コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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  の甼
日時: 2017/07/22 00:39
名前: Garnet (ID: z/hwH3to)

Welcome to ???street.
Nickname is,"KUMACHI"


Their birthday...4th May 2016
To start writing...7th May 2016

(Contents>>)


【Citizen】(読み仮名・敬称略。登場人物の括弧内は誕生日)


●上総 ほたる (5/4)
●氷渡 流星  (12/23)
●佐久間 佑樹
●柳津 幸枝

○ひよこ
○てるてる522
○亜咲 りん
○河童



☆ ただいまスレ移動措置に伴い、スレッドをロックしております。 ☆
☆ 『  の甼』は、新コメライ板へお引っ越しする予定です。   ☆

*







 ──────強く、なりたい

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Re:   の甼 ( No.1 )
日時: 2016/10/02 15:54
名前: Garnet (ID: yyWFfh9m)

第1章 『ブルーアイズ・ガール』







「りゅーうーせーいっ、帰ろーや」

 帰りのホームルームが終わって騒がしくなった、少しほこりっぽい教室の中。
 自分の席である、教室のど真ん中に置いてある机の上で荷物をまとめていたら、クラスメートであり唯一の親友の佑樹ゆうきが僕の名を呼んだ。とんとんと教科書やノートを揃えながら顔を上げると、ふやけた笑顔がこっちに向かってくる。せっかく日直さんが丁寧に並べ直してくれた机を乱しながら。
 案の定、偶然にも日直である、学級委員長の真面目女子に大量の毒針を浴びせられているけど、彼はひらりと身軽にかわし、彼女を見事に黙らせた。

「……だ、男子ってほんとサイッテー!!」

 委員長の彼女が、顔を赤くしながら、長いスカートを翻して女子たちのもとへ駆けていく。
 それを見て満足したのかどうなのか、佑樹は、にっひひっ、と怪しい笑いをそこらじゅうにばらまいた。

「アイツ、もう志望高校決めてるらしいぜ? まだ2年なのにさあ。女子高なんだってよ、ケケケケ」
「気味悪いよ、佑樹」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますーっ。いっつも無表情のお前のほうがキモいっつーの!」

 メープルシロップみたいに甘そうな太陽の光が射し込む、放課後の、自由の楽園。
 嘘とほんとの混じり合う笑顔が溢れるこの場所で、無意識に目が細められてしまう。
 リュックサックに残りの荷物を詰め込んでチャックを滑らせ、かたっぽの肩だけに掛けて薄暗い廊下へと歩き始めた。

「お、おい待てよ流星!」

 背中に聞こえる声を無視しながら足を進めること約10秒。
 階段の前に着いたところで、人混みをかき分けながら走ってきた佑樹がようやく追い付いた。
 大袈裟に息を切らしながら、僕の学ランの袖をつまんでくる。

「悪かったからさ、そんな目で見るなよ……」
「別に怒ってない」
「んー……ならいいけど」

 変なヤツ。
 かくいう僕も、こいつの前だと気が楽だ。顔色をうかがう必要もないし、互いにペースがぴったり合う。
 3階から1階へおりていき、薄暗く汗臭い靴箱にたどり着いた頃、佑樹が何気なく口を開いた。

「もうだいぶ、この街にも慣れた?」

 ぽいっと、玄関のタイルの上にスニーカーを投げると、小さく砂ぼこりが立つ。

「うん」
「まあ、前に流星がいたあそこよりは、河の水は汚ないだろうけどな」
「それは完全に、人間に非がある。あっちは上流、ここは、もう少し下れば海に出る。誰かさんたちがじゃんじゃか汚物を垂れ流してくれるおかげで、随分流れが濁ってるよ」
「耳が痛いなあ」

 確かに下水処理場はあるけど、数も少ないし、肝心の河自体にゴミを捨てる人もいるから、なかなか綺麗にならない。酷いときなんて、防犯登録シールを剥がした自転車が、ヘドロを被ってまるごと1個出てきたことがあるらしい。
 …………もうすぐ、こっちに引っ越してきて1年になる。あの町の川は、そのまま飲んでしまいたくなるくらい澄んでいた。
 上流と下流。同じ一本の流れで繋がっているのに、それはまるで別の生き物のように表情を変えてしまう。同じ川を見ているはずなのに、どうしてこんなに、ほとりの住民の性格まで違うんだろう。
 かかとに引っ掛かる靴を直して外に出ると、強い北風が吹いてきた。髪を掻き乱される。思わず、Yシャツの下で鳥肌が立つ。

