コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 魔術剣士と白き剣(第二章開始)
- 日時: 2015/08/26 07:22
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: SDJp1hu/)
まず最初に、はじめまして。宇佐悠兎(うさゆうと)といいます。
クリックして閲覧いただきありがとうございます。
この作品のタイトル、最後の『剣』は『つるぎ』と読みます。『けん』じゃないので、よろしくお願いいたします。
タイトル通り『魔術』と『剣士』、そして『剣』もテーマになっていきます。基本的に文中に読み方は書きませんが、作中の『剣』は『けん』とお読みください。ややこしくてすいませんm(_ _)m
では次から始めます。
すぐ書けると思いますので、少々お待ちを。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.12 )
- 日時: 2015/03/10 00:37
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)
4
ずらりといたる所に飾られている夥しい数の剣を眺めながら、龍久や椎菜はもちろん、澄恋でさえも言葉を失っていた。その数は百に達しそうなほどあり、もしかしたら二百や三百といった数もあるかもしれない。
目の前の光景に目を奪われている龍久たちに、シャーロットは気軽な口調で説明する。
「ここはわらわの剣のコレクションルームじゃ。わらわが長年に渡って集めた剣を、全てここに保管しておる。希少価値はそれほど高くない物ばかりじゃが……性能は申し分ない逸品ばかりじゃ」
澄恋はすぐ傍にあった黒塗りの一見して重量がしっかりと感じ取られる剣を手に取った。持ち上げてみると思った程の重量は感じられず、むしろいつも自分が振るっている剣より少しばかり軽い印象を受けた。
鞘から剣を抜くと、しゃらんという金属音を響かせながら黒く光沢のある刀身が姿を現す。コレクション、というだけあってあまり使われていないのが分かるくらいに、刀身への綻びは無いに等しい。
黒い剣を元の位置に戻し、他の剣を眺めていると、シャーロットが澄恋にしか向けていないような口調で言う。
「ここに魔剣はないぞ?」
その言葉にハッとした澄恋は、少しだけむすっとした表情をシャーロットに向ける。
「別に探してないわよ」
二人の会話に割り込んできたのは、今まで数々の剣に目を奪われていた椎菜だった。
「あの、魔剣ってなんですか?」
「うむ、いい質問じゃ。ここには優秀な魔術剣士が二人おることだし、説明しておこうかの。龍久、お前も聞いておけ」
こちらの会話を全くもって聞いていなかった龍久に、シャーロットはそう伝えると、腕を組みながら説明を始める。
「魔剣というのは、その名の通りじゃ。魔術剣士は魔力を生み出し、魔術を扱いながら剣を振るう——じゃが、中には魔術を不得手としている者もおる。魔剣は魔力を宿しており、魔術を苦手とする剣士の手伝いをする剣のことじゃ」
つまりは、剣士の苦手分野のサポートをしてくれる剣というわけだ。
魔術剣士の主な戦闘方法は、剣を使っての白兵戦もあるが、その剣に己の魔力によって生み出した魔術を付加させて戦う、というのが主流らしい。魔術を使わない戦いの方が珍しいそうだ。
主として使われる魔術は、炎や雷などといった自然のものを生み出す、漫画やゲームなどでよく見かけるそういったものが多い。
「本来の魔剣は、魔術が不得手、もしくは魔力が少ない人へ魔力の供給を行うものが多いけど、性能の高い魔剣は、それ固有の能力も宿しているの」
「固有の能力?」
龍久が首を傾げると、何事か考えていたシャーロットが澄恋をちらっと見遣って、
「いい機会じゃ。澄恋、少し見せてやれ」
「……ここでやっていいの?」
「あんまり派手なことはせんようにな」
そう言うと、どこから出したのか澄恋は青い鞘に収められた細めの剣を手に握る。しゅっといった涼やかな音ともに銀色の鋭い刀身がさやから引き抜かれる。
澄恋は剣を床に突き立てると、剣を突き刺したところから白い気体が立ち上る。椎菜がその気体に触れるとひんやりとしていた。気体の正体は冷気だ。
やがて、床から二メートルほどの巨大な氷柱が生える。龍久がその氷柱に触れてみると、ちゃんとした氷の冷たさとそこにある、という存在感と質量も感じられた。
龍久と椎菜が突如現れた氷柱を呆然と見つめていると、シャーロットが説明を続けてくれる。
