コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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  の甼
日時: 2017/07/22 00:39
名前: Garnet (ID: z/hwH3to)

Welcome to ???street.
Nickname is,"KUMACHI"


Their birthday...4th May 2016
To start writing...7th May 2016

(Contents>>)


【Citizen】(読み仮名・敬称略。登場人物の括弧内は誕生日)


●上総 ほたる (5/4)
●氷渡 流星  (12/23)
●佐久間 佑樹
●柳津 幸枝

○ひよこ
○てるてる522
○亜咲 りん
○河童



☆ ただいまスレ移動措置に伴い、スレッドをロックしております。 ☆
☆ 『  の甼』は、新コメライ板へお引っ越しする予定です。   ☆

*







 ──────強く、なりたい

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Re:   の甼 ( No.11 )
日時: 2016/07/28 18:34
名前: Garnet (ID: pY2UHJTN)

第2章 『グリーンアイズ・ガール』





 僕の星空は晴れた。柳津さんも、僕と同じ星を見てくれていた。だから、きっとほたるさんは無事だろうなって。「あの子は大丈夫さ」って、彼女が言ってくれているような気がして。
 "そのとき"が来るまで、僕はあの河原に赴くのを止めにしようと決めた。あの子を焦らせてはいけないし、僕自身も急いてはいけない。
 それぞれが答えを導きだして、お互いに答え合わせをするんだ(勿論、非が僕にあることは痛いほど解っている)。……それが、たがえば。もう諦める他はない。けれど、もし、ぴったり合わさったとしたら。
 僕は、ほたるさんを、守り抜く。
 先の見えない使命を、果たすまで。


*


 日曜日は単純に好きだと思っている。
 その理由は、大きく分けて3つ。
 1つ目は、土曜日までにやることを済ませておけば、何も文句は言われないから。
 2つ目は、女手ひとつで僕を育てて(?)くれているお母さんが、一週間のなかで唯一休みの日であるので、三食揃って美味しいご飯を食べることができるから。
 3つ目は、家に籠っていれば余計な人との関わりを断てるから。まあこれは土曜日でも当てはまるんだけど。
 それにしても作文臭い。

「あ、流星、テスト結果の通信簿見せて」

 朝食のあと、出掛けるわけでもないけど身支度を済ませ、炬燵に脚を突っ込みながら携帯電話でネットサーフィンしていたら、向かいに座るお母さんが仕事のものであろう資料をまとめながら言ってきた。その通信簿とやらに、生徒のひとことと保護者からのひとことを記入欄に書き、判を押して提出するという謎の習慣があるのだ。
 休日でないとこういう物はちゃんと見てもらえない。別に悪い点でもないので、素直に頷いて、隣の部屋に向かう。

「はい、これ」

 無くしたなんてアクシデントも起きておらず、僕は堂々と成績表を彼女に手渡した。
 二学期中間テストの最高得点は、英語の98点。5教科合計でも460を超すことが出来たので、僕にとっては上出来だ。前回より上がったし。怪奇現象でメンタルをやられそうになっていた状況からすれば、文句は無いんじゃないか。
 しかし、大人というものはそんなこと構わずに、わがまま放題で勝手で自己中だということもわかっている。
 お母さんは、薄っぺらい紙を開いて、暫く無言でいた。そして、ひとつ息を吐いて。

「まあ…………あんたにしちゃ頑張ったんじゃない」

 そのひとことと共に、さっさとボールペンを走らせて判を押し付けた。
 少しカチンと来る。もっと別の言葉は無いのか、母上。

「テスト前はちゃんと勉強してたみたいだけど、見た感じ、最近は全然なんじゃない?」
「いや、だって見直しもそう多くないし」
「馬鹿ねぇ、あんた春から受験生だよ? 高校の事だって考え始めなきゃ……塾だって行ってないんだから」
「そんなこと、」
「それに、うちは母子家庭。私立は無理よ」
「お母さん───」

