コメディ・ライト小説(新)
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- 巫山戯た学び舎
- 日時: 2018/08/18 08:37
- 名前: 河童 (ID: EX3Cp7d1)
――僕らに普通は難しい。だから、皆で巫山戯て学舎生活を楽しむんだ。
初めましての方ははじめまして。そうでない方はこんにちは。河童と申すものです。
コメディ・ライトでは初めて書かせていただきます。稚拙な文ですが、どうかよろしくお願いします。
コメント、アドバイス等はお待ちしております。
荒らし、誹謗中傷、チェーンメール等はお止めください。
『目次』
第一話「一人ぼっちの幸せもの」 >>01-08
第二話「アンドロイドとおっさん」 >>09-13
第二話――の2「あどけなさなんてあり得ない」 >>14-15、>>18
第三話「手首の行方」 >>19-22 >>27
第四話「変人の集い、始動」 >>28-34
第五話「愛と勇気と君の声援」 >>35-39 >>42-
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【kappa@1568】
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.31 )
- 日時: 2017/05/10 22:02
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
僕の腕とシャープペンシルがさらさらと動き始めた頃、いきなり前方から椅子が何かとぶつかる音が聞こえた。その方向を見てみると、笛子君が何やら驚愕したような表情をしながら、取り乱し、立ち上がっていた。整っている顔は驚きに歪んでいる。
いつも飄々として、感情を爆発させるような行動をしない彼は、どうしていきなりこんなことをしたのだろうか? 笛子君は、席に座ってから、彼の前の席の加賀坂さんを見て、
「おい、蒼。なんでそんな怪物描いてんだよ……!」
と言った。明らかにポスターを描いている人に向けての言葉ではない。加賀坂さんは一体何を描いたのだろうか。
しかし、当の本人はきょとんとした顔をして笛子君を見ている。そして、怪物とまで言われたにも関わらず、自分の絵を誇るようにして言った。
「はあ? 緋色お前、この絵のどこを見て怪物とか言ってんだよ。お前の目は節穴か?」
「お前が言うなよ、お前が」
目を細め、加賀坂さんを睨む笛子君。その瞳は、恐怖すらも孕んでいるように見える。この世のものとは思えないような物体を見たときのような、幽霊を見たとしてもこんな顔はしないだろう、という程の表情だ。出会ってまもないけれど、こんな笛子君は初めてだ。しかも、長年の友人だと思われる加賀坂さんに恐れを向けるなんて。
それに対して、相対する加賀坂さんは先程と同じように、なぜそこまで恐れられるのかわかっていないみたいだ。
僕はあまりにも驚きっぷりが激しい笛子君の様子が気になったので、加賀坂さんのポスターを見せてもらうことにした。
「私の絵が見たい? いいぜいいぜ、見せてやろう」
「ありがと――うっ……わ……」
それを見た瞬間、僕の思考は凍った。なんというか、これは本当に運動会のポスターなのだろうか? どう見ても人間ではない何かが、地面とは呼べない場所で蠢いている。その様子はさながら黒魔術の儀式のようで、この絵を触媒にして、冒涜的な生物を呼び出しているように見えた。こう言ってもまだ語り尽くせないような、畏怖。黒いマジックだろうか、そのような簡単な画材で描かれたのにもかかわらず、ありえないほど緻密に、そして大胆にこの世の恐怖を描いていた。
見ているだけでその絵に呑み込まれそうで、心が蝕まれるような気さえする。これは笛子君のリアクションも納得である。線の1本1本が、見る人の心を色々な意味で掴んで離さない。この絵を見てしまったことにより、少し目眩がしてしまった。
その僕の様子を見た半本さんが心配してこちらに来た。危ない、その絵を見たら――!
