コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 魔術剣士と白き剣(第二章開始)
- 日時: 2015/08/26 07:22
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: SDJp1hu/)
まず最初に、はじめまして。宇佐悠兎(うさゆうと)といいます。
クリックして閲覧いただきありがとうございます。
この作品のタイトル、最後の『剣』は『つるぎ』と読みます。『けん』じゃないので、よろしくお願いいたします。
タイトル通り『魔術』と『剣士』、そして『剣』もテーマになっていきます。基本的に文中に読み方は書きませんが、作中の『剣』は『けん』とお読みください。ややこしくてすいませんm(_ _)m
では次から始めます。
すぐ書けると思いますので、少々お待ちを。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.2 )
- 日時: 2015/07/03 06:43
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: SDJp1hu/)
第一章 全てのはじまり
1
——一週間前。
「転校生の香椎椎菜(かしいしいな)です。苗字と名前に『椎』が入るので、よくしーちゃんって呼ばれてるんで、よかったらそう呼んでください」
黒板の前に立ち、クラスの生徒に元気よくそう言うと、香椎椎菜はぺこっとお辞儀をした。
その瞬間、クラスからは大きな歓声が上がった。
肩くらいで切り揃えられた色素の薄い茶色の髪に、くりっとした大きな瞳、可愛いというよりは、美人よりな端正な顔立ちに、細身で華奢な体型。スカートの裾から伸びる脚は、ニーソックスに包まれており見事な脚線美を描いている。
クラス全体を見渡して、一通りの自己紹介をなんとか終えた椎菜はほっと安堵の溜息をついた。
掴みは完璧だ、仲間外れにされることはないだろう、と心の中でガッツポーズをする。椎菜は担任の教師から指定された席へ移動する。窓側の列の一番後ろ。一番良いポジションを手に入れることが出来た。
椎菜は周りの視線が気になっていたが、出来るだけ気にしないように自分の席へと歩いて行く。気にしないようにすればするほど気になってしまうが、なんとか席に辿り着く。
鞄から筆記用具とノートを取り出して、机の横にある引っ掛けに鞄を掛ける。それから横の席の人物へ、どうやって声を掛けようか悩んだ。
さっき自己紹介したとはいえ、一対一で初めて話す生徒だ。男子でも女子でも隣の席の人を最初の友人にしようと決めていた椎菜は、転校生ということもあって、向こうから声を掛けられるのを待とうとも思ったが、自分で動かなければ何も得られまい、と思い自分から声を掛けてみる。
「あ、あのー、よかったら一緒に教科書見せてくれませんか? 購入が間に合わなくって、まだ持ってないん——で?」
椎菜の言葉の最後が疑問形になったのは、隣の生徒が驚くべき行動を取っていたからである。
腕を組み、顔を俯かせながら堂々と眠っている。
椎菜は眠っている少年をじっと見つめた。気持ちよさそうに寝息を立てて眠っているが、眉間にはしわが寄っていた。どんな夢を見ているというのか。
長めの黒髪は特にこれといった特徴はなく、顔立ちは(眠っているからよく分からないが)おそらく端正であろう。背も男子高校生の平均程度はありそうだ。
何処にでもいそうなごく普通な男子高校生は、ぐうぐうと気持ちよさそうに眠っている。
「……えーと……あのー……?」
椎菜は少し悪い気もしたが、つんつんと頬をつついて相手を起こす。教科書を見せてもらう以前に授業が始まる。隣の席の義務として起こしてあげるべきだろう。
頬をつつかれた少年は、うっすらと目を開けると数度瞬きしてから完全に目を開いた。ふああ、と大きな欠伸をしながら頭をぼりぼりと乱暴にかく。
相手が起きたことにほっとした椎菜は、彼の肩をちょんちょんとつついて、相手の視線を自分に向けさせる。
「そろそろ、授業始まりますよ? 準備しないと……」
そういう椎菜の顔を少年はじっと見つめている。