「さっむ! そういえば、もう10月も真ん中過ぎたんだよなぁ」
「そうだな」
「……で、木曜日には定期テスト」
「…………そう、だな」
「今日、火、水って、全然時間がねーぞ! どうしよう!!」

 騒ぐ彼をうるせぇと小突きながら、工事中エリアを避ける為に土手へ上がる。いつもなら、今上ってきた階段の下で別れるんだけど。
 同じことを考えているのか、隣の中学の制服姿もちらほら見受けられた。
 僕は、中学校と同じ、川の北側にぽつんと建つ小さなアパートに。佑樹は、南側へ川を渡った先のすぐそば、一軒家に住んでいる。
 水に裂かれてこそいるけど、東と西とで街の名前は変わらない。逆に、東西で伝統や文化をわかり合おうと、昔から強い絆で結ばれているんだって。
 視界にくっきりと、いつも佑樹が渡っていく橋が見えてきた頃、僕の家に繋がる通りへ、コンクリートの階段が下ろされる。
 残念ながらと言うべきかは知らないけど、この辺でこいつとはお別れだ。

「じゃあまた明日な、流星」
「ああ」

 軽く手を振って、何となく、立ち止まった。
 綺麗にオレンジ色を滲ませる空へ遠くなる、黒く細い影。何だか、非現実的な世界に身を置かれたような感覚がしてくる。
 テスト勉強は順調だし、家に帰っても母親が待ってるだけだから、赤茶色のアスファルトを越えて、草の上に腰を下ろした。さっきより風が弱くなっていて心地いい。
 もっと明るければ、小説を読めるのに。
 いつの間にか、坂を下りたところの芝生を歩いている、白いワンピースの女の子を見詰めながら、そう思った。よく目を凝らすと、黒っぽいGジャンも羽織っている。
 横顔しか見えないけど、僕と同い年くらいかな。
 彼女は、肩に垂れる髪と、短めなワンピースの裾をふわりと浮かび上がらせながら、しゃがみこんだ。シロツメクサを掻き分けて、その白い花を摘んでいくと器用に編んでいく。すると、何分もしないうちに、真ん丸な冠が出来上がった。
 満足そうに微笑んで、ちょこん、小さな頭に乗せると、立ち上がってくるくると踊り出す。
 見ているこっちまで、いっしょに踊りたくなるような笑顔だ。

「ふあぁぁあ……っ」

 ……と、不意に欠伸ひとつ。
 睫毛に付いた滴を、目を瞑って手の甲で拭った直後。
 もう一度、女の子がいた方へと目をやったものの、その姿は音もなく消えていた。
 まるで夢でも見ていたみたいに。
 クローバーたちの揺れる温かそうな場所には、真新しいシロツメクサの冠だけが、眩しく光を跳ね返していた。

Re:   の甼 ( No.2 )
日時: 2016/05/10 23:21
名前: Garnet (ID: T0oUPdRb)






 きっとあれは、あの子は、ただ散歩をしていただけだ。
 たまたま学校が早く終わって、私服に着替えて、あそこに散歩に来て、花の冠を作っていたら家の人が迎えにでも来たんだ。きっとそうだ。
 …………なのに、なのに。
 来る日も、来る日も、来る日も。
 あの場所に来る度に、彼女が姿を現しては消えていく。
 しかも、毎日、同じ格好で。あの、丈の短い白いワンピースに、黒っぽいGジャンを着て。
 そんな怪奇現象じみた体験に嫌気がさして、金曜日は土手に上がらずに大回りして家に帰った。
 別に、仮に彼女が幽霊だと名乗ったとして、それを否定するようなことはしないんだけど、むしろ受け入れてあげたいんだけど、未知の存在に関わるのは本能的に駄目だ。
 僕は弱っちいから。


*




 月曜日、僕は思わず佑樹にそのことを話した。

「……毎日、同じ場所に女の子が?」
「ああそうだよ、着てる服までいっしょなんだ」
「……で、オレがいないときにその子が現れて、気が付いたらいなくなってると?」
「そうだよ」

