コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- の甼
- 日時: 2017/07/22 00:39
- 名前: Garnet (ID: z/hwH3to)
Welcome to ???street.
Nickname is,"KUMACHI"
Their birthday...4th May 2016
To start writing...7th May 2016
(Contents>>)
【Citizen】(読み仮名・敬称略。登場人物の括弧内は誕生日)
●上総 ほたる (5/4)
●氷渡 流星 (12/23)
●佐久間 佑樹
●柳津 幸枝
○ひよこ
○てるてる522
○亜咲 りん
○河童
☆ ただいまスレ移動措置に伴い、スレッドをロックしております。 ☆
☆ 『 の甼』は、新コメライ板へお引っ越しする予定です。 ☆
*
──────強く、なりたい
- Re: の甼 ( No.31 )
- 日時: 2016/11/23 05:07
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
こちらではお話したことはありませんでしたよね。河童です。
お世話になっているのにGarnetさんの小説を拝見したことがないという大変失礼なことをしておりました、すみませんm(_ _)m
読ませていただいて最初に、優しい文章だなあ、と思いました。難しい言葉を使って、書くことだってできると思いますが、このお話はこの文章であることによって『 の甼』というお話なんだな、と。当たり前のことを言うんじゃない! と怒られてしまいそうですがね笑 本当に優しく、心の奥にまで届くような深い文章でした!
そして、話の切り方が凄かったです! 上総ほたるになる? え? え? なんで白いワンピースに見えてるの? 鏡と目の色なんで違うの? と、今読み終わった直後の河童は錯乱しております(^_^;)
なんで今までこんな素晴らしい小説を読んでこなかったのだろう、と後悔しています。これからどうなっていくのかとてつもなく楽しみです。
更新、頑張ってください(*^^*)
- Re: の甼 ( No.32 )
- 日時: 2016/11/25 00:55
- 名前: Garnet (ID: ykFYs.DE)
<河童しゃん様
朝早くからコメントありがとうございました!
そういえばこちらでは初めましてですよね。 わたしも読まないときは読まないのでお気になさらないでください(笑)
実はTwitterで繋がる前から、河童しゃんの『巫山戯た学び舎』は何度か読んでいたことがあって、カキコでは珍しい書き方だなあと思ってました。
ギャグ方向に持っていく小説って、どうしても表現がおろそかになる傾向を感じて読みにくくなり、結構いくつも読むのを諦めたのだけど、ふざまなはそういうところが全然なくて内容もとても好みです。
……これ以上書くと、河童しゃんのところに直接行け!ってなっちゃうので、また後日突撃に参りますW ふふふ……。
『 の甼』らしさを褒めていただけてがーねっとはうはうはしています。怒りませんよ、嬉しいです(笑)
他の物語とはちょっと書き方を変えたもので(とはいっても自分にしか違いがわからないレベル)やっぱりこまめな更新はできず、レス数が増えていく度にメモ帳とにらみ合いを始めることが増えてきました。でも、河童しゃんはじめ、応援してくれる方がどんどん増えてきたから、その気持ちを大切にするためにも努力を続けていこうと思います。
このような系統のファンタジーは初挑戦なので、うまくまとめられるか不安ですが、河童しゃんの言葉で自信が出た気がします。ありがとう【スヤァの絵文字】
鏡の中との違いなどは、だんだん理由がわかるようになるので、是非楽しみにしていてください(笑)