顔に何かついてるのかな、と不安になる椎菜だったが、少年は首を傾げながら問いかける。
「誰?」
やっぱり最初から寝てたのか、と思いながら自分の自己紹介が聞かれてなかったことに少し寂しくなる椎菜。こほん、と咳払いをして少年と向き合うように身体の向きを変える。
「転校生の香椎椎菜です! 私、まだ教科書ないんで——」
「苗字と名前に『椎』がつくのか。あだ名はしーちゃんだったろ?」
「……ええ、まあ……」
どうでもいいことに食いついてきた相手に驚きながら、先ほど中断されてしまった言葉をもう一度言い直す。
「私、まだ教科書持ってないんです。よかったら一緒に見せてくれませんか? 嫌ならいいんですけど」
そうすると少年は机の中を漁りながら、
「……一時間目って何だっけ?」
転校してきたばかりの自分にそれを聞く? と驚かされっぱなしになる椎菜。どうにかして答えようと辺りを見渡すと前の壁に時間割表が貼り付けられていた。
「数学Aです」
「お、あったあった」
少年は机の中から数学Aの教科書を取り出すと、それを椎菜へと差し出す。
どういうわけか分からず、椎菜が目をぱちくりさせていると、
「俺は寝るから使っていいよ。後で返してくれればいいし」
少年は椎菜の机の上に教科書を置くと、再び先ほどと同じ体勢とポーズで寝始めた。十数秒も経たないうちに彼の寝息が聞こえてくる。
「ええっ!? ちょ、使わないって……!?」
変な人の隣になっちゃったなー、と溜息をつきながら、椎菜は机に置かれた教科書を手に取る。ふと裏を見てみると彼の名前が書かれてあった。
『紅』の『月』に『龍』と『久』。
椎菜は首を傾げながら、少年の名前を合っているか分からないままにぽつりと呟いてみる。
「……くれない……こう? こうづき……? たつひさ、くんかな……?」
後で名前を聞いておこう、と決意したところで一時間目の授業開始のチャイムが鳴った。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.3 )
- 日時: 2014/12/28 00:56
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)
2
「お、おーい……ねえ、ちょっと?」
一時間目の授業が終わり、椎菜は隣で眠っているおそらく『龍久(たつひさ)』という名の人物を起こそうと、一回起こした時と同じく頬をつんつんとつつく。
とりあえず教科書を貸してもらって助かったのだし、お礼は言うべきだろう。次の授業もちゃんと参加するのかは分からないが、教科書も見せてもらわないといけない。
しかしさっきと違って起きる様子はない。先ほどより深い眠りについているようだ。
「ちょっと? おーい、起きてよー」
次は身体をゆする。
すると寝苦しそうに『うーん』と唸りはするものの、起きる様子は全く見せない。困り果てた椎菜は身体をゆすりながら、耳元で呼びかける。
「ねえ一時間目終わったよ? すぐに次の授業始まっちゃうよ? ねえ、えっと……たつひさ、くん?」
最後だけ自信が無くて少し声が小さくなってしまった。
にもかかわらず、少年はうっすらと目を開けて腕を伸びをする。それと同時に大きな欠伸もこぼした。
「なんだよ母さん、まだ起こすには早いぜ?」
「違う違う、私お母さんじゃなくて香椎椎菜。ここ学校だよ?」
言うと少年は半開き状態の目を完全に開けて椎菜を見る。ああ、と小さく声を上げると右手を低く挙げて、
「しーちゃんか、おはよう」
「えっ? うん、おはよう……」
戸惑いながら返事をする。
いきなりあだ名で呼ばれた。男子とはあまり会話がしたことがないので、あだ名で呼ばれただけでもドキッとしてしまう。それを隠すように、椎菜は少年に問いかける。
「にしても、ぐっすり寝てたのによく起きれたね。どうして?」
うーん、と少年は考えるような仕草をして、
「だって名前呼ばれたし。だから俺もしーちゃんって呼んだんだけど……え、嫌だった?」
「ううん、そうじゃなくて……あだ名で呼ばれたのには驚いたけどね。ってことは、名前の読みは『たつひさ』で合ってたんだ」
「ああ。苗字はやっぱり読めなかったか」
椎菜はこくりと頷くと、龍久は椅子の背もたれに全体重を預けながら、頭の裏に両手を回す。
