コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 魔術剣士と白き剣(第二章開始)
- 日時: 2015/08/26 07:22
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: SDJp1hu/)
まず最初に、はじめまして。宇佐悠兎(うさゆうと)といいます。
クリックして閲覧いただきありがとうございます。
この作品のタイトル、最後の『剣』は『つるぎ』と読みます。『けん』じゃないので、よろしくお願いいたします。
タイトル通り『魔術』と『剣士』、そして『剣』もテーマになっていきます。基本的に文中に読み方は書きませんが、作中の『剣』は『けん』とお読みください。ややこしくてすいませんm(_ _)m
では次から始めます。
すぐ書けると思いますので、少々お待ちを。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.22 )
- 日時: 2015/05/31 03:30
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: 4/G.K5v4)
3
十二時二十五分。
新入生試合まで残りほんのわずか。
試合が行われる会場内はまだ少しざわついているが、それも少しずつ収まり、ほどよい静寂が広がり始めている。
中にいる生徒のほとんどが席に座ったり、通路で手すりにもたれて観戦したりなど、各々の見やすい姿勢に移っている。
観客席の中を忙しなく動き回っている静河澄恋は、一緒に観戦することを約束していた龍久たちを捜し回っている。龍久と椎菜はこんな人数の中で見失っても仕方ないだろうが、図書室から出てきているはずの金髪ツインテールを見落とすことはないだろう。
割と見つけやすい人物のはずだが、一向に見つからない。試合が刻一刻と迫る中焦ってきている澄恋に——、
「静河せんぱーい!」
聞き慣れた後輩女子の呼ぶ声が聞こえた。
辺りをきょろきょろと見回し声の主を探す。彼女が目を留めたのは通路の方。手すりから少し身を乗り出して手を振る椎菜と、リング側に背を向けて手すりに座っているシャーロットを見つける。
「観客席にいないなら連絡してくれればいいのに」
澄恋が駆け寄りながら不満を口にする。
すると椎菜は照れ笑いしながら、
「だって、連絡先知らないから……」
「シャーロットは知ってるはずだけど?」
教えた憶えはないんだけど、と付け加えながらシャーロットを睨み付ける澄恋。シャーロットは高笑いしながら澄恋の言葉を受け流した。
龍久や椎菜の時だけでなく、澄恋の連絡先もいつの間にか入手していたらしい。本当にどうやったのか謎だ。その気になれば、この学校全ての生徒や教員の連絡先を入手できるんじゃないか、と思うと少し怖い。
今後に備えて連絡先を交換する椎菜と澄恋。龍久とも交換しよう、と思ったところで、澄恋はようやく龍久がいないことに気が付いた。
「……そういえば、紅月くんは? 見当たらないけど」
「もう行ったぞ。三戦目らしいからのう」
「へえ。随分と早いわね」
澄恋が独り言のように呟くと、会場から大きな歓声が上がった。
三人がリングに視線を向けると美緒里がリングに上がっており、マイク片手に湧き上がる観客たちに笑顔で手を振っていた。
『それでは皆さん、お待たせしました! これより新入生試合を始めたいと思います! まず第一戦目!』
まさか一試合ごとに紹介していくつもりなのか、かなり面倒なことをやるもんだなあ、と澄恋は思わず感心してしまう。
ふとシャーロット越しに椎菜を見てみると、案の定緊張しているようで胸のあたりで両手をきゅっと握っている。そんな椎菜に澄恋は声を掛けた。
「香椎さん」
「ひ、ひゃいっ!?」