応援ありがとう、頑張ります。
- Re: の甼 ( No.33 )
- 日時: 2016/12/12 20:39
- 名前: Garnet (ID: RnkmdEze)
「鏡はね、ありのままの、真実の姿を映し出すの。それに対して、人々……流星くんが見ているわたしの姿は、あなたがわたしをどう見ているかが反映されたもの。だからそれは、わたしの本当の姿じゃない」
それにわたしは今、正確には人間じゃないし。そう補足して、反応をうかがう。
彼は何も語らず、静かにわたしの言ったことを咀嚼しているようだった。
流星くんのこういうところは、今も変わっていない。穏やかなわりにどこかトゲのある話し方とか、頭が固そうに見える雰囲気は、前とはまったくの別物だけど。そういうわたしこそ他人のことは言えないから、この気持ちは心の小さなポケットに、丁寧に畳んでしまっておこう。
「そう、か」
額に手をやられたので、これはもしかして失敗だったかと焦り始めたら、同時にそれだけの返事がかえってきた。いつもより少し、低い声だった。そして、流れるように自然な間を作って、彼は襖の向こうへと姿を消した。ぽかんと、口が開いてしまう。なんであんなにも冷静でいられるんだろう。
…………それにしても。わたし自身が、鏡に映る自らの瞳の色を、青と認識しはじめているのには驚いてしまった。少なくともこの世界の良くないものに染まりはじめているということで、解釈は間違っていないだろう。きっとあの雨の日に再会した彼らに、触れてしまったからだ。
残された時間はそう長くない。焦る必要まではないとしても、できるだけ早く、務めを果たさなくては。
太ももの辺りを冷たいナイフが駆け抜ける幻覚がよみがえり、軽い目眩にしゃがみこんでいると、肩にやわらかい重みが吸い付いてきたので、顔をあげた。
「歳を重ねると朝が早くなるって言うでしょう。幸枝さんが起きる前に、此処を出ていこう」
確かにおばあちゃんはもうおばあちゃんになってしまったし、お布団に入る時間もわたしより早いけど、朝起きる時間はわたしのお母さんやお父さんと同じくらいだから、まだ心配いらないよ。
立ち上がってそう言うよりも先に、わたしの小さな鼻がいつもと違う匂いを感じ取って、冷えた髪がほんの少しだけ、首筋に絡まった。
はっとしてピントを目の前の少し高いところへ合わせると、流星くんが、彼のマフラーを器用に巻いてくれていた。長いのを2つに折って、そこにできたわっかへ尻尾を押し込むだけという巻き方しか知らなかったから、流星くんの慣れた動きが、まるで魔法の力をわたしに綴じてくれているかのように見えて圧倒してしまう。
「はいっ、完成」
少し大きそうな手袋を差し出してくる笑顔が本当の魔法使いみたいで、わたしは半ばいい加減に受け取って、ぼんやりしてくる頭と身体をくるりと、右向け右させた。
ものの10秒ほどでできあがった複雑な結び目を鏡に映して観察してみたけど、外したい時は適当に一本引っ張ればどうにかなるだろうということくらいしかわからない。
「ね、こういうのってどこで覚えたの? やっぱり都会の子って、雑誌とか買って読み込んでるの?」
とっても気になってしまったから、目の前のわたしの首に巻かれたマフラーを撫でながらきわめて真面目に質問したというのに、しばらくの沈黙ののちに彼から発せられた声は、笑いでくしゃくしゃの波になって、辺りの空気をたくさん震わせた。
「あっははっ、何だよそれー。周りの空気、空気。ネットですぐ調べられるってば」
なんだか、ほんとうの流星くん、なのに、流星くんじゃないみたい。
いつもおばあちゃんの家に来るときは車だから、月美町内に2本も電車が走ってるなんて、昨晩まで全然知らなかった。
