完結小説図書館
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Q:さてはあなた、オカルトマニアですね?
A:はい。妖怪幽霊大好きです。
Q:好きな妖怪とかいるんですか?
A:覚(さとり)。猿の妖怪です。逸話が面白くて好きです
Q:憑きもん!に登場させたい妖怪はいますか?
A:件(くだん)と雲外鏡(うんがいきょう)は今後出てきます。
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〈――1年前:飛鳥side〉
一年前、私は家族を亡くした。三歳上の兄だった。
正義感が強くて、お調子者で、優しくておしゃべりな自慢の兄だった。
死因はまだ解明していない。死体も見つかっていない。
確かなのは、市内の中学校の中庭に、兄の制服が落ちていたこと。そしてその制服が赤黒い血で染まっていたことだけだ。
番家は霊能力者の家系で、怪異の討伐を家業にしている。
だが霊能力者は、政府非公認の職業だ。『霊能力者の子供が行方不明になりました』と真実を伝えれば、視聴者は訳が分からず唖然とするだろう。
当主である父親は知り合いの記者さんと交渉して、一連の事件を非公表とすることを約束させた。「息子の失踪の原因究明は霊能力者側が行う」って条件を付けてね。
「飛燕、飛鳥。あとはこっちが上手くやっとくから、向こうで遊んで来なさい」
初めは皆、捜査に協力的だった。
そりゃそうだ。番家の長男―最強の術者がいなくなったんだから。
階級関係なく、多くの霊能力者が任務を遂行する傍ら兄を探した。遠見の術を使って地形を調べる人もいたし、あやかしに協力してもらい情報を収集した人もいた。
でも―。調査は、三か月後にぴたりと止んだ。情報がえれなかったからだと言う。
どれだけ時間をかけても、何の成果も得られなかった。なのでもう、正鷹のことは諦めよう。誠に残念だけど。
その言葉を父親から聞いた私は、頭から熱が引くのを感じた。
なにそれ。なんで、終わりにしようとするの。残念って何がなの。なんで今絶望してるの。なんで希望を持たないの。ねえ。
「……なんで、諦めるの」
「――仕方ないんだ」
やり切れないというように首を振る父親。
私は腹の虫がおさまらず、股の下に敷いていた座布団を彼に思いっきり投げつける。
「仕方ないってなによ! お兄ちゃんを勝手に死なせないで! お兄ちゃんはまだ死んでないっ。責任取るって言ったのはお父様でしょ!? 責任者が役目を放棄するなんて絶対ダメよ!」
「落ち着け飛鳥! 父さんの気持ちも少しは考えろ!」
横に座っている双子の兄・飛燕が、私の左腕を掴んだ。
「………皆つらいんだよ。わかんだろ。必死にあがいて、それでも無理だったんだ。感情論だけじゃどうにもならないこともあんだよ」と、三白眼でギロリとこちらを睨む。
「なら有理になるまで努力するしかないでしょう!」
私は飛燕の手をブンッと払いのけ、ドンッと彼を押し倒した。
なによ、あんたも逃げるの。あんたもお兄ちゃんの存在を無かったことにしたいの。
「約束された結末でも、私はハッピーエンドを信じたい。お兄ちゃんを信じたいの。お兄ちゃんは、無意味に命を絶つような人じゃない。絶対、絶対に何か理由があるのよ。……そうしなければならなかった理由が」
「どっちだよお前。生きてるって肯定してえのか、死んでるって否定してえのか。どっちかにしろよ! なあ!」と声を荒げる飛燕。
「正解は片方しかないんだからさあ!」と、自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「正解がないから、迷ってるの。そんなことも分かんないの? 飛燕っていっつもそう。私が何が言ったら決まって反論して! 本当は私と同じ気持ちなのに、いっつも環境のせいにして自分の気持ちを押し殺す!」
私知ってる。
お兄ちゃんに『家のこと好きか?』って聞かれた時、愛想笑いしながら『好きです』と返したこと。使用人さんの下駄を、この前こっそり盗んだこと。図書館から借りる本が、家族の日常や絆を描いたものばっかりってこと。
「………私は自分の気持ちから逃げない。皆が無理だって言うなら自分一人でやるわ。自力で事件の真相を暴いて見せる」
