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*56*
休憩時間になると、飛鳥ちゃんはすぐに大勢のクラスメートに囲まれた。
「誕生日はいつ?」「兄弟いる?」「好きな教科と嫌いな教科は?」「好きなアーティストは?」。投げかけられる質問に、彼女は一つ一つ真面目に答えてる。
「誕生日は4月1日。エイプリルフール。誕生日に嘘言っても……例えば『1万円欲しい』って言ってもバレねえから結構便利」
「兄弟か。双子の兄がいるよ。うざくて僕は嫌いだけど」
「好きな教科は生物。嫌いな教科は社会。くそ眠くなるから嫌」
「洋楽のバラードが好き。え、知らない? マジか。めっちゃおすすめ」
飛鳥ちゃんは男の子っぽい喋り方をする。カラカラと明朗快活に笑い、今どきの若者言葉もスラスラ話す。かといって表立って目立つ性格ではないみたい。外見・服装・口調。全部を含めて見ても、今まで居なかったタイプの女子って感じ。
私は彼女の後ろの席に突っ伏して、会話を盗み聞きする。
あの輪に入るのは、陰キャの自分には無理そう。まずは会話のきっかけになるような共通項を、やり取りの中から見つけていこう。
こんなやり方で申し訳ない。許してくださいませ。
「えー、飛鳥ちゃんってカッコよ。あとでLINE交換しようよ」
と言ったのはツインテールのギャルっぽい女の子。
クラス女子カーストの上位にいる、高峰さんだ。
「あ、実際は校内に携帯持ってきちゃダメなんだけどさ。ルールとか知らんわって、皆こっそり持ってきてんの。これ、先生には内緒ねっ」
背が高くてスタイルが良くて、何より小顔で可愛い。読者モデルをしていて、週2日ほど学校を中退し、レッスンに行っている。現役バリバリの、芸能人中学生として校内でも人気だ。
くわえて、学級副委員長でもある。副委員長がそんなこと言っていいのかなあ。
「? えっと、あなたは……えっと、高峰、えっと、下の名前なんて読むの?」
高峰さんの名札に視線を移した飛鳥ちゃんが、きょとんと首をかしげる。
「うち、副委員長の高峰静杏(たかみねせあ)。あっは、やっぱ初見じゃ読めんよね。キラキラネーム同士仲良くやろうぜっ」
「僕の漢字、キラキラネームじゃないと思うけど」
「でもさ、サイトで検索したら結構順位低かったんよ。『番』」
「そんなサイトあんの」
すごいなあ。転校初日なのに、もうクラスになじんでる。
ちなみに先生から聞いた話なんだけど。飛鳥ちゃん、実年齢は13歳だそうだ。
じゃあなんで中学2年生のクラスにいるのか。その理由が、めちゃくちゃオドロキなの。
彼女が前通っていた学校は、県内トップレベルの難関中学・律院高校附属中学校(りついんこうこうふぞくちゅうがっこう)。
トキ兄も元・律院高校生。つまり飛鳥ちゃんは私の同居人と同じくらい、とても優秀な生徒なのだ。
しかし私立中学に進学したものの雰囲気が合わず、学校を休みがちになった。そしてこの度、家から近い公立のともえ中学に編入してきたのだ。
私立は公立に比べて授業の進みが早く、もう中1の学習は終わったらしい。そこで彼女は先生と相談して、一つ上の学年―中学2年生のクラスに、飛び級で所属することになったとのこと。
日本で飛び級ってあり得るんだ………。。
前後の席なのに、なぜこんなにも遠いんだろうか。
「ちょっと勉強教えてよ」さえも、言い出しにくい存在だよ。
「飛鳥さんはご自分のことを『僕』って言われるんですね」
と尋ねたのは、委員長の鈴野さん。からかっているわけではなく、純粋な疑問のようだ。
眼鏡のブリッジに右人差し指を添え、位置を直しながら委員長は飛鳥ちゃんと視線を合わした。
「なにアンタ。別にいいだろ、一人称がボクでも俺でもさ」
否定されたと思ったのか、飛鳥ちゃんは語尾を強めた。
机に頬杖を突き、足を組んで、ぞんざいな態度を取る。
「そうだよね。個人の自由だよね」と高峰さんも同調。「鈴野さん、もうちょっと言葉の使い方を気をつけたほうがいいよ。今のはあたしもどうかと思うよ」
飛鳥ちゃんは長いまつ毛の奥の目を光らせながら、棘のある口調で言った。
「それともなに。アンタも前の学校のクラスメートみたいに、痛いとかヤバいとか言って個性を否定するの?」
「す、すみません」
委員長はかぶりを振る。
「嫌な気分にさせてごめんなさい。そうですよね、個人の自由ですよね」
「そんなに謝らなくても大丈夫だよ。僕だって好きでズボン履いているわけじゃないし。色々あって、仕方なく履いているだけだから」
えっ??