北区に私鉄、南区に国鉄。国鉄のほうは、月美駅から西隣の町に走り川を鉄橋で渡って、また別の市にある、県内でも指折りの主要駅となる大きな駅に向かう。丁度北区を避けている形になるけど、私鉄のほうも主要駅から徒歩5分圏内のところに小さな駅を置いているので、通勤通学で電車を利用する人たちは大体、南北でばっさり分かれるんだそうだ。
そういえば、なんで国鉄をJRと呼ばないのかと、東京から地元の中学に転校してきた子に訊かれたことがあったけど、今まで気にもしていなかった。お母さんもお父さんも、いとこも、友だちも、おばあちゃんもおじいちゃんもそうだったんだもの。友だちに関しては、明るくて社交的なみんなには到底かなわないくらいの交友関係しかないから、宛てにならないと思われるかもしれないけど、彼らだっていつもそう言っている。たぶん、閉鎖的なところだから時間感覚のずれもあるのかもしれない。あのことを思い出す度に、そんな田舎によく転校してきたよなあと常々思う。
「ちょっと歩くよ。河原から廻ろう」
「うん」
音を立てないようにおばあちゃんの家から出て、わたしたちは、まだ街灯が消えない早朝の町へとひっそり繰り出した。……なんて言葉にすると、まるで異世界の魔王を秘密裏に倒しに行く人間の勇者たちにでも見えてしまうけど、実際は、コートのポケットに手を入れてゆったりとした歩幅で歩く流星くんのあとをちょこちょこ付いていくだけ。首もとが寒そうな彼の背中が、一瞬どうしようもできないくらいに大きく見えて、溜め息が出た。
今朝はずいぶんと冷え込んでいる気がする。さすがに霜が降りるほどではないけれど、一面に晴れ渡った空に浮かぶ数少ない星の瞬き方だって、やっぱり、もう立派に冬空のものだ。
12月が目の前に迫っていることに、感慨深さもあるけど、そんなことより、心のどこかでくすぶっている焦燥感のほうが厄介で、今のわたしの中では5・6番目くらいに大事な問題。中学に上がる前からだんだんと抱えてしまうようになったこの気持ちは、未だかつて消えたことはない。
空が少しずつ明るくなってきた頃、土手に上がる階段の1段目に足を乗せた彼の、名前を呼んだ。彼はゆっくり振り向いて、少し離れたわたしの、つづきの言葉を待ってくれた。
でも、何て訊くのがいいんだろう。そもそも、今訊いてもいいのかな。ああ、もっとちゃんと、考えてから声をかければ良かった。
なんて考え始めて、昔からの悪い癖が出そうになった手前で、流星くんが、段にゆっくりと腰を下ろした。突然やわらかい風が吹いてきて、目がぴったりと合った。
「……おいで」
その声を、わたしは一生忘れられないと思う。
優しくて、温かくて。心の隅の、砕けてしまったところを丁寧に包み込んでくれるような。そんな声を。
嬉しくてうれしくて、たまらなくなって、わたしは小走りに、彼のもとへ飛び込んだ。
- Re: の甼 ( No.34 )
- 日時: 2016/12/18 18:30
- 名前: Garnet (ID: OLpT7hrD)
「俺さ、朝のこの時間が大好きなんだ。地平線や水平線や、その近くの空や、立ち並ぶ屋根がだんだん色付いていくのを家の窓から眺めると、何か安心するんだよね。それでときどき、窓を開けて、目を閉じて、じっと耳を澄ませるんだ」
すぐ隣の彼が、そう言った直後、透きとおる空を見上げて静かに目蓋をおろした。わたしも真似して、目を瞑る。
「すべての流れが静止して、心地がいい。そういう感覚のなかで、遠くに風のなく声が、聴こえる」
風のなく、声。耳の奥で感じ取るそれは、なんとも形容しがたいものだと思う。
もしかしたら、この音色の正体は、風などではないのかもしれない。それでも、この感覚を昔からの友人だというように、さすらう詩人のように、安らぎに寄り添う美しい声で喩えた彼は素敵だし、そんな彼が言うことなのだから、本当に風のなき声なんだろうなと思わざるをえない。
人は名前の通りになるというけれど、ロマンチックな名前の彼は本当にロマンチックだ。