「このように、氷を生み出す剣も存在する。これは澄恋の家にある秘剣の一つらしいがの」
澄恋は小さく息を吐いて、鞘に剣を収める。
龍久は瞳を輝かせて、シャーロットに詰め寄る。
「じゃあさ、俺たちも魔剣を持てば、こんなすごいことが出来るのか!?」
「……出来るが、今のお主らでは無理じゃ」
「なんでだよ?」
シャーロットは口角を僅かに上げて、
「魔剣はそれなりの精神力が無いと扱えんのじゃ。そうでもないと、自身がその魔剣に食われてしまう可能性があるからのう」
「……あれ? 魔剣って弱い人が扱うものじゃないんですか?」
椎菜が難しそうな表情をしてシャーロットに問いかける。シャーロットは曖昧に頷くと、
「どちらかというと、強い者の象徴というのが今はイメージが強いのう。それなりの才能、技術、そして精神力を持ってないと使えんからのう」
「……つまり、それを使えてる静河先輩はすごいってことか」
龍久は言葉と同時に澄恋へと視線を向けた。椎菜もつられて澄恋へと視線を向けると、彼女は照れくさそうに頬を僅かに赤くしながら目を逸らした。
「な、なによ。褒めても何も出ないわよ?」
「実は澄恋は今の二年の中でトップの成績なのじゃ。そりゃあもう、すんごい才能と技術を兼ね備えておるぞ」
「あーもう、シャーロット!! アンタちょっと黙ってなさいよっ!!」
褒められるのは慣れていないのか、澄恋が顔を真っ赤にして叫ぶ。龍久たちのいた学校ではあんな風に言われていたのに、ここでは持ち上げられると恥ずかしいらしい。
シャーロットは話を元に戻すように、
「まあ選ぶのは時間をかけてもよい。自分に合うものを探す、というのは簡単なようで実は難しいことじゃからな。それにここに魔剣はないから、安心しろ」
「ちぇー、ないのかよ」
龍久が口を尖らせながら、自分に合う剣を物色していく。
すると椎菜がシャーロットに申し訳なさそうに、小さな声で問いかけてきた。
「あの、シャーロットさん……」
「ん? どうした椎菜。それとわらわに対しては別に敬語じゃなくてもよいぞ?」
「……えっと、じゃあ……一つ質問があるんだけど、いい?」
椎菜の言葉にシャーロットはこくりと頷く。
「えっと、わたし、どういうのを選んでいいか分かんなくて……扱いやすいのとか、ないかな……?」
椎菜の注文にシャーロットは腕を組んで難しい表情をした。
剣の初心者である彼女にとって、自分にはどういう剣が合うのか、ということ自体が分からないのだ。だからこそ、ここの剣の所有者であるシャーロットに助けを求めたのだが、
「そう言われても……扱いやすさは人それぞれじゃからのう」
そう言いながらも、初心者が使いやすそうな剣を見ていくシャーロット。初心者にとって使いやすい剣、というのは一体どういうものか、というのを考え抜いた結果、彼女が選んだのは一本の細剣だった。
シャーロットはそれを椎菜に渡し、
「それはここにある剣の中でも比較的軽く、非力な女子でも使いやすい物じゃ。自分に合う剣が分かるまでは、それを使っておくがよい」
「うん。ありがとう!」
椎菜は明るい表情でシャーロットにお礼を言った。
シャーロットは未だ物色を続けている龍久に視線を向け、
「龍久は決まったか?」
「……なあ、シャーロット。とびきり硬い剣ってないか?」
「……硬い剣? なんでそんなものを望むんじゃ?」
背を向けていた龍久は、身体ごとシャーロットに向けて、
「いやだってさ、戦いの最中に剣が折れたら成す術もないだろ? だから、中々折れない硬い剣がいいなーって」
ふむ、とシャーロットが再び頭を悩ませる。なんとも注文の多い新入生だ、と思いながらも、なんだかんだで世話を焼きたくなってしまうのは何故だろうと自問するが、答えはやはり出ない。
「それならば、これかのう」
シャーロットが手にした剣は、鞘も柄も鍔も白い純白の剣だった。一見して脆そうな刀だが、龍久はピンと来たように奪うかのような速さでシャーロットの手から剣を受け取る。
「お、気に入ったか」
龍久の食いつきぶりに、シャーロットは嬉しそうな表情をしながら龍久に聞く。龍久は小さく頷いて、
「……ああ。なんだか……上手く言えないけど、折れなさそうだ!」
「お主の基準はそこか」
龍久のずれた視点に僅かに肩を落としながらも、シャーロットは腕を組んで二人に告げる。
「さて、お主らはもう剣を手にした。つまりは、今から魔術剣士なのだ。しっかりと励めよ、若者よ!」
「おう!!」
龍久と椎菜はシャーロットからもらった剣を掲げながら、元気よく返事をした。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.13 )
- 日時: 2015/03/30 03:25
