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魔術剣士と白き剣(第二章開始)
日時: 2015/08/26 07:22
名前: 宇佐悠兎 (ID: SDJp1hu/)

 まず最初に、はじめまして。宇佐悠兎(うさゆうと)といいます。

 クリックして閲覧いただきありがとうございます。
 この作品のタイトル、最後の『剣』は『つるぎ』と読みます。『けん』じゃないので、よろしくお願いいたします。

 タイトル通り『魔術』と『剣士』、そして『剣』もテーマになっていきます。基本的に文中に読み方は書きませんが、作中の『剣』は『けん』とお読みください。ややこしくてすいませんm(_ _)m

 では次から始めます。
 すぐ書けると思いますので、少々お待ちを。


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Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.17 )
日時: 2015/05/04 23:00
名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)



 3


 人気のない静かな森で、二人の剣士はひっそりと修行をしていた。
 ひっそりとしているのは二人が修行場所に選んだ場所のみで、そこで修行をする両名に『ひっそり』などという言葉は似つかわしくないほど、二人は真剣な面持ちで向かい合っている。
 が、傍から見れば修行にはとても見えないだろう。
 白い剣を持って斬りかかる少年、龍久の上から下へと振り下ろされた剣を、ひらりと宙を舞う花びらのように軽やかなステップでかわしてみせるポニーテールの少女。彼女の口元には僅かな微笑さえ浮かんでいた。
 しかし、龍久も彼女がかわすことは読んでいた。剣を下から上へ振り上げると、ポニーテールの少女は二本の剣を構え、一瞬だけ二人の剣が接触し、金属を打ち合わせた音が響く。
 勢いを殺すことなく、龍久は振り上げた剣をそのまま下へと振り下ろす。今度はかわすことなく、二本の剣を水平に構え、龍久の攻撃を受け止める。
 鍔迫り合いで二人の視線が交差すると、龍久は目の前の少女が優しい笑みを浮かべる瞬間を目の当たりにする。それに気を取られた隙を少女は見逃さない。
 少女は正面から受け止めた剣を、自身の剣を僅かにずらすことで相手のバランスを崩した。
 正面に体重を預けていた龍久は、前に支えるものがなくなってしまい、前方へと大きく身体を傾けてしまい、そのまま顔から地面へとぶつかってしまう。下が芝生とはいえ勢いがついてしまった分痛い。
 ポニーテールの少女は倒れた龍久を心配そうに見つめながら、
「……えっとぉ……ごめん、大丈夫?」
「全然平気だッ!!」
 少女の言葉が終わるのとほぼ同時に、龍久は身体を起こして質問に答える。だが顔には土がついており、鼻を強く打ってしまったのか鼻血がつー、と一筋垂れてしまっている。
 そんな龍久を見て、少女は一瞬驚いたような表情を見せたが、やがてくすっと可愛らしく優しい上品な笑みを浮かべながら、ポケットからハンカチを取り出した。
「大丈夫には見えないわ。じっとしてて」
 少女は龍久の傍にしゃがみ込むと、取り出したハンカチで龍久の顔についた土を払い、ついでに鼻血も拭き取ってやる。傍から見ればやんちゃな弟の面倒を見る姉のようにも見えるだろう。
「はい、これで平気。本当に大丈夫?」
「大丈夫だ。ってか、お前強いな。全然歯が立たねぇ」
 授業の模擬選ではそれなりに好成績を収めているため、素人なりに自信はあったのだが、こうも一方的に遊ばれていると一気に自信を失くしてしまう。
 そんな龍久を褒めようとしたのか、ポニーテールの少女は小さく首を左右に振った。