「どしたの、宗谷くん……わっ……」
絶句。そう表現するしかなかった。今、きっと彼女はさっきまでの僕と同じことを考えているのだと思う。畏怖、恐れ、そして少しばかりの魅了。その3つの波に心が流されているのだろう。
そして、宮根君もこの絵を見たようで、口元に手を当てたまま硬直していた。
僕達3人の様子を見て、何を思ったのか加賀坂さんは更にこの絵を見せつけるように言った。
「おいおい、どうしたんだよ3人ともー。この絵が素晴らしすぎて言葉を失っちまったのかー? 照れるぜー!」
「あの、加賀坂さん。この絵を見て、言葉が消えたのは合ってるけど、その理由はこの絵が冒涜的だったからだよ」
「冒涜ゥ? ああ、この絵がうますぎて他の人々にとっての冒涜ってことだな。おいおい、そんなこと言わないでくれよ」
言葉の最後に星マークが付いているかのように、朗らかに話す加賀坂さん。この絵を描いたことで誇らしげにしているのでなければ、とても微笑ましい光景なのだろう。この絵についてでなければ。
初めて笑っている人に向かって怒りが湧きそうだ。なんだろう、この絵を見たことによるネガティブな感情をすべて彼女にぶつけてしまいそうだ。
しかし、その気持ちを精一杯抑えて、言う。
「加賀坂さん、その絵は下手とは言いません。ですが」
「……ですが?」
「上手いとかそういう次元を超えて、これは絵ではありません」
「絵ではない!?」
椅子をがたっと揺らしながら大げさに言う加賀坂さん。いや、そのリアクションをしたいのは僕達なんだけれど。
その大声を聞いて、藍央先生がこちらに向かって、ぼさぼさの髪を掻きながら歩いてくる。大きな欠伸を1つしてから、僕達に向かって言った。
「ふあーあ……。静かに寝てたのに、どうしたそんなに煩くして……。この絵に問題が……うっわ」
「酷くないかえっちゃん先生! こいつら、私の絵を見て『これは絵ではない』とか言ってくるんだぜ! 先生ならわかってくれるよな、この絵は素晴らしいって!」
加賀坂さんのポスターを見ている藍央先生に問い詰める加賀坂さん。身長は170㎝を越えているであろう藍央先生と、さほど変わらない加賀坂さんは、かなり威圧感があった。
そんな彼女にも身じろぎせず、ひらひらと手を振りながら、
「いやあ、その意見には全面賛成だなあ、俺」
と、言う藍央先生。
「ひっでえ!」
「んー、流石にこれを他の生徒が見るのはいただけないなあ。だから、俺が絵の講師を呼んでやろう」
そう言って、藍央先生は、パンと手を叩き、加賀坂さんに言う。
加賀坂さんは、突然のことに少し驚いたのか、きょとん、としている。笛子君や、半本さん、宮根君も、目を見開き、先生の方向を見ていた。
「講師?」
「そう、講師だ。そいつは美術部のエースであり、生徒会の副会長でもあるようなやつだ」
「え、すごいやつじゃねーか! 名前は?」
「そいつの名は――」
少し溜めて、先生は言う。
「比文参世だ」
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.32 )
- 日時: 2017/06/20 20:22
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
「……で、なんで私がここに連行されたんですか?」
何分かしたあとに、僕達の前に立っていたのは1人の女子生徒だった。学年カラーは、2年生の証である赤。ネクタイや、制服の袖などについているラインに、その色があしらわれていた。
160センチくらいだろうか、女子にしては高い身長に、黒い、肩にかからない短い髪。前髪を真ん中で、これまた黒いピンで留めていた。きりっとした表情は、困惑に染まっていて、自分がここにいる理由を探しているようだ。
比文参世先輩。生徒会の、2年生の副会長。それでいて、美術部のエース的存在であるらしい。