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)
5
龍久と椎菜が私立茉莉花統剣学園に入学してから三日が経った。
かなり異色な、今までの生活からでは決して考えられない学園生活にも、ようやく慣れ始めて——くる気配が全くなく、一般人から魔術剣士になった、という物珍しい存在を見ようと、三日経った今でもクラスメート以外の生徒に囲まれている。
大勢の生徒から囲まれ、次々と質問をされている中、もうこういう状況に慣れてしまった二人は、苦笑いを浮かべながらお互い小言を交し合うくらいにまでなっていた。
「……今日も大変だね。人が減る様子がないよ……」
「……人生で初めて注目浴びたけど、喜ぶべきなのかどうなのか分かんねぇよ……」
十分程度の休み時間の間に、二人の疲れはどんどん蓄積していき、畳みかけるように行われる勉強によって、さらに精神力はすり減らされていった。ただでさえ慣れない魔術の勉強なのだ。一生懸命ノートに書き写していっている椎菜とは対照的に、そもそも勉強が嫌いな龍久には相当効いてしまっている。
一度は図書室に逃げ込もうとしたが、扉に『素人魔術剣士お断り』などという個人を特定した貼り紙があったうえ、中から鍵を閉められていて開けることが出来なかった。
逃げ場を失った龍久と椎菜は仕方なく教室に留まり、日を重ねても減る様子がない生徒の相手をしている、ということだ。今頃高みの見物を決め込んでいるシャーロットは、誰もいない図書室で高笑いしているだろう。
そんな二人だが、注目を浴びている理由はなにも特殊な状況で入学してきたからだけではない。
二人とも、素人の魔術剣士とは思えない才能を発揮しているのだ。
私立茉莉花統剣学園では、毎日二つの実習科目がある。
一つは剣技を磨く『剣技実習』。
もう一つは授業で深めた魔術の知識を披露する『魔術実習』だ。
椎菜は授業を受けただけで、優秀な人から魔術を教わったわけでも、膨大な魔力を有していたわけではない。シャーロットによると、人間の魔力の源である『魔力核(まりょくかく)』は平均程度の大きさだったという。
しかし彼女は、授業で憶えたことを恐るべき速度で理解し、分からないところは分かるまで理解を深めていっている。
その結果、彼女の『魔術実習』の成績は優秀で、魔術の才能だけならばクラスでもトップクラスの成績を誇っている。一方で龍久は、勉強に関しての意欲はゼロなので、クラスでもほとんど最下位扱いとなっている。
だが彼も、自身の実力を発揮できる場面がある。それがもう一つの実習『剣技実習』だ。
学園には四つの体育館がある。
それぞれ用途が決まっており、第一体育館は一年生が、第二体育館は二年生が、第三体育館は三年生が実習に使うためにある。第四体育館は、個人の練習や多くのクラスが合同で使うためのものとなっている。
またこの体育館の作りも特別で、入り口に魔術装置というものが設置してある。これを捜査すると、あらかじめ装置内に設定しておいた仮想空間へと入り込むことが出来る。つまりは、様々な環境や地形で戦闘の経験が積める、ということで、昼休みや放課後に体育館を利用する者は多い。
しかしこれにも不便なところがある。
装置に設定されている空間の数は数えきれないほど多いが、そのため少し異常な場所も見られる。火山地帯や氷原などもあるため、仮想空間とはいえ厳しい環境の世界も存在する。
その体育館だが、一つのクラスが使用する分には草地を使わなくても充分な広さがある。
龍久たちのクラスは男女別れてペアを組んで、竹刀で模擬線を行うため、体育館へと移動していった。
そこで教師や生徒の目を釘付けにしたのは、紅月龍久だった。
彼は素人とは思えない動きでペアの相手と互角に戦っている。相手も相当実力があるのだが、龍久も負けず劣らず熱い戦いを繰り広げていた。それを見ていた女子生徒たちは、二人の試合に熱視線を送っており、男子は呆然と試合を眺めていた。
一進一退の攻防は、二人の体力が尽きるまで続けられた。
龍久が床に腰を下ろして息を切らしていると、隣に先ほど試合をしていた男子生徒が座ってきた彼も息を切らしている。
「……お前、本当に素人かよ……。引き分けになるとは思ってなかった……」
灰色がかった髪の、狼のような鋭さを持った少年だ。美少年の部類に入るのだろうが、少し悪い目つきのせいか、近寄りがたい印象がある。
龍久は頭をかきながら、
「……素人のつもりだ。お前もすごいよ。押し切れると思ったのに……!」
拗ねたように言う龍久に、銀髪の少年は思わずをいった調子で吹き出した。