「ううん。あなたも充分強いと思うよ。動きはまだぎこちなくて、隙は多いけれど、一撃はとても重いし、相手に確実に当てられる隙を見つけられれば、私ももっと本気を出していたかも」
 つまりその言葉の真意は。
 ——私はまだ本気じゃない、ということになるだろう。
 結局圧倒的な実力の差があることは間違いがないので、ショックを受けることには変わりがない。龍久は小さい溜息をついて、
「なあ、どうしたらそんなに強くなれるんだ?」
 不意に、そんな質問が口から出ていた。
 少女は質問の内容に少し驚いたのか、少しばかり目を見開いて、すぐに困り顔になって考え出した。
 素人の龍久から見ても分かるくらい目の前にいる少女は強い。模擬選で戦った誠一も弱いとは思わないが、この少女とは明らかに違った。この少女は強さのレベルが違う。
 龍久の質問に少女がようやく答えを出した。
「……私は……こう言っていいのか分からないけど、自分を強いと思ったことはないのよ。常にもっと上へ上へ、と思って修行を積み重ねている内に、ここまで来ちゃったって感じで。だから私に強くなる秘訣とかは分からない」
 でも、と一度言葉を区切る。
「努力は無駄にならないよ。ずっと積み重ねていけば、それはきっと力になって帰ってきてくれる。私は、そう信じてる」
 いつもの上品で優しい笑みを浮かべながら、少女は龍久をじっと見つめながら答える。
 ——積み重ねていけば——。
 龍久が今の生徒たちと同じステージに立つためには、彼らが積んできた数年、もしくは十数年をたった一年や二年で積み重ねなければいけない。きっとそれは、どれほど修行をしても追いつかないだろう。闇雲に修行をしたって効率が悪い。
 だが、止まる暇はない。今はまだ明確な展望などが見えていない龍久だが、今回の新入生試合で結果を残せられれば、何かを発見することが出来れば——あるいはその目標も明確なものになってくるかもしれない。
 だからまずは積み重ねが必要だ。たとえ他の人たちに追いつくことが出来なくても、やれることがあるのなら最後までやり遂げてみせる。
「……私の意見、参考になった?」
 龍久の考えがまとまるのを待ってくれていたのか、ポニーテールの少女が優しい笑みを浮かべながら問いかけてくる。
 その質問に、龍久はこくりと頷いて応える。
「ああ、ありがとな。そうだ、まだ自己紹介してなかったよな。紅月龍久だ。よろしく」
 そう言って手を差し伸べる龍久。
「……紅月くん、かあ……珍しい苗字だね。私はあや——」
 少女が自分の名を名乗ろうとした瞬間、突然携帯電話のコール音が二人の耳に届く。二人は急いで自分の携帯電話を取り出した。龍久のものではない。そもそも鞄に入れたままで、こっちに持ってきていないことを思い出した。
 ポニーテールの少女が携帯電話で通話を始めると、会話の端々を聞き取ることが出来た。
「もしもし? うん、うん……えぇ!? なんでそんなことになったの!? あー、もう! 最近そういうの多くない? 分かった、今すぐ戻るから、状況をうまく説明できる人を集めておいて!」
 焦ったように早口でまくしたてる少女。彼女は急いで携帯電話をポケットにしまうと、
「ごめん! 急用が出来ちゃって、本当はもっと修行に付き合ってあげたかったけど、中々終わらない用事で……新入生試合には出られると思うんだけど……」
 彼女も魔術剣士の家に生まれて、そちらの方で何か問題でもあったのだろう。だったらそっちを優先させるべきだ。
「いいよ。新入生試合、当たるといいな」
「うん。そうなったら手加減しないからね」
 じゃあまたね、と小さく手を振って少女は去って行った。
「……あっ! 名前聞けてねぇ!」
 思い出したように声を上げた龍久だが、彼女の出る試合は全て見る予定だし、いずれ名前も分かるだろう。彼女のほどの実力者なら、注目を浴びてもおかしくはない。
 だったら、もし彼女と新入生試合の舞台で戦うには、今の実力じゃ全然足りない。
 龍久は新入生試合の当日まで、全力で修行に取り組むことにした。

Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.18 )
日時: 2015/05/16 11:39
名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)



 4


 新入生試合が翌日にまで迫ってきた。
 龍久はいつもの場所で、もし試合でポニーテールの少女と当たった時のイメージトレーニングを繰り返していた。
 あの少女の強さは未だ底が分からない。龍久と手を合わせた時だって本気ではなかったはずだ。それ故に、イメージトレーニングだけでは彼女に勝つ自信など少しも持てなかった。
 だが、以前よりはまともに戦える。少しは対抗できるつもりにはなっていた。この数日、放課後に図書室に鞄を置いてすぐに修行に励んだ成果は出てきている。
 図書室の主であるシャーロットは図書室を荷物置き場のように扱われていることに多少の不満もあったようだが、修行をしている、ということもあってかそれほど文句は言ってこなかった。渋々、といった感じで了承してくれているのだろう。
 今の実力ならポニーテールの少女だけじゃない、もっと強い相手とだってそれなりに渡り合える。授業で互角に戦った誠一にだって勝つ可能性だってあるのだ。
 あとは明日の試合で自身の実力を思う存分発揮するだけ。試合を乗り越えれば、この学校で自分が目指すべきものの展望も見えてくるに違いない。
 そう考えると心なしかわくわくしてきた。入学した頃は不安や不満など前向きな感情は一つもなかったが、椎菜や澄恋、シャーロットといった自分を応援してくれる人の存在、さらには誠一や雅、名も知らぬポニーテールの少女といった競い合う相手がいるおかげで、少しは前向きな気持ちも持てるようになった。
 龍久は剣を鞘に納め、ポニーテールの少女が作った切り株に座り小さく息を吐いた。すると草を踏みしめる音が近づいてくる。誰かがこちらに来ているようだ。
「紅月くーん!」
 姿が見える前に椎菜の声が聞こえてきた。龍久は己の居場所を知らせるために声を上げた。
「香椎かー?」
「ちょっと待ってて、今行くね!」
 椎菜が木の間を抜け、姿を現した瞬間、
「ひゃっ!?」
 地面から出っ張った木の根に躓き、ずべしゃっ、と漫画のように見事なこけっぷりを披露した。龍久はそれをまたか、みたいな表情で眺めると、身体を起こす椎菜に手を差し伸べた。
「……大丈夫か、お前?」
「……うん、なんとか……」
 龍久の手を借りて立ち上がる椎菜。彼女のドジっぷりはこの数日ではどうにもならず、今でも授業では転んだり壁にぶつかったりを繰り返している。本人も新入生試合では結果が残せないだろう、と考えているらしく、剣術ではなく魔術方面で頑張ることを決めているようだ。
「どうしたんだ、こんな場所まで」
「あ、そろそろ戻ってくる頃かなって思って。はいこれ。紅月くん何も持って行かなかったでしょ?」
 そう言って椎菜は手に持っていた袋からタオルとペットボトルに入った飲料水を取り出した。
「おお、サンキュー」
「いつも戻ってくると汗だくだし、必要かなって思って」
 笑顔でそう答えてくる椎菜。なんだか運動部員とそのマネージャーみたいだ、と今の状況にそう思いながら、龍久は持ってきてくれたタオルで汗を拭き、飲料水を一口飲み喉を潤した。
「にしても、よく場所が分かったな。あんま捜してないんじゃないか?」
 椎菜を見てみるとあまり汗をかいていないし、疲れた様子も見えない。周りを見れば同じような景色ばかりなので、拓けているとはいえこの場所を見つけるのは難しいはずだ。龍久も二、三日は少し迷ったというのに。
「うん、静河先輩がね。ここを真っ直ぐ行けば紅月くんがいるよって言ってくれて。その言葉通りに進んできたの」
 澄恋が龍久の魔力を感知して、椎菜に行き方を教えたらしい。生憎龍久と椎菜にはそんな技術はないが、椎菜ならばいつか習得してしまいそうな気がする。魔術方面で頑張るのなら、そういう技術も必要だろう。
 龍久にしても、習得して損はないのだが。
 龍久と椎菜は隣り合うように切り株の上に腰掛けた。元々一人分程度の大きさなので、二人で座ると少し狭く感じるが、二人ともそれはあまり気にしていない。
「毎日ここで練習してたんだね。あんなに疲れるまで」
「ああ。でも今日は香椎が来てくれて助かったよ。ありがとな」
「えっ? そ、そんな……大したことじゃないよ」
 お礼を言われて照れてしまったのか、椎菜は顔を俯かせてしまう。
 椎菜は顔を俯かせたまま、
「……本当にすごいな、紅月くんは」
 そう呟いた。
 周りが静かなためか、龍久の耳にもその言葉は聞こえてしまい、褒められたことを少し照れくさく思ってしまう。椎菜はそれに気付くことなく、顔を上げて今度は龍久に言うように言葉を紡いでいく。
「……わたしと同じ時期に入ったのに、わたしより全然強くて、努力してて、なんだか憧れちゃうなあ。わたしは剣術に関しては全然だから羨ましいよ」
「……そんなことねーだろ」
 龍久は自分だけ褒められているのが恥ずかしくなったのか、椎菜の言葉を全て受けてから言葉を発した。
「香椎だって魔術の成績はすごいいいじゃねーか。元々この学校にいた人よりも。俺は剣術より、そっちが出来る方がすごいと思う」
「……そ、そうかな……ありがと……」
 顔を赤くして目を逸らす椎菜。龍久も少し居心地が悪そうに視線を椎菜から逸らす。静寂が二人を包み込み、気まずい空気が流れだした時、ふと椎菜が龍久の手に自分の手を重ねた。
「……香椎?」
 突然のことにどきっとする龍久。振り返ると椎菜の大きな瞳はじっと龍久を見つめていた。椎菜は龍久と目が合ってもその目を逸らすことなく、
「……わたし、応援してるから。頑張ってね」
「……お、おう……」
 二人が見つめ合い、淡い空気が辺りに漂う。
 二人の距離が自然に縮まっていく。あと数十センチ、十数センチ、少しずつ距離が縮まっていき——、