そんな先輩に、ポスターの描き方を教えてもらおうという魂胆である。どう考えても比文先輩は、『生徒会の仕事、あったんですけど……』と呟いていた。すごく申し訳ない。
それなのに、藍央先生はあっけらかんとして、
「ああ、それならうちの半本を手伝いに向かわせたから心配しなくていいぞ」
と言った。ああ、さっきから半本さんの姿が見えないと思ったらそういうことか。いや、2年生の仕事の手伝いに一年生を差し出すのはどうかと思うけれど。
「なんて勝手なことをするんですか、藍央先生……。もう、仕方ないなあ。半本ちゃんでしたっけ? あの子にいつまでも仕事を任せるわけにもいかないし、手短に終わらせますよ」
「さっすが、比文! 話がわかるぜ。じゃあこの加賀坂って奴にポスターの描き方を教えてやってくれ」
「よろしく頼むぜ、先輩」
人にものを頼むような態度ではない、あっけらかんとした様子で加賀坂さんは言った。それに対して比文先輩は、少しため息をついて呆れたようにしている。
「じゃあまずポスターがどういう理由で設置されるのかから始めるんだけど――」
と、いう彼女の言葉から先は覚えていなかった。かれこれ15分は話していたのだろうか。僕はいつのまにやら目を閉じて眠りこけていたようだ。先輩が話していたというのに、申し訳ない。
しかしどうだろうか。描き方を教えて欲しいという人に対して何十年前もの、ポスターの歴史から話し始めるというのは。
確かに、その道の人が聞けばとても楽しい授業になるのかもしれない。しかし、その言葉は僕達の耳を右から左へ通り抜けた。とても良い声をしているだけに、眠りへ誘う効果が非常に高いのだ。閉じていく瞼を抑えることなんてできず、僕らは揃いも揃って机に突っ伏していた。ていうか、おい、先輩を呼んできた張本人と絵がひどすぎる張本人まで寝てるってどういうことだよ。いやまあ、僕だって寝てしまったわけだし、彼らを責めることはできない。
「――と、まあポスターの話はこれくらいにして、描き方に移ろうかしら。……ちょっと、そこのポニーテール起きなさい」
指で加賀坂さんの頭をつつく彼女。惰眠を貪っていた加賀坂さんは、その腰ほどまであるポニーテールを揺らしながら覚醒した。普段は髪を下ろしているが、校則で肩までつく髪は縛らなければいけないので今は1つに縛っているのだ。
そして、むくりと起きた加賀坂さんは言う。
「……おお、長い前フリは終わったか。よし、先輩! さあ教えてくれ、ポスターの描き方を!」
「長い前フリって……。まあ、正直な子は好きよ、うん」
苦笑を浮かべる比文先輩。その表情には、なんというか手のかかる子を見ているお姉さんのような優しさが滲み出ていた。
「じゃあ本題に入るけど、ポスターとか、そういう宣伝のための広告は、普通の絵とは違うわ。伝えたいことをわかりやすく描かなければ、見る人はわからない――」
と、まあこのあと10分ほどの講義があった。もちろん皆寝た。心地よいBGMの中睡眠を取るのはとても気分が良いものだなあ、と思う。さすが人間の三大欲求。満たしたときの喜びが他の欲求とは違う。
じゃなくてだな。また寝てしまったことに申し訳無さを覚えないのは常識人としてだめだと思う。
……どこかから、お前は常識人ではない、という声が聞こえた気がしたけれど、僕はまともだから。
それはともかくとして、比文さんがこちらを見て言った。
「ほら、説明も終わったことだし、描いてみなさいよ。貴女がどんな絵を描くのか、私はまだ知らないわ」
「おう、睡眠学習の成果見せてやるぜ」
「また寝てたの、蒼? いい加減参世先輩にぶん殴られるわよ」
懲りもせずに寝こけていた加賀坂さんにヤジを飛ばす笹木崎さん。責めるようなことを言っているけれど、彼女も机に突っ伏していたのを見たぞ。
よくもまああそこまで『私は寝てなんかいませんよ』というような態度でいられるものだ。
そして、そんな言葉を聞き流しながら加賀坂さんはシャーペンを手に取り、得意げに描き始めた。