「言ってくれるじゃねぇか。自己紹介、まだだったよな。俺は菊池誠一(きくちせいいち)。よろしくな」
「俺は……知ってると思うけど改めて。紅月龍久だ。こっちこそよろしく」
誠一から差し伸べられた手を龍久は握り返す。
クラスの女子の何人かが頬を赤らめてこっちを見ていることに気付き、シンクロしたかのようにさっと手を引いた。変な噂を立てられるわけにはいかない。
「……しっかし、お前もだけど……香椎さん。彼女もすごいよな」
頭の裏に手を回しながら誠一は言った。
椎菜の魔術の才能はクラスでもトップクラスであり、友人も多数出来ている。そんな彼女はいつの間にか人気者になっており、密かにファンクラブなどもある、という噂まで立つほどだ。
「同じタイミングで転校してきたけど……お前と香椎さんって付き合ってんの?」
「はぁ!? んなワケねーだろ。友達だよ友達」
誠一の質問に半ば呆れながら答える龍久、しかし、一緒にいるとそう見られるのか、と嬉しい気持ちと照れくさい気持ちが半々でせめぎ合っていた。
「……まあ、そんな香椎さんも……」
誠一は女子の方へと視線を向ける。男子と同じくペアに別れて試合を行っており、今丁度椎菜とペアになった女の子の試合の途中だった。
だが、
「剣技の方は全然だけどな」
誠一の言葉通り、椎菜の振るった竹刀は空振ったり、あらぬ方向へと飛んでいったり、突っ込んでいったら相手にかわされたり、勢いを殺せないまま壁にぶち当たったり、何もないところでつまずいて転んだりと漫画でしか見ないようなドジっぷりを披露していた。
「……どうやったらあんな見事なまでの天然マシーンが生まれるんだよ」
「……知らねぇ。俺は何も知らねぇ」
ドジを連発する椎菜を、溜息交じりに眺める龍久と誠一。男子の中で彼女を呆れながら見ているのはこの二人だけであり、他の男子は彼女に癒されているような恍惚な表情を見せていた。
「……紅月、お前とあの子の違いってなに?」
突然出された誠一の質問に龍久は考える。
同じ時期に入学してきた素人の魔術剣士二人組。お互い得意分野と苦手分野が分かれており、武の紅月、智の香椎などと呼ばれている。
しかし魔術が出来ても剣技が出来なければまともに戦うことも出来ない。致命的な弱点を背負い、なおもドジを連発する椎菜を見つめながら、龍久はぽつりと呟くように言った。
「……性別と、生活環境かな」
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.14 )
- 日時: 2015/04/06 23:52
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)
6
注目される、というのはなんとなくだがいい気分にはなれない。
それはどこにいても誰かからの視線を浴びてしまうからであって、なにをしていても落ち着かないのだ。寝るのが好きな龍久にとって、睡眠を許されない環境というのは耐えがたかった。
龍久と椎菜の話題は三日経っても全く消えることなく、今でも他クラスや他学年から休み時間に話しかけられてしまう。一カ月経ったら落ち着くかな、と思いながら龍久はトイレに向かう。
その途中でさえも廊下にいる生徒から視線を浴びている。誰一人声を掛けてこようとしないのは、龍久が精いっぱいの不機嫌な顔をしているからだろう。滅多に機嫌を損ねたりすることのない龍久だが、今に至っては半分以上本気の表情である。
トイレに入ると幸いにも誰もいなかった。トイレ中でも偶然居合わせた生徒の気は惹いてしまうようで、ゆっくりと用を足すことも出来やしない。
有名人は毎回こんな感覚を味わってるのか、と日々カメラや記者に追われるテレビの向こう側の人に少しだけ同情しながら、用を済ませトイレの中にある洗面台で手を洗って出る。すると、
ドアを開けてすぐに、人とぶつかりそうになった。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
ぶつかりそうになった相手は、バランスを崩して倒れそうになってしまう。龍久はほぼ反射的に相手の腕を掴んだ。そのお蔭か相手は硬い廊下に身体を打ち付けずに済んだ。
「……っと、悪いな。大丈夫か?」
「……あ、はい……平気です……」
そう言いながら龍久はその人物の姿を確認する。背はあまり高くない。椎菜とほぼ同じくらいの小柄な少女で、黒髪をお下げにし黒縁の眼鏡をかけている、いかにも大人しそうな少女だった。
現実にこういう子いるんだ、と思ってしまった龍久は、少女の無事を確認する。
「怪我、ないか?」
「……はい、ありがとうございます……」
眼鏡を掛けた少女は、頬を若干赤くして俯きながらこくこくと頷いている。