何処かから犬のおはようの遠吠えが聞こえて、閉じていた目をひらくと、空がうすぼんやりといつのまにか色付いていた。夕焼けなんかに似ているけれど、これは明らかに違う色。このイロにいつもひとりぼっちで掻き消されていたわたしは、もう、いない。
だって、
「ひとりじゃないよ。あなたの傍には、僕が……氷渡流星がいるから」
こんなにも素敵な友だちが、いるのですから。
良くも悪くも飼いなれつつあるあの焦燥感は、流星くんのかけてくれた魔法がよーく効いて、今までで一番大人しくなった。きっと、いつになっても完全に消えることはないだろうけど、とても良いヒントをもらえたような気がする。
わたしよりも少し背の高い素敵な友だちは、ちょっぴり恥ずかしそうに笑って、ポケットに入れていた手を差し出してきた。それが目に飛び込んできたら、前にわたしも流星くんをころばせてしまったときに手を差しだしたのを憶って、懐かしくなった。半分だけだった何かが、きれいな真ん丸になる。
照れ笑いは彼の匂いがするマフラーに隠して、彼の匂いがする手袋で彼の手を握って、さあ、自分だけの足で立ち上がろう。
「ありがとう……。ねえ、流星くん、わたし、この町の日の出を見てみたい」
「え?」
突然のわたしの言葉に、少しのあいだ驚いたような目をされて、寄り道になっちゃうかなと申し訳なくなったけれど、彼はそんな不安さえ払いのけるように微笑んで、薄く白い息を吐いた。
「いいよ。僕も同じこと、考えてた」
土手に上ったわたしたちは、そのあと、太陽さんが空色のシャツをきちんと着終えて顔を出してくれるまで、何も物言わずに東のほうを見つめていた。
その間、幸いにも人通りは、自転車通勤らしき男性と、黒いローファーを鳴らしながら歩いていった、見知らぬ制服に身を包んだきれいな女の子だけだった。その彼女も、両耳から糸みたいに細いコードを垂らし、お洒落なマフラーと手袋をしてリズムの良い歩みを奏でているものだから、脇っちょの芝生に並んで座るわたしたちになんて気づいていないだろう。
みんな、まったく別々の世界にいるみたい。
「あの制服どこのなんだろう、可愛いな。流星くん、知ってたりする?」
彼女の後ろ姿を見やりながら、何となあく、訊いてみる。
「え?」
「あ、引っ越してきてまだ1年だし、知らないよね……」
「知ってるよ。隣町の、私立のお嬢様学校だよ。ここからだったら少し遠いかもね」
「へえ」
随分詳しいなあと感心していたら、クラスメートがそこを志望していて、気になって友達と調べたんだという。てっきり中学かと思っていたら、高校、しかも女子校なんだ。
まだ2年生なのに、ちゃんと進路を決められているなんて、羨ましい。どうせ地元の公立高校に半エスカレーターで上がるんだろうな、なんて考えているわたしとは雲泥の差だ。
さっきまでぐっすり眠っていた火種が、吹き込む風にちらりと赤を見せる。でも、ただそれだけで、今を満たす安心感には敵いやしない。
休日なのに大変だねえ。部活かなあ。なら先生も学校にいるのか、何が勤労感謝だ。……流星くんとくだらないことを言い合って。そんな出来事なんて知ったこっちゃない、と言うように、蒼からエメラルドへ、蜂蜜色へ、白へ、空は目まぐるしく、けれどもゆったりとその色を変化させていく。日の出というのがこんなにも美しいものだったなんて、わたしは知らなかった。
赤い太陽が白みを帯びてようやく気が済んだので、朝陽のもとでしばらく土手をなぞり、石の階段から下の道路におりる前、お世話になった河に挨拶をしてから、駅へ向かった。隣の彼も、僕もありがとうございました、と、わたしよりも深く頭を下げてくれたのが嬉しかった。途中でまた、会うだろうけど。
まあ、それを解っていてもなお、感謝の意を示すことを大切にするのが、このひと、なのだと思う。
………………あれ? そういえばさっき、流星くん。"俺"って、言っていたような。
- Re: の甼 ( No.35 )