 好きな日曜日もあれば……逆に、嫌いな日曜日も存在する。
 ひとつは、雨の降るとき。

「もう、そういうとこは父親似っていうか」

 もうひとつは、今日みたいな日のとき。
 晴れだろうが曇りだろうが、風だろうが雪だろうが、この台詞は爆弾だ。地雷だ。

「こっちに転校してからは、結局部活にも入らなかったし。内申に響いたらどうするの?」

 僕らから逃げた父親。
 僕らを捨てた父親。
 そんな男を選んだ母親。
 そんな両親の息子に生まれてしまった僕。

「アイツと一緒にしないで」

 ずん、と重くなった声で、ようやく思い出してくれたようだ。まっすぐぶつかった視線が、揺れた。
 久し振りに異物が込み上げてくる。
 喉から溢れそうになるそれが、暴れ始めた。呪いの解けない化け物みたいに。
 このまま吐いたら、きっと、いや絶対に僕は壊れる。壊れて狂ってその次は。その、次は。

「ご、ごめん、流星」

 僕とあの男が重なったんだろうか、彼女の目の奥が、今まで数回しか見たことのない色にがらりと変わった。その色の名前は知らない。知らないけど、その色は大嫌い。

「お母さんが悪かった、だから怒らないで」

 どうしても収まらないときには、深呼吸をしろ。そう、昔、誰かに言われた。目を見て言われた。こんなくだらない事でおかしくなるのは僕だってごめんだ。異常な熱を逃がすように空気を入れ換える。何度も、何度も。
 きりきりと、噛み締める歯が不快な音を立てた。それでも治まらなかった。ねえ、こういうときにはどうすればいい、どうすればコイツを殺せる、ねえ。

「流星、お願いだから、そんな顔はしないで」

 そんな顔。アイツと同じ顔?
 だから言っているだろう、僕を、僕を………………。

「あたしだって、あなたを────」
「アイツと一緒にすんなって言ってるんだよ!!」

 大声で叫んだ途端、意識が吹っ飛ぶ。完全に、思考を化け物に喰われた。
 あのとき、僕の心は何処に行ってしまったんだろう。あんなに酷いことをしてしまったのに、止まらなかった。最低だし醜い。
 ヤツが毒を吐き切って、目が醒めた時には、辺りが豪く乱れていた。右手が痛い。息が苦しい。口の中が著しく渇いて、歯茎に舌が当たると引っ掛かって痛かった。
 少し固い、長い髪が、不規則に絡まって彼女の顔を覆っている。僕のしたことに気がついたのは、それが視界に入ったときだった。
 ふらつきながら髪をかきあげて、お母さんが身体を起こす。

「流星……あたしは」
「黙れ」
「りゅーせいっ」
「黙れって言ってるんだよ!!」

 後悔と、自分を殴りたい衝動が、足を掴んで引きずり込もうとする。その手を振り切る。振り切って、隣の部屋に駆け込んで、腕にダッフルコートを通す。通して、あまりにも無意識だった行動に、自分は何をしているんだろうと、手が止まった。まだ息は上がったままだ。
 充電器の挿さった携帯電話を外し、お母さんの近くに落ちているテストの成績表を見やった。中身を見る気にも拾い上げる気にもなれなくて、ダッフルコートのトグルを留め、財布もポケットの中に放りこんだ。
 その流れを茫然と見詰めていた彼女が、どこへいくの、と訊ねてくる。けれど無視した。
 僕には僕の道があるんだ。

「アイツは、もういないんだよ」

 つぶやいたその一言は、誰に向けて言ったわけでもなかった。
 ……どうせこのまま此所にいても、気まずくなるか、あちらが大泣きするか、もしくはその両方がのしかかってくるかだから、外に出よう。

Re:   の甼 ( No.12 )
日時: 2016/07/28 18:40
名前: Garnet (ID: pY2UHJTN)

 あの雨の日が予告編だったのか、金曜日から気温がぐんと落ちていき、もう冬なんだと認めざるを得なくなってきた。
 太陽は透明な空の天辺を目指して一直線なのに、頬に刺さる空気が容赦もなく冷たいではないか。痺れにも似た震えが、じわりと全身に広がっていった。
 5分ほど、静かな道をゆっくり歩き続けると、小さな公園に着く。子どもたちが新しい遊具や砂場ではしゃぐ横を通り過ぎて、陽の当たるベンチに腰を落ち着けた。
 緩く巻いたマフラーの奥に顔を埋めれば、充分すぎるほど暖かい。子どもたちの親の話す声が穏やかで、思わず視界が蕩けていく。僕はそのまま、うたた寝をしてしまった。罪悪感なんて忘れて。
 ……目蓋の裏に、あの子の後ろ姿が揺れている。振り返って、ビックリしたみたいに僕に向けられた、丸く見開いた瞳がとても綺麗。眩い光のなかで、彼女が何か云う。