思わずといった調子で上擦った声で返事をする椎菜。恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして俯いてしまう。ああいうところも可愛いと思うのだが、とりあえず澄恋はそこには触れずに自分が言おうとしていたことを口にした。
「緊張しているの?」
「……はい。さっきまではまだ平気だったんですけど……今一戦目が始まって、それで意識しちゃったら……」
たしかに先ほどは連絡先を交換できるほど余裕があったにも関わらず、今はがちがちに緊張してしまっているように見える。今連絡先を交換しようものなら、スムーズに進んださっきとは違い、きっと倍以上の時間がかかってしまうだろう。
澄恋は小さく笑って椎菜の隣に行き彼女の頭に自分の手を優しく載せた。
「平気よ。あなたは一人で戦うわけじゃない。傍にはいられないけど、私が、シャーロットが、紅月くんがいる。そのことを忘れないで」
「……静河先輩……」
澄恋に頭を撫でられて少しリラックスしたのか、椎菜は深呼吸をしてさっきまで震えていた身体を落ち着かせる。澄恋のおかげでなんとか落ち着きを取り戻した椎菜は、澄恋を見上げて笑顔で、
「ありがとうございますっ!」
「いいのよ。私も香椎さんと同じくらい緊張したもの。気持ちはすごく分かるわ」
二人がそんなことを話していると、シャーロットがわざとらしく咳払いをした。
「悪いがお主ら、そろそろ観戦に意識を向けた方がよいぞ。もう二戦目が終わったぞ」
見てみると大きな歓声が上がり、リングには倒れている生徒と、その生徒の対戦相手であろう生徒が鞘に刀を納めている最中だった。
「え、早くない?」
「一戦目と同じく二戦目も即効で終わったの。つまらん戦いじゃった」
ふああ、と大きな欠伸をこぼすシャーロット。椎菜も澄恋もまともに試合を見ていなかったが、こうも早く終わってしまうとは、シャーロットの言う通り見どころのない試合だったのかと盛ってしまう。
だが、次は違うはずだ。
「次、三戦目ですよね。じゃあやっと出番だ!」
「楽しみにしてたから、きっと気合は充分のはずよ」
「くっくっくっ。楽しみじゃのう」
次に誰が出るのか分かっている三人はわくわくしながら、美緒里の選手入場のセリフを待つ。美緒里は戦う本人たち以外に誰と誰が戦うか手元の台本に書いてあり、選手入場の際はそれを読み上げている。
『それでは続いて第三戦目です! 今回の対戦カードは……えぇっ!?』
美緒里の驚愕の声がマイク越しに会場に響き渡った。
椎菜たちを含めてすべての生徒が困惑する中、台本を見て固まってしまっていた美緒里は、動揺を隠さず台本を自分のアドリブを加えて読み上げる。
『……こ、これはなんということでしょう……。早速西口から入場してもらいましょう、今噂の素人魔術剣士、紅月龍久くんです!』
なんとかいつもの調子を取り戻しながら龍久の入場を促す美緒里。龍久が会場に入ると、とてつもない歓声に包まれた。
「のわっ!? なんだよこの声は……変に緊張しちゃうじゃねーか」
素人魔術剣士という言葉が効いているのだろう、そこをシャーロットが指摘すると、同じ境遇である椎菜が絶望に満ちた表情を浮かべた。
そして美緒里が緊張した様子で、龍久の対戦相手の名前を読み上げる。『で、では……対戦相手の入場です。ですがこれはどういったことでしょう……』
美緒里が言いづらそうに口をつぐむ。やがて意を決したかのようにマイク越しに声を響かせる。
『——————————今回の優勝候補』
その言葉を聞いて、全員がハッとした。
手すりに座っていたシャーロットも手すりから降り、身を乗り出してリングを見つめる。
『新入生期待度も一位と噂される、「速殺女王」の異名を持つ少女——綾野千尋さんです!』
美緒里が東口を手で示す。会場が緊張と静寂に包まれる。
龍久は向かいの入場口から入って来る人物に注意した。