「『くづき』って読むんだよ。『紅』の『月』で『くづき』。初見で正しく読んでくれた人は今のところいないな」
ふーん、と思いながら椎菜は教科書の裏に記されている名前をもう一度見る。確かに最初で正しく読まれはしないだろう。椎菜は一度も名前を呼び間違えられたことはないが、名前を間違えられるのは嫌だろう。
頬杖をつきながら龍久は、椎菜をじっと見つめる。
「にしても、やっとそうやって話してくれたな」
「えっ? 話すも何もさっきまで寝てたし……」
「そうじゃなくて、口調だよ口調。さっきまで敬語だったのに、タメになってるからさ。よかったーと思って」
自分でも気付かないうちに敬語から普通の口調に戻ってしまっていた。なんというか、椎菜は龍久と話していると妙に安心できていたのだ。だから普段家族と話す時と同じになってしまったのかもしれない。
もしかしたら、椎菜は心のどこかで彼を家族と同様の存在と——。
と考えて首を横にぶんぶんと振った。そんなわけがない。確かに話しやすくていい人だが、初対面の人間を家族と同等だと思いはしないだろう。
「じゃあ苗字の読み方も分かったことだし、これからは紅月くんって呼ぶね。そっちはそのまましーちゃんでもいいけど……」
「いや、よく考えたらちょっと恥ずかしくなってきた。香椎って呼ぶよ」
苦笑いしながら龍久はそういう。
くすっと椎菜は笑って、気になっていたことを問いかける。
「そういえば、紅月くんって授業中ずっと寝てるの?」
「いんや、寝たい時だけ寝てる。でも最近次の授業が始まっても起こしてくれる人がいないからさ、気付いたら昼休みとかになってんだよ。でも香椎が起こしてくれて助かったー」
心底安心したような顔を浮かべて言う龍久。
彼の屈託のない表情に、少しドキッとしてしまうが、照れ隠しのように教科書をすっと龍久の前に差し出す。
「これ、借りてたし……。返さなきゃと思って、起こしただけ……」
龍久は教科書を受け取ると、
「それでも嬉しいんだよ。ありがとな」
自分の顔の温度が上昇するのを感じて、椎菜はがたっと席を立った。音が大きかったせいか、クラスメートが少々ざわつく。それを気にすることもなく、椎菜は真っ赤な顔で、
「わ、私……トイレ行ってくるっ!」
早足で教室から出ようとする椎菜に、
「お、おう……場所分かるか?」
椎菜は龍久の質問に答えることなく、さっさー、と教室から出て行ってしまった。
「……な、なんなんだよ一体……?」
おかしな奴だな、と思いながら椎菜が出て行った方向を龍久は呆然と見つめていた。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.4 )
- 日時: 2015/03/25 09:43
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: /48JlrDe)
3
四時間目が終わった。
隣の席に座る紅月龍久は相変わらず眠っている。しかも体勢も机に突っ伏す形になっている。腕組の体勢はしんどかったのだろうか。
昼休みを寝たまま過ごさせるのは可哀想だと思い、椎菜は龍久の耳元で声を掛ける。
「紅月くーん、おーい。起きて—。お昼だよー」
「……んあ」
今回はまだ眠りが浅い方だったらしく、案外早く起きてくれた。龍久は欠伸をこぼしながら伸びをすると、眠気眼をこすって椎菜に問いかける。
「ああ、もう帰る時間……?」
「残念ながらまだ昼休みだよ。紅月くんはお昼どうするの?」
小首を傾げながら問いかける。
龍久は頬杖をつきながら、
「購買で売れ残ってるパンを支援する」
また変なことしてるなー、と椎菜が呆れていると、クラスメートの女子数名がお弁当を持って声を掛けてきた。どうやらお昼に誘ってくれるようだ。
「香椎さん、お昼一緒に食べようよ」
椎菜は考えた。
別に龍久を置いて彼女たちと一緒に昼食を摂っても可笑しくはない。むしろ女子高生ならばそれが普通だろう。龍久とは恋人でもなんでもないわけだし。転校初日の彼女は友達作りから始めないといけないわけで、クラスメートの女子は仲良くしておきたいランキング上位に入る。
だが、
「ごめんね、私紅月くんと一緒に食べようと思ってるから」