「あの場所で、待ってる」

 夜明けの空に誓ったあの決意が、呆気なく揺らいだ。









 お昼は口にしていないけど、空腹感は全くなかった。
 都市のベッドタウンとなっているこの町のなかを、早足で歩いていくうちに気付く。僕はここに引っ越してきた当初より、だいぶ変わってしまった。だいぶ、昔の自分に戻ってきてしまった。
 他人と向き合うことを思い出した。
 傷付ける痛みを知った。
 傷付く痛みを思い出した。
 仲直りの時の温かい空気を思い出した。
 自分なりの意志を持てるようになった。
 ひとが発する負の感情に敏感になった。
 嫌いという気持ちの行く先に自分を責めた。
 誰かに「会いたい」と、思うようになった。
 …………あの日、こんな自分はもう捨ててしまおうと、こたえを出したはずなのに。佑樹と出会って、ほたるさんと出会って、柳津さんに出会って、確実に僕は、前の自分で、本当の自分で生きたいと思うようになってきている。
 掴み所のない、曖昧な光の正体に触れたら、色んな感情が渦巻いてきた。
 泣いてはいけない。今泣いたら止まらなくなる。
 だから、走った。
 首元に、吐いた息が溜まっていく。風に目がしみる。
 ほんとうの本当は、走るのだって大好きだった。
 どうしよう、このまま、流れに従っていいんだろうか。
 やっと手の届くところに現れた階段をのぼっていけば、一層強い風が身体にぶち当たった。
 辺りを見回すけれど、人っ子ひとりいなかった。橋の上にも……枯れ草の河岸にも。

「ほたるさん!」

 彼女とのはじまりの場所で、叫んだ。

「ごめん、本当にごめん! また君をひとりにさせてしまった僕は、死んだほうがいいくらいくそったれだ!!」

 波の音と、鳥の鳴き声と、向こう岸から淡く伝わってくる、子供たちの掛け声。

「でも本当に死んでしまったら、ほたるさんが会いたいと言っている人を、捜せなくなってしまうだろう!!」

 見えないだけで、この風の中に溶け込んでいるだけで、彼女はちゃんと、ここにいるような気がするんだ。

「…………謝りたいこともいっぱいある、でもさ、それ以上に感謝したいこともあるんだよ……意味わかんないよな……ハハハッ」

 言いたいことを言う前にすっかり息が切れてしまって、弱々しくしゃがみこんだ。こだまが返ってくるほど叫べもしないから、本当に情けない。
 地面にうずくまってみたけど、冬の土の匂いが立ち上ってくるだけで、人の気配は微塵も近づいてこなかった。
 自分に都合が良すぎたかなあ。
 そう思ったと同時に、背中に温かい重みを感じた。

「もういいよ、かくれんぼはおしまい」

 コートを控えめにつままれる。

「……ほたるさん?」

 一番聴きたかった声だった。鈴の音みたいに透き通る声。
 すぐに彼女の顔を見たくて、振り返ろうと顔を上げたら「まだ駄目、もう少し待って」と肩をそっと押さえられた。
 わけはわからないけど、頷いて、もう一度膝に顔を伏せた。

「いいよ」

 しばらくして、ひとつ息を吐いた彼女が、ほろ苦いゲームの第一章終了を告げてくれた。
 背中に触れていた手が離れたので、僕もゆっくり振り向く。
 出会った日と同じ笑顔で、ほたるさんは座っていた。着ている服も同じ。女の子の服装のことはよくわからないし、今更なんだけれど、寒くはないんだろうか。でも、怪我は悪くしていないみたいで安心した。

「流星くん、なんか前より表情が変わった」
「え?」
「んーん、何でもないや」

 そういう君は、噛み砕きにくい言葉をこっちに投げてくるのは変わっていないよね。
 太陽の光で白く燃える水面を見つめながら考えていたら、隣で行儀良く膝を抱え、同じ方向を向くほたるさんがいきなり吹き出した。
 まさか心を読まれたのかと思ったけど、それ以降はそんなことは起きなかったので、ただの偶然だろう。