シャーロットの言っていた綾野千尋。とてつもなく強いらしいが、その姿は想像さえもできなかった。もしかしたらゴリラみたいな女かもしれないし、可愛らしい女の子かもしれない。
どういう人物が来るか分からない状況で、龍久は真っ直ぐ前を見つめる。
すると、東口から規則的な足音とともに、凛とした声が響いてきた。
「……まさか、こんなに早く当たるとは思わなかったなあ」
かつーん、かつーん。
足音が近づいてくる。声を聞きながら龍久は思わずといった調子で呟いた。
「……あれ、この声……」
東口から姿を現した綾野千尋は、リングの上で龍久と向かい合うように立つと、小さく笑って、
「でも、これであの時の約束が果たせるわね。その前に——」
龍久の前に現れた綾野千尋は、薄い茶色の髪をポニーテールに纏めた、二本の短剣を腰に挿した、森で出会った少女だった。
「久し振り、紅月龍久くん。私が綾野千尋です」
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.23 )
- 日時: 2015/06/19 20:50
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: 4/G.K5v4)
4
なんというか、運が悪いという話ではなかった。
ランダムで対戦相手が決められてしまうということは、実力に見合わない相手と戦うことも有り得るということだ。自分より遥かに強い相手。もしくは自分より圧倒的に弱い相手。
紅月龍久は魔術剣士としてはまだまだ未熟だ。剣を握ることさえも初めてで、運動もそれほど得意というわけではない。
それでも自分なりにがむしゃらにやった結果、クラスの大抵の生徒と互角に渡り合えるくらいになっただけだ。ただそれだけの、『素人としては』見込みがあるというのが、良い言い方だろう。
だが、クラスの生徒と渡り合えるからといって、他の生徒とも同じという風にはいかないだろう。
ましてや、相手が優勝候補であるならば尚更だ——。
目の前に現れた、一回だけ修行に付き合ってもらった少女。
その時は軽くあしらわれる程度で、とてもまともに戦えるほどの実力もなかった龍久だったが、まさか彼女が優勝候補の綾野千尋だなんて想像もしなかった。
たしかに強いと思った。あれが本気じゃないと知って、結構ショックだった記憶もある。
龍久は反対側の入り口から出て来た綾野千尋をじっと見つめながら、苦笑いを浮かべた。
「……あんたが綾野千尋だったのか。どうりで強かったはずだ」
「あら、ありがとう。でも私はあなたが噂の紅月龍久くんだってすぐに分かったわ」
あの時と同じように、優しい笑みと口調で千尋は答えてくる。
龍久はあの時、千尋に名前を名乗っていない。それでも自分のことを知っていたというのはどういうことだろうか。もしかしたら教室の外で、噂の素人魔術剣士を見に来ていたのだろうか。
「君と会ったあの場所。実は私が入学初日に作ったの。周りの木を薙ぎ倒してね」
普通ならここで耳を疑っても可笑しくはないセリフだが、彼女ならやってしまえそうなのと、ここが魔術剣士育成の学校というのを考えたら、案外普通なのかもしれない。
これが普通と思えるくらい、龍久の『普通』という感覚も麻痺し始めていた。
「でもね、あの場所に目をつけた上級生と衝突しちゃって、ちょっとした口論から剣を交えることになって」
結果は想像がつく。
なんだか上級生が束になってかかっても、彼女は汗一つかかずに蹴散らしてしまいそうだった。
「相手の上級生八人をまとめて薙ぎ倒しちゃって、そこからあそこは『綾野千尋の領域』ってことで、誰も近寄らないのよ。それを知らないのは、入学当初いなかった編入生——つまり噂の素人さん二人だけってわけ」
あとは消去法だろう。
出会ったのが男だったから、香椎椎菜という選択肢を棄てたわけだ。まあ『椎菜』という名前の男子もいないことはないと思うが、もう一人の名前が『龍久』ならこっちが男子の名前だと分かるだろう。