僕や、比文先輩、笹木崎さんと笛子君も彼女が絵を描いているのをじっと観察していた。どのような暗黒物質ができあがってしまうのやら。僕らの不安をよそに、加賀坂さんの机からはガリガリという絵を描く音が響いていた。
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.33 )
- 日時: 2017/07/04 06:07
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: GrzIRc85)
「できたぞ!」
「うわっ」
「おい、うわってどういうことだかわいい君」
いけない、本音が出てしまった。聞こえないように言ったつもりなのに、耳に入ってしまったようだ。さすが加賀坂さん。野生の力で、耳もいいのだろう。
それはともかく、彼女のポスターが完成したようだ。どんな化け物……いや、錬成物ができてしまったのか楽しみだ。魔王が来るかな、ケルベロスか何かかな、と想像を働かせる僕。おそらく笹木崎さんや笛子君も同じことをしていると思う。
まだ彼女の災厄級の絵を見たことがない比文先輩は、少し期待している表情で加賀坂さんを見ていた。
そんな様々な感情が入り交じった空間で、当の彼女は自信満々に言う。
「ほら、見てみろよこの、素晴らしい絵を! 最高だと思わんかね!」
「思わんかねって……」
と、苦笑する比文先輩。その後、彼女は加賀坂さんの絵を見る。僕もちらりと覗いてみると、そこには地獄があった。
それは黒かった。と表現するしかなかった。シャープペンシルでここまで暗黒を描けたのか、というようなポスターと呼ばれているそれ。渦のような黒い背景に、中央には逆に真っ白な人間のような、それでいてどこか液体のような体をしているものが蠢いているように見えた。そして、その物体の足のような部分から出ているのは血液だろうか? どろっとしているような、さらさらとしているような、不思議な液体に見えた。
ここまでの質感を描けるのならば、画力は高いのだろうか。と、まで思わせるようなポスターだった。正直、運動会ポスターいうか、地獄の広告にしか思えない。習ったことが無駄なところで活かされていて、完璧なパースが取れているのがさらに恐怖を加速させる。今にもこの白いそれがこちらへひたひたと近づいてきそうだ。
そんなゾッとする絵を見て、比文先輩はどうするのだろうか。罵倒か、もしくは呆然とするのか。
そう思ってちらりと比文先輩を見てみると、
「あら、いいじゃない! とてもユニークで目を引くと思う!」
「おお、そうだろう! 私の力作だ!」
なんということだろうか。美術部のエースのセンスは野生動物と同じだったらしい。まあやっぱり、結局生徒会に入ってる人も、変人なのだろう。
加賀坂さんのセンスに共感するなんてよっぽどだ。かわいそうに。
いや、もう1度絵を見てみればもしかしたらこのポスターの良さがわかるかもしれないと思って、ちらりと見てみるけれど、無理だった。明らかに普通のポスターと黒さが違う。
「比文先輩は、野生動物……もとい、加賀坂さんのセンスがわかるんですね」
「おい、野生動物ってどういうことだかわいい君。かわいいだけじゃなかったのかよ」
僕の至って普通の質問に、加賀坂さんは反論するけれど、本人の話は聞いていない。野生動物は野生動物だ。
「まあ、確かに加賀坂ちゃんは野生動物だし、センスもだいぶやばいけど」
「おい」
「でも、私はセンスが他人とズレていることを異常とは思わないわ。普通じゃないだけよ。ありふれたものじゃないって、とっても素敵なことだと思う。野生動物だけど、とっても素敵だと思う」
「なんでいい台詞だったのに私が野生動物であることを強調するんだよ。感動返せ」
こういう考え方は、センスを大事にしている美術部らしいものなのだろうか。確かに、多少奇抜なものに対して僕たちは、『圧倒的センス』なんて呼ぶことが多い。加賀坂さんはそれのさらにぶっ飛んだ版なのだろう。
