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*47*
レス数が50になりました!こんなに続くとは思ってなかった。
たくさんの応援ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
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〈禍津日神side〉
「……かはッ!」
我は腹に手を当てて、その場にうずくまった。
羽織の下に着ているシャツの胸元が、じんわりと赤く染まる。体内の血液が一気に外へと流れていく。
なんなんだ、この術式は。長年人間界にいたが、このような戦術は見たことも聞いたこともない。この我ですら、攻撃を防げなかった!
「……おのれ……よくもっ……」
まずはこの矢をどうにかしなくては。
我の体から発生する黒い靄は穢(けが)れと言い、体を修復する作用がある。一旦まずはこれで……。
がしかし、与えられたダメージが大きいせいか、四肢に力が入らない。頭がくらくらする。呼吸が浅い。
「はあ……はぁ……人間風情が、………神に向かって………くそっ! くそくそくそくそっっ! 許さない、許さないからな……」
普通は、こうはならない。
どんな相手と対峙しようが、相手は自分を越えられない。威勢よく果敢に飛び込んでくるのだが、たいがいはこちらの反撃で重傷を負う。
それなのに、それなのに! この人間! この童(わらべ)!
勝手に我々の話し合いに首を突っ込み、会話を中断しただけではなく、この我を小物のように扱いおって。
早く立たなくては。早く贄を取り込んで、以前の力を取り戻すのだ。
幸い今日は二人の餓鬼が死んだ。我が来るのを待っていたかのように。早く、早く立て。早く立て!
胸を貫いている、長い矢の根元を右手でつかみ、力を籠める。
両目をつむり、肩に力を入れ、我はそれを一気に引っこ抜いた。
瞬間、鋭い痛みが走る。じんじんなんてもんじゃない。例えるなら、全身を鞭で叩かれたような鈍い痛みだった。
「…………っっっ!」
「あっれー、もう降参? 神のくせにケッコー弱いんだね」
地面に膝をついた我を、橙色の髪をした細身の少年が上から見下ろす。口元には、嘲るような笑みが浮かんでいた。
「雑魚乙でーす」
これが舐めプというやつなのだな。電子機器ごときで表情を変えるなどつまらぬ、と思っていたがなるほど。
実際に体験してみてわかったぞ。舐められて腹を立てない者などいないのだな。確かにこれは頭にくる!
我はその質問には答えず、首だけを後ろに回す。猿田彦と大国主が今何をしているのかを探るために。
番正鷹が戦いに割り込んできた以上、彼だけに注意を向けてはいけない。戦況が一変した、これからはすべてに警戒しなくては。
「よくやったバン! こっちは大丈夫だ! 今んとこは! 気にせずどんどんやってくれ!」
猿田彦は数メートル離れた中庭の端で、片膝をついている。ずいぶん時間が経っているが体調は良くなっておらず、むしろさらに悪化している。胸ではなく肩で呼吸しているのがその証拠だ。
「大国主ー、そっちはどうだ……! ガキは守れてるかー!」
「結界――。これで暫く――」
視界の隅で何かが白く光った。
大国主のいる場所はここから遠く、何をしゃべったのかまでは聞き取れなかったが、文脈から察するに、贄を保護するための結界を貼ったのだろう。
「よくやった! そのまま粘ってくれ! バン、無茶だけはすんなよ」
「言われなくてもやるよ~猿……じゃなかった、オッケー猿田彦ー」
大国主の結界は他の神が作るものより強度が強く、ちょっとやそっとの力じゃ破れない。
だが、こっちは悪をつかさどる神。我の神通力に比べれば、バリアなど飾りにすぎない。力を使えばあんなもの木っ端微塵……。
我は胸に右手の掌を押し付ける。傷口を通して、ねっとりとした赤い血が肌に付着した。
「おーい。めっちゃ汚れてるけど大丈夫ー?」
軽薄な口調でさらに煽る正鷹。我はフッと鼻で笑う。
「禍の神を前に『汚れるな』と?」
なんとも笑える話だ。
「え、なに? マガっちは心も体も真っ黒クロスケじゃないと落ち着かないタイプなの?」
「貴様、言葉に品がなさすぎやしないか」
弱いだの雑魚だの乙だの。本当に、どこまでも楽観的な男だな。
「縛られるの大嫌いなんだよね。それに事実じゃん。禍の神なのに攻撃くらってるし。ガードしたならそりゃあ、俺も別の言葉使うよ?」
……相変わらず、口だけはよく回るな。
「正鷹と言ったな。先ほどの攻撃、お見事だった。避けるべきタイミングを見失ったぞ」
「まあな。これくらいやんないと御三家で生き残れないし」
「御三家?」
「俺んち霊能力者のやつら全員管轄してる、すげー家なんよ」
ほお。御三家ね。
数百年前我を岩の中に封印した陰陽師もかなりの腕前だった。もしかしてこの人間、あの術師の子孫だったりするのだろうか?