千尋は右の腰に挿している短剣の柄を撫でるようにいじりながら、
「だから少し期待してたのよ、あなたには。手合せしてみたら、何度も向かって来て——それには驚いたかな。実力差があることは分かってるはず。なのに何度だって飛びかかってくる。期待が外れなくて良かったわ」
優しくて、本来ならドキッとしてしまいそうな笑みだが、龍久は恐怖を感じた。その笑みから、これから彼女が紡ぐであろう言葉をなんとなく理解したからだ。
自分の期待を裏切らないでほしい。あれから、自分はあの場に来なかったが、その間どういう修行をしてたのか。それを自分に見せてくれ、と。そういうことだろう。
つまり、
「——だから、この戦いでさえもちょっとワクワクしてるのよ。柄にもなくね」
千尋は両方の腰から短剣をゆっくりと引き抜いていく。クロスした腕によって顔が隠れているため彼女が今どういう表情をしているのか分からないが、楽しそうな笑みを浮かべているか、狩人のような目つきで見つめているかのどちらかだろう。
しゃん、というアニメやゲームでしか聞かないような刀を抜く音を聞いて、龍久は背筋に悪寒が走った。剣を抜いただけで、人の雰囲気や纏っているオーラはこうも変わるものなのか。
今の状況だけで分かる。今の龍久じゃ彼女に勝てない。
「さて、じゃあ見せてもらおうかしら」
千尋は二本の短剣を構える。
その構えは素人にも分かるくらい隙がない。不用意に近づけば、一瞬で斬りつけられてしまいそうな、彼女を取り巻く空気が鎌鼬のような鋭さを帯びている。
龍久もシャーロットから受け取った、白く硬い刀を鞘から抜き構える。千尋に比べれば全然隙も多く、なってない姿だろうが、戦う意志を見せる。
勝てないと分かっていても、引き下がるわけにはいかない。そもそも、彼女が綾野千尋だと知らなかったとはいえ、彼女と戦いと思っていたのは本当だ。今日まで必死に磨いてきた腕を、彼女に見せる千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。
千尋は優しい笑みの中に凄絶な強さを覗かせながら、囁くように龍久に語り掛ける。
「君はあの日から何をして、どれくらい強くなったのか——見せてもらうわよ」
紅月龍久VS綾野千尋のゴングが、羽生美緒里の宣言によって鳴らされた。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.24 )
- 日時: 2015/06/23 19:13
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: 4/G.K5v4)
5
高らかな開戦宣言とともに、最初に動き始めたのは意外にも綾野千尋の方だった。
彼女は龍久が素人だということを知っている。それに、彼は一度千尋と手を合わせている。だとしたら、彼が千尋の出方を窺うため、最初に動くことは考えにくいと予測したからだ。
ならば、敵が警戒していようと、最初に動いて即効で決める。それが千尋の狙いだった。たとえどれほど警戒していようと、千尋にはそれを実力で埋める自信がある。
彼がどれだけ成長していようと、この短期間で自分を越えていることなど有り得ないからだ。
「ッ!?」
いきなり動いた千尋に対し、龍久は動揺を表情で表した。
千尋は全力で駆け、龍久との間合いを一気に詰めてくる。短剣を扱う千尋にとって、間合いはそれなりに近づかなければ攻撃を当てることが出来ないのだ。
動揺していた龍久だが、すぐに頭を切り替えた。迫ってくる千尋を迎撃しようと、龍久は剣を振りかぶる。全力で駆けてきた千尋に向かって剣を振るうためだ。
丁度間合いに入った頃、龍久は横薙ぎに剣を振るう。全力で駆けていた千尋もそう簡単に止まれないほど加速している。が、
剣が千尋に当たる寸前で千尋は優しい笑みを浮かべた。
