ。苺香ちゃん」
最後に呟いた私の名前は、とても優しい声だった。
ザワザワ……
女子トイレの前にみんな何やら集まっている。
「何が起きたんだ?」
と聞くとあの高嶺と他の女子達が口論しているという。
口論?まさかあの高嶺が?
高嶺が苺香と仲が良いというだけで悪く言っていた女子に悪く言っていたことを撤回しろと頼んでいるらしい。
ーー傷だらけになりながら。しかし当の本人はどこに行っているんだろうか。自分の事で口論されているというものに。
助けたい、守りたい。
俺が行こうとすると、後ろから肩を掴まれ止められた。
後ろで静かに聞いていた桜太が口を開いた。
「ここは、僕たちが関わることじゃないんです。苺香ちゃんと高嶺さん達の問題です。」
そうだけど、でも。
「気持ちはわかりますが、今は見守りましょう、ね?」
「…………あぁ」
あの時と同じは、嫌だーーー!!
私は、涙を拭い手に力を入れて前に進む。
そこにはぐちゃぐちゃになって傷だらけの千雪と無傷の私の友達がいた。
千雪、手を出さなかったんだ。このお人好しは。
友達はビックリした顔で近寄る。そして、私の腕を掴む。
「苺香」
私は、ギロっと名前を呼んだ友達に言う。
「……なよ、触んなよっ!!私の事、悪く言ってたくせに」
その瞬間、青ざめた顔で急いでトイレを出ていく。
傷だらけになった千雪は、太田さんいいの?と心配そうに私の顔を見上げる。
なんで、この子はいつも人の事ばかりなんだろう。
私は千雪を抱きしめる。
「私の事、昔みたいに、な、まえで呼んでよ。千雪――。」
びっくりした顔になった千雪は、ニコっと笑って、
「苺香、ちゃ、んーー。」
と優しく私の名前を呼んだーーー。
9年にも及ぶ私達のわだかまりは、15歳の春に消えた――。
15歳、私達は再出発した――。
見ていた俺達は、
「良かったですね」
と桜太が言う。俺は、気付いた。
「お前、こうなるのを知ってて――。」
そう言ったら、桜太は振り向いて人差し指を口元にあてて、
「秘密です」
と、微笑んだ。
結構、桜太って計算高いと俺は陰ながらおもったーーーー。