 至極まじめに話しているというのに。隣を歩く佑樹は、バカバカしいとでも言うように目元をじとりと湿らせる。
 そして、いつもと同じように、土手の上へと続く全ての段をのぼりきったとき。

「じゃあさ、オレもそこに連れてけよ」
「えっ」
「だって、お前があんまり真剣な顔で言うんだもん。ここは信じてやりたいぜ」

 にへらっ。
 また、不思議な笑い方で僕に言う。

「佑樹……」

 ほら行くぞ!と、彼は僕の腕を引っ張って、地を這う河の流れに逆らって、土手を走り始めた。
 脚がもつれそうになりながらも、僕も走る。
 単純に、信じてくれようとするその言葉が嬉しかった。僕はいつも、誰にも信じてもらえなかったし、信じる相手もいなかったから。
 過去の嫌な記憶がフラッシュバックしかけたから、思いきり首を振って、汚いものを奥深くへ押し込んだ。

「あっ、ここだよ、ここ」

 そのまま通りすぎそうになって慌てて指をさすそこには、やっぱりシロツメクサたちが揺れるだけ。
 スニーカーをガリガリ言わせて急ブレーキを掛けた佑樹も、きょとんとしている。

「何だよ、ここって、いつもオレらが別れるとこじゃんか」
「そうだよ」

 息を切らしながら、ふたりして周りをキョロキョロ。
 この一週間で随分日の入りも早くなったようで、夕陽色は、濃く、眩しく、僕らを照らした。
 紺碧の道も、キラキラ、光を乱反射させる。

「…………やっぱ気のせいじゃね?」

 いつも柔らかい顔をする佑樹が、今日は何だか、硬くて苦い、わざわざ貼り付けてきたような笑いかたをした。
 ……下手くそ。

「じゃ、帰るよ。今日は妹と留守番なんだ」

 何も言えなかった。
 ひとことくらい何か言い返してやればよかったけど、僕は生憎、頭の回転まで遅い。
 だから、考えて考えて、編み込んだ言葉を声にしようとしたときには、もう彼の後ろ姿は橋のど真ん中。どう頑張ったって、追い付けそうにもなかった。
 情けない。

「    っ」

 もう帰ろうと思って、階段へ足をかけた瞬間。
 誰かに呼ばれたような、話しかけられたような、そんな気がして、河原のほうへ振り向いた。
 まさか。
 この角度では、まだ見えない。
 無視をするにも違う勇気が要りそうだったから、仕方なく、もう一度土手をのぼりきって身を乗り出した、ら。

「うわっ?!」

 爪先が引っ掛かって、身体が浮かび上がる感覚がしたかと思えば、赤い空と青い地がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
 随分長い間転がり続けて、ようやく世界が静けさを取り戻したかというころ、じんじんと全身に痛みが走り出した。受け身すら取れない人だから、本当に開いた口がふさがらない。呆れすぎて顎が外れそうだ。
 身体を起こしながらすっ転んだ方向を見上げると、上の方で雑草に引っ掛かっていたリュックサックが、タイミング良く僕のいるところへ滑り落ちてきた。もう中身がどうなっているかわからない。
 リュックを引き寄せて、ぼふりと顔を埋めた。青臭いにおいがした。

「ついてないよなぁ、ほんっと」

 素直にへこむ。ぼこぼこに。
 理由なんて言いたくもない。考えただけで、軽くあの世に行きたくなる。

「ついてるよ」
「?!」

 突然背後からしたその声に、猫みたいに飛び上がってしまった。
 振り向いたら、なんとそこには例の少女。

「草がいっぱいくっついてる」

 何の気配もなく後ろに現れた彼女は、まさしく僕のお尋ね人だった。
 すらりと長い脚。レースっぽい白いワンピース。黒のGジャン。肩に垂れる、濡れるような黒髪。
 そして。
 不気味なほどに、この景色に映える、現実味のない青い瞳。
 いなくなって、出てきて、消えて、現れて、何者なの、君は。
 そっと伸びてくる手に、ふつふつ沸き出てくる恐怖が限界に達した。
 痛みなんてどうでもよくなって、無我夢中で駆け出して。走って、走って、我に帰った頃には家に着いていた。
 お風呂場で、頭から熱いシャワーを被っていた。
 わずかに濁り排水口へと流れるお湯を見つめながら、懲りもせず混乱する頭で僕は呟く。