「お楽しみのところ悪いがお主ら、そういうのはもっと奥に行ってするのを勧めるぞ?」

 不意に背後からシャーロットの声が聞こえ、二人はビクッ!! と身体を大きく震わせた。二人は動揺のあまり切り株から転げ落ちてしまいシャーロットはそんな二人に溜息をついた。
「……まったく、椎菜の帰りが遅いから何をしているかと思えば……。お主ら、そんな関係じゃったのか? これは止めたのが惜しいのう。もうちょっと待っておれば、龍久が理性を崩壊させて椎菜を押し倒し——」
「しねぇよっ!! つーかいるなら声くらいかけやがれ!!」
 龍久は顔を真っ赤にしながらシャーロットに叫ぶ。シャーロットは明るく笑いながら、むきになる龍久をからかっていた。
 一方の椎菜はというと、青を真っ赤にしながら空気に流されそうになってしまった自分を客観的に見て、頭から湯気を立ち昇らせていた。
「くくく、まあ良い。何事もなければな。それより龍久、成果のほどはどうじゃ?」
 急に話題を変えられて、拗ねたような口調で龍久は答える。
「まあ、相手がいないからどうか分かんねぇけど、そこそこいけるんじゃねぇか」
 実際、修行を開始したあの日以降、ポニーテールの少女は姿を見せていない。剣を交える相手がいれば自分の成長も分かると思うのだが、一人でやっていた分、成長具合を聞かれても正直分からない。
 だが、今は自身に溢れている。この調子ならいい結果を残せるだろう。
「ほう、それは良いことじゃ。まああまり根を詰めても良くないからのう、今日はもう寮に戻って休むといい。若者よ、明日に備えよ」
 シャーロットはそれだけ言い残してその場を去って行った。龍久と椎菜は顔を見合わせると、一瞬で顔を赤くしてお互いに目を逸らす。目を逸らしたまま、龍久は椎菜に問いかける。
「……じゃあ……戻るか……」
「……うん……そうだね……」
 それから帰るまで、二人は一切言葉を交わさなかった。

Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.19 )
日時: 2015/05/17 00:56
名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)



