完結小説図書館

<< 小説一覧に戻る

憑きもん!~こんな日常疲れます~【更新停止】
作者: むう  (総ページ数: 78ページ)
関連タグ: コメディ ラブコメ 妖怪幽霊 学園 未完結作品 現代ファンタジー 
 >>「紹介文/目次」の表示ON/OFFはこちらをクリック

10~ 20~ 30~ 40~ 50~ 60~ 70~

*43*

 
 閲覧数1000突破ありがとうございます!
 今後ともよろしくお願いします!
 -------------------------

「おやおや。ずいぶん楽しそうじゃないですか。我も入れてくださいよ」

 禍津日神はぞっとするような低い声で言い、両手を広げた。
 彼の身体からは黒い靄が発生しており、空気の流れに合わせてゆらゆらと揺れている。おそらくこれが、穢(けが)れというものなのだろう。

「旅は道連れというでしょう。ねえ、猿田彦? 同行してくれる仲間がいると、旅がより一層楽しくなる。貴方の仲間に混ぜてください」
と、奴は右手をこちらに差し出す。

「我とて独りぼっちは嫌なのですよ」

「……入れるわけねぇだろ! このクソ野郎!」
「おや、悪い子ですね」
「このっ。ああ云えばこう云いやがって!」

 俺—猿田彦は彼をキッと睨みつけ、怒鳴った。腹の底から、沸騰した湯のように、ふつふつと怒りが湧いてくる。
 俺たちは今、敵対関係にある。人間を守る側と、人間を殺す側。その手を握る訳にはいかない。


 敵意を向けられた禍の神は、めんどくさそうに首の後ろに手を回そうとし……俺の横にもう一人、神がいることに気づき、僅かに唇を開いた。

「まさかまさか、貴方ともう一度会うことになるとは。大国主」

 これは面白い展開ですね、と少年の姿をした人殺しは嗤う。
 彼は屈んで、グラウンドの土についていた血を左手の人差し指ですくう。そして指を口元まで持っていき、真っ赤な舌でペロリと舐めた。

 ………汚ねェな。
 と思ったが、お約束。声には出さない。

 っていうか、なんで呑気に脳内実況なんてしてるんだ俺様は。
 これから戦いの火ぶたが切って落とされるのだから、集中しろ!
 
「貴方ような美しいお方の顔を血で染めたくはありません。どうでしょう、お戻りになられては」
と、大国主の艶やかな黒髪にそっと指を絡める。

 こいつ、俺に対しては冷たいくせに、大国主相手になると機嫌を取ろうとするな。

 ああいや、昔からそうだった。彼は、能力の有無で人をはかる部分があるのだ。強い者は敬うべき存在なので、親密な関係を築き、「こいつは自分の事を見てくれている」と安心させてから始末。弱い者は即始末。人間を殺すときも、最初に狙うのは女子供。力の強い敵が、女たちを守ろうと背を向けたところに一撃。そういう神だ。

 まあ、大国主に比べれば道開きの神の能力は劣るのは事実だが。
 
「貴様は自分が見えてないようじゃな」

 しかし大国主は、その手を自分の右手のひらでバシッとさばいた。そして、汚いものでも見るような表情になり、ずいっと禍津日神と距離を詰める。

 そして、「え」と驚いた彼の額に、人差し指を突き付けた。

「綺麗な言葉を吐いたところでお主の性質は変わらぬ。つくならもっとマシな嘘をつけ。穢れを身にまといながら、血をなめながら云うなら、尚更のことじゃ」

 禍津日神は、数分間固まっていた。何を言われたのか分からず、理解が追い付いていないようだ。もしくは、事実を指摘されて悔しかったのだろうか。

 しばらく、場は静寂に包まれた。
 夕焼け空を渡っていくカラスの鳴き声と、五時間目の終了を告げる校内チャイムが虚しく響く。風が中庭の砂と血の匂いを運んでゆく。

「ふはははははははははははははは!!」

 静寂を作ったのが彼なら、静寂をやぶるのもまた彼だった。
 突然、両手で顔を覆い、ケタケタと笑い出した神に俺と大国主は顔を引きつらせる。右足を一歩前に出し、臨戦態勢を取った。

「あはははははははははははは………言ってくれるじゃないですか……。先刻、彼から受けた傷よりも此方の方が何倍もきつい」
 
 禍津日神は片腕を抱えながら、よたよたとこちらに歩み寄ってくる。
 背中を丸めて、ゆっくり、ゆっくりと。それはもう、じりじりと。

「あははははははははは、そうそうそうそうそう! その通りです! 我は全ての悪を管轄し、全ての闇を総べる者! 血と死が我の栄養。我の糧。闇から生まれし存在、それが我だ……」