「きっと夢だ」
 
 

Re:   の甼 ( No.3 )
日時: 2016/05/14 20:07
名前: Garnet (ID: XnbZDj7O)






 しかし、やはり、夢などではなかった。

「お話ししたいことがあるの」

 今日はひとりで土手を歩いていたんだけど、いつもの橋の前で、あの、青い瞳の少女と鉢合わせした。
 誰もいない河川敷に目をやって、正直ホッとしながら、階段のほうへ右向け右しようとしたのだけど、左腕の裾をちょこんと、引っ張られたのだ。おそるおそる振り向けば、ちょうど僕が昨日つまづいてしまったところに、彼女は器用に爪先を突っ掛けている。
 また、同じ色の世界に彼女は現れたのだ。今日も太陽は赤い色たちを集めて、彼女は青い瞳で、じっと僕を引き留めた。
 内心はバイブレーション並みにがたがた震えているんだけど、ここで逃げてしまってはいけないような気がする。だから僕は、ひきつる首筋を歪ませ、無理矢理にでも頷く。
 一瞬、二人の間に沈黙が澱んで、少女はそっと、小さな手のひらを解いた。

「あっちに下りようか」

 自然と口から出てきた言葉に、自分でも驚いた。怖すぎて冷静になっているのか、別の僕が僕を操っているのか、はたまた幽霊なんじゃないかと疑っていた彼女に触れられたことに、何処か安心なんかをしているのか。それは解らないけれど…………

「うん!」

 睫毛をふわり、綺麗な色の瞳に夕陽の光が灯ったのが、久し振りなほどに僕の心を揺さぶった。
 この子は、大丈夫だ。と。
 心なしかはしゃいでいる彼女は、慣れた様子で緑の斜面を滑り降りていった。僕も真似してみたら、昨日みたいに転んだりはしなかった。

「ねえ、今日はいつも一緒にいる子、どうしたの?」

 ブルーアイの彼女は、膝を揃えて座り、指を脚の前で組むと、訊いてきた。
 何かほかの感情が覗く、上目遣いで。

「あ、佑樹のこと、か? アイツ、風邪引いて寝込んでるらし……ってちょっと」
「ごめんなさい、あなたがいつも此処に来るとき、彼といるのが見えるから……」
「そ、それはそうだよね」

 ほんの少しだけ距離をおいて、彼女の斜め後ろに、僕も腰を下ろす。河の光を浴びる横顔が綺麗だ。
 仮病なのか本当なのかは知らないけど、佑樹は今日、風邪で熱を出して休んでいるので、一日中ひとりで過ごした。勿論下校のときも。別に困ることはない。いつだって、紙を捲れば美しい世界が待っているのだから。
 それでも、帰りが一人きりというのは、寂しかった。やっぱり、僕が悪かったんだろうか。

「…………あっ」

 夕焼けの感傷に足を取られそうになっていたら、彼女が僕のほうを向いて、声を上げた。
 首をかしげる。

「言い忘れてた。わたし、上総かずさほたる。あなたは?」
 「僕? 氷渡ひど流星」
 「リュウセイ?」

 やはり聞き慣れない名前なのか、ほたるさんが不思議そうに眉を寄せた。
 確かにそうだろうな、半ばキラキラネームだし。

 「ながれぼしの流星と、同じ漢字だよ」

 しかし、そう教えると、彼女は脚を倒して僕のほうへ寄ってきた。

 「へえ、素敵。ロマンチック」
「ロマンチック? 漫画の登場人物みたいで、僕は好きじゃないよ」
「……そう…あ、わたしの下の名前。ほたる、は平仮名だよ!」
「…………わかった」

 また静けさがかえってくる。波の音に吸い込まれそうだ。
 遠い記憶が懐かしくなって、暗くなってきた世界に目を細める。その表情に何か思ったのか、ほたるさんがまた、声をかけてきた。