龍久の攻撃を読んでいたかのように、千尋はいっそう強く一歩を踏みしめると、その一歩によって減速したのを利用して、身体を後方に逸らした。それによって龍久の攻撃をかわす。
そして剣を振ってがら空きの龍久の懐に一瞬で飛び込む。
千尋は一瞬龍久と視線をかわすと、身体を回転させて蹴りを龍久の横腹に叩き込む。
「……がっ!?」
女子高生の蹴りとは思えないその威力で、龍久はリングの上を無様に転がる。肺から空気を容赦なく絞り出され、龍久は激しく咳き込む。
龍久が完全に体勢を立て直す前に、千尋は追撃を開始する。
彼女は高く飛び上がり、二本の短剣を思い切り振りかぶった。
彼女は上空で身を翻し地面を蹴る時と同じような仕草を見せると、通常では有り得ない速度で下降してくる。
おそらくこれも魔術の一種なのだろう。彼女の揺るがない強さは剣技だけでなく、魔術の才能も理由の一つなのだろう。
まずは一回。千尋が剣を振るうとその場に爆発が起こったような衝撃と、盛大な煙が巻き上げられる。
『あ、綾野選手の強烈な一撃が紅月選手を襲うー! これは……これは勝負あったかー!?』
すさまじい煙に、美緒里も溜まらず顔を覆いながらも実況をしている。
しかし千尋だけは冷静に、剣をしまうことなく静かに告げる。
「いいえ、羽生先輩。まだですよ」
『——え?』
美緒里がきょとんとした表情で声を上げた瞬間、煙の中から龍久が飛び出し、千尋に剣を振るう。千尋はそれを待っていたかのように、笑みさえ浮かべて攻撃を受け止めた。
龍久は僅かな怪我さえあるものの、それほど大きな怪我はしていない。恐ろしいほどの速度で下降し、繰り出した千尋の攻撃を、ただの素人である龍久がかわしてみせたのだ。
「へえ、やるじゃない」
「褒められてる気がしねぇな。お前まだ余裕だろ」
「当然♪」
千尋が年相応の笑みを浮かべ、龍久の攻撃を弾いた。千尋は剣を素早く持ち替え、峰を龍久の横腹に叩き込む。先ほど蹴りを与えた場所と、寸分違わぬ場所へと叩き込んだ。
さっきのダメージもあり、苦悶の表情を浮かべた龍久だったが、僅かによろめいただけで飛びはしなかった。
「……っ!」
それに驚く千尋。龍久は必死に踏ん張り、千尋目掛けて剣を振るうが簡単にかわされてしまう。
千尋はリングの上を何度かバック転で動き、龍久から充分な距離を取った。
『こ、これは……あの綾野選手相手に、紅月選手も必死に食らいついているー!』
千尋は龍久のポテンシャルに驚いていた。
最初に出会った時、それこそ成長の余地はあったものの、短時間で一気に成長するようなものじゃなかった。ましてや一週間程度でどうにかなるものでもなかった。
だが実際に彼は成長している。この戦いの中でも。さっきは蹴り一発で簡単に飛んでいた身体が、今回は踏ん張って留まった。
予想だにもしなかった龍久の成長に、千尋は思わず笑みを浮かべてしまった。さっきまでのとは違い、自分が楽しんでいる時の、怪しさを含んだ笑みを。
龍久は横腹を押えながら、息を切らしている。だが目はまだ死んでいない。むしろ、これから逆転して勝ってやるぜ、みたいな瞳をしている。
さっきので二回。
もちろん千尋は十回券を振るう気などない。二回目だって必ず振るわなければいけないものではなかった。だが、体術だけで応戦するのにも限界はある。相手も同じ体術だけならまだしも、剣を使っているのだから、下手をすれば攻撃を受けてしまう可能性だって、今の紅月龍久が相手ならば考えられないものでもない。
龍久は動かない。あくまで千尋の出方を窺っている。
「……なるほど、やっぱり私の出方を窺うのね」
千尋は剣を握る力が僅かに強くなる。それを自覚したのか、自嘲気味に笑みを浮かべると、強敵を見つめるような鋭い目つきで、龍久を見据える。
「……油断しない方がいいわよ、紅月くん」
龍久でも、会場の全員が分かるくらい千尋の纏う雰囲気が変わった。