龍久はそんな少女の顔をどこかで見たような記憶があった。この学校に来てからどこかで——。
「……もしかして、俺と同じクラスだったりする?」
「……え?」
龍久の言葉に、少女が意外そうな顔で振り返る。もしかしたら廊下ですれ違っただけかもしれないし、勘違いとかだったら恥ずかしいなー、と思いながらも少女の返答を待っていると、少女は身体を龍久の方へと向き直す。
「……憶えてるんですか、わたしのこと?」
「……やっぱり、同じクラスか。よかった合ってて。でも名前とかはまだ……」
申し訳なさそうに言う龍久に少女はくすっと微笑んで、
「大丈夫ですよ。わたしはクラスでも全然目立たないし、むしろ学校中で有名な紅月くんに知ってもらえて嬉しいです」
少女は心の底から嬉しそうに微笑んだ。その表情に龍久は思わずドキッとしてしまい、思わず目を逸らす。
「教室にいないと思ったらトイレだったんですね。香椎さんが困ってましたよ」
「……香椎が?」
「はい。紅月くんがいないから、教室の中で『早く帰って来てよー』って叫んでました」
なんだろう、椎菜にはとても悪いことをしたような気がする。
しかも何故か椎菜のその様子が頭に浮かんでくる。これは急いで戻った方が良さそうだな、と思い教室へと向かおうとしたところで、
「……あの、」
少女に呼び止められた。
彼女は言いにくそうに顔を俯かせながら、視線を泳がせている。何かを言いかけているのが分かった龍久は、彼女の言う言葉を待つ。
やがて少女は顔を上げて、龍久を真っ直ぐに見つめて、
「……少しだけ、お時間いいですか?」
幸い、というべきか今は昼休みだ。
龍久は昼飯をすぐに食べ終わると逃げるようにトイレへと向かって行った。そのため椎菜は長時間色々な生徒から注目されるハメになっているのだが、後で彼女には謝っておいた方がいいだろう。
龍久と眼鏡の少女は屋上に向かった。
少女曰く、昼休みに屋上を使用する生徒はほとんどいないらしく、一人でゆっくりするには最適の場所らしい。よく屋上に来て一人で読書をしている彼女ならではの知識といったところだろう。
「それで、話ってなんだ? えーっと……」
龍久は少女の名前を思い出そうと頭をフル回転させた。しかし思い出すはずもなく、ただ頭を押えて悩んでいるだけだ。少女はその様子から察したのか、小さく微笑んでから、
「笹草雅(ささくさみやび)です。ごめんなさい、自己紹介が後になってしまって」
元々人の名前が憶えるのが苦手な龍久は、彼女の名前を何度か反芻して頭の中に刻み込む。
「急に呼び止めちゃってごめんなさい。でも一度でいいから、紅月くんと一緒にお話がしたかったんです。出来れば二人で、ゆっくりできる場所で」
「……それなら呼び出してくれたらよかったのに」
何気なく言った言葉だったが、その言葉を聞いた雅は顔を真っ赤にして首をぶんぶんと左右に振った。
「そ、そそそ、そんなこと出来ませんよ! そんな呼び出ししたら、その、告白とか思われちゃうじゃないですかっ!!」
それにあんな大勢に囲まれている人物のところに、こんな内気な女の子が飛び込んでいけるはずもない。飛び込んでいっても、人の壁に跳ね返されてしまうだろう。
「……実は、ずっと思ってたんです。紅月くんと香椎さんは、一体どんな目標があって、ここに入ったのかなって」
そういえば、シャーロットに半ば無理矢理入らされたため目標とかも特に決めていなかった。以前理事長にも同じようなことを問われたことがあった。
あの時は『魔術剣士になる覚悟』だったが、これからここで生活していくにはそういうのも決めていった方がいいのかもしれない。
「……うーん、今はそういうのはねぇかな。つーか、立派な魔術剣士になるのが目標って人がほとんどじゃねーのか?」
「そんなことありませんよ。他の目標の人もいっぱいいます」
たとえば、剣術より魔術に優れた者は、魔術の研究機関に所属する者もいるらしいし、魔剣を鍛える鍛冶屋になるという選択肢もあるようで、なにも将来の道が一つとは限らないようだ。
もっとも有名な魔術剣士の家の出身者なら、当主として恥ずかしくない実力を兼ね備えなければならないため、立派な魔術剣士になる以外の道はない、といわれているらしい。
「わたしは、研究機関に入ろうと思っているんです」
雅がぽつりと呟いた。
「わたしは紅月くんみたいに、剣術に優れていません。香椎さんほど勉強が出来るわけでもありません。でも、諦めたくないんです。いつかわたしの研究成果をもとに、誰かと魔剣を作ることが出来たらなって、そんな風に思っているんです。今は途方もない夢だけど……可能性がゼロじゃない限り、ゼロだったとしても、初めて抱いたこの夢は終わらせたくないんです」