「その制服、近くの中学のだよね? 何年生なの?」
「に、2年だよ」

 迫ってくる笑顔に思わずたじろいで、喉に言葉が引っ掛かる。

「そっかあ、同い年だ!」
「え、ほたるさんも中2なの? ……学校は?」
「………………行けないの」
「え……?」
「もう、2度と行けないの、たぶん」

 彼女がここに現れたのには、僕が彼女に出逢ってしまったのには、何か深い理由と意味がありそうだ。
 ほたるさんが俯いて、さらさらと髪が垂れていく。
 小さな手のひらが地面のクローバーを握り締めているのを見たら、こっちまで心が痛んできた。
 ──逃げたりなんて、するんじゃなかった。もっと早く、話を聞いてあげれば…………。

「ねえ、流星くん」

 自分は、自分が思ってるよりも、ずっとずっと、弱い。

「いろいろ、わたしに訊きたいことはあるよね」

 世界に張り付く夕方の色が、太陽を追いかけていく。

「でも、できれば……何も訊かないでほしい」
「うん、訊かないよ」

 僕が静かに頷くと、ほたるさんは心なしか強ばっていた表情を緩めてくれた。
 そして、乱れていた姿勢を正して、真正面に向かい合うように正座すると。

「……あのね、流星くん。わたしが、あなたを怖がらせてしまってまでここから離れなかったのには、訳があるの」

 これまでにないほど、柔らかい目元を引き締めて、じっ、と見詰めてきた。

「どうしようもないお願い、きいてくれる?」

 その真っ直ぐな顔にデジャヴを感じたのは、気のせいか。
 懐かしさに似た違和感に苛まれながら、間も作らずに頷いた。ともかく僕は、夕陽色の世界にひとりぼっちで閉じ込められたほたるさんを、助けたかった。
 何処か僕に似ているような気がする、ほたるさんを。
 いつのまにか、空の奥から群青が染まり始めていた。

Re:   の甼 ( No.4 )
日時: 2016/05/17 01:23
名前: Garnet (ID: FpNTyiBw)

「あのね、わたし、ある人を捜してるの。でも、それが誰なのか思い出せないし、何処にいるかもわからない。」

 ?
 僕の小さな脳みそでは、この時点で容量制限の警告が発せられる。
 それでも、ほたるさんは話を続けた。

「わたしには、帰る家も、そこで待ってくれているはずの家族もいないの……だから、頼れるのは流星くんしかいなくて」
「えっ、なんで、」
「お願い、わたしといっしょに、その人を捜して!」

 涙ぐみながら、すごい勢いで手をとられ、握られた。…………いけないいけない、何も訊かないでと言われたばかりなのに、すぐに知りたがる。
 彼女の色白な肌はどうしようもないほど温かくて、充分すぎるくらいに僕を困らせた。
 この子の心が綺麗だということは、この1週間あまりの時の中でも理解できたつもりだ。でも、幾らなんでも無茶な頼みだと思う。頼む側も頼まれる側も何処の誰だかわからない人間を、ふたりで捜そうだなんて。ていうか、何で僕なんかと。
 応えに困って目を泳がせていたら、ついにほたるさんが、その青い瞳にいっぱいの涙を溜め始めた。

「やっぱり、だめに決まってるよね?」

 ぐぐっ、彼女が込み上げる熱を必死に呑み込もうとする。

「────そ、んな、泣かないでよ」
「だってぇっ……」

 どうしよう。
 こんなことしてないで、さっさとYesと答えてしまえと叫ぶ自分がいる。どうせ無理に決まってる、振り切って帰ってしまえと後ろ髪を引っ張ってくる自分もいる。
 本当は、他人に巻き込まれるなんて嫌だ。でも、それじゃあ、ほたるさんが僕を待ってくれていた意味が……。
 彼女は今も、涙を流すまいと唇を噛んで、僕を見詰めている。

「お願い…………このままじゃ、わたし、ずっとひとりぼっちだよ」

 ひとり、ぼっち

「ほたるさん」

 ぼくも、ずっとひとりぼっち。
 新しい教室へ足を踏み入れても、結局はずっと、そうなのかもしれない。
 佑樹にだって"あいつら"みたいに腐った笑いを向けられたんだ。
 誰にも解ってもらえなくて、信じてもらえなくて、信じたくもなくて、ずっと、ずっと………………。
 この子だって、今、同じ想いを抱えているのだとしたら?
 ずっと、ひとりぼっちで、この世界にいたとしたら?
 それなのに、僕が無駄に怖がって距離を置こうとしていたんだとしたら?
 もうそれは、逃げようのない真実こたえ