濃密な魔力を纏い、短剣に僅かな赤いオーラも見えている。いうまでもなく分かる。千尋が本気になった。もう手加減はしないということだろう。
「……おおう、千尋が本気になるところなど、わらわも久し振りに見たぞ」
戦いを観戦していたシャーロットが、表情を引きつらせながら呟く。彼女のこういう表情は珍しい。いつもお気楽な彼女がここまで恐ろしさを感じるということは、千尋の本気はそれほどのものなのだろう。
「……龍久には悪いがこの勝負、万に一つの勝機もない」
「……紅月くん……」
シャーロットの言葉に椎菜が不安そうな表情を浮かべ、祈るように目を閉じ胸のあたりで手をぎゅっと握った。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.25 )
- 日時: 2015/07/05 21:10
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: 4/G.K5v4)
6
再び動き出したのは千尋だった。
おそらく龍久は自分から動くことは、この戦い中はないだろう。
自分から攻撃されるのは反撃を受けるリスクが高くなる。素人の龍久の攻撃など、優勝候補などと言われている千尋にとってはかわすことなど、呼吸と同じくらい楽なはずだ。
だから龍久は攻撃を与えられる可能性のあるカウンターを選んだ。
もちろん、成功する確証はないし、相手の攻撃をかわせる自信もない。だが、やらなければいけない。
ここまできて、逃げるわけにはいかない。
しかしそんな龍久の決意も虚しく、千尋の攻撃は凄まじいものだった。
強烈な斬撃をまずは一発。かわせないと判断し、剣で防ごうとしたのが運の尽きだった。
女子高生の攻撃とは思えないほど重い。物心ついた頃から剣道に打ち込んだ女子でも、これほど強い力は出ないだろう。
それをなんとか耐え切るがさらに一撃叩き込まれる。
重い一撃を受けて龍久の腕は上に弾かれた。胴体がガラ空きになったところに千尋の強烈な蹴りが入る。
今度は横腹ではなく、鳩尾に思い切り突き刺さった。
身体は飛ぶことなくその場に留まるが、龍久はその場でうずくまり、苦悶の表情とうめき声を上げている。
千尋はこれで終わり、と言わんばかりに二本の短剣をしまおうとする。その瞬間を見計らったかのように龍久が突きを繰り出した。
しかし千尋は小さく息を吐いた。呆れたような溜息にも似たそれと同時に、千尋は剣を振るった。
彼女の剣は迫っていた切っ先を弾き、龍久の手から剣を飛ばした。
冷たい瞳が龍久を見下ろす。尚も強く睨み返す龍久。
両者の力量差は明らかだ。どの生徒も綾野千尋の勝利を信じて疑わないだろう。
だが龍久だけが、まだ勝つ気でいる。勝利しようと、その瞳に闘志をみなぎらせている。
しばし龍久と視線を交わしていた千尋は溜息をついて、目をいつもの穏やかなものに戻した。それはどこか、相手を気遣っているようにも見える。
「……もう、諦めたら……?」
千尋の声が会場に響き渡る。さすがの美緒里もマイクのスイッチをオフにして行く末を見届けている。
「もういいじゃない。君はよく頑張ったわ。みんなあなたの健闘を称えている。だから、今回は——」
普段はお気楽なシャーロットも静かに見守っている。傷つく龍久を見ていられなくなったのか、泣き出してしまった椎菜を、澄恋は抱きしめている。
「……お願い、もうやめて……。もう、立ち上がらないで……!」
千尋の声は泣いているように震えている。
千尋もこれ以上傷つけたくないのだろう。
綾野千尋は間違いなく強者だ。だが、強者には二種類ある。強い力を弱い者をいたぶるために使う者と、強い力を弱い者を助けるために使う者と。
千尋は後者だ。龍久との修行も手を抜いていたし、今も本気には程遠い。
それでも明らかな力の差がある。
千尋にとって、今の状況はとても苦しいのだ。