「ねえ流星くん」
「なに?」

 目は合わせないけど、同じ場所を見詰める。
 肌は触れないけれど、心と心で寄り添う。
 そんな感じ。

「あのね……」
「うん」
「…………」
「…………どうした?」
「あの、ねえ、うーん、怒らないで聞いてくれる?」

 珍しく、歯切れの悪い。
 思わず隣に目が行く。足をとんとんと地面で鳴らして、目を危なっかしく犬掻きさせていた。

「内容によるけど……」
「うぅ……やっぱりやめようかなあ」
「わかったわかった! 怒んないから言ってみな! 先生怒んないよ〜」

 即行で思い付いた冗談で、彼女はまた笑った。
 最初はきょとんと目を丸くして、でも段々とその頬が溶けていって、最後には草の上を転げ回りながら、わけのわからない言葉を連発し出した。
 しかし、そんなカラクリの玩具みたいな動作も短時間で収まり、柔軟性の高すぎる笑顔は一瞬にして、とっても真面目な表情に切り替わった。
 すごくわかりやすい(時々意味不明)し可愛いんだけども──ああもう、今はそんなことどうでもいい。
 正座する相手に合わせ、僕も正座して向き合う。

「じゃあ言うね」
「うん、どうぞ」

 表面張力でぐらつく笑みが、今にもこぼれてしまいそう。
 ここぞとばかりに、僕に向けられた碧眼が美しく輝く。

「あのね、わたし」

 そしてその危なげな均衡は、次のほたるさんの一言で、ジェンガタワーの如く派手に崩されていったのだった。

「流星くんが前に住んでた町に、連れていってほしいの」

 がらがらがっしゃーん。

Re:   の甼 ( No.13 )
日時: 2016/07/31 09:38
名前: Garnet (ID: fE.voQXi)





 思ったことはいっぱいある。何で、ここの元々の住民じゃないことを知っているのか。あんなバカほど遠いところに二人で行くのか。バスと電車で行くとしても、樋口一葉さんが何人いなくなるか。ていうか片道分しか間に合わない。
 しかし、今一番大事なのは、ほたるさんの思うあの町と、僕の思うあの町が一致しているかどうかだ。あそこに行くことで、彼女の言う"ある人"に辿り着くというのなら、一刻も早く、もしくは、相当思案を重ねてから動き出さねばならない。
 だから頭をフル回転させようとしているのに、依頼主は軽々しくその努力を水没させてくれた。何でかって、頭がパンクしそうな情報量を処理しきれないうちに、柳津さんの家に連行されたからだ。
 ……そうか、あの人に連れていってもらえばいいんだ。彼女なら事情を話せばわかってくれるかもしれない。なんて、半ばどころか絶対に無理矢理な期待を粉砕する準備は、ばっちり出来ている。
 準備万端だったのだから、せめて綺麗に砕けてくれるだろうと思っていた。だがしかしそれなのに。
 気づいたときには、以前お邪魔したあの和室にいて。僕の隣でほたるさんは難しい顔をしていて、机を隔てた僕の真正面には、柳津さんが眉間に皺を折り込んでいて。
 とにかくこの空気をどうにかしようと、たった数秒前に隣から聞こえてきた言葉を反芻する。


───今まで嘘吐いててごめんなさい、この人は……柳津幸枝さんは、わたしの祖母です。今のわたしにとって、唯一の家族です


 最初に丸飲みしようとしたのがいけなかったんだ。声の色や今までにふたりで話したことを思い出せば、ゆっくりではあるけど、冷静に理解することができる。
 じゃあもしかして、あの雨の日、ほたるさんはこの家にいたんじゃ……。
 ようやく僕が口を開こうとしたとき、一足先に柳津さんが呟いた。

「遂にこのときが来たんだな」

 音も立てずに、熱いお茶を喉に流し込んで。

「ぼっちゃんや」
「は、はいっ」

 じっ、と睨まれ——いや、目で何かを訴えかけられた。慌てて背筋を伸ばし、僕もその訴えを読み取るべく瞼に力を込める。

明陽あけび町から来たと言ったな」
「はい」
「それじゃあ、ここに、月美町にやって来て、あっしの悪い噂を一度は聞いたことがあるだろう」
「はい……内容は覚えてませんが。悪口や噂はすぐ忘れちゃうほうなんです」
「そうか。知らんのなら知らんで構わん…………自分にも非はあるからねえ……」

 瞳に哀しげな色を浮かべ、もう一度お茶をすすった。
 あの日のように雨の音は聞こえない。冬が静かに寝息を立てて、オルゴールにも似た小鳥の鳴き声が風に流れてゆく。僕は、そんな、時を止めるような静寂の底に沈んで、わけが語られるのを待った。
 ほたるさんは知っているんだろうか。目が合う、気まずそうに瞬きする、髪を揺らして、

