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*42*
〈猿田彦side〉
俺—猿田彦は、13~14歳くらいのガキんちょの身体を乗っ取っている。
名前は確か……「バン」とか言ったか。苗字なのか名前なのか、どんな字を書くのか分からないが、彼の友達がそう呼んでいたので、自分も同じように呼んでいた。
バンを一言で表すなら、「変な奴」だな。
コイツはとにかくお喋りで、こちらが口を挟まない限り、会話をやめない。いったいいくつネタを持っているんだと引くくらい、めちゃくちゃ喋る。こっちは、息をつく暇もない。
『へ? 乗っ取り? ああいいよいいよ、なんか少年漫画みたいでおもろいし俺一応霊能力持ってるし、憑依系だしこれくらい余裕余裕』
な? 句点どこ行った? って思うだろ。
だが正直な話、説明する手間が省けて実に助かった。彼の家が霊能力者の御三家であること、彼が妖怪幽霊を取り憑かせて戦う「憑依系」であることが、道開きの神を安堵させた。
俺たちは、互いに助け合うことを第一条件とし、同じ身体を共有する仲間として仲良くなった。
こうしてみると、ガキの癖に妙に達観しているなと思う。良家のお坊ちゃんという生い立ちが、子供をそうさせているのかもしれない。
……さて、話を戻そう。
現在俺は、ある中学校の上空を飛んでいる。人間を助けるために。
神である俺らは、人間の生死のタイミングが分かる。
一つの個体がいつ、どうやって生まれるか、どのような人生を生きるか。そして、どう死ぬかを予見できる能力を持つ。
ただし、視えるだけ。運命を変えようとする者はまずいない。よほどのことがない限り、俺らは力を使わない。これは神々における暗黙のルールだった。
今どきの若者言葉で、分かりやすくまとめるならば。
「万物を生み出したせいで体力切れたわ、ぴえん」
「生かすも殺すも結局そいつ次第じゃね? 生きようと思えば人は生き、死のうと思えば人は死ぬ。そういうもんっしょマジで」
「あ、じゃあ俺ら、しばらく傍観者になっていいってこと? マ?」
「えー、神やん」
って感じだ。だいぶギャルくなってしまったが、かなり伝わった気がする。たぶん。
【神頼み】という言葉があるが、俺からすれば「自分で何とかしろよ」って話。
あれ、神様ってこんなゆるい生き物だったっけ……。まあいい。
そんなこんなで人々の生活を陰から応援していた俺様だったが、ある日ふと違和感に気づいた。
――人が死に過ぎている。
例えば、20代の女性とすれ違ったとする。
俺の目には、その女性が今後どのような人生を送るかが映る。日々平穏に過ごしていたが、七月の○○日にトラックに撥ねられて死亡、とかな。
そして自分の予見は、一度も外れたことがなかった。
しかしここ数日、急に運命が変わる人間の数が増えてきていた。なんなんだ、この不快感。全身にまとわりつく、ねっとりとした憎悪の念……。間違いなく近日中に何かが起こる!
「そして出会ったのが、あの禍野郎ってわけだ。これで疑いが晴れた。アイツは絶対何か企んでるぞ」
俺は空中でバランスを取りながら地上へ降りる。
風の流れを利用して体勢を整え、両足に全意識を集中。着地の衝撃を最小限に抑え、学校の中庭の地面に右足をつける。
ストッ。
「あの鬼神か。昔からコソコソコソコソ、鼠のように闇に隠れておったが……」
続いて着陸した大国主が、形のいい鼻を鳴らす。
着物の裾をたくしあげ、血だまりで濡れないように注意しながら足を進める。
「敵に回すと厄介じゃな」
「ああ、まったくだ」
俺は肯(うなず)く。
「こいつらの未来を視た。ガキ二人とも、禍の神の贄として吸収される。復活後の最初の餌として」
地面に倒れているのは、二人の子供だ。
白いシャツを着た少年と、セーラー服の少女。
両方とも、服と顔を、血と泥で汚していた。
なるほど、少年は家庭環境と勉強の不安に板挟みされ、逃げたくても逃げられず自殺。
友人の少女は彼を助けようと、後追いで命を絶った……か。
なんとも哀しい最期。彼らが救われる未来は、なかったのだろうか。
………いや、あった。俺様がみて見ぬふりをしなければ。
「俺のせいだ」
「おぬしのせいではない」
肩を降ろした俺に、大国主が言う。
その端正な顔を、悲哀の色で染めながら。
「お主は定められた規則をしっかりと守っただけじゃ。道はこれから切り拓けばよい。最悪はこれから訪れる。わしらはそれを止めるのじゃ」
――自らの選んだ死を、他人に利用されてはならぬ。
――闇の中に取り残すわけにはいかぬ。
と、彼女は言葉を続ける。
「……なぜ奴は、こんな若造を狙うのじゃ? なにか解るか、猿田彦」
「負のオーラが強いんだろうな。死は、奴の好物だ。子供は経験が浅いがゆえに、物事を大きくとらえがちだ。綺麗なものを綺麗と言える純粋さを持ち合わせているのと同時に、一度醜いと決めつけた物はどこまでも醜く映る」
禍津日神は、穢(けが)れから生まれた存在。その本質はどこまでも悪だ。
どこを切り取っても、あの神には肯定できる箇所が無い。存在そのものが、我々にとっては悪でしかない。禍をつかさどる者として、当然のことかもしれない。与えられた使命を全うしているだけかもしれない。
でも、他人の正義が必ず善とは言い切れない。
「それで、どうする。何か策はあるのか」
大国主は俺を見上げる。
「――こいつらの身体に乗りうつるのはどうだろう。いや、こいつらの身体から発生した霊魂と合体する,と言った方が正しいのか?」
「は!?」
大国主は、ぽかんと口を開けた。
そりゃ、そうなるわな。横で友人が真面目な顔でおかしなことを言ったのだから。逆にこれで「わかった! うむ!」とOKされたら困る。
「正気か貴様? 通常、霊魂というのは現世に留まるものではない。乗りうつろうとする前に、体から離れた魂は冥府へと送還される。だいたい、我々も霊体みたいなものじゃろう。霊と霊が合わさって、いったい何になるというんじゃ」
俺の提案は100パーセント無理ゲーだ。
前例も成功の実績もない。バカな神が思いついたヘンテコなアイディアだ。もしかしたら、そもそも論理から間違っているかもしれない。
でも、それでも。何事もやってみないと分からないだろ。
俺だってどうやればいいかわかんねえ。言ってみただけだ。
けれど、俺らは神だ。万物を生成し、国を作り、命の概念を作り出した神だ!
だから、ひょっとして……となんの根拠もないのに希望を持ってしまう。これもいけるんじゃないか?って。
それに。お前さっき言ってたじゃん。
「道はこれから切り拓いていくんだよ! いいか、時に大胆に、だ。渡ればとにかく道になるんだ。たとえそれが獣道だったとしてもな。俺はやるぞ。おまえが何を言おうとやるぞ!」
やり方はこれから神スピードで考える。とにかくやるんだ。
やれるって思うんだ。神が自信を失ったら、いったい誰が二人の人生を肯定するんだ?
と。ふと、ビュウウンと強い風が吹いた。
はっとして後ろを見る。
「おやおや。ずいぶんと楽しそうではないですか。我も入れてくださいよ」
おかっぱの小柄な少年は、あごに手を当てながら静かに云ったのだった。