あははー、と乾いた笑みを浮かべながら言うと、クラスメートの女子は固まった笑みを浮かべて、小さく手を振りながらすすーっと離れていく。
「あ、そうなんだ……ごゆっくりー……」
彼女たちの対応の違いが手に取れて分かった。一体どういうことだろう。
助け舟を求めようと龍久に視線を向けると、視線に気付いた龍久が小さく溜息をついて答えた。
「アイツらと一緒に食えばいいのに。俺は友達いないし授業中寝てばっかだから、周りから変な目で見られてんだよ。そんな奴と一緒にご飯食べるなんて、そりゃ引くだろ」
転校初日なのに周りに人が寄って来ない理由が分かった。
最初の休み時間から変人と話していたからだ。だから誰も近寄って来なかったんだろう。それでも、先ほどの少女は龍久と話している状態でも声を掛けてきた。中々の勇者といえる。
「それよりいいのか? 高校生活を友達いない奴と過ごして。棒に振るようなモンだぞ?」
「いいの。私は紅月くんと一緒にいたいんだもん」
よく照れもせずに言えるなー、と龍久は感心しながら席から立ち上がる。
「……購買行くけど、来る?」
「あ、うん。行く!」
椎菜はぱあっと表情を明るくさせて、ペットのように龍久の後をついて行った。
購買にはあまり人はいないようだった。
なんでも生徒の間ではこの購買でまともなものが少ないらしく、数少ないまともな奴はすぐ売り切れてしまうからだ。変わり種ばかり残っている商品を眺めながら、椎菜は明るい口調で龍久に問いかける。
「で、紅月くんはさっき『売れ残ってるパンを支援する』って言ってたけど、どれ?」
「……これだな」
おもむろに龍久が手に取ったのはサンドイッチだった。
袋を見ると『チョコレートサンド』と書かれている。
確かにチョコレートクリームを挟んでいるサンドイッチは珍しいが、それでも売れ残るほど不人気なんだろうか、と首を傾げてしまう。
「それ、人気ないの? おいしそうだけど」
「まあ名前だけはな。名前詐欺だよこれは」
龍久の言葉の意味が分からずに首を傾げていると、丁寧に龍久が説明をしてくれる。
「中に挟んでんのはクリームじゃない。板チョコそのものだ。ふわふわのパンにカリッとした板チョコ。その二つが奏でる違和感マックスの食感……!」
確かにそれは売れ残るわ、と考えを改めた椎菜。
だとすると、名前だけで判断していると、とんでもないものを買ってしまうだろう。買う時はどういうものか敦久に聞いてからにしよう、と椎菜は心に誓った。
「私、ちょっと向こうの方も見てくるね!」
「おう」
言って椎菜は奥の方へと駆けて行く。
龍久がその背中を見つめていると、
「見ない顔ね」
ふと後ろから声を掛けられた。
驚いて振り返ると、そこには長い黒髪を腰まで伸ばしたスタイル抜群の女子生徒が立っていた。凛とした瞳と端正な顔立ち、胸も大きめで、彼女の容姿を見れば男女問わず好かれそうな印象を与える。
学校一の有名人と言っても過言じゃないほどの美少女、二年生の静河澄恋(しずかわすみれ)。成績優秀、スポーツ万能の才色兼備や文武両道を体現したかのような美少女が、学校でも目立たない龍久に声を掛けてきた。
明らかにおかしい。
「……おどかすのはやめてもらっていいっすか、静河先輩……」
「ごめんね、そんなつもりはなかったんだけど。それよりさっきの子、見ない顔だったけど? 彼女?」
澄恋の質問を即座に否定する。
「違いますよ、クラスメートです。今日転校してきたばっかの子で」
「ふぅん、どうりで」
澄恋は得心がいったような表情で頷いた。
それから口元に優しい笑みを浮かべると、
「大変ね。学校の案内役は」
小さく手を振ってその場を離れていった。
別にそういうことをしているわけではないが、明日にでも校舎を案内して、と言われそうな気がしてきた龍久。その頃奥から戻ってきた彼女は、ペットボトルのお茶と変わり種、というよりは食べるのに勇気がいるようなパンを抱えてきていた。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.5 )
- 日時: 2015/01/11 01:18
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)
4