「おばあちゃん、わたしから話そうか?」

 知っているようだ。
 ほたるさんの言葉に柳津さんは暫く掠れ気味に唸ると、小さく首を振った。

「その昔、といっても、戦後間もない頃の話だ。明陽村は大変に荒廃していた。畑は動物にやられるし、川には魚が帰らない……戦地に向かった男達も、骨さえ戻ってこない者が多くてな。ぼっちゃん、その後はどうなったか知っているか?」

 明陽町にいたとき、歴史の授業か何かで、ちらりと聞いたことのある話だ。
 確かそのあとは、村民の半数ほどが都市部に移っていったと。そして明陽村は、隣の小さな村を吸収し、人口も少しずつ増えていったんですよね。そう言うと、浅くも深くもない頷きで応えてくれた。

「うむ。では、村民の移動については詳しく知っとるかえ?」
「え? 出稼ぎみたいなものじゃ────」
「違うわい」
「そ、そうな……んですか?!」

 即座に否定された。大好きな音楽を掛けて読書をしていたら、突然耳からイヤホンを引っこ抜かれた。そんな気分だ。

「流星くん、ほんとに一度も聞いたことない?」

 向けられた青い瞳に僕の顔が映り込む。
 他に先生、何か言っていたっけ?思い出そうとはしてみるものの、最初からそんなこと聞いていないのだから、どうにもならない。

「ごめん、何も知らないんだ」
「そう…………」

 何だか複雑な色の表情をされた。
 こういうときにはどうするのが良いんだろう。人生の経験値が少ないからよくわからない。

「まぁ無理もないなあ。あっちの人間も、この町の住民の一部も、過去と真実を隠したいのだろうから」
「過去と、真実?」
「ああ。人が背負ってきた物を、無分別な言葉でズタズタにしおって……。でもな、この子が笑顔で過ごしていけるんなら、あたしゃ悪者にでも何でもなっちゃるわ」

 祖母が孫に向ける、柔らかい、切ない眼差し。
 そこには、たくさんの傷が見えていた。傷ついてきたからこその強さが、柳津さんの人柄を、こんなにも美しくしているんだと思う。大切な人を守りたい、そのまっすぐな想いが、きれいな背筋にも表れているんだと思う。

「おばあちゃん………………」

 ほたるさんの声が、その心を固く絞るように、苦し気に細さを増していく。
 今にも溢れていきそうなのに、またそんなに涙を堪えて……。どうして君は、そんなに我慢をするの?
 出逢ったときも、まだ君を怖がっていたときにも、僕が君を傷つけてしまったときも、ひとりぼっちだったときにも、そして、今も。
 ねえ、僕には、何ができるんだろう。
 ちっぽけで、汚くて、弱くて、情けない僕には、何ができるんだろう。

Re:   の甼 ( No.14 )
日時: 2016/08/02 23:24
名前: Garnet (ID: w32H.V4h)

 彼女たちに受け継がれた、その過去と願いは、柳津さんの両親が始まりなんだそう。
 …………僕らが知っている通り、明陽村は、第二次世界大戦直後の過酷な環境に苦しんだ場所のひとつだ。戦時中は、山村ということもあって空襲に狙われることは少なく、ギリギリのラインで日常を保っていたのだけど……終戦後からの天候の乱れが災いし、村は荒廃してしまった。
 彼女、柳津さんの両親は、若くしてその頃の明陽村の主導者だったという。

「戦時中から村長は体を悪くしていてな。サブリーダーと言うんか? そういう立ち位置にいた、あっしの母親と父親が、村長や村民を支え、まとめてきたんさ」
「へえ……」

 それはつまり、ほたるさんの曾祖父と曾祖母にあたる人ということか。
 何だか、昔の話を聞くのって不思議な感じがする。だって、ずっとずっと前のことなのに、僕らと同じように生きていたって、すごいじゃない?当たり前なんだけどね。

「この家系にいる者は代々、神に仕える身でな。その中でも、村民からの信頼が厚い二人が、主導者としての仕事を任されたのさ」
「神に、仕える?」
「ああ、少々説明がいるか。頼むよ」