「……知らねーよ、アンタの気持ちなんか……」
龍久が口を開く。
「俺はアンタに憧れたんだよ。強いアンタに。自信に満ち溢れているアンタに。なにより、楽しそうに戦うアンタに!」
龍久は立ち上がる。もう立つのもやっとだろうに、彼は千尋への闘志の炎を絶やしはしなかった。
「アンタに勝てば見えそうなんだ! アンタに勝てばなにか掴めそうなんだ! アンタと戦えば、なにかを得られそうなんだよ! その僅かな可能性を、失くさせないでくれよ!!」
龍久には茉莉花に入った理由がない。
ただなし崩し的に入れられ、これからやりたいことを見つけられればいいか、などと楽観していた。
だが、クラスメートの笹草雅は自分の夢を語ってくれた。彼女だけじゃなく、みんなそれぞれの夢を持ってここにいる。
途端に自分が恥ずかしくなった。
何も持っていない自分が。楽観していた自分が。
だから決めたのだ。この試合で何かを見つけるとこの学校にいる、その意味を見つけると。
それを、こんなところで諦めるわけにはいかない。
「続けろよ、綾野千尋。たとえ勝てなくとも……アンタに初めて、十回以上剣を振るわせてやる!!」
千尋はゆっくりと目を閉じると、自身が弾いた龍久の剣を拾い、それを龍久に返却した。
「あなたの覚悟は分かった。私は、もう止めない。何も言わない。全力できて。あなたの全力を、私も全力で返す。きなさい、紅月龍久くん」
さっきまで目を逸らしていた椎菜も、龍久の勇姿を見届けようと瞳を涙で濡らしながら見つめている。
感動して涙を流していた美緒里はぐしぐしと涙を袖で拭い、力強く声をマイクに通す。
『さあ、試合再開です! 紅月選手、頑張ってください!!』
それと同時に龍久と千尋の剣が交差した。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.26 )
- 日時: 2015/07/19 01:41
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: 4/G.K5v4)
これで六回目。
心の中で数えながら、龍久は鍔迫り合い状態の千尋を真っ直ぐに見つめた。
やはり千尋は今もなお優しく美しい笑みを浮かべていた。男子の全てを魅了するような、天女のごとき微笑み。龍久もこんな状況でさえなければ、見惚れてしまう自信がある。
しかし、千尋の攻撃は微笑みとは正反対の強力で凄絶なものだった。
一瞬でも気を緩めれば一気にリングの外に吹っ飛ばされそうなくらいに力強い。しかも彼女にはずば抜けた運動神経も武器としてある。おそらく彼女は一年生という枠組みだけではなく、ここ私立茉莉花統剣学園の全生徒の中でも屈指の実力者だろう。
そんな、学園最強とも呼べる綾野千尋に真っ向から挑み、叩きのめされても立ち上がり続ける紅月龍久は、みんなの目にどう映っているのだろうか。
二人の戦いを見つめながら澄恋 がシャーロットに問いかける。
「あなたの目から見て、紅月くんは勝てると思う?」
腕を組みながら観戦しているシャーロットは、いつものお気楽な口調を感じさせぬような、冷静で落ち着いた口調で答える。
「……言ったはずじゃ。龍久には万に一つの勝機もないと。そもそもつい最近まで素人だった奴が八割ほど化け物みたいな千尋に勝てるか」
だが、とシャーロットは口元に笑みを浮かべながら、
「勝てるかと爪跡を残せるかは別じゃ。奇跡は起きるかもしれんのう」
二人の会話の中、椎菜は胸元で両手を祈るように組み合わせていた。
「……紅月くん……」
彼女の小さな声は試合の喧騒に消えていく。
鍔迫り合いが終着したのはそれとほぼ同時だった。
やはり勝ったのは千尋だ。彼女は龍久を押し返し、彼の体勢を思い切り崩した。後方に倒れそうになりながらも、千尋に向かって剣を振るう。しかし当てずっぽうな攻撃は狙った場所には届かず、千尋はぴくりとも動かないまま自分の目の前を素通りしていく切っ先を見つめ、