まあ、それは今考えるべきことではない。
「さあ鳥神よ。今度はこちらの番だ。神を怒らせたらどうなるか、次からちゃんと学べ!」
禍津日神の術の威力は、負のエネルギーに比例する。恨み、怒り、悲しみ、叫び……あるいは人の死、人の血、人の魂。エネルギーを集めれば集めるほど、我は強い力を編み出すことができる。
「禍火(かび)・円玉(えんぎょく)」
シュルンッッ!
朱色に染まった右手の指をパチンと鳴らすと、黒々とした半径三十センチもあろう巨大なボールが現れた。
これを大国主のいる方角へと投げる。球は地面を削り、暴風を巻き起こしながら彼女の前を通過するだろう。竜巻のようなものだ。そのようなものの前で真っすぐ立っていることは難しい。
「なッ。こいつ、自分の血液を代償に詠唱しやがった!」
猿田彦が目を見開く。
我はゆっくりと右手を振り下ろす。
これだこれ。人の笑顔が完全に消え去るこの瞬間が、狂おしいほど好きだ。さあ、反撃の幕開けだ! この空間は再び我のものとなるのだ!
「ふははははははは! ふははははははは! おい見たか童! 我を倒すなど百年早い!」
・・・・・・・・・・・・・・・
「へー。アンタ俺より痛いやつだね。あ、今は物理的に?」
「―――――――は? ………なッ!」
振り下ろしたつもりだった右腕が、いつの間にか正鷹の右手にがっちり掴まれていることに困惑する。
なぜだ? 確かに手を振り下ろしたはずななのに。
正鷹とは数十メートルほど距離を取っていた。こいつ、どうやってここまで距離を詰めた? 足音すらしなかったが。
「離……離……ッ」
「はーいロミジュリ、ロミジュリ」
何故だ、細い腕なのにびくともしない!
我の背中に左手を回し、正鷹はそのままぐいっと力を籠める。
必然的に胸に飛び込む流れになってしまった。顔を離そうとするけれど、頭の上から更に手の甲を押し付けられ、抜け出すことができない。
離れようとしても、体がうまく動かないのだ。
まるで、磁石のように。
「何故……何故ッ」
「アイツ、変な能力使うんだよね。矢印出したり、未来予知したり、相手を引き寄せたり、離したり。正直俺にはなにがすごいのかわかんない。めっちゃ地味だよ、道開きっつーのはさ」
道開きだと……? そういえばコイツ、猿田彦の器だったな。
乗っ取り先が霊能力者。そしてその霊能力者が用いる術は……。
嫌な予感がする。こいつの能力はもしや。
「あー、説明してなかったな。俺の戦闘スタイルは〈憑依系〉。自分の体を霊に乗っ取らせ、代わりに一定の条件で術を使わせてもらう。ただし、こちとら、他の憑依系とはちょいとわけが違う」
正鷹はふふんと胸をそらし、高々と宣言した。
「俺は乗っ取った霊が持つ能力を自分好みにカスタマイズできる、超希少な〈憑依特化型〉だ! チートって言われるの嫌だから弱点も話すぜ。一時間しか持たねえ」
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「こっからはチキンレースだ。どっちがいち早く自分の霊力を使い切るか。勝負と行こうぜ」
(※次回に続く!)