その考え方は僕らにはなかったし、多分一生そこに至ることもなかっただろう。なんとなく比文先輩は加賀坂さんに振り回されていた印象だったけれど、本当は芯が通っていて、しっかりとした人間なのだとわかった。僕の初めての先輩が、尊敬できる人でよかった。
あと加賀坂さんが野生動物だということにも同意してくれてよかった。素晴らしいと思う。
「まあ参世パイセン、ありがとな。私の全てを褒めてくれてよ」
「褒めたのは絵とセンスであって、貴方を全肯定した覚えなんてないんだけど。きちんと現実を見なさい。貴方はゴリラよ」
「はあっ!? いい先輩だと思ってたのにふざけやがって!」
「いいぞ、参世さんもっとやれ」
と、比文先輩もこの異次元のような学年委員会に馴染んだらしい。笛子君や笹木崎さんと一緒に加賀坂さんへ野次を飛ばしている姿が見えた。
しかし、初対面でここまで人と仲良くなれる加賀坂さん達も凄いな。しかも先輩。藍央先生のことも『えっちゃん先生』なんて呼んでるのを見る限り、あと1週間もしたら比文先輩のことも謎のあだ名で呼び始めそうだ。
半本さんも、ここにいたら、きっと比文先輩と仲良くなれただろうに。仕事が出来すぎるというのも大変なんだなあ。生徒会の代わりに、と駆り出されるなんて彼女も思ってなかっただろうに。
なんて思っていると、委員会終了を知らせるチャイムが鳴った。片付けもろくにしていなかった僕たちは、机の上を整頓することにした。
- Re: 死にたがりの自転車 ( No.34 )
- 日時: 2018/03/19 20:42
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
「みんな、仕事終わったー?」
僕達が片付けをちょうど終わったとき、生徒会の方の手伝いが終わったのか、半本さんが戻ってきた。慣れないことをして疲れているのかな、と思っていたけれど、逆に彼女はにこにこと笑いながら、こちらに帰ってきた。
そして、みんなのポスターを見ては、すごいね、だとか個性的で素敵だね、とコメントを残していた。加賀坂さんの壮絶なポスターを見ても、彼女は動じずに、
「これ描いたの蒼ちゃん? 凄いね、この1位を取った人が、リレーのバトンを持って仁王立ちしてるポスター! 勢いがあって好きだよ!」
と、加賀坂さんに向かって言った。僕達のほとんどが『あ、それ仁王立ちしてたんですか』みたいな顔をして固まってしまった。ずっと、大いなる地球を征服した加賀坂さん的な人が、地面に旗を刺している絵だと思っていた。
「おお、ありがとう。よく仁王立ちだってわかったな! とどろきならわかってくれるって思ってた!」
「みんなわかるよ! これ見た人は絶対運動会来るよ!」
なんというか、本当に凄い人は個性的なものさえも理解してしまうのだな、という瞬間を見た。僕達がどれだけ頭を捻っても地面に旗を刺している絵にしか見えなかったのに、半本さんは一瞬見ただけでそれが何か理解できてしまうなんて。
そして、ひとしきりみんなのポスターを褒め終わったあと、藍央先生に自分の仕事が終わったことを報告していた。僕は生徒会の業務なんて知らないので、どんなことをしてきたのか気になり、半本さんに聞いてみた。
「ねえ、半本さん。生徒会の仕事、どんな感じだった? やっぱり大変なの?」
「全然大変じゃなかったよ! 先輩方がとってもよくしてくださって、私はもう立ってるだけみたいな感じだったもん」
「そうなんだ。どんな仕事だったの?」
「んー、運動会が近いから、それの準備って感じかなあ。やっぱり生徒会って仕事が多いみたいで、開、閉会式の係だとかを決めてたりだとか、他の委員会との打ち合わせだったりとか」
生徒会、なんて漫画の中の存在だと思っていた。いや、たしかに入学式でも生徒会長の挨拶はあったし、架空のものではないとは知っているんだけれど。身近に関わっている人がいないと、やはり現実味がないというか。