龍久の体勢を完全に崩すために龍久の腹目掛けて足を振り下ろした。
それをなんとか剣で防ぐ龍久だが、背中は完全に地面に密着し、簡単に抜け出せなくなる。
それは龍久も理解しており、抜け出そうともがくがそう簡単にいかない。千尋はトドメと言わんばかりに剣を振りかぶる。
「マジかよ!?」
この体勢と距離で剣を使うのは、さすがにないだろうと思っていたが、そこまで甘い相手じゃなかったようだ。
どうにかしないと、と考えた龍久が選んだ回避方法は——、
振り下ろされた千尋の剣を防いだのは、無造作に転がっていた自身の剣を収めていた鞘だ。偶然手の届く位置に落ちていたらしい。
意外な方法で防がれた千尋にほんの少し隙が生まれる。それだけで充分だ。
龍久は刀身の上にある千尋の足を払いのけようと押し出した。バランスを崩した千尋は、それでも後方にバク転しながら距離を取る。
起き上がった龍久はすぐに反撃を開始しようと、剣を振りかぶって千尋に突っ込む。
垂直に振り下ろした剣は、下から裂くような千尋の剣に弾かれ、龍久のはるか後方に突き刺さる。
「……今ので八回目。これはちょっと予想外かも」
少しだけ楽しそうに千尋は呟いた。
いくら龍久が頑張っても、せいぜい七回剣を振るえば終わると思っていた。手加減していても、両者にはそれほど力の差が開いている。
だが現に千尋は八回目剣を振るった。『速殺女王』などという異名に執着も愛着もないが、記録を破られる寸前まできたら少し焦ってしまう。
「でも、届かないわ。あと二回も振ることなく私はあなたに勝てる。楽しかったわよ、紅月くん」
年相応の可愛らしい笑みを見せる。
龍久はにやり、と。不敵な笑みと、まだ闘志を失っていない瞳で千尋を見つめる。
「……いや……。勝つためのビジョンは……」
龍久が駆ける。
「もう見えてるッ!」
剣を横薙ぎに振るおうと振りかぶる。
一方の千尋も勝利は見えていた。この剣を弾いて、蹴りを入れれば勝ち。さすがにもう一度あの蹴りを受けて立っていられるほど龍久の体力は残っていないだろう。
だから、
「あと一回。九回で終わりね」
予想以上に剣を振るわされたが、十回には届かない。
横から振るわれた剣を、いともたやすく剣で弾き返す千尋。弾かれた剣はくるくると回転しながら宙を舞う。
これで終わり、と龍久の横腹目掛けて蹴りを繰り出した瞬間、千尋は自分でも何故それに気が付いたのか理解出来ないことに気が付いてしまう。
……あれ?
鞘は?
ガッ!! と腹を蹴ったとは思えない音が響く。
千尋の強烈な蹴りは、龍久が隠し持っていた鞘に防がれていた。片足で立っている状態で足を払われバランスを崩す千尋。すぐに立て直せないくらい動揺してしまった。
龍久は鞘を振りかぶる。これが俺の戦い方だ、といわんばかりに剣の代わりに振るわれた鞘は、
『すぐに』体勢を立て直せず、普通の人では不可能なくらい『速く』体勢を立て直した千尋が、凄絶な殺気とともに振るった二本の水平な斬撃により、金属を打ち砕くような音を鳴らして吹っ飛んだ。
懐に潜り込むと同時、千尋は剣を腰の鞘に納め、
魔力を纏った掌打を龍久の腹に叩き込んだ。
龍久の身体は後方に吹き飛び、殺気に満ちた瞳から、いつもの優しく瞳に戻った千尋が、
「……あ」
しまった、というような表情で自分が吹っ飛ばした相手を見つめる千尋。
仰向けに倒れた龍久はそのままぴくりとも動かない。
瞬間、歓声が湧き上がる。
『決まりましたー! 勝者はやはり強かった、綾野選手ー! しかし、紅月選手にも惜しみない拍手と声援が送られています!』
美緒里の声もかき消えかねない声援と拍手に包まれる中、何人かの生徒に運び出される龍久をしばらく見つめると、満足気な表情を浮かべて千尋はリングから去って行った。
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