「わかった……僕といっしょに、その人を捜そう。何とか手だてを考えるから、それまで待っててくれないかな」

 宥めるように優しく応える。
 握ってくる力の弱まるほたるさんの手を、今度は僕が握り返した。
 すると、彼女の涙がすーっと引いていく。

「ほんと?」
「うん」
「ほんとに、ほんと?」
「ほんとだって」
「わ……流星くん、ありがとう! ほんとにありがとう!」

 綺麗に舞い散っていきそうなほど咲いた笑顔が、いきなり飛び付いてきた。
 ビックリしたのと力を入れ忘れてたのとで、呆気なく芝生の上に倒れ込んでしまう。
 けっこうな勢いで背中を打ってしまった。たぶん、リュックの中の英和辞典が犯人だ。
 いだだだ、とうめいていたら、ほたるさんが慌てて僕から離れた。

「ご、ごめんなさい! つい嬉しくなっちゃって……大丈夫?」
「へーき、へーき」

 また変な声を出しそうになりながら、情けなくも手を借りて、起き上がる。
 しかし、彼女の手を離した途端、痛みが何処かへと消え去ったのだ。

「……ん?」

 服の乱れを直しながら背中に触れてみるけど、痛くも痒くもない。
 気のせいだったんだろうか。

「どうかした?」

 暗くなってきた世界のなかで、悪戯でも仕掛けてきそうな明るい笑顔が覗きこんでくる。
 何でもないよ。
 ならいいけど。
 また、辺りが静かになって。

「……そろそろ僕、帰らないと」
「もう随分暗くなっちゃったもんね」

 名残惜しいけれど、もう家に帰らないといけない。
 自分のはもちろんだけど、遅くに帰ってくるお母さんの分も、ご飯を作らなくてはならないから。
 さっきよりも軽くなった身体で立ち上がって、リュックをせおいなおすと、彼女もすっと立ち上がった。
 よく見てみたら、結構身長の差があることに気づく。さっきまではすごく離れてたからか、背は同じくらいだとずっと思い込んでいたみたいだ。

「あ、ほたるさん」
「なーに?」
「お腹空いてるんじゃない? カップラーメンでもよければ、家に来なよ。上がるのが嫌なら、外で食べていいし」
「あぁ、ありがと、気持ちだけいただいておくね」

 ずっと此処にいたのなら、帰る家がないのなら、お腹くらい空いてるんじゃないかと思ったけど、そんな様子はないし、何よりも彼女自身が大丈夫だと言うので、今はこれ以上気にしないことにする。
 風が吹きこんできて、ワンピースと髪が大きく揺れた。
 ぼやける表情の向こうで、曇る明かりたちがちらちらと瞬き始めた。それは星だったか、街灯りだったか、それとも別の何かか。

「そう……無理しないで。じゃあ、また。明日も来るよ」
「うん、ここで、待ってる」

 透明な闇にほぐれる笑顔を見た気がして、冬のにおいのする草を踏み締めながら斜面を駆けのぼっていった。
 今日はすごくお腹が空いた。めんどくさいからカレーかシチューでも作ろう。

「わたしは、大丈夫だから」

Re:   の甼 ( No.5 )
日時: 2016/09/29 13:24
名前: Garnet (ID: 9RGzBqtH)







 ぼふり。
 パジャマで布団にダイビングする。
 カレーをぐつぐつ多めに作って、一人分でお腹一杯になってしまった。自分でも気づいてなかったけど、僕、実は少食みたいだ。
 うつ伏せは苦しいから仰向けになった。
 豆電球だけ点けた部屋の電気は、紐を揺らして影をちらつかせる。
 手を伸ばして探った先から目覚まし時計を掴むと、まだ8時半だった。いくら何でも早すぎたか。

──あのね、わたし、ある人を捜してるの。でも、それが誰なのか思い出せないし、何処にいるかもわからない

──お願い、わたしといっしょに、その人を捜して!
 