私は思わず顔を上げた。
そうなの? ズボンのほうが落ち着くから履いているんじゃないんだ。
じゃあ、なんでわざわざそんな恰好しているんだろう。って、アレコレ検索するのは失礼か。
「本当に、失礼をおかけしました」
「もう気にしてないから。大丈夫だって」
なおもペコペコ頭を下げる委員長を、飛鳥ちゃんは慌ててたしなめる。
相手への気遣いとか所作とか、言葉の使い方がすごく上手い。頭のいい学校へ行くと、そういう礼儀も先生から教えてもらうのだろうか。
キーンコーンカーンコーン。
休憩時間終了を知らせるチャイムが、スピーカーから鳴り響く。
「あ、もう3限始まっちゃう。じゃあLINEはOKってことでいいよね? じゃああとでパスワード教えるよ。2年3組のグルラあるから、番さんもぜひ入って。あ、あとタメでもいいかな?」
「いいよ。好きに呼んで」
一体何を食べたら、高峰さんのようにハキハキした受け答えができるようになるんだろう。
短時間で、自己紹介からLINE交換の約束までの流れを作った副委員長のトーク力に、ただただ感心するよ。
「ねえ。そのLINEって、月森さんも入ってる?」
「「「えっ!?」」」
突然飛鳥ちゃんの口から自分の苗字が発されたので、私・委員長・高峰さんはそろって素っ頓狂な声を上げた。
学級委員の二人は、(なんでここで月森さんの名前が出てくるの?)の「えっ」。私は、(なんでそんなに私にかまうの?)の「えっ」だ。
「月森さんも、やってるよね? あんまり浮上してないけど……」
高峰さんは私に確認を求めようと、話を振った。私は反射的にうなずく。
「や、やってるよ、私。LINE」
放課後はパソコンでゲームをしているから、あんまりスマホは開かないけど、ちゃんとグループには入ってる。夕暮れの森の写真を丸くかたどった、シンプルなアイコンを使ってる。
「え、なに? 番さん、もしかして月森さんに興味あるの?」
「うん。席前後だし、仲良くしてーなって。あと、めっちゃ可愛くね?」
可愛い!? わ、私が?
わ、私と飛鳥ちゃんじゃ月とスッポンだと思うけど。メイクもしてないし、髪も寝癖直しただけのボサボサヘアだし。
あ、もしかしてアクセサリーのこと?トキ兄に貰ったお化け型のヘアピンのことを言ってる?
「か、可愛いってどういうことですか……」
精一杯の勇気を振り絞って聞くと、飛鳥ちゃんは「小動物みたいで」とカラカラ笑う。
うっ。しょ、小動物かあ。マスコット的な可愛さってことですか? なんか舐められてる?
「もしかして月森さん、年の近い兄貴とか姉貴とかいるんじゃない? 妹オーラが出てんぜ。僕も一番下だから、気が合いそうだなって思ったんだ」
「お、お兄ちゃんはいないけど、お兄ちゃん的存在はいる」
もしかして飛鳥ちゃん、エスパーだったりするのかな。それとも勘がものすごく鋭いだけ?
さっき初対面で『嫌なこと起こらないといいね』って言ってたし……。
「ま、似たようなもんだね。僕、マジカルパワーが使えんだ。そんで、その力が教えてくれたの。月森コマリって女の子が、どんな人物なのかってね」
ど、どういうことなんだろう。年相応の厨二病って考えでいいのかな??
転校初日のプレッシャーで、少し頭がおかしくなってるって認識でいいのかな??
(次回に続く!)