 第四章 速殺女王


 1


 新入生試合当日。
 いつもより早く目が覚めてしまった龍久は、今から身体を動かしておこうと思い、制服に素早く着替える。朝食を食べるのももどかしく、寮を出ようとしたまさにその瞬間だった。
 スマートホンが震えた。メールを受信したのだろう、スマートホンを起動させてメールの受信ファイルを確認すると見覚えのないアドレスからメールが送られてきていた。
 何かの勧誘やメールマガジンなどのアドレスではない。龍久は不審に思いながらもそのメールを開き内容を確認すると、送信者がすぐに分かってしまう内容だった。
『わらわから大事な話じゃ。図書室に来るがよい』
 なるほど、シャーロットだ。
 よく見ればアドレスが『シャーロット』の英語表記になっているみたいだ。そんなことはどうでもいいのだが、何故彼女は龍久のアドレスを知っていたのか。シャーロットが携帯電話を持っているなど知らなかったため、彼女と連絡先の交換はしていないはずだ。
 もしかしたら気付かない内に済まされているのかもしれない。だとしたら電話番号も知られているだろう。少しぞっとしながら、軽く朝食を済ませて寮を出た。
 学校に着くとまだ生徒はほとんど来ておらず、龍久は足早に図書室に向かった。とりあえず連絡先の件はせめても何も言われまい、と自分に言い聞かせていると、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「紅月くん、おはよ!」
 振り返ると椎菜が駆け寄ってきているところだった。
「香椎。おはよう、お前いつもこんな時間に来てんのか?」
 慣れない早起きをしてしまったため、大きな欠伸をこぼしてしまう龍久。すると椎菜は曖昧に頷いた。
「……起きる時間はいつもと変わらなかったんだけど……シャーロットさんからメールがあって……アドレスとか教えてないのになんでだろ?」
 どうやら椎菜のもとにも届いたらしい。椎菜は龍久と比べてシャーロットと一緒にいる時間が多かったはずだ。椎菜は教えた記憶がないというのだから、本当にシャーロットがどうやって連絡先を知ったのか不思議になってくる。
 とりあえずそれはもう言及しないことを二人は誓って図書室のドアを開けた。するといつものように地球儀の巨大オブジェの上に腰を掛けているシャーロットの姿があった。傍の椅子に座って本を読んでいる澄恋もいる。
「おお、来たか。こんな時間に起きているとは感心じゃな」
「……うるせー。こっちは新入生試合で緊張してるってのに、何の用だよ」
 ふてくされたように言う龍久に、シャーロットは地球儀のオブジェから飛び降り、華麗に音もなく着地すると腕を組んで拗ねたような口調で言う。
「なんじゃ、わらわはお主らの役に立つ情報をくれてやろうというのに」
 そう言われると、聞かないわけにもいかない。一方の椎菜はそれどころじゃなく、かなり落ち込んでしまっているが、一応は聞いておこうと視線をシャーロットに向けている。
 シャーロットは人差し指を一本立てて、円を描くようにくるくると指を回していく。
「実は、今年度の一年生は優秀な生徒が多いらしくての、在校生だけじゃなく教師陣も期待している者が多い。それだけ強い魔術剣士がおるということじゃ」
 それを聞いた椎菜が声にならない悲鳴を上げた。
 龍久もそう聞いて少し身体が疼いた。自分が知らないだけで、この学校には強い生徒がごろごろいる。しかもその何人かは同学年だ。わくわくしないわけがない。
「強い者の名前を挙げていけばキリがないが、とりあえずは優勝はどちらかになるであろう二人の名前を告げておこう」
 シャーロットは指の動きを止めて、数を数えるように人差し指を立てたまま説明を続ける。
「一人は『不敗の貴公子』と呼ばれている男子生徒、霧崎聖(きりさきひじり)じゃ。あだ名の通り端麗な容姿もさることながら、公式戦では負けなしらしい。その噂もあって、期待は高いそうじゃ」
 とてつもないあだ名の生徒がいたもんだ。
 しかし負けなしとはすさまじい戦績だ。すぐに負けてしまうのだろうが、一度手合せをしたいものだ、と龍久は思ってしまう。
 シャーロットによると、霧崎聖の持つ魔剣が彼のあだ名の由来らしい。使用者に勝利をもたらすと言われている魔剣『デュランダル』。その魔剣は使用者を選ぶらしく、選ばれただけでもかなりの才能の持ち主だと言われている。
 そんな強い奴が同じ学年にいるなんて、正直ニヤけてしまう。もしかしたらこの新入生試合で当たるかもしれないのだ。
 そしてもう一人、とシャーロットは中指を立てた。
「こっちはわらわの知り合いじゃ。綾野千尋(あやのちひろ)。わらわはこやつが優勝するんじゃないかと思っている」
 シャーロットが認める魔術剣士、綾野千尋。シャーロットは彼女の説明を始めた。
「奴は公式戦で十回以上剣を振るったことがないらしい。ついた名は『速殺女王(そくさつじょおう)』じゃ」
 そのあだ名を聞いて龍久と椎菜は息を呑んだ。どう考えてもまだか弱いイメージがある女子高生に与えられる名前じゃない。つまり、それほど綾野千尋という少女は強いということだ。
「そういえば、私彼女のこと知ってるわ。お兄様が彼女のお姉さんと仲良かったから、昔何度か会ったことあるわ」
 澄恋が思い出したように言った。
 しかし澄恋が覚えているのは彼女の強さやそういったものではなく、彼女の容姿についてだった。
「きっと可愛くなってるわよ、千尋ちゃん。最後に会ったのは、あの子が小学四年生くらいだったかしら。その時でも可愛かったもの」
 親戚の子供を自慢するおばさんのようになってしまった澄恋に、龍久は苦笑いをした。
 すると椎菜が言いにくそうに挙手しながら、
「……あの、さっき言ってた公式戦ってなんですか?」
 そういえばシャーロットの説明の中にそんな言葉が出てきていた。
 ふむ、とシャーロットは顎に手を添える。
「そうじゃな。魔術剣士同士が行う戦いは、基本的には学校が公認しない限り行われぬ。公認された試合は審判に教師がつき、学校が認めた公式な試合となるのだ。別名『剣戟戦(けんげきせん)』と呼ばれ、今回の新入生試合もそれに含まれるぞ」
 さらにこの『剣戟戦』は魔術剣士育成の学校に通っていれば必ず行われ、テストと同じ周期であるらしい。ということは小学校や中学校でも必ず経験しており、綾野千尋と霧崎聖の二人は、十回以上行われた公式戦で先ほど述べた戦績を残している、ということになる。
「まあ聖と千尋に当たったら負け確定だから、潔く諦めることを勧めるぞ」
 椎菜は余計緊張したのか、もはや頭を抱えて嘆いている。しかし龍久だけは、胸の高揚感を感じていた。速く戦いたい、と身体が疼いている。
 それを察したのか、シャーロットは小さく笑って龍久の胸をとん、と拳で叩いた。
「ま、やれるだけやってこい」
「ああ! 当たり前だろ!」
 新入生試合の開始時刻は十二時。
 開始まで、残り六時間を切った。

Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.20 )
日時: 2015/05/24 00:56
名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)



 2


 広大な敷地を誇る私立茉莉花統剣学園。
 今回の新入生試合が行われるのは、校舎からおよそ一キロ程後方に建設された大きなホールだ。
 収容人数は最大で二千人。野球スタジアムほどの大きさのホールは千人前後のこの学園の全生徒と教員を全て座らせてもまだ席は何百席と残る。
 新入生試合の開始時刻は十二時半。十二時からは開会セレモニーが行われる。それを観覧するため、龍久と椎菜は図書室に向かい、シャーロットと三人で巨大ホールに向かった。
 階上に入ると、既に全校生徒の三分の一ほどの人数が集まっており、席に座っている者や客席の一番後ろにあるリング状の通路に立っている者もいた。そして通路から数十メートルほど下方、中央部に正方形の石造りのリングが用意されていた。
 こんな大観衆の目の前で、あんなところで試合をするのか。思っていた以上に緊張してくる龍久の隣では、新入生試合の規模に驚いた椎菜が絶望的な表情を浮かべていた。
 龍久たちは遅れてやって来るであろう澄恋が見つけやすいように通路で開会セレモニーを見ることにする。
 開会セレモニーまではまだ五分程時間がある。しかしそれでもぞろぞろと生徒は集まってきており、もう全校生徒がほとんど集まってきている状態だろう。まだ試合までは三十分ほどあるというのに、会場全体がだんだん盛り上がってきている。
 生徒の間ではやはり綾野千尋に対する期待は高いようでちらほらと名前を聞く。やはり試合を見る前から彼女に投票すると決めている生徒は多いようだ。
 あと聞こえる名前は霧崎聖。やはり彼も先輩たちからの期待は高いようだ。他にはシャーロットからは聞かされていない名前の生徒も聞こえてくる。やはり、言われたとおり今年は優秀な生徒が集まっているらしい。
 などと考えながら耳を澄ましていると、会場の声がだんだん小さく鳴っていくのが分かる。
「始まるぞ」
 隣で腕を組んだまま下のリングを眺めているシャーロットに言われ、龍久も同じように視線を下へと送る。すると西側にある入り口から一人の生徒が歩いてきた。
 黒い髪をツインテールにした小柄で可愛らしい容姿の女子生徒だ。彼女が入って来るなり、男子生徒から大きな歓声が上がった。
 ツインテールの女子生徒はリングの中央に立つとそこで止まり、会場をぐるりと見回した。彼女の手にはマイクが握られており、小さく頷くとマイクを口元に近づけ、マイクを持っていない右腕をぴっと上げた。
『みなさーん、こんにちはー!』
 うおおおおおお!! と男子生徒の雄叫びのような歓声が会場に満ちる。反応を聞いたツインテールの生徒は、うんうんと大きく頷き、
『今回の新入生試合、司会進行は茉莉花が誇る名司会者であるこのあたし、羽生美緒里(はにゅうみおり)が担当しまーす!』
 再びの歓声(おたけび)。
 その歓声に圧倒されながら、龍久は隣にいるシャーロットに問いかける。
「……シャーロット、あの人は?」
「三年の羽生美緒里。新入生試合や定期的に行われる『剣戟戦』の司会は必ずと言っていいほど、彼女が行っておる。男子からの人気はこの通りじゃが、女子からはあまり人気はないな」
 そう言うと、椎菜が不思議そうな顔をする。
「え、なんで? あんなに可愛いのに」
 椎菜がそう言うと、会場の生徒に手を振っていた美緒里がこっちを見つめ、椎菜をびしっと指差した。
『そこのアナタ! 今可愛いって言ってくれた? キャー、ありがとぉー!』
 椎菜は決して大声で言ったわけではない。近くの龍久とシャーロットにしか聞こえないくらいの声量だったはずだ。だが、数十メートル離れた美緒里が聞こえたということは、彼女が異常な地獄耳なのだろう。それでも説明がつかないくらいだが。
 シャーロットは小さく溜息をついて、
「まあ、結構なぶりっ子なのじゃ。ちなみにさっき三年と言ったが、奴は二回留年しておるから年は今年ではた——」