チャイムが鳴り響く。
学校が終わり、生徒達は放課後をどう過ごすか考えている頃だ。もちろん部活に所属する者もいるが、帰宅部の生徒もいるし、部活をサボって友達と帰る生徒もいるだろう。
そんな生徒とは無縁な、言ってみれば学校に友達と呼べる存在がいない龍久はゆっくりと帰り支度を進めていた。鞄の中にノートと椎菜から返してもらった教科書を詰め込んでいく。
龍久は現在将来の予行演習として、高校の三年間は一人暮らしをしていた。生活費は親からの仕送りと、バイト代でなんとか賄うつもりだ。バイトも早く見つけないとなー、と考えながら鞄に全ての荷物を詰め終わると、ふと横から声を掛けられた。
「一緒に帰ろ!」
とても活発で明るい声。
龍久には振り返らずとも誰か分かっていた。今日散々聞いた声だ。しかも前述の通り龍久は学校に友人と呼べる存在がいないため、一緒に帰ろう、などと誘う人物は一人しかいなくなる。
怪訝な表情をしながら、龍久は横を振り返る。そこには帰り支度をとっくに済ませた香椎椎菜が立っていた。彼女は明るい表情で龍久をじっと見つめている。
龍久が呆れたように溜息をつくと、椎菜がきょとんとした表情を作り、小首を傾げながら問いかけてくる。
「……どうかした?」
「どうかするよ。休み時間とか関わってくるのはいいとして、なんで一緒に帰ろうとまでするんだよ。普通おかしいだろ?」
龍久は答えを期待していたわけではないが、椎菜がうーん、と考え始めたのでとりあえず彼女の返答を待つことにした。
「……そうかなあ?」
椎菜が難しい表情のままそう答える。人差し指を顎に当て、視線は上の方に向いている。仕草がいちいち女の子らしい。
「そうだろ。お前リアルで見たことあるか? 転校してきたばかりの生徒が、その日のうちに異性と下校してるの」
「ないかも……いや、ないです」
「そら見ろ。それに一緒に帰ったりしたら変な噂も立つぞ?」
噂? と椎菜が首を傾げる。
龍久は自分で言うのが少し照れくさかったのか、頭をかきながら視線を椎菜から逸らして言う。
「……俺じゃ、お前と釣り合わないけど……カップルとかに見られたら、嫌だろ?」
言って椎菜を見ると、彼女の顔が徐々に赤く鳴っていくのが分かる。なんだか彼女がどういうスピードで言葉の意味を理解していくのかが分かる。
「……えっと……その、なんていうか……」
「……困るだろ? だから一緒に帰るなんて……」
「……困らないよ……」
龍久は一瞬自分の耳を疑った。
もう一度椎菜を見る。彼女の顔は依然赤いままで顔を俯かせているが、ちゃんと龍久の耳に届くような声で言う。
「……困らないよ、わたしは……。っていうか、紅月くんなら間違われても……いいかなーって……」
龍久は自分の顔が赤く鳴っていくのを感じた。漫画やアニメで見ていると、恥ずかしくなった男子は口を手で覆っていた。なんで手で覆うのかなー、なんて思っていたが、実際そういう場面に出くわすと意味もなく手を口の方に持っていってしまっていた。
教室を静寂が包む。今二人だけで良かった。こんな会話を誰かに聞かれるのはマズイ。
龍久は照れを隠すために、
「あー、もう!」
わざと大きな声を出した。それにびっくりしたのか椎菜がびくっと身体を震わせたのが分かる。
龍久は鞄を担ぐようにして持つと、椎菜の方を見て、
「……どう思われても俺は知らねーからな」
それでもいいならついて来い、と言外に伝える。
椎菜にもそれが分かったのか、ぱあっと顔を明るくさせてこくりと頷くと、駆け足で龍久の隣に行く。
椎菜の家は龍久と同じ方向のようで、彼女の家の前まで龍久が送っていくことになった。女子と二人きりで帰るなんて初めてのため、どうすればいいか分からなかったがとりあえず話を途切れさせないように、龍久は話題を探す。
「……そういえば、香椎はなんで転校してきたんだ? 結構中途半端な時期だし」
現在は四月の下旬。高校一年生として転校するのはかなり無理があったろう。そろそろクラスメートとの距離感を覚え始める頃だ。そんな時期に転校して、クラスメートのことを一から知るのはかなり厳しい。
「うーん、と……この近くにおばあちゃんが住んでてね。親が海外に長期出張しちゃうから、とりあえずおばあちゃんの家で暮らすことになったの。多分、高校三年間はこの学校にいるんじゃないかなあ?」