だから、比文先輩が生徒会副会長、と言われたときもそれがどんなものかはよくわかっていなかった。でも、今日で少しだけ分かったような気がする。自分よりずっと上の人だと思っていても、実際関わってみれば、怒るし、笑うし、自分とそこまで変わらない人なんだなあと。
「でもびっくりしたのは、空無会長と3年の副会長の木牧木先輩が突然踊り始めたことかなあ」
「はい?」
「うわ、またやったのあの人たち」
突然横から声がしたかと思ったら、比文先輩だった。『また』という口ぶりからするに、普段から生徒会では会長と副会長が踊り狂っているということか。どんな生徒会だよ。
生徒会長といえば、真面目で品行方正なイメージがあるけれど。そうか、最近の生徒会長はダンスをするのか。
「あなたが生徒会の方を手伝ってくれた半本さんね。本当にありがとう。私は2年の副会長の比文参世。空無先輩と木牧木先輩が今日も踊っていたみたいで……。申し訳ないわ、変なとこ見せて」
「いえいえ! ブレイクダンスを生で見れてすごい面白かったです!」
「ブレイクダンスしたの!?」
なんだろう、驚いている僕がおかしいのだろうか。生徒会長はみんなダンスをするのか? 最近の学校は変な方向に進化しているのだなあ。
なんて思っていると、比文先輩が僕に言った。
「なんというか……。生徒会の人々はみんな個性的なのよね。まあ、会長と副会長の踊りは友好の証だと思ってくれて構わないわ」
「どこの部族の儀式なんですか……」
僕が呆れていると、半本さんは比文さんにお礼を言った。
「今日は本当にありがとうございました! みんな比文先輩のことが好きになったみたいですよ!」
お辞儀をする半本さんを見て、比文先輩の顔はどんどん色を失っていく。あれ、何か先輩の気に障ることをしてしまったのだろうか? いや、半本さんはお礼を言っただけだし……。もしかして、僕が儀式と言ったことによる怒りが時間差で来た? 『先輩の聖なる踊りを馬鹿にするなど言語道断!』的な?
比文先輩はずっと黙りこくっている。一度目を閉じ、瞑想をしたかと思うと、おもむろに目を開いた。そして、
「いやーもうめっちゃいい子じゃん! 超かわいいし! まじでなんなん? 天使? 天使なの? やば!」
と語彙力が死んでいる台詞を言って、いきなり半本さんを抱きしめた。抱きしめた!? 唐突すぎではないか。半本さんも突然の抱擁に驚いて、目を白黒させていた。
「え、突然どうしたんだよ、パイセン。ついにとち狂ったか?」
「どうもこうも無いわよ! こんな可愛い生命体Xを見て抱きしめないわけないじゃん! 好き! 可愛い! 天使!」
「お、おう。……本当に大丈夫か?」
大声を聞いた加賀坂さんが比文さんに問いかけても、何も変化はなかった。あれ、この人本当に比文先輩だよな? 二重人格? そっくりさん? そんな疑いが駆け巡る。
「……なあ、宗谷。参世さんどうしちゃったんだよ」
「僕も知らないよ! 言ってることを聞く限り、半本さんがかわいすぎて頭がおかしくなったのかなあ」
「それにしたってパイセンやばくないか? 頭溶けてないか?」
笛子くんも交えた三人で、この謎の光景を分析しようとする。先程まで先輩らしい発言もして、尊敬できるところをたくさん見せていたのに……。どうしてこんなことに。
呆然としていると、開くはずのない、この教室の扉が勢い良く開いた。
「ちょっと! 私の半本さんに何やってんのよ! 生徒会副会長だからってやっていいこととやっちゃだめなことがあるのよ!?」
「え、壕持さん!?」
なぜここにいる。壕持さんは学年委員会でも生徒会でもないのに。鬼のような形相で比文先輩を引き剥がす壕持さん。半本さんと離れて、やっと先輩は落ち着いたみたいで、少し恥ずかしげにしながら僕達に言った。
「……コホン。少し動揺してしまったみたいね。可愛いものを見るとつい、取り乱してしまうの」