 ひゅん、という風切り音とともにナイフが放たれ、シャーロットは目の前で指で挟んで飛んできたナイフを止める。

 飛んできたのは下の方からだ。龍久は犯人を捜そうと下を見ると、すぐに犯人が分かった。
 リングの上にいる美緒里がナイフを投げたように片腕を不自然に上げている。その腕を下ろしながら美緒里は笑顔でシャーロットに視線を向けながら、
『おっかしいなぁ〜、変な言葉が聞こえたんだけど……』
 笑顔で、にっこりとしたまま、
『なにかいった?』
 その笑顔からは想像できないほど冷たい声で言い放つ。
 シャーロットはナイフを足元に放り投げ、
「別に」
 鼻で笑いながら言い返す。美緒里は笑顔で何事もなかったかのように客席に向けて手を振っていた。
「……いけ好かん奴じゃ」
「今のはお前が悪いと思うぞ」
「……私も」
 しかしこれほど距離が離れているというのに、片手でナイフを投げて届くとはやはり彼女も魔術を使用したのだろうか。
 そんな彼女でさえも二回留年——どうやら龍久が思っているよりも私立茉莉花統剣学園はレベルの高い学校らしい。

Re: 魔術剣士と白き剣 ( No.21 )
日時: 2015/05/26 00:23
名前: 宇佐悠兎 (ID: KCZsNao/)



『ではでは、時間が惜しいので、そろそろ開会宣言をしてもらいましょー! お願いしまーす!』
 笑顔で観客に愛想を振りまく美緒里はテンションを全く下げることなく、自分が出て来た西側とは逆の入り口を注目させるように手を差し出した。
「……あれ、そういや静河先輩まだ来ねぇな」
「ホントだ。もう開会宣言始まるのに」
 新入生試合が始まるまでは平常通り授業が行われ、十二時から開会セレモニーとなっており、龍久と椎菜は授業が終わると大急ぎで図書室に向かったのだ。
 その時には既に澄恋の姿はなく、シャーロット曰く『ちょっと用意があるから』といって姿を消したらしい。ちょっと、という割には時間が長すぎるように感じた。さすがにここまで遅いと心配だ。
 そわそわする龍久と椎菜を他所に、シャーロットは眼下で行われている開会セレモニーを楽しんでいた。
「シャーロット、静河先輩知らねぇか?」
 龍久の問いかけにシャーロットは目線を変えることなく退屈そうな口調で答える。
「言ったじゃろう? 澄恋なら用意がある、と。もうすぐ来るんじゃないかのう」
 能天気なシャーロットの答えに龍久は不満を抱かずにはいられなかった。澄恋は強いとシャーロットから聞いている。そんな彼女ならばトラブルに巻き込まれても、自分で解決できるだろう。だが、本当にそれでいいのだろうか。
 龍久が割って入っても邪魔になるだけかもしれないが、大丈夫だと判断して迎えに行かないのは少し可哀想じゃないか?
 そう考えた龍久は澄恋を探そうと踵を返す。
「俺、ちょっと捜しに行ってくる!」
 ホールの外へ出ようとした瞬間、
「ま、待って紅月くん!」
 椎菜が慌てた様子で呼び止める。
 龍久も足を止めて椎菜の隣に戻る。龍久は椎菜が指差す開会セレモニーが行われている下を見た。そこには、

 マイクを持って左側から入場してきた静河澄恋がいた。

「静河先輩!?」
「だから言ったじゃろう? もうすぐ来ると」
 シャーロットは呆れたような口調で言った。
 なんで澄恋があそこにいるのか分からない龍久と椎菜の困惑する視線を受け止めて、シャーロットは溜息をついた。面倒くさそうな様子が丸分かりだ。それでも説明はしてくれるようで、通路の手すりに体重を預ける体勢から腕を組み、龍久と椎菜の方向に向き直った。
「新入生試合の開会宣言は毎回、前年度の期待度一位の生徒が行うのじゃ。だから今年の開会宣言は澄恋なんじゃ」
 そういえば、新入生試合の説明をしてくれた時、澄恋とシャーロットの二人は、澄恋が一位だった的なことを言っていたような気がする。ということは、今の二年生では澄恋が一番強いということになるのだろうか。
 なんにしてもとてつもない人と知り合いになったものだな、と今にして思う。
 中央に立った澄恋は周りの生徒をぐるりと見回した。美人な澄恋には男女問わず人気があり、親衛隊のような歓声を上げている集団も見受けられた。
『それでは、前回の期待度一位の静河澄恋さん! 開会宣言をどうぞ!』
 美緒里が澄恋に促すと、澄恋はマイクを口元に近づけ、