 そこで彼は言葉を切り、口元を歪ませる。また笑う。嘲る。

「この空腹! この乾き! すべてを奪うことで満たすのみ! あはははははははははははははははは! さあ愚かな神ども、我の前にひれ伏せ!」

 と同時に、彼の身体をまとっていた黒い靄が、彼が伸ばした右腕に集中した。血の毛がない真っ白な肌が、握りしめた拳が、一瞬で黒に覆われる。

「大国主、後ろに下がってガキを守れ。遺体は絶対奴に渡すな。必ず死守しろ。頼むぞ」
 俺は敵を見据えたまま、小声で後ろにいる大国主に指示する。

「了解した。猿田彦はどうするっ。奴を止めるか? 奴は貴様ひとりで敵うような相手ではないぞ!」
 ガキの元へと走りながら、大国主が叫ぶ。

「………そんなこと、とうにわかってる!」

 中学校へ向かう前、俺は禍津日神を退けることに成功した。身体の中に溜まっている、ありったけの霊力を使って、なんとか彼の体力を一時的に消耗させた。

 だが……。
 片眼でチラリと相手の様子を窺い見る。シャツやズボンに土汚れがついているものの、特に目立った外傷はない。あの数分間でもう身体を修復しやがったのか。

 身体……。神様(俺たち)にとっての、器。
 こいつが乗っ取っているガキは、見たところまだ10歳くらい。服装から察するに、裕福な家で過ごしているボンボンだ。

 いきなり乗っ取られて。自我を失って。
 今、どんな気持ちなのだろうか。

〈―――バン、聞こえるか〉

 俺は意識を脳に集中させる。同じ身体を共有している俺とバンは、念話で意志の伝達が可能だ。
 心の中で問いかけると、聞きなれた甲高い声が頭の奥で鳴った。

『おっひさ猿! どしたどした? てかもう夕方? というからお前いつから乗っ取ってる? は? 二時間? 下校の時から? うっわだる。 俺この後塾なんだけど。乗っ取りは一時間までって約束じゃん』

 はーいめちゃくちゃうるさい。
 というかお前、その呼び方いい加減やめろよ。
「おい猿!」って普通に悪口だからな。せめて『猿田彦』だろ。流石に中学生で「おい猿」呼びはないだろ。泣くぞ。

『猿も俺のこと「バン」って呼んでんじゃん。あのな、それ友達が言ってるだけだから。「つがい」って呼べよ猿』

 だーかーらー、猿って言うなっつってんだろ!

〈協力してほしい。討伐したい奴がいる。おまえの力を貸してほしい〉
『え? なにその急展開。え、どんくらい? 幽霊なの妖怪なの? 雑魚だったらまあ倒せるけどていうか急すぎないどした』
 
 おい、聞こえない。早口すぎて何言ってるか全然わからん。
 いいかバン。道開きの神は千年以上生きているんだ。
 じいちゃんなんだ。耳が悪いんです、ゆっくり喋ってください。

〈…………いや、神なんだけど〉
『はあ、神? 神を倒せと? おまえ毎回毎回厄介案件思ってきすぎ! この前倒した八尺様もかなりやばかったんだからね分かってる?』

〈いいかバン。今から乗っ取り解除する。前に敵がいる。俺の力はすべて使っていい。とにかく助けてくれ〉

 お前しかいないんだ。おまえだけが頼りなんだ。
 霊能力の家系の筆頭。世にも珍しい『憑依型』の霊能力者。
 神を取り憑かせることができる、特異な体質の持ち主。

『あー、なんか知らんけどヤバそうね。……仕方ねえなあ。ホントに全部使っていいのね? 出力100でもいいのね?』

〈いい。全部使って構わない。その代わり絶対に死ぬな。相手は強敵だ。………ごめん、バンにしか頼めないんだ。いいか、解除するぞ〉

『りょ。ま、お互い大切なもんがあるってことっしょ』
〈解(かい)!!!!〉

 俺は乗っ取りを解除する。頭からつま先にかけて、ぞわぞわとした変な感触が走り、意識が遠のく。フッと全身の力が抜けていく。俺は―いいや、学ラン姿の少年は、その場にしゃがみこむ。


 ――――後は頼むぞ、バン。


「りょー」

 少年が、ふらりと起き上がる。
 身長は160センチ前後。オレンジ色の天然パーマの髪。半分閉じかかった瞼の奥の瞳で、襲い掛かってくる禍の神の姿をとらえる。

「初めまして敵サン、猿田彦に代わっておしおきよ~。なんつって。あー自己紹介先にした方が良い感じ? おっけおっけ」

 少年はスッと腰を落とし、すうーはぁーと深呼吸をして気持ちを静めると、さっきとは打って変わった静かな調子で名を名乗る。

「俺の名前は番正鷹(つがいまさたか)。またの名を『鳥神様』。人間だけど仲良くしよーね。禍神サマ?」


 ※次回に続く!

42 < 43 > 44