「それにしたってやりすぎよ。私の、私の半本さんになんてことを!」
「私は大丈夫だけど、落ち着いたならよかったです」
と、微笑む半本さん。すると、また比文先輩は半本さんを抱きしめようとする。しかし、壕持さんがブロックしていた。完璧な動きすぎて恐ろしくなってくる。
「とりあえず、私は生徒会に戻るわ。みんな、運動会でも頑張ってね。1年生の競技、楽しみにしてるわ」
「んー、とりあえずじゃ済まされないような気がするけど、まあいいや。パイセンばいばーい」
そう言って、先輩は教室を出た。しかし、未だに壕持さんはいる。なんでいるんだよ、ほんとに。
聞いてみると、彼女はさもそれが当たり前かのように言った。
「半本さんのいるところに私あり……よ」
「いや、そんなドヤ顔されても。ストーカーだよね?」
「ストーカーではなく、張り込みと言ってもらいたいわ」
「ストーカーだよね?」
「違うわ」
あくまでもストーキングしているわけではないと言い張る壕持さん。どう考えてもおかしいけどなあ。壕持さんの所属している委員会も今終わった、とか? いや、壕持さんのことだ。30分程前に終わっていたけれど、ずっと扉の前だとか見えない場所で見張っていたとかだろう。
あまり深く考えすぎると、だんだん怖くなってくるからこの辺で思考するのはやめよう。
「じゃあ、起立。これで、学年委員会の活動を終わります。ご苦労様でした」
「ご苦労様でしたー」
第1回目の変人の集いの活動は、どうにかうまく行ったみたいだ。今日も、壕持さんと半本さんと一緒に帰ろう。
第四話『変人の集い、始動』 完
- Re: 巫山戯た学び舎 ( No.35 )
- 日時: 2018/01/20 23:17
- 名前: 河童 ◆KAPPAlxPH6 (ID: DxRBq1FF)
第五話『愛と勇気と君の声援』
5月31日、土曜日。透き通るくらいの青空と、突き刺さるような太陽の光。梅雨入り寸前にもかかわらず、今日の降水確率は0%。日光を遮る雲も無く、太陽の熱は僕達に直撃する。
今日は、恨めしいくらいの運動会日和だった。僕達1年3組は青組である。正直、あまりスポーツが得意ではないから、少しだけ雨が降ってくれることを期待していたのだけれど。
「はっはっはー! よぉ宗谷! 今日は運動会にピッタリな天気だな! 昨日てるてる坊主を殴っといてよかったぜ!」
「……おはよう、加賀坂さん」
「ああん? 元気がないなー宗谷は! せっかくの運動会にそんな辛気臭い顔してたら勝てないぜ」
僕のかすかな雨乞いも、加賀坂さんには敵わなかったみたいだ。
というか青組の待機場所に堂々と入ってくるなあ。何しに来たのだろうか。宣戦布告でもされるのか? それは半本さんとやってほしい。
彼女はいつにも増して元気そうで、満ち溢れる自信や気合いが僕にまで伝わってきた。僕は待機場所で椅子に座っているが、加賀坂さんは立ってこちらを見ているため、元々高い身長が更に高く見える。巨人のようだ。長い髪を1つにまとめ、蒼、という名前に相反した赤色の鉢巻きを付けている。そして、着ているのは学校指定の体操服。
襟や裾のところに橙色のラインが入ったシャツに、これまたオレンジ色を基調として、左右に1本ずつ白い線がある半ズボン。胸元の校章が光り輝いているようだった。
「……ていうか、てるてる坊主を殴るってどういうこと?」
「ん? ああほら、てるてる坊主って吊るすと晴れるっていうだろ? 吊るせば晴れるってことは殴ればもっと晴れるってことだろ!」
「その理屈はどうなんだろう、僕は間違ってるような気がするけど」
「いーや! 間違ってなんかないね。実際こうやって晴れたわけだしな!」
頑なに否定する加賀坂さん。まあ確かに、普通にしているだけでも怖い彼女が鬼気迫るような表情で殴れば、太陽だろうが月だろうが思いのままという気がしなくもない。 やっぱり加賀坂さんって、人間じゃないのでは?