 柳津さんが、ほたるさんに説明を任せる、と、目で合図した。はい、と穏やかに答え、彼女は少し僕のほうに向いて、その口からもうひとつの歴史を話し始めた。

「明陽村が、まだその形をとどめていなかった頃から、住人たちはある神様を信じ続けていたの。正確な起源がいつかは、わたし達もよく知らない。でもね、その神様は、わたし達にとっては唯一無二の存在で、宗教の壁も関係ない。そして、わたし達が悩み苦しむときには、何度も恵みを与えてくださった方なの」
「唯一無二の、神様」
「そうだよ」

 それから、ほたるさんは詳しく丁寧に教えてくれた。その神様に仕えてきたといわれている人たちのことや、住人と神様の繋がりまで。
 その信仰には、はっきりとした名前は存在しない。仏教でもキリスト教でもなく、神社のような神様がいるという具体的な建物も祠も無い。村全体が、聖地なのだ。
 その名残なのだろうか。そういえば、明陽村が隣の村と合併するまで、神社というものに行く機会がとても少なかったような気がする。
 …………話が逸れそうなので軌道修正しよう。
 その神様に仕える血筋の人は、いわゆる、教会の神父、司祭や、神職、巫女のような立ち場。しかし先程話した通り、どの宗教にも当てはまらず信仰自体にも名前が無いため、ローマンカラーやリヤサ、決まった色の袴等の服装の規定や、十字架などの象徴もない。神に仕える身とはいえ、彼等も住人と同じ人間なのだから……という考えが、その理由の軸なんだそうだ。
 そして、お祭りなどのときにだけ大がかりに神様を持ち上げるのではなく、住人みんなで日々祈る。それが一番大切にされてきたこと。

「あとね、こうして明陽の住民に語り継いでいくのも、わたし達の役目なんだよ。今はもう、無かったことにしてる人が多いんだけどね」

 また、目の前の彼女は切なそうに微笑みかけてくる。その綺麗な表情を、意味もなくぼーっと見つめてしまった。
 そうか。柳津さんの孫ということは、ほたるさんもれっきとしたノロってことだ。そう言われても違和感なしに納得できる理由は何なのだろう。言葉にできそうでできない。

「まあ、そーいうこった。解ったかね、ぼっちゃん」
「あ、は、はい!」

 心の内を見透かしたように声を大きくする柳津さんに、僕も素早く姿勢を正して返事してしまった。案の定、ふたりとも控えめに笑っている。
 あの町に約13年も住んでいたというのに何も知らなかった恥ずかしさも上乗せされ、穴があったら入りたい、って感じの心境。でも、明陽の大人は過去を隠したがってるって言うし、しょうがないのかな。本当に、いったい何があったんだろう。
 そう思ったら、微熱はすぐに消え去った。

「そんで……」

 ふたりも笑うのをやめ、ふたたび"説明"が始まる。

「はい」

 無知な僕も悪かったので、今度はわからないことがあっても最後に訊くことにした。そうすれば話を遮ることもないし。

「えっとなあ」
「はい」

 しかし、次第に柳津さんの顔に冷や汗のようなものが見え始め。

「……………………どこまで話したっけな??」

 僕とほたるさんは盛大に、畳の上にひっくり返った。

Re:   の甼 ( No.15 )
日時: 2016/08/03 21:20
名前: ひよこ ◆1Gfe1FSDRs (ID: 8F879P3u)

お久しぶりですがーねっとちゃん。ひよこです。お元気でしょうか。

宣言通りというかなんというか、夏休みに入ったのでみんなのをちょこちょこ読ませていただいています。くうまち、読み終わりました。好きです。

雰囲気がめっっちゃ好みすぎてびっくりしました。心臓鷲掴みでした。綺麗で静かで、でもどこか切ない。大好物です。

流星くんも捨てがたいのですが佑樹くん推しです。結婚を前提にお付き合いを申し込みたい。ほたるちゃんはとても可愛い。お菓子あげたい。おばあちゃんと一緒におせんべえ食べたい。
とりあえず佑樹くんに告白したいキャンペーンを始めたいです。好きです。

がーねっとちゃんのお話は描写がすーーごく綺麗で、頭の中ではっきりとその背景が浮かび上がるのですごいです。やばいです。がーねっとちゃんのような語彙力がほしいです。やばいしか言えない。

おばあちゃんがとんでもないところでボケをかましてくれたので流星くんたちと一緒にひっくり返りました。おばあちゃん!! 頑張って!! 大事なとこだよ!!
町の過去等、まだまだわからないことがたくさんでこれからの展開にワクワクします。

更新頑張って!!


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