親の転勤で来たのかと思ったが、どうやら違ったようだ。
にしても大変な時期だなー、と龍久は改めて思った。親も少し考えてあげればいいのに、と思わないでもなかったが、そこは仕方がなかったのだろう。
「そうか。中々大変だな、お前も」
お前も? と首を傾げられたので龍久も自分の事情を話した。
将来のため三年間一人暮らしをすること。親の仕送りとバイトで生計を立てること。高校卒業後は就職して一人暮らしをすること。
それを聞いていた椎菜は時々相槌を打ったり、色々リアクションをしてくれたりと話しがいがあった。
「大変だね、紅月くんも。一人暮らしかあ……したいけど、お父さんとお母さんは反対だろうなあ」
「愛されてる証拠だろ。喜ぶことじゃないのか?」
「それはそうなんだけど……」
何気なしに歩いていると、急にバヂッ、と弱い電流のような感触を龍久は身体全身に感じた。静電気程度のもので、飛び跳ねるほど痛くもなかったが、冬でもないのに静電気は可笑しいと思い、足を止めて辺りを見回してみる。
「……どうしたの、紅月くん?」
どうやら椎菜は何も感じなかったらしい。
気のせいか、と思い直し再び歩き始める。
「いや、なんでもな——」
その時だった。
二人の目の前に何かが降ってきた。
よく見てみるとそれは人だ。しかも女子だった。その少女は刀を持っていた。少女は空から降って来て、上手く着地するとさらに上から降ってきた、同じく刀を持った男の攻撃を受け止める。
「な、なんだ……?」
「……え、映画の撮影とかかな……?」
だがカメラはないし、スタッフのような人たちも見受けられない。カメラが回っていないところでは撮影などしないだろう。
刀を持った男女は、鍔迫り合い状態からお互い距離を取り合う。そこで少女の方が唖然としている龍久と椎菜に気付いて振り返る。その人物の顔を確かめて、龍久はさらに驚いた。
長い黒髪に凛とした端正な顔立ち……見覚えがある。我が校の生徒なら誰でも知っているであろう、二年生の才色兼備にして文武両道な大和撫子といっても過言ではない美少女——。
「……し、静河先輩……!?」
「……あなたは、紅月くん……と、転校生の子……?」
龍久や椎菜と同じく、刀を持った静河澄恋も驚いたように目を見開いていた。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.6 )
- 日時: 2015/01/19 08:53
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)
5
龍久と椎菜と澄恋はそれぞれ固まっていた。
龍久と椎菜は澄恋が今何をしているのか分からない。今の澄恋は龍久が知っている才色兼備で文武両道の大和撫子系女子の澄恋ではなく、剣を持っている男と同じく、剣を持って闘っている。
いやむしろ彼女なら剣道を習っていても不自然ではないが——。
三人が顔を見合わせて固まっていると、澄恋と対峙していた男が溜息をついた。さっきまで嬉々としていた男の表情は急に興味を失ったかのような、そんな表情をしている。
「オイオイ、静河さんよォ。ちゃーんと結界くらい張っとけよ。無関係な人間が入って来てんじゃねェか」
「は、張ったわよ! なのになんで……」
やはり信じられない、という表情で龍久と椎菜を一瞥する澄恋。
しかし龍久と椎菜にも状況がよく分かっていない。結界、というワードが聞こえた気がしたが気のせいということにしておいた方がいいのだろうか。
龍久はちら、と隣にいる椎菜を見る。彼女もどうしていいのか分からないようで、龍久と澄恋を交互に見ている。気が動転していることは間違いないらしい。
男は持っていた刀を背中にある鞘に納めると、無防備にも澄恋に背中を向けた。だが、それは同時に闘わない、という意思表示でもあるだろう。
「興が醒めた。俺は帰る」
「なっ、帰るって……! そんな勝手なことは許さないわ!」
澄恋は男に剣を向け直す。男はそんな澄恋を一瞥したが、すぐにつまらなそうに鼻で息を吐いた。いや、鼻で笑ったの方が正しいかもしれない。
「強がるなよ。お前じゃまだまだ俺には勝てねェ。それはなんとなく分かってるだろ? お前が成長したら再戦してやっから、それまではお預けだ」