などと話していると、背後から怒ったような声が聞こえてきた。
「ちょっと、音桐くん。戦場で敵と会話するなんていい度胸ね」
「戦場って……」
振り返れば、そこには壕持さんが腕を組んで立っていた。茶色の短い髪をうなじのところでちょこんと結っている。今日のピンは青色だった。自分の組と同じ色をつけているのを見るに、意外と運動会を楽しみにしていたのかもしれない。
元々キリッとしていた目を更に細め、加賀坂さんを睨みつけている。怒りの矛先は僕ではなく、加賀坂さんだったようだ。
「なんだ、四美も運動会楽しみにしてたのか? 私も楽しみにしてたんだぜ」
「口を開くことは許可していないわ。さっきも言ったでしょう? あんたにとってここは敵陣。そんなところで悠長に話しているなんて、随分と余裕なことね?」
言葉巧みに加賀坂さんに怒りをぶつける。まるでアメリカの映画のように、大げさな身振り手振りを交えながら煽っている。……壕持さんは、敵陣に入ってきたことに怒っているというか、どちらかというと普段、半本さんを取られていることに苛立っているような気がするけれど。
そんな怒り混じりの煽りを、加賀坂さんはひょいと躱して話し続ける。
「はっはっは、ご機嫌ななめか四美? いくらとどろきを私に取られちゃうからってそうやって怒るのはよせよ。かわいい奴め」
「ちょっと加賀坂さん、本当のこと言わないであげてよ」
「本当のことって何よ! 敵陣で話すなって言ってるじゃない! それ以下でもそれ以上でもないから、とっとと出ていくことね!」
図星を突かれた壕持さんは、顔を真っ赤にしながらそう言うと、早足でどこかへ行ってしまった。捨て台詞が驚く程に小物感で溢れていて、負け惜しみにも程があった。あとで慰めてあげよう。
その様子を見ていた加賀坂さんは、また豪快に笑う。
「はっはっは。急に来て急に帰るだなんて、まるで台風みたいだな!」
「台風っていうんだったら、それは壕持さんじゃなくて、加賀坂さんだと思うけど……」
「私が台風? 違うね、私は穏やかな海なのさ。性格もおおらかだろう?」
「それを自分で言うところからして、穏やかじゃないよ」
穏やかな海ではなく、風が吹き荒れる海だと思う。たしかに全てを受け入れるようなおおらかさだけれど、懐が広いのではなく、波で全てのものを飲み込むように荒々しいのだと思った。
こんなことを本人に言ったら、殴られるどころではないので黙っておこう。
「おっと、楽しい話をしていたらもうこんな時間か。開会式が始まっちまうじゃねえか。じゃ、そろそろ私は行くぜ。お互い頑張ろうな! とどろきにもよろしく伝えといてくれよー!」
「うん、頑張ろうね。できるだけ負けないようにするよ」
そう言って、彼女はひらひらと手を振りながら自分の待機場所へ帰っていく。その後ろ姿が凛々しくて、本当に中学1年生なのかと疑いたくなる。
加賀坂さんを見送ると、『おーい』と僕を呼ぶ声が聞こえてきた。その方向を見ると、半本さんが2つに結った髪の毛を振りながらこちらに駆け寄ってくるのが見える。
「宗谷くん、開会式始まっちゃうよ?」
「あ、ごめん。加賀坂さんと話しててちょっと遅くなっちゃった」
「蒼ちゃんと? いーなあ、私も話したかった、リレーのアンカー同士!」
そう、半本さんと加賀坂さんは、学級対抗リレーのアンカーなのだ。加賀坂さんはともかくとして、半本さんは勉強だけでなく運動もできるだなんてずるいと思う。
兎にも角にも、もう少しで開会式が始まる。僕らの、中学校生活初めての運動会が幕を開けていくのは、不安でもあったけれど、少し楽しみだった。