- 日時: 2016/12/25 20:38
- 名前: Garnet (ID: v8Cr5l.H)
Suicaというものを、こんなにまじまじと見たのはいつぶりだろう。一昨年おばあちゃんの家に親戚一同で遊びにいったときには電車だったけど、そのときだって切符オンリーだったはずだ。
流星くんがお財布から慣れたように硬そうなカードを取り出して、切符を買う機械に吸い込ませたのを目撃したときは、頭の中がビックリマーク(感嘆符という言葉がなかなか出てこなかった)でいっぱいになってしばらく動けなくなった。移動中の、彼からのわかりやすい説明と勝手な観察で、手持ちのお金にさえ気を付ければ路線図を確認してわざわざ切符を買い求める必要もない、改札の人通りもスムーズになる素晴らしいアイテムなのだということをきちんと確認した。お陰で周りからの視線が少しだけ、顔にちくちくと刺さって痛かったけれど。
お父さんの通勤は車かバイクで電車とは無縁だし、お母さんは専業主婦でほとんど町内から出ないし、わたしの活動範囲だってたかがしれている。狭い世間に閉じこもってばかりいるのは本当によくないなあ、と再認識させられた。将来は一度だけでも、都会でひとり暮らしを経験しておこう。できたらの、話だけど。
……それにしても、計画通りの便を日の出の道草鍋で何本も逃したので、目的地までご丁寧に各駅停車でありそこそこは乗客もいる電車に詰め込まれて、酔いそうだった。
ぐうぐう鳴り止まらないお腹を抱えて降り立ったわたしたちは、駅前のハンバーガーショップに見事に吸い込まれた。もちろん注文したのはおそろいのブレイクファストセットだ。セットについてくる飲み物だけ、ふたりで違った。流星くんはホットコーヒーで、わたしは小さなパックの牛乳。シロップもミルクも注がず、まるで周りにいるサラリーマンたちに溶け込むように、優雅にそれを口にしたのを見たときには、驚きすぎて噎せてしまった。
一方で同い歳のわたしは、珈琲はコーヒーゼリーの味くらいしか受け付けないし、小さい頃興味本意で飲んでしまったときから、あんな苦いものはもってのほか! という典型的なお子様なのだ。これじゃあ流星くんの妹みたい。馬鹿みたい。
「いつか飲めるようになるって。それに、仮に飲めるようにならなかったとしても、紅茶とか、あるじゃないか」
「いいもん、いいもん。どうせわたしは子どもだもん」
「おいおい、そこまで言うなって。実際この歳でブラック飲める人はそんなにいないし……」
ランチセットのときとは違う、イングリッシュマフィンで挟んだハンバーガーにかぶりつきながらそう言われても、だだ下がりした機嫌はどうにもならなかった。
拗ねるわたしに慌てていた彼も次第に笑い始めたので、悔しいけど、まだ手をつけていなかった、揚げたての温かいハッシュドポテトをそうっと噛んでみる。ちょっと塩がきいているけど美味しい。そしてその一瞬で、さっきまでの情けなさが吹き飛んでしまった。なんて単純なのだろう。
ハンバーガーも牛乳もそっちのけで夢中になるわたしが「これ、何て言う食べものなの?!」と目を輝かせながら訊いてきても、彼はやっぱりやさしく微笑んで、それこそ妹のことでも見るみたいに、馬鹿にしたりせずにきちんと教えてくれた。……だから、もういいや、妹でも。
この日から、人生初のハッシュドポテトが大好物のひとつになった。
◇
朝、随分と長い眠りから覚めて、底の見えない深い孤独感をおぼえることがある。そういう瞬間が訪れるのは、必ずと言っていいほど、あの人の夢を見た後だ。
もう、声はよく思い出せない。似たような誰かのものか、都合のいい補正で作り出されたものでしか、あの人の声を自らの中で再生することはできなくなってしまった。あんなにも忘れまいと、大切にしてきたというのに。ただ、あの夢の中で聴こえる彼の声は間違いなく本物で、温かみがある。枕元で囁かれているかのように。
