完結小説図書館
>>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック
*12*
〈美祢side〉
その日の夕方、俺達は夕飯の材料を買いに、近くのスーパーへ行くことにした。
こいとの歓迎会もかねて、たこ焼きパーティーをする予定だ。
俺としては、コマリの世話役が増えて安心している。あいつは何かとガサツで扱いづらい。
その点、こいとは言動こそ荒いものの敬語を徹底しているし、真面目で素直だ。彼女になら任せてもいいだろう。女子同士だし、会話も弾みそう。
「うわああああん、なんで急に降るのぉぉ」
スーパーにつくなり、コマリが泣き崩れた。彼女のスウェットは、突然降りだした雨によってびしょびしょになっている。うっすら下着が……おっと、これ以上はセクハラだ……。
「わー、すごかったですねぇ。これが逆憑き。あはは!」
「こいとちゃん、なんで笑えるのぉぉ」
「幽霊は天気事情とかどうでもいいので」
「ずる過ぎるよおお」
こいとは現在も、空中をゆらゆらと浮遊中だ。
俺たちには高くて届かない棚の商品を、代わりに取ってくれている。
でも俺は見逃さない。今、カートのかごの中に、じゃがりこを放り込んだな?
「さて、なんのことやら」
こいとは『わたし、違いますよ』ってな表情だ。白々しいにもほどがあるだろ。
「返してこい。今すぐ。おまえ昼も俺のお菓子勝手に食ってただろ」
「だって期間限定ですよ!? 明太子味ですよ!」
「明太子が好きなのはわかったから、ほら、閉まって来い。店員さんに気づかれるとやばいんだよ。ちょっとは察しろ」
一般人視点で見ると現在の状況は、かなりカオスだ。
びしょ濡れでガミガミ説教している、桃色の髪の男子高校生。同じく頭から雫を垂らしている女の子。そして、宙に浮いているじゃかりこ(明太子味)。
「そんなんだからモテないんだよ」とかブツブツ言っていたこいとだが、目立つのは避けたかったようで、不服ながらもお菓子を棚に戻す。
「あはは、恋愛の神様に言われちゃったね、トキ兄」
コマリはとっても、嬉しそうだ。
「ほっとけよ」
俺はプイッと顔をそらす。
別にモテたいとか思ってない。恋愛に時間をとられる位なら家でゲームをやってる方がマシだ。
……いや、でも。
もしも自分にチャンスが回ってくるのならば、そんときは、まあ、楽しまないことも、ない。
チラリとコマリの顔を覗き見る。まんまるの瞳。赤みがかった頬。
こいつ、大人しくしとけば意外と………。
って、何考えてんだ俺。無理無理無理。こいつと付き合うとかマジ無理。
ん?? え、待って俺今付き合うって言った?(注:言ってません。心の声です)
「うわああああああああああ!??」
「えっちょ、トキ兄??」
「お、おま、離れ、離れろよ」
「べつに、くっついてないんだけど」
「くっつっ!?」
待て待て待て。落ち着け。なんでこんなに焦ってんだ?
自分でも自分が分からない。どうしちゃったんだ?
ま、まさかまさかまさか……、こいとか?
あいつ確か、運気アップとか言ってたよな。恋愛魂だっけ? あれ、確か出したよな? そのせいで俺達の恋愛運が上がって、異性を意識するようになったとか? か、考えすぎ?
「なに叫んでんの? 怖いんだけど!? く、狂ったの?」
コマリが素っ頓狂な声を出して、そっと右手を俺のおでこに押し当てる。
すべすべした感触が、手のひらからじきに伝わってきて。
「ひゃっ」
「熱はないね。だ、大丈夫? 知恵熱? わ、私が頼りないから無理させちゃったのかな」
「うっ」
彼女の手が、おでこから、今度は俺の右手に移る。指と指が絡まり合う。
「え、あの、え……?」
「いつもありがとう、トキ兄」
「………う……。っ??」
なんで俺はこんなにドキドキしてるんだろう……?
頭がフワフワして、身体に力が入らない。どうしよう。なんだこれ。マジでなんだこれ。
コマリは何も感じていないみたいだ。ただひたすら、赤い顔をして棒立ちになっているパートナーへ、思案気な表情を浮かべている。
「こ、こいと……おまえなんか、やったのか……?」
「え、な、なんのことですか? え、ってか、すごいハアハア言っててヤバいんだけど。大丈夫そ?」
「は、はあ? おまえの能力じゃねえのかよ……」
「ち、ちがいますよ? こんなことできません。恋愛の運気も、美祢さんの場合ずっとゼロですよ」
こいとは、疑われたことへの怒りと、俺の体調の変化への驚きで半々といった具合だ。
もしかして、昼間盛られてた菓子になんか入れられてたか? んな、馬鹿な。
と、不意にコツコツコツ、という靴音がした。
目の前が暗くなる。誰かが俺の目の前に立ったようだ。誰だ……?
身長は俺より一回りほど大きい。百七十センチ前後だろうか。やたらとサイズの大きい白衣を身にまとっており、髪色は艶のある黒。横に垂れている髪だけ長く伸ばし、後ろはウルフカットに整えられている。
「やあやあやあやあ! 久しぶりやなあ美祢」
その男は、おかしな訛り口調でべらべらと言葉を続けた。
「随分あっさりとかかりよったけど。ボクの操心術そんな強ないねん。なんや、弱くなったんとちゃいます?」