『——何を言えばいいんですか?』

 だああっ、と会場全体の気が抜けた。
 澄恋と一緒にリングにいた美緒里は盛大にずっこけ、龍久たちも同じようなリアクションを取ってしまった。クールビューティーな澄恋からは考えられない言動だったのだろう、同じようなリアクションを取らなかった生徒は誰一人していないだろう。
『って、静河さん!? 二週間前に言ったじゃないですか! 新入生試合の開会宣言をしてもらうから、スピーチを考えてきてくださいって!』
『……言われましたけど……すいません。少しバタバタしてて』
 そういえば龍久と椎菜が来てから、澄恋は色々なことを教えてくれていた。もしかしたら自分たちのせいで澄恋はスピーチを考えられなかったんじゃないか、と少し申し訳なく思ってしまう。
 それと同時に、そんな澄恋に成長した部分を見せないと、とみなぎってもくる。
『じゃあもういいです。適当にやっちゃってください。開会宣言をしてくれればいいですから』
 美緒里が呆れたような口調で言う。
 澄恋は再びマイクを口元に近づけると、会場がしんと静まり返った。ッ先とは違い、何かを伝えようという澄恋の意思を感じれたからだろう。
『……二年の静河澄恋です。まずは一年生のみなさん、遅くなりましたがご入学おめでとうございます。私たち二年生も、去年の今頃はみなさんと同じくこの学校の門をくぐり、期待と不安を胸に抱き入学しました。そしてこの舞台に立ち、クラスメイトや同級生とこの場で大勢の先輩方に見守られながら剣を振るいました。当時の私はとても緊張していました。しかし、舞台に立つたび、先輩方に声援を送ってもらい緊張もほぐれ、自分の戦いが出来たからこそ、期待度一位という名誉な功績を残せたと思っております。ではあまり長くなってしまうのもあれですし、早く始めましょう。みなさまの戦いを私たちに見せてください』
 澄恋が腕を上げる。
『第四十五回、私立茉莉花統剣学園——新入生試合の開会をここに宣言します!』
 途端にわあああああ!! と会場から大きな歓声が巻き起こった。
 席からほとんどの生徒たちが立ち上がり、会場の熱気は最高潮だ。
『それでは、改めて新入生試合の説明をいたします!』
 盛り上がる会場内で、リングの上に立ったままの美緒里が元気よく声を上げた。
『新入生試合は一年生のみで行う試合です。今年の一年生の数は391人! 一年生の方には既に自分の出番となる試合番号が書かれた紙があるはずです! それに従ってこのリングで試合を行って頂きます! 試合相手は毎回ランダムで決められており、開始直前まで誰が相手になるか分かりません! 二回戦、三回戦も同様です! 優勝者が決定したのち、在校生に期待できる生徒に投票してもらい、上位十人は翌日学園の掲示板に貼り出されまーす!』
 さらに会場から歓声が上がる。
 階上の熱気がさらに上がっていく中、シャーロットは龍久に尋ねる。
「ところで、龍久は何戦目じゃ?」
「ん? ああ、三戦目だ。香椎は?」
「わたしは五十七戦目。まだちょっと余裕があるかな」
「三戦目なら、もう用意しといた方がよいな。ちゃんと応援するから頑張れよ」
 龍久は椎菜とシャーロットの声を背中に受けながら、入り口の方へと向かって行く。
 するとすれ違った相手がハンカチを落としたのに気が付いた。龍久はそれを拾い上げて、先ほどすれ違った生徒に声を掛ける。
「おーい、ハンカチ落としたぞ?」
 呼び止められた生徒は足を止め振り返る。
 長い茶髪をサイドポニーテールにした少女だ。首には桃色のマフラーを巻いており、そのせいか口元が隠れてしまっている。背や体格は椎菜と大差ないくらいだ。
 少女はきょとんとした様子で差し出されたハンカチを見ると、自分のポケットや身体中を探りようやく落としたことに気が付いたらしい。
「おお、これはすまぬ。かたじけない」
 かたじけない? と古風な話し方をする少女に龍久は思わず驚いてしまう。可愛らしい顔とは対照的な話し方に、これほどのギャップを感じるのか、と戸惑ってしまう。
 龍久は少女にハンカチを手渡すと、少女はぺこりと頭を下げて、
「助かったでござるよ。ところでお主は何戦目に出るでござるか?」
「……さ、三戦目……」
 語尾にござるを付けるなんて、歴史好きな女子かなにかだろうか、と戸惑いながらも龍久は答える。
「なるほど。拙者とは違うようでござるな。必ず見るでござる。頑張ってくだされ!」
 少女はエールを送ると、駆け足でその場から去って行った。
 とてつもないギャップと個性を持った人もいるもんだな、と思いながら龍久は入口へと向かって行く。


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