 身体の疲れはほとんどないけど、精神的にはかなり疲れたかもしれない。
 毛布を手繰り寄せながら、うたた寝に見た夢みたいな出来事を思い返してみたけれど、どうも心地好いものではなかった。
 …………帰る家がない、家族もいない。さらには、学校には二度と行けない。そう言うのに、毎日あんなに綺麗な格好をしている。
 そして、彼女が現れるときに度々起こる、あの現象。
 ほたるさんがいたところは一面芝生や雑草で、隠れるところなんて無かった。橋は近くにあるものの、あの下は立ち入り禁止の柵が張ってある。だから、あそこに潜むなんてもちろんのこと、くぐり抜けるなんてもっと難しい。
 それなのに、魔法のように現れたり消えたりするなんて。
 信じてあげたい、力になりたいと思う一方で、むくむくと別の何かが膨れ上がってくる。

──頼れるのは流星くんしかいなくて

──このままじゃ、わたし、ずっとひとりぼっちだよ

 僕なんかに頼るより、こういうことは"彼等"に頼んだほうが一番良いんじゃないだろうか。とも思う。
 ……このままでいると、考えすぎて頭がおかしくなりそうだ。
 電気の紐を引っ張って真っ暗にすると、不思議なくらい静かに眠りへ落ちた。








 佑樹は今日も学校を休んだ。熱がなかなか下がらないらしい。
 時期が時期だから、インフルエンザなんじゃないかと、クラスメートたちが騒ぎだす。
 流石に僕も心配になってきたけど、どんな顔をしてお見舞いに行けばいいのかわからないし、うつされたくもない。仕方なくまたひとりで1日を過ごし、昨日見つけた答えを、ほたるさんに伝えにいくことにした。
 日を追うごとに彩度の乏しくなっていく夕焼けに包まれて、彼女は大きな目をぱちくり、何度もまばたきさせる。
 その奥に光る瞳の色は、変わらない美しい青のままだった。
 僕なりに色々、考えたんだけどね。そう言うと、ほたるさんはその双眼を輝かせて、幼い子供のようにひょこりと座ったんだ。でも、僕がある8文字を発すると、たちまちその笑顔が陰を帯びていった。

「警察に行こう」

 無造作に座り込んだせいで、投げ出した脚の間から、ワンピースが風に小さく浮かぶ。

「………………けい、さつ?」

 枯れ行くシロツメ草のなかから、まだ生きている彼らを見つけたのだろうか。また、頭に白い冠を被っていた。
 表情の色を変えたほたるさんを見つめながら、僕もリュックサックをおろし、座って目線を合わせる。

「僕個人だけじゃ、どうしようもできないと思うんだ。こういうことは、プロに任せたほうが良いよ」
「流星くん───」
「家族だってきっと待ってるんじゃない? 家出なら、早く此処から、」
「流星っ!」

 突然彼女が声をあげる。
 今までに見たことのないような顔をしていた。

「頼れるのはあなただけなんだって、言ったのに……! どうして? わたしってそんなに信用できない?」
「ほたるさん……僕はそういうことを言ってるんじゃ」
「じゃあどういうこと?! 面倒なことは警察に押し付けて…………約束、してくれたよね? それなのに? 出会ったときだってそう、結局あなたは弱いだけなんだよ」

 その言葉は嫌になるほどストレートに、心を貫いていった。
 そう、僕は弱いだけ。
 乾く唇を湿らせたら、血の味が舌を這っていく。
 目の前で、あの子は立ち上がって。

「嘘つき……」

 視界の外で呟くと、音もなく背を向け、夕焼けを追って景色に溶けていった。
 この場所は、前と変わらぬ、何の変哲もない、ただの河原に戻ってしまった。時間差を作って、後悔と、空しさと、情けなさがのし掛かってきて息苦しい。
 この感情は、昔から、もう何度も味わってきた。
 慣れたつもりだった。
 傷付くことに。
 でも、今この瞬間は、今までのどの場面よりも心が痛い。倍に痛い。
 だって今度は、相手まで傷つけたんだから。

「そう、僕は弱いままなんだよ、ほたるさん」

 重い荷物を肩に引っ掛け、僕は何度も転びそうになりながら斜面をのぼっていった。今日はお母さんが早く帰ってくるから、ふらついても足を引きずりながら家を目指す他ない。
 疲れを滲ませるサラリーマン、大きなエナメルを抱える他校の中学生、小学生、膨らんだ買い物袋を指に食い込ませるおばさん……すれ違う通行人たちが、ひとつだけ、願いを聞いてくれるとしたら、頼みたいことがある。

 誰か僕を、思いきり殴ってくれ。




 


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