彼はモノトーンの夢の中で、私に微笑みかけ、寄り添い、思い出話などを始めたりする。逆に、私のしようもない話を聴いてくれることもある。そんなときは、ただずっと相槌を打って、弱音を吐いてしまうことがあれば、輪郭のはっきりした綺麗な手のひらで抱き寄せられた。目覚めたあともその感覚がじわりと肩に残っていて、愛しいような、空しいような、何ともいえない気分になる。そして、そういうときには、1本多く彼に線香を手向ける。
7年前から始まった、穏やかすぎる一人暮らし。葬儀や後始末は娘たちが仕切ってくれたし、盆や年末年始などには孫たちが嬉しそうにやって来て、おばあちゃんおばあちゃんと構ってくれるものだから、これでも幸せなばあさんになれたのだろうが、老いたこの身体にはやはり堪えるものが多いのが現実だった。人前では気丈に振る舞えども、ひとりで暮らすには大きすぎる、この屋敷の中で淡々と日々を消化していくと、無性に死にたくなってくる。そうして台所に立ち、震える手のひらで包丁を握りしめては、自分の腹にそれを突き立てる代わりに食材を切り刻んだりして気をまぎらわせた。ある夜、また彼が夢に現れたので、どうして傍に居続けてくれるのかと問うと、彼は、私を守り、待っているのだと言う。
その夢から覚めたあと、しばらくは何も思い出せずにいたというのに、彼を亡くして以来の涙に乾いた頬を濡らされた。
「お迎えは、いつ来るんかねえ」
晴れ渡った空を見上げながら誰ともなく問いかける言葉に、答えなどは求めてはいなかった。
そんな日々の中、あの男の子に出会った。季節外れの大雨の夜に。
孫娘と同い歳で、やさしげな目元や、微笑み方なんかが、どことなく夫に似ている。孫が……***が彼を"選んだ"のだと聞いたから、明るい月の下で、何も言わずに彼女の頭を何度も撫でた。折角の綺麗な髪が乱れるのも気にせずに。
きっと、彼女の碧い色は、私のように消えたりはしないだろう。
しかし、それとこれとは話が別だ。まだ月美と明陽の話には続きがあるというのに、2人揃って姿を消されてしまったことは計算外だった。
私は必ず帰ってきてくれるはずだと信じているが、夢の中のあの人は、私の隣に立って、どうなるだろうねと中立的な笑みで答えた。
───何だあんた、今日はちゃっけねか?
───……そうか、幸枝?
今日も例によって遅い朝食を、空の座席の向かいで片付けていると、この辺りでは珍しい、乗用車よりも軽いエンジン音が近くにやってきた。考えずとも彼の母親だろうと判った。テレビが映す無機質な朝のワイドショウの左端には丁度、10:00、と表示がある。明陽町周辺で起きた連続的な事件の速報が入ったという派手な字幕が滑り込んできたので気になりはするけれど、来客を寒空の下で待たせるわけにもいくまい。手元のリモコンで、ぶつり、と電源を切った。
重い腰を引っ張り上げて、念のためにと脇でラップをかけてあるふたり分の献立から孫の分だけを抜きとり、冷蔵庫にしまってから茶の間をあとにする。
着替えは起床後すぐに済ませてあり、その辺りでは問題ないのだが、流星が姿を消した理由をどう説明すればよいのか、というのが一番の厄介なところだ。この短時間では気の利いたシナリオを構築できない。かといって、言い方は悪くなるが、外部の人間にばか正直に話せることでもないので八方塞がりである。もともと明陽の者であるから尚更だ。
半纏を羽織り、呼び鈴が鳴る前に玄関を開けると、きんと冷えた風が流れ込んできて、全身の筋肉が縮こまるようだった。こういうときには秘かに不老を願ってやまない。
「おはようございます、流星の母です」
丁度、脇に停めてある車から降りてきた流星の母親と控えめに視線が合ったので、彼女と同じように頭を下げる代わりに、微笑みかけた。
取敢えず、空いている、家の駐車場に車を移動してもらおうとしか、何とか冷静を保って言葉にすることはできなかった。