それを聞いた龍久は自然と笑みをこぼしていた。
魔術剣士になる覚悟も曖昧だし、確たる目標だってまだ決まっていない。だが、いつか自分もこうやって夢が持てたら、その夢に突き進むための覚悟だって決められるかもしれない。
龍久は夢がある、夢もそれを叶えるための覚悟もある雅を、少し羨ましく思えた。
「……そっか。俺はまだ覚悟とか目標とかは決まってないけど……」
龍久は雅に視線を向けながら、
「いつかお前に負けないくらいの夢を掲げてみせるよ」
「はいっ! じゃあ競走ですね! どっちが先に目標を達成できるか」
二人は小指を絡めて約束を交わした。
丁度同じくらいに昼休み終了五分前を知らせるチャイムが鳴り響く。
帰ったら椎菜に色々言われるだろうな、と苦笑いしながら、龍久は新たに出来た笹草雅という友人とともに教室へと駆け足で向かって行った。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.15 )
- 日時: 2015/05/24 00:32
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)
第三章 邂逅
1
「そういえば、もうそろそろあの時期じゃな」
ふとシャーロットが呟いた。
龍久と椎菜が転校してきてからもう数日で一カ月が経とうとしている。二人に対する学園中の生徒の質問攻めは収まっていった。ようやく二人にも、ほっとできる時期が訪れたのだ。
龍久、椎菜、澄恋の三人は当然のように図書室に集まっていた。椎菜と澄恋は本を読んでいたが、本も読まずにぼーっとしていた龍久はシャーロットの呟きに反応してしまった。
「……あの時期ってなんだよ?」
龍久の問いに答えたのはシャーロットではなく、読んでいた本に栞を挟んで閉じた澄恋だった。
「茉莉花では四月末に新入生のみで行われる試合があるのよ。特に呼び名があるわけじゃないから、私たちは普通に『新入生試合』って言ってるけど」
「そんなのがあるんですかぁ!?」
読んでいた本から視線を外し、絶望したような表情で椎菜が顔を上げる。魔術面の成績はとにかく、剣術に関しての成績がとてつもなく悪い椎菜にとっては、確かにいい情報ではない。
澄恋は去年自身がやったことを思い出しながら、新入生試合の説明を始める。
「勝った方が次戦に進んで、敗者は敗退っていうのは、普通の試合と同じよ。ただし、対戦相手は決まっていないの。生徒にはあらかじめ出番となる試合数が表記された紙が配られるの。その時に対戦相手が分かる仕組みよ。勝者には、二回戦の出番の試合数が記入された紙が渡されるわ」
対戦相手が明記されていないというのは、面白いかもしれないが場合によっては知り合いと当たってしまう可能性もあるということだ。それを知るのが直前となってしまっては、心の準備が間に合わないかもしれない。それが原因で負け、というのも考えられる。
出来れば椎菜や誠一、雅とは当たりたくないものだ、と龍久が考えていると、椎菜が心底嫌そうな顔をしながら、澄恋に質問をする。
「……なんでそんなことする必要があるんですか?」
「それは私も知らないわ。理事長に聞かないと。それと、新入生試合は二年生や三年生の先輩たちにも観戦されるから、頑張ってね」
それを聞いた椎菜は今度こそ机に突っ伏した。ただ戦うだけならいいが、それを大勢の先輩に見られるのは耐えられないらしい。彼女の授業風景を知っている龍久からすれば、彼女がここまで嫌がる理由も分かる。
なんせ彼女はつまずくところのない体育館で、何かにつまずいて転んだのだ。あの時は恥ずかしさと顔を床で打った衝撃で、顔が見たことないくらい赤くなっていた。
「ちなみに、自由参加じゃなく全員強制参加じゃからな。嫌と言っても無駄じゃぞ」
「うわぁぁぁ〜〜〜!!」
椎菜が机に突っ伏したまま声を上げた。泣いているのか嫌がっているのか、よく分からない叫び声だ。どっちにしろ、いつもの彼女からは考えられない光景だった。
「まあそう嘆くな。試合は四月の末じゃ。まだまだ時間はある。力をつけることは可能じゃ」
「ちなみに、静河先輩は前日になんかやったりしたんですか?」
龍久が頬杖をつきながら澄恋に問いかける。再び本を開いて読書を始めていた澄恋は、本から視線を外して顎に手を添えて考え始める。
「……本来新入生試合は、現在の実力を見るためのものだから、私は何もしなかったわよ」
澄恋のその言葉を聞いたシャーロットは、くくっ、と意地らしく笑った。彼女のその笑いに、澄恋が気を悪くしたのか睨むように彼女へと視線を向ける。