お兄ちゃんは逃げなかった。どんなに辛い任務があっても、決して仕事をサボらなかった。弱音を吐くことは何回かあった。でも決して泣かなかった。いつも「大丈夫だよ」って、歯を見せて笑ってくれた。
『お前らがいるから頑張れてるよ』って。
『いつもありがとうな』って、目を見て言ってくれた。
自分が一番しんどいはずなのに、お腹を空かせる妹と弟の為に毎日欠かさず料理を作ってくれた。誕生日プレゼントは、全部自分のお小遣いから出してくれていた。私たちのことを常に想ってくれていた。
だから次は、私の番だ。今度は私が、お兄ちゃんを助けるんだ。
周りが味方をしてくれなくても別にいい。無理だ、綺麗ごとだと笑われても構わない。私は自分が正しいと思ったことをするまでだ。自分には何もできないとは、思いたくないのだ。
私は大広間のふすまをピシャッと開け放つと、そそくさと自室に向かった。
言いたいことは全て言った。これが私のすべてだ。このまま進み続けてやる。
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「お、お前どうしたその髪。あとその服装」
夕食を取ろうと一階に戻ってきた私を見て、飛燕は目を丸くした。
冷蔵庫の扉を開けたまま、数秒身体を硬直させる。右手に握られているのは先日買い替えた醤油さしだ。
長く伸ばしていた私の髪は、今ではバッサリ、ショートカット。服装は黒いシャツにカーキ色のズボン。愛着していたドレスなどの服は全てクローゼットに閉まった。もう着ることはないだろう。
飛燕は食卓の上に醤油を置くと、再びコチラをまじまじと見つめる。その後、自分の手をそっと私の頭へと伸ばしてきた。指先に妹の髪を巻き付け、物珍しそうにいじる。
「……自分でやったの? あのロリータファッションも、もういいの? こんなに短くしたら、もうヘアアレンジできないよ。お前、可愛いの好きだろ」
「いい。強くなりたいから。しばらくは要らない」
私はキッパリと言い切る。
守ってくれる人がいない以上、自力で強くなるしかないのだ。もう、誰かに守ってもらう年齢ではない。自分のことは自分が一番よく知ってる。
飛燕はハアとため息をつき、頭をわしゃわしゃと手で掻いた。ぶすっとした表情で。
「………わかった。そこまで言うなら俺も協力する」
「――え?」
「わかったら返事してよ。独り言みたいじゃん」
い、いいの? 乗り気じゃなかったのに。
疑惑の念を込めて兄の表情を伺う。何かを我慢するように、彼の唇はきつく結ばれていた。
「決志の為に髪切るとか、どんだけだよ。お前はジブリのヒロインか」
「なんだよそのたとえw」
「渾身のギャグを笑うな馬鹿」
飛燕は呆れながら、フライパンで焼いた目玉焼きをお皿に盛りつけたのだった。
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〈現在:飛鳥side〉
中学校の二階・女子トイレの個室で、僕はズボンのポケットに隠しておいた携帯を取り出し、耳に当てた。
「ご協力ありがとうございます。宇月先輩。おかげで無事、月森さんに接触できましたよ」
『……悪者みたく扱うんは別にええけど。ボクかて人伝で聞いただけやから、そない期待はせんでな。あと人が仕事してる時に電話かけんといてくれます? こっちも忙しいねん』
「コマリさんは逆憑きということですが、先輩は兄の死に彼女がかかわってると思ってるんですか?」
『いいや。それは何とも言えん。ただあの子の周りでは何かと奇妙なことが起こる。妖怪や幽霊もわんさか寄ってくる。君の立ち回りを考えての判断や。どうするかは任せるわ』
「それは失礼しました。でもびっくりですよ。まさか先輩から、兄に対する情報が聞けるなんて。こんなことありえますか。情報を集めてくれた飛燕には感謝しかありません」
『あいつ、やり方が汚すぎる。クタクタに疲れさせてから問い詰めるなんて性格が悪い。まあ、せやな。ボクも人から頼まれとんねや、その事件について調査してーってな。だから力になれることがあるなら何でもするで。ま、お互いの目的はちゃうけどな』
「僕は兄の仇を打つために、禍の神の居場所を知りたい」
「ボクは知り合いの友達を探すために、事件の詳細が知りたい」
「『月森コマリの存在は、双方とって重要な鍵になる』」
(次回に続く!)