次の瞬間、男は空高く跳躍する。そのまま家の屋根や電柱の上へと飛び移っていき姿が遠ざかっていく。
男の背中が完全に見えなくなるまで三人はじーっと男を見つめていたが、姿が見えなくなると龍久と椎菜の視線は澄恋へと向けられる。澄恋もその視線を感じ取ったのか、龍久と椎菜の方を見ていなかったが、視線を向けられると身体をびくっと震わせる。
澄恋はゆっくりと二人の方へ振り返る。二人の視線は全てを説明してくれるんでしょうね、と言っているようだった。
その視線の威圧に負けてしまい、澄恋は小さく溜息をついた。
「……分かったわ。ちゃんと説明するから。でもその前に私からも一つ聞かせて。どうしてあなたたちはここに入って来られたの?」
「……どうしてって……」
龍久と椎菜は顔を見合わせる。
どうもなにもこの道は二人の家へと向かう道だ。近道でもなんでもなく学校から二人の家へ行くのなら、必ず通るであろういたって普通の道なのだ。しかし澄恋はそういうことを聞いているのではない、と二人は理解していた。
何故なら、彼女は『どうしてここを通ったの?』ではなく『どうしてここに入って来られたの』と聞いたからだ。
龍久にはあの男が何者なのかも、澄恋のことも何一つといっていいほど分からない。だが、先ほどの二人の会話からなんとなくのことは推測できた。
男が言っていた『結界』というのが関わってくるのだろう。そして澄恋はそれについてはちゃんと『張った』と発言していた。ちゃんと張った結界とやらの中にどうやら龍久と椎菜が侵入してしまったらしい。そしてその結界の中は普通は侵入出来ないらしい。
——そう。『普通ならば』侵入できない。ということは——。
龍久と椎菜の沈黙を答えられないから、と取ったのか澄恋は溜息をついた。
「……答えられなくてもそれが自然よ、仕方ないもの」
澄恋は少し考えてから、
「二人とも、今ちょっと時間ある?」
龍久は一人暮らしだ。バイトもまだ見つかっていないため、急いで帰る必要もそれほど用事もない。晩御飯を作るのも洗濯も風呂も自分のペースで出来る。
だが椎菜はどうはいかないだろう。帰りが遅くなるとおばあちゃんが心配するはずだ。そう思い椎菜を見遣るが、椎菜は鞄の中から驚くべき速さでスマートホンを取り出して、恐るべき速さで文字を入力する。
「大丈夫です。おばあちゃんにはさっき遅くなるってメールしたんで」
どうやら椎菜も先ほどのことは気になるようだ。
そう、と澄恋は少しほっとしたような表情を見せ二人に背中を向けた。身体を動かすたびに綺麗な黒髪が靡く。
「ついて来て。来てほしいところがあるの」
澄恋は無言のまま二人を先導するかのように歩く。彼女の後について十分ほど経った頃だろうか、澄恋は周りの人の視線を気にしながら路地裏へと入っていく。龍久と椎菜も不思議に思いながらもそれについていく。
ちょうど半分くらい進んだところで澄恋は路地裏の壁に手を当てる。
それから二人の方を向いて、
「今から起こることは全てとても信じがたいことだと思うわ。でも全てが現実だから。それだけは理解しておいてね」
二人の返事を待たずに、澄恋は手を当てた壁の方へと視線を向ける。
「——〝我、界を支配する者なり。我が念に応え扉を開けよ〟」
澄恋が呪文のようなものを唱えると掌と壁の間から白い光がこぼれる。その光は徐々に大きくなっていき、人hが一人分くらいの大きさにまで拡大した。
「早く入って」
そう言い残して澄恋が光の中に入っていく。龍久もそれに倣って光の中に入っていく。椎菜は少し躊躇していたが、路地裏とはいえこれほどの光量だ。他の人に気付かれるかもしれない。目をぎゅっと瞑ってぴょんと飛び込むように光の中へ入る。
「着いたわよ」
澄恋が指を鳴らすと同時に光の穴が消えた。
そこで二人が目にしたのは信じられない光景だった。
眼前の大きな門の奥に見えるのは、左右に伸びる巨大な校舎。その校舎に辿り着くまでには一〇〇メートルほどある煉瓦の道。その脇には芝生が広がっている。
二人が連れて来られた空間は、異世界とでもいうべき場所だった。
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