「なによ」
「何もせずに、か。それで期待度一位なのだから嫌味にしか聞こえんぞ」
「うるさい。私だってなりたくてなったわけじゃないわよ」
澄恋とシャーロットの会話で、聞き慣れない言葉を聞いた龍久は首を傾げた。
「……期待度って、なんだ?」
二人は龍久の言葉に視線を交し合うと、まだ説明していなかったか、というような反応を見せた。しかし、シャーロットは説明が面倒臭いのか、頭の裏に手を回して椅子の背もたれに思い切り体重を預け始めたため、澄恋が代わり説明をすることになった。
「さっき言ったと思うけど、今回の新入生試合は先輩も観戦するわ。それで、観戦した後に期待できる生徒に投票するの。個人の投票数に限りはないけど、一人で同じ人に二回以上の投票は禁止されてるわ」
澄恋がそこで一旦言葉を切ると、説明しないと思っていたシャーロットが言葉を引き継ぐように口を開いた。
「そして、在校生の投票により選ばれた期待度上位十人は学園の掲示板に貼り出され、全学年に名前が知れ渡る。澄恋は昨年度の一位じゃ」
過去のことよ、と澄恋はそっぽを向いた。ただ少し照れくさいのか頬が若干赤く見える。
「ってことは、一位の人は先輩全員が投票したってことになるのか」
「そうね。今二年生が381人で、三年生が……何人だったかしら」
澄恋が思い出そうとしていると、背もたれに身体を預けたままシャーロットが歌うように告げてくる。
「377人じゃ。つまり最高で758票獲得できる。澄恋は惜しくも二票足りんかったがな」
ニヤけながら言うシャーロットに、澄恋は腕を組みながら鼻で息を吐いた。どうやら入学当日に三年生二人に目をつけられ、それを撃退したらしく、その二人から票を入れてもらえなかったらしい。
「あんな奴らの票なんか必要ないわ」
「……うぅ、わたし最下位になる自信しかないよぉ……」
さっきまでの会話を聞いていたのか、椎菜が机に顎を載せた状態でそう呟く。彼女の言葉を聞いた澄恋は、優しい笑みを浮かべながら、
「大丈夫よ。私は紅月くんと香椎さんにしか投票しないから。一票あれば、最下位は免れるかもしれないわよ?」
それでも椎菜は自身に剣の才能がないことを自覚しており、弱音を吐きそうになってしまっている。
「ちなみに、十一位以下はどうなるんだ?」
「十一位以下は個別に順位表をもらうそうじゃ。公表はされんから安心するがよい」
別にこれでやる気が出たわけじゃない。
特にやるべき目的になったわけでもない。覚悟なんてもんでもない。
だが、ここで一位に——一位じゃなくても上位に入ることが出来れば何か見つかるかもしれない。やりたいことが。それを叶えるための覚悟が。
ならば、その新入生試合でいい結果を残すのも一つの手かもしれない。
「うし! 四月末なんだよな、その試合っての」
椅子から立ち上がりながら龍久がそう訊ねる。
「……そうじゃが、何をする気じゃ?」
「俺なりに、頑張ってみるよ」
言いながら龍久は図書室を飛び出していった。椎菜たちには、龍久が何をしようとしているかを理解したのか、顔を見合わせ合うと思わず笑みがこぼれてしまった。
「いっちゃいましたね。静河先輩の言葉、多分憶えてませんよ」
「やっぱり男の子ね」
「くく、それでこそわらわが見込んだ男じゃ」
三人はそれぞれの思いを述べて、しばらく小さく笑い合っていた。
- Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.16 )
- 日時: 2015/04/25 02:05
- 名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)
2
図書室から飛び出していった龍久は、校舎の裏にある広大な森の中にいた。
龍久は森の中でどうするでもなく、ただ真正面に剣を構え、目を閉じながら止まっていた。
剣を使っての身のこなしを身につけるでもなく、架空の相手との戦いをシミュレートするわけでもなく、両手でしっかりと剣の柄を握りしめながら、ただただその場に佇んでいた。
やがてゆっくりと目を開けると、龍久はぽつりと呟いた。
「——何すればいいか分かんねぇ」
今まで修行などという非日常な言葉とは無縁の生活を送っていたのだ。
魔術剣士の家に生まれていたのなら、一人で修行する方法も思いつくのだろうが、龍久は授業で手合せをしたくらいで、本格的な修行などはしたことがない。他の武術でさえも経験がないので、一人で出来る鍛錬が分からないのだ。
龍久は構えを解いて、大きな溜息をついた。
「……なんだよ、超カッコ悪いじゃん……図書室にも戻りにくいし……」
誠一に修行相手を頼もうかと思ったが、彼の連絡先をまだ聞いておらず知らないうえ、携帯電話でさえ図書室に置きっぱなしにしていた鞄の中だ。
このまま何もせず、強いて言えば修行方法を模索するだけで時間を潰すのかと思うと、勢いだけで飛び出した自分が恥ずかしく思えてくる。五分前に戻って、今の現実をあの時の自分に伝えたい。
両手で顔を覆って恥ずかしがっていると、後方から森の草を踏みしめる音が聞こえてくる。
それに気付き振り返る龍久。
まだ誰もいない。だが、音は確実に近づいてきている。校舎裏の森は校舎から見ても全体を見渡すのが難しいくらい広い。それなのに、一直線にこの場所に向かって来ている。
大した目印もない場所だ。強いて言えば他に比べて木がないので、剣が降りやすいぐらいだろう——いや。木がないのではない。
木はある。だが、そのすべての木は根元に近い部分から上を失っている。この場所は、周りに比べて木が生えていないのではなく、修行をするために木を切り倒していったのだ。龍久や椎菜が転校するより前に、誰かが。
そして、おそらくその人物が一番大きな草を踏みしめる音ともに、龍久の視線の先に現れた。
椎菜よりも少し背が高い、茶色の髪をポニーテールに纏めた美少女だ。ただ椎菜と比べて、顔立ちがやや大人っぽい。そのせいか彼女より数センチしか高くない身長も、それ以上高く見えてしまう。
全体的にスレンダーで引き締まったスタイルをしているその少女は、両腰に一本ずつ剣を挿している。しかしその剣は三十センチ程度の長さしかない。
ポニーテールの美少女は、普段は全てを見透かすような凛とした瞳を、思い切り大きく見開いて、目の前にいる龍久をじっと見つめている。
二人は視線を交錯させる。ほんの数秒が数十秒にも感じられた。
美少女は大きく目を見開いたまま、気さくな態度で話しかけるように口を開いた。
「……びっくりしたぁ……。先客がいるんだもの、よくこんな広い森の中でピンポイントでここに来たね」
驚いた表情を一転させて、にこやかな笑顔を浮かべて龍久に近づいてくる少女。椎菜とはまた違った、少し大人びた雰囲気を持つその少女に、龍久は思わずドキッとしてしまう。そもそも女子と話すことがあんまりなかったため、シャーロットのような例外でもなければ、少し動揺してしまう。
龍久は真っ直ぐに目を見られるのに慣れておらず、少女から目を逸らしながら、
「……ここ、アンタが拓けたのか。悪いな、そうとは知らず勝手に入っちまって」
それを聞くと、少女は一瞬虚を突かれたような表情を見せたが、一瞬で先ほどと同じ笑顔に戻す。
「ううん、知らなかったんなら仕方ないわ。わざとじゃないって分かったから」
少女は龍久の持っている純白の剣を一瞥すると、散歩が目的で立ち寄ったわけではないと悟る。
「君も、修行が目的で来たの?」
少女の問いに龍久は反射的に頷いた。
「ああ。そうなんだけど……」
「……けど?」
曖昧な返事を返す龍久に、少女は首を傾げる。
「……一人でやるのは初めてで、どうやったらいいのか分かんなくてさ……」
気まずそうにそう答える龍久に対し、少女は顎に手を添えて何事かを考えている。おそらく、龍久の悩みを解決しようとしてくれているのだろう。
「……そっか。じゃあ、私と一緒に修行する? 私も一人でやるより、誰かと一緒の方がためになると思うし」
少女の提案に、龍久は首を激しく左右に振って拒否する。
「いやいやいや! 俺なんてポンコツだぞ!? アンタの相手なんて、務まんないんじゃ……」
少女を一目見た時から、並大抵の力じゃないことは肌で感じていた。龍久は澄恋が強い、というのを聞いているだけだから、実際に強い人の戦いを知らないが、彼女も澄恋に匹敵する力を持つんじゃないか、と思っていた。
龍久のオーバーだとも取れる行動に、少女はくすっと笑みをこぼした。
「大丈夫よ。新入生試合では修行しないのが基本だし、私があなたに合わせるわ」
「……い、いいのか? アンタも修行のためにここに来たんじゃ……」
「本格的じゃないわよ。ちょっと気分転換に素振りしに来ただけ。ここは修行以外に、私がリラックスするための場所でもあるのよ」
ほらあそこ、と少女が指を差した先を見ると、さっきは気付かなかったがハンモックがあったり、周りの木より少し高めに残された木もある。おそらく腰かけ用のものなのだろう。
「……悪いな。勝手に入った上に、修行の相手になってもらって」
「だからわざとじゃないからいいって。じゃあ——」
少女は二本の短剣を同時に引き抜くと、一本の切っ先を龍久に向ける。
「修行を始めましょう」
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